No.310697

少女の航跡 短編集08「迷いの調べ」-1

同作品でよく登場する種族、シレーナ(セイレーン)の少女、デーラの物語。シレーナなのに歌が下手という彼女が自分の道を探す話です。

2011-10-01 12:59:38 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:964   閲覧ユーザー数:262

 シレーナと呼ばれる種族について語る事は多い。

 彼女達、シレーナと呼ばれる種族は、『リキテインブルグ』の言葉以外では、セレーネやセイレーンなどと呼ばれるが、西域大陸内ではシレーナと呼べば彼女達の事を示して通るだろう。

 シレーナと呼ばれる種族は、またの名を鳥乙女と呼ばれている。彼女達は半人半鳥の姿をしているのが最大の特徴である。顔や上半身は人の物をしているが、下半身は鳥でできており、両脚は鳥のように細く、かぎ爪を持つ。また、大きな翼を持っており、その肌は透き通るように白い肌をしている。

 翼の色は鳥の種類により、翼の色が様々にあるように、実に多様な翼の色を持つ。王族は白い翼を有しており、あたかも白鳥であるかのような姿をしているのだ。ただ黒い翼を持つシレーナはいない。黒い翼を持つシレーナは、ハーピー、もしくはハルピュイアと呼ばれ、彼女らは、人間世界とは交わらず、原始的でより野蛮な生活を営んでいる。

 シレーナ達は人の言葉を話す事はできるが、ハルピュイアにはそれが出来ない。ハルピュイアは黒い翼をもち、また肌も浅黒く、シレーナ達に比べるとずっと醜いと言う。

 シレーナ達が得意とするのはその歌である。彼女達の歌には魔力が篭められていると言うが、それは実際にその通りである。エルフ達が木と対話でき、ドワーフ達が火や金属の扱いに長けているように、シレーナは歌に長け、更にそれに魔力を篭める事ができる。

 その魔力はまさに魅了そのものの力である。シレーナ達が歌う歌は繊細で、人の声には出す事が出来ない音域さえも操る事ができるが、更にそこに魔力が籠り、人や亜人に対しての魔の魅了を持つ。それは人間よりも節操を保つ事ができるエルフの男であっても逃れる事が出来ない。

 現在、シレーナ達が栄華を誇る都である《シレーナ・フォート》の礎となったものは、船乗りたちを歌で魅了したシレーナ達が、金銀財宝や兵力を奪って作り上げた事である。その都が現在では西域大陸最大の都ともなったと言えば、シレーナ達の歌の力がどれほどのものであったかが理解できるだろう。

 反して、ハルピュイアの歌はシレーナよりもずっと醜いものであり、それは聞くに堪えないほどであるという。また、ハルピュイアはそもそも、人の言葉を話す事ができない。

 そしてシレーナは、女しかいなかった。何がそうさせたのか、ハルピュイアとシレーナという二つの種族に分裂する以前から、この種族の系統には女しかいないのだ。だが、彼女達が種族を増やすためには、異種族の男を必要とする。異種族で人型の生命ならば、シレーナは生殖をする事ができる。

 異種族としか子を宿せないシレーナであるために、彼女達の絶対数は比較的少ない方ではあったが、その力は強大だ。その昔、シレーナの女王となった一人の女は、大勢のシレーナの軍勢を率い、西域大陸南部の国を次々に支配した。

 シレーナ達は空を飛ぶ事が出来た為、人間に比べてその戦力は大きく上回る程のものであった。軽装の胸当てをつけ、弓矢で地上の敵を射るというシレーナの力は、歌と相まって人間にとっては脅威の存在となった。

 《シレーナ・フォート》という巨大な都を作り上げ、時の女王が西域大陸南部に『リキテインブルグ』という統一国家を作り上げた頃、シレーナ達はようやく人間や亜人達との共存を始めるようになった。

 

 デーラ・ヴィヴァーチェは、まだ若いシレーナであり、ようやく親に甘えなくなり、逆に反抗し出す程度の年頃だった。シレーナとは言え、人間と共存を始めるようになってからは、とても人間よりのものとなっている。

 シレーナに比べて人間の数は千倍から万倍以上の数がいると言われており、他種族と交わることでしか子孫を残せないシレーナ達は、人間達よりもその人数が大きく少ない。よって文化なども、人間達のものを吸収する事で発達させるしかない。

 デーラはこの時代のシレーナとしては典型的だった。人間達と多く交わり、彼らの習慣を学び、彼らの言葉を話す。

 『リキテインブルグ』地方の言葉自体が、シレーナ達の訛りによって作られており、それを人間達が逆輸入して使っているほどだ。シレーナは唄が歌えるから、もちろん人の言葉を介するだけの知能もある。

 子供の頃の遊び相手も人間の子供ばかりだった。母親は歌が上手く、王宮に招かれては自慢の詩を披露し、デーラの母に魅了される男が後を絶たない。そのお陰で、母親は誰がデーラの父親であると言う事さえ知らないと言う。

