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【DQ5】恋人がドSなんですがどうしたらいいですか?【小魚】

sukaさん

嫁はデボラ様。 「恋人がドSなんですがどうしたらいいですか5題」【配布元:確かに恋だったhttp://have-a.chew.jp/on_me/ 】 より 敢えて小魚たる道を選んだ人の苦悩と葛藤と煩悶と懊悩とその他色々。 デボラ様は総攻め。誰が何と言おうと。

2011-08-07 15:07:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1439   閲覧ユーザー数:1431

 

 

 

 先日、我が主がめでたくご結婚なさいました。

 

 私の敬愛する主は、それはそれはとても重い宿命を背負っておられる御方で、一介のスラ

 

イムナイトに過ぎない私には、想像も付かないような苦労をされておられます。

 その所為か、ご自身では、逆立ちしても結婚なんて出来ない、むしろ、してはいけない、

 

と考えておられたご様子でした。

 

 そう考えておられた我が主が結婚するほどの女性とは、どんな方なのか。

 

 同じ時を共有する、美しい幼馴染みか。

 

 世界有数の大富豪秘蔵の愛娘か。

 

 我われ“ご主人の忠実なるしもべ一同”(人外)が固唾を呑んで見守る中、ご主人が選ば

 

れたのは、世界有数の大富豪たるルドマン様の、秘蔵……というより隠匿とか隠蔽とか、そ

 

う言った意味で「秘蔵」されていたお嬢様だったのです。

 

 

 

 

そうですね、

 

  1.何をされても笑顔で耐えなさい

 

 

 

 

 「ピエールゥゥゥゥゥ―――――ッ!」

 ある日、私が甲板に出て見回りをしていると、何者かが背後から、私の名前を呼びながら

 

私に抱き着いてきました。

「曲者ォォ-ッ!」

私は驚き、すわ、敵襲かと思いましたが、見ると見慣れた紫ターバンが目に入ります。

「ご主人様。どうなさいましたか。」

更によくよくご主人様のご様子をうかがいますと、見慣れた紫ターバンが、若干痛んでいる

 

ような気がしました。また、ご主人様の目は少しばかり涙混じりのようでもありました。

「聞いてくれピエール。そして聞いたらもれなく俺を助けるように」

拒否権は無いようです。まあ、元より敬愛するご主人様のご命令を拒否する気は、毛頭無い

 

のですが。

 

 拒否する気の無い私の様子を見て取ったご主人様は話し始めました。

「それがさぁ、デボラがさぁ……」

 

 “デボラ”というのは、ご主人様がご結婚なさったお嬢様です。

 

 滑らかな黒髪と、活力に満ちた瞳が美しい、絶世の美女と言っても差し支えない容姿に加

 

え、艶めかしい体躯を惜しげもなく晒して闊歩する様に、ご主人様はまさしく「悩殺」され

 

たのです。

 そして、同じ時間を共有した大切な幼馴染みのお嬢さんではなく、はたまた、清純で可憐

 

なお嬢さんでもなく、花嫁選びの場に突如乱入した、妖艶で尊大なお嬢さんの方をお選びに

 

なったのです。

 デボラ様は、大変個性的なお嬢さんでした。

 ……穏当な表現を使うと、「個性的」としか言い様がないのです。私は、まだ死にたくな

 

いので、こう言うより他ありません。

 さて、ご主人様は、結婚初夜から酷い目に遭ったのだと言います。

 どう酷い目にお遭いになったのか、詳しくは解りません。なだめてもすかしても、口を割

 

ろうとしないのです。

 

 「デボラがさぁ……」

「デボラ様が、どうなさったんですか。」

「デボラがさぁ」以外に一向に何も言おうとしないご主人様を促しました。その瞬間、ご主

 

人様は私の顔を見据え、その目を見開き、そして叫びました。

「デボラが、様を付けて呼べって言うんだあぁぁぁぁあ―――ッ!!」

また、叫びながら、ご主人様は私の肩を揺さぶります。だからなんだというのでしょう。私

 

に何ができるというのか。一介のスライムナイトに過ぎない私に、何が、できると、いう、

 

のか。

 私が何も言わないので、ご主人様は引き続き私の肩を揺さぶりながら、お話になります。

「しかも!様を付けて呼ばないと、“どうなるか、わかってるんでしょうね”とか言って凄

 

い顔でにらんでくるんだよ!どうなるんだよちくちょう!」

肩を揺するの、やめてください。

 しかしながら、テンションが上がって来ちゃったらしいご主人様は、更に叫び続けます。

 

そして、私の肩を揺するのも止めません。

「俺、亭主なのに!その前に、主人公なのに!なんなの!!なんなの!!!」

と、激しいテンションでわけの分からないことを言っていらっしゃいます。ちなみに、私も

 

、船の揺れに加えてずっと肩を揺すられ続けているので、だんだんわけが解らなくなってき

 

ました。

 

 そういえば、先ほどから視界の端に、最近ようやく見慣れてきた妖艶な体躯が見えた気が

 

します。上質な絹布を惜しむかのように極限まで絞り、躯の線をこれでもかと強調し、また

 

スラリと伸びた足を見せつけるアレは、ああ、何だったでしょう。

 

「“様”を付けろ!この小魚ッ!!」

凄まじいとしか言い様のない二連撃(いずれも“会心の一撃”)が繰り出され、私を揺さぶ

 

っていた存在が甲板に倒れ伏しました。

 いつからそこにいらっしゃったのでしょう。

 「様を付けろ」という言葉から判断して、おそらくは最初からそこにいたのでしょう。気

 

