No.283229

外史 許緒・典韋伝 ~流れ行く刻・兄のいない季節~

DTKさん

こんにちは、お久しぶり、はじめまして
主に恋姫†まつりの頃活動していたDTKといいますm(_ _)m
久しぶりの新作を、この第2回同人恋姫祭りに合わせました^^

1年近く空けているので、どなたが新人さんか分からないので

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2011-08-23 23:35:38 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:6088   閲覧ユーザー数:5117

……………………

 

………………

 

なんにもやる気が起きないや

 

…………

 

……

 

ボクは成都の城壁に座って、ただなんとなく足をぷらぷらしている。

 

 

兄ちゃんがいなくなって十日くらい経った。

その間、ボクの身体には全然力が入ってくれない。

 

 

 

 

 

ここから街を見ると、たくさんの人が働いている。

みんな忙しそうだけど、笑ってる。

 

 

 

華琳さまのおかげで戦争が終わった。

もう村や街が戦に怯えて過ごすこともないし、田畑も荒らされない。

盗賊からだって守ってくれる。

このみんな笑顔が、いつもの光景になるんだ。

 

 

 

 

 

けど……

 

 

 

 

 

「……はぁ~……」

 

 

 

 

 

ボクの顔は笑顔にならない。

 

朝、顔を洗うとき見た顔も笑顔じゃなかったし

昼、ごはんを食べたときも、多分ボクは笑顔じゃなかった…

 

そして、今……

 

 

 

 

「………ふぅ~」

 

 

 

 

やっぱりボクは、笑顔じゃない。

 

 

 

原因は多分、兄ちゃんがいなくなっちゃったからだ

 

 

 

でも、兄ちゃんがいなくなっちゃったなんて、ボクは信じない。

だって、ボクは兄ちゃんがいなくなったところを見てないし…

最後に話したのだって、ほんのちょっと前のことだし…

きっと、極秘の任務とかで、どこかに行ってるだけとか…

 

とにかく、兄ちゃんともう会えないなんて……

 

華琳さまが仰ることだけど……これだけは信じられない。信じたくない。

 

 

 

 

 

ボクがこうしていれば、兄ちゃんが後ろから、ボクの頭を撫でてくれるような……

 

(―――スッ)

 

「――――っ!!」

 

黒い影がボクの体を包んだ。

もしかして……やっぱり……

 

 

 

「兄ちゃんっ!!!」

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 

ボクの後ろには、誰もいなかった。

――――ううん、何も無かった。

 

 

 

雲だった。

高く青い空に浮かぶ、雲が作った影だった。

 

 

 

 

 

「…………兄、ちゃん」

 

 

 

 

雲がゆっくりと、色々と形を変える。

滲んで、よく見えなくなった。

 

 

 

ボクが兄ちゃんと思った影は消えた。

雲が、流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成都決戦、翌日

華琳さまはボク/私たち、魏の諸将全員を集めた。

 

 

 

 

 

「昨日の晩……一刀が…………消えたわ」

 

 

 

…………え?

 

 

「いえ、元の世界に帰った、と言うべきなのかしら……」

 

 

 

…………華琳さまが何を仰っているのか

ボク/私には分からない

 

 

「え……と、華琳さま?それは、北郷が一足先に本国へ帰った、ということ……ですか?」

「違うわ、春蘭。一刀は文字通り、消えたの……あるいは、私たちが『天の国』と言っていた所に、帰っていったのかしらね…」

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

「か、華琳さま?もちろん……兄様は、帰ってくるんですよね……?」

「…………」

「ねぇ……華琳さま!?」

「……私には分からないわ。ただ、もう……一刀は、戻ってこないものと、思いなさい……」

「そ、………んな……」

 

 

あまりの衝撃に絶句し、膝から崩れ落ちる流琉。/私は膝から崩れ落ちた。

そんな流琉/私を見て、ボクは華琳さまに詰め寄った。/季衣が顔を赤くしながら、華琳さまに詰め寄る。

 

 

「華琳さま!華琳さまは何で、そんな平気そうにしていられるんですかっ!?」

「…………」

「兄ちゃんはもう戻ってこない…もう会えないかもしれないのに、どうして華琳さまは……っ!」

「――おだまりなさい!!」

「「「――――っ!」」」

「私が……一刀がいなくなって、私が平気なわけないでしょ!!?」

 

 

 

華琳さまの凄まじい剣幕に、その場にいた誰もが息を呑む……

 

 

 

「一刀がいなくなって、私だって苦しいわ…辛いわ……悲しいわ!!

