No.273348

悪魔猫。

禁断(?)の悪魔アイルーを登場させてみた小説です。俺TUEEEEEEEEEEEはしないので安心して?ご覧ください。

いわゆる携帯小説クオリティですがお暇つぶしになりましたらさいわいです。


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2011-08-14 21:15:21 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:1237   閲覧ユーザー数:1228

 

『それ』は他のどんなオトモアイルーよりもみすぼらしく、また哀れな様子を呈していた。

 

何度かネコ婆に連れられてこの村に来ているのを見ているが、誰にも引き取られないうえにネコ婆に同行しているアイルー達にいつも虐められていた。

容姿は至って普通のメラルーだ。

……片目に大きな傷があり、視力を失っていることを除けば。

 

ネコ婆が長い間このアイルーを供にして分かったのは、彼には軽い知的障害があるらしいとのことだった。人間に例えればIQが一般標準とされる水域に、やや足りないくらいだろうと思われた。片眼もない故に料理を任せるととんでもないらしい。

 

何度かハンターにキッチンアイルーとして雇われてはいるのだが、よろず焼きも九割がた失敗するというほどろくな料理が出来ず、キッチンリーダーからさんざん虐められた挙句に解雇され、しまいには隻眼と言う理由で誰からもオトモアイルーとしては雇う価値がないと一蹴されていたらしかった。

聞けばベテランハンターたちの間では『あれは黒い時限爆弾』と称されるほどの有名人だったとか。新人の彼女にはそんなことは分からなかったが。

 

何度目かの訪問の時、例によって彼はまた周りのアイルー達から虐められていた。

彼は大人しいメラルーで、何をされても小さくなってじっと耐えている。それが彼女の憐憫を誘ったのだった。

 

「ばあちゃん、このメラルー雇うわ」

 

「この子かい!?……この子は正直、お前さんにはお勧め出来ないよ」

 

ネコ婆は隻眼のメラルーを見やった。

また、返品されてしまうのだろうか。

そう思うと本当に居た堪れない。この子はとことん不憫な子だ……。

 

「いいよいいよ、いつまでもそうやって虐められてたら、死んでしまうよ。すぐにオトモなんて出来なくて良いから、身の回りの世話を少ししてくれれば」

 

そう言って、彼女はその猫を無理矢理引き取ってきた。

契約金は10Zeny。破格である。

他の猫の百分の一という価格で連れてこられたこのメラルーは、やっぱりおバカさんだった。

 

しかし当時先輩として雇われていた只一匹のキッチンアイルーは職人気質な奴で、このおバカさんを叱咤するとともにちゃんと世話も焼いていたようだった。

奇遇なことにこのアイルーもまた、隻眼だった。彼によるとオトモ時代の遺蹟らしい。

しばらくするとおバカさんのメラルーも、よろず焼きを頼むと十個中二個は上手に焼けるようになっていた。

新米ハンターはそんなアイルー達に満足していたが、そろそろ新たにオトモアイルーを調達しようか迷っていた。

 

最近、この近辺に先輩ハンターが追い払ったはずの雪獅子が戻ってきたというのだ。

先輩ハンターによれば、自分は奴らに舐められているらしい。

奴らがふもとにまで降りてくるようになれば、必然的にこの村に被害が出始める。今のうちに力をつけて、どうにかしてこの村の人々に安穏をもたらさねば。

そんなことを相変わらず隻眼のオトモ達に話していると、キッチンリーダーが煙管――に見せかけて詰めものはマタタビ――を吹かしながら言った。

 

「こいつを連れてってみちゃあどうよ?」

 

「こいつって……セナのこと?アーノルド」

 

「他にいないやろが。こいつな、確かにトロイんだけど面白いことに気付いたんやわ。ま、連れてってみんさい。きっと面白いことが分かるから」

 

新米ハンターが釈然としない様子を見せていたそのとき、突然村の入口で悲鳴が上がった。

慌てて家を出ると既に村の入り口には野次馬がたかっている。ハンターが後方から覗いてみると、どうやらそれは村の外の警備にあたっている兵士のようだった。

上半身を負傷しているのか、肩から下にかけてが血で真っ赤に染まっている。

彼は負傷しているものの意識は健在で、村長に事情を話しているようだ。村長はいつもより顔を険しくして頷いている。

全てを聞き終えた村長は野次馬の中から何かを探しだすようにきょろきょろとあたりを見回した。そして、新米ハンターと眼があった時、彼女を招くように手を動かす。周りの住人も村長の意図に気付いて道を開けた。

 

「ついに恐れていたことが起きおった」

 

村長は眼を細めてハンターを見上げる。

 

「雪獅子がこの村に近付いてきたよ」

 

彼女の一言は野次馬達に衝撃を与えた。周りは一気にざわざわと囃し立てる。

 

「怪我してしまったようだが、命が無事で良かったよ」

 

と、村長は兵士を見やった。どうやら彼の傷は肩周辺ですんでいるらしい。

新米ハンターが事情を聞くと、雪獅子の遠吠えがいつもより近くに聞こえたので警戒しつつ山に近付くと、なんとそれは村人が雪山草を取りに行くルートにまで降りてきていたというのだ。彼は雪獅子と数匹のブランゴの群れに相対しつつ、命からがら逃げてきたとのことだった。

 

「ハンター殿、やってくれるね?」

 

老婆の問いに、新米ハンターは無言で頷く。必ず、やり遂げると決意を込めて。

周りもそんなハンターの勇気を讃え、成功を祈った。これでは一気に出陣気分だ。

実際に急を要する依頼なのは間違いない。

彼女はありったけの最強防具と愛剣と、そして初めてのオトモアイルーを連れて、村の平和の為に雪山へと歩を進めた。

 

 

雪山へと辿りつき、頂上を目指そうと登っていくと、ふと眼の端に白いものが映った。

ブランゴだ。

それがわらわらと湧いてくる。

雪獅子ことドドブランゴはブランゴを統率するリーダーであり、この群れの中心にいる可能性が高い。

彼女は大剣をゆっくり引き抜くと構えた。

と、同時に地面が揺れる。

何事かと思ったその直後に、雪の下からドドブランゴが姿を現した。

ハンターとオトモアイルーのセナは放りだされ、凍った雪面へ強かに叩きつけられた。

 

ハンターを見つけ、臨戦態勢に入った雪獅子がこだまする。

セナはその姿を見ると雪を振り払い、一目散にそちらへと突っ込んでいった。

今思えば、モンスターの姿を見て突っ込んでいくのはオトモアイルーでは極自然なことだった。

だが、あの時のセナは隻眼にしては対象に的確に向かっていくし、そして何より眼に今まで見たこともない様な光が灯っていた気がする……。

しかし当時のハンターはそんなことを考えるより、まず先程のダメージを回復しなければと回復薬を取り出して口に充てた。

丁度セナがドドブランゴの気を惹いて、そして体よくそいつに一撃目を与えたところだった。

 

瞬間、ハンターは回復薬を噴き出した。

 

ドドブランゴは、セナに与えられたそのたった一撃が致命傷となって、力尽きたのだった。

主を失ったブランゴ達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。中には果敢にもセナに殴りかかってくる個体が居たが、それも親玉と同じように一刀の元にその命を散らしていた。

えええ、と仰天したハンターが駆け寄って見るとセナは腹の下から潜り込んで攻撃したらしく、まぁ生々しいものがドドブランゴの身体の下からはみ出している。未だ鈍い断末魔の痙攣がそれを襲っていた。

