No.255647

鷹の人6

ひのさん

FE暁デインサイド中心の微パラレル。(本編では3部~4部あたりになります)ペレアス、ティバーンがメイン。ベオクの王とラグズの王。【未完です】

2011-08-02 20:14:16 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:825   閲覧ユーザー数:819

 その名をデイン王が口にする、即ちそれは徹底した手段を用いる、という事に他ならない。

 元来第五竜騎兵隊とは、デイン王国においては「特殊部隊」という意味と同義に扱われている。先のクリミア戦役において、クリミアの首都メリオルを電光石火で襲った部隊は、まさにその「特殊部隊」第五竜騎兵隊だった。

 だが、先の戦役でほぼ瓦解した軍団の例に漏れず、第五竜騎兵隊もまた、その大多数を失っていた。現在の第五竜騎兵隊を構成するのは、元駐屯軍兵ら実戦経験を豊富にもつ、他国の人間だ。僅かに生き延びた数名が、彼らにその理念を叩き込んだ。元より、帝国軍人である彼らは、ベグニオン人らしからぬ適応力でもって、今や間違いなくデイン人でありデイン軍だった。

 王家直属の「草」が、部隊単位ではなく、ほとんどが個人もしくは二、三人の少数での隠密行動を常とするがゆえに「軍団」の名を冠さない存在ならば、彼らはあくまで部隊単位で、更に表での仕事を常とした。もっとも、その姿を偽装し撹乱を得意とする、という意味では似たような存在でもある。

 つまり、第五竜騎兵隊と「草」とは、共にデインにとっては最後の切り札とも言える存在だったのだ。

 

「その部隊はさぞ優れた部隊なのであろうな」

 ニケの隻眼は、細められている。先ほどから何か言いたげといわんばかりに、時折ペレアスに視線を送ってきていた。きっかけを待っていたようにも見える。

 なるほど、彼女は先ほどまでは敵陣の直中にいた。情報を、携えて来ていてもおかしくはない。ある程度の敵の配置、及び陣営内の様子などは既に彼女とミカヤの間で言葉が交わされており、その内容は既にペレアスも知っていた。

 彼女のもたらした情報の中で、ペレアスが把握していなかった事と言えば、皇帝軍内の,首脳陣の仔細な様子だろう。おおよその布陣だとか、そういったものは先ほどの戦いの中で敵に紛れ潜ませておいた間者が持ち帰った情報で,ある程度は把握している。

 皇帝軍内において目下問題になりつつあるのはやはり兵糧と物資であり、次いで種族間の格差であるという。ベグニオン正規兵とそれ以外、そしてラグズ兵。いかにグレイル傭兵団のアイクが将であるとはいえ、皆が皆その存在を認めている訳ではない。神使サナキの絶対性は、やはり、それほどではない。利害の一致と共通の敵を見ればこそ協力はしていても、その思惑が合致するわけではない。

 だが、更に、何かあるというのだろうか。懸念などは今更なのだが、ペレアスはニケの意図を掴みきっている、とは断言出来ない。

 その行動の裏にあるものを見てしまう、考えるようになってしまった事を後悔もしない。おそらく、それがあの「忠臣」イズカの残した唯一の財産だと言うのであれば。疑う事などは詮無し、と自己に結論を見た上で、ペレアスはニケに向かい、一度頷いて発言を促した。

「皇帝軍本営は、正規軍で固められてるとはいえ、私の見た限り、それほどの者は実のところいないな。その上神使親衛隊もこの度の戦には参戦するらしいぞ。つまりは、神使の周りには、そなたが懸念するような者はいないということだ。確かに正規軍だ、侮れる相手ではないが…今のベグニオン正規軍は、ある意味では緩みきっている。この期に及んで楽観するなど、戦いを忘れた民でもあるまいに」

「和睦の使者を送った以上、我らが逆い、さらに我らが本陣を急襲する可能性などはないなどとは、夢にも思ってはいないということでしょう。他国を属国扱いしている帝国らしい」

 ペレアスの静かな声色には、感情的なものがやはり含まれてはいない。構えて落ち着いている。

 だが、逆にその静寂が何やらおそろしく、サザは思わず口を挟んでいた。

「にしても、なめられたもんだな。本陣にたいした守りを裂かない、だなんて。帝国らしい奢り、か。ペレアス王、あんたの徹底した暗愚ぶりも、あながち悪くはなかったってことになる」

 サザの皮肉めいた口ぶりは今回の一連の発言に限らず、いつものことだが、言外に彼なりに王を王として認めている節が、ところどころに垣間見える。そのことで、ゆえにミカヤも今回は諌めるような真似は控えた。ノイスが口髭の下で、小さく笑みをつくっていることなど、サザは気がついてはいない。

「女王、最初の質問に答えましょう。第五竜騎兵隊とは、工兵と竜騎兵からなる特殊部隊です。彼らを行使する権限を持つのは王家の血筋に連なるもののみ。名代を使う事は、許されません。彼らが動きはつまり、私の意志ということになります」

「そなたがそのように断言するのであらば、よい。自分たちを率いていた圧倒的な将の不在と、主である神使の焦りは、あの見事な白銀鎧の軍団を、ただの烏合の衆にするに充分だ。まして、きやつらは常に味方にも懸念を抱かねばならぬとあらば」

「将軍ゼルギウスと共に神使は即座に帰国すべきでした。そのような機会は幾度となく、あったはずです。我らが黙ってそれを見逃す理由も、ありませんが」

「神使のみを狙うのなら、むしろあのゼルギウスとかいう男の不在は願ってもない、な」

 ニケの獰猛な笑みに、ペレアスはこちらは曖昧な笑みをのみ返した。

「女王、ひとつ、伺いたいのですが」

「何だ。私に答えられる範囲でならば、全てをそなたに話そう」

「有り難うございます。神使サナキが居場所は把握しておりますが、彼女の周囲に配備されている軍勢は、ベグニオン中央軍、第二騎兵隊で間違いはないでしょうか」

「第二、とは、白備えの格好ばかりは物々しい、偉そうな騎馬軍団のことか?我らを見る目が殊更不愉快だったから、記憶しているぞ」

「はい、彼らの白銀の鎧は、彼らが財力を誇示するためのもの。ゼルギウス将軍配下でも屈指の力を誇る第一騎兵隊とは逆に、権威ばかりが先走りしている、もともとは元老院付きの軍隊です。ラグズ連合と事を構えるという事でゼルギウス将軍配下に収まる事を納得しているのでしょうが、その多くは元老院派、それも、ほぼ名ばかりの軍隊。功名を得たいという思いはあれど、己が手足を煩わせる事を厭う…典型的な帝国貴族から構成されている、権威のみの軍団です」

 正規軍の仔細な情報は、やはり元駐屯兵、そして「草」がもたらしたものだった。また、実は近頃でも「半獣」と行軍を共にすることに嫌気がさした下級軍人が逃亡、デイン側に情報を材料に身柄を保護してくれと願い出てくる事も少なくはなかった。当然、そういった連中はすぐさま軍隊には組込むわけにはいかなかったが、成る程もたらす情報は「草」のそれと比較してみても違いはない。