 だが異種族しか父親になりえないシレーナ族では、それは当たり前の事であった。

 《シレーナ・フォート》の街の一角で、子供達が集まっている。人間もいればシレーナもおり、中には、動物系亜人種と呼ばれる、半獣半人の亜人の子供もいた。

 路地裏の広場に集まった子供たちの真中で、まだあどけない声を調べへと変え、その歌を披露しているのはシレーナの少女だった。

 

ああ、どうして都の風はこんなに強いの。

あたかも私の翼をどこかへと飛び去らせてしまうかのように。

その強い風で、私の歌声をどこまでも運んでおくれ。

この大陸の果てまで。そして、更にそのまた遠くへも、私の歌声を運んでおくれ。

 

 シレーナ達は詩人でもあった。子供たちの間で流行っている詩や、伝統として語り継がれてきたような詩もある。だが、シレーナ達は自らが歌声を披露するときは、己が作り上げた詩を披露する。

 たとえそれは少女のようなシレーナであっても同じ事で、彼女達は想いや情景を即座に詩に変える事ができた。そしてその歌声を、シレーナ達が持つ独特の声帯から発せられる歌声で奏でられれば、例え子供の少ない語彙で紡がれた詩であっても、辺りの者達を魅了するに足るものとなるのだ。

 子供たちの間から拍手が上がった。

「凄いよ。流石はポロネーゼだ。素晴らしい歌だよ!」

 人間の少年がそのように言うのだった。

「どうやったら、そんなに美しい声を出す事ができるの?私にもできる?」

 と言って、耳のとがった亜人の少女が声を並べる。彼女の眼はきらびやかに輝いていた。

 そんな子供達を周りに集まらせていた、茶色の翼を持つ、まだ少女のシレーナはその表情を自信に満ちた姿へと変わらせ、子供たちに言うのだった。

「これは、シレーナだからできる歌なのよ。詩だったら、人間でも作れるけれどもね。この調べを奏でる事ができるのは、わたし達シレーナしかできないのよ」

 そう言って、ポロネーゼと呼ばれた少女のシレーナは自信満々に答えるのだった。

「じゃあ次はデーラの番だ。得意の歌声を聞かせてくれよ」

 少年が、一人のシレーナを急かせるのだった。だがそのシレーナは今歌声を披露した、自信満々の姿であったポロネーゼとは違い、とても自信が無いようだった。

「駄目よ。わたしは。歌えないって。知っているでしょ。あんた達も!」

 少年達に向かって言い放つデーラと呼ばれたシレーナだったが、彼女は子供たちの集まりの中央へと押し出されてしまうのだった。

 デーラは小柄なシレーナで、明るい茶色と、暗い茶色のまだらな模様の翼を持つシレーナだった。茶色の翼と同じ色にしている髪を短く肩くらいで切っており、ポロネーゼと比べれば幾分か、あどけない顔をしている。

「歌ってくれよ。デーラ。いつもの歌をよ」

 人間の少年が、まるで面白いものを言うかのようにデーラに言った。

 ついで拍手が上がる。しかしその時子供達が浮かべていた表情は、ポロネーゼの時のものとは明らかに違うものだった。

「おいおい、止めておけって、どうせロクでもない事になるよ」

 一人の少年がそう言った。彼の顔はどことなく不安に満ちている。

「そうよ。また、いつものような事になりかねない」

 耳のとがった亜人の少女も忠告するかのように言う。だが、デーラを子供たちの中央に立たせた少年は、面白いものが始まるかのような表情を絶やさない。

「いやいや、デーラに歌わせるから、面白いんだ」

 デーラはしぶしぶと言った様子で、子供たちに囲まれている中に立った。

「わたし、駄目だって。恥ずかしいんじゃあなくって、皆の為を思って言っているの」

 と、デーラは言うのだが、

「何も死ぬわけじゃあない。歌ってみせろよ、デーラ」

 仕方が無いと言った様子でデーラは歌い始めた。

 しかしその音はとてつもない不協和音を発した上に、衝撃とも言って良いほどの空気の流れを生み出し、裏通りの建物の窓ガラスを振るわせた。子供達はその歌声によって押し倒された上に、震えだした窓ガラスも割れてしまった。

 デーラはすぐに歌を止めたが、その場の惨状に、恥ずかしい思いを隠せなかった。

 

 裏通りがちょっとした騒ぎとなってしまった。子供達は一目散に逃げて言ってしまった。また、子供達が何か悪さをしたのだろうと、裏通りの住民たちが顔を覗かせている。実際に、裏通りに面した建物の窓ガラスが割れてしまっており、その猛烈な響き方は、近所の住民たちにとっては不快極まりない音となってしまっていた。

