No.30492

【青】

カトリさん


完全にSFです。
未知の星に不時着してしまった、宇宙配達屋のお話。
結構ビターです。

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2008-09-12 23:34:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:442   閲覧ユーザー数:418

 

 

 打ち寄せる波が白い泡を作っては引いていく。

 

 俺達の目の前には、延々と続く海岸が広がっていた。

 

 

 

 

 

【青】

 

 

 

 

 

「すごいね、地平線てホントに丸いや」

 

 カイルはのんきな事を言いながら、残りわずかな固形食料を口に頬張った。

 少しひびのいった眼鏡をかけ直して、ただじっと青い海を眺めている。

 

 いつも何を考えているのか分からない、ぼんやりとした顔。

 時々……カイルの目に映る物全てが、こいつの中に吸い込まれていくようで、俺は不気味さを覚えた。

 

「なぁ」

 そんなカイルと二人きりになった事がとても不快ではあったのだけど、この無人の星に降り立ったのは二人だけなのだ。

 話しかけるしか、ない。

「どうするんだよ?」

「何が?」

「船長の死体」

 カイルは一度、墜ちたスペースエアシップ(宇宙飛行船)をチラッと見遣ったが、すぐに肩をすくめた。

「どうしようか?」

「おい」

「なんだよ」

「こっちは真剣に聞いてるんだぞ」

「僕だって真剣に答えてるさ」

 

 船の貨物室で荷物の確認をしていたカイル、自室で休憩をとっていた俺。

 そして操縦室にいた船長。

 スペースエアシップの動力源に、小さな、ほんの欠片程の隕石が穴を開けた。

 おそらくはそういう事だったと思う。船長がそう、怒鳴っていたからだ。

 何がなんだか分からないまま、船は呆気無く墜ちて……未開の星に不時着した。

 船の先頭部分に位置していた操縦室はめちゃくちゃで。非常用脱出ハッチをなんとか開けた俺とカイルは目の前に広がる青に、ただただ目を丸くしていた。

 船が爆破しなかっただけまだマシだとは思う。

 思うが……操縦室があんな事になってしまっているのでは、通信すらできない。

 そして、

 その中には、おそらく……船長の死体があるのだ。

 

「もしかしたら、まだ生きてるかもしれないね」

 固形食料の欠片を名残おしそうに頬張ると、カイルはぼんやりと呟いた。

「……死んでるさ。もう三日は経ってるんだぞ?」

 俺たちは、ずっとためらっていた。

 死体を見るなんてお互い初めてだったし、それに……あんなに世話になった船長のむごたらしい姿を見るのは、正直勇気がいった。

 

 俺たちは臆病で、それなのに生に固執する。

 なんて浅ましくて醜い人間なんだろうと思う。

 

「じゃ、行こうか」

 

 突然、カイルがすっくと立ち上がった。

「行くってどこに?」

「操縦室だよ」

 さも当然という様に言ったカイルに、俺は目をしばたたかせた。

「は?」

「考えても埒があかないだろ?どうせここでずっとぼんやりしてるんなら見に行こう」

「恐く、ないのか?」

「恐いさ」

 奇妙な沈黙が、俺たちを支配した。

「でもさ……」

 カイルはじっと、船を見つめた。

「やっぱり、船長にはお世話になったわけだし。僕たちで葬ってやらなくちゃ」

「なんだよ」

「何?」

「なんで突然そんな事言い出すんだよ?三日も経ったってぇのに……」

 カイルはハハッと小さく苦笑いをした。

 

 ──さぁ、なんでだろうね?

 

 

 

 

 

 

 開けっ放しになっている非常用ハッチに体をねじ込む。

 船は先端を軸にして斜めに傾いてはいたが、俺たちが入ると少しだけ後ろの方へ重心を変えた。

「ねぇ……」

 真っ暗な船の中、リストライトを照らしながらカイルの後ろ姿が呟く。

「どーする?船長の死体がウジ虫だらけとかになってたら……」

「バカヤロッ」

 あんまりに胸が悪くなったので小突いてやったら、カイルは「いてっ」とうめいた。

 ハッチに1番近い非常庫を横目で見遣りながら、先へと進む。

 

 

 非常庫は、非常用の食糧、燃料、リストライトなどを入れている小さな非常用用具入れだ。

 放心していた俺たちは、我に返った時に真っ先にここをこじ開けた。

 

 生への執念……──

 

 あの時の自分は、とても醜かったと……思う。

 

 

 そんな事を考えながらふと前を向くと、カイルが視界から消えていた。

「カイル?」

 俺は、何故だか急に恐くなってカイルの名前を呼んだ。何度も何度も呼んだ。

 あんなに不快な存在だと思っていたのに、いなくなるとどうしようもなく不安で、恐ろしい。

 

 一人になるのが、恐い。

 

 真っ暗な通路をリストライトであてどなく照らす。 しかし、ライトは無機質な空間しかうつさなかった。

「カイル……」

 か細い声が虚しく響いて落ちる。

 

 ガタンッ

 

 急に何かでかいものが落ちた様な音がして、ハッとして前方を照らした。

 何もない。

 恐怖心を堪えながら、俺は音のした方へと走り寄った。

 

 何かに、ぶつかる。

 

 拍子に尻もちをついてしまった俺に、「ひどいなぁ〜」という間抜けな声が手を差し伸べてきた。

「壁に頭打ち付けちゃったよ」

 ──カイルだった。

「お、お前! 一体どこ行ってたんだよっ?!」

「ん。ちょっとね。……立てる?」

 ちょっとねって、説明になってないだろっ!