「は、それはよいな。ならばそなたの言う策は、どれほど連中の胆を抜くであろうな!」

 ニケの嘲笑めいた言葉を受ける王の発言は、タウロニオと側近の男を除いた者の想像を絶するものだった。

「魔道の扱いに優れたる者三名,及び竜騎兵五名。それらにより構成される奇襲部隊で、皇帝の天幕付近を上空から攻撃。目的は殺傷や身柄確保ではなく、脅しです」

 真っ先に懸念の表情を見せたのは、やはり自身も魔道を扱うミカヤだった。

 通常、魔道とは具現化した物を扱うわけではなく、世界を構成している精霊の力を引き出す事で、効力を発揮する。

 その手助けをするのが、特殊な紙とインク、製法で綴られる魔道書であり、いかな手練とはいえ魔道書なしで魔道を使う事は無謀だといわれている。そして、半端な状態で発動しようものならば、使用者もしくは周囲の者を巻き込んだ惨事を引き起こす可能性が非常に高い。

 つまり、魔道を発動する際の集中を妨害されるということは、それだけの危険を伴う、という事になるのだった。

「危険性は彼らも十分に承知している。その上で、自ら言い出してきたことだ。そして目的は神使を殺す事ではなく、脅すこと。いかに神使であり傲慢な態度をとっていようと、あれはまだ幼子。己を常に補佐する宰相と親衛隊長の不在、そのような状態で目の前で混乱が起きて、それでもなお肚を据えていられるだろうか」

 誰も答えられる者などはいない。そもそも、騎竜にまたがり魔道を放つ、など、一体どこの誰が考えるのだろうか。まして、ノクス周辺はこうして軍議を開いている最中にも、吹雪に見舞われている。特別天候に詳しくなくとも、分厚い雪雲とノクスの位置する場所を考えれば、吹雪が止む可能性などは考えないだろう。命を賭していなければ、出来ない無茶な作戦だった。確実性など、ほとんどない。

 それでも、なるほど、成功すれば効果は絶大だろう。

「まったく、そなたの頭の中には、容赦という言葉がないな。もっともそれを奪ったのが、かの神使の傲慢さであれば、致し方ないともいえるか…」

「それを望んだのも、神使です。他国王を傀儡となそうとしたばかりでなく、領土を犯し、荒し、それでもなお己の正義を盲信出来るとするのなら…いかほどに神使とは、世界の真理を司るものでありましょうか」

「女神その存在に等しい、連なる、唯一のかの御声を聞く事が出来るがゆえの、その権威にそなたは逆らうということになるぞ」

 言葉とは裏腹に、ニケの黄金の瞳はきらきらと輝いている。

「ですが女神アスタルテそのものではありません。そのような権威は、かの大国が己の強固さを頑に信じるための方便でしょう。現実を見れば、四年前は要請がなければクリミアを救済することもなく、また、デインはほぼ属国のような扱いのみならず、その支配の実態を把握しようとはせなんだ、そのような帝国皇帝にいかような権威がありましょうか」

 ペレアスの帝国批判は、そのままデインのみならず、クリミアの情報通の間では当たり前のように囁かれている批判だった。口がさないものなど、公然と皇帝の無能を訴え、かような傀儡が絶対的な権威を持つ事に、危機感を覚えている。それは、いかに宰相セフェランが辣腕を振るっても、決して消せる火種などではない。ペレアスもまた、そのような世情に知識を深めれば深める程、かの国の皇帝の行動に、疑問を覚えこそすれ、信頼などはおけなかったし、また神使であるという「神秘性」などは、帝国とは完全に異なる宗教体系でアスタルテを崇めているデインではさほどのものではない。

「当然だ。あいつらが、自分で蒔いた種だ。せいぜい、後悔すればいい」

 呟くように言葉を続けたサザにが、一斉の注視を受け、慌ててそっぽを向く。

 ミカヤはそんな弟の様子を、わずかな微笑みで見守る心持ちであった。

「そうなれば、おそらく皇帝軍側としても戦いに集中などは出来ないでしょう。なにせ、皇帝神使は、絶対な存在であればこそ」

 神使とは絶対な存在であるはずであった。

 にも関わらず、ニケの情報や間者の情報によれば、神使を護るのは親衛隊長その人や、副官ではないのだという。

 サザの言う通り、こちら側を舐めきっているとしか思えない陣構えだ。

 さらに、神使を残し単身帝都に乗り込んだというゼルギウス。かの将軍の動きも、何やら不気味である。宰相の救出のみが目的であれば、何も彼が動かずともよかったのではないだろうか。それこそサザが旧知の仲だという、ラグズ奴隷解放軍など、神使や宰相が掲げたるラグズ復権に実に都合が良い存在ではないのか。失敗したとしても、宰相らに政治的な痛手もない。

 仮に、セルギウスが皇帝軍にそのままいたのならば、この作戦はおそらく成功はしなかっただろう。どころか、おそらくこれほど簡単に事は運ばなかったに違いない。彼のベグニオン兵たちの間での人気は、絶大だった。デインにおけるタウロニオのそれと同等か或いは、とペレアスは見ている。それほどの男が、単身帝都に向かい宰相を救出する思惑とは何なのか。

 そして宰相セフェラン。何故彼は、神使を迎える為の軍を編成しないのか。何故、帝都シエネを動かない。

 ベグニオン帝国という巨大な国が一枚岩ではない、とは思ってはいたが、ここまで手の施しようがないほど思惑に一致を見ないとは、とは流石にペレアスも考えてはいなかった。

 おそらくベグニオンは長くはない。その前にデインという国が滅びるのかもしれないという可能性は、考えなかった。

 

「基本的に、我らから攻勢に出る事はいたしません。このノクスの森の地形は、地図にあります通り、このように、砦を頂に、ゆるやかな傾斜をつくる丘陵になっております。飛行兵は、吹雪と針葉樹に阻まれますれば、思うように行動は出来ぬでしょう。地上の部隊は、重ねて坂道と積雪にまず行く手を阻まれます」

「雪中行軍に慣れない彼らは、おそらく既に疲弊している。加えて、物資の不足。何よりも地の利は我らにある。そして奇襲が成功すれば、ガリア・フェニキス両軍は兎も角、神使親衛隊やグレイル傭兵団の何れかは、神使救出の為に本陣に帰還せざるをえない」

 ただし、そこで神使救出の為にグレイル傭兵団が動かない可能性もあった。特に、グレイル傭兵団のアイクは戦いそのものを楽しむ風があると聞く。何故、そのような男があれほどの人心を集められているのかは判らないが、兎も角そうなった場合に際した作戦もタウロニオの脳裏にはあった。