 だけど私は王として、多くの民を預かるものとして……ここで立ち止まっているわけにはいかないの!」

「「「…………」」」

「出せる涙は、昨日全て出したわ……だから…だから…………――っ!」

 

 

 

そう言うや華琳さまは踵を返し、ボク/私たちに背を向け、去っていった。

 

 

 

「……流琉」

「……季衣」

 

 

 

一番華琳さまの近くにいたボク/私たちだけが、多分気付いた。

華琳さまの目に浮かんだ、少しの涙を

 

そして分かった。

これが嘘じゃないと……

 

 

 

 

 

 

「「ぅ……わああぁぁあぁあああぁぁあぁあ……!!!」」

 

 

 

 

 

 

ボク/私たちはどちらからともなく抱き合った。

耳に響く声がボク/私のものなのか、流琉/季衣のものなのか

分からくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

私は昼の給仕が一段落つき、一息ついた。

 

 

戦争が終わり、兄様がいなくなった後、私たちは親衛隊の任を外された。

名目上は、しばし休養を与える、というものだった。

そして私は、成都城内の食堂で働いている。

 

 

成都では、桃香さまのご意向で、戦時中も糧食を住民優先で配給していた。

そのせいで、官用の食料庫がほとんど底を突いていた。

華琳さまは早急に国境付近から順々に、蜀へ物資を輸送した。

物資援助の条件に、しばらく私を食堂で働かせる、というのがあったらしい。

 

蜀の皆さんは魏に負けず劣らず食べっぷりがいいので、毎日食事時は大忙し。

鈴々さんには、流琉にはずっとここにいてほしいのだ、とか言ってもらい、毎日充実している。

 

 

 

 

 

だけど……

 

 

 

 

 

私は最後の食器を洗い終え、勝手口から外に出る。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 

給仕係が不満ではないけど、口から出るのはため息ばかり。

親衛隊の任を外された悔しさもあるけど、やっぱり兄様がいなくなったことが大きい。

兄様は私……私たちの中で、とても大きな存在でした。

 

 

 

 

でも……兄様がいなくなっても、やるべきことはたくさんある。

なんとか平静を保とうとしていたけど…時間が経つにつれ、心は千々に乱れ、頭は真っ暗になっていた。

……恐らく、そこを華琳さまは見抜いてらっしゃったんだと、思う。

 

 

 

 

 

兄様がいなくなった

 

 

 

 

 

華琳さまが仰ったのだから、真実なのだろうけど、実はまだ実感がない。

だって、最後に兄様と会ってから、まだ一月ほどしか経ってないのだから……

 

 

 

 

 

「兄様……」

 

 

 

 

今もこうして呼べば、私の名前を呼んで、大きな手のひらで私の頭を優しく撫でてくれるような……

 

 

 

 

『……流琉』

 

「――――っ!!」

 

 

 

 

兄様の声っ!

 

 

 

 

「兄様っ…………」

 

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

顔を見上げても、兄様のあの優しい笑顔はなかった。

私の目に映ったのは、青い空を遮るように立つ梅の木。

 

その蕾は少しずつ、大きくなっているよう

兄様がいなくても、季節は少しずつ、過ぎていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三国同盟が成り……一刀が居なくなって、早幾月。

寒さも峠を越えた候。

大陸の民は、思っていたよりもすんなりと、この体制を受け入れた。

 

恐らく、民の間には想像以上の厭戦が広がっていたのでしょう。

一部、豪族などを中心に不満の声があるけど、いま反乱を起こしたところで、三国全てが相手になる。

それならばと勝ち馬に乗ろうとする動きの方が多い。

この流れには本当に助けられた。

 

そんな中、他国の王や将ともすっかり打ち解けた。

お互いに真名も預けあっている。

 

今日は成都で三国首脳、王や軍師などが集まり、今後の方針を話し合う場が設けられた。

これも早数回を数えた。

念のため、というよりお喋り目的で、各国二名から四名ほど、護衛もついている。

魏も春蘭・秋蘭に加え、先日復職させた季衣と流琉を連れてきた。

今はもう会議も終わり、お茶と談笑と洒落こんでいる。

 

 

「…あら、今日のお茶は少し変わっているわね」

「ああ、それは南方で取れる果実で入れたお茶なのよ」

「後味がすっきりしてて、とっても美味しいですねー」

「だろう?私も彼奴のおかげで頭痛が酷い時に、これを愛飲しているのだ」

 

軽く眉間を押さえ、肩をすくめる冥琳に、座を笑いが包む。

 

「そういえば、雪蓮はどうしているのだ?一応、あ奴が呉の王ではないのか?」

「それはですねー。雪蓮様はこれを期に、家督を蓮華様にお譲りになりたいと言い出しましてー」

「雪蓮殿が?」

「あわっ!それは初耳ですぅ~」

「はわわ……そ、そうなんですか~」

 

朱里と雛里が驚く。私も初耳だった。

 

「いきなり言い出したのよ…丁重にお断りしたけどね。姉様、職務から逃れて遊び呆けたいのよ」

「雪蓮ならありそうなのだ」

「さすがに雪蓮もぶーたれてな。しばらくは内政を雪蓮、外交を蓮華様とさせてもらったのだよ」

「へぇ~」

「国許の諸氏には、雪蓮様の方が顔が利く、ってこともありますしね~」

「奴のことだ。しばらくすれば飽きて、こちらにも顔を出すだろうさ」

「ありそうね」

「「「あははははっ……」」」

 

三国会議はいつもこんな感じ。

今、目の届く者たちだけ見ても、有為の人材と言うのは殺伐とした戦争にではなく、治世に役立てるべきだと思わされる。

そして何より、真名を預け、友として交流するのに、こんなに素晴らしい人はいないと、実感する。

この陽の気が、いいように働いてくれるはず…

 

笑いが収まるのを待ち、私は別の話題を切り出す。

 

「それで桃香、蜀の方は何か変わったことは無い?先日まで地方を回っていたみたいだけれど」

「そうだ華琳さん、ちょうど良かった。実はちょっと頼みたいことが……」

 

(ガタンッ!)