 子供達は一目散に逃げてしまっていた。事情を知らない者にとっては、裏通りでたった今、起こった出来事は、子供達が悪さをしたかのようにしか見えない出来事だったからだ。

「駄目だよ、わたしに歌なんて。歌えるわけがない」

 そのようにデーラは呟いていた。翼があり、空を飛ぶ事ができるシレーナの一族であるデーラとポロネーゼは、裏通りの迷路のような道を逃げていった子供達とは違い、そのまま建物の高い屋根の上に座っていた。

「ほら、練習すれば上手くなるって。子供の時に、歌を教えられなかったから、あなたはまだ慣れていないだけなのよ」

 と、同じシレーナであるポロネーゼが言った。だがデーラは、

「だって、わたしの歌はとてつもなく音痴で、それどころか、辺りの物を音で破壊してしまう事さえ起こっちゃうのよ。わたし、本当はシレーナなんかじゃあなくって、ハルピュイアなんじゃあないかと思っちゃう!」

 彼女はそのように言い放っていた。それは無理もなかった。人間を凌駕するほどの美しく、また魅力的な歌声を発する事ができるシレーナ達。その中にあって、デーラの歌声は特別だった。

 その歌声が魅力的なものならば良い。だが、彼女の歌声は人間が聞いてもあまりに音痴なものであり、加えて彼女の発する音波は攻撃的なものとなって、周囲に被害を及ぼすというほどのものだった。

 普通に口を開いている分には問題なかったのだが、デーラの歌声の音痴ぶりは、子供たちの間でも評判だった。

「練習すれば、上手くなるって。絶対に。わたしだって、最初は結構音痴だったのよ」

 そのように、デーラの小さい頃からの友人であるポロネーゼは宥めるのだが、デーラはその言葉は何度も聞かされていた。

「嫌だよ。わたし。どうせ、わたしは元から、シレーナに向いていないんだ。人間の子供に生まれた方が良かった」

 そのように言うなり、デーラはいきなり建物の屋根の上から飛び立っていってしまう。

「ちょっと、待ってよォ!」

 ポロネーゼはそのように言ってデーラの後を追う。だが、デーラは身体が小柄な上に結構すばしっこい。歌は下手かもしれなかったが、デーラは飛ぶ事に関してはかなり上手だった。

 《シレーナ・フォート》の城壁の向こう側に向かうデーラ。デーラは14歳のシレーナで、まだ親元にいるくらいの年頃だったが、しょっちゅう家出をしていた。

 それは歌が下手であるという事に対しての彼女の葛藤であり、都にやって来ては、人間の子供たちに馬鹿にされて、すぐに家出をしてしまう。そのお目付け役がポロネーゼなのだが、すばしっこいデーラを、また追いかけ回すのは面倒だった。

 デーラも、飛ぶのに疲れたら夕刻までには家に戻ってくるだろう。そう思ってポロネーゼは彼女が飛んでいってしまうのを放っておく事にした。

 デーラは歌を歌う事よりも、空を飛ぶ事の方が好きだった。元々シレーナは水鳥と人との姿をかけ合わせ、創造の神が創り出したと語り継がれている。

 だから本当は歌なんていうものは、後から作られたものであって、シレーナの本当にあるべき姿は、大空を舞う姿なのだと、デーラは自分に言い聞かせていた。

 自分が発する歌声がとてつもない音痴だったとしても、空を飛ぶ事ができるのだからそれでいい。いくら自分を馬鹿にする子供達がいるにせよ、人間や、翼の無い亜人の子供は空を飛ぶ事などできないのだ。

 いくら歌が音痴であっても、わたしは空を飛ぶ事ができる。《シレーナ・フォート》の高くそびえたった城壁をも軽々と飛び越えていく事ができてしまう。そして、その先に広がる海も、果てしなく広がる草原も、デーラは見通す事ができるのだった。

 このまま草原の果てまで、または海の果てまで行ってしまおうかとも思った。夕暮れになるまで遠くまでデーラは飛んでいった事もあるが、彼女は怖くなって都まで引き返して来てしまった。

 しかし『リキテインブルグ』のピュリアーナ女王は、この大地の遥か彼方、ずっと果てに至るまでを征服しているという。それは、シレーナ達の翼を持ってしても、1日で移動できる範囲よりも更に広い。

 ピュリアーナ女王は、一羽に過ぎないシレーナに比べてもっと大いなる存在であり偉大だ。そんな中、ろくでもない歌声しか発する事が出来ないデーラは、何とも自分がちっぽけな存在でしか無いと思っていた。

 今日のデーラは心の中を追い詰められているかのような想いだった。子供たちの間で酷い歌声で歌わされて、大きな恥をかいてしまった。友人のポロネーゼは上手な歌声を持っているのに、自分だけはシレーナの美しい歌声を全くの真逆にしたかのような、酷い歌声となってしまった。