「だがデイン王よ。グレイル傭兵団が、もし、だ。神使救出を選ばなかった場合、どうなる」

「王が今仰られた通りに動かなかった場合、早急に戦を終わらせるべく動くでしょう。その為の本陣付近及び林に潜ませた弩兵隊と長弓部隊であり、魔道部隊です」

 ニケの疑念にはタウロニオが答えた。

「私が参戦する意図も、そこに含まれているのです、ハタリの女王」

「……ほう。確かに、連中はそなたの事を一度も話題に上らせた事など、少なくとも私が行動を共にしていた時はなかった。それも、罠か」

「そしてクルトナーガ王子がおられます、女王、あなたも」

 穏やかに、ペレアスは言ってのける。微笑んでいるように、見えなくもない。先ほどの告白の様子が、まるで嘘のようだった。

「そういうことか。ならば、良い。私も存分に戦おうぞ」

 ニケは愉し気に、クルトナーガは意を決したように、それぞれ頷いた。

「ですが、女王とラフィエル王子には別の役割も担って頂きます」

「別の?何だ。敵大将の喉元に食らいつく役割か?それとも、あの鷹王を地上に引きずり降ろすのか?」

「いいえ。誓約書が手に戻り次第、ラフィエル王子には使者として、クリミア女王の元へ赴いて欲しいのです」

「……エリンシア殿に?」

「はい。クリミアは今回の戦いでは,中立宣言をしております。ただ何故か、女王自らこの地にある。調停役を女王自ら買って出ているのでしょう、ならば、それを利用しない手はありません」

「そういうことか。では、我らは出来る限りは戦うな、と言う事か?」

「そうなります。クリミアとデインは、往年より決して良い関係とはいえません。ですが他国のあなた方ならば問題はない。互いに、今回の戦には直接関わりはないのですから」

「まったく、はっきり言う。これだけの大軍勢を前にして、手を出すな、とはな」

「手を出さないで下さい。戦ってしまえば……あなたがたも無関係ではなくなってしまいます。この役割はクルトナーガ王子でも問題はないのですが、ラフィエル王子、あなたがフェニキス王と知り合いと仰っておりましたね?」

「はい。ティバーンとは……幼馴染み、という関係です。セリノス王族と彼とは、兄弟のようにして育ちました」

「フェニキス王始めとするフェニキス勢は、おそらく先陣をきってくるでしょう。ですから、あなたが良いのです。このような役割を、鷺の民に押付けるような真似は申し訳なく思いますが、耐えていただけますか」

 いいながら、なんとも偽善的な物言いをしている、とペレアスは思った。どう言い繕うと彼らの感情と関係を利用することに変わりはない。客人として迎えながら、彼らの存在を最大限に利用すると言っているのだ。

 ニケは当初からペレアスの思惑を見抜いていたのだろう。不愉快げな表情をするも、「まあいい」と呟き、豊かな尾を幾度か揺らすのみにとどめてくれた。だが、ラフィエルはどうか。聞けば非常に繊細で脆い、実に鷺の民らしい性根をしているこの王子が、自分を利用されるのだとわかってもなお、戦場という場に立ってくれるのか。

 

「今回の主力は、歩兵隊です。ノクスの地形は起伏に富み、複雑です。騎馬部隊では十分にその力を発揮は出来ますまい。弓の扱いに長けた者を中心に、遊撃及び撹乱を担当。フリーダ将軍、指揮はそなたに一任するが、よいか」

「……心得ましてございます。我がマラドの騎馬隊、そしてデインの黒騎士部隊。その力をもって、皇帝軍を弄んでやりましょう」

 フリーダは不服を唱える,覚える事もなかった。確かに、デインの騎馬隊といえば、誇り高く、そして果敢であること、他国にその聞こえも久しい。それはデイン解放戦役においても、より強固に印象づけられる事となった。だが、そのような印象を覆す役割を、かの騎馬隊に担わせるこの発想は、おそらくはペレアスのものだ。なれば、フリーダに異議等はない。部下達は、マラド騎馬隊のみならず、フリーダの決定に従うであろう。彼らの誇りは、何よりもこの若き領主にあればこそ。

「ノイス、そなたら暁の団と、ツイハークを筆頭にした傭兵部隊は丘陵地帯の麓から、この、中央の林道の守備だ。最も激戦が予想される、なればこそ、戦慣れしているそなたらに全てを任せると、それは王のご意向だ」

「は、はい!そりゃあ……きっと、あいつらも、張り切ります!弩兵隊や長弓部隊の連中だって、矢尻を磨くにも気合いが入るってものです」

 つい、言葉と声が上擦ってしまい。ノイスが己の失態に恥じ入るように口髭を指先で弄んだが、タウロニオもペレアスも咎めはしなかった。

「だが、君たち暁の団は兎も角…手柄に逸り、命を落とすような真似は、出来るだけ控えて欲しいと、加えて伝えてくれ。彼らあってこその、デインだと」

 続いたペレアスの言葉に、ノイスはいよいよ鼻頭を赤くさせた。口髭に隠れた唇が震えている。感激しすぎだ、とサザは胸の内でこっそりと思っていた。

「………王、……本当に、俺たちは、俺は…この国に生まれてよかったと、胸を張って言えます」

 サザの内心の毒づきなど気がついた風もなく、ノイスははにかむような笑みを、主君と仰ぐその人に向ける。年甲斐の無い、などとはしかし誰も言わなかった。

「もう一方の、開けた林道には、砦付近に集中して重騎士隊と、魔道部隊を配備します。特に,炎の魔道を操る者を」

「そちら側に重点的にガリア兵が配置されていると、私の言葉を信じるか」

「わざわざ敵陣に単身乗り込んでいらした客人を疑う事は、礼を失することにもなりましょう。まして鷺の民ラフィエル王子の言葉であるのならば」

「ニケ女王、ラフィエル王子、クルトナーガ王子。あなた方の来訪は、おそらくデインにとっての吉兆。ミカヤ殿のその言葉を、我が方は誰も疑っては、おりませぬ」

「我が母が黒竜族に連なるものとすれば、デインという国は、ラグズを厭いながらもしかし、結局の所、その嫌悪していたラグズの存在により、このように生きながらえる事が出来た……そういうことは、この戦が終わっての後、確かに伝えて行かねばと、思います。おそらくはそれが、私の使命なのだと」

 その言葉を、ペレアスは本心から自分が思っているのかどうか、わからなかった。建前としては、そうだという確信はある。そして、言う程それが簡単な事ではなく、おそらく一生を費やしてでも可能かどうかわからぬものだ、ということも。

 ラグズを、損得感情を抜いた上で個人的に信用する、ベオクと同列に考えるには、得た知識やここ二年弱の体験だけでは、まだまだ足らない、とは思っていた。幼い頃に体験した恐怖は克服したが、その経験からなるラグズという種に対する感情を、デインという国は修正はしてはくれなかったからだ。

 

 

 

 青い月は雲に隠れ、音は積雪に吸い込まれる。まさに静寂の闇のはずが、だが、なるほど連中は相当にイカれてしまっているらしい。

「まったく、何が哀しくて闇夜を全力で飛ばなきゃならないんだかね。何処をとっても連中と来たら、人使いの荒さだけは超一流だ」

 闇夜をゆく黒翼の王は、吐き捨てるように呟いた。聞きとがめる者は、誰もいない。側近ニアルチは部下達とともに夜明けを待って出発させることにした。頑固すぎる老人をなんとか口車で納得させて、ネサラは一刻も早くあの場所から、離れたかったのだ。

