No.268327

ルミとシャボン玉の魔法使いたち Season1-6(Final)

輝鳴さん

遂に訪れるは3月、「2020 Japan Magicians Festa Sapporo」。
結局本番までにS.F能力を開眼できなかったあとりは不安を残したまま、あきと一緒に会場へと向かった。
本番前の自由時間の時に出会ったのは、ルミナスタッフのデザインを作ったと聞いていた胡桃という女性。
あとりが会うべくして会った、ルミ・結奈・紅葉・ミレーニアに続く第五の師匠。
彼女とはどんな話をするのだろうか。

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2011-08-10 13:48:06 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:846   閲覧ユーザー数:844

 

 5年後の私は、多分立派に”シャボン玉の魔法使い”をやっていると思う。

 そんな気がするだけだけど、未来の自分はそれだけの夢を感じられるようになった。

 これは今までの想像力を鍛える訓練の成果なんだろうか。

 じゃあ10年後は・・・え、あれ?

 何で自分の姿が”視える”んだろう。

 どうして10年後の私は何も変わっていないように見えるの?

 この鮮明な記憶は・・・何?

 

 ―2021年 とある超人化の兆候を見せつつある高校生の少女の成長記

 

 

 

 

 

   ルミとシャボン玉の魔法使いたち Season1

   Chapter6「Amazing Mages of Bubble」

 

 

 

 

 

「「凄っ!!」」

 

 私とあきは異口同音で驚愕の声を上げる。会場内のブースの数、来乗客、参加者の珍妙不可思議なパフォーマンス。まだ入口に立っただけなのに私達は圧倒されていた。

 

「さ、札幌でこんなのやってたんだ……」

 

 あきが先に口を開いた。

 

「そ、そうみたいだね」

「ほぉぉ……。テレビとかで出てる人とかいるんかね。ちょっとパンフとか無いだろうか」

 

 私は予め留美ちゃんから貰っているリーフレットを、あきに渡す。

 

「お、サンキュー。どれどれ……2020ジャパンマジシャンズフェスタ…」

 

 

 

 3月に入り、私と留美ちゃんがイベントパフォーマンスに参加する、東区栄町のスポーツ交流施設にて日本中の曲芸人達が集まるイベント、『2020 Japan Magicians Festa Sapporo』が開催されている。色々な曲芸師が集まり、それぞれの持ち技を披露する、界隈人の力の見せ場でもあるらしい。

 私は2月の中頃に、あきに自分が今やっていることを打ち明かして、イベントの話をした際、かなり興味を持ってしまったもので「一緒に行く」と目を輝かせて私に頼み込んできた。何やら、あきはイリュージョンやマジック等のショーが好きらしく、一度生で見てみたかったのだという。

 そんなわけで、私のやろうとしているパフォーマンスも楽しみにしているようで、夏場から見せているただのシャボン玉好きから、一気にアーティストへ成長したように見えるらしく「強くなったのぉ…!」と私を褒めちぎる始末。喜んで良いのかどうか、微妙な気分だ。

 

「そんなにマジックとか好きなんだ」

 

 私は改めてあきに聞く。

 

「あとりがシャボン玉好きなのと同じさ」

 

 そう返された時、「なるほど」と私は何も考えず納得した。

 

「で、その留美って子はどこへいるんかね」

「えーっと、どこだったっけ…?」

 

 私は辺りを見回す。予想以上の人混みで、会場がどんな風になっているのかも把握し難い。よーく見てみると、丁度会場の真ん中辺りで遠くから手を振る人が見えた。あれは……結奈さんだ!

 

「あき、こっちこっち!」

「へっ?」

 

 あきの手を掴み、結奈さんのいるほうへと向かう。人が多いものだから、はぐれると色々面倒だ。

 

「おはようございますっ」

 

 私はやっとの思いで到着し、挨拶を交わそうとしたが。

 

「もうルミちゃんの演技が始まってますよ。さあ、こっちへ」

「えっ!」

 

 とりあえず必死になって、私達は結奈さんに付いていく。会場に入ってからはとにかく慌ただしい。

 

 

 

 結奈さんが止まって指をさした先には、丁度専用の衣装を身に纏う留美ちゃんが個人ブースのステージ上でパフォーマンスを行っているところだった。

 個人ブースの大きさは思った以上に広く、大きなアクションにも対応できる程度で大体横幅10メートルほどじゃないだろうか。両サイドに設置されたスピーカーからは洒落たジャズミュージックが流され、自分から見てステージ右奥で紅葉さんがノートパソコンと音響機器を並べ、それをコントロールしている。もちろんシャボン液が付着するのを防ぐためにアクリル板で仕切りを立てているため、演技の支障にはならないみたいだ。

 実は留美ちゃんのパフォーマンスを実際に見たのは、これが初めてだ。練習は何度か見ていたけど、公の場で演技しているのは、恐らく藤野公園で初めて会った時以来じゃないだろうか。

 

「お、あれが楢崎留美とな…!」

 

 あきは興味津々に留美ちゃんの演技を眺める。

 

「そ、私の師匠みたいな子だよ」

 

 師匠という言葉を適用するなら、留美ちゃんだけじゃない。紅葉さんもそうだし、結奈さんやミレーニアさんもまた同じだ。この半年で出会った人達全てが、私の訓練のために付き合ってくれたと言っても過言ではない。

 

 その演技は簡単に言えば、BGMの調子に合わせて(ジャンルがジャンルなので、リズムではないようだ)丁度良い道具を使ってシャボン玉を創りだしては、意のままに造形していく。

