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真・恋姫†無双 ~愛雛恋華伝~ 39:既知との遭遇 其の五 そして

makimuraさん

なぜお前たちが以下略。

槇村です。御機嫌如何。


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2011-10-07 18:59:17 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:5552   閲覧ユーザー数:3068

◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

 

39:既知との遭遇 其の五 そして

 

 

 

 

 

 

関雨と楽進、それに一刀らが向かった場所は、酒家の裏手。それなりに広く、程よく開かれた草場が広がっている。

もともとは、ビアガーデンとかバーベキューみたいなものをしたいな、という一刀の思惑から、店の立地条件の中に広い空き地の確保も入れてあった。

彼にしても、贅沢な要望であることは自覚していた。見つかればいいなぁ、程度の考えだったのだが、実際に用意されたときはさすがに彼も驚嘆した。想像以上に優遇されていることを改めて知り、その恩返しみたいな気持ちから、公孫軍将兵の飲食を優遇しているところもあった一刀である。

 

とはいえ現状、せっかく用意してもらった土地もただ遊ばせているだけだった。構想はあれこれあるものの、そこまで手が及んでいないというのが正直なところである。

土地を遊ばせたままなのはもったいないと思ったのだろうか。時折、関雨や呂扶がこの場所で身体を動かしている。

身体を動かす、と軽くいいはしても、"あの"関雨と呂扶である。傍目にはとても軽い運動などには見えない、まるで果し合いのような殺陣を繰り広げている。

ビアガーデンの前に、まさかプライベートなバトルフィールドになるとは、と、一刀は溜め息を吐くのだった。

 

 

 

それはさて置くとして。

今、その店舗裏(バトルフィールド)では関雨と楽進が向かい合っていた。

 

考えてみれば、凪とこうして立ち会うことは少なかったかもしれない。

以前の世界を思い浮かべながら、関雨は、身体をほぐし準備運動する楽進を見やる。

 

魏の面々との交流が始まったのは、主に三国同盟が成された後のことだ。

その後も、親交を深めるという名目で立ち合いなどをしたこともあった。だがそれも、なぜか春蘭こと、夏侯惇を相手にしたことしか思い出せない。印象が強すぎるのか、はたまた本当に彼女としかやり合っていないのか、そのところは分からないけれども。

 

楽進との立ち会い。始まりは乞われてのものだった。だが関雨にしても、これはなかなか刺激的なものである。

以前の世界においても、前述の通り楽進とやりあった記憶はあまりない。他に無手の使い手と出会ったこともないのだから、彼女との立ち合いは、関雨にとっても得難い機会なのだ。

結局のところ、彼女もまた武に生きる者。血が騒ぐのは抑え切れないのかもしれない。

 

「お願いします」

「来い」

 

楽進の一礼に対し、関雨が尊大に構え応える。

 

関雨が手にするのは、刃を落とした模擬戦用の偃月刀。

対して楽進は、肘まで覆う手甲、拳鍔(ナックルダスター)を握りこむ形状になっている彼女の愛器・閻王を身につけている。

 

ふたりが手合わせをするようになり、この日で既に七戦目になる。

戦歴は、楽進の五敗一分け。一戦目に、実力の程を探る意味で関雨は程よく相手をし引き分け。それ以降は、力量の差を見せ付けるかのごとく打ち臥せられ続けている。

はじめの頃は、楽進の方も布を握るなどして威力を抑えていた。だがそんな気遣いなど無用だと、負けを重ねる度に思い知らされている。四戦目に挑む際には、戦に出るための装備と気合をもってして臨んでいた。関雨もまたそれを承諾している。

それでも、楽進は勝てていない。関雨とて無傷というわけではないが、これといった決定打を与えること少ないまま、楽進は地に這わされる回数を増やしていた。

 

だが勝てないなりに、楽進はその都度、改善すべき課題点を見出し、自分なりに工夫をし次に繋げようとしている。

事実、回を重ねるごとに当たる攻撃の数が増えて来ている。

勝てないまでも、手応えはしっかりと感じることが出来ていた。

 

 

 

 

先手を打つか、後の先を取るか。

 