これはどう説明したら良いのだろうかと彼女は頭を悩ませたが、さいわいギルドの方ではハンターもセナも切断攻撃属性だったので、これはハンターがしでかした功績だと彼女を讃えた。

セナは何も言わず、のほほんとした笑顔のまま、いつもの何だか頼りない足取りで彼女と共に村に帰ってきた。

 

 

「で、これはどういうことなのよ」

 

村に帰るなり彼女は英雄だと称えられ、祝賀会までが催された。

真夜中近くになってようやっとそれが終わり、新米ハンターはやや疲れた顔で事情を知っていそうなキッチンリーダー、アーノルドに尋ねる。彼は相変わらずマタタビをふかしながら、

 

「どうもこうも、旦那さんが全て見たとおりの話やがな」

 

と、意味ありげに笑った。彼の足元ではセナがマタタビの匂いに酔ってごろんごろんしている。

 

「これをな、最初に見たときに間違いなくアレやと思った」

 

「……アレ?」

 

「旦那さん、あんましこのこと喋らんといてな。オフレコで頼むで。……我々アイルー族には、たまーにとんでもないのが生まれてきよる。それがこいつや」

 

アーノルドは煙管でセナをちょんちょんとつつく。彼は相変わらずマタタビに酔っている。

 

「人間、いや、下手したら大型モンスターすら凌駕する能力を持つアイルーが生まれることがある。原因なぞ俺は知らんがね。こいつは、それなんや」

 

新米ハンターは目玉をひんむいて固まってしまった。尚もアーノルドは続ける。

 

「俺らの間ではXeno(ゼノ)と呼ばれているがね。天は二物を与えずと言うが、これもご多分に漏れずたいがいが頭がくるくるぱーで長生きが出来なかった。こいつの様にちょっと長生きな奴は、過剰なまでに優しい奴が多かった。誰よりも強大な力を持ちながら、上の命令以外では絶対に生き物を殺さない。それも、手を出すのは自分達に害をなすと分かり切っているものだけや。……表だって歴史には記されていないが、何度かゼノを用いてアイルー族が人間に反乱を起こそうとしたことがあった。だがゼノ達は自分達に良くしてくれる人間を裏切ることが出来ず、結局計画は握りつぶされた。昔はゼノが生まれてもあんぽんたんが生まれただけ、として放っておかれたが今は人間の干渉が激しい。生まれたことが分かると親もそいつも悲惨な目に遭わされる。多分この世界のキッチン、オトモアイルーの中にはゼノもいるんだろうがひた隠しにされてるはずや。旦那さんに黙ってて貰いてーのは、こいつの為よ」

 

ハンターはなんだか複雑な表情をしてセナを見やった。下戸なのだろうか。彼は満足げな寝息をすーすーと立てて寝ている。

 

「この子は、自分がそういう能力の持ち主だって分かってるのかしら」

 

「さぁな」

 

「どんなに虐められてもやり返したのを見たことがないから、どうしてしないのかしらっては思ってたんだけれども……」

 

「もしかしたら……本能的に分かってたのかも知れへんしな」

 

そこでアーノルドは初めて、このあんぽんたんな後輩に対して同情を見せた。やはり彼なりにこの後輩を色々と気にしてきたのだろう。

ハンターがセナの頭を優しく撫でてやると、気持ち良さそうに仰向けにうねった。

 

「旦那さん」

 

不意に、アーノルドが声をかけてきた。

 

「旦那さんも、こいつに良くしてやってくれな」

 

アーノルドが、その綺麗な空色の瞳を真っ直ぐにこちらに向ける。口元はいつもの様に笑っているが、決してその視線を逸らすことはない。

ハンターはしばしその瞳をじっと受け止めていたが、

 

「分かっているわよ」

 

何だか自分でも分からないうちに笑みがこぼれていた。

 

「あんたらは私にとって最高のアイルーよ」

 

 

それからしばらくハンターはアーノルドとセナにキッチンを任せ、単身クエストに赴いていた。

セナはいつの間にかよろず焼きの半分は上手に焼けるようになり、最近はアーノルドに叱責されることも少なくなってきていた。

 

間もなくして三匹目のアイルーが新米ハンターに雇われてきた。

……いや、もう彼女のことを新米と揶揄する人はいなくなっていた。

セナの手柄ではあったが、先代ハンターですら倒すことの出来なかった雪獅子を仕留めたのだ。

村の皆に一気にちやほやされる反面、彼女なんだか複雑な気持ちだった。どちらかというと、罪悪感の方が勝っていた。自分は特に何もしていないのだから。

 

三匹目のアイルーはアメショー柄で、オトモアイルーとして雇われてきた割りには、この子も何だかなよなよしかった。やはりこのアメショーも何度か解雇された経験があるらしく、陰を負ってるのがたまらないとハンターが引き取ってきたのだ。

アーノルドは溜息をつくと、ここは託児所なのか?とぼやいた。

 

アメショーの解雇の理由は性格だった。

アーノルドいわく彼はゼノではないらしい。

元々臆病であんまりオトモアイルーに向かないうえに、何度も解雇された傷が彼に覆いかぶさる陰を濃くしているのだった。

仕方ないからキッチンアイルーに、と言うハンターを押し切り荒治療だとオトモ修行の稽古をつけてやっていたのもアーノルドだった。一匹で雇っていた時はただの生意気なアイルーだったが、とても面倒見が良いらしい。

最初なよなよだった新入りも、しばらくするとクエストに同行させても大丈夫だろうと言う状態までに回復した。

性格の根本を直すのは無理だから、そこは旦那さんが何かしらサポートをしてやれともアドバイスをくれたのもアーノルドだった。

 

セナはこの口数の少ない大人しいアイルーが来ると、はた目から見ても愛くるしいくらいに世話を焼いた。

彼曰く、初めての後輩らしい。正確には、初めて彼を先輩と呼んでくれたアイルーなのだそうだ。今までどういう職場にいたのかが若干伺えるのが悲しい。

 

彼らに触れ、アメショーも段々と変わっていった。最近は笑う様にもなってきていた。

世話を焼いたのが自信につながったのか、セナの性格も大分変った。相変わらず頭はちょっと弱いところがあったが、瞳に自信が見えるようになっていた。最近は動きも少しキビキビしてきている気がする。

このキッチンにいるアイルー全員が生きる喜びをその身に宿していることに、ハンターは遠くから頬笑みを漏らした。

思えば一番酷かったのがアーノルドで、彼の人生投げやりな態度を見てたら放っておけなかったのである。

だから、このアイルー達の姿にはとても満足していたし、それに本当に嬉しかった。

 

 

そんな日々から間もなくした寒さも透き通るようなある夜、彼女は得体の知れない咆哮を聞いた。

慌ててベッドから跳び起きると上着だけを装備し、村の外へと出た。外では同じようにドアから顔を出している村人数名を確認した。

と、またあの叫び声が聞こえてきた。

 

「これは……」

 

ふと向うから人影が見えた。

その人は村の外に出ている人々を家の中へと返すと、ハンターの方に向かってきた。

 

「おやっさん!!」

 

彼は彼女がこの村に初めて来たときに、崖から落ちて気を失っていたところを助けてくれた、云わば命の恩人だった。

歳は彼女より5,6歳上でまだまだ若いのだが、声が渋いので彼女はおやっさんと呼んでいる。ある飛竜に負わされた怪我が原因でハンター稼業を引退せざるを得なくなり、彼の代わりにとギルドから派遣されたのがこの新米ハンターだった。

