No.310197

釣りのコツ

柊 幸さん

男は釣りが得意だった。今日も釣り堀で竿を振るう。コツさえつかめばバカな魚を釣り上げることなんてカンタンなことだ。

2011-09-30 19:12:14 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:470   閲覧ユーザー数:470

 

釣りのコツ

 

 

 

 男は自分の中で、冬の定番となった紺のジャンバーに身を包み、自宅から程近い湖に釣りに来ていた。

 

 合成ビニールの安物だが中に入った綿の量が多くふっくらして動きづらいという欠点はあるものの、寒い場所でじっと待つ釣りにはもってこいの防寒着だった。

 

 いつもの場所で竿を伸ばし、いつもの道具になれた手つきでエサをつける。

 

 エサはイトミミズ、学習という言葉とは無縁の魚どもはいつもどおりのこのエサで十分だ。

 

 男は軽く一握りのエサを湖面にばら撒く。イトミミズたちはうねりながら静かにその姿を水の中に沈めていく。

 これは「撒き餌」といい、これから下げる仕掛けをカモフラージュするとともに多くの魚を集める2つの効果を狙った高度な技だ。

 

 エサが適度に沈んだタイミングを見計らいキャスティング、仕掛けを湖中に投げ入れた。

糸は狙いたがわず撒き餌の中心に落ちる。餌のついた針は小さな波紋を広げながら水中に沈んでいく。後は魚が食らいつくのを待つだけだ。

 

 水面に浮かぶウキだけが、仕掛けに食らいつく魚の様子を男に伝える。湖面は冬のやわらかい光を反射しまぶしいほどだ。男は浮きの動きだけに神経を集中した。

 仕掛けの作る波紋が岸に届くころ、わずかにウキが揺れた。でもまだだ、しっかり針が魚の口にかかるまであせるのは禁物。男は辛抱強く待つ。

 

 しばしの沈黙の後、大きくウキが揺れ、水中に引き込まれた。

 

 《そこだ!》

 

 男はその瞬間を逃さずさおを上げる。激しい水しぶきとともに銀のうろこに包まれた魚が姿を現した。

 

「いやー兄ちゃん、いつ見てもいい釣りあげっぷりだねぇ」

 

 赤ら顔の老人が男に声をかける。釣り仲間からは通称、玄さんと呼ばれている老人だ。

 

「いつも同じ手にかかるここの魚が馬鹿なんですよ」

 

 男は魚を針からはずしながらこともなげに答える。手は休むことなく次の仕掛けを準備している。

 

 さっきよりも少なめに撒き餌を行い、キャスティングした。

 

「すばやいねぇ、今日もそのかごをいっぱいにしてかえるのかい」

 

 のんびりと糸をたらしながら玄さんは尋ねてくる。一向に魚のかかる様子のない玄さんの竿。そういえば男は今までに玄さんが魚を釣ったところを見たことがなかった。釣り上げるよりも、時間をつぶすことを目的としている釣り人も少なくはない。人それぞれだ。

自分がどうこう言うものではないと男は思う。しばらくして男の竿にはまたあたりが来た。ちらりと横を盗み見るも、玄さんの竿に動きは見られないようだった。

 

 

 それからどれくらいの時が経ったのだろう、男のかごはすでに入った魚が動き回ることすらできないくらいににぎわっていた。今日も大量だ。

 

 ふと隣にいるはずの玄さんを探すが、姿が見つからない。竿は立てたままだ。そんなに遠くにいているとは思えないが。

 

 男が周りを見渡すが近くに人影はない。

 

 玄さんは見つからなかったが、代わりに地面にきらりと光るものを見つけた。

 

 男が近づいて手に取るとそれは百円玉だった。誰かがジュースでも買いに行こうとして落としたのかもしれない。これでは落とし主もわからないし、百円くらいならもらってしまってもよいだろう。

 

 男はその百円玉をポケットにしまいこんだ。釣りに戻ろうとするその時、男の目は再び地面に落ちた光るものを発見した。

 

 早速確かめる。なんと今度は五百円玉だ。よくよく見渡せばまだ回りにはいたるところに小銭が散らばっている。

 

 

  《誰か、財布でもひっくり返したのか?》

 

 

 男は近くに誰かいないかと周りを見回した。しかし静まり返った湖の湖畔に人の気配はなかった。男は注意深く周囲に気を配りながら落ちている小銭を拾った。

 

 

  《はは、これはなかなかの金額があるぞ。》

 

 

 男はずっしりと重くなったポケットを確認して、釣り場に戻ろうとした。

 

 

  《ん?》

 

 

 男の視界を横切る、一枚の紙。視線は自然とその紙を追う。

 

 

  《まさか、そんなことはないだろう。》

 

 

 心では思いつつも、そのまさかに期待する。紙切れは湖をなでる風に翻弄されながら、2回3回と男の前をすり抜けた。その一瞬、男は確かに見た。その紙切れに描かれているのは「福沢諭吉」だ。

 

 確認するや否や、男は福沢諭吉の描かれた紙を追いかけた、右に左にと風に遊ばれたのちその紙を手中にすることに成功した。

 

 太陽にかざして確認するも、間違いない。これは日本銀行発行の一万円券だ。先ほど拾い集めた小銭なんか比べ物にならない。男はほかに誰も見ていないことを確認して、お札をポケットの中に丸め込んだ。

 

 今日はもう釣りなんかどうでもいい。このお金で酒でも飲みに行こう。

 

 男が帰りの準備に入ろうと歩こうとしたのだが、なぜか動くことができない。それどころか何かに引きずられているようだ。あわてて男は原因を探る。よくよく見ればくもの糸のような細い透明な糸がズボンのポケットからはるか天空の雲まで伸びているのだ。そのポケットは先ほどお札をねじ込んだあのポケットだ。

 

 

  《あのお札に何か仕掛けがあったのか?》

 

 

 男はポケットからお札を取り出そうとするが、何かに引っかかってうまく取り出すことができない。そうしている間も男の体は糸に引きずられていく。湖ははるかに、今男の体はポケットの中から伸びる一本の糸で空に浮かんでいた。

 

「だれかー!助けてくれー!」

 

 男の叫びはむなしく湖の湖面に吸い込まれ、そのまま雲の上へと釣り上げられてしまった。

 

 

『ほらまたつれた。』

 

 赤い顔をした大男がさおを引く、糸の先には元気よく暴れる小動物の姿がある。

 

『お前はホントうまいなぁ』 

 

 青い顔をした大男は感心したように赤い男が糸から暴れ続ける小動物をはずすところを眺めていた。

 

『なに、ちょっとしたコツがあるのさ。地上の動物たちは学習ってことを知らないからな、この餌を使えばばっちりだ。』

 

『なるほど、地上の動物ってやつはそうとう馬鹿なんだな。毎回同じ餌にかかるとは』

 

 角を生やした赤と青の大男たちは再び仕掛けを雲の間から地上に下ろした。

 

『おっと、撒き餌、撒き餌っと』

 

 地上に小銭がばら撒かれた。そしてまた愚かな地上の魚が釣り上げられる・・・

 

END

 

 


 
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