今回は、関雨が先手を打った。

突進。気合の声と共に迫る関雨。引いた位置に構えた偃月刀が、楽進の視野から姿を消す。

関雨がわずかに身を捻る。突きが来ると感知した楽進が微かに身を捩り、重心を移そうとした刹那。偃月刀が横薙ぎに襲い掛かった。

 

初手から読みを外した。

避けろ。楽進の頭の中で鳴り響く声。

いわれるまでもない。移しかけた重心を無理矢理散らせるように身を落としてみせ、辛うじて斬撃を避ける。

 

目線の直ぐ先を走り抜ける偃月刀に、肝を冷やす余裕もない。

すぐに次が来る。

させじと、楽進は軸足を刈るかのような蹴りを振るう。

間に合った。

当たりこそしなかったが、関雨はその場から飛び退き改めて構えを取る。

相手の次手を潰してみせただけで良しとし、楽進もまた、体勢を立て直すべく距離を取る。

 

「ふむ、よく避けたな」

「そちらこそ。脚にかかって転びでもしてもらえれば楽だったのですが」

「私はそんな楽に倒せないぞ?」

「骨身に沁みて、分かっています」

 

互いに、憎まれ口を叩き合う。

本当にほんのわずかな、接触すらしていない初手。受けに回り、後の先どころか少しもいいところを引き出せなかった楽進。

気を取り直し、閻王を握り直す。

仕切り直しだ。

相手に掴まれた流れを引き戻すべく、声を出し気合を入れる。

見るのは、関雨の持つ得物の一点。同時に、彼女の腕の動きと足捌きも目の端に上らせつつ。

楽進は前へと駆け出した。

 

 

 

挑みかかる度に、何某かの変化を見せる楽進。そんな彼女を前にして、関雨は、弟子の成長を見るような面映さを感じている。

 

自分は、武において楽進よりも上いる。彼女ばかりではない、公孫瓉や趙雲らとて未だ及んでいない。

実際に手合わせをした感触から、関雨はそう感じていた。

しかしそれは、彼女らに比べてズルをしているからだ。そんな思いが拭いきれないでいた。

彼女自身は、一度時代を一巡して経験していることが優位に働いているに過ぎない、と考えている。

黄巾賊の乱から、反董卓連合、群雄割拠の時代を経て、数多くの将や兵とぶつかり合い生き残った。その末に磨かれ高められた武才が、今の関雨を支え成り立たせている。

逆にいえば、かつての世界における楽進もまた、同じだけ高められた武才を持っているのだ。目の前にいる彼女がかの"凪"であったなら、こうも余裕を持って相対することは出来ないだろう。

 

世界を超えて持ち越された、"天の知識"ならぬ、"天の武才"とでもいうべきだろうか、それをもってして自分はズルをしていると考えていたこともあった。

そんな後ろ向きな思考も、一刀がその名の通り、一刀両断している。

 

「経緯はどうあれ、その経験は紛うことなく、自分自身が積み重ねて来たものだろ? 後ろめたくなってどうするんだ」

 

持っている力は十分に使ってやろうぜ。

そんなものは悩みですらない、という彼の言葉に、吹っ切っていたつもりの曇りが晴れていった。

いやむしろ、悩んでいるのが馬鹿らしくなった、というべきなのかもしれない。

 

やって来た時代が異なるせいもあるのだろう、関雨らと一刀では、抱えていたであろう鬱屈も異なる。

彼とて、むしろある意味では彼の方が、多く苦労を重ねて来たに違いない。

にも関わらず、彼は今この時代に生きながら、毎日を楽しそうに過ごしている。

 

大袈裟に構えすぎず、その日と近い未来を生きていく。

そんな過ごし方も、悪くない。

彼を見ている内に、関雨はそう考えられるようにもなっていた。

 

 

日々楽しみを見つけつつ生きていこう、その考え方には彼女も賛同するのだが。

一刀にとって最近の"楽しみ"のひとつが、関雨を少しばかり悩ませている。

間接的には、彼女にとってもなかなか楽しめる結果となっているのが腹立たしくもあるのだが。

 

簡単にいえば、幽州へやって来た楽進の成長は、関雨とのやり取りばかりが理由ではない、ということ。

ちなみに嫉妬ではない。断じて。

そう思い込む関雨である。

 