 俺は一発殴ってやろうとした拳を握りしめたが、すぐに止めた。

 大人しく、カイルの手を取って立ち上がる。

「後もうちょっと進んだら操縦室だから」

 

 グラ……──

 

 俺達が一歩踏み出すと同時に、船の重心はまた変わった様だった。

 操縦室へと向かう中、俺もカイルも、終止無言で歩いていた。

 正直、あの時カイルが何をしていたのか気になってはいたのだけれど……もうすぐ船長の死体とご対面かと思うと、そんな気も失せてしまっていた。

 しばらくして……目の前に、ひしゃげた操縦室のハッチが見えた。

「これ蹴ったら簡単に開くかな?」

 カイルがカンッと蹴る。

「バカ。そんな弱々しい蹴りで開くわけないだろ?」

 ガンッと俺が蹴ると、ハッチは操縦室の向こう側へとふっ飛んでいった。

 ひらけた景色に、俺とカイルはしばらく呆然と立ち尽くした。

 

 操縦室は、見事な青い空間へと変ぼうしていた。

 

 割れた窓から差し込む青空の陽射し。

 その青空に反射する様に漂う水面。

 水面に浮かぶ、透明な物体。

 ガラスの破片。

 その空間を、ゆったりと飛んでいる、数羽の青い蝶ちょ。

 

 よくよく見てみれば、確かに操縦室はひどい有り様で。

 全ての機器は衝撃でぶっ壊れていたし、操縦席も見るも無惨な状態だった。

 けれど…──

 

「やぁ……なんだかキレイだね」

 

 カイルがほろっと口に出していた。

「もっと悲惨でグロテスクな感じを想像してたんだけど──」

 悔しいが、俺も同じ意見だったので敢えて何も言わないでおく事にした。

「ねえ、手伝ってよ」

 振り向くと、カイルはぶっ倒れているメインコンピューターを持ち上げようとしていた。

 無言で近付いて持ち上げる。

「重いね……」

「とりあえず全部持ち上げずに、どかせる範囲だけどかそう」

 俺とカイルは力を振り絞って、せーのっ! でメインコンピューターを動かした。

 しかし、動かせたのはたかだか三分の一ぐらいで。

「あ。ちょうちょ……」

 そこからは、ひらひらと蝶が飛び立っていく。

「ねえ……」

 カイルの言いたい事はなんとなく分かったので、俺はもう一度一緒にメインコンピューターを動かした。

 

 ぶわっ──

 

 一気に飛び立つ蝶の群れ。

 そして、蝶が集っていたそこには……船長の、変わり果てた、姿。

「あぁ……」

 カイルが優しい声音で呟いた。

 

 ──やっぱり、ここにいたんですね。

 

 何故だか、俺は涙腺が緩んで、涙が頬を伝っていた。

 ずっと、この人を……こんな状態にしていた自分を、心底悔いた。

「あのさ」

 カイルが、少し申し訳なさそうにきりだした。

「船長の遺体は僕が処理するから、もういいよ」

 俺は自分の耳を疑った。

「なっ……何言ってんだっ?! 俺もっ!」

 言いかけた俺の目の前──カイルは自分の袖を捲り上げ、露になった腕を見せた。

「なんだよ、これ──」

 

 カイルの腕の半分は、皮膚が真っ青に変色していた。

 

「さっきクラゲにさされた」

「くだらない冗談はやめろ! いつからだっ?!」

 少し切なそうに笑ったカイルは、袖を下ろした。

「実は……結構、体中にこの青いの出ててさ。上半身はおそらく、もう人間の皮膚の色じゃないね」

「いつからだ……?」

「分からない。でも一昨日の晩に、なんだかチクッとしたなぁ……と思ってて。多分、何かの虫に刺されたのかもしれない」

「どうして俺に言わなかったっ?!」

「変な心配をかけさせたくなかったんだ。今はまだ、ちょっとした立ちくらみと吐き気ぐらいで済んでるから」

 カイルは船長の死体に向き直ると、ふやけてしまった彼の腕を掴んで、言った。

 

「ありがとう」

 

 俺は、その言葉の意味が理解できずに……言葉を探す。

 カイルは、カイルは……一体何がしたい? 何を望んでいるんだ?

 

 混乱する頭の中で、カイルはそっと操縦室の出口を指差した。

「脱出ポット、ひとつは無事だったよ。さっき動かせる様にセットしておいた」

「カイル?」

 

「君は、生きてここを出るべきだ」

 

 バカ野郎!!

 強く叫んだつもりの俺の声は、涙と嗚咽でなんとも情けないものになってしまっていた。

 カイルは、静かに続ける。

「脱出ポットだとこの星の大気圏は出れるはずだし、救難信号も出せる。ワープも一度使えばG.U.(ギャラクシーユニバース)に限りなく近ずくはずだ。燃料も大丈夫だろう」

 俺は、涙で滲んで映るカイルを……空ろに見つめた。

「ごめんね。一番辛い事を強いてるとは分かってはいるんだ」

 

 ──だけど、船長と僕の事、待ってる人達もいるからさ……。

 

「だったら、お前も……」

「その人達に伝えて欲しい」

「カイル……」

 

「みんな愛してたよ、って」

 

 足に力が入らず、俺は崩れ落ちた。

 そうして、声を上げて、泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に広がるG.U.を前に、俺はなんの感動も歓喜の感情すら見つけられず……ただピーピーと小さく鳴いている救難信号だけを聞いていた。

 きっともうすぐ、G.U.の救難船がやってくるだろう。

 

 みんな愛してたよ──

 

 カイルの声が、耳鳴りの様に何度も響く。

 あの時の青い光景が、広がっては網膜に落ちてゆく。

 

 

 ただただ……

 青い光景が、焼き付いて、離れない。

 

 

 まるで、夢の様に。

 

 夢であれば、良かったと……願う様に──

 

 

 

 

end

 

 

 

 


 
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