相談したい事があるからとピコの家を勇馬が訪ねたのは八月の三十一日。
「ミズキの誕生日のお祝い?」
「何がいいか迷ってるんです。何かいい案ないですか?」
++ みずきちゃんお祝い計画 ++
「そうか。お姉さんの誕生日のお祝いね。聞きに来るのはいいんだけどさ、前日は遅すぎない?」
「新しいプロジェクトの方が忙しくて。こうやって外出できたのも久しぶりなんです」
明日が終わればまた暫く会社の方に泊まり込みだという勇馬の話を、ピコは面白くなさそうにポッキーを数本まとめて食べながら聞いていた。
「ああ、ボーカロイド3ね。僕には何の関係もないプロジェクトね」
「まだそうとは決まってないんじゃ…」
「みーんな3になって一人だけ2のままでも泣かないように心の準備してるんだよ」
「ネガティブだなぁ…」
「真っ先に3移行が決まった奴に言われたくないっ!」
べしべしとクッションで勇馬の頭を叩きだす。
「俺何も悪くないのに! それは八つ当たりです!」
クッションだからたいして痛くもないが、反射的に両手でガードする。
何度か叩いたら気が治まったのか、クッションをカーペットの上に戻した。
「あー、すっきりした」
晴れ晴れとした笑顔のピコには聞こえない程度のため息をつく勇馬。
機嫌が直ったのならいいという事で
「…本題に戻っていいですか? 姉さんの誕生日祝い」
「ああ、ハッピーバースディ歌うとかどう? ボカロだし歌でいいんじゃない」
適当に言ったのかもしれないが、ボーカロイドに対する答えとしては的確である。
「それだけってのも…プレゼント買おうかと思ったんですけど、姉さん特に欲しいものもないって言うし」
「一番困る答えだよね。じゃあお祝いにケーキ作ってあげれば? 甘いもの嫌いじゃないなら喜ぶと思うよ」
「ケーキなんて作った事ないんですけどどうにかなるものでしょうか?」
「それ位なら教えるよ」
さらっと教えるなんて言われて軽く驚く。
「ピコ、お菓子作りとか好きですか?」
「やる事なくて暇だから覚えた」
「…そうですか」
深く突っ込まない方がいいんだろうなと察した勇馬は言葉を短く切る。
「ミズキはどんなケーキが好き?」
「ケーキは分からないけど、お菓子ならチョコレートが好きみたいです」
それなら…、と考える事数秒。
「ガトーショコラはどうかな。バースデーケーキらしさはないけどね」
「ガトーショコラって俺でも作れそうですか?」
「スポンジケーキに比べれば見た目失敗する事はないし、一日置いた方が味が濃厚になるから今日作って持っていけばいいよ」
「え? ここで作っていいんですか?」
「いいよー。でも僕は教えるだけね。作るのは勇馬」
とりあえず材料を買いに行こうという事で街に出る。
夏も終わりだが暑さはまだまだ健在。
夏休み終了1日前という事もあってか普段より出歩いている人の数は少ないように見える。
「せっかくだから一番美味しく作れる高級なチョコ買おうね。余った分はうちに置いていけばいいし」
「まさかそれが目的…」
「教えるんだからその位いいよね」
「はい」
確かに余った所で自分一人で何か作る事もないだろうと思い快諾する。
知っている店があるらしく、迷うことなく歩みを進めていくピコに勇馬はついていくだけ。
「ここね」
「ここですか」
着いたのはカントリー調の可愛らしい外観の菓子作りの材料と道具の専門店。
男一人で入るには躊躇しそうなその店に平然と入っていく。
「この近辺では一番安いんだよ。だからここで材料揃える事が殆どなの」
「本当に詳しいですね…」
中に入ると専門店らしく様々な道具や材料が所狭しと棚に並べられている。
ピコは籠を手に取り、目的の材料のある場所へと向かう。
「薄力粉と卵はうちにあるから、無塩バターと生クリームと…」
レシピが既に頭に入っているのか、慣れた手つきで次々と籠に商品を入れていく。
「うちにあるって、それピコが買ったのでしょう? 俺全部買いますよ!」
「いいって。その分余った材料貰うからさ」
最後に様々な製菓用チョコが並ぶ棚へと移動する。
「チョコはメインだから勇馬が選んでね」
「と、言われても…」
陳列棚にずらりと並んだチョコを見てもどれがいいのかなんて分からない。
「高い方がいいのかなあ」
「試食できるのあるから食べてみれば?」
幾つかのチョコは試食できるようで、透明なケースに小さなチョコが入っている。
「そうします」
「僕も貰おうっと」
そうして二人で次々とケースの中のチョコを味見していく。
こっちはかなり甘い、こっちは苦みが強めなどと最初は言っていたが
「…幾つも食べたら味の差が分からなくなってきました」
「あはは。あるある」
「これにしようかな」
最初の方に食べたチョコの一つを手に取る。
「どれだっけ」
