No.263482

カイロ

亜梨子さん

以前笛サイトに置いていた柾翼もサルベージ。今は夏ですが冬の話。

2011-08-07 13:01:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:939   閲覧ユーザー数:936

 

 翼はぐるりと部室の鍵を回した。かちゃり、と鍵の閉まる音がする。

 吐く息が白い。もう随分寒くなって、ひとつひとつの動作が遅くなる。

 そう―――ただ寒いからだ。こんなにも動きが遅く感じるのは。それだけ。

 

 

 『さみーから早く帰ろうぜ』

 

 

 鍵を閉めて振り向いても、そんな言葉がかけられないからじゃ、決して無い。

 肩を竦めて、ぐるぐる巻きのマフラーに首を埋めた姿がそこに無いからでは、決して。

 

 ―――いつもだったら。

 

 部活が終わって、部室の鍵を閉めるのは部長の翼。柾輝はいつもそれを待っていた。そして一緒に帰るのが常だった。別にはっきり約束を交わしたわけじゃない。ただいつの間にかそれが当たり前になっていた。

 一緒に職員室に鍵を返しに行って、途中まで一緒の道を、他愛もない話をしながら二人で帰る。身体に染み付いてしまった習慣。

 

 ――― 一人で歩く職員室への道は、遠く、暗く、寒かった。

 

 言葉が多い方じゃないのに、一緒に居ると、独りじゃないと思えるのは何故なんだろう。

 あいつと一緒に居ると、どうしてあんなに居心地がいいのだろう。

 答えは、もう随分前に出ているのだけれど。

 

 やっと職員室に辿り着いた。残っている教師に軽く会釈をして、鍵をいつもの場所に掛ける。職員室は暖かくて、出て行く足は進みが遅い。だが、帰らなくてはならない。

 ……ひとりで。

 

 ―――……寒い。

 

 きっかけは些細なことだったと思う。キツイ言い方をする翼を、柾輝が遠回しに軽く諌めた、その程度。

 そんなの日常茶飯事で、柾輝は翼のストッパーみたいなところもあるから、いつもは大人しく止められてた。

 ……でも、今日は何だかそれに腹が立ってカッとなってしまった。売られてない喧嘩を勝手に買って、得意のマシンガントークで柾輝に散々なことを言い散らした。柾輝は唇を結んで俺を見てたけど、俺が言葉を切ると数瞬の間を置いて俺に背を向けた。

 離れていく柾輝の背中に、俺は内心しまった、と思ったが、どうしようもなかった。

 その後の部活では、俺と柾輝の視線が絡むことはなかった。チーム全体が、ぎくしゃくして噛み合わないまま、部活は終わった。

 そして、気が付いたら柾輝はもう帰っていた。

 

 全面的に、自分が悪い。

 

 だが、反省しても謝罪する相手は目の前にいない。

 例えいたとしても、素直に謝れるかも自信が無い。

 いつもは思わないが、こんな時自分の性格は損だと思ってしまう。

 意地を張って、いいことなんかひとつもないのに。

 

 

 『翼』

 

 

 いつものように、自分を呼ぶ声が無いのがこんなにも寂しいだなんて。

 それが無くなってから気付くのは、愚かだ。

 翼は、校門に差し掛かった。

 

 

 「翼」

 

 

 脳の中に響いていたのと、同じトーンの声がする。吃驚して声のした方を見ると、今思い描いていた通りの姿がそこにあった。

 

 

 「マサキ―――」

 

 

 校門に寄りかかって立ち、手にはコンビニのビニール袋。

 ぐるぐる巻きのマフラーに首を埋めた、柾輝がいた。

 

 

 「寒いだろ?」

 

 

 そう言って、柾輝は手にしていたコンビニの袋を差し出した。まだ驚きから醒めていない翼は、黙ってそれを受け取り、中身を覗き込んだ。

 温かい空気が、翼の顔を包み込んだ。白くて、ふかふかしてそうな、肉まん。

 

 

 「……僕、猫舌なんだよね」

 

 

 翼は、精一杯、何でもないいつもの自分を作った。

 そうしないと自分が崩れてしまいそうで恐かった。

 柾輝は、口の端を上げて笑う。柾輝は、これくらいで気を悪くしたりしないから。

 

 

 「手、冷たいだろ?あっためとけよ」

 

 

 言われて、肉まんを袋ごと手で包む。温かさが手から全身へと伝わる気がする。その温かさは肉まんのせいだけではない。

 もう、寒くない。柾輝がいるから、寒くなくなった。

 

 

 「僕、肉まんよりピザまんのが好きなんだよね」

 

 

 憎まれ口をきくのは、甘えてるのだ。言葉の表層しか見ない奴には、こんな言い方はしない。もししたとしたら、それはわざとだ。でも、柾輝はそんな奴じゃないから。

 自分の思うところを、間違わず受け取ってくれるから、甘えられる。

 ………甘えて、しまう。

 

 

 「冷めたら俺が食うさ」

 

 

 「食べないなんて言ってないよ」

 

 

 こんな、勝手な物言いも、してしまう。

 本当は、今日の部活でだって、甘えていたのだ。柾輝なら許してくれる、どんなことを言っても笑ってくれると、甘えていた。だから酷いことも言った。

 だが、今日、柾輝は黙って去った。

 本当のところはどうかわからないけれど、俺の柾輝に対する度の過ぎた甘えに気付いたのだろうと思う。遠慮のいらない間柄だからこそ、互いへの気遣いを忘れてはならないのだ。それを忘れていた俺を戒めたのだと、思える。

 ―――どっちが年上なんだか。

 

 

 「マサキ」

 

 「ん」

 

 

 並んで歩きながら、ひょい、とこちらに顔を向ける柾輝を真っ直ぐ見上げた。

 いつも通り、隣にいる柾輝の顔。変わらない、柾輝。

 

 

 「………ごめん」

 

 「―――ん」

 

 

 顔を前へ向けて、柾輝はそう軽く言った。

 そうしてまた、二人で並んで冬の始まる道を歩いていく。

 

 

 いつものように。

 

 

 


 
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