No.252182

EXIT (後編)

Touyaさん

ゲーム「BOF5・ドラゴンクォーター」の二次創作です。
主人公リュウとボッシュの出会いのころのお話。
初任務のとちゅうで人質事件に巻き込まれて…。
時系列でパートナーになるまでを書いています。
こちらが後編です。

2011-08-01 02:45:28 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:440   閲覧ユーザー数:430

4.

 7番採掘抗のいちばん底で、いくぶんの尊敬と愛情と、ちょっぴりの揶揄を込めて、7番抗の主任と呼ばれているふとっちょのバリーは、新しく掘られた坑道への入り口に蓄光性のペンキで書かれた”7”の数字を、満足げに見上げた。

申し分なく、いい番号だ。

穴掘りの仲間たちが一生に一度はと憧れるような大成功を,、バリーにもたらす数字だった。

その大当たりがわかってからというもの、バリーは、同じ坑道で働く連中をはげまして、寝る間も惜しんで、掘削作業を続けさせている。

この採掘抗で、珍しく貴重な鉱石の層を掘り当てたことは、そろそろ下層街の噂に上り始め、政府の連中の耳にも届くだろう。

いまは上納で満足している政府の役人が、欲を出して、坑道まるごと政府の管理下におこうとすることだって、ありうることだとバリーは思っていた。

それくらい価値ある鉱石を、バリーたちは、数日前に掘り当てたのだから。

だから、政府による締め出しが執行される前に、バリーと穴掘り仲間たちがたっぷり潤うだけの鉱石を、できるだけ多く、早急に掘り出しておかなくてはならない。バリーが足を踏み入れた坑道だって、たった3日前に大急ぎで掘り進めたものだった。

洞窟の天井に数メートルおきにとりつけられた白い明かりに照らされて、新しい鉱石の出た層は、少し斜め奥に傾くような縞模様を描いている。

出っ張った腹をなでながら、その真新しい線に誘われるように、バリーは、今日掘られた新しい坑道の奥へと進んでいった。

違和感は、すぐにやってきた。

穴の奥から、岩壁に何度も跳ね返り、重なり合ったベルの音が、けたたましく響いてきた。

バリーは、最初、正午の休憩時間を知らせるベルかな、とのんびり思い、頭を振って、あわてて腰のガス検知計を覗き込んだ。

洞窟の中の湿気で白く曇っていたガラス面を、指でなぞると、バリーが一度も見たことのない、赤い数字がにじんでいる。

なにかで殴られたような衝撃に一瞬立ちすくんだバリーのところに、穴の奥から、男たちが駆け出してくる。

「お前ら、なにが、あったんだ!!」 一目散に逃げようとする作業員のひとりをとっつかまえると、大柄のバリーが首元をつかんで、締め上げた。

「…当てちまった、主任、でっかいガス層を掘りぬいちまった。ドライガスが噴出して、もう手におえねぇ。あんたも、引き上げろ。」

「遮蔽ドームは、どうしたんだ?」

「噴出す勢いがつよすぎて、使えねえ。どのみち、ここもすぐ限界濃度を越えちまう。穴ごと爆発したら、遮蔽ドームどころじゃねぇ!!」

作業員は、バリーを突き飛ばすと、仲間の後を追って走り出し、バリーは、一瞬で、状況を理解した。

大当たりなんてもんじゃない。穴の奥で掘り当てられたガス層から噴出した天然ガスが、洞窟内に蔓延し、いまやバリーの手元のガス検知計は、爆発濃度を示していた。

もしもいま火がつけば、一瞬で空気が燃え上がり、ガスの満ちた場所全部が、炎に焼かれることになる。

あわてて取って返したバリーは、洞窟の中から飛び出して、警報塔のところへ走りよった。

天井の高いこの場所に出ても、地面近くにたまったガスのせいで、検知計の数字はじりじりと上昇を続けている。

あぶら汗ですべるマイクを、口元に当てると、ピィーという耳障りな音が、7番採掘抗全体に響き渡った。

「全員聞け、バリーだ!! 7番採掘抗の可燃ガス濃度が限界を超えちまった!! 電源を落として、全員、隣接する区画へ退避しろ!! 爆発するぞ!!」

見渡す限りの作業員が、全員走り始め、すぐに、掘削抗全体を照らしていた照明が全部消えて、耳がじんじんするほど鳴り響く警報と、赤い非常灯以外には、何も見えなくなった。