 ネサラはセフェランを信用などしていない。だが、彼の言った言葉は、ネサラを納得させるには充分だったから従ったまでだ。それすら、おそらく政敵を抹殺する手段なのであろうが、ベグニオンが内部でお互いに潰し合う事は、ネサラにとっては都合がいい。せいぜい、自分で自分の肉を喰らい、痛めつけ、ボロボロになるがいい。

 

「自由になりたくはありませんか」

 ぞっとする優しい響きを伴う声で、突然ネサラを尋ねた宰相はそう言った。最初ネサラは彼の言葉を鼻で笑うことで一蹴した。だが、セフェランは言葉を翻さない。あまりのくどさに、ネサラは不機嫌さを隠さずに拒絶しようとした。だが、セフェランの漆黒の瞳が、ネサラを射抜いた。

 狂気ではない。だが、正気ではない。ネサラの背を、冷や汗が流れ、落ちてゆく。その長い時間を沈黙で守った後、セフェランは言葉を重ねた。

「キルヴァス王。貴方の国を、貴方が、自由にしたくはありませんか」

 喉の奥がひからびるような、それは恐怖だとネサラは思った。気圧されている。修羅場なぞ何度もくぐり抜けて来ていたが、これは格が違う。張り付きそうな舌をなんとか動かして、ネサラは努めて斜めに構えてみせた。それが、強がりであることは、おそらく見抜かれているだろうこともわかっていた。

「俺が知る限りじゃあ、あんたの国は色々とそうやって他国を蹂躙しているようだが……なぜ、キルヴァスだけを救うような真似をする」

「盗賊の王にも、他国の心配などをする余裕があるとは、驚きです」

「ふん、…てめえの都合か。まあ、いい。俺は確かにあんたの言う通りの王だ、他の国の事等、どうでもいい。あんたのその腐ったやり口を、是非この際お手本にしようかと思ったまでさ」

 

「あんたの『大事』な神使様はこの俺が助けてやるよ。『自由』をくれた代償にな」

 地上より聞こえてくる獣の咆哮。まったくよく吼える。あれ程単純に、戦いのみを求められるガリアの兵を、ネサラは純粋に羨ましい、と一瞬思った。

 

 

「ミカヤ。休めているか」

「ニケ様……。…いえ。心が、重いのです。身体は…大丈夫なのですが」

「おや、あの、青年は?」

 来訪者に、ミカヤの足元に身体を丸め仮眠していたオルグは、あえてうかがう様子も見せなかった。己の主の臭いを違えるなど、ありえない。オルグの態度は雄弁にそれを物語る。ニケもまた、側近の様子に何かを言うつもりは、ないようだった。

 ミカヤの居室もまた、王同様に簡素なものだった。それでも、十分に暖をとれるようにと、毛布が一枚多く支給されている事に気がつかないミカヤではない。物資を節約する手前、灯火の光は殆どが魔道のそれによるはずが、この部屋の、漆塗りの艶が時を感じさせる机上におかれたそれは、温かなものを小部屋にもたらしている。倒れた直後である、という侍女の説明に、ただただミカヤはペレアスの思い遣りを感じるばかりだった。あれほどに、無様に負けたというのに。

「サザは、風にあたってくるとかで……あの子にも、知らぬ間に、色々と背負わせてしまっていたのかもしれません」

「望むところ、といった風ではあったがな」

「そうでしょうか」

「私の目には、そう見えた。それよりも、ラフィエルと共にここに来た事、無駄にならずに済みそうで、私は嬉しいぞ」

「……………すみません」

「謝るでない。それにしても、そなたが主は、言う程あほうではないな」

 言う程、とは、この場合おそらく他国における噂のことだろう、とミカヤは思った。デイン国内で、現国王に対して不満の声が上がっている様子は、見られない。見えぬ所で何かはあるだろうが、少なくとも民衆の顔色や声を伺う限りでは、先君よりよほど彼らに慕われている。

「確かに、落ち度は致命的ではある。その事は、よもやどうにもならぬ。だがなミカヤ。私は、極限状態に陥った時こそ、その者の真価が問われると考えている」

 

「見上げた覚悟の持ち主だ。本当にあの者が言う通り、器ではなく、愚かな王だとするならば……おそらく、玉座を捨て逃げたのではないか?」

 

「全てを捨て、すべてから逃げ、どこかで野たれ死ぬ。血の誓約とはな、刻印がその国の為政者の身体に現れる。玉座から逃れてさえしまえば、少なくとも、重荷からは逃れられるゆえ、な」

 

「あの王は一人耐えていた。そなた達を頼れぬと、疑心暗鬼になりながらも、耐え、政を行い、方策を探っていた。…愚かといえば、愚かだ。だが、…その愚かさを、私は好ましく思うがな。そなたはどうなのだ、ミカヤ」

 

「私は、信じてます。最初に王に会った時から、あの方を疑う、など」

「そうか」

 ミカヤは、ひとつの懸念を、吐き出したい衝動に駆られた。穏やかなラフィエルの笑みが、すぐそばにある。オルグは足元で、変わらず寝息を立てる。ニケは、黙って穏やかなまなざしで、ミカヤを見守っていた。「ラフィエルさん。ペレアス王は……おそらく、私のこと」

 すべてを、だが口に出来なかった。印付である事。そっと手袋をとると、繊細な紋様のようなそれが、確かにある。昔はこれを見るのも、忌まわしい思いにかられたものだった。

「ご存知でしょう。……けれどあのお方は、ミカヤ、あなたを遠ざけた事は、ないのでしょう?」

 ラフィエルは目を閉じたまま呟き、そしてミカヤの肩を抱き寄せた。触れる温もりに、ミカヤの中で、抑えていたものがこみ上げてくる。知っていた。ペレアスが一度とて、自分に向ける視線が、心が、曇らなかった事をミカヤもまた、わかっていた。

 敢えてその事をペレアスが口にしなかったのは、あらぬ事を囁かれぬため、それもまたミカヤのためである。ミカヤはラフィエルに体重をあずけながら、そっと我が身を抱くように、細い腕を交差させる。ミカヤの細い銀糸の髪を、ラフィエルは優しく梳いた。

「………はい。……私……、私は………ッ」

「ベオクも変わった。ミカヤ、そなたは、自分の居場所を見つけたのだな」

「おやすみなさい。少しでも。あなたはまた、再び、あの戦場に立たねばならぬのです。それが、私たちをあなたの元へと赴かせた、貴方の主の思いにも、適いましょう……」

 

 

 

 部屋に戻ってからも、ペレアスは寝付く事はなかった。ゆえに、様々な事を考えた。

 深夜を過ぎても重苦しい空気が、肌にまとわりついてくる。刺すような冬の空気のはずが、どこか生温い。だがそれを不愉快とは感じない。

 どころか、どこかで心地よい安息の場にいるような心持ちにすらなれる。

 これは闇の精の気配なのだ、とペレアスは思った。

 それは恐怖を忘却させ、死を厭う心をなくす。ただ、眼前のものを滅ぼす事を欲するようになる。その事に痛む心を、恐れる心はもはや微塵もない。

 

