No.307783

不可視猛毒のバタフライ (1/3)

Rowenさん

シュタインズ・ゲート2次創作。真ENDまでネタバレしていますので、ゲーム全クリア後かアニメ全話視聴後にお読みください。
牧瀬紅莉栖視点ですが、いつものようにオカリンがかわいそうなことになっています……許せオカリン。
実は最後まで読むとほのぼのオカクリになるんです。

(追記)続きはこちらです。

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2011-09-26 02:19:47 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1010   閲覧ユーザー数:973

 

 プロローグ

 

 4月13日

「ねえどうだったこの論文! ひどいよね? ひどいでしょ?」

「……確かに」

 ヴィクトル・コンドリア大の物理学棟。素粒子物理学専攻のポーラ・バークレーの部屋に借りていた素粒子論の論文のコピーを返しに行ったら、教授から学会誌掲載の査読の下読みをさせられてるんだけどあまりにもダメすぎて笑えるから読んで!と日本人の論文を押しつけられた。

 アブストラクトどころかタイトルの時点でひどい。英語は安い翻訳ソフトにでもかけたのか滅茶苦茶。ようやく解読した内容も、学会ではまったく支持されていない考え方をベースに、ろくに証明もされていない仮説を積み重ねた上にザルのような実験をトッピングしている。その上実験内容は前提に大きな問題があって結果が使い物にならない。

「そもそも、本名で投稿してこない時点でダメよね」「クリス、この人知ってるの?」「少し」

 著者、中鉢章一。

 ポーラはもちろん気づいていない。名字が違うけれど、これは私の父が書いたものに間違いない。

「でもよくこんなひどいのを学会誌に投稿してくるわよね。普通は研究室で止めると思うんだけど」

 首をひねっているポーラの気持ちはよくわかるけれど、父がこんなひどいのを投稿してきた事情もわかってしまう。彼は今在野の研究者だ。特定の組織に属しているわけではないし、日本の学界からはつまはじきにされているから、論文を組織のフィルタにかけることもできないのだ。

 テーマはタイムマシン。父が30年以上研究を続けている領域だけれど、このテーマで学会誌に掲載されるには相当革新的な内容が要求されるはず。それこそタイムマシン的な効果を実証するくらいのことをしなければ、実績のない在野の物理学者の論文が一流学会誌に掲載されるわけがないとも思う。そんな父の現状を少しでも変えてあげたいと思って、今、私も論文を書いているのだけれど……

「この人研究者向いてないよ。クリス、知り合いなら諦めて別の仕事探すように言ってあげないとダメ」

 私より2回りも大きなポーラに上から強く言われてしまうと、今はこくこくとうなずくことしかできない。持っていると悲しくなる父の論文をポーラに返して、私は近くの本の上に乗っていたプリントアウトを手に取った。「ガンマ線の強度分布」というタイトルの画像は鮮やかな青と赤と白が目立つ。

「それは日本人のまともな研究よ。フェルミのデータを解析して、宇宙線の強さを分布を調べたんだって。予想以上にそれが強かったらしくて、結局エネルギーがどこから来ているのかはまだよくわからないみたい。超新星の残骸が発生源の1つだって裏付けは強化されたみたいだけど」

 この宇宙は、どこで生まれたのかもわからない、謎のエネルギーに満ちている、らしい。

「物理学者としては失格だけど、わからないことは全部神様のせいってことにしたいときがあるわね。ああ神様お願いです! なんでもしますからこの銀河系外宇宙線だけは神様の身許に置くことをお許しください!」

「……ポーラの神様ってそれがOKなくらい優しいの?」「優しかったら物理学者にはなってないわね」

 ポーラの軽口にツッコミながらも、私は心の中で神様に願って、呪う。

 

 こんにちは神様、今何を考えていますか?

 神様、もしいるのなら、他のことはどうでもいいので、私の父をなんとかしてくれませんか?