 

「「「―――っ」」」

 

桃香の言葉を遮り、大きな音がした。

全員がそちらを振り向く。

 

「……季衣?」

 

季衣が立っていた。

音の正体は椅子が倒れた音のよう。

下を向いて顔は良く見えないけれど、少し震えているようだ。

 

「ちょっと、季衣っ」

 

隣の流琉が窘める。

 

「………で」

 

季衣が何か口にした。

 

「どうしたの、季……」

「なんで!どうしてみんなそんな風に笑ってられるの!?兄ちゃんいなくなっちゃったのにっ!!」

「「「――――っ!!」」」

 

季衣が咆哮した。

内容がすぐ頭に入ってこなかったけど

前を向いた季衣は、泣いていた。

一番最初に動けたのは流琉だった。

 

「ちょっと季衣!止めなさい!ここがどこか分かって……」

「うるさいっ!!」

「――――っ!!」

「流琉のバカッ!なんだよ、流琉だけ笑っちゃって……流琉は兄ちゃんのことなんか忘れちゃったんだ!!だからっ…」

「馬鹿なこと言ってんじゃないのっ!!」

「っ!」

「本気でそんなこと言ってるの!?もし本気なら、いくら季衣でも…」

「っっっっっ」

 

 

力いっぱい踵を返すと、季衣は部屋から出て行ってしまった。

 

 

「……兄様のこと忘れるなんて……そんなこと…あるわけ、ないじゃない……」

「流琉……」

「……季衣のこと捜してきますね。失礼します」

 

 

流琉も部屋を去ると、水を打ったような静けさが部屋を包んだ。

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

「……やれやれ、魏の精兵とやらも、存外脆弱らしい」

 

沈黙を破ったのは冥琳だった。

 

「もったいないことをしましたな、蓮華様。あのとき、決戦を数日遅らせていれば、我らの勝利でしたぞ」

「……なんだと」

「冥琳、やめなさい」

「たかが男一人いなくなっただけでこの様とは……魏武も落ちたものだ」

「きっさま~……言うに事欠いて、よくもそんな口が叩けたものだな、周公瑾!」

 

春蘭が剣に手をかけ、半身の姿勢をとり、秋蘭もそれに合わせる。

思春と明命も戦闘態勢に入る。

 

「やめなさい、春ら……」

「いい加減にしないか冥琳!思春と明命も控えなさいっ!!」

「「は…はっ」」

 

ものすごい剣幕で叱り立てたのは、蓮華だった。

あまりの剣幕に、春蘭と秋蘭も呆気に取られたみたい。

 

「ごめんなさい、華琳」

 

蓮華は、私に向かって深々と頭を下げる。

 

「その……あなたたちの事情は、耳にしているわ。とても大事な人を、失ったと……」

「…………」

「家臣の非礼、心からお詫びさせて……」

「いいのよ、蓮華。正しいのは……冥琳よ」

 

精一杯の返事。

 

「そうだ、華琳。我々は形の上では対等の同盟だが、間違いなく、盟主は魏なのだよ。

 もし対外的に魏がこのような体たらくでは、我々は国許に示しがつかん。

 魏が崩れれば、この同盟も崩れる。分かっているとは思うが、そこのところ、重々承知しておいてくれ」

「えぇ……分かってる……分かっているわ………」

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

「さて……茶が冷めてしまったな。そろそろお開きにするとしよう」

 

 

 

何点かの業務連絡、情報交換の後、三国会議は閉会した。

 

 

 

その日、季衣と流琉が戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、私は季衣と流琉を呼び出した。

魏の出張官舎内の簡単な玉座の前に、二人は伏している。

玉座下、左右には春蘭と秋蘭が控える。

 

「許緒、典韋」

「「……はっ」」

 

あえて真名ではなく、姓名で呼ぶ。

二人が緊張感を纏った。

 

「許緒、ならびに典韋。本日を以って、両名の親衛隊の任を解きます」

「「……………御意」」

 

二人は消え入りそうな声で了解を示した。

二人とも、昨今の自らの体たらくを、充分すぎるほど理解していた。

だから異を唱えたのは、別の人物、

 

「お待ちください華琳さまっ!」

 

春蘭だった。

 

「それは…それはあんまりに御座います!確かに、その……二人は、あの…最近、えぇ~……あれではありますがっ!」

 

しどろもどろの春蘭。

二人の前ではっきり言うのを気にしているのでしょう。

こういう所は、変に気が回るのだけれどね…

 

「姉者」

「しゅ、秋蘭からも言ってやってくれ!これでは、あまりにも…」

「落ち着け姉者。華琳さまにはお考えがあるのだ」

「っ…しかし!」

「それに、まだ華琳さまのお話には続きがあるのだ。ですよね、華琳さま」

 

と秋蘭は目線を送ってくる。

 

「えぇ、その通りよ……季衣、そして流琉」

「「は、はいっ!」」

 

突然、真名を呼ばれた二人は反射的に顔を上げる。

 