「ペレアス王。まだ、寝てなかったのか」

 

「サザか。ミカヤが、どうかしたのか?」

「いや……ミカヤは眠ってる。ハタリの女王たちもついてるし、大丈夫だ」

「そうか。それはよかった。彼女には少しでも身体を休めて欲しかったから」

 では何故、とペレアスは聞かなかった。彼があえてこの部屋を訪れるのに、ミカヤ絡み以外であるというのなら、何か理由があるのだろう。最後の作戦会議の時の彼の態度も、気にはなっていた。ペレアスに対し、不審だという態度を決して崩す事がなかったこの青年が、始めて変化を見せた。

「……あんたに謝らなきゃいけないと思った」

「とりあえず、中に入るといい。廊下よりは、寒くはないだろうから」

 サザは無言で従った。扉が閉まると、確かに通り抜ける風がない分、体感的には温かく感じる。

「トパックが」

 サザはそこまで言い、言葉を呑み込んだ。視線をあちこちに彷徨わせ、何を言ってよいのか、迷っているようだった。

「…トパックのやつが、ただ報告だけしてくりゃいいのに、余計な事を書いて来て、…違う。トパックは、あんたを信用してた。それが、不思議だった。あいつはあの通り、何でも信じればいいとか思ってるバカだが、…俺は、あんたのことを不甲斐ない、どうしようもない王だと思ってたからな」

「だいたいは、当たってると思うよ」

「だからベグニオンに叛旗を翻す事も出来ず、元老院の言いなりになってるんだと思った。王の器なんかじゃない、と、思ってた」

「その通りだな」

「違う!」

「サザ?」

「ちが、……いいや、違う。それは、俺の、…俺の間違いだった。あんたは、悔しいけどあんたはこの国の王だな。ミカヤが……あんたを信じた。トパック、それからノイスもだ。その理由が、さっき、わかった」

 

「神使を攻撃した事は、ミカヤの独断だった。だがそれをペレアス王、あんたは庇ったろう。自分の命にすればよい、と言った」

「当たり前の事だ、国王とは、そういうものだろう。だからこそ強制権を持つ命令を行使出来る。それは、その命令で何らかの弊害が生じた場合、責任をすべて負うという代償から来る権限だ」

「そうじゃない!なんであんたは」

 とっさに否定をしてみせたものの、だが、サザは言葉を続けられなかった。当たり前の事だ、そう言うペレアスは、穏やかだった。

 それをサザの理屈で否定は出来ない。事実、サザも痛切にそう感じたのは、間違いではない。以前とはうって変わって、今、目の前にいる青年は、確かに王だ。

「とにかく、ミカヤが哀しむ姿を見るのは御免なんだ。だから、あんたも、もう、死ぬような真似はやめてくれ」

 口の中で何度か言葉を混ぜ、結局は話題をすり替える事で、サザはその場を濁した。いいながら、だが、自身の発言すらも持て余しているのであろう。常の構えた態度は何処へやら、今、ペレアスの目の前にいるのは、ネヴァサのどこにでもいそうな、ごくごく普通の青年だった。

 そして、それは、ここ一年弱でペレアスが失ってしまった過去であり、意図して排斥して来たものだ。訣別せねばならなかった日常が、今さらのように目の前に現れた気がして、ペレアスは小さく笑う。サザは怪訝そうに眉をひそめるが、それは、決して不愉快な感情ではなかった。

「死にはしないよ。この戦が終結を見るまでは、戦いを始めたものとして、死ぬ事は許されない。あの時の無様な選択を、忘れてくれなどは言えないが…少なくとも、初陣を無様な敗北で飾るつもりはない」

 その言葉の裏に潜むものが何であるのか。サザには具体的に知る術もなく、また、想像もつかない。

 だが、あのハタリの女王相手にまったく物怖じもせず、淡々とその脳裏にある策のみを語った姿を記憶していれば、なるほど、まるで別人のようなこの様子も納得がゆく。誓約の事実を告白したときの、怯え悔いる様も決して古い記憶ではないというのに。

「君たち姉弟は、本当に」

「……どういう、意味だ?」

 だが、ペレアスは答えず、やはり曖昧な笑みを見せた。昔似たような状況で言葉を交わしたときは、ペレアスは本音を漏らしていた。

「明朝は、あのグレイル傭兵団と相対する事になる。君のよく知る人も、いるんだろう」

 アイクに憧れの想いは未だに胸の奥にある。だが、アイクの強さと、今、目の前にいるペレアスの強さは、質も種類もまったく異なるものだと思った。ペレアスは多くの命を背負っている。そしてその中に、自分やミカヤの命もあるのだ。その事に気がついた時、あれほど憧れていたアイクの存在と、ペレアスが被って見えた。

「今更だ。それに、覚悟なんかとっくに決めてる」

 所詮、憧れは憧れでしかなく、現実とは結びつかない。憧れの人が現実で敵対している。その事を整理するだけの、充分な時間は、サザにはあった。そしてサザは、ミカヤの側にいることを選んだ。ミカヤの為に戦うのだ、と決めていた。

「そうか、ならば、渡したいものがある」

 サザの言葉に頷いてみせると、ペレアスは卓の上に無造作に置いてある短剣を手にとった。鞘の細工や光沢から察するに、サザの暮らしぶりでは、見る事すらも稀な、年代物ではあるが高価な代物だろう。闇ギルドならば扱うこともあるだろうが、生憎とサザはその手の組織に世話になる程ネヴァサでは危ない橋を渡ってはいないし、関わるつもりもなかった。

「君ならば扱えるね」

 一振りの短剣を、ペレアスはサザに手渡す。よく見れば、柄の部分にはデイン王家の紋章が刻まれていた。

「王城から、幾つか運べそうなものだけは、持って来ておいたものだ。祭事用のものだが、デインのそれは帝国のそれとは違い、実用性も馬鹿に出来ないはずだ」

「……見た目より、随分と軽いんだな」

 サザの手に馴染んでいるものと比べると、大きさはともかくとして不自然な程軽い。デイン王家直轄の鉱山で採掘されるという特殊な金属から作られたのか、とも思ったが、見れば刀身が鈍く暗い色を放っている。指先で触れようとすると、だが、制止の声がとんだ。

「触れるのは、止めておいた方がいい。少し、符呪を施しておいたんだ、もっとも、専門家のそれのようにはいかないから…ただの気休め程度だが、刃に毒を含んでいる。聖杖で治療をしない限り、永続的に身体を蝕む、弱い毒だ」

 魔道を施した武器というのは確かに存在はしている。見た事もないわけではなかったが、現物を手にするのは始めてだった。

「私はおそらく、彼女の事を気遣える余裕はない。だからそれで、ミカヤを、…守ってくれ」

 王、あんたは。言いかけたが、サザは言葉を喉元で止めた。自分は、それほどに器用ではない。それに、相手はあのグレイル傭兵団。勝てるかどうかも、正直なところサザにはわからない。

「ああ。ミカヤは、俺が守る」

「サザ。ありがとう」

 サザは背を向けたまま、立ち止まった。何かを思いめぐらすように頭をふると、わずかに振り返る。ただ、その目元は前髪に隠れてペレアスの方からは、伺えない。

「死なないでくれ、ペレアス王。あんたは、多分、デインに、必要だ」

 