 

関雨と楽進の立会いを初めて見た際に、一刀は、剣道三倍段、という言葉を思い出していた。

 

己の持つ間合いが短いというのは、それだけ懐に深く踏み込まなければ行けないのと同時に、相手の攻撃に晒される隙が大きく生じるということだ。

なんとか間合いを詰めたとしても、無手では攻撃そのものを深く入れることが出来ない。当たったとしても、得物によるものと比べ攻撃力そのものも違い、そもそも当たらないことさえままある。

古代の戦闘の歴史は、素手よりも、石や棒を武器として手にしたものの方が古いくらいなのだ。相対するにしても、無手がどれだけ不利なのかうかがい知れる。

そんな不利な部分を埋めるために三倍程度の力量差は必要になるだろう、ということだ。

 

目の前のふたりに当てはめてみれば、実際、無手の楽進の方が、偃月刀の関雨よりも実力に劣る。

素地が違う上に、単純計算で得物の有無による三倍の力量差。

関雨に対して、やはり楽進は攻めあぐねてしまう。

さてどう対応するか。

 

一刀は考えた。

手数が、技術の引き出しが三倍あれば、なんとか対処できないものか?

 

いかに達人といえども、初見の技に対応するのはそれなりに手こずるに違いない。

それが延々と続けば、案外ガリガリ精神が削られて隙が出来ちゃうんじゃない?

一刀はそんなことを考えた。

 

声には出していないので、もちろん周囲はなにを考えているか分からない。

だが一様にして、そのときの彼を見た誰もが、

 

「あれはロクでもないことを考えている」

 

と断言したという。

 

 

 

 

これまで行ってきた立会いの中で、回を重ねるごとに、楽進は"前回よりもマシな展開"になるよう心掛けてきた。

明らかな格上との立会いを繰り返すことが出来る、という、ある意味恵まれた状況だからこそ成り立つ鍛錬法といえる。

事実、立会い毎の回想と反省によって、負けを昇華をし続けている点が形になり結果になっている。

彼女自身、負け続けではあるものの、その内容については毎回それなりに満足を得ることが出来ていた。

 

とはいえ、彼女もやはり武将。さらにいえば、かの曹孟徳配下の将である。負けが続いて悔しくないわけがない。

 

 

振り下ろされた偃月刀を、踏み堪えることでやり過ごす。目前を通り過ぎる刃に、わずかばかり肝が冷える。

そこまでしての、紙一重の避け。それは楽進が相手に肉薄する時間を短くする。

踏み出す足は一歩にも満たない。偃月刀の背、刃のない部位を踏み込み関雨の行動を殺す。

刃が地に埋まる感触を踏み台にし、蹴り上げた。

容赦なく、頭部を狙う蹴り。関雨は首を捻るようにしてやり過ごす。

が、その避けた先にまた楽進の逆脚が襲い掛かる。突き抜け風を斬る音を真横に聞きながら、なんとかかすめることを避ける。

 

だがそれもまた囮か。

振り抜いた蹴り足が、関雨の肩に引っ掛かる。引かれる様にして持ち上がった最初の蹴り足までが首に絡みついた。

刹那、関雨は目を見張る。

それを意に介さず、楽進が吠えた。

自らの身を捻り巻き込む形で、そのまま引き倒さんとする。

逃げろ、と、関雨の本能が叫ぶ。

冷たい汗が止まらぬまま、自ら跳ぶようにして難を逃れた。力任せに楽進の脚から抜けてみせ、距離を取るべく更に跳びのく。

 

関雨の、強引に過ぎる回避。体勢を立て直す余裕などない。

 

咄嗟に、楽進は気弾を溜めた。踏み込みながら少しの暇もなく、彼女は気合と共に関雨の足場へと叩きつける。

轟音。

同時に土塊と土煙が巻き上がり視界を奪う。

関雨が見失った姿を捉えようとした刹那、楽進の蹴りが土煙を割って現れた。

一刀曰く、サマーソルトキック。

相手の顎先から脳天に抜け、蹴り砕かんばかりの鋭いもの。低い姿勢から身体ごと回転し、筋力によるバネと遠心力が増幅させた威力のすべてを楽進は叩きつけた。

関雨は辛うじて、堪える。

決定打には至らない。だがそれでも浮かぶ苦悶の表情。わずかにかすらせるだけで凌いでみせたのはさすが関雲長といういうべきか。

 