 

「今のを聞いたかね」

 

「はい。あれは何なんですか!?ドドブランゴは倒したのに……。まさか別なドドブランゴがこの周辺に縄張りを広げてきたのでしょうか」

 

「いや、あのドドブランゴはこの周辺でも手だれの奴だった。身体に付いていた傷を見たろう?あの中には私が付けた傷だけでなく、縄張り争いの為に負った栄光の傷もあったんだ。それが人間にやられた地にすぐに入り込んでくる奴はいないだろう。……それに、君はこの声に覚えがあるんじゃないかな?」

 

瞬間、彼女の毛という毛が総毛立った。

そう、彼女は思い出したのだ。新米ハンターにトラウマを植えつけるだけの簡単なお仕事をしている、あの方のことを――。

 

「……その様子だとちゃんと覚えているようだね。あの時は本当に焦ったよ。自分の後輩が、下手したら自分よりも重傷になってしまうのではないかとね。結構気をもんだんだよ。二代に渡って同じ飛竜に引退させられる村のハンターとは、何かの因果かも知れない、とね。さいわい君は五体満足で復帰してくれたから、良かったが……」

 

脳裏にオレンジ色の物体が過ぎると共に、そこで彼女は現実に引き戻された。

 

「まさか、おやっさんはあいつに……!!」

 

「そう、この私を引退に追い込んだのはあの暴君、ティガレックスだ。私も命は無事だったが、片腕は今でも繋がってるのが奇跡だというくらいにやられたんだ」

 

そう言い、先輩ハンターは右の拳を握りしめる。彼の右腕の握力は未だに戻らず、後輩である彼女のそれと比べても驚くほど弱弱しかった。繋がってるのが奇跡だと言う損傷具合だったのだから、ここまで機能を取り戻しただけでも相当なものなのだろう。

 

彼女は改めてモンスターと対峙するということの恐ろしさを知った。お互いに命がけであるのだ。

この前単身モノブロスに挑んだ時も、あと少し逃げるのが遅かったらその鋭い一本角に串刺しにされてしまっただろうという場面があり、今更のようにそれが思い出されて彼女は身震いした。

あれよりも強大なモンスターに立ち向かわねばならない日が近づいてきている。果たして出来るのだろうか、この自分に。

確かにこの前モノブロスを単身で仕留めてはきたが、何度も強大なモンスターと渡り合うほどの経験を積んできているとは思えない。ドドブランゴに至っては何もしていないのに英雄扱いだ。

今回もセナに頼めばものの十秒で決着はつくだろう。

でも、でもそれでは駄目なのだ。自身もこの村を護る覚悟と――腕を身に付けなければ。

 

彼女が唇をかみしめて俯くと、不安を察したのか、

 

「なに、今の君なら心配することもないだろう。ドドブランゴはもとい、他の強力な飛竜まで次々相手にしているって話じゃないか。奴もすぐにこっちに来ると言う訳じゃないと思うし、今のうちに出来ることをしておけば良い。武器や防具については、私も多少アドバイス出来るところがあるだろう」

 

そう言って先輩ハンターは後輩の頭を軽く撫でた。

彼女が顔を挙げると、彼が信頼に満ちた笑顔で彼女を見ていた。

最初に会った時からしばらくは死んだ魚のような眼で周りの物事を見ていたこの人も、ハンターとして活躍するこの後輩を見ているうちに眼に光が戻ってきていた。

彼女はその光をまっとうに受け止めるのが気まずくて、目を逸らした。

 

「しかし今年は雪山のポポの生息数が少ないとも聞く。奴もそこまで危険を冒すような真似はしないと思うが、もしかしたら村の外に放しているポポを狙ってくるかも知れん。それについては私からも村長に提言しておこうと思う。飛竜を招く様な危険なことはなるべく避けたいからね。君も、それを念頭に入れて力をつけてくれると有り難い」

 

ハンターはこくりと頷いた。

先輩ハンター、村長、加工屋……村の人全ての信頼が、期待の目線が、今はただ、ただ痛ましい。

彼女は決意も新たに、月を見上げた。黒い雲の隙間から時折覗く銀色のそれは、冷たく笑っていた。

 

 

近頃どうも山の天気が安定しない。

何かあれば麓の方まで猛吹雪に見舞われ、村人は僅かに陽が覗く頃合いを見計らって除雪という除雪に追われている。

最近は山に入るのも容易でなくなり、村の生計の一つである雪山草も取りに行けなくなっている。

更に酷いのは交通の便も悪くなっているらしく、ここ数日行商人を見ていない。ポッケ村自体は自給自足で何とかやっていけるものの、ここはこれよりも山奥の村にとって重要な交通拠点の一つであり、ここにも行商人が来れないということは、山奥の村ではそろそろ生活に支障が出始めているだろう。

現に、ハンターにとっても他人事ではなかった。ハンターにとっての必需品が届かなくなっていたのだ。

道具屋が備蓄品を出してくれたり、調合に調合を重ねて凌いではいるものの、それも底を尽きそうだった。

ポッケ農場ではアイルー達が一生懸命雪かきをしている。こんな雪で作物が育つはずもなく、薬草の調達をどうしようかと彼女が悩んでいると、コンコン、と誰かがドアを叩いているのが聞こえてきた。

 

 

 

「氷耐性の上る料理か、防御力の上る料理が良いかな」

 

ハンターが食卓に座ると、アーノルドはまな板を取り出してくる。

セナは急いで薪を竈にくべたが、それももう残り少ない。この間割ったばかりなのに、またやらなきゃな、とハンターは苦笑する。

 

「今日は何を狩りに行くんや?」

 

「自信はないんだけどね……。多分、クシャルダオラ」

 

先程村長からあった報告。

それは、この悪天候の原因がモンスターであるらしいことだった。

これより山奥の村の住人が、その姿を目撃したこと。白銀に光るそれは恐らく古龍クシャルダオラではないかと、これが現れるときに天候が急変したという古文書と照らし合わせてもまず間違いないと思われる。

ハンター殿には雪山の様子を見てきてもらい、あわよくばクシャルダオラを討伐、といかないまでも追い払って来て欲しい。とのことだった。

しかももう一つ奥の村では老練なハンターが雪山に出かけたまま戻らず、最早頼み込める人は彼女くらいしかいないということだった。

手練れのハンターですら敵わない相手に、自分など手も足も出ないのではないだろうか。そんな不安がハンターの顔にありありと出ている。

 

「そうやな、それじゃ肉に米、エネルギッシュな料理でいこか」

 

セナがそれを聞くとぱあぁっと顔を煌めかせて炊飯の準備を始める。

このおつむの弱いメラルーにも戦闘以外に意外なところに得意技があり、彼が炊いたり焼いたりした穀物は絶品なのだった。……成功すればだが。

隣ではアーノルドが鼻歌を歌いながら肉を焼いている。今日はサイコロミートを仕入れてきたようだ。

どうやらセナも成功したらしい。

豪奢とは言えないが美味しいご飯に、ハンターの顔から笑みがこぼれる。

オトモのアメショー、ブレイクに肉の端っこをあげると、熱がりながらも嬉しそうに食べていた。

 

――あぁ、そうだな。

 

ふと、ハンターは顔を上げる。

 

――私はこいつらを護ってやんなきゃいけないんだし、またここに戻ってこなくちゃ。

 