「二人には今日からこの成都で、治安維持軍の指揮を取ってもらいます」

「…治安」「…維持軍」

「そう。先日の会議の後、桃香から要請があってね。人手を地方に回したいから、成都を守ってほしい、と

 私はいったん国許に戻らなければならないの。私という重石がいなくなった途端、良からぬことを考える勢力がないとも限らない。

 そして成都には桃香や蓮華、その他各国の要人がたくさんいるわ。成都の守護は同盟の鍵よ。

 二人にはそれぞれ一隊ずつ、部隊を預けます。見事この任、果たしてみなさい」

 

二人とも閉口している。

無理もない。難しい任務だ。

 

「もちろん副官として、季衣には秋蘭、流琉には春蘭をつけます。

 二人も忙しいから常に補佐できないけれど、上手く使いなさい。

 大丈夫よ、二人とも。貴女たちなら、絶対に成し遂げられると、私は確信しているわ」

 

私は玉座を降り、二人の前に歩いていく。

 

「三国同盟が成り、将の範囲では友誼を結んではいるけれど、まだ兵や民の間には、我ら魏を良く思っていないものも少なくはないわ。

 だからこそ、二人にこの任を頼みたいの……出来るかしら?」

「は、はいっ!ボク、頑張ります!!」

「私も……精一杯努力します」

「結構。ならばすぐ自分の部隊と顔合わせを行いなさい。秋蘭、二人を案内して。春蘭もついていきなさい」

「「「「はっ!」」」」

 

 

 

4人が部屋を出ていく。

 

 

 

「ふぅ………」

 

 

 

大きく、深く、息を吐く。

 

私は、本当にダメな主ね。

 

一刀がいなくなって、しばらくは心を休めたほうがいいだろうと、二人の任を一時的に解いた。

もう大丈夫だろうと原隊復帰させて、三国会議に連れて行ったらあのようなことになった。

報告によれば、どうもあの後、二人は大喧嘩をしたらしい。

確かに、今日の二人の間には微妙な距離があったし、目も合わせようとはしていなかった。

そんな状態で、私は難しい任務という刺激で、なんとか二人の傷を癒そうとしている。

 

 

 

「………はぁ」

 

 

 

今度は溜息。偽れない溜息。

本当にダメ。王としても主としても、人としてもダメだわ。

 

 

「……………一刀」

 

 

一刀なら、今のあの娘たちを見て、どうやって励ますのかしら…

 

 

 

…………

……

 

 

 

って、一刀がいなくなったから、あぁなったんだったわ

 

 

 

「…帰ってきなさいよ……バカ」

 

 

 

天井に向かって、そう呟く。

 

憎まれ口を叩いたら、少し元気が出てきた。

私も仕事を進めよう。

遅くとも明後日までには本国に戻らないと…

 

帰るまでにあと一回くらい、二人に会えるかしら?

 

 

 

 

 

「頑張ってね……季衣、流琉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

………………

 

…………

 

……

 

 

 

「ふぅ……これでよし、と」

 

私は最後の書類に目を通し、判を押した。

ここは成都城内に設けられた魏軍官舎の中の私室兼執務室。

親衛隊の時より増えた書類仕事にも、少しずつ慣れてきた。

 

「ん……ーーーーっ!」

 

背中をいっぱいに伸ばすと、鍛錬とは違う疲れがぐーっと抜けていく。

 

「さて、と……明日も早いからそろそろ寝ないと…」

 

(コンコン)

 

「はい?」

 

寝台に向かおうという時に、控えめな『のっく』が聞こえてきた。

 

「誰ですか?」

「……私だ」

「秋蘭さまっ!?」

 

私は慌てて扉を開ける。

 

「夜分にすまないな、流琉」

「いえっ、気にしないでください!」

 

秋蘭さまを部屋へ招き入れる。

 

「どうぞ」

 

と、椅子を差し出す。

 

「いや、このままでいい。そんなに長居はしないからな。気遣い、ありがとう」

「そうですか……」

 

何となく手持ち無沙汰で、椅子の背を強く握ったり緩めたり。

と、秋蘭さまが口を開いた。

 

「どうだ、仕事には慣れたか?」

「はい。将校の方々も良く動いてくれますし、たまにいらっしゃる春蘭さまにも助けて頂きながら、なんとか」

「そうか……」

 

私の答えに、秋蘭さまは笑ったような困ったような表情をされる。

 

「季衣とは、どうだ」

 

 

 

――――ドキッ

 

 

 

胸の動悸が早くなる。

いま一番聞かれたくないこと。

私は色々なものを押し殺して

 

「…あれから………会って、ません」

 

あれから、と言うのは治安維持の任務を華琳さまから賜ったとき。

つまり、もう二ヶ月近く、季衣とは顔を合わせてない…

 

「そうか……」

 

秋蘭さまの顔は見れないけれど、多分、悲しいお顔をされているに違いない。

 

 

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「今からお前にあるものを託そうと思う。落ち着いて聞いて欲しい」

「は、はいっ」

「ここに、北郷が流琉に宛てた手紙がある」

「――――っ!!」

 

兄様のっ!?

