No.272411

おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS 第六話

さむさん

愛紗メイン恋姫SSの六話目をお送りします。残り3~4話(一応、現時点で八話まで書けてます)ですが、最後までお付き合いくださいませ。

~前回までのあらすじ~
見つからない一刀への不安から猜疑心の塊になってしまった愛紗。見かねた桃香が手を差し伸べるも彼女はその手を払ってしまう。助けを拒絶した愛紗の真意とは?

2011-08-13 21:00:28 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2516   閲覧ユーザー数:2365

おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS

 

第六話

 

 

 

 桃香の厚意を無碍にすることに胸を痛めつつも愛紗は自らの手に重ねられたそれを丁寧に外していく。

 よもや拒絶されるなどとは思いもしなかった桃香が呆然としているうち望ましからぬ作業は終わり、愛紗はそこから一歩距離を取った。

 

「桃香様のお申し出、かたじけなく思っております。ですが、たかだか報告をするだけのことですし、わざわざ桃香様のお手を煩わせるほどのことではありません」

「……は、あはははっ……そうだよねー。ごめんね、おかしなこと言って」

 

 支えを失い精神的衝撃を受けてふらふらとする桃香は怪我をした小鳥のようで、見ているだけで憐憫や同情の念が湧いてくる。

 まして自らの意思でそうしたとあっては愛紗の受ける罪悪感は膨れ上がるばかりだった。

 かと言って今さら無かったことにするわけにもいかない。それではいたずらに桃香を傷つけただけで終わってしまう。

 

「違うのです。桃香様のお心遣いは本当に嬉しいのですよ。ですが、私の方にその資格がないと言いますか……甘んじて助けていただくわけにはいかないと言いますか……桃香様のお申し出が嫌だったとかそういうことではなくて……いや、でも助けて欲しいわけでもなくて…………ああ、もう、私はいったい何を言っているのだ」

 

 ならばせめて何故そう振舞ったのか説明するのが筋だと思うのだが、彼女自身にも整理しきれていない心の奥底を説明しきれるほど愛紗の口は達者ではない。

 それでもどうにかして説明しようと口を動かせば動かすほどにもどかしさが舌と心の上に降り積もっていった。

 挙句の果てには

 

「あ、愛紗ちゃん落ち着いて。ご主人様がこういう時は深呼吸するといいって言ってたよ」

 

 などと桃香に気遣われる始末だ。

 

「と、とにかくっ!」

 

 このまま話し続けても無益どころか逆効果になりかねないと判断した愛紗は話を切り上げるべく一際大きく声を励ました。

 

「これは私の勝手なわがままで桃香様には何の落ち度もないのです。ですから……私のことはどうかお捨て置きください」

「あ、愛紗ちゃん!」

 

 そう言い放つと別れの挨拶もそこそこにその場を駆け去ろうとした。

 桃香は咄嗟に手を伸ばすが相手が身を翻す方が一瞬早く、その手は空を切る。

 伸ばされた手が収まる場所を探して宙を泳いでいるうちに愛紗の後ろ姿は視界から消えてしまった。

 

 

 桃香の元を去った愛紗は一刀の部屋に向かっていた。

 その足取りは軽やか――――とまではいかないものの、しっかりとしている。

 そして何よりも違っているのは彼女の目だ。張りつめた危うげな光は消え、かわりに明確な決意が宿っていた。

 あるいは単に開き直っただけとも言えるが、桃香との会話はがんじがらめにされていた愛紗の心を解き放ち、一歩前へと進む助けになったのは疑いなかった。

 部屋に着いた彼女は昼に訪れたときと同じように軽く身だしなみを整えると扉を叩く――――寸前で手を止めた。先ほどまで感じていた不安や恐れがぶり返してきたのだ。

 だが、それはかつてのすべてを覆い隠す深い霧ではなく曙光の一薙ぎで消え去る朝靄にすぎなかった。

 ひとつ深呼吸して恐怖の残滓を追い払うと愛紗は改めて扉を叩いた。

 中から返事が聞こえてくるまでの待ち遠しく、それでいて少し怖いような数瞬――――だが、いくら待っても入室の許可どころか何の反応もなかった。

 意識を集中して探ってみるものの人の気配も感じられない。

 主の不在に愛紗が肩を落としたとき、足下がほんのり明るいことに気がついた。

 よく見れば扉の隙間から微かに灯りが漏れている。

 

(まったく灯りを消し忘れるなんて見回りの者は何をしているのか。火事になったらどうするつもりだ)

 

 そうやってあえて怒りを装うことで期待が外れたときに落胆しないよう予防線を張っているのだ――――裏を返せばそれだけ期待が大きいということでもある。

 同時にそれは

 

(火事になったら大変だからな。火を消すだけ……火を消すだけだ)

 