一仕事終わったアーノルドは顔色の戻ったハンターを見て、目を細めてまたたび煙管を吹かしていた。

セナはまたそのまたたびに酔ったらしく、ハンターの膝の上でごろごろと喉を鳴らしていた。

 

 

 

ハンターがオトモのブレイクと雪山に出かけたのは、吹雪がおさまったお昼前。

昼過ぎに再び強風を伴う降雪があったが、おやつ時を過ぎてからは天候の状態は丁度良い。久々に太陽が顔を覗かせているくらいだ。

アーノルドやセナは暖をとったり、掃除をしたりといつもの様に過ごしていた。

と、床を掃いていたセナが急に手を止めて、辺りの匂いを嗅ぐような仕草を始めた。

 

「どうした?何か焦げているんか?」

 

アーノルドが問いかけても彼は何も答えず、そのまま台所から姿を消した。

 

「おい!?」

 

アーノルドは後を追ったが既に彼は家を出て、どこかへと行ってしまっていた。

 

「チィッ」

 

急に嫌な予感が湧きあがってきた。

元来アイルー達の嗅覚はそんなに良くない。現に、先程アーノルドは特に何も感じなかったのだ。

セナは、何かを嗅ぎ取ったのだ。いや、"ゼノ"たる彼が嗅ぎ取ったものは一つしか考えられない。だから彼は一目散に駆けて行ったのだろう。

主であるハンターは苦戦しているのだろうか、帰ってくる気配が一向にない。

自分ではどうにも対処出来ない事態が起こったのを悟り、アーノルドもまた駆けだした。

 

 

今日は昼の吹雪がおさまってからはずっと天気は小康状態だった。

山の上の方は先程まで荒れてて真っ白で何も見えなかったが、今はやや落ち着いてきている。麓の方もしばらく大丈夫そうだ。

しかし雪山に住んでいる生き物は大変だな、と彼は薪を拾いながらひとりごちた。

傍らでは娘が放してあるポポの面倒を見ている。久々に外に出されたからか、ポポものんびりとしている。

村長からは遠くへ行ってはいけないと言われたが、こんな村の近くまで飛竜、いや、肉食竜ですら来たりはしないだろうと彼は楽観視していた。あの臭いを嗅ぐまでは。

 

不意に彼の鼻をついた、生臭い臭い。

 

最初はポポが糞でもしたのかと思ったが、嗅ぎ慣れたその臭いとも違う。

何か見慣れないものが視界に映ったような気がして、彼は崖の上を見渡してみた。

と、その途端彼は腰を抜かさんばかりに驚き、次の瞬間には娘を抱えて走り出した。

彼の叫び声に刺激されたのだろうか、それはポポよりもまず彼らを狙ってきた。

腹を空かしたそれの突進に人間が敵うはずもなく、もう駄目だと悟った彼がせめてと娘を放り投げたその瞬間、それは彼の横を通り抜けて行った。

 

――娘が、喰われる!!

 

やはり本能的に美味しいものが分かるのだろうか。それは、今まさに彼の娘に飛びかかろうとしていた。

やめてくれ――!!

絶望の底から響く彼の悲鳴に、もう一つの悲鳴がかぶさった。

 

しかし、それは彼の娘の声ではなかった。

娘は雪の上にどさりと着地し、泣き喚いているが命に別条はない。ところが今目の前にいるそれは、頭からだらだらと血を流しているではないか。

そして、それに相対する一匹の黒い猫――。

猫はおしりをぺんぺんと叩くと村とは反対の方へと逃げていった。

それは怒りと屈辱に雄叫びを挙げ、頭の傷口からは血が噴き出した。

しかしそれはそんなことには眼もくれず、興奮で真っ赤に染まった前足を繰り猫を追いかけていった。

 

村人は娘を再び抱きかかえると一目散に村へと駆けだした。

 

 

激闘の末に何とかクシャルダオラを追い払い、彼によって吹き飛ばされた隣村のハンターを救いだして彼女が村に戻ってきたのは、陽がちょっと傾いている夕刻時だった。

クシャルダオラを追い払ったからだろうか、村の天気が回復していることに彼女は安堵のため息をついた。

これも、あの子らが作ってくれた料理のおかげかもしれない。帰ったらうんと褒めてあげなくちゃ。

満足げな顔をして彼女が村に帰ってくると、その姿を認めた村人が尋常じゃない様子で彼女に駆け寄ってきた。

 

「ハ、ハンターさん!! 大変です、飛竜が……飛竜が……!!」

 

「なんですって!?」

 

つい先日、おやっさんから言われたことが脳裏を横切る。

彼女は村人がわなわなと震える指で示す方向へと、全力で駆けだした。

 

飛竜はギルド集会所の方面に出たらしい。

そこにはおやっさん、そして集会所に通っているこの村のへっぽこハンターが武装して控えている。村長やネコートさんも側におり、どうやらこの村自体が襲撃されたわけではないらしい。

彼らが囲んでいるのは見たところ村人の父娘であり、ハンターはその側に見慣れたものがいるのに気が付いた。

 

「アーノルド!! どうしてあんたがそこに?」

 

ハンターがそう声をかけると、アーノルドは困惑しきった声で、

 

「旦那さん、セナが、セナが……!!」

 

と彼女の鎧の裾をつかんで何かを必死に訴えかけている。

どうしたのよ、落ち着きなさいと彼女がアーノルドを慰めているところへ、どうやら村長に事情を話しているらしい父親の話が聞こえてきた。

自分たちが襲われていたところに現れた黒猫が、気を惹いて身代わりになってくれたのだと――。

ハンターはそれを聞いた瞬間、装備も整えずに脱兎のごとく駆けだした。

 

 

セナ自体は"ゼノ"だ。

飛竜なんて目じゃないだろう。

だが、それならば何故彼は帰ってこない?あまりにも時間が経ち過ぎではないか――。

不安で胸が張り裂けそうになる。

息が上がって今にも心臓が口から飛び出てきそうだ。

でも、足を休めるわけにはいかない。

この村の平和と――愛する者の為に。

 

 

 

村の外れの草原に、それは横たわっていた。

鮮やかな橙色の地に空色の縞模様。夕日に照らされてきらきらと光るその鱗の美しさに反して凶暴にして暴君、ティガレックスだった。

頭は引き裂かれ、爪は折られ、尻尾は半分になくなっていて、千切れた破片はその傍らに転がっていた。

やはり、期待したとおりだ。流石同種からも悪魔と恐れられるだけはある。

しかし、肝心のセナがいない。

人間にゼノだと露呈するのを恐れてどこかへと行ってしまったのだろうか。

そんなの、私がどうにかするから――。

彼女はずっとセナの名前を呼び続ける。

まだ、まだやり残したことが沢山あるじゃない……!!

料理の腕もまだまだだし、オトモには連れて行けないかもしれないけど、私は、まだ可愛がり足りない。アーノルドや、ブレイクだって帰りを待ってるのにどこかへ行っちゃうなんて、私は認めない……!! 帰ったら褒めてやろうって、これからも一杯褒めてやろうって、決めてたのに――!!

 

ふとティガレックスの側の岩陰に、黒い尻尾が見えた。

 

セナ……!!