 これは生まれついて持ってしまったものであり、もはやどうする事も出来ない。デーラは大きなふがいなさに悩まされてしまっていた。

 だから都を飛び出した彼女は、自分がどれだけの距離を飛んできたのか分からなかったし、また、やってきた都の方角さえも見失っている事に気が付かなかった。そして北の方からやってくるどす黒い雲の存在も忘れてしまっていたのだ。

 『リキテインブルグ』の大地のほぼ全てを占めている《スカディ平原》はあまりにも広大であり、きちんとした知識や地図を持たなければ、あたかも砂漠や大海原に投げ出されたかのように道を見失ってしまう。それは例え空を飛ぶ事ができるシレーナ族であっても同じ事だ。

 草原にはまばらに集落があるが、デーラは自分が全く知らない場所にまでやって来ている事に気が付く。

 しかしながら、デーラが気がついた時には遅かった。北からやって来たどす黒い雲が、何時の間にか草原を覆って来ており、周囲は夜にも似た闇に包まれていた。

 大地を揺るがすかのような轟音が響き渡り、閃光がデーラの眼を突いてきた。彼女はその閃光に思わず身を怯ませ、中空での体勢を崩す。

 轟音は幾度も響き渡った。今、この平原の大地で何が起こっているのか、デーラはすぐに理解した。

 これは『リキテインブルグ』特有の気候である、夕暮れ時に起こる夕立だった。特に、火の季節と言われる、トールの月から先の月にかけて、ほぼ毎日のように起こる。

 だがデーラにとっては、夕立の真っただ中に、平原に一人で飛んでくるのは初めてだった。突然の轟音に対しては、彼女は恐怖さえ感じていた。

 しかもシレーナ達にとって、この夕立と言う現象は、どのような地上の生物よりも恐ろしい物だった。

 デーラは幼い時から母親に、シレーナにとって最も恐ろしい物、それは天の神であると教えられてきた。天の神はシレーナ達に容赦ない。彼は、落雷という形で、夕立と共に地上に対して裁きを下す。

 天を敬わないシレーナや鳥などは、その落雷に打たれ、一瞬のうちに裁きを下される。特に自分が一番だと、高い所を飛んでいる傲慢な鳥に対しては、雷は必ず落ちてくると言う。

 シレーナは、他の言葉を使う事ができる生き物たちの中でも、空を支配する事ができ、人間達に脅威さえ与えてきた種族だ。天の神はシレーナ達に対して、容赦なく雷を振り下ろしてくる。

 特に街にいる時は、シレーナ達はすぐに地上に降りれば良い。雷は高い建物の上に落ちるだけだが、何も無い大平原で空を飛んでいるときは気を付けなければならない。真っ先に雷は、高い所を飛ぶシレーナめがけて落ちてくる。

 デーラはその母親の言いつけを思いだし、真っ先に地上に降りることにした。デーラが地上に降りる頃には、豪雨が突然に降り出しており、彼女はまるでその滝のような雨に叩きつけられるかのように地面へと降りた。

 だが彼女が降りた場所には何も無い。ただ草だけの大地が広がっているだけであり、デーラは黒い雲に覆われた草原の中に一人だけでいた。

 彼女はまだ年の頃10歳ほどの、シレーナの少女でしかない。都から離れた場所で、次々に落ちてくる雷の嵐の中で、ただ頭を抱えて身を伏せているしかなかった。

 再び豪雨の中で閃光が瞬く。それは強烈な光であり、デーラは再び頭を抱えて身を伏せる事しかできない。

 彼女はとにかく身を伏せる事だけを考えた。雷は、高い所に落ちるという事を、子供のころから何度も聞かされて来ていた。だから、身を小さくしていれば安心だと、そう思っていた。

 しかしながら、絶え間なく豪雨が降り注ぎ、雷鳴が幾度となく炸裂する中では、デーラは何をする事も出来ない。草原の中で小さく震えているしか無いデーラの姿は、あまりにも無防備で、そしてあまりにも小さなものだった。

 彼女はそのまま身を震わせながら、小さくうずくまっているしかなかった。

 豪雨は一向に止まない。早い時には、ほんの1時間もかからない内に、この雨は通り過ぎていってしまうとデーラは知っている。その後には、嘘のように明るい夕日が差し込んでくるのだ。

 だが今の豪雨は少しも止む気配が無い。デーラはこのままではいつか雷に打たれてしまうのではないかと思った。

 ふと顔を上げると、豪雨の向こう側に見える草原の先に、何やらぽつんと建物が見えた。もしかしたら誰かがいて、自分を助けてくれるかもしれない。そう思ったデーラは、雷に打たれないように身を縮ませながら、その建物へと近づいていく。

 ここは草原が広がるだけで何も無い場所。牧場も無いようだし、果樹園さえも無いような場所だ。だが、何かの建物がある。

 デーラは近づいていき、その建物が小さな小屋である事に気がついた。誰かが住んでいるような建物では無く、どうやら打ち捨てられた倉庫のようで、かなり外装も傷んでいるし、人の気配も無い。