 例えば一つのリングを手に持ち、それを液に浸して膜を張らせる。テーブルの上に付いてあるファンのほうへ持って行くと、その吹く風の方向へ向けてリングを立てシャボン玉を作り上げていくが、そのまま切らずに上下に細かく揺らしていくと、長く伸びるシャボン玉はまるで蛇のように形をくねらせ、その長さは3メートルにも及んだ。最先端部からようやく玉が生み出されていくのは、その液の特殊性がよく顕われている気がする。

 他にも、両手に液を馴染ませて自らの両手で輪を作り、シャボン玉を生みだす。確か濡れた手で触ってもシャボン玉は割れないと、留美ちゃん本人から教えてもらったことがある。これはそれを正に証明する演技で、大きなシャボン玉が留美ちゃんの手の上で踊るように動き回る。

 テクニックはまだまだ止まらない。煙の入ったシャボン玉が付いた小さなリングにストローを挿し、内部で渦を巻かせてからリングの部分の膜だけを割る。すると、シャボン玉はみるみる内に小さくなって行くのだが、中の煙は竜巻のように外へ出ていくのだ。その勢いはシャボン玉が小さくなるにつれて大きくなっていく。

 

「おお、すっげー!」

 

 こういうシャボン玉のショーを見るのは初めてなのか、あきは大袈裟じゃないかと思うぐらい感銘を受けている。私はそれ以上に凄いシャボン玉を、ほぼ毎日のように目の当たりにしているので、どちらかというと割れやすく扱いの難しい”普通の”シャボン玉ですら意のままに操れる留美ちゃん自身に驚いていた。

 

「あの液は何で出来てるんかな。どう見ても普通のじゃないみたいだし」

 

 あきの問いに私は答える。

 

「あの液は中性洗剤を基礎にして…って、あっ!」

 

 留美ちゃんの演技しているブースの壁の一部がひっくり返ってフリップが現れた。そこには、今現在留美ちゃんが演技に用いているシャボン液の材料が見事に書き出されていたのである。

 

「中性洗剤、グリセリン、蜂蜜、ヒアルロン酸などなど…ほほー、超手間掛けて作ってんだ」

 

 な、何と言うか、こういう所は斜め上を行く用意周到さというか。

 そう思っていると、次の演目に移ったようだ。留美ちゃんは二本の棒の先にロープを縛り、輪を作っている道具を手に取る。ロープを液に浸し、ゆっくりかつ大胆に身体を使って引くように動かすと、今までとは大違いの巨大なシャボン玉が生み出された。

 

「おっ、でかい!」

 

 周りが感嘆の声を上げる。その中で、私は留美ちゃんの次の動きに注目していた。そう、素早く道具を降ろして、次に手に取ったのは、専用のスタンドに立てかけてあった一本の”杖”。

 ルミナスタッフだ。

 

「…きた」

「ん?」

 

 私はそう呟くと同時に、留美ちゃんは私のほうを見てウインクする。間違い無い、ここからは大多数の人からすれば未知の領域だ。

 巨大なシャボン玉が出来たのは良いが、このままだと重みで床に触れて割れてしまう。留美ちゃんはそこでルミナスタッフの先端をゆっくりと、巨大なシャボン玉の中へ突き刺した。乾いているはずの杖を入れてもシャボン玉は割れない。それどころか、重力に従っていたシャボン玉が、突然落下を止め、その場で静止した。膜がふよふよと揺らめくのみで、一向に落ちる気配は無い。

 

 私はこの時、その巨大なシャボン玉が、一瞬にして普通のものから”シャボン玉の魔法”によって生み出したものへ変化したことに気付いていた。それだけではない。その瞬間が”視えていた”のだ。ルミナスタッフが”普通の”シャボン玉に触れた瞬間、その部分から虹色の”もやのようなもの”が膜伝いに一瞬だけ拡散していくのが視えた。これは多分他の人は気付いていないと思う。

 シャボン膜から”もやのようなもの”の拡散が終わったと同時に、それは留美ちゃんが自在に操る”シャボン玉の魔法”へと置き換わっていた。ものすごい瞬間芸…いや、瞬間S.Fと言うのだろうか?

 

「ん…なんだなんだ?」

「あき、見てなよ。すごいのが来るから」

 

 留美ちゃんは予め手に付いた液を真水で洗い、タオルで拭き取っている。そのため、普通のシャボン玉なら触れるだけですぐに割れてしまうだろう。しかし、”シャボン玉の魔法”で生み出したシャボン玉にそんな法則は関係無い。留美ちゃんの手をそのシャボン玉は軽く跳ね返す。

 その直後、奥壁のフリップが再び回転し、そこに「ドヤァ…」と大きく表示されたのだが、確かこれは9年は前のネットスラングだったような気がする。

 

「なんじゃこりゃ!?」

「凄いでしょ。あれが”シャボン玉の魔法”ってやつだよ」

 

 無論、あきだけでなく周りのギャラリーも驚きのリアクションだ。

 これだけで終わらせる留美ちゃんではない。思いっきりジャンプし、すぐさま真下に踏み台用の”割れない”シャボン玉を生み出す。それを思いっきり踏み、トランポリンのように飛び上がる。ブース上部の照明近くまで跳ね上がった後、巨大なシャボン玉の上にそのまま仰向けにダイブした。跳躍に使ったものとは違い、留美ちゃんの身体を優しく受け止めた。

 ギャラリーの歓声に応えるようにアピールをしようとしたら、突如留美ちゃんがシャボン玉の上から落ちた。同時にBGMが丁度終了し、無音になる。

 落ちた?いや、違う。

 

「中に入ったんだ」

「えっ!?」

 

 そう、留美ちゃんの身体は、膜を通り抜けてシャボン玉の中に入ったんだ。巨大シャボン玉が割れないものに変化した時点で内側のルール設定を済ませていたのだろうか、既に中の重力は無く、留美ちゃんはシャボン玉の中でふわふわ浮かんでいた。