 

ハンターは喜色を浮かべ、急いで駆け寄る。

だが彼女の足取りはそれを見た瞬間、ぱたりと鎮まってしまった。

 

「セ……ナ……?」

 

彼はそこに横たわっていた。

その姿は間違いなく普通のメラルーだった。

……血でべっとりと全身が濡れていることを除けば。

彼女はそのメラルーを抱き起こす。

村の別なメラルーが巻き込まれたのではないかと、不謹慎ながらもわずかな希望を抱いて――。

しかし、その彼女の希望もすぐにガラスの如く砕かれる。

そのメラルーにははっきりと、特徴的な印が認められた。

……彼は隻眼だった。

 

「セナ……!!」

 

彼女はもう一度そのメラルーに呼びかける。

ふとそのメラルーは小さく痙攣し、やがて薄目を開けた。

 

そして彼女の顔を認めた瞬間、嬉しそうに口を歪めると微かに聞き取れる声で、

 

――”旦那さん”

 

と、呼びかけた。

 

ゴロゴロ、と喉の奥から嬉しそうな音が聞こえてくる。

彼は血の泡を吹くにも関わらず、満足そうに目を閉じてずっと喉を鳴らしていた。

そのゴロゴロの音も段々と小さくなり、やがて彼はかくり、とその首をハンターの胸の中へと落とした。

彼の口元には笑みが浮かび、眼からは涙が滴っていた。

しあわせそうな彼の最期を看取ったハンターはぼろぼろと涙を零し、彼を抱えたまま嗚咽を漏らし続けていた。

 

 

おやっさんが黄昏の光の中に彼女らを見つけたのは、それから間もなくだった。万が一に備え、彼一人で来たらしい。

へっぽこハンターが同行を許されていないところをみると、彼女の実力が分かってしまうようで辛い。

おやっさんはすぐにギルドに処理の手配を頼み、ハンターも自宅へ戻って休むように勧められた。

 

 

 

明るい月の出る夜だった。

その日は思わず誰もが足を止めてしまうような満月で、美しい金の光が彼女の部屋にも差し込んできている。

彼女は着替えたは良いものの、ずっとベッドに腰掛けて動かない。

やがて誰かがノックもせずにキィ、とドアを開けて入ってきた。……アーノルドとブレイクだった。

後ろには村長、それから棺を抱えてきたおやっさんにネコートさんも続いている。

ハンターは反射的に彼らに頭を下げた。

一人暮らしの彼女の家はその来客だけで窮屈になってしまい、アイルー一同はハンターのベッドに上った。

ブレイクが村長とおやっさんに椅子をすすめている。いつもならセナがやっていたその行動に、ハンターはぽろり、と涙を零した。

彼は今、色とりどりの花が敷き詰められた白い寝床に寝かされている。

今までギルドの方で清拭などの処理をやってくれていたのだろう。彼の体は、生前の様に綺麗になっている。

……あちこちに認められる、縫い後を除けば。

 

一同が落ち付いたところでアーノルドが説明を始めた。

古龍観測所やギルドの意見を求めたところ、あのティガレックスは最近の獲物の減少に加え、クシャルダオラが雪山にきたことで完全に縄張りを失ったらしい。

大抵の飛竜は古龍を避けるように生息している。

ティガレックスもまたクシャルダオラによって雪山を追い出され、飢えた彼が目をつけたのが人里だろうと言うことだった。

彼の死骸を持っていったギルドによると、それはもう飢えてガリガリになった状態だったという。ひょっとしたらティガレックスの中でも弱い個体だったのではないかと推測が飛んでいるが、それでも人間にとって脅威であることは間違いない。

そして話はティガレックスを倒したセナに及んだ。

アーノルドはハンターが居る前で、正直にセナのことを話した。

彼がゼノであり、人間にとって所謂悪魔アイルーであること。

ドドブランゴや、今回のティガレックスも恐らく彼が片付けたのであろうと言うこと……。

その話が進むにつれて、ハンターの瞳からぽつぽつと涙が落ちていった。

 

「私は……」

 

瞬間、彼女に視線が集まる。

報われないセナのその安らかな寝顔が目に入った時、ハンターは声をあげて泣き崩れた。

 

自分は、英雄なんかじゃない!!

ドドブランゴも、ティガレックスを倒したのもこの子で、本当は、本当はこの村を護ったのは、この子なのだと……!!

 

誰も、彼女を責めることはしなかった。

ベッドから床に崩れ落ちた彼女をアーノルドやブレイク、そしておやっさんが抱き起こして落ち着かせる。

彼女はずっとセナに謝り続けた。彼女が話をまともに聞けるようになったのは、深夜近くになってからだった。

 

「セナ君はこの村を護った英雄だが、君もまた英雄であることに変わりはないさ」

 

おやっさんがそう言うと、彼女は真っ赤に泣きはらした目で彼に詰め寄る。

 

「どうしてですか!?だって私は何もしていないのに、あなたを上回るハンターだなんて過大評価されているんですよ!?私は違うんです、自分一人じゃこの村も護れない……ハンター失格も同然じゃないですか……!!」

 

そう言って彼女は俯き、唇を噛みしめる。

セナを護ってやれなかった後悔、己の力量不足を嘆く姿がそのまま表れている。

 

「セナ君が単身ティガレックスに挑んだのは、何故だと思う?」

 

おやっさんが穏やかに彼女に語りかける。

彼女はふと顔を挙げてその視線を受け止めた。その眼からはまだ涙が溢れている。

 

「それは、君がいたからだ。"ゼノ"というのを私はよく知らないが、セナ君が単身敵に向かっていった理由はそれだけじゃない。きっと、君がいるこの村を護りたかったんだと思う。聞けば、今までの待遇は良くなかったみたいだが、この村に来てからはしあわせだったようだよ。私も何度か彼の姿を見ているが、良い笑顔をしていたよ。そんな彼を育てた君なしでは、彼のことは語れない。分かるね?」

 

でも、でもと食い下がる彼女に尚もおやっさんは続ける。

 

「だから、君にはその英雄の遺志をついでこの村を護り続けて貰いたい。君は、きっと私を超えるハンターになると信じている」

 

ハンターはくっと身を引き、反射的に村長の顔を見やった。

今までじっと成り行きを見守っていたこの賢婆は、そこでしっかりとハンターに止めを刺したのだった。

 

「やってくれるだろうね、我らが村のハンター殿」

 

それを聞いた瞬間、彼女はまた涙に顔を歪めた。

彼女の漏らす嗚咽はもう言葉にならなかったが、それでも村長に、おやっさんに、ネコートさんに、そして自分を支えているオトモ達に応えるために必死に縦に首を振り続けた。

村長はその返事を聞くと立ち去り、おやっさんも彼女を慰めてからそれに従った。最後にネコートさんがセナに何事かを語りかけ、そして彼の側に何かを置いていった。

彼女が出て行ったあとブレイクがそっと覗きこむと、それは滅多に花をつけることのない雪山草の、小さいながらも愛らしい真っ白な花だった。

 

 

身に覚えのない暖かい感触に彼女はハッと目覚めた。

いつの間にか眠ってしまったようだがちゃんと毛布がかけられている。アーノルドとブレイクがやってくれたのだろうか。

そっと窓を開けてみると月が西に傾いている。明方よりもやや手前と言った刻だろう。

毛布の中に柔らかい感触がするので確かめてみると、その柄はアメショーだった。

アーノルドがいない。台所にいるのだろうか。

ハンターがベッドを下りようとしたとき、件のその猫は外から帰ってきた。手に何かを抱えて。

 

「アーノルド、どこへ行ってたの?」

 

彼はその何かをセナの棺に入れてやると、

 

「外に干してあったマタタビを取って来てやったんよ。台所に干しとくと、こいつが仕事しないんでね」

 