 

 

「隊長、7番採掘抗で、地層からのガス噴出事故が発生。作業員退避のため、隣接区画へ降りるエレベータ全機の使用を要請しています。」

作戦会議中の全員が、ヒッグスのほうを振り向いた。ゼノは、ぐずぐずしなかった。

「当該エレベータ以外の全機を、避難用に再始動させ、下へ向かわせなさい。」

「了解。」

「こんなときに……。しかし、隣接区画とはいえ、急にエレベータを動かすと、犯人を刺激するかもしれませんよ。」

「だが、7番採掘抗から避難させる人間は数十名、人質4名とひきかえにする選択肢はないだろう。」

ざわめく会議室の中で、ファーストの各部門チーフの1人に、ゼノが問いかけた。「残りの人質2名の特定は、どうなりましたか?」

「両名とも、最下層の住民ですね。IDは、ありません。」 リストを見るふりをしながら、ファーストのひとりが答えた。

「送られてきたエレベータ内の写真を、パトロールに見せました。写りが悪くて、女はわからないが、子供のほうはときどき、物を盗みに下層街へ来ていたことがあるそうです。当然のことながら、IDゲートに記録はなく、通称名は、両名とも判明しておりません。」

「ふぅむ……IDなしねぇ。万一、当該エレベータが一機落ちたとしても、事故で片がつくかもしれませんな。」 ファーストのひとりが、注意をひくため、わざとらしく空咳をした。 「――いや、もちろん冗談ですがね。」

ゼノはかまわずに、部下たちの方へ向き直った。 「E班、囚人解放準備は整っているな?」

「囚人の護送、狙撃隊とも準備完了。命令が出れば、いつでもやつらを自由にできます。」

「わかりました。ただし、実際に解放するときは、囚人によく似たレンジャーを偽装させて、罠をしかけます。派手に解放準備を見せ付けなさい。解放のタイミングは、タイムリミットぎりぎりに設定する。」

「大喜びでやりますよ。反対に、囚人を迎えに来た反政府の連中を、残らず捕まえてみせます。」

「ゼノ隊長、しかし、ひょっとしたら、相手はダミー解放を予想してくるのではないでしょうか。」 それを聞いたヒッグスが、顔を上げた。

「ええ、ありうるでしょう。だが、解放されたのが仲間かどうかの確認までの間、うまくいけば、再交渉までの間、落下のリミットが引き伸ばせる。

危険の比重が変わったのです、7番採掘抗が炎上すれば、同じ穴にある当該エレベータも、爆発に巻き込まれかねない。

少し危険な賭けですが、この騒ぎに乗じましょう。

救助チームは、隣接区画からの避難者への救護にまぎれて、当該エレベータのあるホールへ。すぐに、人質救助の準備にかかりなさい。」

 

 

 

 

リュウは、岩壁にうがたれた最後の梯子段を、ぐいと踏みしめ、たどりついた穴ぐらの床に手をついて、背中にしがみついた少女を、そこに降ろした。

少女はすぐに、反対側の壁に手をついてしゃがみこんでいた母親の元へ走りよる。

体を締め付けていた、そでとそでとを結んだレンジャースーツをほどくと、やっと、まともに息ができるようになった。

岩壁をうがって作った高さ2メートルほどの横穴の奥は、天井近くの小さな常夜灯で照らし出すにはあまりにも深く、だんだん小さくなる赤い光の点が、2つの列を作って、黒い闇に溶けている。

わずかの間、岩壁に薄手のセーターの背中をもたせかけて、汗ばんだ体を冷やすと、すぐにリュウは、相棒の姿を求めて、立ち上がった。

後から登ってくるリュウを待たずに、横穴の奥へとずんずん進んでいくボッシュの背中を見つけると、しゃがみこんだ親子に、そこで待つように、と短く指示を告げて、その後を追う。