 あきも含めて、ギャラリーは留美ちゃんが中で無重力遊泳しているシャボン玉を呆然と眺めている。まるで心が一緒にそのシャボン玉の中に取り込まれたかのようにも見えた。

 …いや、その通りだ。私にはギャラリー全員から、先程のような”もやのようなもの”が糸状になって出現し、シャボン玉と繋がっている像が”視えた”。

 

「これが……まるで夢みたい」

「そんな夢みたいな能力なんだよ、留美ちゃんの使う”魔法”は」

 

 一種の恍惚感に包まれているあきに、私は自信ありげに言った。

 

 

 

 ギャラリーが解散し、あきとブースの整備を手伝っている最中、留美ちゃんとあきは話のウマが合ったようでものすごく盛り上がっている。

 

「スピリチュアルファクター…ああっ、聞いたことがある!」

「えっ!?」

 

 私はあきのその一言に驚いた。何故知っているっ!

 

「えーっと、確かアレでしょ。如月技研の博士が研究してる超能力っぽいやつ」

「おー、その通りですっ!」

 

 留美ちゃんが笑顔で答えた。

 

「そうそう、確かネットのニュースで書いてあったんだ。人間の究極の想像力やら何とかって。まあ記事自体は忘れたけど、実物は初めて見たなぁ」

「私のシャボン玉だけでなく、何でもできるんですよ。例えばアニメみたいな演出っぽいやつもできますし」

「へぇ!…でもまあ使うのは難しそうだな」

「うん。軽く5年は見積もったほうが良いって言われたよ」

 

 私はそう答えた後、少し不安になった。

 思い出してしまったのだ。私と留美ちゃんのペアパフォーマンスの本番が迫っているというのに、結局私はS.F能力を開眼できていない。”シャボン玉の魔法”を扱えるレベルには至っていないのだ。

 

「ま、まあ確かにそうだよなぁ。そう簡単にできたら、あたしだって使ってみたいし」

「でも訓練すれば誰でも扱えるんですよ。人によって時間はバラバラですが」

 

 そう留美ちゃんが言った後、私に向けて耳打ちしてきた。

 

「…緊張してませんか?」

「ま、まあ……」

 

 同じく私も小声で返す。

 

「とりあえず、失敗したとしてもフォローはするので、気張らずにいきましょう」

「うん…わかった」

 

 私達はブースの整理を終え、私も出演するメインステージの道具の準備を進めていく。

 

「あ、あとりさんとあきさん」

「ん?」

「ほい?」

 

 私とあきは同時に留美ちゃんのほうを向く。

 

「準備は私達で済ませておくので、お二人はその間に他の方のブースでも覗いてきて良いですよ。あとりさんは本番30分前ぐらいにはメインステージへ来てくださいね」

「お、それじゃ見回ってくるわ」

「えっ」

「あとり、頑張りなよっ」

 

 そう言って、あきは颯爽と人混みの中へとまぎれて行った。

 

「…早っ!」

「あとりさんも自由行動で良いですよ?」

「え、あ、分かった。ちょっと見てくるね」

 

 私は御言葉に甘えて、他の参加者のブースを見学しに行くことにした。

 

 

 

 色々な人のブースを見て回っているが、このイベントは超人的な能力者の集まるものでも何でもなく、本当にパフォーマーと呼ばれる人達が芸を披露する場所なんだということが改めて理解できた。

 ある人は自分の身体を大いに使ったパントマイム、ある人は古典マジックと呼ばれるもの、ある人は3つのバトンを使ってパフォーマンスなどなど。S.F能力を駆使したパフォーマンスをしている人は、流石にいないみたいだ。途中でこれは!と思うパフォーマーもいたけど、少し見ただけで分かった。これはS.F能力ではない。何故か直感みたいなものでそれが判ってしまうのだ。

 

 あらかたブースを見終えたと思ったら、最後の一つだけ残っていた。

 そこそこの人集りはできているが、派手なBGMや装飾は無いシンプルなブース。そこには、ウェーブロングの黒髪の女性がテーブルを挟んでギャラリーと対話するようにパフォーマンスをこなしている。私はそれを覗きに行ってみることにした。

 

「心理学で夢の象徴といえばシャボン玉ですが、これをご覧下さい。こちらにあるのは、先程個人演技を行っていた楢崎留美のシャボン液を借りてきたものですが」

 

 留美ちゃんのシャボン液!

 

「こうやって軽くリングを引いて、シャボン玉を作ります。見ての通り浮かび上がるのですが、これをそのまま触れば簡単に割れてしまいます」

 

 その人はシャボン玉を直接触って割ってしまう。

 

「これは夢と現の境界のようなもので、辛うじて現実に現れた夢を私達”現”の者が触れることは難しいものです。何故なら、追いかければ追いかけるほど夢は離れて行くもので、実現には程遠いものです」

 

 ギャラリーの人達は一斉に頭にハテナマークを上げているようにも見える。かくいう私も、小声で「なるほど、わからん」と呟く程だ。

 

「では、どうすれば夢に触れることができるのでしょう。そうですね、方法は幾つも在りますが、殆どが”自ら夢を生み出す”ことでしょう。これなら、触れる以前に”そこに存在している”」

 

 そう言った後、女の人はテーブルに左掌を広げて、力を入れずにゆっくりと手を持ち上げて行く。すると、テーブルの中から引っ張られるように出てくるのは…シャボン玉!