 

「成都決戦前、自分にもしものことがあったらと、私に手紙を託していたのだ。時機がきたら、渡して欲しいと」

 

そう差し出された手紙の表書きは、確かに兄様の字だった。

 

「自分の中でもう一度整理をして、取り乱さない自信があるなら、封を開けてみろ」

「……分かり、ました」

 

 

 

 

 

遅くに邪魔したな、多分そう言って、秋蘭さまは部屋を出て行った。

 

私は手紙の封に手を掛け、躊躇し、手を掛けては躊躇い…

兄様の手紙を読む決心には、時間が掛かりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………」

 

仕事終わって陽が落ちた頃、ボクは城壁の上に登っていた。

気がつくと、いつもここに来てる。

この辺で一番、空に近い場所

ちょっとでも兄ちゃんに近い場所に居たいのかなぁ

僕は城壁の上に座り、ぼんやりと星空を見上げた。

 

 

(コツ……コツ……)

 

 

ゆっくりと、背後から足音が聞こえる。

この時間にここに来る人は衛兵くらい。

たまに子供と間違えられて、声をかけられるんだよなぁ…

ボクの隊の人なら、顔を見れば分かってくれるんだけど……

 

と、足音のほうを振り返る。

 

「ふぉわあっ!!!」

 

少し暗がりに目を凝らす。

そこにいるのは……

 

「春蘭、さま…?」

「お、おぅ……久しぶりだな、季衣」

「春蘭さま!は、はい、お久しぶりです!どうしたんですか、こんな所に?」

「うむ、その……お前に、用があって来たのだ」

「ボクにですか?はい、なんでしょう?」

「うむ……あ、が…げ、元気、か?」

「?はい、まぁ…それなりに、元気です」

「そうか……」

 

 

…………

……

 

 

「仕事には……慣れたか?」

「はい。親衛隊の仕事とそんなに変わりませんし、書類仕事も秋蘭さまに手伝ってもらってますから」

「……そうか」

 

久しぶりに会う春蘭さま。

心配、かけちゃったのかな?

 

 

…………

……

 

 

「……流琉とは、その後どうだ?」

「っ!」

 

流琉………

 

「………あれから、一度も会っていません」

「………そうか」

 

 

ボクの答えに、春蘭さまは呻いたり、頭をかきむしったりする。

……そうだよね。ボクがいつまでも心配かけたりするか…

 

 

「季衣!良いか!!今から私が言うことを心して聞けっ!」

「は、はいっ!!」

 

春蘭さまの大喝に、ボクは瞬間的に背筋を伸ばす。

 

「今まで、お前や流琉には伝えていなかったことがある」

「…………」

「ここに、季衣宛の手紙がある」

 

そう言うと春蘭さまは、懐から手紙を取り出し、ボクに向けて突き出した。

 

「これは、北郷から季衣に宛てたものだ」

「――――ぇっ」

 

 

兄ちゃんのっ!

 

ボクは差し出された手紙を両手で掴む。

 

兄ちゃんの字だ……兄ちゃんの、兄ちゃんの………

 

 

「読んでも取り乱さない自信があるならば、封を開けるがよい。分かったな、季衣」

「…………」

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

気がつくと、春蘭さまはいなかった。

ずっと手紙に見入っていたみたい。

どれくらいこうしていたんだろう?

 

そんなことはどうでもよかった。

ボクは迷わず、手紙の封を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「季衣へ

 

 

 この手紙を季衣が読んでいるということは、多分俺はこの世界からいなくなっていることだろう。

 願わくば、これが杞憂に終わり、宴の席か何かで『北郷がこんな手紙を書いていた』と、笑い話になることを、切に祈っている。

 だけど、多分それはないだろう……」

 

 

兄ちゃん……

 

 

「俺がこの世界に来た理由は、恐らく華琳だ。

 華琳が望む形で、華琳の悲願、大陸の平和を達成させるために、俺は呼ばれたんだと思う。

 そのため、というわけではないけど、俺はいくつか俺の知っている歴史を元に、華琳に進言したり、対策を取ったりした」

 

 

……

 

…………

 

定軍山のとき、秋蘭さまと流琉が危ないって教えてくれたの、兄ちゃんだったね

 

…………

 

……

 

 

「そして今度の戦で蜀に勝ち、華琳が望む世界になったとき、俺は恐らく消えるだろう。

 でも、どうか悲観しないで欲しい。

 なんてったって、あの華琳が望み、作り出す世界だ。

 きっとこの世の……いや、全ての世界の中でも、一番素晴らしい世界だと思う。

 その世界を作り出したこと。そして、その世界を支え、そこで過ごせることを、誇りに思って欲しい」

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

「二人の笑顔、そして季衣のまっすぐな明るさには、いつも救われた。その季衣の素直さを、どこまでも伸ばしていって欲しい。

 でも、季衣はまっすぐ過ぎて、周りが見えなくなっちゃう所がある。そういう所は流琉や秋蘭を手本にしてほしい。

 そして良い所は春蘭を目標に、いずれは流琉と二人で、春蘭や秋蘭のように華琳を支える存在になってもらいたい」

 

 

 

……兄ちゃん

 

 

 

「そんな流琉とも、忙しくなれば今より一緒に入れなくなるかもしれない。

 時にはすれ違い、ケンカもするかもしれない。だけど、俺は心配してない」

 

 

 

えっ……?