 できないですよね? 無能な神様。

 

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 8月13日。

「だから助手でもクリスティーナでもないと言っとろうが!」

「ならばセレセブか@ちゃんねらーか」

「牧瀬紅莉栖だってんのこのバカ岡部! バーカ!バーカ!」

「何を!バカと言う方がバカというこの世界の真実を知らんのか。世間では天才少女と呼ばれて久しいかも知れんがこのIQ170の鳳凰院凶真の前では幼児も同然であると己から暴露しおったなこの、愚・か・な、助手め!」

「あああああ岡部こいつ今にはじまった話じゃないけど脳みそに電極ぶっ刺してコンセントに繋いでやりたい!!!!」

 私の心からの叫びに目の前の岡部と、その後ろで電話レンジ仮をいじっていた橋田の顔が一気にひきつった……ちょっと待ってよ、冗談ってわかるわよね? 私が間違ってもそんなことするわけないでしょ。なんで大の男たちが本気でビビってんのよ!

「そっ、そういえばミスター・ブラウンが話があるとか言ってたな行ってくる」

「あーオカリン逃げるつもりだなーずるいお!!」

「う、うっさい!」

 私の鋭い視線からそそくさと階下へと逃げていく岡部。このチキンめ!! 私は今日何度目かわからないため息をついた。何よあいつ。私の方があの店主より怖いってことなの!?

「ボクの脳みそに流すのは勘弁してほしいお牧瀬氏」「流すわけないでしょ!!」「……おおコワ」

 この「ラボ」もどきを作った中二病患者。酷い誇大妄想と虚言癖持ちで行きあたりばったりで見栄っ張りでいい加減で適当でヘタレ。大学生にもなってあの言動ってどうなの。あれが普通に生きていけるって日本って凄い別の意味で。アメリカだったら結構早いタイミングで撃たれてると思うわよ岡部倫太郎……そんな奴の言動に一々腹を立てている自分が嫌になってきた。

「まあまあ牧瀬氏。あれでもオカリンにもいいとこあるわけだし、まあちょびっとだけど」

「ここにラボを作ったことでしょ。フェイリスさんのところに通いやすくてよかったわね」

「んーまあそれもそうなんだけども。他にもなくはないわけで。……そのうちまゆ氏に聞いてみるといいお」

「まゆりに?」「オカリンと一番付き合い長いのはまゆ氏だからなー」

 ここに通いはじめてからまだ2週間くらいしか経ってないから、私は皆の過去をほとんど知らない。電話レンジ(仮)のおかげで毎日のようにここに来て、みんなと顔を合わせてるけれど、岡部とまゆりと橋田はその前からずっとここに集まって遊んでいたことを考えると、運命のいたずらの面白さと一緒に、過去にここに自分がいなかった事実に寂しさを感じたりする……岡部はどうだっていいんだけど、まゆりや橋田にもっと早くに出会えてたら、きっと楽しかっただろうなって思うのだ。

「それって、時々まゆりが言う『人質』の話?」

「一度オカリンがいないときに聞いといた方がいいお。オカリンは他人にその話されるの嫌がるから。厨二病だから色々変なこと嫌がるんだよなーあいつ」

 ふむん。他人……ね。そうね。私はまだ他人か。

「それはそうと橋田、岡部に変なあだ名つけたいんだけどどんなのがいいと思う」

「牧瀬氏からおかしな相談ktkr」

 橋田が吹き出す。でも私は本気なので真顔を崩したりしないんだから。

「だってあいつ私に適当な名前つけすぎだと思うし。2日に1つぐらいの勢いで呼ばれたこともない呼び名が増えるっておかしいわよ」

「ほんとよくあんだけポンポンと思いつくよなーオカリン。牧瀬氏のあだ名だけじゃなく」「……ほんとね」

 岡部の口から次から次に飛び出してくる厨二病単語が毎日つらい。

「いつも呼ばれるたびに否定しないといけないし、だから逆に岡部の嫌がりそうなあだ名をつけて呼んでやりたいって思ったんだけど」

「オカリンの嫌がりそうなあだ名かー……『パラノイア』とか言われたらむしろオカリン喜びそうな気がするなカタカナだし」

「そうなのよね……私、厨二病患者の精神構造ってほんと厄介だって、最近痛感してる……『チキン』って呼んだら鳳凰がどうだこうだって言ってくるに決まってるからめんどくさいし」