楽進とて、これで終わりではない。

低く飛んで回って見せたのは、次に繋げる時間を短縮するため。すぐにまた地に足がつく。

 

再び地を噛んだ楽進の軸足が、さらに深く踏み込んでみせる。

跳ね上げて見せた関雨の頭。その視界から隠れるように、軸足へと低い蹴りが奔る。

見えないはずの蹴り。実際見えていなかったそれを、関雨は偃月刀の柄を突き立てることで止めてみせた。

脚甲とぶつかり合い鋭い音が鳴る。後に関雨本人も神懸りと評した反応が、自身の脚が持っていかれることを防いだ。

 

まさか防がれるとは。

一瞬顔をしかめながらも、楽進の脚はまだ止まらない。

低い位置から腹部へ、流れるように連撃が走る。防御に立てた偃月刀の上から圧し折らんばかりに蹴りを叩き込んだ。

ひとつふたつみっつさらにもっと。

速くそれでいて重い蹴りが、足元腹部さらに上段へと意識を散らしつつ関雨を圧していく。

蹴りの連撃が、再び偃月刀を構えさせることを許さない。関雨がいなそうとする度に打点の高低が変化する。防御以外に意識を回せば、楽進の蹴りがたちまちその身を薙ぎ倒すだろう。

 

後手に回るばかりではどうしようもない。もちろん関雨はそう考えているのだが。

楽進とてそれは分かっている。

 

わずかでも焦りを生み出す。わずかでも判断を鈍らせる。

それが狙い。楽進がこのまま一手先に駆け抜く。

 

関雨の意識が、蹴りを受け続ける右手側のみに向けられている。

右手最上段、関雨の頭部を薙ぎ払うかのような蹴りが、忽然と姿を消し。

真逆、左手最上段から姿を現す。

関雨が集中させていた意識の逆側へ、楽進の蹴りが襲い掛かった。

 

激しく、痛い、音が鳴る。

金属音ではない、身体の一部が弾け飛ぶような音だった。

 

死んだ、とさえ思ったかもしれない。

だが関雨は寸でのところで腕を捻じ込んだ。

これもまた神懸りといえる反応をしてみせ、その蹴りを腕に受けてのけた。

 

意識が、本当に飛びかける。が、薄れようとした意識を必死に繋ぎとめた。

関雨はなりふり構わず身を投げ出し、飛び退くように楽進から離れて見せる。

好機である。

楽進はそれを追う。だが追尾した拳も蹴りもわずかに届かず。関雨はわずか一重の差をもってその猛攻から逃げる。

まるで毬が跳ねるかのように、追う楽進の追撃をかわしつつ。踏み込むには間合いが遠すぎる、それだけの距離を稼いでみせた。

傍から見れば、恐るべき逃げ足、といってもいいだろう。

 

だが必死に稼いでみせたその距離も、飛び道具を持つ楽進には手が届く。

 

再び彼女の手が気弾を練る。

威力よりも速さを重く見たそれはたちまち形を成し。

 

「てりゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

未だ体勢の整わない関雨に向け、容赦なく投げつけた。

 

 

咄嗟に動いた。備えなどなにもない。それこそ骨まで砕けよといわんばかりの一撃を、その腕のみで受けてみせた。

骨は折れていない。だがこの上ない痺れが関雨の腕を縛った。

咄嗟に防いだとはいえ、なぜ受けようとした逆から蹴りが飛んできたのか、理解できない。関雨は、傍目よりもずっと、心を乱していた。

そこから持ち直す暇さえなく、楽進の気弾が襲い掛かって来る。

 

まともに動かぬ腕に活を入れ。偃月刀を両手持ちに直し。無理な体勢から強引に身を捩り。

 

「とりゃああああああっ!!」

 

力いっぱい、気弾を叩き返すべく振り抜いた。

 

 

楽進の放った気弾が、軌道を変え地面を抉る。

爆発。再び土塊と土煙を巻き上げ、傍らで見学する一刀たちのところまで飛んできた。

 