 

 

 

「だって、二人は唯一無二の親友。その絆は春蘭と秋蘭にだって負けないはずだ。

 もしケンカをしても、まずお互いの気持ちを考えること。

 そして、自分の気持ちを溜め込まないで、季衣と流琉が再会した時のように、気持ちをぶつけ合えば、絶対に仲直りできるはずだよ」

 

 

 

気持ちを、溜め込まない……

気持ちを………ぶつけるっ

 

 

 

「だから二人とも、いつまでも仲良く、辛い時は支えあい、楽しい時は一緒に喜んで

 そして立派な将に、そしてより可愛く、笑顔が素敵で魅力的な女の子になることを、心から祈っている」

 

 

 

兄ちゃん……ボク…ボクっ!!

 

 

 

「最後に、こんな形で別れの挨拶になってしまったこと、謝らせてほしい。

 ただ、大変な時期に、みんなを混乱させたくなかったということを、どうか分かってほしい…」

 

 

 

ひっ……っう…

 

 

 

「もし…もし、また会うことが出来たら、みんなで一発ずつ俺を殴ってくれ。

 それで、どうか、許してほしい……

 

 さようなら、愛しき季衣。

 いつまでも、元気で」

 

 

 

……分かったよ。ボク、分かったよ、兄ちゃん。

ボクが今、やらなきゃいけないことが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がようやく封を切る踏ん切りをつけたのは、秋蘭さまが部屋を去ってから、数刻は経っていた。

 

 

 

 

 

「流琉へ

 

 この手紙を流琉が読んでいるということは、多分俺はこの世界からいなくなっていることだろう。

 願わくば、これが杞憂に終わり、宴の席か何かで『北郷がこんな手紙を書いていた』と、笑い話になることを、切に祈っている。

 だけど、多分それはないだろう……」

 

 

 

兄様……

 

 

 

「俺がこの世界に来た理由は、恐らく華琳だ。

 華琳が望む形で、華琳の悲願、大陸の平和を達成させるために、俺は呼ばれたんだと思う。

 そのため、というわけではないけど、俺はいくつか俺の知っている歴史を元に、華琳に進言したり、対策を取ったりした」

 

 

 

……

 

…………

 

定軍山で私と秋蘭さまを救ってくださったのは、兄様の注進だったと、聞いています。

呉遠征の薬や赤壁の火計対策も、兄様の献策でしたね。

 

…………

 

……

 

 

 

 

「そして今度の戦で蜀に勝ち、華琳が望む世界になったとき、俺は恐らく消えるだろう。

 でも、どうか悲観しないで欲しい。

 なんてったって、あの華琳が望み、作り出す世界だ。

 きっとこの世の……いや、全ての世界の中でも、一番素晴らしい世界だと思う。

 その世界を作り出したこと。そして、その世界を支え、そこで過ごせることを、誇りに思って欲しい」

 

 

 

………兄様

 

 

 

「二人の笑顔、そして流琉の気配りには良く助けられた。周りを見渡せる力、人の立場になって考えられる力。

 その得難い力を、これからも伸ばしていってほしい。

 でも流琉はたまに、人のことを考えすぎて、自分の気持ちを抑え過ぎちゃう事があるよね。

 そういう所は季衣を見習って、自分に正直になることも必要だと思う。

 良い所は秋蘭や軍師を手本に、いずれは季衣と二人で、春蘭や秋蘭のように、華琳を支える存在になってもらいたい」

 

 

 

はい………はいっ

私、頑張ります……一生懸命、頑張りますっ!

 

 

 

「そんな季衣とも、忙しくなれば今より一緒にいれなくなるかもしれない。

 時にはすれ違い、ケンカもするかもしれない。だけど、俺は心配していない」

 

 

 

――っ

どうして…

 

 

 

「だって、二人は唯一無二の親友。その絆は春蘭と秋蘭にだって負けないはずだ。

 もしケンカをしても、まずお互いの気持ちを考えること。

 そして自分の気持ちを溜め込まないで、季衣と流琉が再会した時のように、気持ちをぶつけ合えば、絶対に仲直りできるはずだよ」

 

 

 

――――っ!!

そう、だ……

私と季衣は、いつだって………

 

 

 

「だから二人とも、いつまでも仲良く、辛い時は支えあい、楽しい時は一緒に喜んで

 そして立派な将に、そしてより可愛く、笑顔が素敵で魅力的な女の子になることを、心から祈っている」

 

 

兄、様…………兄様っ!!

 

 

「最後に、こんな形で別れの挨拶になってしまったこと、謝らせてほしい。

 ただ、大変な時期に、みんなを混乱させたくなかったということを、どうか分かってほしい…」

 

 

兄様……兄様も、辛かったんですよね?

