「代打!海老!」
『おおっと!ここが勝負所と見た久島監督!復活の背番号5!故障明けの海老を投入して参りました!』
歓声が、爆発したかのように一段と大きくなり、復活を心待ちにしていたファンの中には涙を浮かべている者さえいた。
海老は素振り用マスコットバットをつかみ、数回振り回した。それが終わるとバットを後ろ手に回して腰をほぐし、次に前に突き立て屈伸を始めた。
「海老」
「……?」
ふとかけられた声に海老が振り向くと、そこにはマウンドを見つめたままの監督が立っていた。
「海老よ。お前ほどのベテランに何も言うことはない……2年間を棒に振ったその鬱憤、晴らしてこい」
「……わかりました」
ネクストバッターズサークルでロージンをバットに吹き付けると、グリップを、その感触を思い出すかのように念入りに握る。
そして彼は、一度だけ宙を仰ぎ、カクテルライトの照らすそのフィールドに降り立った。
アンパイアとキャッチャーに軽く一礼すると、2年前と同じジンクス ―――――必ず右足からバッターボックスに入る――――― で、昨日も、一昨日も、その右ボックスに入ったかのように、いつも通り立った。
アンパイアは彼のキャリアに敬意を表するかのように充分に間をおき、再開を宣言する。
「……プレイ!」
ランナーは二、三塁。ヒットで同点。一打出れば逆転。
(逆転すればこちらには守護神の宮崎がいる……。この試合、ここで俺が決める……!)
マウンドのピッチャーは、ランナーがいるにもかかわらずワインドアップ。
海老との真っ向勝負を選んだのだ。ランナーもリードを深めに取るようなよけいな小細工はしない。その勝負の行方を、固唾を飲んで見守っている。
一瞬、歓声が消えた気がした。
極度の集中から耳に届かなくなったのか、それとも観客がその空気にのまれたのか。
わからない。
ピッチャーは渾身のストレートをミットめがけ投げ込む。
海老はバットを振った。
ボールは海老の体を押しつぶし、後ろのフェンスにぶつかった。
――――所詮、甲殻類だった。
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http://www.tinami.com/view/255273 と同じように過去のテキスト入れから発掘。
小説風に書いてますが、星新一とはまあ違います。
というか、星新一の小説、読んだこと無いんですよ。
ちょっと前にNHKで映像化したのを見ましたが。
小説は多分、読んじゃうと影響されすぎちゃうと思うんでわざと読んでません。