 真っ直ぐな青年だ。平凡な願いをもち、だが強い意志を秘めている。純粋にミカヤを守ると言える、その強さは好ましく、ペレアスの目には映った。

 王という立場に立って、気がついた事がある。自我を殺さねば、駄目なのだと。この小さな身体や小さな自我など、元からことさらに強い執着を持ってはいなかった。だが、そこで自暴自棄になり、全てを捨てては駄目なのだ。

 私利私欲を捨て、この身をすべて民のため、捧げられるような覚悟がなければ、そもそもあの広間の玉座に、座ってはならなかった。

 覚悟はあったと思っていた。だが、それは生半可なものだったのだ。

 死んではならない。死を恐れるような真似はせずとも、本当に死んでは、ならないのだ。それが、一国を背負う、ということに、他ならないのだと、知った。

 

 サザが退出し、再び部屋は静寂に支配されると、ペレアスは指揮杖と陣羽織を手にとり、羽織った。戦の前にやっておかねばならないことが、もう一つ、あった。卓上の燭台を手に、部屋を出る。

 冷えきった廊下には、見張りの兵の他は誰もいない。そして、彼らは、たとえ主君が目の前を通ろうとも、黙して例をするのみで微動だにせず、闇を見つめている。程よい緊張感に、このノクス砦は満たされている。

 先ほどの身体の変調は大分落ち着きは取り戻してはいたが、鈍い頭痛は相変わらずである。そして、先ほどまでではないのだが、体内に疼く精霊の力は、いつ暴走を初めてもおかしくはない。ペレアスはそれを、気力でのみ、押さえ込んでいた。気を抜けば、どうなるか。想像もしたくなかった。

 

「王。まだお休みにはなられませぬか」

 老将の表に、僅かに非難の色が見える。タウロニオは、ペレアスがしばらくの間まともに眠っていない事を知っていた。

「これが済んだら休む。王の祈祷は、初陣に重きを置くデインでは欠かせぬ儀礼だろう」

「それは、確かに…ですが、祭司もおりませんし、何より陛下は」

「口を閉ざせ。祭司ならば、そこにいる。将軍、貴公が偶然この場に居合わせた、ならば、最低限の形式は整っている、そうだろう」

 

「……王よ。我が、王よ」

 タウロニオが突如身を屈め、礼の姿勢を取る。

「明日は、御身必ず私がお守り致します。この老骨に代えましても、必ず」

 四駿のタウロニオ。兵士達に絶大な人気を誇り、デイン軍の高い士気を保つ要因の一つであり、王家三代に渡り、変わらぬ忠誠を誓うその姿は、将兵のみならず、街角で遊ぶ子らや、井戸端に集う女たちの口にまでのぼるほど。四駿と言えば、同様に名高いのはガウェインだったが、彼はデインを出奔して久しい。デイン人は、デインを捨てた者などどうでもよかった。それがかつての四駿と謡われた英傑であろうとも、だ。

 その英傑、剛勇名高いタウロニオの、過ごして来た人生の深さを聞く者に感じさせてやまぬ声が、震えていた。

 ペレアス出陣の意を直接当人から聞いたのは、兵士達がチーズと干した山羊肉を肴に火酒をその胃袋に収めている、最中だった。タウロニオは当初、それを受け入れるべきか否か、とっさの判断が出来なかった。ペレアスが戦う手段を持っている事は、知っていた。そして、何故その力を封じ、決して戦線に赴こうとせぬかも、理解していた。

 戦をしているからといって政務に滞りが生じてはならない。

 また、皇帝軍に対し抗戦の意を示しているとはいえ、相手は仮にも神使を総大将に戴くベグニオン正規軍でもある。その神使に対し、王が自ら手を下すような真似があってはならない。今のデインは弱小国に等しい。恭順は出来ず、さりとて逆らう訳にもいかない。だが、民の意志というものもある。

 そして一般的に「呪術」などと呼称され、恐れられ忌まれ、魔道の使い手にすら遠ざけられている闇の魔道、それこそがペレアスが戦う為の手段であること。

 それら全ての要素を鑑み、今の今まで、王は決して戦陣に姿を現すことは、なかった。

「その宣言は聞けない」

 ペレアスの言葉に、タウロニオは弾かれたように顔をあげる。

 明かりに照らし出された若き王の顔は、ひどく疲れて見えた。実年齢は、二十歳前後であるはずだ、だが、とてもではないがそれは若者の顔ではない。数えきれぬ労苦と、計り知れぬ心労、そして重ねこなしてきた政務の数を、それは物語っていた。

 それでも、深い目元の奥にある深い瞳は、まさに一国の王は女神の祝福を得たるもの、という信心をタウロニオに呼び起こさせる。出会った頃から唯一変わらぬ、強い闇色の光だ。

「何故、で、ございますか」

 やはり声が震える。面を上げられない。畏縮、というのとも違う。威圧感があるわけではない。だが、タウロニオは堅い鎧に覆われた己の身が、僅かに震えている事に気がついていた。

「将軍は」

 ペレアスは立ち上がった。後ろ手に手を組み、ゆったりとした足取りで、こちらに向かってくる。

「何を、そこまで悔いているんだ。何を、何故」

 背に、汗が生じる。冷えきった部屋だ。だが、冷たいそれは、肌着を濡らしてゆく。舌の根にいい様の無い苦いものが生じ、タウロニオはそっと奥歯を噛んだ。

 神使を取り逃がした責は、己にもある。総大将という立場に、ミカヤの心身は耐えられなかった。その事を、タウロニオは勘付いていた。にも関わらず、動く事は出来なかった。どうにも、出来なかった。

 真にデインの為を思うならば、よりよい献策が出来たのではないか。神使を確実に捕えられるよう、手段を講じることが出来たのではないか。

「タウロニオ将軍。私は、うまく、演じていられるか?」

 何を突然言い出すのか。

 見れば、ペレアスは笑みを浮かべていた。久しぶりに見る、表情だ。解放軍時代、所詮は傀儡とわかりながらも、兵たちに向けていた笑みだった。その笑みが、どれほど、義勇兵たちを鼓舞したのか、ペレアスは知るまい。ペレアスは、彼ら兵卒たちの熱意はひとえにミカヤあってのものと頑に信じていた。

「……………陛下。間違いなく、陛下は、このデインの王にあらせられまする」

 見上げ、そして、深く頭を垂れる。立ち上がる事が、出来なかった。

 ミカヤの不可思議な求心力は、確かに、現実に、このデイン軍を崩壊させず、異様な結束力をもっても証明されている。だが、やはりデインの王はペレアスなのだ。そしてそれを理解しているものも、おそらくペレアスが思っている以上に多くいる。

「イズカは良い、臣ではなかった。だが、あれで言う事の道理は、通っていたと思う。王たるもの、時に、酷薄な決断をせねばならないことが多い」

 王とは時に断罪すべき立場でもある。情というものを理解しながらも、だが、情に流されてはいけない。それもまた、一つの真理であるのだとペレアス自身が、この一年弱のうちに導き出した結論だった。