 

 

「もし…もし、また会うことが出来たら、みんなで一発ずつ俺を殴ってくれ。

 それで、どうか、許してほしい……

 

 さようなら、愛しき流琉。

 いつまでも、元気で」

 

 

ありがとうございます、兄様……

私が今やるべきこと、兄様のおかげで分かりました…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明け、ようやく地平線に陽が顔を出した頃

成都内、魏の宿坊の廊下には、もう足音が響いていた。

それも、恐らく二つ。

まだ始業には早いのだが……

二つの足音が徐々に近づいていき、角を曲がろうとした。

 

「「あっ……」」

 

それは二人の少女

 

「…季衣」「…流琉」

 

ここはお互いの部屋のほぼ中間だった。

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

数ヶ月前、総計約百万の兵が、大陸の行く末を決めるために剣を交えた成都郊外。

今、そこには二人の少女が、身体にそぐわない重厚な武器を携えて対峙している。

彼女らを照らす陽は、まだ昇りきってはいない。

 

 

…………

 

 

静寂

 

まるで刻が止まったかのような沈黙。

少しずつ全貌を明らかにする陽だけが、確かな刻を教えてくれる。

そして、ようやくその真円が姿を現した。その刹那、

 

 

「「はあああああぁぁぁぁあああああっっ!!!」」

 

 

天を衝く裂帛。

と同時に二人とも大地を蹴った。

 

「でやああぁぁぁっ!!」「たぁぁぁぁっっ!!」

 

(ガッ…キィィィィィ………ン)

 

力いっぱい振り回した互いの得物がぶつかり合う。

 

「はぁっ!」「ふっ!」

 

その反動を利用して後方へ跳び、距離をとる。

 

「いっくぞーーー!!!」

 

季衣が気合を入れると、持ち手を両手で握り締めた大鉄球・ 岩打武反魔(いわだむはんま) を頭上でぶんぶんと振り回し始める。

何かの技の前準備だろうか。そのまま少しずつ流琉との間合いを詰める。

流琉は受け止めてやる、とばかりに重心を落とし、足場を踏み固めた。

 

「だりゃぁぁーーーーっっ!!!」

 

ぶおぅと空気を切り裂き、充分に勢いをつけた大鉄球が流琉に襲い掛かる。

 

「くっ…わぁっ!!」

 

流琉が砂埃を上げながら数間ほど吹き飛んだ。

 

「くぅ……やったわね……」

 

体中擦り傷だらけになりながら、流琉はゆっくりと立った。

直撃なら即死であろう先程の攻撃を、流琉はぶつかる瞬間、伝磁葉々(でんじようよう) の面で受け流そうとした。

しかしながら勢いを流しきれず、ふっ飛んでしまったのだ。

 

「今度はこっちの番よ!」

 

と、流琉は得物の円盤部分に急激な回転を加え、まっすぐ上へと放った。

やはり流琉も大技を出そうとしているが、季衣も受け止める構えだ。

 

「たあぁああぁぁぁーーー!!!」

 

流琉は季衣のやや前方に伝磁葉々を叩きつけた。

埃が舞い、礫が季衣を掠める。

この程度の技なのか、と季衣が少し気を緩めた、その時

 

ごう、と伝磁葉々が地面を縫いながら埃を斬って、猛然と季衣へと襲い掛かった。

 

「むぅっ!」

 

咄嗟に鎖で弾こうと両手に前に突き出す。

が、いかんせん質量が違いすぎる。

 

「わぁあぁぁ………っ!」

 

円盤部分の直撃は免れたものの、凄まじい回転にかち上げられ、季衣は空を飛んだ。

どすん、という落下の衝撃に、ぐぅと呻き声をあげる。

が、すっくと立ち上がり、

 

「くっそーー!やったなー!!」

 

と気合一閃、攻撃を繰り出せば、

 

「なんのっ!でりゃあぁー!!」

 

流琉もそれに応酬。

 

(ガキンッ、ドゴッ、ギィィンッ)

 

打ち合うこと数十合。

三桁にも届こうかというところで、さすがに疲れたのか、互いに得物が持ち上がらなくなった。

それでもなお闘おうと、得物を引きずりながら近付き、歯を喰いしばりながら額を突き合わせる。

 

「「むうぅぅぅうぅうっ……――――しっ!」」

 

両者、首だけの力で再び間合いを取り、両手を前へと突き出す。

鎖と綱部分での競り合い、力比べになった。

 

 

 

「「くうぅぅぅぅうぅうぅぅううぅっっ…!!!」」

 

 

 

両者汗だく、最後の力を振り絞る。

その決着は、ほぼ同時だった。

 

 

 

(ガシャンッ)(ドゴォンッ)

 

 

 

力を出し切った二人の手から得物が零れ落ちた。

もたれあうように身体を預けあい、両の(かいな)で互いの身体を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「「うわあああぁぁああぁぁぁぁぁ…………っっっ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

少女たちは哭いた。

 

成都中に響き渡ったその声は、百万の喊声より巨きかった。

それは小さな体に溜め込んでいた悲しみの大きさだった。

そしてそれは、聞く者全てに涙を誘う、寂しい音色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季衣と流琉の決闘から数日。

成都を訪れた華琳は、季衣と流琉を玉座の間に呼び出した。

 

以前と同じように、玉座の前に二人は伏している。

 

 

 

「二人とも、顔を上げなさい」

「「……はっ」」

 

 

二人はゆっくりと顔を上げる。

そして以前とは違い、華琳の瞳をじっと見据えた。

 

「…………」

「「…………」」

 

「うん。二人とも、良い目になったわね」

「「えっ?」」

「どうやら、派手にやらかしたそうね」

「「えっ、えっ!?」」

「二人の行動は春蘭と秋蘭から、逐一報告を受けていたわ」

「華琳さまは、二人のことをいたく気にしておられたのだぞ」

「うむ、二人が一向に元気にならんのでな。華琳さまの判断で、北郷の手紙に賭けたのだ」

「「…………」」

 