配を消すなどして。……そんなこと、出来るのかどうか知りませんけど。

 私を脳味噌シャッフルから救ってくださった存在は、腰に手をあて、堂々と仁王立ちをし

 

ておりました。自身がノックアウトした紫色のそれを一瞥すると、私の方に視線を合わせま

 

す。その目には、私を気遣う色を称えておりました。

「ピエール。あなたには、いつも迷惑をかけるわね。」

「いえ」

私の返答を聞くと、満足そうに頷き、言いました。

「至らない上司で申し訳ないわ。でも、あなたのような部下がいてくれて私も嬉しいのよ。

 

これからもよろしくね」

その双眸は美しく輝き、口元には慈悲深い女王様のような微笑をたたえていらっしゃいまし

 

た。心なしか後光のようなものがさしていたような気がします。なんだあれ。

 後光のようなものに気を取られていると、デボラ様は鮮やかな足さばきで我が主のマント

 

の首の辺りを蹴り上げ、右手にそれを掴むと、「それじゃ、ピエール。邪魔をしたわね」と

 

言い、主を引きずりながら颯爽と船室へと戻っていかれました。

 

 船上に鳴り響く高らかな靴音を聞きながら、私は、引きずられてゆくご主人様に向かって

 

、小さく言いました。

「泣いてはなりません。」

聞こえてないと思いますけど。

 

 

 

 なかばルドマン殿に強制された形での結婚でしたが、デボラ様を選んだのはご主人様自

 

身です。

 だから、どんな酷い目にあってもそれは「自己責任」ってやつだと思うのです。

 結婚初夜に、ボロぞうきんの様になったご主人様は、穴だらけの紫マントで顔を覆いなが

 

ら、私たちが詰めていた馬車の中にやってきました。

 可哀想な紫の布を繕いながら、私は、ご主人様に言いました。

「自己責任でしょう」

すると、ご主人様は、捨て犬みたいな眼をなさいました。

「俺の事、助けてくれないの?おまえまで懐柔されたの?この恩知らず!」

そして、大変に鬱陶しいことも仰いました。

 あんまりにもあんまりな仰りようでしたので、私は言い返しました。

「自己責任以外に、何があると言うのです」

だって、そうでしょう?他の女性を選ぶ権利も自由も、一応は保証されてたのですから。

 すると、ご主人様はおっしゃいました。

「解ってるよ……」

うなだれ、そのまま、地面に吸い寄せられるように体前屈しながら、ご主人様は、何事かを

 

呟いていました。

 私の聞き取りが確かなら、こう仰いました。

「好きなんだから、どうしようもないだろ……」

 

 

 そういうことならば、なおのこと、ご自身で責任を取られるがよろしかろう、と思うので

 

す。

 

 

 

 

 

限界がきたら、

 

  2.優しさが欲しいなあと呟いてみなさい

 

 

 ある日の夕方、私はその日の夕食の準備をしておりました。

「カレーがいいかなぁ。あ、そうだ、ポトフとか作ってみようかな。」

ルドマン殿のお屋敷で貰ったレシピを眺めながら、この日、買い求めたばかりのお野菜をな

 

で回します。

 夕食は元々は当番制でしたが、最近はほとんど私一人で作っております。何を隠そう、私

 

はスライムナイト界でも稀に見る料理好きなのです。

 そんなわけで、それはもう愉快にメニューを考えておりました。

 私を興味なさそうに眺めている相棒のスライムにも意見を聞いたり鼻歌を歌ったり、在庫

 

確認をしたり。

 ああ……!料理のことを考えているこの時間の、なんと幸せなことか……!!

 この時が、永遠に続けば善いのに……!!!!

 

しかし、私の幸せな時間は、いともたやすく壊されてしまいました。

 

「ピエ―ルゥゥゥ―――――ッ!」

 

この絶叫によって。

 

 

 「どうなさいましたか、ご主人様」

けたたましい音を立てて、厨房のドアを開けた人物に向き直り、用件を尋ねます。

「どうかなさいましたか」と言いましたが、正直に言って、どうでもいい。それよりも、私

 

の至福の時間を返して欲しい。

 それはともかく。

 その御方……我が敬愛するご主人様は、また涙混じりの視線と声で、私に訴えかけてきま

 

した。

「デボラ様が……!」

 

ああ。またか。

 

 麗しの配偶者殿をすっかり様付けで呼ぶようになった我が主は、ここ三日ほどは特に問題

 

なく過ごしておられたようでしたが、また何事か起こったようです。

 

「デボラ様が、どうかなさったんですか」

この様にお尋ねするのは、使命感のようなものからでしたが、最近は、半ば義務のような感

 

じになってきました。そういう私の態度が気にくわなかったのかどうなのか解りませんが、

 

ご主人は涙混じりの目で私を睨み付けると、言いました。

「どうも、こうも!お前のせいだぞピエール!!」

「なにがですか」

「何もかもだァァァァ―――ッ!ふざけんなアァァァァァ―――ッ!お前は、俺を、怒らせ

 

た!!」

「ちょ、やめてください!首絞めないで!揺さぶらないで!」

何処かで聞いたようなセリフを吐きながら、ご主人様は私の、人間よりは遙かに細い首を絞

 

めつつ、前後左右に揺さぶりました。

 

 全く身に覚えのないことでそのようなことをされているとはいえ、普段は常人より遙かに

 

温厚なはずのご主人様がこのような暴挙に出るとは、余程の事があったのでしょう。ああ、

 

ご主人様の身に、一体何が。そして、私は、どうなるのでしょう。

 視界の端に、お鍋が吹きこぼれているのが見えました。誰か、あの火を止めて。

 ああ、ああああ……

 