「おお牧瀬氏もオカリンのことなかなか良くよくわかってるお」「慣れね、慣れ」

 はあ、とため息をつく。

 理想は、呼んだら岡部がぐぬぬと黙ってしまうようなあだ名をつけてやりたい。

「僕もまゆ氏もずっとオカリンって呼びっぱなしだしなー……あ」

 橋田の動きが止まった。何か気づいたらしい。

「おかべりんたろー」「は?」「オカリン、自分のフルネーム呼ばれるの相当嫌いだお。僕たちの本名呼ぶ方も嫌いだし」

 言われてみれば、確かにそうかも。名前で呼んでるのはあのマイペース極まるまゆりだけ……。

「待ってよ、下でバイトしてる子には、時々フルネームで呼ばれてない?」「前は呼ばれた後で、ここに戻ってきてから一々嫌な顔してたお」

 本名か。確かにフルネームで呼んだときはぐぬぬって顔してたし、嫌がらせとしては悪くないのかも。

「でも……ひらがなで8文字はちょっと長すぎない?」「クリスティーナは7文字」「うー、そうだけど」

 理想を言えば『ザ・ゾンビ』くらいの短さが欲しい。

「ん? 要は本名を短くすればいいのよね……なんだ、簡単じゃない。倫太郎か」

 真実は大抵の場合、いつだって驚くほど簡単なものなのだ。おもわずにやけてしまう。

「うわー牧瀬氏の笑顔が邪悪……」

 呼んでやったらあいつどんな顔するだろう! ようし、次に顔合わせたら……ひどく嫌がってじたばたするしかない岡部の姿を思い浮かべながら脳内リハーサルしてる自分が我ながら気持ち悪い。そういえばまゆりもそろそろ戻ってくるはずだから誤爆しないように気をつけないと。いつものどたばたした歩き方で岡部が戻ってきたら、開けられる扉に向かって私は、奴の本名をぶつけてやるのだ。

 ぱん、ぱん、と乾いた音が外から聞こえる。激しい重い足音が駆け上がる。あいつ早速何かやったの? ノックもなく扉が開いてまゆりを肩車した岡部が部屋に転がり込む。赤い。鉄の臭い。2人とも血まみれ。岡部の肩から力なくずるりとまゆりの体が滑り落ちる。岡部はそれを返り見ることもなく開発室に走る。これは一体なんだろう。いつもの悪ふざけ? 映画の撮影? でも床に転がったまゆりの眉間には小さな穴が開いていて赤いものが流れている。私の喉から……リハーサルしてた名前ではなく、ひきつった悲鳴がこぼれ出る。

 椅子から転げ落ち橋田は床にへたりこんでる。私は血まみれの白衣を追いかける。

「どういうことなのこれ!! まゆりが、まゆりが」

 振り返った岡部も血まみれだ。たぶんまゆりの血だけじゃない。その血まみれの顔で泣いていた。

「前の俺が間違った……」

「どういうこと!?」

「次は間違わない。すまない、紅莉栖」

 言葉の意味がわからない。なんで、あんたが私を名前で呼ぶの。どうしてそんな目で見るの。

 階下からさらに重い複数の足音がせりあがるけれど、岡部は手慣れた様子でさっき完成したばかりのタイムリープマシンを起動していた。

 

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 8月11日。

 電話レンジをきっかけにここに通いはじめてからまだ2週間くらいしか経ってない。でも、同世代の仲間と毎日顔を合わせて研究する日々がこんなに面白いとは思わなかった。もっと早くここに来ることができていたら、きっと色々変わっていたに違いないって思う……岡部はどうだっていいんだけど、まゆりや橋田たちにもっと早く出会えてたら、素敵だったろう。

 けれどそんな幸せな日々も岡部の告白で終わりを告げた。この穏やかな日々がまさか8月13日で終わるだなんて信じたくなかったけれど、私にはあの表情も口ぶりもとても嘘をついているようには見えなかった。隠してたマイフォークのことも知っていたし、あの面倒な鳳凰院凶真が岡部の中からすっかり消えてしまっていたし。