 この大雨で崩れてしまうのではないのかと思えるほどの有様だ。しかし、外で雨に打たれているよりはましだ。そう思ったデーラは、その小屋の扉を開いて中へと駆け込むように入った。

 小屋は小さなものだった。デーラがその背中から生えた翼を広げようというものならば、双方の壁に届いてしまいそうなほどに狭い。元々は何に使われていたのかも分からないような倉庫で、かなりカビ臭くて埃っぽかった。もう何十年も使われていないような倉庫の様である。

 また雷が近くに落ちたらしく、デーラはその小屋の中で身を縮めているしかなかった。雨で濡れてしまった翼を乾かすような事も忘れ、幾度となく落ちてくる落雷に、デーラは小さくなっているしかない。

 雷は何度も落ちた。雨は夜になる時間となっても止む気配は無く、永遠に続くかのように降り続くのだった。

 デーラは結局のところ、一晩中眠る事が出来ないでいた。彼女は身体も疲れていたし、いつ落雷が襲いかかってくるのかと言う事の恐怖に、身を縮ませ、心も疲れていた。

 結局のところ、雨は朝まで止まなかった。そうではなく、雨が止んだ時、デーラはやっと朝日を見る事ができたのかもしれない。

 打ち捨てられた小屋の、埃だらけの窓から朝日が差し込んできたのを見て、デーラはほっと一息をつく事が出来た。眠る事が出来ない夜は、果てが無いほどに長く、彼女は恐怖に襲われていたのだ。

 朝日は、まるで彼女の前に救いの神を降り立たせたかのようだった。草原の神であるスカディが自分のために朝日を再び降り立たせてくれたのだと、デーラは思わず祈りをする姿勢をした。

 しかし不安もある。デーラは昨日、夜になっても家に帰らなかった。母親はどんなに彼女の事を心配している事だろうか。

 デーラは都の外に勝手に出て行く事は何度もあったけれども、さすがに一晩中帰らなかったような事は無い。きっと、物凄く心配しているはずだ。

 落雷は通り過ぎ、天からの怒りは免れる事ができたが、彼女は自分の親を心配させてしまったと言う罪の意識と、きっと、酷く怒られるんじゃあないかと言う恐怖に襲われていた。

 どっと噴き出してくるその感情。それは先程まで続いていた、豪雨と落雷にはかき消されてしまっていて、デーラの中にようやく湧きあがって来た感情だった。

 この小屋から外に出るのにさえ抵抗がある。まるで、昨晩家に帰らなかった事を、外の世界が責め、拒んでいるような気分にさえさせられる。

 まだ雨水に濡れたままの、小屋の扉をゆっくりと開いて外を伺った。昨晩は豪雨と夜を思わせるような闇に覆われていたから、この小屋の周囲の事は何も分からなかったが、ここはどうやら平原の中にある多少小高い丘の上にある、元は牧草地だった場所の小屋のようだ。

 少し離れた場所には、家畜を逃さない為にあったであろうと思われる、柵の跡のようなものも見る事が出来た。

 ほっと溜息をつくデーラ。昨晩の雨は、まるでこの世が終わってしまったかとも思えるほどの、あまりに激しい雨だった。それが今は、嘘であるかのように晴れ渡った青空を見る事ができる。

 時刻はまだ日が昇ったばかりの朝だろう。一晩を見知らぬ小屋の中で過ごしてしまった。

 早く、家に帰らなければならない。デーラはそう思って小屋を後にして、その翼で都まで戻ろうと羽ばたこうとした。

 だが、デーラが羽ばたこうとした時、彼女はどこからともなくやってくる、耳障りな音を耳にした。

 その音は、カラスの鳴き声にも似た声だったが、もっと不快な声だった。今デーラが出てきた小屋を開くときにも、錆び付いた留め金が不快な音を立てたが、その音に似ている。不快な音だった。

 その声が何者のものであるかは、《シレーナ・フォート》や近隣の地域に住んでいる者達ならば誰でも知っている。

 その音は、危険な警鐘でもある。特にデーラのようなシレーナ族の娘にとっては、最も警戒すべき生き物の相手だった。

 デーラが気がついた時にはすでに遅かった。その者達はすでにデーラを取り囲むかのように迫って来ていた。

 真っ黒な翼に浅黒い肌、そして、鳥よりもむしろ人の方にさえ近いと言われるシレーナとは違い、鳥、それも怪鳥とも取れる姿をした者達、ハルピュイアがデーラに迫って来ていた。

 しかも一羽ではない。ハルピュイアは何羽もデーラに迫って来ていた。ハルピュイアも女しかいない種族。だが、シレーナ達は自分たちと彼女達を差別したい為に、雌と呼ぶし、数え方も何羽と、動物の扱いをする。