 思考を飛ばしかけていると、一つ、思い至りました。

 

 先日、美しき配偶者殿を“様”付けで呼ぶように言われて抵抗したご主人様は、私に愚痴

 

を言ったりしたあと、その様を終始見ていた当のご本人に“教育的指導”をしこたま施され

 

ました。

 ひっかき傷やら何か紐状のもので叩かれたような痕やら、ハイヒールのかかとで踏みつけ

 

られたような内出血で、ターバンとマント以外の場所も紫色になったご主人様は、泣きなが

 

らまた私のもとへやって来て、回復魔法をかけるように言いました。それで、以前言い損ね

 

たアドバイスをお伝えしたのです。

「泣いてはいけません、何をされても笑顔で耐えるのです」と。

だって、ご主人様は、なんだかんだ言ってもデボラ様のことが大好きなのです。だったらも

 

う、何をされてもそれを至福の喜びとするしかないではありませんか。

 

 で、そのアドバイスが功を奏したのかどうなのか、とにかくこの三日ほどは本当に平和で

 

した。平和だったのに……

 

 

 「お前が!笑ってろとかいうから、頑張ったのに!頑張ったのに!!」

ご主人様は、涙と鼻水にまみれながら叫びました。

 ああ、やっぱりそうだったのか。

 得心がいったのと共に、とても、残念な気持ちになりました。

「わかりました!わかりましたから……」

ご主人様を落ち着けようと、訴えます。しかし、

「黙れ!お前の言うとおり一日中ニコニコしてたんだよ!それこそ、顔の筋肉が引きつるほ

 

どな!」

アホか。

 だれもそんな事は言ってないのに、どういう思考回路でそんな解釈をたたき出したのでし

 

ょう。

 「それで……、どうなさったんです」

聞かなくても大体の想像はつきましたが、一応、言葉を促してみます。すると、ご主人様は

 

おっしゃいました。

「気持ち悪いって部屋からたたき出されたんだよコンチクショー!!!ピエールのアホ!!!」

八つ当たりじゃないか!

 こんなことで殺されたら、元も子もありませんから、ちょっと本気を出してご主人様の手

 

を振り払いました。

「ご主人様、落ち着いてください!」

私が声を荒げると、声に驚いたのでしょうか、ご主人様は少しおとなしくなりました。また

 

、冷静になるように促すと、こちらから特に何か言ったわけでもないのに、静かに正座して

 

私を見つめておりました。

 ……なにか、こちらがすごく悪いことをしたような気分になります。

 あと、何と言えば善いのか……、すごく、訓練された動作というのか、躾が行き届いた感

 

じがするというのか……。元々そんなに乱暴な人ではありませんが、そんな人を更に躾けて

 

しまうような人なのか、デボラ様は。

 「とにかく落ち着いてください、ご主人様」

立ち上がるように促し、お顔を見つめます。涙はともかく鼻水は拭いて欲しいなぁ、と思い

 

ました。

「私が言ったように、笑顔でいるように心がけたのですね」

「そう」

「その結果、気持ち悪いと言われたのですね」

「……そう」

「当たり前です」

「なんで!?」

 ご主人様は、驚いた様子で私の肩を掴みました。「なんで」と問いたいのはこちらの方で

 

す。なんで、「何されても笑顔で耐えろ」と言ったのを、「常に笑顔でいろ」と解釈しちゃ

 

ったんですか?まったく……

 軽く眩暈がしてきたのを振り払い、私は言いました。

「ご主人様、たとえば、私があなたを一日中ニコニコ見つめていたら、どう思いますか」

「きもちわるい」

よくわかっているじゃないですか。

 ご主人様は、はっとしたような顔をしていました。この問答で、ご自身がいかに気味の悪

 

いことをしていたか理解したようです。解ったのなら、このあとすることはおわかりのはず

 

「ご主人様。まずは、デボラ様にお詫びするのです」

ご主人様は、こくこくと頷いています。まるでキツツキのような動きです。

「そして、然る後に、少し甘えてみたらいかがでしょうか」

多分、あの手の人は、本当は面倒見が良いはずなので、素直に甘えて貰ったら嬉しいのでは

 

ないか、と私は思いました。単なる勘ですけども。

「うん。わかったよ、ピエール。あと、さっきはごめんな」

ご主人様は、私の首をさすり、「ほんとにごめん。」と言い、厨房を出て行かれました。

 

 これから、デボラ様の所へ行くのでしょう。何だかんだ言って、奥様のことを愛していら

 

っしゃるのは解ります。

 それに、おそらくデボラ様も同様なのでしょう。でも、きっと素直になれないだけなんじ

 

ゃないか、と私は思うのですがね。

 

 

 まあ……デボラ様が、本当の本当に、信じられないくらいのサディストである可能性は、

 

なきにしもあらずなのですが。

 

※ここまで改訂

 

 

 

かえって悪化したら、

 

  3.たまにはやり返してみなさい

 

 

 ご主人様とデボラ様は、新婚旅行先としてルドマン様に紹介された、カジノ船へ乗船して

 

しまいました。なので、私たちは船でお留守番をしておりました。

 ご主人様たちがカジノ船へ行ってしまった後、我々は午前中に船と馬車の清掃を行い、午

 

後は各の暇を持てあましてしまったので、トランプゲームをしたり、それにも飽きたら、今

 

度はご主人様たちをネタに、賭けをしていました。

 どんな賭けかというと、「ご主人様がカジノ船から無事に脱出できるか」です。

 ところが、我われはご主人様に多大なご恩を受けているにもかかわらず、誰ひとり(一匹

 