「……兄様。今、凪さんの蹴りが」

「変だと思った?」

「左足で出した蹴りが、いきなり右の蹴りになりましたよね?」

「うん。見間違いじゃないよ」

 

さも当然のように、目の前で起きたことを肯定する一刀。

 

「……そんなこと、出来るんですか?」

「やって見せたんだから、出来るんだろうねぇ」

 

実戦で本当に使ってみせるとは思わなかったけど。

彼は笑いながら、そういって典韋の問いに答えてみせた。

 

 

物凄い速さで襲い掛かる左の蹴り。防御したと思わせた刹那、それが戻る間もなく右から同様の蹴りが襲う。

これを楽進に仕込んだのは、一刀。

かつていた世界で愛読していた漫画から拝借した蹴り技である。

 

楽進が無手の使い手ということを知って、彼が持つ"天の知識"、平たくいえば漫画や格闘ゲームの知識が炸裂した。

自分では使えないが、使えるかもしれない力量を持つ人材が目の前にいる。

一刀は、自重することが出来なかったのだ。

 

組み手方式で実用性を確認する、というやり取りを繰り返すうちに、その多種多様な手法に楽進も興味を顕わにし。

腕や足を実際に振るってみるたびに感じられる、それら技の可能性に、彼女は没頭し始める。

やがて楽進は、彼を「師匠」と崇めるようになり、真名を預けるまでに心酔した。

一刀にしてみても、「リアル格ゲーが出来る」と妄想を逞しくし、彼女の求めるままにあらゆる知識(主に漫画やゲームの)を披露していった。

 

周囲を余所に盛り上がる、一刀と楽進。

店の裏手で、ふたりが同じ型をなぞるように鍛錬をしている様を見て。なぜか溜め息を吐く関雨がいたとかいなかったとか。

そんなことがあったりもした。

 

 

 

やや趣きの違う鍛錬が実を結んだのか、ここ一番で繰り出した一撃が関雨を捉えた。

だがそれでも、まだ楽進は一歩及ばなかったことを知る。

 

「凄いな。今の蹴りは、まったく見えなかった」

「しかし、しっかり防いでいるじゃありませんか」

「自分でも、なぜ防げたのか分からん」

 

痺れっぱなしの腕を振りながら、本心からそう応える関雨。

揉み解し、なんとか痺れを抜こうとしたものの、それもどうやら無理のようだった。思いの他深く衝撃が入ったようで、骨が折れていないのが奇跡にも思える。

 

関雨は、右手に握る偃月刀を下ろし、足元に突き立て。

 

「この勝負、私の負けだ。痺れ過ぎて腕が動かん」

 

そして、両腕を上げ降参してみせた。

 

時と場合よるのはもちろんだが、今の関雨は、「負ける」ということに対して抵抗がなくなっている。

「負け」が次の糧になるのならば、いくら負けても取り戻せる、と。

それが修練ならなおさらだ。

 

……ここぞというときに負け続けているような気がするのは、気のせいということにしておこう。

 

内心そういい聞かせている彼女を見て。

楽進は突然のことに放心し。

一刀は腕を振り上げ高く親指を突き立てていた。

 

 

 

 

お疲れ様、ということで。

お茶と共に軽くつまめるものを前にしてひと息吐く面々。

 

ひとり楽進は、感情を高ぶらせていた。

「ありがとうございます師匠!」と、一刀の手を握りぶんぶん振り回している。

まぁ、彼が仕込んだ技術のお陰で得た初勝利なのだから無理もないかもしれないが。

 

「というか、初見であれが防御出来た愛紗の方が信じられないよ俺は」

「勘がいい、では済まない反応でした」

「いや、あれは自分でも何故反応出来たか不思議なんだが」

 

楽進の感謝に振り回された一刀がひと心地ついてから、彼は関雨に話を振る。楽進もまた、同感だとばかりにうなずいてみせる。

 

「やっぱり経験値が、無意識に身体を動かすのかねぇ」

「自分でいうのもなんですが、片方に意識を向けている逆から蹴りが飛んで来るのは、普通ありえません。

だからこそ有効なんですが、それさえ反応して見せるのは非常識です。これはもう、経験云々じゃないと思うのですが」

「……楽進、そこまでいうのか」

 

