No.316104

クロとシロ

ナイアルさん

二人のなれそめ的な

2011-10-10 20:24:13 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:300   閲覧ユーザー数:300

 俺がクロに会ったのは、高校一年の春だった。

 クラス割りが発表されて初めてのホームルーム。

 うちは私服オーケーってこともあって、みんないろんな格好で楽しそうにしてんのに、廊下側の一番後ろにぼーっと座ってるあいつが逆に目立ってた。

 だっせえカッターシャツに黒の綿パン穿いて、これまた地味ーな鼈甲縁の眼鏡かけてさ、最初は「おいおいどこの中学の制服間違えて着て来たんだ?」とか思ったもんだ。

 それが、自己紹介で

「黒岩キヌです、よろしく」

 とだけ言って座ったからびっくりだ。

 そりゃ背は低かったけど、胸なんかなんもねーし、髪も短い上にぼさっとしてて、どこからどう見ても発育不良の男子にしか見えなかったんだから。

 訂正。

 二年に進級した今でも大して変わってねーわ。特に胸と背は。

 

 んー、とにかく変な奴、ってのが第一印象だったな。

 教室の隅っこの席に陣取って、なんかするわけでもなく窓の外を見てたり。

 女子の会話も、振られたら発言はしてたけどあんま口数の多い方じゃねーみたいだったし。

 でも時々真剣な表情の女子に相談を持ちかけられたりしていて、頼りにはされていたのか?

 後から知ったことだが、面倒見は妙に良い奴だし、口も堅いし。

 誰かと特別仲が良いってのもない代わり、誰かと特別仲が悪い、ってのも無かった。

 いや、グループで行動したがる女子連中としちゃすんげえ珍しいんだぜ?

 ともかくもそんな感じで、黒岩キヌってのは、教室じゃ独自の地位を保っていたんだ。

 浮いてるわけでもなく、かといって埋もれるでもなく。

 

 ああ、一つだけ。あいつの声はすんげえいいんだ。

 少し低めの落ち着いたトーンで、教科書の朗読なんかを淡々と読み上げてる時なんか、教室中の人間が聞き惚れてたぜ。

 何度か合唱部にも誘われていたようだが、それだけは頑として受けなかったな。

 …これも後知恵だが、音痴なんだよ。歌うのは好きらしいんだが、なまじ声がいいだけに相当な破壊力でさ。いや、無理矢理カラオケに連れて行った特は傑作だったぜ。

 

 六月に入ってしばらくして。

 梅雨の合間の晴れた金曜日、俺は午後の教室で睡魔に会心の一撃を食らって……有り体に言えばぐっすり寝てたんだ。

 ちょっと前日に頑張り過ぎちゃってね。

 ゆうべはおたのしみでしたね

 …いや、本題には全く関係ねーか。それとも関係あるのか?

 目を覚ますと放課後で、夕焼けが教室をオレンジ色に染めてた。

 もうみんな帰った後らしく、残っているのは俺と…クロだけだった。

「おはよう」

「お……おはよう。黒岩さんはどうして残ってんの?」

「日直だったからね。鍵かけないといけないし」

「起こしてくれれば……って、いや、ごめん。部活とか迷惑かけちゃった?」

「別にいいよ。部活は入ってないし」

 それに、とクロは言った。

「ちょくちょく君の『お友達』が来てたから、そう暇でもなかったよ」

 あっちゃー。見られてたか…っていうか。

 そういう含みだよなあ……知られてるんだ。

「その……なんか色々ゴメン」

「なにが?」

 さらっと聞き返しやがった。その方がこたえるぜ。

 

「少し寄り道をしたいんだけど」

 鍵を職員室に返しての帰り道。

 最低限の礼儀として、送っていこうと申し出た俺に、クロが言った。

「どこ?」

 さーて、財布にいくら残ってたかな。諭吉があれば足りるか?

「ん、こっちだよ」

 すたすた歩いていくクロ。

 連れて行かれたのは大鳥居公園。

 なんか昔は神社だったらしいが、継ぐ奴がいねえってんで潰されて、跡地が公園になってる。

 罰が当たるとか何とかで残された鳥居だけが間抜けに突っ立ってるんだが。

 元参道の石段を、息も切らさずに登り切ったクロが、夕日に目を細める。

 俺はもう死にそうにへばってた。

 いや普通へばるだろ、この高さは。なんでこいつは汗一つかいてないんだ。

「いつ来ても良い景色だよね、ここ」

 いつもの抑えたトーンじゃない、妙に嬉しそうな口調に見上げると、夕日に向かって満面の笑みを浮かべてるクロ。

 赤く照らされたその顔は、とても綺麗で……

 いや、騙されるな、俺。

 こいつはアレだぞ?

 いつも相手にしてる女の子と違ってちんちくりんのがりがりで胸もなくて。

 ダサイ眼鏡とシャツと綿パンで。

 まともに手入れもしてねーぼっさぼさの頭で。

 クラスじゃ変人ランキングをぶっちぎりのトップで。

 でもなんで夕焼けをみるだけでこんな幸せそうに笑えるんだ。

 ああ、畜生。

「いつもそう言う顔してればいいのに」

「どういう顔?」

 呟いた俺に振り向いた奴は、いつも通りの無表情に、すこし疑問を浮かべていて。

「うっせ」

 立ち上がった俺は、奴の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてやった。

「うわ、ちょっと何するんだよ、白田君」

 

 

 それから色々あって、シロ・クロと呼び合うような友達づきあいになるんだが、それはまた別の話。

 

 