 シャボン玉の全貌が明らかになったところで、それは女の人の手から離れ、ぽよん、と空中に浮かび上がった。

 私はその時、先程のように虹色の”もやのようなもの”が、テーブルとシャボン玉の継ぎ目から放射するように湧き出ているのを”視て”しまった。

 やっぱり、あれはS.F能力だ。留美ちゃんと同じ、”シャボン玉の魔法”。

 

「これはSpiritual Factorという最先端技術を用いた技能の一つで、このシャボン玉は何をしても割れません。まるで限りなく重量の無いゴム風船のようなものとも言えます。ほら、触ってみてください」

 

 そう言って、目の前の女の子に向けてシャボン玉を触らせる。私が初めて触れたときと全く同じ動作をしている。

 

 まずは人差し指でつん、と突っつく。シャボン玉は形を変え、女の子の指を軽く押し戻そうとする弾力を伝える。

 続いて両手で押さえ、ぽよぽよと挟み込んでみる。軽やかな弾力で、まるで薄ゴムの膜で張ったボールのように、私がかける圧力を押し返そうとする。

 最後に、そのシャボン玉をぎゅうっと抱きしめてみる。まるでスライムを抱きしめているように、密着するシャボン玉は女の子にぴったりフィットするように形を変える。

 

 ―そう、これは私が初めて留美ちゃんと出会った時に、初めて”シャボン玉の魔法”に触れた時と全く同じ触り方だった。

 女の子はその感触が気持ち良いのか、とても嬉しそうだった。なるほど、結構シャボン玉って潜在的に好きな人って多いのかもしれない。

 

「夢…すなわち自分の生き方や未来というのは、外部から与えられるものではありません。全てにおいて、自分自身が管理し、作り上げる必要があるものです。……まあそれはさておき、この割れないシャボン玉のパフォーマンスをもっと観てみたいという方は、この後13時メインステージにて開催される、『楢崎留美のルミナスアーツ・オフライン』へ是非お越し下さい。それでは今回はここまで、ありがとうございました」

 

 ギャラリーから拍手が上げられ、彼女は「シャボン玉はあげるわ。良い夢を」と、割れないシャボン玉を抱きしめたままの女の子に言う。その子の表情は実に幸せそうなのがよく分かる。

 ブースから人が離れて行き、私だけが残された。もちろん、私はこの人に聞いてみたいことがあったからだ。

 

「あ、あの」

 

 この人も私が何かに気付いていることを察していたのか、そのまま私を見つめていた。

 

「ふふ、あなたが牧あとりね。ルミから話は聞いているわ」

「え?」

「まだ本番までに時間あるでしょ?ちょっと付き合ってくれないかしら」

 

 そう言ってテーブルをブースの隅に片付けると、私に向かって「こっちよ」と誘う。

 

「あ、あの…もしかしてあなたが」

 

 女の人は私のほうを振り返り、いよいよ名を名乗った。

 

「そう、私が”胡桃”。本名じゃないけどそう呼んで」

 

 

 

 

 胡桃さんに付いてきた場所は、どうやら参加者専用の休憩所らしい。サーバー型の自販機も置かれていて、演目を終えて休憩中のパフォーマー達が雑談を交わしたりと、盛んな交流が行われているようだ。私はその自販機の前のラウンドテーブル席に座る。

 

「同じので良い?」

「え、は、はい、ありがとうございます」

 

 そう言うと、胡桃さんは自販機にお金を入れ、コーヒー…ではなくコーラのボタンを押す。結構コーヒーが似合いそうな綺麗な女性って感じがするけど、今日はそんな気分なのかな。

 

「コーヒーが似合うって思ったでしょ」

「うっ」

 

 読まれてた!

 

「炭酸モノが好きなのよ。よく言われるわ」

 

 紙コップに注がれたコーラを受け取り、お互いが対面するように座る。

 そして胡桃さんはしばらくの間、私の眼を見続ける。

 

「ど、どうしました…?」

「いや、ルミの言った通りだなって。良い眼をしてるわ」

「眼…とは」

「シャボン玉を観る”眼”よ」

 

 そう言われて、留美ちゃんとの初対面の時を思い出した。全く同じことを言われたんだった。

 

「多分ルミも同じことを言っていたはずよ。普通の人間とは違う見方をしているはずだと」

「そんな事言ってたかなぁ…?」

「言葉として明確にはしていないだろうけど、そのメッセージをどこかで発しているのよ。あの子も”大神の”ハイアーセルフだから」

「ハイアーセルフって…ミレーニアさんと同じってことですか?」

 

 そういえば、ハイアーセルフって何ぞやと聞いてなかった。今度聞いてみよう。

 

「大神本人の更に上を行く神の高次自己とされるもの。あんな子が、まさか人間換算で宇宙誕生以上の時を過ごしているなんて思いもしないわよね」

「宇宙…誕生…?」

「ええ、ざっと170億以上」

 

 私は17歳、留美ちゃんは17,000,000,000歳以上。

 ……さすがに嘘でしょう!?

 

「まあ人間の年齢に換算すること自体ナンセンスだから気にしなくて良いわ。そんな事言ったら、私だって億単位の年齢になるし」

「ってことは、胡桃さんも神様の類いなんですか?」

「まあ八百万の神ってやつよ。この国の神はあらゆるモノに神が宿るとされるから、神の数は計り知れないわ」

 

 でも、普通神様って姿が見えないものなんじゃ?

 

「こうやって姿形があるのはどうしてなんですか?」

「紅葉達、輝鳴大神らが2008年にこの地球に来た際、人世で活動するための身体が必要だったのよ。その時に自分に合う肉体を作ってそこに魂を宿した。まあつまり私達の身体はアバターって事よ」

「アバター…確かミレーニアさんも同じような事を言ってました」

「そうそう。紅葉達がアバターを使って人間と一緒に生活し始めたものだから、他の神々も揃って真似し始めてね。私もそれに倣ったってわけ」

「…ところで、胡桃さんは何の神様なんですか?」

「あら、見て分からない?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる胡桃さん。まるで「もう分かっているだろう」とでも言うような感じだ。

 

「…ああ、なるほど!」

「見ての通り、”シャボン玉を司る神様”ってやつよ」

「えっ」

 

 そっちかい!人の夢を守る神様だと思ったじゃないか!