)として、ご主人様が五体満足で帰還するとは考えませんでした。

 これでは賭にならんということで、「ご主人様がどんな状態で帰ってくるか」に修正され

 

ました。

 「すっからかんになって奥様にしばかれる、に100ゴールド!」

ご本人達がいたら張り倒されそうなことを言いながら、私は、懐から100ゴールド玉を取り

 

出しました。ルドマン様個人所有であるというカジノ船は、持ち主の思想を反映してシビア

 

なカジノだろうと判断したのです。実際、アタリが出にくいという噂も聞くし……。それに

 

、デボラ様は、お金の使い方にはうるさいし。

すると、魔法使いのマーリン殿が、せせら笑いながら小銭入れに手を突っ込みました。

「うむ、では、儂はすっからかんになったうえに奥様にしばかれて身ぐるみ剥がされる、に

 

200ゴールド」

萎れかけたやなぎの枝のような指先から、100ゴールド玉がコロコロと転がっていきます。

 

200ゴールドも100ゴールドも大して違わないだろ……。

 「ピキー!」

私の傍らで、青い半透明の物体がぷよぷよ楽しそうに揺れています。スライムのスラリンで

 

す。私はスライムナイトですが、彼らの言葉は分かりません。ただ、何となく、不穏なこと

 

を言ったような気がしました。

「スラリンは、すっからかんになった上に奥様にしばかれて身ぐるみ剥がされて簀巻きにさ

 

れて海にたたき落とされる、と言っておるぞ」

「今の鳴き声に、そんなにたくさんの言葉が入っているのですか、マーリン殿……」

 それは、あんたの言い草なんじゃないのか。

 そう言いたいのを抑えつつ、スラリンの方を見ると、満足げに頷いておりました。ホント

 

にそんなことを言ったのだとしたら、お前はご主人様をなんだと……

 まあ、私も他人(他スライム)のことは言えないのですが。

 

 しかし、このような賭け事に興じている我々自身、実際にこんなことが起きると信じてい

 

たわけではありません。あくまで暇つぶしの一環として割り切っていたのです。

 

 実際に、顔がまんまるにふくれあがり、全裸で簀巻きにされた人間が、こちらに流されて

 

くるまでは、本当に、誰一人として本気ではありませんでした。

 

 

 「これはひどい。」

思わず呟くと、簀巻きの中の人がこちらを向き、凄まじい勢いで私に飛びつこうとして失敗

 

して砂浜に転がりました。

 急いで助け起こすと、簀巻きの中の人は言いました。

「鬼だ!鬼がいたんだ!!」

 

 意味が、わからない。

 

 声は確かにご主人様です。だから、きっとご主人様なんだろうけども、あまりにも容貌が

 

変化し過ぎていて、どうしたら善いのか解りませんでした。

 マーリン殿も、ご主人様(らしき人)の有様に思わず絶句してしまったらしく、ようやっ

 

と言葉を絞り出しておりました。

「これはこれは、ご主人様。ずいぶん、ずいぶんですなぁ」

「鬼が!たすけて!」

「ええと、ご主人様?何があったのです??」

「鬼!悪魔!人でなしー!!」

結局ご主人様(とおぼしき人)は、「鬼が!鬼が!」と繰り返すばかりで埒があかず、回復

 

魔法をかけて差し上げると、まんまるだったお顔が、元の顔に戻り、私たちはひとまず安心

 

しました。一方、ご主人様の方は、痛みが引いて冷静さを取り戻したのか、静かに語りだし

 

ました。

 以下は、事の顛末です。

 

 カジノ船へと向かったご主人様とデボラ様は、それはそれは楽しく賭け事に興じていたの

 

だそうです。

 

 ご主人様は、私に対しては、デボラ様のことを、やれ鬼嫁だの、ルドマン様が隠蔽したが

 

るのも解るだのおっしゃっていました。

 確かにデボラ様は常人に比べれば激しい気性の持ち主であり、更に尋常ならざるワガママ

 

さも持ち合わせてはいましたし、自分を様付けで呼ばないと激しい“教育的指導”が入るな

 

どの恐ろしい部分もありましたが、彼女なりにご主人様を愛していらっしゃるのは、端から

 

見ていて一目瞭然でした。ですから、多少、普通の夫婦よりは暴力的な応酬が多いとはいえ

 

、至って普通の新婚さんらしい部分もあったのです。

 

 ですから、至って普通の新婚さんらしく、それはそれは楽しげに新婚旅行を満喫していた

 

そうなのです。

 オラクルベリーにはないポーカーでは、以外と良いカードが揃って大当たりだったり、す

 

ごろくでゴールできたりとなかなかに好調だったそうで、デボラ様も大層ごきげんだったと

 

か。

 

 ですが、この二人の行く所に何も起こらないはずはありません。

 

 そう。ご主人様の言うところの、悲劇が起こったのです。……悲劇というよりは喜劇、も

 

しくは茶番劇のようなものなんだろうと思いますけど。

 

 

 

 で。

 

「カジノ船ってさ、ルドマンさんの趣味なのかさ、ラインダンスのねーちゃんがいっぱいい

 

るんだよ。」

ご主人様は、それまで項垂れて酷く落ち込みながらお話しされていたのですが、“ラインダ

 

ンスのねーちゃん”の話をし出した瞬間、鼻の下が伸びたのが解りました。

「わかりました。そのせいです」

「まだ何も言ってないぞ!ピエール!!」

「言わなくてもわかります。早く、デボラ様に謝りなさい。光の速さで!!」

「そんな……ひどい」

「ひどいのはあなたです!」

私には、言わずともその光景が手に取るようにわかります。まるで眼前に広がる景色同様に

 