ガス検知器の薄明かりだけを頼りに進んでいるにしては、歩く速度が速い。

リュウは、息が切れるのもかまわずに、早足で、その隣へと追いついた。

「……気になるか?」

「当たり前だろ。」

「見ないほうがいいぜ。」

からかうように、ボッシュが唇を引き上げて、検知器をリュウに向かって放り投げ、リュウはあわててそれを受け取った。

「さっきより、ガス濃度が上昇してる…。」

そのとき、風向きが変わり、岩穴の奥から、かすかに採掘抗から響く警報の音が、2人の耳にも届いた。

「どうやら、この下の採掘抗がガス噴出の原因らしいな。もうすぐ、爆発濃度だ。下に火がつけば、この横穴もやばいぜ。どうにか、抜け出さないと。」

「戻って、また梯子を登ろうか。」

「お前のあののろのろした速度でかよ? 上まであと数百メートルはある。落ちない分だけ、ここにいた方がましだろ。」

そう言いながら、ボッシュは、腰のパウチから、小型のラップトップを取り出した。手首の記憶装置から、赤い光がしゅるりと伸びて、すぐに消える。ラップトップの隅をスライドさせると、格納されていた細い通信ケーブルがするすると伸び出した。

「どうする気?」

「どのみち、あの足手まといの親子をつれて、ここから上まで梯子で登ろうなんて、正気の沙汰じゃない。だから、上から迎えにこさせるんだ、うんと派手に知らせてやる。ここに俺たちが、いるってことをな。」

「連絡とるの? どうやって?」

ボッシュは、黙って、数歩先の岩壁にはりついた白いコントロールボックスに近づき、がんがんと蹴った。小さなコントロールボックスの扉はひしゃげて開き、中を走っていたケーブルがむき出しになる。

ラップトップから伸びた通信ケーブルの先をくわえたボッシュが、コントロールボックスの内部から色のついたケーブルをずるずると引き出した。

「知ってるか? こんな末端の通信ケーブルからだって、ラインさえつながっていれば、街じゅうの通信を占拠できるんだぜ?」

 

 

 

 その日のことは、ちょっとした悪夢として、下層街のレンジャーの間で、後から何度も語られた。

その話を耳にするたび、リュウは、ちょっと肩をすくめて、隣の金髪頭を振り返るのだけれど、もちろん、抜け目のない真犯人は、本当のことをおくびにも出さなかった。

この相棒の思いついた”ちょっとしたいたずら”は、ただでさえ、大混乱を極めていたレンジャーたちの神経を逆なでるのに、充分な効果を発揮したのだ。

そのことを思い出すたび、リュウは、ほっと溜息をついてしまう。

 その日、まず下層街の広場の真ん中に備え付けられた政府広報のディスプレイの画面が乱れたかと思うと、誰もが凍りつくような静止画像が、すべての画面に映し出された。

ターミナルの券売機にも、セーブトークンの記録ディスプレイにも、街じゅうの公的ラインにあるディスプレイには、同時にすべて同じマークが、赤々と輝いていた。

同じころ、レンジャー施設内部の作戦本部室の壁一面にずらりと並んだスクリーンにも、同じものが映し出された。

それを見るゼノ隊長の眼鏡の上にも、きちんとふたつ反射して、この若く美しい隊長の苦笑を彩った。

「隊長、これは……。」

「ずいぶん大胆なテロリズムですね。発信源は?」

「いま、やっています!!」

若い通信担当は、指をすべらせながら、キーボードを叩いた。「映像を発信している地点が特定されました。7番採掘抗へのエレベータ、地下1450メートル地点の横穴中央部のケーブルからに間違いありません。」

「あの下っ端2人……でしょうか。まさか。」 ヒッグスが禿げ上がった額を何度もこすった。「よりにもよって、これは……。」

「どちらにせよ、われわれが絶対に無視できない最重要課題というわけね。」

人々の目の前で、下層街の画面という画面のすべてに、誰もがひそかに知る図形、白い三角に赤い剣の突き刺さった反政府組織トリニティのマークが、割り込んだ通信のノイズに震えながら、映し出されていた。

政府が、これをそのまま、放っておけるわけがない。

「ただちにエレベータホールに待機中の救助チームを、該当地点へ向かわせなさい。そこにいるのが人質なら救出を、トリニティなら射殺を許可します。7番採掘抗に火がつく前に、急行なさい。」

 

 

 

 

5.