 

「でも言い方を変えれば”夢を司る”神でもあるわ。さっきのショーで言った通り、シャボン玉は夢の象徴ってやつ」

「なるほど」

 

 胡桃さんは説明しながら左手をすっと軽く上げ、その掌から私の頭ぐらいはあるシャボン玉を一瞬で生み出した。

 

「この通力…まあS.Fの事ね。この表現自体はルミのやり方、S.Fのプロファイル名は”シャボン玉の魔法”ってやつを採用しているわ。その場で瞬時に空間を切り取って自分の領域…言い方を変えれば夢の一部にすることができるのは、それこそあの子の特技みたいなものよね」

 

 まあ多分、留美ちゃんも好きだからそれをやってるんだろうけど。

 

「夢っていうのは、現実のモノが触れようとすればすぐ逃げてしまうわ。相反するものだから、お互いが反発し合うのよ。でもそれは必然であり、定めなければならない境界線。夢と現の境目が曖昧になった時、この世の理は皆融け崩れ、原初の混沌へと舞い戻ることになる」

 

 ぶっちゃけ、この言葉も全く意味が分からない。ただ、夢と現実の境目は必要ってことだけは分かるけど。

 

「つまり、夢をそのまま現実へ移すことはできないわ。夢っていうものは自分の願いを映すディスプレイ。未来の指標ということね。それをそっくりそのまま実現させるもさせないも、全て自分の行動次第」

「うーん……」

「今は全部分からなくても良いわ。”シャボン玉の魔法”というジャンルに触れる時、自分から生み出すシャボン玉は”自分の一部”であることを意識してみて。このシャボン玉の内側は、現実から離れた”自分だけの世界”ということ。このS.Fは、切り取った空間の中を、自分の好きなルールに仕立て上げるものなのよ。それはまさに、自分の思い描いたルールの通りになるわ。まるで夢のように」

 

 なるほど、ということは夢と現を分ける境界は何でも良いわけだ。シャボン玉が好きというわけで、境界がそんな風になっているだけか。

 

「ただ、他人がその人の夢の中へ入ることは適わない。夢と現の境界がそれを拒むからよ。入るためには、その人が相応の許可をする必要があるわ。こうやって」

 

 胡桃さんが左手の上で浮かぶシャボン玉に右手を軽く乗せると、私に向かって「手を入れてみなさい」と言った。私は言われるままに右手をシャボン玉へ軽く触れてみる。するとシャボン玉から私の手に吸い付くように張りつき、私の手を引っ張るように取り込んでしまった。

 

「ひゃっ!?」

 

 軽く驚きの声を上げてしまう。

 

「これであなたの右手は私の夢の中。私の意のままに操られる側になっているのよ。こんな風にね」

 

 そう胡桃さんが言った途端。私の指先…いや掌…?あらゆる場所がむずむずとしてくる。な、何これ?

 

「いっ…?」

 

 そのむず痒い箇所を押さえようとしても、左手はシャボン玉の膜に押し返され触れることが叶わない。

 

「左手はその中に入る事を許可していないわ。そのままじっくりと眺めてみなさい」

 

 右手のむず痒さは治まらず、今度は右手全体がぽこぽこと膨らむような感覚に襲われる。まるでお湯が沸騰するかのような感じで、水泡が出て行く感じがするけど痛みは全く無い。その触感だけが伝わり、体験した事の無く表現し難いものだ。

 私はその右手を見ているが…これは、本当に私の手の中で瘤のような膨らみが出ている!何コレ!?

 その瘤は次々と手の甲に集まり一つになっていく。瘤がすべて一つになって、私の手甲は風船のように丸く膨らんでいた。それだけでは終わらず、もっと大きく膨らんでいき、終いには。

 

「あ、あぁっ!?」

 

 ものすごい開放感にも似た快感が走った。右手の膨らみが突然弾け、手の形が元に戻る。こぽっという音と共に私の手から噴き出したのはなんとシャボン玉だった。

 

「ふー…ふぅ…これって一体…」

 

 私は自分の身に起きた状況を整理しながら、胡桃さんに聞いてみた。

 

「私はルミとはまた違う能力として、ありとあらゆるものをシャボン玉にする能力を持っているわ。”現のものを夢へと連れ去る”通力ってやつ。これは物質はもちろん、非物質的なものも然り」

「じゃあ私の身体の一部がシャボン玉になった?」

「正確にはあなたの心の一部よ。出てきたシャボン玉は、あなたの不安の一つ」

 

 不安要素の一つ?

 

「まだS.F能力の開眼はできていないんでしょ?」

「は、はい」

「それが足を引っ張って、本番前に緊張を残しているように見えたから、それを引き剥がしてあげたわ。少し楽になったと思うけど」

 

 確かにそう言われれば、そんな気がする?私は頭をひねった。

 

「まあすぐ分かるようなものじゃないから、おまじない程度に思えばいいわ。それに、そう慌てずとも”全て上手くいく”」

「それって、私が本番でいきなり使えるようになってるって事ですか?」

「さあ、どうでしょうね」

 

 胡桃さんは、紙コップに残っていたコーラを飲み干した。

 

「そうね。”シャボン玉の魔法”を扱えるようになったら、私の家にでも遊びに来なさい。歓迎するわ」

「本当ですか!じゃあ私のアドレスを」

 

 私は携帯を取り出そうとするが、胡桃さんはそこで私を制止する。

 

「ああ、大丈夫よ。こうすれば良いから」

 