ハンターが覗きこんでみると、丸くなって寝ているセナの手の辺りにマタタビの実がごろごろと置かれていた。まるでマタタビを抱えて満足そうに眠っているようだ。

 

「俺の姉御も、マタタビが好きだったなぁ……ほんま、良く似ちょる」

 

「初耳ね。お姉さんも、この村にいるの?」

 

「姉御はな、俺がまだ小さい時に死んだ」

 

ハンターは瞬間、しまったと息をのんだがアーノルドは別に良い、と笑っている。

彼はマタタビ煙管をふかしながら、セナを優しい目で見つめている。

 

「俺はな、旦那さんに感謝してるんやで」

 

「アーノルド、何を急に……?」

 

彼は優しい目をしたまま、顔を挙げる。その眼は遠い昔の何かを思い出そうとしているかのようだ。

 

「絶望のどん底にあった俺を救ってくれたことも、こいつらに会えたことも――、みんな、みんな感謝している」

 

そこで彼はゆるゆると煙を吐き出し、ぽつりと言った。

 

「俺の姉御もな、ゼノやったんや」

 

ハンターとアーノルドの間にしばし沈黙が流れる。

アーノルドは彼女の様子を伺う様にこちらを見ている。

 

「だから……」

 

喉に引っ掛かった痰を飲み込み、彼女はようやっと言いきった。

 

「だからセナが"ゼノ"だって、すぐに分かったのね」

 

アーノルドは只頷いた。

 

「姉御もこいつと同じで、本当に優しい奴だった。俺の集落ではな、"ゼノ"だと分かると生まれてすぐに殺されてたんや。姉御はそこらへんの奴と大して変わらなかったし、ずっと後までばれなかった。……飛竜から俺を護ろうとして、それをズタズタに引き裂くまでは」

 

過去を語り始めたアーノルドの声のトーンは、やや低くなっていた。

ハンターはじっと彼の話に耳を傾けている。

 

「姉御が"ゼノ"だと分かった途端、俺らは集落を追い出されたんや。命までは取られなかったが、行く宛てなんて勿論ないし過酷な環境の旅を続ける中で二人とも弱っていってしまった。猫婆の存在をもっと早くに知っていればと思う。姉御は雪山の峠を越えられなくて、そこで果てた」

 

アーノルドは煙をふーっと吐いてぼんやりと上を見つめた。

ハンターには彼にかけてやる言葉がない。

しばらくの後にアーノルドは再び続ける。

 

「本当は、まだ小さかった俺もそこで一緒に死ぬはずやった。ところが、たまたま通りかかったハンターが俺らを拾い上げてくれたんや。……それが、前の旦那さんだった」

 

アーノルドの頬がふっと緩む。遠くできらきらと光っている、懐かしい思い出を見つけたのだろう。

 

「俺が助かったのは、姉御がしっかりと俺を抱いてくれていたからだと、そう教えて貰った。旦那さんは行く宛てもなく、かといって特別何かに秀でているわけでもない俺を雇ってくれたし、姉御の墓もその村に作ってくれた。俺にとっての初めてのホームだったな。俺は必死やった。命の恩人に必ず報いようと。キッチンの腕もその当時のリーダーに認められまで磨き、クエストにも何回か同行した。旦那さんには悪いが、前の旦那さんは結構名うてのハンターだったんやで。向かうところ敵なし、といった具合で色々な依頼をこなしていたんや」

 

そこまで言うと、アーノルドは煙管をことりと傍らに置き、顔に陰を落とした。

 

「忘れもしないその相手は、空の王者リオレウスや。旦那さんなら今回も楽勝やろうと、気を抜いた俺が馬鹿だった。次の瞬間には、ワールドツアーから帰ってきたリオレウスが俺の目の前に迫っていた。旦那さんは……」

 

アーノルドは俯いたまま歯ぎしりしている。その隙間から悔恨の念が滲み出ているようだ。

 

「武器も持たずに、俺を突き飛ばした。その瞬間の顔は、今でも覚えている。――旦那さんは、こっちを見て笑っていたんや」

 

そこでまたアーノルドはふと顔を挙げた。

彼は泣いてはいなかったが、しかしその顔色には救いようのない痛みが表れている。

 

「俺はリオレウスの風圧で吹っ飛ばされ、その拍子に何かに頭を強くぶつけた。この眼は多分その時にやっちまったんだと思う。気を失う瞬間に俺の片目が捉えたのは……、血塗れで転がっている旦那さんの姿やった。――それ以来、旦那さんは戻ってきていない」

 

思わずハンターは息をのんだ。想像すると胃の辺りがキリキリするようである。

 

「相手はリオレウス、しかも遺体すら見つからないとなると、考えられるのはまぁ一つだわな。奴らの巣も近くにあったしな」

 

あまりにも凄惨な過去である。

実際に相手が肉食竜だった場合、ハンターの遺体が一部ですら見つからないことは多々あることだった。相手が肉食竜でなくとも、炎に焼かれたり、溶岩に落ちたり、雪山のクレバスに落ちたり――

アーノルドだけでなく、ハンターの側で働くアイルー達の多くが一生に一度は経験しているだろう。

 

「俺は、大好きな人を誰も助けることが出来なかった。命の恩人を俺の過失で死なせてしまった――。俺だけが生きてると言う事実が辛くて、もう死のうかとも思った。実際にその時に一緒に働いていたアイルー達が猫婆の元へ俺を連れて行ってくれなかったら、今頃どこかでひっそりと死んでいたかも知れん。だけど、今の旦那さんにここに連れてこられたんや」

 

アーノルドは眼を細めてハンターを見やる。嬉しそうに二、三回瞬きをすると、

 

「最初、もの凄く扱いにくい猫だと思ったやろ?ごめんな、旦那さん。でも、ハンターは常に死と隣り合わせの仕事や。いつまた目の前から消えてしまうかも分からんのに、感情移入なんかしたらまた辛い想いをしなきゃアカン。それはもう、嫌やったんや……」

 

アーノルドは眼の端を擦り、ハンターは只頷いた。

 

「でもな、やっぱり誰かの側にいて、こうして日々を過ごすことがしあわせであることは、否定出来なかった。だから、旦那さんに会えて本当に良かった」

 

こんな扱いにくい奴を見捨てないでくれたもんな、とアーノルドは再び煙管を手に取り、マタタビを詰め替えて火を付ける。

 

「セナも、そうだったと思う。どんなに不遇な過去があったとしても、こいつは、確かにここではしあわせだった。それに、旦那さんのこと……大好きだったと思う」

 

ハンターの身体がぴくりと動き、その眼に再び透明な珠が浮かんだ。

アーノルドは純粋な瞳で主を見つめている。

 

「アーノルド、私は……」

 

言いかけて彼女の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

アーノルドは穏やかに笑うと、

 

「旦那さんは気付いてないかもしれないが、それがあんさんの強みなんや。旦那さんが俺らを信頼してくれて、大好きでいてくれたからこそセナも旦那さんのことが大好きだったし、この村のことも好きになれたんや。それこそ、命を賭けてでも護らねばと思うくらいに。そこに潜っておる、ブレイクもきっとそうやろ」

 

そう言えば今日クシャルダオラと対峙していた時、一時ピンチに陥りかけたハンターを助けたのがブレイクだった。

いつもは臆病な性格故にすぐに逃げ出すのだが、ハンターの窮地とみるや、クシャルダオラに真っ向から向かって行ったのだ。

彼が気を惹いてくれたおかげでハンターは態勢を整え直すことが出来たのだった。

 