 シロこと白田三平を一言で言えば「迷惑な奴」だ。

 高校一年で同じクラスになってから、二年の夏休みの今まで、奴にかけられた迷惑を数え上げたら両手両足の指を使っても足りない。

 どうにも有り難いことに、僕は奴の「親友」ポジションと認定されているらしく、先生もクラスメートもそろって苦情を僕の方に持ってくるもんだから、その件数と来たら雪だるま式にふくれあがる一方だ。

 本人に直接言って欲しい。

 言って聞くとも思えないけど。

 僕が言ったところで聞いたことなんか一度もないし。

 

 高校一年の新学期。

 父さんの急な海外転勤のせいで、せっかく買った新居に僕だけ一人暮らしというあんまり嬉しくもない幸運に恵まれた。

 家事は嫌いじゃないけど、毎日するのは面倒だし。洗濯物とか干してきたけど雨降ったら嫌だな、なんて、他愛もないことを考えていたら、雑談の流れに置いていかれてしまったみたいだ。

 ま、いいか。

 中学は全然別の町だったから、クラスに特に知り合いが居るわけでもない僕としては、共通の話題を探り探り話すのもしんどかったし。

 

 まあそんなわけで。

 自己紹介でシロの奴が立ち上がった瞬間、クラスメートがざわっとした理由もその時は分からなかったんだ。

 ちょっと脱色したような栗色の長髪に、ラフなTシャツとクラッシュジーンズ。ベルトはなんかやたら頑丈そうなバックル付きで。

 私服可とはいえさすがにその格好はどうなんだ、とか思ったけど、先生も特に注意してなかったようだし、つくづく自由な校風なんだなあと。

「白田三平ッス。よっしくー」

 軽そうな外見に軽そうな挨拶。見た目通りの奴だなあ。

 たまたま座ったのが一番端っこだったせいで、僕の挨拶は一番最後。うう、なんか妙に目立ってる気がするんだけど。

「黒岩キヌです、よろしく」

 とだけ言って座っちゃう。自己紹介ってやっぱ苦手だ。

 

 だから、クラスメートという以上の関係は無かったんだよね、最初は。

 

 白田三平という男は目立つ存在だった。

 まず服装が派手。

 新学期の格好もそうだったけど、ここは繁華街かなんかかって格好ばかりしてきては、時々先生に注意されてる。

 彼が服装規定のボーダーを果敢に攻めていってくれるおかげで、周りが妥協点を見いだしていくという……ある意味反面教師ってことなんだろうか。

 そしてとにかく賑やか。

 彼の周りにはいつも男女問わず友人がたむろしてて、わいわいと騒いでる。二回に一回は委員長に注意されてその場で解散してるけど、すぐに再結集してまた怒られてる。

 うちのクラスで起こる事件や騒動の中心は大抵彼で、何かあったらまずしかられる筆頭だった。幾つかはどう見ても冤罪だったんじゃないかと思うんだけど、いつも素直にお説教や罰掃除を受けてた。本人も自分がやらかしたこととやらかしてないことを覚え切れてなかったのかも。

 それでいて、学業優秀スポーツ万能。いや、天は二物を与えずって絶対嘘だよねえ。

 授業中なんて寝てるか悪戯してるかってとこしか見かけないのに、順位発表があればいつも上位に彼の名前がある。

 体育だけはやたら張り切って受けてたけど、あれは周囲の女子からかかる黄色い声援が楽しいだけだと思う。

 

 そんな奴だからもうモテるモテる。

 噂じゃ市内の全ての学校にファンクラブがあるとか、その筋のお姉様達ですら彼を取り合うとか……どう考えても無茶な話だと思うけど。

 凄いのは、それでも他の男子に嫌われたりしてないことと、「そう言う関係」の女の子が何人もいる(これは本当)にも関わらず、彼女たちが角突き合ったりしないこと。

 不実な奴だと思うんだけどね。ま、お互い納得ずくのことをとやかく言っても仕方ない。

 人の恋路を邪魔する奴は…ってなもんで、まだ馬に蹴られて死にたくはないし。

 間抜けだろうなあ、そんな死に方。

 

 そんなこんなで。

 少し小雨の降る六月半ばの月曜日。

 僕としてはごくごく普通の平和な日常をスタートすべく教室のドアを開けた訳で。

 今朝のニュースと言えば、通学路のあじさいがとっても綺麗だったなとか、そんなことを考えてたら。

 がしっ

 誰かにヘッドロックされた。

「あわわわっ」

 慌てる僕。なんか異常にざわつく教室。

「おっはよー、クロ!」

 実に脳天気な軽い挨拶と、狭い視界に入るジーンズの裂け目から、犯人に目星がついた。

「や、やめてよ、白田君。っていうか、その犬みたいなあだ名は何!?」

「うっさい、貴様なんかクロで充分だ!」

 ぐいぐい揺すられる。

 う、うわ、目が回る。

「そんなら君なんかシロだシロ!」

 売り言葉に買い言葉の見本みたいだ。我ながら頭悪い。

 無理矢理頭を振ってヘッドロックを外す。

 うう、いつもにもまして髪がぼさぼさだ。眼鏡もずれちゃった。

 精一杯の抗議の意をこめて白田君…シロを睨む。

「いい顔じゃん」

 そんな僕を見てびしっとサムズアップしやがった。

「言いたいことはそれだけかーっ!」

 叫んで奴のおなかにヤクザキック。

 

 これがシロからの迷惑をかけられ初め。

 以来、二日と空けずなんだかんだと騒動に巻き込まれ、彼の「お友達」に恨まれたりもしたり。

 退屈しないのは有り難いけど、僕はもう少し平和な日常が欲しかったよ。

 

 

 


 
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