 胡桃さんは私の額に指を当てると、軽く円を描くようになぞる。まさかと予想はできていたが、円を描いた部分の額が、切り餅のように膨らみだしシャボン玉に変わって出て行ってしまった。さすがに二度目はパニックにはならないため、その感覚をじっくり感じることができた。…何やら説明し難い、不思議な感じだ。

 そして今度は胡桃さんのほうも同じように頭からシャボン玉を抜き出し、お互いから出たそれを交換して、頭に取り込ませる。私もそのシャボン玉を取り込んだみたいだが、その時の”何か入ってくる”ような感じは、痛みも嫌悪感も無く、じわりと広がっていくような快感にも似た気分にさせる。

 

「奪ってはいないから安心なさい。”複製した”だけよ」

「ってことは、今私の記憶を?」

「その通り、シャボン玉に換えて頂戴したわ。住所は札幌市南区藤野9丁目…」

「す…ごい、本当に私の個人情報を」

「このぐらい簡単なものよ。ほら、あなたも私の住所とアドレスを言ってごらんなさい」

 

 え?

 

「そんなぁ、流石にいきなりは…っと、清田区有明道道341号線沿…あ、あれ!?」

 

 ほ、本当だ!何も言われてないのに胡桃さんの所在地を言えてる!この後電話番号もメールアドレスも正確に言い当てた。ついでに場所の風景まで鮮明に思い出せる…思い出すってのはちょっと違うか。

 凄いS.F能力だなぁ。

 

「こうすれば忘れることも無いでしょう?あとはそれぞれ自分で登録すること。…っと、もうそろそろ時間ね」

 

 胡桃さんは時計を確認して言った。そうだ、もう時間の40分前が近いじゃないか。

 

「さあ、行ってらっしゃい。ルミが待ってるわ」

「はい、ありがとうございました!」

 

 私はちょっと急ぎ目に立ち上がり、胡桃さんへ礼をする。

 休憩室から出ようとしたら、「あ、ちょっと待って」と胡桃さんが呼び止めた。

 

「私のデザインした”杖”、名前は決まったかしら?」

 

 杖……ああ、ルミナスタッフの事か。

 

「はい。”ルミナスタッフ”に決めました」

「“聡明の杖”…”Luminoustaff”か。良い名前ね。その杖は名前を付けた時点で、あなたの身体の一部であり、右腕となるわ。大切になさい」

「……はいっ!」

 

 聡明…という発想は私には無かったけど、そういう事にしておこう。

 

「やっぱり、ルミの見込んだ子だわ。頑張ってね」

 

 私は深くお辞儀をして、休憩室を後にした。

 

 

 

 本番5分前。

 私も留美ちゃんとは違う衣装を身に纏い、手順の最後の確認を行っていた。

 

「最後の確認だ。最初は俺のパーカッションソロがBGM、その後はミレーニアと結奈が用意していくセットで進行していく。シャボン玉のショーパフォーマンスはそこから始まるから、二人の力の見せ所だ。しっかり”魅せて”こい」

「はい!」

「頑張りますっ」

 

 紅葉さんは私達を激励し、専用卓の機材調整に戻る。

 音楽の手順はこんな感じだ。始めは紅葉さんがコンガというのだろうか、そんな打楽器などでソロ演奏を行う。その中で私達のダンスパートが続く。その後のパフォーマンスはクラブミュージックのミックスで、紅葉さんはDJとして音楽を繋げて行くらしい。ノートパソコン、光学ディスク用ターンテーブルなど、色々な機材を音響ミキサーに接続して繋げるらしい。ちなみに音楽は、紅葉さんが勤務している高等専門学校の学生達が作った2〜3分程度のBGMとの事。

 音楽の終盤が、いよいよ”シャボン玉の魔法”によるパフォーマンスだ。私にとっての鬼門が、そこで訪れることになる。

 

「あとりさん、少し良いですか?」

 

 紅葉さんのセットアップを手伝うミレーニアさんが、私を手招きして呼ぶ。作業中の紅葉さんに迷惑がかからないように向かう。

 

「あ、あのー…プランBってどんなものなんですか?」

 

 プランAは単純な猛特訓だったが、結局失敗に終わった。そこで持ち出したのはプランBなのだけど、私にはその内容は全く知らされていない。

 

「そうですね。そんなものはありませんでした♪」

「へっ!?」

 

 なん…だと?

 

「まだ手段はあります。とりあえず、今回私の役割はあとりさんのお手伝いに回ります。演技をスムーズに進行させるための助手役ですね」

 

 ん?ということは、”シャボン玉の魔法”のパートはミレーニアさんのサポート有りって事なのか。それなら安心だ。

 

「このテンポで道具や何やらを用意するのは、かなりハードだと思われますからね。初めての事だとは思いますが、”楽しんで”くださいね」

「はい、頑張…いや、思いっきり”遊んできます”」

 

 私はちょっとだけ、紅葉さんの言い回しを真似してみた。

 

 

 

 いよいよ私と留美ちゃんはステージに上がり、観客からの歓声を受ける。私はステージの右側に、留美ちゃんは左側に立ち、お互い対になるようにルミナスタッフを持つ。つまり、私は右手、留美ちゃんは左手に持ち、大胆に構えてBGMのスタートを待つ。

 メインステージはかなり広く、ここで多くの人がパフォーマンスを行ってきたのがよく分かる。その空気がなんとなく感じるのだ。

 

 ステージ下にいる紅葉さんが、パーカッションを叩く準備を始め、私達のほうを向く。アイサインで『準備は良いな?』と問いかける。私は小さく頷いた。

 