、鮮やかに想像できます。

「デボラ様という奥様がありながら!踊り子さんの足にでも、見とれていたのでしょう!」

「当たり前だッ!」

ご主人様は、勢いよく立ち上がると、さもそうするのが当然であるかのように、胸を反らし

 

ていました。

この人、開き直りよった。

「惜しげもなく晒して踊ってるものを見ないのは、生き物の雄として正しくないだろ!って

 

いうか、見せるためにやっているものを見ないなんておかしい!大いにおかしい!!」

「お気持ちはお察ししますけど!でも、ダメです!だいたい、ご主人様はあからさまなんで

 

すよ!もう少し、奥様に気づかれないようにするとか……」

「むりです!!」

 

即答か。

 

 これは、「奥さんを差し置いて、踊り子さんの足に見とれた」以前に、この人の性格の問

 

題のような気がしてきました。いや、性格というよりは、むしろ、性癖?

 要するに、ご主人様はいわゆる“足フェチ”というやつでして。そうであればこそ、デボ

 

ラ様の惜しみなくさらされた無敵の脚線美にあっさり陥落したとも言えます。

 しかしながら、人間の男というのは己の欲望に忠実なものらしく、ご主人様は、足の美し

 

い女性とすれ違うたびに、ついつい目で追ってしまい、デボラ様からの“教育的指導”を受

 

ける羽目になるのでした。

 いい加減学習しろよ、と言いたくなるのですが、ご主人様曰く「これはもう、条件反射」

 

だそうで。

 だったら、どうして、女性を目で追ったらデボラ様の“指導”が入るという方向で条件反

 

射しないんだろうと思わずにはいられません。

 自分のご主人様が犬以下の脳味噌かもしれないという現実を直視したくない私は、あまり

 

このことについて考えないようにしてきました。

 

 「だいたいさー」

ご主人様は、なおも話し続けておりました。

「俺が足フェチだなんて、デボラ様だって既にわかってるんだよ。それでも、一番好きな足

 

はデボラ様の足だって言ってるんだ、俺は」

「……言ってるんですか。」

「言ったからといって、他の人の足に見とれて開き直るのは、良くないと思いますぞ。」

よく言ってくれたマーリン殿!

「えー。いいじゃん、ちょっとくらい。それにさ、デボラ様だって、俺以外にも昔はしもべ

 

とか言っていっぱい他の男を侍らせたりしてたんだぜ?だから、俺がちょっとくらい他の女

 

の人の足を見てもさー、いいじゃん。別に」

ちょっと待て。

「ご主人様。もしかして、そのことも、ご本人に言ったりしてません、よ、ね?」

「言ったけど」

言ったのか。

言っちゃったのか………!

 私の想像は、少しばかり甘かったようです。どう考えても、このデリカシーのない発言が

 

原因でしょう。これは、もう、同情の余地なしではなかろうか。

「なんか、仕返し、みたいなつもりだったんだよ」

反省で済んだら教育的指導はいらん!

 結局、なんでボコボコにされたあげく身ぐるみ剥がされて簀巻きにされて海に投げ捨てら

 

れたのか、理解できないらしいご主人様をその場に放置して、我々は馬車へ戻りました。

 

 

 例の賭けですが、当然ながらドローになりました。

 

 

 

返り討ちにあったら、

 

  4.嫌いになるよとほのめかしてみなさい

 

 

 

 その日、私どもは、船を降り、食料その他諸々(特に、デボラ様のお召し物を中心に)調

 

達するために上陸しておりました。やはり、地に足がついてる感覚ってのは、いいものです

 

ね。いや、私はスライムに騎乗してるんですけどもね。

 私は、普段から食材等の在庫確認が趣味みたいなところもありますから、何の道具がどれ

 

だけ不足しているか把握しており、買い出し自体はスムーズに行きました。

「すごいわ!一家に一ピエールね!」

と、奥様から有難すぎるお言葉を賜り、私はとても嬉しかったのです。そして、奥様もとて

 

もご満悦なご様子でした。

 そんなわけで、ご満悦な奥様―― 我らが麗しのデボラ様―― のお買い物のお供などを

 

、それは楽しげに務めさせて頂いておりました。

 

 慌てた顔をしてコドランが飛んでくるまでは。

 

 

 「また、このパターンか」

気のせいか、お腹の真ん中あたりがキリキリ痛みます。

「そうは言っても、ピエール。このコドランの慌てよう、捨て置けん」

マーリン殿のお言葉に、そういえば、いつものパターンなら、デボラ様にしばかれたご主人

 

様が涙目で走ってきて私に突撃してくるか、と考え直します。

 考え直しながら、慌て過ぎて地上にへばっているコドランを助け起こして尋ねました。

「コドラン、何をそんなに慌てているんだ?」

「ぐるるー!!」

何かを伝えようとしているのは解るのですが、よく解りません。もともと私は竜語はあまり

 

堪能ではないので、いつもはコドランが気を遣ってゆっくり喋ってくれるのに甘えてました

 

「申し訳ないけど、何を言っているのかわからない、コドラン。」

「ぐるるるるるーッ!!!」

いよいよ涙目になったコドランは、激しくパタパタと動き回ります。だめだ、埒が開かん。

「うん?ご主人様が?どうしたのかの?」

語学に堪能なマーリン殿は、どうやらコドランの魂のうめき(?)を解したらしいです。す

 

ごいなぁ。私にはとてもできない。

 「あら、どうしたの?コドラン。」

感心して、マーリン殿がコドランの言葉を聞き取っているのに見とれていると、背後の試着

 