 しかしハルピュイアはシレーナよりも身体が一回り大きいし、黒い翼も迫力がある。そして何より獲物に対して凶暴だ。

 年の頃が10歳ほどでしかなく、シレーナの中でも子供でしか無いデーラは、たった一人しかいない。

 彼女は大慌てで、ハルピュイア達から逃れようと、翼を羽ばたかせた。しかし円を描き、デーラを取り囲むかのように迫ってくるハルピュイア達。

 デーラの翼はまだ小さい。大きなハルピュイア達は、声を上げながら、あっという間にデーラに追い付いて、彼女を一斉に取り囲む。

 デーラはそれでも逃れようとしたが、大きな鉤爪で彼女の体は掴まれてしまった。

 ハルピュイアの鉤爪は大きく尖っており、いかにも狂暴な姿をしていた。彼女達に掴まれてしまった以上、一体どうしたら良いのか。デーラは分からなかった。

 ただハルピュイアが非常に狂暴な種族であり、シレーナのように文化的ではなく、むしろ動物のような生活を営んでいる事は、彼女もよく知っていた。

 ハルピュイア達には、良心も無い。弱い動物は、シレーナだろうと人間だろうと捕らえられてしまう。そして彼女達に捕らえられた者達の末路は眼に見えている。

 彼女達は鳥乙女の一員だが、人間というよりも、ずっと動物の方に近い存在だ。

 デーラは覚悟も何もできない。ただ必死になって、ハルピュイアの爪から逃れようとしたが無理だった。例え頭の回転はハルピュイアよりも良いシレーナだったとしても、力では大きく劣ってしまう。

 デーラは、自分を捕らえたハルピュイア達が、何かを話しているかのように、その奇声を上げているのを聞いていた。

 聞くに堪えないような声だった。思わず耳を塞ぎたくなってしまうほどの音だ。そのハルピュイア達の奇声を聞いて、デーラは自分の歌声の事を思い出していた。

 自分の歌声も、このハルピュイア達と同じように、周りの耳を塞がせるほどの物で、奇声にも似たようなものだった。

 もしやこのハルピュイア達の奇声のように、自分の歌声も異常なものを持っているのではないのか。自分の歌声はシレーナの声よりも、むしろ、ハルピュイア達の奇声に近いのではないかとデーラは思い知らされてしまっていた。

 デーラはその事に大きな衝撃を受けた。初めて遭遇した奇怪な生き物であるハルピュイアに、彼女は捕らえられた恐ろしさどころか、むしろ自分が彼女達に近い物で無いかと思わされてしまっていた。

 だが、ハルピュイア達からしてみれば、自分はシレーナの一員にしか見えない。

 そうだ。もしかしたら自分が奇怪な歌声を発するならば、ハルピュイアは、自分の事をシレーナではなく、仲間のハルピュイア同士かと思うかもしれない。ハルピュイアの巨大な鉤爪に鷲掴みにされながら、デーラはそう思った。

 彼女は思い切ってその声を発した。《シレーナ・フォート》の子供達には馬鹿にされたが、このハルピュイア達には通用するかもしれない。そう思って、彼女は自らが奇怪だと思う歌声を発するのだった。

 するとハルピュイア達は、デーラの発した歌声に、不快そうな顔を見せた。

 ハルピュイアはその醜いと言われる顔を、デーラの方へと近づいてくると、自らも奇声を発してデーラを威嚇し、鉤爪を突き出してくる。

 まるで、これ以上デーラに歌うなと言っているかのようだった。もしかして仲間だと思うような様子はない。逆に彼女達の怒りを買ってしまったかのようだった。

 デーラの歌声は、ハルピュイア達には通じなかった。明らかにハルピュイア達の持つ歌声とは異なるものだった。

 どうする事もできなくなってしまったデーラを、鉤爪で鷲掴みにしながら、ハルピュイアは群れを成して飛んでいく。

 このままどこへと連れ去ってしまうのか。デーラは不安に襲われる。

 このまま自分はハルピュイア達に食されるだけなのか。それしか辿る運命は無いのかと思う彼女だったが、彼女が思わぬところに助けはやって来た。

 突然、デーラを掴んでいたハルピュイアが奇声を上げていた。そのハルピュイアは翼に矢が突き刺さっていた。いつの間に矢が飛んできたのか分からない。

 だが突然、矢は雨のように上空から降り注いで来た。ハルピュイア達は、次々とそれに射抜かれて、地面へと墜落していく。

 デーラは上空を見た。すると、太陽の光を背後にするようにして、大きな翼を持つ鳥が何羽かそこにいる。その鳥達の方から、一斉に矢が放たれてきていた。

 そんな事ができる鳥は一つしかない。シレーナ達がやって来たのだ。それも弓矢を持つ、戦士としてのシレーナがデーラの元にやって来てくれていた。

 弓矢はデーラのいる場所には当たらないようにして降り注いで来る。だがデーラの身体を掴んでいるシレーナも、やがては矢の嵐に遭い、地面へと墜落していくのだった。

 身体をしたたかにぶつける事になったものの、ハルピュイアも空を飛ぶ事ができる種族であるために、酷い怪我にはならない。だがデーラを捕らえていたハルピュイア達は、突然の奇襲に大きな痛手を受けていた。

