No.314459

真説・恋姫†演義 北朝伝 終章・第三幕

狭乃 狼さん

ども。北朝伝の続きを投稿です。

今回は呉のお話をお届け。

蜀同様に勅書が届いた孫呉の対応と、それを取り巻く状況。

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2011-10-07 23:36:42 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:15634   閲覧ユーザー数:11333

 

 「江夏に晋の旗が揚がった?!本当なの、明命!?」

 「は、はい。それと、同時に魏の旗も掲げられ、江夏は完全に華北勢の手に落ちました」

 その黒髪の少女から突然もたらされたその報せに、思わず言葉を失い、ただ唖然とする一同。 

 そこは、揚州をまとめる孫家の拠点、柴桑の城の軍議の間。その日、孫策ら呉の面々は、蜀同様に劉協から届けられた勅書に対応するための、その会議を行っていた。その勅書の内容は次の通りである。

 

 『揚州牧にして呉郡太守孫伯符を諸侯に列し、皇帝劉伯和の名において呉公の位を下賜する。さらに、呉公においては江陵の我が下に、揚州の全兵力をもって参集し、蜀との連携によって逆賊北郷一刀とその協力者を、漢の名の下に誅滅するよう申し伝える』

 

 この勅書が届けられたとき、孫家の長である孫策は全く気乗りがしなかった。もはや権威すらまともに残っていない漢王朝に従ったところで、彼女らにとってはさほど益のあることではない。そればかりか、無益な戦に大切な民である兵達を狩り出し、あたら命を散らせることなど、呉の安泰を願う彼女からすれば、正直承服の出来ることではなかった訳である。

 だが、それに異論を唱えたのが、孫呉の筆頭軍師にして、孫策とは断金の交わりとまで呼ばれるほど、硬く友誼を誓った友、周瑜、字を公瑾である。

 「雪蓮の言う事ももっともだが、先の密勅同様、これは我らにとって大きな好機と考えるべきだ。今回の件は、我等呉にとって足りないもの……すなわち荊州という肥沃な穀倉地帯を得ると言う、願っても無い機だと私は思う」

 孫家の治める揚州という地は、とにかく湿地帯の多い土地柄である。それゆえ、田畑を拓く事の出来るところは限られており、結果として穀物などの農産物は他所からの輸入にその多くを依存しているのが、その現状である。もしこれを機に荊州を得ることが出来るのであれば、呉の民にとって有益な事は間違いないと。周瑜は孫策をそう説いたのである。

 

 結果的に、孫策は勅命を受け入れる事にした。彼女の妹である孫権と、従妹である孫皎は反対したのだが、他の配下の将たち全員が周瑜の意見に賛同の意を示したため、已む無く、といった感じであった。……と、言うのが一応その表向きの理由ではあるが、孫策自身、心のどこかで戦場に出ることへの高揚感と言うか、期待のようなものを持っていた。

 「……皇帝側に付くって事は、彼と、北郷と戦うってことよね。ふふ、その点だけでも、皇帝側に付く意味はあるかもしれないわ。彼なら私を、思いっきり楽しませてくれそうだもの」

 という、結構不純な動機も彼女を後押しして、呉軍は皇帝に協力する事を決した。そして、周泰、字を幼平率いる諜報組の集めてきた情報を基に、対華北連合戦の作戦を練り、その準備を行っていたのであるが、そこに突然、その周泰の手でもたらされたのが、冒頭の報せだったわけである。

 

 

 

 「それにしても、あの江夏の地をこうもたやすく落とすなんて。……明命、そのときの状況は掴めているのかしら?」

 「あ、はい、蕈華(シェンファ)さま。……ご存知のように、江夏の地は荊州にとって、我々呉に対する防備の要とも言うべき所です。守将である黄祖も、守備戦には特に秀でた人物ですので、その守りは鉄壁と言っていいと思います」

 孫家一族独特のその布地の少ない衣装の上に、清楚な白衣を纏ったその人物。孫策らと同様の色をしたその長い髪を頭の後ろで縛り、穏やかで知的なその蒼い瞳を眼鏡の下から周泰に向け、孫策の従妹である孫皎、字を叔朗が、周泰に江夏陥落時の様子を尋ねる。それに対し、周泰は江夏とその守備を任されている人物の事を、前置きとして改めてその場で語る。

 「確かにそれは認めざるをえんだろう。何しろあの文台様でさえ、あの地を落とすことが出来なかったのだからな」

 「正直、とっても腹立たしいけど、ね」

 文台、というのは無論、孫策や孫権の母である孫堅のこと。武勇に優れ、軍略も秀でていたあの孫堅でさえ、江夏の地を攻略する事ならず、以前の戦において敗北し、長江へとその身を消した。ただし、その孫堅が袁術に拾われて生きていて、尚且つその名を変えてその配下となっていることなど、今の彼女達は知る由もない。その孫堅と孫策らの再会の場は、この後思わぬ形で巡ってくるのであるが、それについてはまたその時に語る事とさせていただく。