室から、真新しいドレスを身に纏ったデボラ様が現れました。赤を基調として黒の縁取りと

 

か黒レースとか、なんかもう贅沢なよくわからん装飾のついた、デボラ様以外の人が着たら

 

下品だろうデザインでしたが、不思議と妙な気品を漂わせておりました。おそらく、普段着

 

る服よりはいくらかゆったりした足腰の周りのおかげだと思うのですが。

 

 

 それはともかく。

 

 

 

 デボラ様の姿を見るやいなや、どういうことでしょう。マーリン殿が、土気色の顔をどん

 

どん青くしていくのです。同じように、コドランの顔もどんどん青くなっていきます。

「お……奥様、あの……」

「どうしたの?マーリン。変な顔色ー!」

アハハ、と、小さな女の子のように笑うデボラ様を、コドランとマーリン殿は困ったような

 

顔をして見つめて、更に顔を青くしていきます。これ以上顔色が変わったら、別のモンスタ

 

ーになるんじゃないのかというほどです。コドランはベビーニュートに、マーリン殿は、な

 

んだっけ、あの青黒い顔で変な数珠を付けてるやつ。

 変な顔色に加えて、コドランとマーリン殿は、どんどん脂汗を床にしたたらせていきまし

 

た。それこそ、ひからびるんじゃないかと言うほどに。何が彼等をそんな状態にさせている

 

のか、コドランのうめきが解らない私は、まったくわけが分かりませんでしたので、とりあ

 

えず傍観することにしておりました。すると。

「おそれながら、デボラ様」

意を決したように、もはや青黒くなってしまった顔を上げて、マーリン殿は奥様の方を向き

 

ました。

「なあに?」

お買い物で気分も好調だったデボラ様でしたが、さすがに異常を感じ取ったらしく怪訝そう

 

に見ています。その視線にひるんでしまったのか、マーリン殿は、更に顔色を悪くしていき

 

ます。

「あの…… その…… 」

結局口ごもってしまい、しかも、脂汗で変な水たまりが出来てしまっていました。あれ、こ

 

れ、脂汗…… だよね?

「だから、なに?」

そんなマーリン殿に、デボラ様の視線が刺さります。あ、いかん。機嫌がどんどん悪くなっ

 

てきてる。

 デボラ様の表情が険しくなるのを見た私は、自分も事態を把握してはいませんが、フォロ

 

ーに回ろうと思考を巡らせました。が、うまくいきませんでした。

「なんなのよッ!はっきりしないわね!」

「ヒィ!」

ハイヒールで床を一蹴りしながら、怒号を飛ばされ、マーリン殿とコドランは可哀想なくら

 

い小さくなってしまいます。

 あのですね、文章だとうまく伝えられないんですけど、ホントに怖いんですよ。怖い思い

 

をしてるのは、何もご主人様だけじゃあないんですよ。叩かれたりはしないんですけどね、

 

私たちは。

「そんなことより!小魚は?何処行ったのよ、まったく!私をほっぽいてどっかに行くとか

 

、ホントにしつけがなってないんだからッ!」

あ、この流れはもしかしたら、私にとばっちりが……。「ピエール!あんたが一番付き合い

 

がながいんだから、しっかりアイツをみてなさいよッ」とかなんとか。

 そう思って身構えていると、小さくなっていたマーリン殿が、突如勢いをつけて立ち上が

 

りました。

 そして、言いました。

「奥様!ご主人様は、家出しました。」

 

 

ゑ?

 

 

 

 

 ―― つかれました。さがさないでください。

コドランが差し出した手紙は、汚らしい字が踊り狂っていました。

 「漢字くらい書けよッ!!」

思わず、地面に手紙を叩きつけ、見当違いのツッコミをしてしまいます。

 しかし、その直後に、見当違いのツッコミをしたことによって、デボラ様の怒りを買って

 

しまわないかと心配になり、背後をふり返りますと。

 私は、目玉が転げ落ちんばかりに驚きました。

「デボラ様……、奥様!」

「あ、ああ。え?」

デボラ様は、呆然とした表情をしていました。そればかりでなく……

「なぁに、ピエール。」

笑おうとして失敗したような顔は、そのまま固まって、いつもはギラギラとしか言い様のな

 

い輝きを発する双眸が、水分でぼやけています。

 更に、あとからあとから水滴が頬を伝っているのです。私は、それを目にした瞬間、心の

 

底から痛ましい気分になりました。

 ぱたぱたと床に落ちていくそれを、固まったまま眺めているデボラ様をそのままにはして

 

おけません。私は、いそいでハンカチを取り出し、デボラ様の目を覆いました。真っ白なハ

 

ンカチが、水を含んだ黒い染料で染まっていきます。

 それを目にした瞬間、痛ましい気分よりも微妙な気分に心が支配されました。騎士道精神

 

にまかせて動いてしまいましたけど、これ、洗濯で落ちるの?

