No.320260

崩壊の森 1

ヒロさん

【熱砂の海→見えない夜→崩壊の森】
 その後の彼らがどうなったのか? 私自身書きたいと思い本作を書き始めました。
 見えない夜から時間が少し飛びますが、国王を殴った代償支払い中のアルディートや傭兵たちにおつきあい頂ければと思います。

 崩壊の森 2 → http://www.tinami.com/view/320810

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2011-10-18 14:04:51 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:372   閲覧ユーザー数:372

 

「神代様、神代様はおいででございますか?」

 人声が木霊した。

 大理石に似た白色の岩山をくりぬき磨き上げた巨大な祈り堂の中に響く声はやがて消えた。

 応えはなく、誰の気配もない静けさが床まで落ちている。

 

 彼はふと、高見にある天蓋を見上げた。

 神の国の美しさを表そうとした天蓋は、青や緑を基調とした水晶がはめこまれ美しい色彩に彩られている。

 その天蓋から《火の月》の熱狂的な陽の光が、射るように鋭く射し込んでいた。

 幾筋も、幾筋もの陽のきらめきはオーロラのように、刻の経過によって方向を変え、色を変える。

 ほう、とため息ともつかぬ息がもれた。

 その天蓋と床の中央に浮かぶ神代の恐ろしく神々しい姿を思い出したからだった。

 

 《土の月》の闇を思わせる漆黒の衣を纏い、このアザラの国、いや世界で唯一人、闇色の髪と瞳を持つ神代の姿。

 そして力強い声に我が身が震えるほどの感情のほとばしりを覚えたのは、《火の月》の初めに執り行われた就任の儀だった。

 アザラ一の美丈夫にして豪傑であると名高い王・メルビアンの傍らに立ちひけをとらぬどころか、若いが故に猛々しささえ感じる神代であったが、民人たちは《火の月》の太陽以上に熱狂的に新しい神代への賛辞を口にした。

 戦わねばならぬという思いは誰の胸にもあり、恐怖しながらも神が味方であるという事に勝利を確信したが故の賛美だった。

 味方であるならば暗黒神の刃は敵に向けられるものだという考えもあったかもしれない。

 これには神殿の僧たちが最も驚いた。

 強引な王の決定に口をつぐんだのは、暗黒神の好む色を持つ者を神代になど、民人が受け入れるはずがないと考えたからだ。

 そして本人である神代もまた、僧たちと同様に考えていた。

 乾きと飢えをよく知るアルディートだったが暗黒神への恐怖を凌駕したことに驚き、民人の歓喜と熱気に飲まれるように就任の儀に臨んだのだった。

 

「………ルエ、シルエ」

 自分を呼ぶ声を耳にすると、シルエは我に返った。

 神代が唯一、人々に言葉を落とす祈り堂内での夢想はたちどころに消えたものの、興奮を思い出した胸の鼓動は静まらなかった。

「神代様はいらしたか?」

「いえ、こちらにお姿は見あたりません」

「そうか、では王宮の方をもう一度探してくれ」

「はい」

 シルエは急ぎ祈り堂を出ると、王宮へ続く道に足を向けた。

 

 

 ちょうどそれと同じ頃、就任の儀を行う前の斎宮である時から神代の侍女として仕えているフレラは、一つの確信を持って城下町への道を急いでいた。

 王命があってからすでに二刻を過ぎた。

 焦れているに違いない。

 気の短い王なのだ――特に神代に対しては。

 知らずフレラの足が速くなる。

 聖域から街への道は、細い急坂か広いが山を回るように蛇行する道の二本のみだが、フレラは事が事のため急坂を選んだ。

 だが慣れぬ道に足は傷つくばかりで思うように走れない。

 激しく息をきらし、ようやく街のにぎわいから少しはずれた場所に建つ目的の家に着いたのは、それから半刻後のことだった。

「ザバ様、フレラでございます。ザバ様!」

 扉を二度叩く。

 何事かといぶかりながら返事をし扉をあけると、飛び込むようにフレラが入ってきた。

「どうしました?」

 十五、六の少女はこの炎天下、フードもせずに来たのだろう、砂漠からの風に吹かれて飛ばされてきた砂が長い薄茶色の髪から落ちる。

 上下に激しく動く胸を見ると、ザバはフレラに座るようすすめ、水差しの水を器に注ぎ手渡した。

 言葉にならない礼を言うと、器を傾け一気に飲み干さん勢いにザバは目を丸くしたが、慌てすぎて気管にも水が入りフレラがむせると微笑みながら背中をさすった。

「大変なあわてぶりですね。――神代様に何事か起こりましたか?」

 むせながら肯定すると胸をたたき、フレラは少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

「………陛下のお召しがございましてお伝え申し上げようとしましたらどこにもお姿がなく、私ども困っております」

「ここにと言うなら見当違いですが」

「ええ。いくら神代様でもあのお姿のまま街をお歩きになりますまい。人々の畏敬の念こそ最もわずらわしく感じておられましょうから。――ここへ参りましたのはお願いがございまして……」

 フレラは改めてザバを見る。

 本人はほったらかしにしていると言うが、見事な金色の髪をした長身の男。

 神代となった青年――アルディートの兄代わりとして子供の頃から側におり、共に砂漠の辺境警備をしていた。

 王の勅命により王宮に出向くことになったアルディートの後を追い、王に謁見を願い出ると頭脳労働者として驚くべき事に自分から売り込んで王宮で働くこととなり現在に至るが、その剣の腕前も群を抜いていると言う。

「なんでしょう?」

 ザバは静かに問いかけた。

「神代様は祈りの堂の上においでかと……」

「どういうことですか?」

 頭脳労働者とは言え考えるにも限界がある。

 天高くそびえ立つ祈り堂の上とは尋常ならざることである。

「……実は先日、神代様が私に祈り堂の上に登る、よい場所を見付けたと教えて下さいまして。一人になるには都合の良いところだとおっしゃっておられました。皆でお探ししてもう二刻になります。聖域においでならば見つからぬはずありません」

 考え深げに目は閉じたものの、口元は笑みを型どっていた。

「アルディートのやりそうなことです」

「ザバ様、感心なさらずに、お力をお貸し下さいませ。この様なこと他の方には申し上げられません。私ども本当に困っております」

「本当に、ですか?」

 フレラの顔を覗き込み微笑する。

「からかわないで下さい」

「そなたの口は正直ではないようですね」

「もうっ」

 顔を赤くして頬を膨らませたフレラの、少女らしい可愛い表情がのぞく。

「陛下も焦れておいででしょう。陛下の怒声は街までも震わせますからね」

 ザバが部屋の隅にかけられたマントを手にするのを見ると、フレラは急いで扉を開け駆け出した。

 それを認めてザバが止める。

「待ちなさい、フレラ! 私は自分の足で走って行く気はありませんよ」

 よほど慌てているのか声はもう耳に届かないらしい。

 フレラの後ろ姿にため息をつくと、裏手に繋がれている走竜に跨ると腹を蹴った。

 

 


 
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