季衣と流琉は口をぽかんと開けたまま固まる。

まず間違いなく怒られると思っていた。

流琉などは、最悪解雇まで考えていた。

 

 

「……一刀のことは、とても残念だったわ」

 

 

華琳は玉座から立つと、遠くを見つめた。

 

 

「一刀は消えてしまったわ………私の、前で…」

「華琳さま……」

「でも、忘れはしない……絶対に

 一刀は生きてるわ。私の、ココで」

 

華琳は自分の胸に手を添える。

 

「春蘭も秋蘭も、そうよね?」

「……はい」「……確かに」

 

二人が目を閉じながら、春蘭は噛み締めるように、秋蘭は子を愛でるように、胸に手を当てる。

往事の一刀を思い出しているのだろうか。

二人はとても優しい表情になる。

 

「貴女たちの中に…一刀は、いない?」

 

そう少し悪戯っぽく、季衣と流琉に目線を投げる。

 

「ボクたちの……」「中に……」

 

華琳が、春蘭や秋蘭がしたように目を閉じ、二人もその小さな胸に触れ、一刀を想う。

 

 

 

 

 

……

 

…………

 

 

 

 

 

兄ちゃんと初めて会った時のこと…

 

           兄様と初めて会った時のこと…

 

   兄ちゃんの隣でお茶したこと…

 

               兄様に料理を作って、美味しそうに食べてもらったこと…

 

       三人で魏のみんなを呼んで宴の準備をしたこと…

 

 

 

そして…………

 

 

 

 

 

二人一緒に、愛してもらったこと………

 

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

二人は、ゆっくりと目を開けた。

 

「………どう?」

「ボクの中に……兄ちゃん、いました」

「……兄様の言葉、温もり……全部、私の中に…ありました」

 

華琳はにっこりと笑う。

 

「我が曹魏の将で悲しんでいない者はいないわ。だけど私は、私たちは足を止めて悲しむわけにはいかなかったの。

 だから忘れたふりをして明るく振舞うこともあった。でもそれが、二人の心を傷つけてしまったのね」

 

華琳は玉座を降り、二人の前に立ってスッと、頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「か、華琳さま、そんな……頭を上げてくださいっ!!」

「そうですよ!あの時は、ボクが……」

 

華琳の行動に思わず立ち上がり、おろおろと慌てふためく二人。

 

「いいえ。あのとき正しかったのは貴女たちよ。大人は時に嘘を押し通し、それを人に強要してしまうわ。

 でもあのとき必要だったのは、嘘ではなく、優しさだったわ。

 それを、分かってあげられなかった……主失格ね」

「「華琳さま……」」

 

しゅんとする華琳だが、すぐに顔を上げて

 

「二人とも、顔を良く見せて」

 

季衣と流琉の顔を覗き込むように近付く。

 

「さぁ、久しぶりに二人の顔を良く見せて……笑ってちょうだい」

 

華琳の申し出にきょとんと顔を見合わせる二人。

そして意を得たように、同時に向き直ると、満面の華を咲かせた。

華琳も大きく頷く。

 

「貴女たちの笑顔が、私たちの望みであり、希望よ。

 貴女たちが笑顔になれば、周りはもっと笑顔になるの。

 私が春蘭や秋蘭ではなく、季衣と流琉に成都で軍を預けた本当の意味。分かってくれたかしら?」

「「――――っ!」」

 

そう。華琳が二人に真に求めたこと。

あの状況では叶わないと分かっていても、二人に期待したこと。

それは春蘭や秋蘭、そして一刀も期待していたことだった。

 

「今の二人なら、心配いらないわね」

「「はいっ!」」

「よろしい。なら今日は二人にお休みを与えます。仕事は春蘭と秋蘭に任せるから、のんびりしてらっしゃい」

「「はい!ありがとうございます!!」」

 

 

そう言うと、二人は駆け足で部屋を後にした。

それは以前の……いや、前よりも大きくなった、強く愛しい背中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに晴れ晴れとした気持ちで、街へ飛び出した二人。

 

人々は活気に溢れ、空は晴れ渡り、木々は芽を息吹いている。

 

空や街がこんなに蒼く輝いて見えたのは、いつぶりだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「流琉~!ボク、おなかすいちゃったよ」

「それじゃ、何か食べに行こっか」

「ボク、流琉の作ったご飯がいいなぁ~」

「もうっ……ちょっと待てる?」

「待てなーい」

「季~衣~!」

 

 

 

 

 

「「あはははははははっ……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兄ちゃん/兄様がいなくても、季節は流れていく

 

でももう、ボク/私たちは寂しくないよ/ありません

 

だって、兄ちゃん/兄様はボク/私の中にいて、隣には流琉/季衣がいる

 

いつまでも二人で前を向いて、蒼い空を見て、華琳さまや春蘭さま、秋蘭さまを目標に

 

いつまでも二人で笑って、とっっっても可愛い女の子になるんだから!/なってみせます!

 

 

 

 

 

兄ちゃん/兄様が途中で帰ってきたって、知らないんだからね/知りませんから

 

 

 

 

 

だから兄ちゃん/兄様……

 

ボク/私たちがそうなる前に、早く帰ってきてね!!/くださいね!!

 

 

 

 

 


 
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