 ハルピュイア達が墜落すると、その場に次々とシレーナ達が降り立ってくる。ただのシレーナでは無い、それが《シレーナ・フォート》の都市中心を警備するために結成されている、シレーナ達による警備隊だった。

 弓矢と防具で武装しており、特に《シレーナ・フォート》の都市周辺を守るためにそこにいる。

 白い翼を持ち、ハルピュイアとは違って容姿端麗なシレーナが、ハルピュイアの方へと迫って来た。彼女は周りにつかせている、弓矢を持つシレーナとは違い、剣を持っている。その剣は人間が持つような剣であり、彼女はそれを抜き身のまま抜き放ち、デーラ達の元へと迫って来ていた。

 そして、デーラを鉤爪で鷲掴みにしているハルピュイアに、その刃の先を向けて言い放つのだった。

「そのシレーナを置いて仲間と共にこの場から立ち去りなさい。言葉は分からないと思うけれども、ここはわたし達の土地であって。お前達の狩り場じゃあないわ」

 シレーナにしては背の高い女だった。ハルピュイアに言葉が通じたかどうかも分からない。だが、言われた事はハルピュイアは理解したらしい、デーラを掴んでいた身体を離すと、ハルピュイアは恐ろしげな威嚇するような顔をシレーナの戦士達へと向けた。

 そして墜落した仲間のハルピュイア達と共に、彼女らは奇声を上げて、シレーナの戦士達を威嚇する。

 その場で戦いでも始まるのかと思ったデーラは、素早く助けにやってきたシレーナの戦士達の方へと逃げていった。

 この戦士達の長であるのだろう、剣を持ったシレーナが堂々たる声で言い放つ。

「この場で戦うの?いいでしょう。負ける気はしないからね。数でも武器でもわたし達の方が上よ」

 そう言うなり、その剣を持ったシレーナは声を上げた。彼女の声はシレーナの声としては低く、そして迫力があった。丁度、歌劇が激しさを増す時に響き渡るような低く、その場を変えてしまうかのような声だ。

 デーラが聴いてもはっきりと分かるほどの迫力を見せたそのシレーナは、剣をハルピュイアの方へと突き出して迫る。彼女の声を聴いてしまった後では、その姿がハルピュイアの大柄な体よりも更に大きなものと見えてしまうから不思議だった。

 その迫力に気押しされたのか、ハルピュイア達は後ろへ一歩下がり、さらに一歩下がり出した。やがて一羽のハルピュイアが逃げ出すかのようにその場から飛び去っていってしまう。さらに一羽、また一羽と、その黒い羽を落としながら次々と飛び去っていってしまった。

 草原の大地にシレーナ達を残し、飛び去って行くハルピュイア達は、まるで捨て台詞を残したかのように、奇声を遠くから投げかけていた。しかしそれは全く意味の無いものだった。

 きょとんとしたデーラは、ハルピュイアの戦士達に囲まれ、草原の大地に座り込んでいた。

「大丈夫?こんな所に子供のシレーナが来ているとはね?」

 剣を腰につるした鞘に収めながら、戦士たちの長のシレーナがデーラを見下ろしてきた。

 その眼は冷たい印象だったが、年頃はそれほど大人と言うわけではない。見た感じの風貌はまだ若いシレーナだった。

「大丈夫です、わたしは。ただ、昨日、嵐に遭ってしまって」

 デーラは慌ててその場から立ち上がって答えた。

「なるほど、昨日の嵐は確かに酷かったわ。でもここは子供のくる所じゃあないわ。さっさとお家に帰してあげないとね」

 そう言うなり、デーラの背後に回ったシレーナは彼女の茶色い翼を一枚一枚触りながら見ていた。

「ふうん。大分翼が傷んじゃっているわね。これは相当激しい嵐に遭ってしまったようね?」

 そのシレーナがデーラと目線を合わせてくる。彼女はデーラに比べれば頭一つ分背が高く、年頃は彼女に姉がいたらそのくらいの年頃の女だろう。

「あの、あなた達は?」

 デーラはまだ少し動揺したままの声で尋ねた。

「そう言えば、申し遅れてしまったわね。私達は、シレーナ騎士団の都市警戒部隊の者達よ。わたしはこの小隊の隊長で名前は、セシリア・ガボット。さて、あなたは?」

 セシリアと名乗ったそのシレーナに言われ、デーラは少し戸惑いつつも答えた。

「あの、その、わたしはデーラです。よろしく」

「デーラちゃんね。嵐があった後は、都の近くまでハルピュイアが出てくる事が多くてね。危険なの。だからわたし達は、あなたを連れていってあげなきゃあならないわ」

 セシリアと名乗ったそのシレーナは、丁寧にもデーラを都まで案内してくれるのだった。

 デーラはセシリアと、彼女の配下の警備兵達に連れられ、一緒に都まで飛んでいく事になった。

 昨日の嵐の光景とは一転し、今の平原には広々とした大地を遠くまで見通す事ができるほどの青空が広がっていた。草原の草々が青々とした姿で広がり、やがて《シレーナ・フォート》の巨大な城壁を遠くに望む事ができる時がやってきた。