悪気はないのだろうが、遠慮のない言葉をズバズバ放ってくる楽進。それに晒される関雨は意気消沈していた。

負けたという事実よりも、非常識と評されたことの方が堪えているようだ。

 

関雨自身、なぜ反応できたのか説明が出来ない。危険を感じたから、咄嗟に腕を防御に捻じ込んだ。それだけに過ぎない。

嫌な予感、というものに対して否応なく反応してみせるのは、なるほど、経験のもたらすものかもしれない。

その嫌な予感というやつが起こるか、という次元になると、楽進のいう通り、経験よりは才能の域になるのだろうか。

感性重視の動きとなると、呂扶などはその範疇に入るだろう。理屈じゃない、傍から見て無体な動きをやってのけたりするのだ。そういったものを見ていると、経験だけでは届かない領域があるといわれても納得してしまいそうになる。

経験至上主義の華祐などは泣きながら否定するかもしれないが。

 

それはともかく。

実際に楽進との立ち合いを重ねることで、関雨は、無手に対する可能性の豊かさをつぶさに感じていた。

己の技量と工夫次第でいくらでも表情を変える様に、多大な興味を覚えている。

 

「私も、無手を学んでみようか……」

「無駄にはならないと思うよ? いざというときに武器を失って、後はなにも出来ません、っていうのはカッコ悪いし」

 

得物を失っても依然脅威であり続けるというのは、武人として、確かに理想の姿ともいえる。

有無にこだわらないという意味では、既に華祐が無手に手を出している。

一刀や関雨らは知らないが、彼女は洛陽において、実際にあの呂布を相手取り無手で押さえ込んでいるのだ。

 

「でも得物を持つ人が下手になにかを殴ったりすると、拳を痛めて得物が握れなくなる、なんてこともありえるから」

「あまり手を広げようとするのも、痛し痒し、というところですか」

「それでもまぁ、無駄にはならないと思うよ? 繰り返しになるけど」

 

無手の専門家が丁度良くいるんだから習ってみればいいじゃん。

そんな一刀の言葉に、楽進は驚いてみせ、関雨は「確かに」と頷いてみせる。

ふたりの格ゲー講座に参加するのも手か、と、半ば本気で考える関雨。

もっとも、格ゲーという言葉の意味は未だ理解していないが。

 

 

無手の可能性に身を疼かせているのは、なにも関雨ばかりではなかった。

呂扶もまた、楽進の武の伸びに興味津々であった。

もちろん、その伸びが、一刀と一対一でなにかやっているのが理由のひとつと知ればなおさらだ。

 

難しいことは判らなくとも、その内容に刺激を受けたならばそれ十分だ、という捉え方もある。

主に感性を大切にする呂扶などは正にそう。

 

武人の性が疼くなら戦ってみればいいじゃない、とばかりに。

呂扶は、楽進の両肩をがっしりと掴んだ。

 

「……楽進、次は恋が相手」

「え?」

「はやくする」

「ちょっと待ってください呂扶殿、あの後に続けて連戦はさすがに厳しいので少し休ませて」

「はやくする」

 

悲鳴に近い声を聞く耳持たず、呂扶は、楽進を引き摺りながら再び店の裏へと向かって行く。

 

「師匠! 助けてください、助けて」

「さて流琉、俺たちもそろそろ夕方の仕込を始めるか。また忙しくなるぞー」

「ひあっ!」

 

聞こえない振りをする一刀は、典韋の身体を持ち上げ抱え込む。

突然のことに思わず悲鳴を上げる彼女にも気を留めず、彼は厨房へと向かって行った。

 

「あの……いいんですか?」

「平気平気、あれで恋は手加減が上手いから」

 

高い高いをするように抱えられたまま、店の外を指差す典韋。

問題にしている部分にズレがあるような気もするが、分かっていつつも敢えて無視を決め込む一刀。

どこか遠くで、彼を悪罵する声が響いて来たとか来なかったとか。

 

各人のそんな様を眺めながら。

ひとり、沸き上がる笑いを必死に押さえ込もうとする関雨だった。

 

 

 

 

 