 「スラリン!」

両手も塞がっているばかりか、自分より頭5個分くらい大きいデボラ様の顔をぬぐう為にス

 

ライムの上に立ち上がる恰好になっていて動けない私は、とっさにスラリンを呼びました。

 

後方でこっそり市場の果物をくすねていた青い半個体は、「ピキー」と返事をすると、こち

 

らへ慌てて跳ねてきました。

「キメラの翼を!」

スラリンは、キメラの翼を袋から取り出して空に放り投げました。ひとまず、この場から退

 

散しなくては。

 青ざめて別のモンスターになりかけていたコドランとマーリン殿は、呆然としていました

 

 私も。

 どうしよう。

 

 船に戻ると、デボラ様は「しばらく時間を頂戴」と言って、船室へ籠もってしまわれまし

 

た。

 主が突然居なくなり、また、デボラ様まで消沈してしまったことで、我々は途方に暮れて

 

しまいました。

 「どうしよう。どうしたらいいですか。」

「落ち着け、ピエール。おぬしまで取り乱してはどうにもならん」

これが取り乱さずにいられようか、とマーリン殿を睨み付けてしまいましたが、こんなこと

 

をしていても仕方がありません。

「とりあえず、冷静になるんじゃ」

「いや、あなたに言われたくないです」

さっき、デボラ様ににらまれて失禁してた人には言われたくないです。

「いいから!」

マーリン殿の顔は上気していて、元の土気色に大分近い感じでした。

 それを見て、ちょっとだけ安心します。コドランも、心配そうな顔をしていましたが、顔

 

色は元通りのようです。

「それにしても……」

マーリン殿は、しみじみと呟きました。

「デボラ様があのようになってしまわれるとは。儂は、コドランの言葉を伝えた時、粛清さ

 

れるのではないかと思っておったのだよ」

「ああ、だから、失禁したんですか」

「もうゆるしておくれよ」

話の腰を折りつつも、私も、マーリン殿の言葉に同意でした。

 我々は、驚いたのです。

 デボラ様は、それはそれは気性の激しい女性でしたから、己が“所有物”だと認識してい

 

るものが反逆すれば、苛烈な仕打ちをすると思っていました。

 彼女は、我々にはとても優しいのです。決して、ご主人様にするように、叩いたりしませ

 

ん。人間と同等か、それ以上に丁重に扱ってくださいます。

 けれども、我々とて、彼女が不快に思うような振る舞いをすれば、すぐさまご主人様同様

 

に“教育的指導”が入るのではないかと思っていました。

 ご主人様がいなくなった、という情報は、明らかにデボラ様を不快にするものです。それ

 

故に、コドランもマーリン殿も、怯えきっていたのだと思います。

 デボラ様は、我々を叱ったりしませんでした。不快な情報を聞いた途端、はらはらと涙を

 

落とされました。

「デボラ様、泣いてましたね……」

「そうじゃのう……」

顔の塗装が剥がれても、繕うことすらせずに呆然としていたお姿を思い起こします。

 私まで悲しくなってきました。

 このままではいけない。そう思い、甲板へ出てみることにしました。

 

 昼下がりの港は、静かに風が流れていました。風に当たったおかげか、少し、周りを見回

 

す余裕ができました。見回してみると、すぐに異常に気づきました。

「ゲレゲレがいない」

ゲレゲレは、ご主人様にとって大切な存在です。我々のことも大事にしてくださってますが

 

、ゲレゲレは特別なのです。それは……

 気付いてしまうと、そのまま脳味噌が最悪の事態を想定し始めます。

「マーリン殿!」

船室に戻り、皆を呼びだします。やはり、ゲレゲレはいませんでした。

「うむ。まずいぞ、これは」

マーリン殿もまた、事態を把握して、顔を顰めました。今度はマーリン殿ばかりでなく、私

 

自身も相当に青い顔をしていることでしょう。兜で見えないけど。

 皆で顔をつきあわせてうなっていると、私の背後に、人の気配を感じました。

「デボラ様!」

いつもの服に着替えたデボラ様が、静かに立っていました。化粧は元どおりになっており、

 

綺麗な青い瞳も、元どおりの水分含有量にもどったようです。しかしながら、纏うオーラは

 

常の三倍以上禍々しさを漂わせていました。

 これはまずい。

 私のなけなしの野生の勘が、これから起こる大惨事を予見しました。

 「あのさ」

「なんでしょう」

振り返ると、良くない事が起こるような気がしました。背筋が冷え、汗が凍りつきそうなほ

 

どです。

 ああ、これは、ものすごく怒ってる。そして、同時に、ものすごく悲しんでいる。

 「私ね、一度自分のものにしたものは、大事にしたいのよね。だから……」

そうでしょうとも、そうでしょうとも。

 私は、先ほどの涙を思い起こしました。

 普段はしもべ扱いだったり、多少“指導”が行き過ぎるところがあっても、この方は、ご

 

主人様のことをとても好きなのです。

 一介のスライムナイトに過ぎない私でも、それは解ります。

 私とマーリン殿は、デボラ様の次のお言葉を、固唾を呑んで見守りました。だって、口挟

 

めないもん。

 カツン、と床を一蹴りすると、デボラ様は宣いました。

「この私から逃げようとするなんて許さない。そう易々と放流させたりなんか、しないから

 

ッ!」

そして、手近にあった椅子に勢いよく右足を載せ、腰に手を当て、高らかにお笑いになりま

 

した。

 いいだけ笑って満足したらしいデボラ様は、キッと前を見据えると、言いました。

「行くわよ!あんたたち!ついてらっしゃいッ!!」

私どもは、答えて言いました。

「諾!」

それ以外に、言うことがありましょうか。いや、ない。

 我々は、返答するやいなや、それぞれ持ち場に戻り、船を動かす準備を始めました。

「進路は北!山奥の村に向かって飛ばせッ!」

 

 

 

 

 最大船速で北へ向かった我々が、山奥の村において、幼馴染みにまでしばかれてボロボロ

 

になったご主人様を見つけたのは、それからまもなくでした。

 

 そして、更にご主人様がどうなったかは…… 言うまでもありませんね。

 

 

 

それでもダメなら、

 

  5.あきらめてドMの道に目覚めなさい

 