 岡部はまゆりを救うことに必死で、私のことは助手でもクリスティーナでもなく紅莉栖と名前で呼ぶようになった。それは私にとってうれしいことのはずだったのに、今は寂しさを感じている。もう母校の授業では私の能力に対応しきれないからと海外留学を勧められたときのように、不満がありながらも愛着を持っていた場所から押し出されて、足元に何もなくなる感覚。

 岡部は一人きりでここまでの流れを数えきれないほど繰り返し、失敗した末に、一人ではどうにもならないと諦めて私に助けを求めるようになったのだと話してくれた。そこまでの繰り返しが岡部の心に大きな傷を穿ったのは間違いない。本人は平静を装っているつもりだろうけれど、表情は明らかに乏しくなり口数も減っていて、抑うつが出てるように見える。

 どうしてもっと早く、私たちを巻き込んでくれなかったのかな。

 案外薄情な奴なのかな。

 きっと違う。岡部は面倒なことに私たちを巻き込みたくなかっただけ。狂気の科学者を気取っていた頃は変な行動のせいで見えにくかった彼の精神の本質はひどく真面目で優しくて、おまけに周囲に助けを求めなければいけないと気づくのが遅れるほどに強靭だったんだと思う。出会った頃に今の岡部の姿がもし見えていたら、もっと優しくできていたかもしれないけれど……出会った頃を思い出したら吹き出してしまう。実際は岡部の奴、初対面のときは私のことをゾンビ扱いしてきたんだった。あれは一体なんだったんだろう?

「どうした、紅莉栖」「……ううん、なんでもない」

 タイムリープマシン組み立ての手を止めてくすくす笑ってる私の横で、岡部はあくびをしている。今はラボで2人で徹夜の真っ最中。私は大学の研究室のおかげで徹夜には慣れているけれど、心労もあるんだろう。岡部は随分眠そうに見える。

「電車があるうちに帰って寝てくればよかったのに」

「確かに俺には何もできないが……お前にだけ徹夜をさせて、俺だけがのうのうと寝ているわけにもいかないだろ」

 ほら、こういうところが変に生真面目で優しい。

「実家暮らしなんでしょ、親が心配するんじゃないの?」

「そんなことお前に心配してもらわなくても大丈夫だ……」

 居心地悪そうに口を尖らせて、目をそらす。

「ごまかすところを見ると案外凄く怒られるんじゃないの? こらー倫太郎! ちゃんと帰って来いっていったでしょ!って」

「うっ、うるさいぞこのクリスティーナ!」

「ははん図星だ。案外下手に戻ると怒られるから帰らないだけだったり?」

「だまれこのお節介助手!!」

 ちょっとおちょくったら顔を真っ赤にしてる。本当はもっと追いつめたら面白そうだけどやめておく。……きっと追いつめすぎたら壊れてしまうと思ったから。

「それじゃ目も覚めたみたいだし、これつけてもらえない?最終調整に安静状態の値をもう一度取っておきたい」

 岡部はむう、と顔をしかめ、それでも手渡したヘッドギアをぼさぼさの頭にかぶって、視覚刺激を抑制するために目を閉じた。

 私はタイムリープマシンに電源を入れ、次いで脳波モニタを稼働させようとしたらばちん!激しい音とともにいきなり目の前が白く光る! ……スパーク! 漏電? まさかありえない! ヘッドギアをつけたままの岡部が痙攣している! 「岡部!」あわてて岡部の頭からヘッドギアを引き剥がそうとする直前、感電で震えながら岡部は転がり落ちた赤い携帯電話の方向を曲がった指で指差した。

「……このまま……!」

 脳波モニタは死んでいたけれどタイムリープマシンは奇跡的に完璧に動いてる。強い電流で肉の焦げた臭い、激しい息遣い。私には目を見開いた岡部を救う技術も時間もない。タイムリープで現在をなかったことにする方が早い! 私は急激に弱っていく彼の呼吸が止まる前に岡部を次の世界へと送り出すしかなかった。

 

    (続く)


 
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