 そしていよいよ、紅葉さんは楽器を叩いた。最初は余韻を残すように、スタートの合図として叩く。その後の同じフレーズで、私と留美ちゃんは動きだす。ダンス自体は、文科系の私に合わせて難しくないものにデザインしてくれたため、練習するだけで私でもそう苦無くこなすことができる。つまりメインはルミナスタッフを使ったロッドパフォーマンスだ。

 手順通りに私はルミナスタッフを回し、上へ投げ、背へ這わし、留美ちゃんのほうと交差させたりしていく。難しいといえば、最後のシメにあるバック転なのだけど、その部分は流石にミレーニアさんのS.Fで補助してもらうようになっている。身体能力を一時的に変化させるものらしいけど、詳しいことはよく分からないので気にしなかった。もちろんそのバック転は大成功、観客からの歓声が沸き上がった。

 

 

 パーカッションの演奏のフィニッシュと同時に、私達も決めポーズを取った。さあ、ここからが本番だ。

 私はミレーニアさんが裏で用意した道具を、留美ちゃんは結奈さんが用意した道具をそれぞれ両サイドで手に取り、”普通の”シャボン玉によるショーパフォーマンスをBGMのスタートと同時に始める。

 まず始めは、小さい金属製のリングを細めのロープで括り付け吊るした棒を使う。

 棒の長さは20センチぐらいで、リングを回して小さなシャボン玉を大量に作るためのものだ。私と留美ちゃんはBGMに合わせ、お互い鏡映しのように同じステップを踏んで大量の小さなシャボン玉を生み出して行く。

 その道具をお互いアンダースローで交換するパフォーマンスも行う。その投げる勢いでもシャボン玉は生み出され、まるで尾を引くように留美ちゃんの手元へ、そして私の手元へキャッチされる。これは何度も練習したから、丁度上手くできる。

 

 

 次は直径が大きめなハンドリングを使ったパフォーマンスだ。インターバルのBGMですぐに道具を持ち替え、リングをシャボン液に浸す。双方のアイサインとBGMのタイミングに合わせてリングを床と垂直に持ち、くるっと一回転し、続いて反対方向にまた一回転。比較的軽く強度のあるシャボン液は、この比較的割れやすい動作であっても膜を維持したまま、私と留美ちゃんの周りに大きなシャボン玉を幾つも生み出すことができる。プロユースならではのグッズだ。

 続いて留美ちゃんのほうは、リングの口径よりも大きなシャボン玉を作ったあと、それを別の小さめなリングにぶら下げ、その後私はテクニックの準備に取りかかる。パイプ状のホースの半分をシャボン液で濡らし、留美ちゃんがぶら下げるシャボン玉に突き刺す。そして私はシャボン玉の中でパイプを通して息を吹きかけ、小さなシャボン玉を幾つも作る。ある程度作った後はパイプを外し、留美ちゃんがリングの部分のシャボン膜を割ると、大きなシャボン玉は徐々に小さくなっていく。それにつれて、私の作った小さなシャボン玉は噴き出すように上空へ舞い上がって行く。

 練習の時は、パイプを外す時に割れてしまうことが多かったけど、今は大丈夫。扱いには十分慣れてきた。

 

 

 小・中ときたら。今度は”大”。次は先程の留美ちゃんの個人パフォーマンスで使っていたものと同様の、2本の棒の先に取り付けたロープで作った巨大リングを用意する。軽く引くだけで1メートル半以上もの大きさのシャボン玉が簡単に作れてしまう代物だ。

 まずはシャボン液にロープを浸け、ゆっくり引き上げる。私達は同じタイミングでロープで作ったリングを広げ、膜をギャラリー側へと見せつける。その姿勢のまま、BGMの拍数に合わせて膜へ息を吹きかける。大きな面積の膜に一点集中で風を送れば、そこから小さなシャボン玉を作りだせるわけだ。

 軽いウォーミングアップのような演技を終わらせたら、今度は両側2ヶ所から大きい扇風機が回転し始める。ある程度弱めにしているが、これで何をするのかというと、この風吹き乱れる状態で、巨大なシャボン玉を作っていくことになる。普通の液ならすぐ割れてしまうだろうが、そこはプロのシャボン玉アーティストが作った液だ。ある程度の風でもぜんぜん割れないシャボン液を調合している。

 私と留美ちゃんは、一心不乱に2本の棒に取り付けたロープリングを動かし、無造作に巨大なシャボン玉を作り続ける。作りだされたシャボン玉は扇風機の風によって乱れるが割れず、まるで空中で撹拌されているかのように渦を巻いて、やがて小さなシャボン玉となって散っていく。乱れる風に掻き乱されて形が変わりすぎても、シャボン玉達はなかなか割れずに宙を舞い続けるのだ。

 

 

 ここまでで10分。持ち時間は残り5分程度。

 BGMのインターバルで、私達は驚くような演技を見せ、ギャラリーにシャボン液の”入っていた”タライの中身を見せる。そう、中はシャボン液を使い切ってしまい、細かい泡しか残っていないのだ。

 もちろんこれも演出で、途中でタライの中の液をすべて抜き取ってあるのだ。ステージ底部からホースを挿し、開いた穴から液を排出したわけだ。

 シャボン液が無くなってしまった。じゃあどうしよう。そこで、いよいよルミナスタッフの登場だ。ここからが、私にとっての鬼門となる。

 

 私と留美ちゃんは、双方のテーブルに掛けているルミナスタッフを手に取り、お互い対になるように両手で持ち、先端の輪の部分を床と水平にして構える。次第にBGMは静かになっていき、私達の集中を乱さないよう配慮してくれる。

 

「…あとりさん」

「……大丈夫、いける」

 

 私は留美ちゃんの問いかけに、自信を持って答えた。万一自力で出来なかったとしても、バックにいるミレーニアさんがカバーしてくれるはず。そんな事より、今はこの演技の時間が十分楽しいと感じられる。S.F能力のことは、今はどうでもいい気になってきた。

 

「よし、行こう」

「はいっ」

 

 私は目を閉じ、ルミナスタッフ先端の輪に向けて意識を集中する。私の左腕から、先程視たような虹色の”もやのようなもの”が駆け巡り、スタッフの輪へ行き届くイメージ。そのもやが輪の中で回転するように走り、エネルギーを増幅させる感覚を想像する。その増幅が臨界点へ突破する。

 ……来る、炸裂する!