平穏ながらも忙しく、飽きの来ない毎日を過ごす関雨。

幽州・薊の政庁に詰めていた彼女の元に、上洛した鳳灯から便りが届く。

現状がどういった状況なのか、それらに対してどんな動きをし、自身の知る歴史と比べどのような変化が起きたのか。

そういった内容を、定期的に、事細かに報告をしているのだ。

 

「しかし、あの麗羽がこうも違うのか」

 

関雨にとって、友からの便りの中で一番おどろいたのは袁紹に対する記述であった。

彼女にとっても、"麗羽"に対する印象は、"お馬鹿"であるとか"傲慢"であるとか、そういった芳しくないものがまず先に出てくる。

少なくとも、他を慮るとか、思慮深いといった言葉は、なかなか想像することが出来なかった。

 

「……まぁ雛里がそういうなら、そうなんだろう」

 

どこか、信じきることが出来ずにいるようだったが。

 

 

また同様に、鳳灯は以前の世界との相違に触れつつ、自身の思い込みに囚われることの危うさを説いていた。

 

孫堅がまだ生きている。

袁術と孫一族は不仲ではないらしい。

華雄は孫堅に会っていない。

などなど。

 

自分たちが関わらなかった場所でも、以前の世界とは異なる部分が多々ある。

袁紹や袁術を始めとして、人間性においても大きな違いが見受けられた。

 

洛陽での一事を始めとして、歴史の流れの大枠がかなり変わって来ている。これから先に起こるだろう事柄はまったくの未知といってもいいだろう。

そんな中で、以前の世界からの記憶が、かえってこの世界での先入観となって判断を違える要素になり得るかもしれない。

鳳灯は、報告の手紙にそうしたためている。

 

確かに、彼女のいう通りだろう。その危険性は、関雨にも少なからず理解できた。

 

朝廷における騒動が平定され、十常侍ら宦官勢も洛陽からいなくなり、劉弁も劉協も無事。袁紹と董卓は知己となり、その間柄も悪いものではない。

状況だけを見るならば、反董卓連合など起こる要素はない。

それでも不安を感じてしまうのは、やはり袁紹に対する先入観によるものに違いない。

 

「まぁ、このまま備えが無駄に終わる方がいいのだろうが」

 

もともとは、袁紹による幽州侵出に対抗するためにやっていた軍事力の強化だ。

無駄になることはないとはいえ、目的の最上段ともいえる仮想敵が事実上消えたことに、関雨はやや拍子抜けしている。

北の烏丸族とは友好を結び、南の冀州を統べる袁紹には対立する意思が見られない。隣接する并州からもこれといった騒動は耳にしない。

幽州の周囲を眺めるに、現時点では、驚くほどに騒動の種が見当たらないのだ。

公孫瓉や鳳灯を始めとした、様々な内政官吏らの働きが実を結んでいる。そういって差し支えないだろう。

だがそれでも、武官ゆえの性なのだろうか。本当にこのまま平穏でいられるのか、と、不必要な不安に駆られもする。

 

穿った考えから構えすぎるのも、いいこととは思えない。

そう自分にいい聞かせ、苦笑を漏らしつつ、鳳灯からの便りを脇へと寄せる。

関雨は、日常の書面仕事に再び取り掛かった。

 

 

 

薊の町を警護する兵たちからの報告、またはそれらの仕事に関連するような書面が、逐一、関雨の元へ送られてくる。

そのひとつひとつに目を通しながら、これといった騒動が起きていないことに、取り越し苦労な自分の考えに荒む心をなだめて行く。

人が増えれば衝突も増えていくのが常。それが抑えられているのはいいことだ、と、関雨は相好を崩す。

 

幽州全体の治安の良さを聞きつけて、移入したい、商売をしたい、といった理由から、少なからぬ人たちがやって来る。そういった人たちによって、幽州における人の出入りはかなり活発なものになっていた。