 という、さらに一歩踏み出すための理由づけにもなった。

 大義名分を得た彼女はそれでも音を立てぬようそろそろと扉を開く。

 

「……し、失礼します」

 

 そう告げる声もやはり小さい。

 それは中に居る者を気遣ってか、それとも後ろめたさの故か、彼女自身にも判然としなかった。

 蝋燭が照らす部屋の中はか細い灯りのせいでかえって陰が濃くなっていた。吹き込む風が炎を揺らすたび沢山の影もまた動く。

 沢山の影――――机に床に山と積まれた書類だった。

 

「ご主人様……」

 

 愛紗は山と山の間にできた小さな谷間に埋もれるようにして眠っている一刀を見つけた。

 顔色が悪く、憔悴したように見えるのは灯りのせいばかりではないだろう。これだけの量をこなしたとあれば相当の無理をしたはずだ。

 

(顔を見ればいろいろ伝えたいことがあると思っていた……文句のひとつも言ってやろうと決めていた。しかし……)

 

 一刀は昼間、愛紗と会うのを避けたのかもしれない。だが、もしそうだとしても、こんな姿を見せられて何かを言えるほど愛紗は薄情ではないつもりだ。

 

「ずるいですよ、あなたは……」

 

 眠っている一刀に苦笑すると、彼女は寝台から掛け布を取って肩に掛けてやった。

そして少し眠りにくそうにしている一刀の頭をなんとなく撫でてみた。

起こさないように優しくゆっくり触れていると、何かの拍子に一刀が声を漏らしたり身動きをしたりする。

 その度に愛紗はぎくりとさせられ、身体を固くして相手の様子を伺うのだった。

 手の動きどころか呼吸まで止めて待っているとやがて寝息が聞こえてきて――――愛紗はそこでようやく安堵する。

 そんなことを何度も繰り返しているうちにやっと一刀の様子も落ち着いてきた。

 頭を撫でたことが果たしてどれだけ効果があったかはわからないが、安らかに眠る主を見て愛紗はささやかな達成感を得る。

 本来この部屋には一刀の真意を質しに来たはずだったが、その肝心の相手を自分で寝かしつけていれば世話はない。

 だが、愛紗はそれでも構わないと思っていた。

 想い人の顔をずっと眺めているうちに他のもの全部が取るに足らないことのように見えてきたのだ。

 

(これが話に聞く、惚れた弱み……ということだろうか……)

 

 自分はこんなにも目の前の人物を愛している。

 その事実を改めてつきつけられ、愛紗は自分のことが滑稽でならなかった。

 

(さっきまで難しかった信じるということが今はこんなにも簡単だ……結局、一周してまた元の位置に戻ってきただけではないか。あれこれ悩んでいたのが馬鹿みたいだな……)

 

 子供のように無防備な一刀を見守る愛紗の顔には微苦笑が浮かぶのだった。

 何もない、けれど満ち足りた時間が過ぎていく。

 彼女はこのままずっと彼の側についていたかった――――だが、身体の方はそうもいかない。

 

「ふぁ……あ、ふぅ」

 

 緊張の緩んだ愛紗は小さくあくびを漏らした。

 遠征から帰った直後に一刀を探して走り回らされた身体はもう限界まで疲れきっていた。

 このままここで寝てしまおうか、とも思うが明日の朝、だらしなく沈没した姿を見られるのは嫌だった。

 考えてもみて欲しい。長い間留守にしていた乙女が恋人に久々に見せる姿がそれ、というのはどうだろう。

美形ぞろいの面々の中で自分が綺麗だなどとはとても言えないが、だからといってあえてみっともないところを見せるつもりもない。

 愛紗は無理矢理手足を動かすと出口に向かう――――その途中で部屋に入った理由を思い出し、燭台の灯りを吹き消した。

 油断すると落ちかかる瞼を苦労して支え、ふわふわとした足取りでなんとか自室へと帰り着く。

 着替えるのすら億劫だった愛紗はそのまま寝台に倒れこんだ。

 

(……ご主人様の寝姿は、存外可愛らしいものなのだな……)

 

 ようやく休むことを許され、微睡みに落ちていく意識の中でも思い出すのは一刀のことだった――――そういえば同じような台詞をいつか桃香が言っていたような気もする。

 

『寝ているご主人様にいろいろいたずらしちゃったんだ~。すっごく喜んでくれたみたい』

 

 ついでに嬉しそうに話す桃香の様子まで思い出してしまい、彼女は

 

(……どうせならもっと大胆なことをすれば良かったな……桃香様に出来たことなら、きっと私にだって……)

 

 そんな後悔をする。

 その時、愛紗は桃香と話していて感じた違和感の正体がようやくわかったような気がした。

 

(そうか……私は桃香様に負けたくなかったんだ……)

 

 それを最後に、愛紗は意識を手放したのだった。

 


 
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