 

 「それで本題なのですが、始め、江夏の地に現れた軍勢は、魏王曹操率いるおよそ一万程度のものでした」

 「たった一万だと?いかにあの曹操とは言え、その程度の戦力で江夏の城を落とす事など、どうひっくり返しても無理じゃろう。のう、策殿」

 策殿、と。孫策の事をそう呼んだのは、薄い紫の髪をした妙齢の女性。孫呉の宿将である黄蓋、字を公覆である。その黄蓋に対して軽く首を縦に振って同意の意を示してから、孫策は再び周泰に報告の続きを促す。

 「江夏の守将である黄祖もそう思ったようで、その程度の戦力なら篭城の必要は無いと考えたのでしょう。城内に五千程度だけを残し、曹操率いる魏軍を迎撃にでたのですが、その少し後、江夏の城壁にいきなり晋の旗が掲げられたそうです」

 「……伏兵か」

 「はい。……その数、およそ五千の」

 「五千!?ちょ、ちょっと待ってよ明命!いくらなんでもそれだけの兵、前もって城内に入れておくことなんて出来っこないでしょう?!」

 江夏の地に突然現れた晋軍の兵。その数の多さに思わず声を張り上げ、周泰に問いかける孫策。そんな彼女のすぐ近くで、とある事柄を思い出し、そこから一つの解答を導き出していた人物が居た。

 「……いえ。不可能ではないと思うわ、雪蓮」

 「蕈華。貴女、何か知ってるの?」 

 江夏の城内に突如五千もの晋兵が現れた理由。どうやらその事に何か気付いたらしい孫皎に、孫策はじめその場にいた全員の視線が集まる。

 「……私が何か知ってるって訳じゃないわよ。……ねえ、明命?以前貴女が雪蓮に出した報告書の中に、確か江夏の地に難民が大量に流れ込んだという物があったわよね?」

 「あ、はい。北からの難民と商隊が、大体百人単位で、何度か。時期としては華北連合の軍が荊州に入った、ちょうどその頃かと」

 「!!……蕈華さま。もしや」

 「貴女も気付いた、冥琳?そう。その難民と商隊、もしそれが晋軍の兵が扮装したものだったとすれば」

 「……黄祖はおろか、他に一切気付かれず、伏兵を潜り込ませることが出来た……そういう事ね、蕈華?」

 「ええ。それに、よ。ねえ明命?貴方が部下達から報告を受けた、“江夏郡”に入った難民などのその総数、それはどれほどだったかしら?」

 「……郡全体の総数で言えば、およそ、十万ほどだったと」

 『んなっ……!!』

 江夏の城内に現れた兵の数は五千。さらに、江夏の城以外の、“江夏郡全体”に入った難民や隊商などの総数は、およそ十万にも昇ると言う周泰のその言葉に、揃って愕然とする孫策たち。孫策はその拳を握り締めたまま、苦渋の表情をその顔に浮かべ。孫権はそんな姉にどう声をかけて良いか分からず。孫皎もまた従妹のその気持ちを慮ってか、眼鏡のつるに手を添えてうつむく。その他の面々も同様に、その場で発するべき言葉を見つけられず、暫くの間押し黙っていた。

 

 これほどまでに大事な事柄を、越への対処中だった事を理由に、忙殺してしまっていた事を、心底から後悔して。

 

 そうして少しばかりの時間がたった後、漸く言葉を紡いだのは周瑜だった。

 「……明命。魏軍を迎撃に出た黄祖たちは、一体どうなった」

 それは問いかけと言うより、もはや確認作業といったほうが正しいかもしれなかった。既に彼女の中では答えの出ているその問いを、周瑜はあえて周泰にして見せた。そして、それに対する周泰の答えは、周瑜のみならず、その場にいる者全てが脳裏に出せていたものだった。

 「城外に迎撃に出た黄祖軍は、郡内各地から集結してきた晋軍の部隊によって、瞬く間に包囲されました。その後、黄祖は曹操の降伏勧告に従って江夏の地を明け渡し、かの地にはそのまま曹操が入城いたしました」

 

 

 周泰のその報告が終った後、孫策らは再び軍議を行った。

 

 江夏という戦略上の重要な拠点が華北軍によって落とされたことで、孫策らはその戦略を大幅に変える必要に迫られた。本来であれば江夏と江陵、それぞれに戦力を分散して送り込み、あわよくば荊北の全てを孫家の領として確保するという予定でいたが、今の状況下でそれを望むのは少々難しい事となった。

