No.283600

真・恋姫†無双 桃園に咲く 6

牙無しさん

戦の後で。
戦国の世界にタイムスリップなんてしたら振れ幅がでかすぎてむしろ現地では麻痺するんじゃないかと思うよ。

正直一刀は桃香や花琳、蓮華のように「人々の安寧のため」だとかまでは現時点考えていません。
内心はもっと自分本位で次元の低いところです。つまり「こういうの不快だからさっさと終わらそう」みたいな。

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2011-08-24 12:54:52 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2429   閲覧ユーザー数:2195

 

 戦争はいけないことである。というのは自分の知るあの世界では常識に属していて、異論など挟む余地などありはしなかったし、挟むつもりも無かった。

 清く正しくとまではいかずとも、21世紀に生きる一般教養を修めた者ならその思想の正当性は全世界で共通の認識なんだろう。

 なぜしてはいけないのかと問われればそれなりの回答も用意できる。味気なく定型的だが、的を射た理由を引き出すのはたやすい。

 教科書には人類が刻み続けた爪跡が記されているし、もう少し詳しく知りたければ図書館にでも行けばいい。

 それにかつて切って落とされた大戦の記憶を生で持ち続ける人もまだ生きている。20年近く生きていればほぼ間違いなくどこかで彼らの話を聞く事になる。

 ただ、やはりそういった情報では限界があるのだ。どれだけ知識を詰め込もうと、いくら感受性を総動員しようと、当事者にならなければわからないことなどたくさんある。

 

 

 あぁでもやっぱり戦争はダメだ。

 

 

 自分が吐き出した胃液の横で、ぼんやりそう思った。

 脳髄が痺れるようなふわふわとした感覚で、見上げた月の輪郭線がブレている。

 白蓮の居城の城壁。宴会の笑い声が遠くで滲んでいた。

 

 匪賊討伐は圧勝だった。あっけないほどに早々に片がつき、味方の損害はほとんどなかった、らしい。

 一つの戦あたりの兵の損失の相場なんて知る由も無いから、白蓮から聞いた話。

 中でも戦慣れをしていない義勇軍を大量に擁していた劉備軍の働きは目を見張るものがあったそうだ。

 大幅な被害が予想され後方では援護体制もとっていたらしいが、逆にいち早く敵右翼殲滅。左翼の横っ腹を叩くほど余裕があったのだから。

 それも仕方がない話だろう。最前線のある2点だけ遠目から見ても人が吹き飛んだりしていたのだから。

 無双という表現がピッタリ当てはまる光景だった。最初はその部分だけCG処理されているのかと思ったくらいだ。

 万夫当千と軍神の名は伊達ではなかったということだ。

 

 そんな中で劉備軍全景が見える場所で戦況を見ていた戦初体験の一刀はひどく冷静だった。

 平素と変わらないといっては語弊がある。ただひどく頭の中が冴え冴えとしていた。

 もっと直視できないものかと思っていたが、なぜだか心は波一つ起こらなかった。

 それは顕微鏡で微生物の観察をしている気分と似ていたかもしれない。映画を観るような、というわけではないが、そこにいる臨場感も欠け落ちている。

 網膜に焼きつく映像は処理落ちがすさまじく、時折止まって見えるほど。

 あそこに空洞ができているだの、そこは攻められないかだのと、進言もいくつかして、3つほど採用されたものもある。

 少しは戦を有利に進めるのに役立ったと思いたい。

 

 

「……まいったなぁ」

 

 

 だから驚いた。

 城に帰ってささやかながら行われた宴の席で、唐突に戦の情景が浮かび上がってきた。

 静止画のようないくつかの映像が繋がって、凄惨な戦の情景を浮かび上がらせる。

 振舞われたアルコールが原因だったのかもしれない。

 人の体から噴出す血の赤、むせ返るほどの鉄の臭い。

 戦争という事柄に対する距離が、突然限りなくゼロにまで近づく感覚は胸のむかつきを呼び起こした。

 風に当たろうと誰にも気づかれないようにそっと抜け出したところで、吐き気は限界に達してしまった。

 

 

 人道とか倫理的とか、そんな漠然としてありきたりなものではない。もっと単純で人間の根本的な問題。

 つまり、生理的にダメなのだ。

 いつの間にか家屋を這い回ってるゴキブリに対する感情とそう変わらない。

 人の五体が千切れ弾ける様はグロテスなだけ。眺めていても不愉快。

 飛び散る鮮血も、断末魔の悲鳴も。

 

 

 

「きっつい……」

 

 口の中の酸味をどうにかしたいが、動けそうもない。

 今まで安全な場所で生きてきた自分には、刺激が強すぎた。

 たぶん夢に出てくるだろう。3日は覚悟しなくちゃいけないかもしれない。

 考えただけでも憂鬱だ。

 醜悪な肉片の散らばる戦場の映像を、これから幾度となく見る事になるだろう。

 どう考えても魅力的とは程遠いものだ。

 これはヒドイな。うん、不愉快だ。気持ち悪い。だから。

 

 

「さっさとこんなもの終わらせないと駄目だなぁ」

 

 

 いまひとつ頼りない決意を無意識に口にする。

 もたれた城壁の冷たさに浸りながら、目を瞑った。


 
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