「オトモだから、使命だから――それだけじゃないんや。俺らだって、付いていくべき人をちゃんと見極めている。俺はこいつの代わりに最後まで旦那さんに付いていく。だから、旦那さん……」

 

ハンターの視界はぼやけにぼやけ、最早アーノルドの決意がこもった瞳を直視するのも能なかった。それでも彼女はアーノルドの言葉を聞き逃すまいと、両手をぎゅっと握りしめて彼を見つめている。

 

「絶対に、死なないでくれな。ちゃんと、帰ってきてくれな。俺らには、旦那さんしかいないんや……」

 

その瞬間、ハンターは再び泣き崩れた。

アーノルドは彼女から目を逸らさずに、

 

「最後に、もう一回抱っこしてあげてな……」

 

と言うと、満足そうに目を瞑った。

 

その日満月は決して曇ることはなく、金色の光はずっと彼らを包んでいた。

 

 

ついに、この村にも避難勧告が出たか――。

彼はギルドから渡された避難勧告の紙を握りしめ、険しい顔をしている。

アカムトルムよりも強大なあのモンスターにかかれば、この村など一瞬で消し飛んでしまうだろう。

ここよりも山奥の村では甚大な被害が出ているらしい。

ギルドのハンターらが被害者の救出とモンスターの進行を食い止めにかかっているらしいのだが、それでも未だに正確な被害状況を把握できないでいるとの話だった。

取りあえず、この村も危ないとなれば命からがら逃げてきた近隣の人々を先に避難させるべきか、と彼は思った。直にあれの被害にあった人からしたら、再びそれに相見えると聞いただけでもパニックものだろう。

 

「あのう、すみません」

 

横から呼び止められ振り向くと、そこにはおぼつかない足取りの若者がいた。彼も慌てて駆け寄る。

 

「君、駄目じゃないか。まだ安静にしていなければ!!」

 

「いいえ、もう大丈夫です」

 

そうは言うものの、若者は一歩を踏み出そうとしてよろめく。

身体は痛まないのかという彼の問いに、若者は笑って応える。

 

「身体はどこにも異常ありません。……只、受けたショックが大きすぎて震えが止められないんです」

 

彼は、かのモンスターによる被害者だった。

突如降り注いだ白き災厄に、彼は村のハンターとして立ち向かいつつ、村人を救助しようと奮迅した。

……しかし、結果は惨憺たるものだった。

彼は討伐の途中雪崩に巻き込まれ、その後運よくギルドに救出されて近隣であるこの村に担ぎ込まれたが、彼と共にモンスターに立ち向かったハンター達や、村人の半数程の安否がまだ確認されていない。

この若者も数日間意識不明の状態が続いたが、先日回復したのである。さいわいなことに、五体は満足で骨折なども見られなかった。

 

「聞きましたよ、ギルドから避難勧告が出されたんですね。もう、そこまで来ているんですね……ウカムルバスが」

 

若者の言葉に彼はううむ、と唸った。

ウカムルバス。

突如凍土の山奥よりいでた白き魔物によって、雪山周辺の村は壊滅的な被害受けた。いや、本当に壊滅してしまった村も少なくない。

アカムトルムをも凌駕する巨躯をもち、それが巨脚を一歩踏みしめる度に大地が悲鳴を挙げた。

しかもそれは何を思ったのか、雪山の奥から人里の方へと降りてきたのだ。

彼に人間に対して明確な攻撃意志があるかは分からない。もしかしたらラオシャンロンのようにただ歩いているだけなのかも知れない。

しかしこれを放っておいたら、人間界に甚大な被害が出てしまうだろう。

誰かが、あれを食い止めなければならない。それが今、人間に突きつけられた大きな課題だった。

 

「村のハンターさんのお家はどちらでしょうか」

 

「あぁ、あちらだが」

 

何かしら強いものが秘められたその語気にたじろぎながらも、彼は坂の上の一軒家を指差した。

若者はお礼を言うとそちらに歩き出そうとしたが、やはり少々辛そうである。彼は道案内も兼ねて若者に付き添うことにした。ウカムルバスやこの村のことなど、世間の話題を交えながら坂を登っているとき、若者がぽつりと尋ねた。

 

「そう言えば、ギルドの集会所の前にあったあれは何なのですか?」

 

「あぁ、あれか」

 

若者に付き添っている彼の銀の瞳が、穏やかに笑った。

 

この村のギルドの集会所の前には、立派な彫像が立っていた。

何の鉱石で作られたのだろうか、黒色の彫像だ。どうやらアイルー族を模しているらしかった。

他の村では見られない光景だ。元々この辺に住んでいたのはアイルー族ということを聞いたもあり、何か関係しているのだろうか。

 

「あれは、この村を護ってくれた英雄さ。死んじゃったんだけどね。それで、村長さんが加工屋さんに掛け合って作ってくれたんだ」

 

「そうだったんですか」

 

「とても強いオトモイアルー……いや、メラルーだったか。恵まれない半生を送っていたが、この村に来てからはしあわせだったと思うよ」

 

そんな話をしているうちに、二人はハンターの家の前に辿りついた。

若者をやや後ろに待機させ、今日彼女はいるだろうかと彼がノックをした瞬間、返事とばかりに急にその扉がバーンと勢いよく放たれた。勿論彼は吹っ飛ばされた。

そしてその彼に追い打ちをかけるかのように二人の男が彼に向って倒れこんでくる。

ぐえ、と喉の奥から変な声が出た。

一体何が起こったのかを把握する前に、その声は彼の耳に飛び込んできた。

 

「旦那さんを口説こうなんて、百万年早いニャ!!」

 

「そうニャ!!脱皮してから来やがれってんだこのヤロー!!」

 

その声を聞いて彼に倒れこんできた二人の男は情けない声を上げて逃げて行った。

彼が立ちあがろうとすると、奥から困惑したような女の人の声が聞こえてくる。

 

「ちょっと!! ラフィエル、セバスチャン、やりすぎでしょ!! アーノルド、ベルベット何で止めてくれなかったのよ!! しかも決め台詞意味不明だし!!」

 

戸口に現われた彼女はそう言って目の前にいるアイルー二匹を窘めた。

奥にいるのは先程呼ばれたアーノルドとベルベットか。両方とも意味ありげにニヤニヤと笑っている。

どうやら先程の男共をぶっ飛ばしたのはラフィエルとセバスチャンらしい。また無茶やりやがって。

彼らは一転して甘えるような声になって、

 

「だってだって旦那さんが~」

 

「ねぇ変なことされなかった?旦那さん大丈夫?」

 

と彼女に縋りついている。

彼が苦笑しながら立ちあがると、水色の羽織を着たアイルーが彼女の太股を煙管で叩いてから、それで彼の方を指した。

 

「お、おやっさん!?すみません、大丈夫ですか!?」

 

ハンターは急いでおやっさんの方に駆け寄る。

さっき鬼気迫る勢いで男共を吹っ飛ばしたラフィエルとセバスチャンも、甘えた様な声になって彼の方へ駆け寄ってくる。

 

「おやっさん巻きこんでごめんなのニャ」

 

「でもおやっさんは丈夫だから大丈夫なのニャ」

 

おやっさんは笑顔でアイルー達の頭を撫でてやると、例の若者をハンターに紹介した。どうやら彼は被害に巻き込まれなかったらしい。

 

「あぁ、上の村の!! 良かった、意識が回復したんですね」

 

「はじめまして、貴女方が採ってきてくれた雪山草のおかげでここまでになりました」

 