 「……しょうがないわ。こうなった以上、皇帝の勅命通り、江陵に全軍で向かうしか手は無いわね」

 孫策としては江陵への戦力集中は正直避けたかったのが本音である。皇帝である劉協に関する例の疑惑が完全に晴れたわけではない以上、あまり劉協に近づきすぎるのも危険だと、彼女の勘が告げていたからである。しかし、現状彼女らに出来ることはそれ以外に無く、やむを得ず柴桑の地を全軍で出立するため、取り急ぎその準備に入った彼女達であった。

 

 ところが、ここで彼女達に思いもよらない事態が発生した。

 

 「は?晋から……北郷から使者が来た?……まじ?」

 「ああ、まじだ。……どうする、雪蓮?会うか?それとも追い返すか?」

 「……んー。いいわ。会って見ましょ。その方がいい様な気がするし」

 「……また、例の勘、か?」

 「そーゆーこと。で?使者って誰が来てるの?北郷の腹心の徐庶……だっけ?あの娘?それとも」

 「……いや。……袁紹、だ」

 「……は?」

 

 一瞬。孫策の思考が思いっきり止まった。まあ、それも仕方の無い事であろう。袁紹といえば以前、一刀とは敵対関係にあった人物であるし、しかも現在は袁術の所で立場的には一応家臣をしている筈。その袁紹が何故、晋の使者として一刀から派遣されてくるのか。正直、孫策はもちろん、周瑜さえ全く理解できないことであった。

 そしてさらに、その後玉座の間に通された袁紹と、その副使を務めて同行している李儒との会見により、孫策たちの頭の中は完全にパニック状態に陥った。

 「ご無沙汰をいたしております、孫伯符どの。晋王、北郷一刀様よりの使者としてまかり越しました、袁本初にございます。まずは此度、お目通り願えたことを心より感謝いたします」

 『……(ぽかーん)』

 孫策らの知る袁紹といえば、常に高慢で高飛車で高笑いすることしか能が無い。……はずの、あの袁紹が。玉座の前にきちんと跪き、使者としての礼をしっかりと行っている。その言葉の端々にも、嘗ての彼女のあの態度は微塵にも感じられなかった。

 (……夢でも見てるんじゃないのかしら、私)

 (奇遇だな、雪蓮。……私も激しく同感だ)

 「(……くく。二人とも思いっきり呆気にとられとるのー。まあ、その気持ちは分からんでもないがな)……その副使を務めます。晋王が配下、李儒、字を白亜にございます。よろしく、お見知りおきを」

 玉座に座る孫策と周瑜が、呆気にとられつつ小声で話しているのを見て、李儒は表情に出さないよう気をつけながら笑っていた。そのこみ上げてくる笑いを押し殺し、李儒は務めて冷静であるよう振舞いつつ、袁紹に続いて挨拶を述べる。

 「え、ええ。よ、よろしく」

 「……一つ聞く。李儒殿、御主は何故そのような仮面を付けたまま、会見の場に臨んでいるのか?顔を隠したままの状態で他国の主に目通りするなど、無礼だとは思わぬのか?」

 未だに思考回路が鈍いままの孫策の横で、どうにか正常な思考を取り戻した周瑜が、いつもの仮面を付けたまま会見の臨んでいる李儒を、少々語気を強めて非難する。……まさかそれすらも、彼女らの手管の一つだとは露とも思わずに。

 「おお。これは大変失礼をいたしました。なにぶん、普段からこれをつけているものですので、うっかり外すのを忘れておりました」

 本来なら、この場に来るまでに外させるのが普通ではなかろうかと、李儒はそう思ったが、なにぶん状況が状況なので、他の将や兵士らも、そこまで考えが及ばなかったのだろうと思い、あえてそこは突っ込まずに置いた李儒。そしてゆっくりとその仮面に手をかけ、それを外し、その素顔を一同の前に晒した。……にやにや、と。いたずらっ子モード全開の笑顔で。

 

 「……」

 その素顔を見た途端、玉座に座っていた孫策が、思わず玉座からずり落ち、李儒のことを指差しながら口をパクパクさせる。その行為がどれほど不敬なことであるかなど、彼女はあまりの事に一切気付かずにいたが。

 「はて?孫伯符どの。どうかなされましたかな?妾の顔に、何か付いておりますかの?」

 「おい、雪蓮!一体何がどうしたのだ?!この者が何か」

 『……し、し、し……!!し、少帝陛下ーーーーーーーっっっ?!』

 『……は?』

 目をまん丸に見開いて、これ以上無いくらいの大絶叫をする孫策と。その彼女の絶叫に目を点にするその他の孫家一同と。したり顔で、それはもう満足そうに微笑む李儒。そしてそんな彼女のいたずらに、大きくため息を吐いてあきれ果てている、袁紹だったりと。

 

 柴桑におけるいろんな意味で異例なこととなったこの会見は、こうして幕を開けたのであった。

 

 ~続く~

   


 
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