 デーラは心強い気持ちだった。何しろ、今は自分を守ってくれる、勇ましい兵士たちが陣をなして一緒に飛んでくれているのだ。ハルピュイア達もこのシレーナの兵の前には恐れを成して近づいてくる事も出来ないだろう。

「でも、何だって、あなたみたいな子供のシレーナが、あんな場所まで行っていたの?都から20kmは離れた場所で、あそこは誰も住んでいない荒地よ。あんな所でハルピュイアに襲われたらひとたまりもないわ」

 ある程度まで《シレーナ・フォート》まで近づいて来た時、セシリアが一言デーラにそう言って来た。

 答えにデーラは戸惑ってしまう。子供である自分が不用意に危険な土地に脚を踏み入れた事を、このシレーナは叱責しようとしているのだろうか。

 デーラはまともな答えも見つからないままに答えるしか無かった。

「それが、ちょっと、考え事を」

 何とも曖昧な答えだった。嘘ではない。デーラは自分の歌が下手な事を仲間のシレーナや子供達に笑われた事で、自分を追い詰めてしまい、どこか遠くに行ってしまいたいような気持だったのだ。

「じゃあ、今後は考え事程度で、不用意に嵐の中を飛んでいったりしない事ね。嵐の後はハルピュイアが出やすいの。だから私達が警戒に当たっていたから良い物の、もしそうじゃあなかったら、あなたは今頃食べられていたわね」

 セシリアは簡単に言って見せたようだったが、デーラにとっては、背筋も凍りそうな気持にさせられた。もしセシリア達が駆けつけてくれなかったら、今頃、デーラはあのハルピュイア達に食べられていたところだったのだ。

「今度から、気をつけます」

 デーラはそう答えるしかなかったが、自分は二度と都の外に出る気にはなれなかった。今、こうして兵士達と一緒に飛んでいるとは言っても、背後からあのハルピュイア達が姿を見せるのではないかと思ってどきどきしてしまっていた。

「シレーナとハルピュイアは共存していかなければならないの。それがピュリアーナ女王陛下の敷いた掟よ。だからわたし達はハルピュイアを絶滅させるような事はしない。でも、お互いの縄張りというものをしっかりと張るようにしている。ハルピュイア達がその縄張りを時々犯して、シレーナ達の縄張りに入ってくる事があるけれども、その時はさっきみたいに追い払うだけね。

 ハルピュイアもわたし達と同じ鳥乙女である以上、命までは取らないで追い払ってあげるだけにしてあげているのよ」

 セシリアのその説明を、デーラは以前にどこかで聴いた事があるような気がした。確か、それは母親が言っていた言葉と同じものだった。

 ハルピュイアはいくら狂暴であろうと、シレーナと近い種族であるから、共に縄張りを敷いて暮らしていかなければならない存在なのだと。

 だが、デーラはあのハルピュイア達に襲われた挙句に、食べられそうになったのだ。それでもハルピュイア達と共存していかなければならないというのだろうか。

 やがて、デーラを連れたセシリア達の小部隊は、《シレーナ・フォート》の城壁の上まで達した。

 都ではいつもと変わらない朝の光景が広がっていた。ただ、昨晩の雨で城壁や町の路面がかなり濡れていた。しかし人々はそんなものなど無かったかのように、平穏な朝を迎えている。

 セシリア達は、デーラを《シレーナ・フォート》の最外壁の石畳の上まで連れてきた。

「ここまで来ればもう安心ね。帰りなさい。あなたの母さんが心配しているでしょうから」

 セシリアは口早にそう言って、さっさと都の外へと戻ってしまおうとする。自分たちの任務があるのか。彼女達は急いで飛んでいってしまおうとしている。

 素早くデーラはセシリアに向かって深く頭を下げ、彼女に感謝の意を示した。

「助けて下さって、どうもありがとうございました。わたしもこれから気をつけますので」

 デーラはそこまで言いかけるのだが、

「そう思うんだったら、今度から気をつけることね。お譲ちゃん」

 セシリアによって投げかけられた言葉は、上空から降り注いで来る言葉だった。

 それは何とも子供に対して向けられた、一種の蔑みさえも感じられるような言葉で、デーラにとっては心外だった。

 セシリアはそんな子供になど、いちいち構っていられないと言う様子で、さっさとその場から飛び去っていってしまうのだった。

 デーラは再び一人になってその場に残され、ただ、《シレーナ・フォート》の街から遠くへと飛び去って行くシレーナの兵達の姿を見ている事しかできなかった。

 


 
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