「或いは、そのように割り切れなければ、人の上に立つ事、まかりならない。あのイズカの言った事を、間違っているとは、私は思わない」

 タウロニオは何も応えなかった。臣下の礼の姿勢のまま、顔をあげる事もない。

 あげられなかったのだ。

 誰も考えてはいなかったのだ。ペレアスが、この青年が、一人、王という立場と、即位のあの日から戦いつづけて来ていたことを。尽力して来ているつもりだったが、一方でミカヤの事もあった。民衆に異様な人気を持つ彼女自身には他意はなく、純粋にデインという国を愛しているという事はわかったが、それに乗じて彼女を持ち上げようとする輩がいなかったわけではない。そういった者への対応も、せねばならなかった。ペレアスは捨て置けと言うが、タウロニオはどうしても、それだけは、我慢がならなかったのだ。

 だがそれゆえ、ペレアスの不安も、苦悩も、察する事が出来なかったというのは、片手落ちなどという言葉では済まない、失態だ。そもそも、政治的に明るいわけでなく、帝王学なども付け焼き刃の王を、それでも強引に玉座に据えたのは、誰でもない。デインの民であり、自分たち将兵だ。悔いる想いを胸に、タウロニオは堅く瞼を閉じた。

「すまなかった。……今の言葉、忘れてくれ」

 窓の外、闇を見つめたままに言うペレアスの言葉に、タウロニオは黙って、頷いた。

 一瞬垣間見えた、主君の弱さだった。だが、それで、この胸の奥に頑に守りつづけて来た忠誠が揺らぐ、などということはない。変わらない。いや、そのような弱さを持っているペレアスだからこそ、タウロニオはこの命に賭しても守らねばならぬと思った。

 人の弱きを知り、弱者の理を知る王だからこそ、このデインは変われるのだ。タウロニオだけではない。そう思う将兵が、いかほど多いのか。この王に、知らせてやりたいと思う。

「もう夜も遅い。充分に休むんだ」

 静かな声でつげるそれは、穏やかな瞳であれば、有無を言わせないものを含む。伝えたきものがあるならば、明日の戦を生き延びよ。そういう事を、言外に言っている。タウロニオは観念した。

 

 

 

 老将が退出する背中を見届けるや否や、ペレアスは窓辺に立ち、一度窓を叩き、わずかに窓を開放した。とたんに吹き込んでくる風とともに、地上よりくぐもった音が聞こえてくる。その足音は、雪上であるがゆえ、流石に聞き取る事は出来ない。

 

 窓を閉じる事も忘れ、ペレアスはその場に,崩れ落ちるようにずるずると座り込む。

 左腕をはだけ、申し訳程度の灯火に照らし出される、禍々しい刻印をしばらく見つめたのち、そのまま天を仰ぐように顔をあげ、左手でその顔を覆うとペレアスは重い息を、肚の底にためていた言葉と共に、吐き出した。

 

「何人殺した。何人僕は、殺した、そしてこれから、何人、殺すんだ」

 

 答えるものなどはいない。静寂とわびしい風の音。まるで、昔を思い出すかのような暗闇の安息。 

 矢は、放たれた。

 

 

 

 部屋の中の空気も、冷たく澄んでいた。

 唐突に目を覚ましたペレアスは、慌てて上半身を起こす。寝入ってしまった。暖炉に火が入っている。半刻も眠ったのだろうか。ふと見れば、部屋の隅には、見慣れた長身がある。浅黒い肌と、短く刈り込まれた髪、細い目と鼻筋。元ベグニオン駐屯軍所属の、そのテリウスにおいてはいささか異質な外見からいわれのない差別を受けつづけて来た青年。側近にとりたててより、常に王の側近く、その身を守りつづけて来た男だ。

「君が…入り込んだことも気がつけなかったか……こんな、時に」

「陛下」

 青年の口調が、珍しく咎める響きを帯びた。気がつけなくてよいのだ。

 自分は、元より堅気の人間ではない。疲労に眠りこけた素人に気がつかれるわけがない。もっともペレアスは、堅気というほどに安穏とした半生を送って来てはいない、ということも知っていたが、自負もあった。何より主君に安眠を覚えさせないということは、それだけ側近くあるものに力がない、という言い方も出来る。

「…すまない。何か、報告は」

「いえ。何も」

 男は己の浅慮を恥じながら、それをおくびにも出さぬよう務めた。だが、言葉が途切れた。

「何も、ございません」

「…………そうか」

 部下の葛藤を知ってか知らずか。ペレアスは考え込むように窓の外に視線を送りながら、顎に手を当てた。

 とたん、側近の顔が動き、主君に異変を知らせる。何事かとペレアスが目を凝らし神経を尖らせれば、薄闇の中、遠く、金属の音が聞こえたような気がした。窓枠を叩く音が、変じる。風ではない。

「入れ」

 ペレアスは命じ、寝台から身体を起こすと上着を羽織った。出陣の支度を、しなければならないだろう。側近の青年が先んじて支度を手伝う事はない。王族らしからぬその主君の振舞いは、結局直る事はなかった、とどこか諦めるような思いが去来するも、それを表に出す事はなかった。

 窓を開け、風とともに入り込んで来た男は口早に皇帝軍の陣営に動きあり、どうやら本営は相当に混乱を来している、とのこと。男は口早に告げた。

 奇襲部隊の生還について、使者は何も言わなかった。

「判った。ご苦労、引き続き頼む」

 使者は命を受け、音もなく去った。その命が何であるか、男も知っていた。混乱を助長し、騒ぎを大きくすることだった。彼は報告の為に一時帰還しただけなのだ。

 指揮杖を取ると同時に、何かを思い立ったそぶりで、ペレアスは一枚の羊皮紙を手にすると、それを折りたたみ、丁寧に封をした。書の封に使われる鑞を固める印が、王印であることに、側近の男は顔色を変えた。

「陛下……」

 綴じた羊皮紙を机の棚に丁寧にしまい込むと、ペレアスは反論を許さぬと言わんばかりに、低い声で口早に呟いた。

「このこと、誰にも言うな。ただ、何事も全てが思い通りにいくなどと、そのような傲慢な考え方は、出来ないだけだ」

「わかっております」

「万一の場合はミカヤを立てよと、神殿と「草」には含んである。これは私の名においての命令だ。わかってくれ。彼女ならば、巧くゆく」

「わかって、おります。ですから命に替えても陛下をお守りせよと言われておりますし、そのつもりです」

 男は顔を伏せたままに、珍しく言葉の端に焦りを滲ませていた。この男が、ネヴァサの有力な商工ギルドと繋がりを持っている事は既に知っている。彼の意志はひいてはかのギルドの意志でもある。

 ペレアスは笑みをつくり、男の肩に触れた。男はたまらず顔をあげる。その表情が、あまりにも不安さを隠しきれない少年に見え、ペレアスは笑みのまま一度、頷いてみせた。

「ならば良い」

 

 