 

 

 あの御方…… 我らの主であった我が王があんなことになって、一体どれほどの年月が経

 

ったのでしょう。まるで遠い昔のことのように感じます。……… というより、遠い昔のこ

 

とにしてしまいとうございます。

 

 

 我らの主、我が王が、それはそれは強烈な美貌を称えた無敵のご婦人を迎え入れた日から

 

、既に12年の月日が流れました。

 

 私たちの世界は、めまぐるしく変化しました。

 

 魔物として、人々を、世界を害し続けた日々に終止符を打ち、ご主人様にお仕えするよう

 

になった時、私の世界は、変わりました。

 しかしながら、あの無敵のご婦人―― デボラ様の登場に比べれば、総ての変化は、髪の

 

毛が生え替わる程度の違いもないと思えてしまうのです。

 己に牙を剥いた魔物にさえ愛情を注ぎ、共に戦ってきたあのご主人様の姿は、まるで昨日

 

のことのように思い出せるのに。目の前に存在する情けない姿は、遠い日の面影すら、残し

 

ていません

 「ピエールゥゥゥ――――ッ!!」

悲鳴混じりで私を呼ぶ声は、最早私にとっては、小鳥のさえずりや木々のざわめきや街の喧

 

噪や、種々の生活音よりも日常的なものとなりました。

 「デボラ様が!デボラ様がァァァ―――ッ!!!」

泣きながら、鼻水を垂らしながら走ってくるその姿も、そこら辺の小バエよりもよく見る光

 

景です。

 12年の間、様々な事が起こりました。

 ご主人様が家出した事件の他にも、デボラ様の懐妊の時などはご主人様が動揺して大変な

 

騒ぎになりました。

 当時、ご主人様の本当の身分がグランバニアの王子様だったことが判明して、それはそれ

 

で大変な騒ぎでした。この時、懐妊を告げられたご主人様は、「避妊してたのに!」などと

 

叫んで暴れ出して、青ざめた顔のデボラ様に殴る蹴るの暴行を加えられたりして、城中が騒

 

然としました。

 また、その後には、マタニティブルーになったご主人様が幼馴染み殿の所へ逃げた、なん

 

てこともありました。この時も、「なんであんたがマタニティブルーになるのよ!」などと

 

、デボラ様が“教育的指導”を行って事なきを得ました。

 それから、お子様が生まれたと思ったらデボラ様が攫われ、救出に向かったご主人様まで

 

戻らなかったり、我々にとっては苦しい時期もありました。

 が、ご主人様は見事に、人生を懸けた目的を果たし終え、今では平和に、故郷グランバニ

 

アで王様業を営んでいるのです。

 

 相変わらず、デボラ様の尻に敷かれ…… いいえ、「尻に敷かれる」等という言葉は生ぬ

 

るい。まさに、デボラ様の支配下に置かれたご主人様は、悲鳴混じりで毎日を過ごしていま

 

すが、お子様達も健やかに成長され、基本的にはとても平和です。平和なんだったら!

 

 

 「こら!小魚!ピエールは仕事中なのよ。邪魔するんじゃないッ!そんなことより、あん

 

たにはやるべき事があるでしょう!」

 突如、聴覚を振るわせる凛とした声に驚いていると、堂々とふんぞり返ってご主人様を蹴

 

り倒している美しいおみ足が目に入りました。

「ピエール。相変わらず、手間を取らせて申し訳ないわね」

「いいえ。構いません。デボラ様」

均整の取れた長く滑らかな脚の下に這いつくばる主を一瞥すると、私は、少し背伸びをして

 

、適度な長さに揃えられ、よく手入れされた美しい爪の彩る陶磁器のような手に、口づけを

 

します。だって、そうしないと怒るんだもん。

 己の手に口づける私を見て満足したらしいデボラ様は、足下の可哀想な配偶者の首根っこ

 

を掴み、言いました。

「貴方のおかげよ。感謝しているわ、ピエール」

「私如き一介の魔物に、そのようなお言葉は、勿体のう御座います」

「いいのよ。その通りなんだから」

デボラ様は、あらゆる人間を魅了して已まない笑顔を口元にたたえ、私を見やります。そし

 

て、ギラギラと不穏な輝きを放つ青い瞳が、ひときわ激しく輝き、言いました。

「貴方が、この物覚えの悪い小魚に、根気よくしもべの生き様を教え込んでくれたわ。その

 

おかげで、私はとても満足しているのよ」

そう言って、愉悦に満ちた視線を、足下の配偶者に注ぎます。

 あれ……。私、何かしましたっけ……?しもべの生き様なんて…… 

 ああ、「笑顔で耐えろ」とかその手のアドバイスのことを言っているのだ、と気づくまで

 

にだいぶん時間が経ってしまいました。

 考えている間、沈黙が続いてしまいましたが、デボラ様は、沈黙を肯定、もしくは自分に

 

対する無言の賛辞だと受け取ってしまったようで、更に満足げに頷いて去っていきました。

 

 私は思うのです。私ども魔物は、もとより邪悪な王の元に集った邪悪な存在。我らを従

 

えるには、邪悪な王を越える強い力をもって挑めばよいのです。

 私を下した我が王は、力ではなく愛情でもって挑みました。ですが、それを越える力を前

 

にすれば……

「諦めて、完全なる支配を受け入れれば、幸せです、ご主人様」

ただちょっと、微妙な気分になるのだけは、どうにもできません。それこそ、諦めてしまう

 

より他ないのです。

 

 

 

【DQ5】恋人がドSなんですがどうしたらいいですか?【小魚】

 

―了―

 

 

 
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