ピコはもう一度そのチョコを試食する。
「うん。これでいいんじゃないかな」
「じゃあこれに決定します」
手にしたチョコを籠に入れる。
「これで全部だね。はい、清算いってらっしゃい」
持っていた籠を勇馬に渡す。
今度は勇馬が先に立ちレジへと向かう。
「あれも商品ですか?」
レジの近くまで来た時に小物が置かれた棚を見つける。
「そうだよ。ここ、女の子向けの雑貨も少し扱ってるんだよね」
「…そうなんだ」
「僕、先に外出て待ってるから」
「分かりました」
清算を終え、材料を手にした勇馬が店から出てくる。
「あれから清算するだけにしては遅くなかった?」
「すみません」
「別に謝らなくてもいいよ。さ、帰ったら作るよー。あー楽しみ」
「何でピコが楽しんでるんです?」
「いや、どんな面白いミスをしてくれるかなと思って」
「ちゃんと教えてくれるんですよね!?」
そんなやりとりがあった割にピコの教え方は分かりやすいもので、目立ったミスもなくガトーショコラは完成した。
味見用に別に作ったカップのガトーショコラを二人で試食する。
「うん、美味しい。ばっちりだね」
「ありがとうございます。これなら姉さんも喜んでくれると思います」
「このままでもいいけど、冷蔵庫に入れて一晩たてばもっと美味しくなるからね」
「わかりました」
崩れないようケーキ用の箱に入れて持ち帰る。
(「喜んで貰えればいいな」)
勇馬は期待半分不安半分を胸に家へと戻った。
次の日、誕生日という事で休みを貰ったミズキをお祝いしたいからと居間に呼ぶ。
テーブルの上には昨日作ったガトーショコラ。
「ガトーショコラ? 美味しそうね」
「俺が作ったんです。ピコに教えて貰ってなんですけど」
「これ勇馬が作ったの!? 凄いじゃない」
ミズキは感心し、テーブルの上のガトーショコラをじっくりと見つめる。
「お店のケーキみたい。これを勇馬がねえ…」
「…そろそろ切ってもいいですか?」
「あ、そうね。お願い」
一人分を切り分け、お皿に乗せて渡す。
いただきます、とフォークで一口分を取り口に運ぶ。
そんなミズキの一挙一動を勇馬は緊張しながら見守っていた。
「うん、すっごくチョコが濃厚で美味しいよ!」
「よかった」
安心し、自分の分も切り分け食べてみる。
ピコの言った通り一日冷蔵庫で冷やした今の方が試食した時よりもチョコの味がはっきりと出ていた。
半分程食べた所で、テーブルの上に桃色のリボンでラッピングされた袋を置く。
「あとこれも誕生日のお祝いです」
「え? これもくれるの?」
袋の中から出てきたのは小さな桜の花柄がプリントされた薄桃色のポーチ
「可愛いポーチね。勇馬のセンスと思えないんだけど」
「それどういう意味ですか!? 俺が選んだんです!」
「なーんだ。彼女でも出来たのかと思ったのに」
「姉さん…そのガトーショコラの材料を買いに行った店で一緒に買ったんですよ」
ミズキはごめんね、と笑いながらポーチを大切そうに胸元で抱える。
「何入れて使おうかな。大切にするね」
そうして再びガトーショコラに手をつける。
「せっかくガトーショコラの作り方教えて貰ったんなら今日呼んでもよかったのに」
誰とは言わずとも分かる。ピコの事だ。
「俺もそう思ったんですけど、姉弟水入らずの邪魔したくないからいいって言われたんです」
「そんなの気にしなくていいのにね」
もう一切れ貰うよ、とガトーショコラにナイフを入れる。
「何というか…ピコは家族に幻想抱いてる所ありますからね」
「でもそれ分かる。私も一人の時は家族に憧れてたなぁ」
「そういうものなんですか?」
まさか同意の言葉が来るとは思わなかった勇馬は思わずフォークを持つ手を止めてミズキの方を見る。
「でも実際に出来てみるとそこまで綺麗で凄いものでもなかった」
「え…」
「私達だって上手くいくだけじゃなかったじゃない。喧嘩も何度もした事あるし」
「そんなにありましたっけ」
あったわよー、と笑う。
「結局それでもこうして元通りになって仲良くしてる。私の弟になってくれてありがとう、勇馬」
「何で姉さんの誕生日に俺が礼を言われてるんでしょうか」
照れくさくなった勇馬は思わず視線を逸らした。
「これからもよろしくねって事よ」
「……俺の方こそよろしくお願いします」
互いにたった一人の家族として、これからも仲良くしていこうねと願いを込めて。
end
|
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
VY1ことミズキちゃんお誕生日おめでとうございます!という事でお誕生日お祝いSSですが、勇馬とピコの方が目立ってる内容に…。でもお祝いされてるのは紛れもなくミズキなので許して下さい。別所投稿と同日アップです。