 男と入れ違いに入って来たタウロニオは、使者に目配せをした。使者は頷くと、来たときと同じように、すきま風とともに、姿をくらました。タウロニオが窓を閉める。

「では王。予定通りに」

 窓を閉め、タウロニオが敬礼する。ペレアスは頷いた。

「頼む。私も支度をしてすぐに向かおう。キルヴァス王が参戦するとは思えないが…動向には気を配っておくよう、伝えよ」

 タウロニオが退出すると、ペレアスは指揮杖を手に、皇帝軍本陣の方角を向き瞑目し、深く頭を垂れた。

「その身に祖霊のみ元への道を示されん事を。我が祖国の英雄にして偉大なる王ヘンギストと、すべての母、大地の母、女神アスタルテの御名に願う。その身に安らぎあらんことを。その身に、導きあらんことを。その身、久しく、そしてその血に連なる子らへ、再び道を示さんことを」

 祈りを切る。彼らは総勢九名。鴉王の妨害があるとは、流石に予想外だった。だが、ここで焦りを見せる訳にはいかない。 割り切る、と決意をした。それでも、胸の奥に凝るわだかまりが消える事などはない。一生自分はこれを抱えて生きるのだ。その事を、だが、重荷とは思わない。国のため、そう言い切る事で、自らをも騙しつづけ、民を欺きつづけた事。それも、罪などとは考えない。真に断罪されるその時にこそ、全ての判断を、民に任せよう。だからその為には、死ぬ訳にはいかない。

 

 戦いは、始まった。

 東の空から視線を外した。

 行かねばならない。立ち上がったとたん、目眩を覚え、よろめいた。身体は正直なのか。それでも、とっさに壁によりかかり、脚に力を込める事で、倒れ音をたてるような真似はせずに済んだ。

 それでも頭の中は、恐ろしく冴えていた。これから全軍を前に、何をどのようにすればよいのか。どのような言葉を選べば良いのか。どのようにすれば、兵士達を鼓舞し、死地に向かわせる事が出来るのか。

 それはあまりにも明瞭に、ペレアスの脳裏に次々と浮かんでくる。

 立ち上がると、もう一度だけ、窓より外を伺う。室内の灯に照らし出され、窓に映る己の顔は、まったく酷いものだった。飢餓で死にかけている老人ではないか。

「だがお前はデイン王だ。神殿より聖別されし、二百余年の歴史を作るデイン王家に連なる存在だ。デイン王ペレアス、お前は決して、退く事も、死すことも、許されない。それが、お前の、償いだ」

 自らにそう告げる。

 

 

 

 頬を叩く風には雪が混じる。東の方が、ようやく明るくなってきたろうか。風雪の中、焚かれた篝火は、だが消える事はない。総勢、一万と三千。三千は、既に埋伏の計略により、方々の林の内部に潜伏している。敵方には、こちらの総力は一万と伝わっている筈だった。そういう流言を流したのも、潜入した部隊と、そして密かに皇帝軍に入り込ませていた間者が行った。

 やれる事は全てやったのだ。学んだ事は、おそらく極一部。ほとんどの計略は、タウロニオ及びフリーダの献策があったからこそだった。傭兵として大陸中を流転していたツイハークの知識も借りた。かつては敵対していたベグニオン駐屯軍よりの降伏部隊などからも、得るものは山ほどあった。すべてを、利用した。

 兵達はこの極寒の早朝にも関わらず、整然と隊列を組んでいた。とてもではないが、半数以上が非正規軍とは思えない。見事だ、とペレアスは思わず息を呑んでいた。

「皆、良く聞け。この度の戦、決して、こちらから手を出すな。敵は数に勝る、ゆえに、我らは悪戯に敵陣へ飛び込む事は、巫女の加護を失うと思え。我らが勝つにはただひとつ、この、暁の巫女の加護のもと戦う事に、他ならない」

 ミカヤは、出来うる限りに穏やかな表情で、ペレアスの隣に立っていた。その様は毅然としたもので、兵卒の中には、デイン解放の直前の光景を思い浮かべる者も、少なくはなかった。

「暁の巫女が我が方にいる限り、我らは負けぬ。そして、暁の巫女のため、遥か異国より、屈強の戦士もまた助力してくれる」

 ニケが、ペレアスより前にずいと進み出る。兵達の間に、わずかな緊張が走った。彼らの中には、ニケの姿を見知っているものもいるはずだ。ニケは、そのまま、化身をしてみせる。見事な銀毛を持つ狼が、現れた。

 さらに、ラフィエルがその背後につき、朗々と謡い出す。美しき白翼をひろげ、風の中謡うその姿は、篝火に照らし出され、まるで女神の使者そのものであるように見える。

「恐れることは、ありません。皆、恐れてはなりません」

 ペレアスに促され、ミカヤが進み出た。兵達は,一斉に暁の巫女の言葉に、耳を傾ける。サザとタウロニオは、両名とも、持ち場を動く事はなかった。

「彼らは私のため、尽力してくれると、女神の名の元、誓ってくださいました。そして、竜鱗族の戦士、黒竜王の子、クルトナーガも」

 竜鱗族、の言葉に、緊張感が走るのをタウロニオは見逃さなかった。

 やはりだ。あのとき、三年前。先君が従えていた、獰猛な獣。かの存在の事を、覚えている兵士達も少なからずいる。そして竜鱗族に対する認識の程。実際に目の当たりにしなければ、噂というものは、時に真実を軽く凌駕する事がある。デインにおいては、強大な力をもったアシュナードと同一の存在の様に。竜鱗族の強靭さは語られていた。もとよりラグズに対し、理解の少ない土地柄だ。

 クルトナーガが緊張の足取りで、整列したデイン兵の前に進み出る。横に、臣下の如く付き従うのは、ペレアスだった。

 無言でクルトナーガがペレアスの方を向けば、ペレアスは黙ったまま,穏やかな笑みをつくり竜王子を促す。その手は、クルトナーガの背に添えられている。

 クルトナーガは力を抜いた。

 意識を、研ぎすませる。小さな竜王子をとりまく空気が、その存在ごとまるで変質したかのように奔流をつくり、それらがすべてクルトナーガの身体のうちに流れ込んでゆく。添えた掌から、明らかに異質なものが、同様にペレアスの意識を揺さぶり、蹂躙しようと牙を剥く。それでも倒れるわけにはいかない。ペレアスは密かに古代語を呟く。魔力を、解放する。

 

 黎明の雪空のもと、現れたる、今しがたそこにいた少年の姿を忘れさせる程、強大で、獰猛な、黒金の肉体。

 

「我らには、守り神がおります。我らが頭上には、今は隠れたる、ですがしっかりと、女神の微笑みは、降り注ぎましょう!皆、恐れないで!決して、皇帝軍の暴虐には、屈しない心を!我らが,誇りを!」

 ミカヤの叫びは、総じて兵士達の心の叫びだった。

 曇天の夜明けに、歓声が迸る。皇帝軍など何ものぞ、そう叫ぶ、声が聞こえる。

 地面より響く、兵卒達の、歓喜の声は、ともすれば失いそうになる意識を、砕けそうになる膝を、ペレアスが抑える手助けをしていた。

 

 詭弁でも、嘘でも、それは、希望だった。


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