No.286559

ささめごと -番外編-

瀬川 彩さん

坊の誕生祝い的短編です。

2011-08-28 00:33:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:829   閲覧ユーザー数:826

 

 

 立秋を過ぎ盆が明け、それでも朝からジリジリと肌を焼く日差しがきついとある夏の日。日課のロードワークを終えて、部屋へ戻ろうとしていた勝呂の前に、立ちはだかる影2つ。

「坊、お誕生日おめでとう御座います!」

「おめでとさん~!」

 影の主である子猫丸と志摩は、開口一番に祝いの言葉を勝呂へと贈った。

「…おん。おおきに。」

 せやった。今日は俺の誕生日や。一瞬何の事かと内心首を傾げた勝呂だったが、すぐに今日が何の日かを思い出し、素直に礼を述べた。

 

 いつもなら、この時期は夏休みで家におり、明陀の面々がそれはもう大袈裟な程に盛大に祝ってくれるので、忘れようにも忘れられない誕生日。しかし今年は候補生としての任務があり、帰省するわけにもいかず、同じ候補生の面々は正十字学園の寮に滞在しているのだった。

 一般の生徒は長期休暇で皆帰宅しており、寮の中は勿論、学園内にも人気は無く、普段の喧噪が嘘のように閑散としている。とは言え、部活で登校して来たり、合宿と称して寮に寝泊まりする輩もいたりしたので、祓魔塾の面々が悪目立ちするような事は無かった。

 しかし、いつもなら大勢に囲まれて迎えていた誕生日を、今年は志摩、子猫丸、そして自分……の3人ぽっちで迎えると言うのも、何となく妙な気分がするもので。

 …別に、寂しいんやない。志摩も子猫丸も側におる。ただ、ちぃとばかり…静かすぎるんが気になる。そんだけや。

 

「坊? どないしはりました?」

「眉間に皺寄ってますえ? いつもの頭痛ですか?」

 心配そうに顔を覗き込まれ、思考の淵へと入り込もうとしていた意識を急速に引き上げられる。

「いや、すまん。何でもない。」

「ほうなら、ええですけど。」

「せっかくの誕生日なんやから、もっとこう…にこやかにせんと。ネッ?」

 勝呂が答えると、まだ心配そうにしている子猫丸とは対照的に、志摩が口の両端を上げ、逆に目尻は下げて(元がタレ目なので実際には大して下がっていないかも知れないが)、誰が見ても『満面の笑み』としか表さないであろう、独特の人懐っこい笑顔を浮かべて見せる。

「にこやかて…どないせえ言うんや。目つき悪いんは生まれつきやぞ。」

「ははは! 確かに!」

「もう…志摩さんが笑ってどないするんや?」

 やれやれと呆れた風情の子猫丸を気にせず、気が済むまで志摩は笑うと、急に神妙な面持ちになって勝呂へと向き直る。

「坊。」

「何や急に改まって。」

 いきなり雰囲気の変わった志摩にただならぬ物を感じて、まっすぐに瞳を見つめる。すると、突然。

「堪忍やで、坊~! 実は俺も子猫さんも、急な任務入ってしもてん。」

「晩までには済むんで、遅なる事はないと思うんですが…」

「せやから、一緒にはおれんのです。誕生日やのに、寂しい思いさせてすまへんなあ。」

 眉を八の字にした顔の前で合掌し、しきりに謝る志摩と、申し訳なさそうに項垂れる子猫丸を前に、虚を突かれて勝呂はポカンと口を開けた。

「…っアホ言いなや、子供やあるまいし! 独りでおったって平気やっちゅーんや!!」

 一瞬遅れてカッとなり、言い返す。

「そうは言うてもなあ…坊、誕生日に独りでおるの、初めてやろ?」

「早く戻れるように気張りますよって、待ってて下さいね。」

「子供扱いすな!! 任務あるんやったら、とっとと行き!」

 半ば追い払うように2人を送り出して、勝呂はようやく自分の部屋へと戻った。

 

 勝呂の今日の予定には、塾の授業も無ければ任務も入っておらず、完全にオフだった。今までにも何度かそんな日はあったし、今日のように志摩や子猫丸と別行動となる日も普通にあった。別に取り立てて珍しい事ではない。

 しかし……どこか、何かが引っかかるのを感じて、勝呂は眉を寄せた。

「別に…志摩や子猫丸が側におらんかて、寂しないわ。」

 ぽつり。勝呂は自分に言い聞かせるように、そう、独りごちた。窓の外でジワジワと大合唱する蝉の声が、逆に静寂を感じさせ、引っかかっている『何か』が勝呂の中で大きくなるのを感じた。

「寂しない。」

 もう一度、呟いてみる。夏特有のじっとりと湿った空気が勝呂の声を絡め取り、何処かへと消し去って……、後に残るは窓の外の蝉の声。いつもは手狭に感じられていた寮の部屋が、今の勝呂には何故かガランと…やけに大きく、空虚に感じられて。