そう言って手を差し出してくる若者の手をハンターは握り返した。

女性であることは先程の村人から聞いていたが、彼女は若者の予想に反してハンターらしくなかった。

なるほど、確かに口説かれてもおかしくない様な容姿である。これが単身アカムトルムを屠ってきた人だとは信じがたいが、しかし彼の手を握る腕っ節は思ったよりも強く、その掌も只の女性のものではない。

 

「今日は痴漢にドロボーに、散々な日やな」

 

と、脇のアイルーが煙管をふかすと彼女は苦笑した。

 

「取りあえず、二人にお茶をお出しして」

 

と彼女が指示するとキッチンアイルー達も引っ込もうとした。しかし駆けだしハンターはそれを遮って、

 

「いいえ、あの……僕も同行させて頂けないでしょうか」

 

引っ込もうとしたアイルー達も興味深い顔をしている。

おやっさんの顔が急に険しくなった。

 

「同行ってクエスト、ですよね?」

 

「はい。僕の腕は、単身強大なモンスター達に立ち向かえる貴女程ではないかも知れませんが、一度仲間と共にウカムルバスに挑み、奴の動きを間近でこの眼で見ています。きっと、お役にたてることがあるかと思います。……お願いです、あいつらの仇を……俺らの村を、救ってください!!」

 

そこまで言って彼は唇を噛んで俯いた。無念さが表れているようだ。

流石にここまで言われると引けたもんじゃない。

彼女は少々戸惑ったが、彼をパーティに加えることにした。

おやっさんは回復してから日が浅いとのことで良い顔をしなかったが、彼女の判断を尊重することにした。

彼女はすぐにキッチンアイルー達に食事の準備をするように指示すると、若者を食卓に誘った。

遠慮する彼に、

 

「ハンターに必要なのはガッツよ。絶対に勝って、帰ってくると云うね」

 

と笑った。

 

 

村はずれの日当たりの良い高台に彼が辿り着くと、既に先客が何人かきていた。

いや、正確には何匹、か。

 

「あ、おやっさんなのニャ!」

 

「やっぱりおやっさんもきてくれたのニャ!!」

 

穏やかな日差しに寝っころがっていたアイルー達も、彼の姿を見るとわらわらと駆け寄ってきた。

メンツを見たところ彼女の家のアイルーがキッチン担当からオトモ担当まで、全匹揃っているようだ。

おやっさんがアイルーらの頭を撫でながら持ってきたものを供えると、その墓に寄りかかって煙管をふかしていたアイルーが、満足そうに言った。

 

「有り難うな、おやっさん。こいつも喜んでると思う」

 

「そうニャ、きっとそうニャ。なんたってこんな機会、滅多にないんだからニャ~」

 

「でもセナのお墓、マタタビに埋もれてしまうニャ」

 

村の救世主である彼の墓には一昨日ウカムルバスを討伐する為に旅立った、彼の主の無事と健闘を祈って大小さまざまなマタタビが供えられていた。

中には名前の書かれたものもある。彼女と供に旅立った3人のハンターのものもあった。

彼はふと顔を曇らせた。

 

彼女は、果たして無事だろうか。

 

やきもきしていても始まらないと知りつつ、彼は少しでも気休めになればと今日もここへ来たのだ。

何も出来ない、無力な自分をここまで呪ったのは初めてだった。

命を賭して人命を、村を救わねばならない彼女に対して、自分はただ信じて待つ他ない。それがこんなにももどかしいものだとは。

 

おやっさんはちょっと溜息をついてマタタビ酒の栓をポン、と抜いた。

途端に数匹のアイルーがゴロゴロと喉を鳴らし、彼に寄ってくる。

おやっさんはまずセナの墓にそれをかけてやると、残りをアイルー達に分け与えた。

 

「おやっさんのマタタビ酒は本当に美味しいのニャ~」

 

「流石自家製ニャ」

 

「ところでニャ」

 

酔いが回ってうるうると充血した眼がおやっさんに集中する。

うるうるどころかニヤニヤと笑みを浮かべているのもいる。

そのうちの一匹のアメショーが爆弾を投げかけた。

 

「おやっさんはいつ旦那さんの旦那さんになってくれるのニャ?」

 

「旦那さんはすぐ怒る人ニャから、おやっさんが丁度良いストッパーになってくれると思うのニャ~」

 

「美味しいマタタビ酒もご馳走になれるし、良いことづくめなのニャ!!」

 

しかしこいつら酔っている勢いだからか知らないが、彼女に聞かれたらグラットンスウィフトでバラバラにされるだろうことをさらりと言ってのける。思わず彼も苦笑した。

 

しかし、実は彼にとっても良い話であった。

何より自分は彼女に好感を寄せている。

しかし、それを思いとどめる気持ちも少なからずあった。

最初頼りない後輩ハンターとして見守ってきた彼女は、今や先輩である彼を越える英雄である。

それに反して自分は大した業績も残さずに負傷により引退してしまったハンターである。その負傷の重さ故に、当分はろくな仕事に就くことが出来ない。

まさにチョウチンアンコウの雌にひっつく雄の如く、ヒモの様な生活を送るのかと考えると、後ろめたさと同時に胸に重いものがのしかかった。

 

しかし、アーノルドのこの一言が彼の背中を後押ししたのだった。

 

「旦那さんも、まんざらじゃないと思う」

 

おやっさんは思わず目を見張ったが、次の瞬間視線を落とした。

 

「一家を引っ張っていけるかどうか分からない体の、この私で良いのかな……」

 

「大丈夫ニャ!きっと旦那さんはおやっさんのこと大好きなのニャ!!」

 

「そうニャそうニャ!!おやっさんは気にし過ぎなのニャ!旦那さんはおやっさんから声をかけてもらうのを待ってるのニャ!!」

 

全くこいつらの楽天さには恐れ入る。彼は再び苦笑した。

再びアーノルドが口を開いた。

 

「旦那さん自体はもう一生遊んで暮らせるような金を稼いだと思うし、おやっさんが無理して働く必要もない。後必要なんは、しがらみに縛られない勇気だけや。旦那さん、待ってると思う」

 

この一声に周りはまたやんややんやと騒ぎ始めた。

ある意味出陣の様な雰囲気になってしまい、彼は苦笑を通り越して軽く頭を抱えていた。

 

だが、彼らから勇気を貰えたのは間違いない。

先日もギルドの方から教官補佐になってみないかとの誘いがあった。ギルドの方でも、彼の体がそれくらい回復していると見なしてくれたのだろう。

教官補佐ならば直々にモンスターと相対する必要はないし、この体でも無理のない範囲で皆の役に立つことが出来るだろう。

転機が訪れたのだ。やるなら、今しかない。

 

後は、彼女が無事に帰ってきてくれればーーー。

 

夕刻の茜色の光の中、彼が決意を固めてセナの墓標を見つめたその時だった。

 

村の入り口で大きな歓声が上がった。

それを聞いておやっさんはすぐに立ち上がり、駆けだしていく。アーノルドがそれに続いた。

彼らに続いてマタタビに酔ったアイルー達もふらふらになりながら駆けだしていく。

彼らの後をまるで付いていくかのように数個のマタタビが転がっていった。それらは道端のふきのとうの芽に寄り添うように留まり、共に夕日を浴びてきらきらと光っている。

 

 

彼らを祝福するかのような暖かい日差しは、ポッケ村の長い冬の終わりを告げていた。

 

 

 

 

                                     ~Fin~

 

 

 

 
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