それらをひとつひとつ把握するために、幽州で何某かの活動をする際には申告することが義務付けられている。

例えば。

曹操との関係から、薊と陳留は商人のやり取りがかなり大きな扱いになっている。

それを見た他の地方の商人が「自分たちも混ぜてくれ」とやってきた場合、理由と目的を届け出させ、その内容から判断し当たるに適した部署へと振り分けられていく。

こういった業務の流れを作ることで、人の流れを把握し、要らぬ諍いを事前に防ぐよう試みているのだ。

届出のないままの集りを見た、という報告を元に調べてみると、実は黄巾賊の残党だったということもあった。

騒動の芽を摘む、という意味でも、その有用性は大である。実際に動く面々にしても、町を守っているという実感を得ながら業務に当たっている。

 

 

ふと、関雨は、ひとつの木簡の内容に目が留まる。

町の一角を、人が集まるために使わせてもらいたい。そんな陳情を許可したという、取るに足らないありふれた報告だった。

問題はその内容ではない。陳情をした、その人物らの名前だった。

 

関雨は、眉にシワを寄せ、考え込む。

しばし難しい顔をした後、彼女は幾ばくかの指示を回すべく人を呼んだ。

 

「なぜ、この時期に、この場所にいる」

 

関雨は、執務室の壁にもたれながら小さく呟く。

もちろん、聞く者も応える者も、誰もいない。

彼女の下へと駆ける足音を遠くに聞きながら。関雨は、別のなにかが近づいてくるかのような、そんな錯覚を覚えていた。

 

 

 

数日後。

関雨は、幾人かの兵を従えながら町中を歩いていた。

従う兵たちも、いつになく厳しい顔をしている関雨を前にして戸惑いを見せている。

ただひと言、「着いて来い」といわれただけである。後は、ことによると捕り物になるかもしれない、と、いい含められたのみだ。

だがそれでも、いい返すこともなく、いわれるままに着いて行く。

なんやかやいったとしても、彼女のいうことやることに間違いはない。そんな信頼ゆえといっていいだろう。

 

しばし歩き、町の外れ。やや開かれた場所に、人が集まっている。

集まりそのものは既に終わっているのだろう。皆一様に笑顔を浮かべ談笑しながら、それぞれ町中へと戻っていく。

人影も少なくなったところで、関雨は、再び歩を進める。

その先には、この集会を催した人物であろう女性が三人、思い思いに息を吐いていた。

 

三人の内のひとり、最もしっかりとしていそうな印象を受ける彼女が、関雨に気付く。

そして、その背後に従う兵を見て表情を硬くさせた。

 

「ここ、薊の警備隊を統べている、関雨という。済まないが、しばらく付き合ってもらえないだろうか」

 

突然現れた、この町の主要人物。声をかけられた彼女らには戸惑いしか見られない。

 

「場合によっては、手荒な真似をせねばならん。大人しく、着いて来てもらえると助かる。

……張角殿、張宝殿、張梁殿」

 

関雨の言葉に、三人は身を竦ませた。

何故、その名前を知っているのか。

もちろん、彼女らにそれを知る術はない。

 

 

 

 

・あとがき

思ったより流琉が前面に出て来なかった。でも後悔はしていない。

 

槇村です。御機嫌如何。

 

 

 

 

凪さん超インファイト。

でも連環腿からフランケンシュタイナーもどきに行くのはどうかと思う。(おまえがいうな)

 

一刀は自重できませんでした。

でもリアルに格ゲーが出来るって、心沸き立つものがないかね。ないかね?

バーチャファイターとかストⅡシリーズのコンボを、実際に身体を動かしてなぞったことはないか?

……私だけですかね。

 

今回改めて、格闘シーンを書くのが好きなことに気がついた。

質はこのさい置いておくとして。

 

 

 

 

 

前回のお話で、辛味についての御意見ありがとうございます。

そうだよ、山椒だよ。

素で、意識の外だった。なんてこと。

突っ込まれなかったら、多分最後まで山椒が出てこなかったと思う。皆様には感謝を。

 

 

 

その他料理について。

アルカディアでご指摘を受けたのですが。ゲームの中で、そんなにいろいろと具体的な料理が出てきましたっけ?

唐辛子も出てた?

凪さんの辛味好きも、時代背景から考えて唐辛子じゃないとばかり思い込んでた。

田楽やマーボー豆腐も出てたらしい。

どうしよう、まったく覚えてないんですけど。

 

ふむ、いろいろ折り合いを付けていくしかないかな、と。思う次第。

 


 
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