 そう感じた直後、前方から水面へ石を落としたような、こぽっという音が発せられる。私はゆっくり目を開け、輪の状態を確認する。

 

「……膜が」

 

 出来ている。

 輪から放出される(ように見える)のは、イメージした通りの”もやのようなもの”。間違い無い、これが”シャボン玉の魔法”だ。

 

 成功を喜ぶ暇は無い。BGMが調子を取り戻し、アップテンポに変化する。それに合わせ、私と留美ちゃんはまずスタッフを振り上げる。そこからハンドリングで作った時同様の大きさの”夢と現の境界線”が幾つも生み出される。振り上げた後は石突きで床を叩き、今度は横でなぎ払うように振る。そこでも決して割れないシャボン玉が次々と作られ、ギャラリーのほうへと飛ばして行く。最初のロッドパフォーマンスのようにダイナミックな舞が、”シャボン玉の魔法”の演出によってよりパワフルになる。

 留美ちゃんの持つスタッフと交差させれば、衝撃で双方の輪からシャボン玉は生まれ、下がりながら回る時にも無数に生まれる。私達が動けば動くほど、会場は沢山のシャボン玉に埋め尽くされていくのだ。

 

 

 BGMが最後のシメを迎え、私達も決めのポーズを取った。

 ギャラリーの歓声が耳に入るけど、これで終わりではない。最後の最後で、大技を見せるのだ。

 ステージのみならず、ギャラリー席にまで散った割れないシャボン玉を回収する。私はスタッフを床に立てて持ち、左手を広げて突き出す。そして意識する。自分の作りだしたシャボン玉を集めるイメージを始める。

 この時私は目を開けていたので、その様子ははっきりと捉えていた。留美ちゃんも対になるように同じことをしているので、大量のシャボン玉は私と留美ちゃんの前に集まり、次々と一つに融合していく。最後のシャボン玉を引き寄せ、私の前の巨大なそれと合体させて、行程は終了。私と留美ちゃんの前には、私達をまるごと包み込めるほど巨大な”シャボン玉の魔法”が成立していた。

 

「「せーのっ!」」

 

 私達はギャラリーを背にし、巨大シャボン玉へあるイメージを突きつけた後、お互いにかけ声を上げジャンプする。ジャンプの前から、私はイメージを始めていた。ジャンプ中、自分の真下に向けて左手を突き出してトランポリンとして使うための割れないシャボン玉を作りだしている状態を想像し、それを現実へと持って来た。私は身体を跳ね返す程弾力のあるシャボン玉を踏みつけ、元に戻ろうとする反動で高く跳び上がる。最初の時とは比べ物にならないバック宙だ。まるで棒高跳びのように宙を舞う私と留美ちゃんは、そのまま巨大なシャボン玉のほうへ落下し、その中へと突入した。

 まるで水の中へ落ちたようにシャボン玉の中へと入った私は、突然の無重力になす術も無いまま漂う。留美ちゃんのほうはしっかりと姿勢を制御して状態をギャラリーへ見せつけるが、私はそう上手くはいかない。が、それでも観客の心を掴めたのか、演技の成功を絶賛しているのがよくわかった。その歓声はフィルターがかかっているようにぐぐもっていたけど、目にはそう映っていた。

 まだ姿勢が上手く整わない私を見かねてか、留美ちゃんは私を包み込むシャボン玉を引き寄せ、二つの巨大シャボン玉を一つに合体させる。そして私を抱き寄せ、一緒にシャボン玉の中で最後の礼を決めた。

 こうして、私の初パフォーマンスは成功を収めたのだ。

 

 

 

「お疲れ、最高のショーだったわ」

 

 休憩室で胡桃さんが私を出迎えた。今度はコーラではなく、オレンジジュースを私の前へ置いて。

 

「ありがとうございます」

「そしていよいよ開眼したわね、おめでとう」

「え?あれはミレーニアさんが手伝っt」

 

 そう言おうとしたら、後ろからその本人が。

 

「私は確かに手伝うとは言いましたが、それは演技中の小道具の準備の事ですよ。S.Fパートについては私は一切手を触れていません」

「へ?」

 

 なんですと?

 

「じゃ、じゃあ紅葉さんが」

「紅葉さんはDJプレイで必死でしたよ。何しろ初めての試みだったようですから」

「てことは胡桃さんは」

「私は観客だもの。何もしてないわ」

「え……」

 

 ………。

 私は無言で左手で握り拳を作り、軽く意識を向ける。そして簡単にシャボン玉のイメージを立てて手を開くと、こぽん、と子気味良い音と共にシャボン玉が生み出された。

 しばらく私は硬直していたが、寸秒経った後、遅れて言葉にできないほど驚きの声を、休憩室の人達の耳に叩き込んでしまった。

 

 

 

 

 その娘は、己の意志と努力によって神の力の源を開き、”進化”の道筋を開いた。

 我々大神は、これは人類の新たな”心”が拓かれる閧の声だと信じている。

 娘に祝福を。

 そして新たな世界の旅路の行く先に、道標を立ててやろう。

 

 俺のハイアーセルフが見込んだ奴だ。しっかり俺達が責任を持って育ててやるさ。

 

 

  - 了 -

 

 

 
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