「こん部屋、こないに広かったやろか…」

 椅子に腰掛けて背もたれに体重を預けると、グイと天井を仰ぎ見る。もう見慣れた筈の天井が、今まで暮らしてきた自宅のソレとはあまりに違っていて…その違いの一つ一つが、一々勝呂の中に引っかかっている『何か』を刺激する。幼い頃の記憶。誕生日の記憶。家族や、明陀の門徒達に囲まれて。和尚にお母。八百造に、柔造と金造。蟒と蝮、錦、青。そして…物心が付く前からずっと一緒であっただろう、志摩と子猫丸。

 

 あんなに沢山いた人間が、今日。

 今。

 この時間。

 …誰1人として、自分の側にいない。

 

『誕生日やのに、寂しい思いさせてすまへんなあ。』

『…坊、誕生日に独りでおるの、初めてやろ?』

 

 ああ、そうか。あいつは…志摩は、こん事を言ってたんか。

 

「存外、俺もまだ子供やっちゅうワケか…」

 自嘲気味に溜息を一つ吐いて、目を閉じる。志摩に全て見透かされていたようで、妙に悔しい。そして、気恥ずかしい。

「…分かっとんなら、早う帰って来い。」

 まだ高い位置に居座り続ける太陽に、時間の流れの遅さを痛感して、恨めしく思う。夕暮れまでには、まだかなり時間がある。2人が任務から戻るのを、かつてこれ程までに切望した事が、果たして勝呂にはあっただろうか?

 側におるんが…隣におるんが、当たり前すぎて、気いつかへんかったけど。ずっと一緒におられるて、えらい幸せな事やんな?

 それは多分、とても得難く、手に入れたら二度と手離せない、そんな、奇跡にも似た…────。

 

 

 

 

 

「坊! 遅なってすみません!」

「ただいま戻りましたえ~!」

 バタバタと派手な足音が廊下に響き、勢いよくドアが開くと同時に、欲して止まなかった声と顔が勝呂の目の前に飛び込んでくる。自分の部屋へ戻るよりも先に勝呂の部屋へ来る辺りが、志摩と子猫丸の勝呂に対する優しさであり、好意そのものでもあった。

「おん、お疲れさん。暑かったやろ、何か飲むか?」

 つっても、麦茶しか無いけどな! 笑いながら勝呂がグラスを出そうとすると、志摩と子猫丸が慌てて止めに入る。

「そんな! 坊、気を遣わんといて下さい!」

「坊に茶ぁ淹れてもろたなんて知れたら、お父や兄貴にどつかれる…!」

「んな大袈裟な…」

「ええんです。坊は座ってはって下さい。」

 志摩と子猫丸は半ば強引に勝呂を座らせると、可愛らしく包まれた紙箱を取り出した。

「……ケーキ?」

「ほんまは、ホールが良かったんですけどね。」

「さすがにこの時間じゃあ、残って無くて…」

 包装を解かれた小さい箱の中から顔を出したのは、箱に似合った可愛らしいショートケーキだった。

「改めて……坊、お誕生日おめでとう御座います。」

「ちまいケーキやけど、味は杜山さんや出雲ちゃんの折り紙付きですえ!」

 気い遣てんのは、どっちや。…喉元まで出かかった言葉を、すんでの所で飲み込んで。

「…おおきに。ほな、有り難く頂くわ。」

 ニッと笑って一口、二口。口腔内に広がる甘さはただ優しく、どこかくすぐったく、まるでこの2人そのままの様で。

「ほんまに、有り難う。最高の誕生日や。」

 素直に礼を述べると、志摩と子猫丸は目を丸くしてお互いに顔を見合わせた。

「そないに、このケーキが気に入りはったんやろか?」

「坊が甘い物食べて笑てるて、何や珍しな~。写メっとこ。」

「ちょ…人が素直に感謝してるんを、お前ら…っ! どーゆー事やねん!!」

 真っ赤になって抗議する勝呂に、再び志摩と子猫丸は顔を見合わせる。

「せやかて…なあ?」

「ほんまに…ねえ?」

「何がどうやっちゅーんや!?」

 いよいよ怒り出しそうな勢いの勝呂に、2人は慌ててフォローを入れる。

「坊、誕生日なんやから。スマイル! スマイルですよ? ネッ!」

「そうですよ。怒ったらあきまへん。僕の分のケーキもあげますから。笑て下さい?」

「…別に怒ってへんし。ケーキは1つで充分やし。それに…」

 言いかけてから、何やら口に出すのが気恥ずかしくなって、言い淀む。

「坊?」

「それに…何ですの?」

 不思議そうに視線を投げかけてくる志摩と子猫丸の顔を交互に見て、ややあってから、意を決して勝呂は言葉を続けた。

「それに…俺は、ケーキよりも何よりも、お前らが側にいてくれる事が一等嬉しいんやで。…有り難うな。」

 言ってから、どうにも照れくさくて居たたまれなくなり、勝呂は視線を泳がせた。

「坊…―――!」

 それは、言われた方も一緒だったようで。3人はその後無言でケーキを平らげ、ささやかな誕生会(の様なもの?)は、挨拶もそこそこに解散となったのであった。

 

 

 

 

 

 後日。志摩経由で京都に渡った『勝呂が満面の笑みでケーキを食す図』は、柔造・金造はもとより、蝮や錦、青…明陀の門徒達の間に爆発的な勢いで広まり、その事実を知った勝呂に志摩が本気で往生させられそうになった事は言うまでも無い。

 


 
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