 

 手配書からダウンロードした反政府組織の旗印を、画面上に浮かべた携帯端末を、ボッシュは放り出し、手に収まる大きさの四角いそれが、コントロールボックスから引き出されたケーブルにつながれたまま、ぶらぶらと揺れた。

すでに点滅することもやめているガス検知器に目を落としたボッシュは、リュウに頭を振って見せた。

「上から迎えが来るぞ、急げ!!」

「わかった。」

検知器まで放り出したボッシュの後に続いて、リュウも横穴の入り口へと駆け戻った。

急にあわただしく走ってきたレンジャー2人を、岩壁に張り付くようにしゃがんでいた母親と、その母親をかばうように気丈に立つ少女が、不安そうに見つめる。

「ねぇ、こんなところにじっとしていて、だいじょうぶなの? 本当に助けはくるの…?」

母親の言葉が聞こえなかったように、ボッシュがその前を通り過ぎ、横穴の入り口から身を乗り出して、エレベータのたて穴を見上げているため、リュウが、その前で足を止めた。

リュウと母親の間に、立った少女が、丸く、黒い瞳で、リュウを見上げる。

思わず、リュウは、その少女の頭に、軽く手を置いた。

「ええ、パートナーが本部にここの位置を報告しました。すぐに、同僚が救助にくるでしょう。救助のときには命綱をつけますので、しがみつかずに、しっかりとロープを握ってください。救助の際はお子さんと別々になりますが、……すぐにお母さんも上にいくから、先に行って、待ってるんだよ。」

最後の部分を、前に立つ少女に話しかけると、少女は、しっかりとうなづいた。

一度も泣き出すこともなく、無言で耐えたこの少女の強さに、リュウのほうがうたれる思いだった。

「ガスはどうなったの? なんだか息が詰まりそう…空気は足りてるのかしら…。」 母親はすっかりおろおろと立ち上がり、壁に手をついている。

「リュウ、上から合図が来てる。そっちの準備をさせろ。」 手にしたライトを上に向けて振りながら、ボッシュが怒鳴った。

「腰のベルトが緩んでないか、確かめてください。」 そういいながら、少女のベルトをしっかりと確かめ、母親に手を貸して、リュウは、ふたりを横穴の口近くへと誘導した。

深い穴の底から、なまぬるい風が吹き上がり、リュウも思わず口に手を当てて、咳き込んだ。

さっき、底の方へ降りていったエレベーターが、途中で宙ぶらりんに静止しているのが見える。

ボッシュが、穴の上に向かって、ライトを持った右手をぐるぐると振り回した。

リュウが、見上げると、サーチライトのような丸い光が、たて穴の岩壁をあちこち照らしながら、落ちるのに近い速度で、リュウたちのところへと向かってくる。

四方八方を向いていた複数のライトがいっせいにこちらを向いて、横穴の入り口へと収束し、リュウは、まぶしい光に一瞬、視界を奪われた。

横穴から身を乗り出していたボッシュが、とっさに頭を引くと、ひゅん、と引き伸ばされたワイアの鳴る音がして、ゴーグルとガスマスクをつけた重装備の黒い影がふたつ、リュウたちのいる横穴の入り口へと飛び込んできた。

落下の速度を殺すように、身をかがめて、数歩歩き、男のうちの一人が、ゴーグルを取った。

「お前ら、全員無事か!」

「ヒッグス主任!」

どちらかといえば、背が小さく、ずんぐりした体型で、デスクワークをしているところしか見たことがないヒッグスが、思いがけず身軽なことと、ヒッグスみずから救出に出向いてくれたことに、リュウは驚いて、思わず声を上げた。

「おう、下っ端。よく箱から出て、踏ん張ったな。いますぐ、ワイアで引き上げてやる。乗客はそっちのふたりで全部か。」

「女性と子供ひとりずつです。」 ボッシュが、淡々とした調子で答えながら、降りてきたレンジャーの腰にセットされていたワイアの金具をはずすのを手早く手伝った。

「よし、そっちのふたりは、先に俺たちといっしょに上がる。俺たちが上に着いた後、もう一度、ここに戻ってくる時間がねぇ。2本予備のワイアを残していくから、お前らふたりは、ワイアを装着して待機ののち、合図しろ。ワイアを巻き上げて、上から引っぱってやる。わかったな。」

「了解。」 リュウは、ぐずぐずせずに、壁際にすくんでいる少女と母親に手を差し出し、横穴の口まで導いた。もうひとりの重装備のレンジャーが、母親に近づき、腰のベルトに、自分の腰のところにつけていたワイアの金具をしっかりと留め付ける。

「お子さんもわれわれと同時に上がりますから、心配しないで。」 母親は何か小さな声でつぶやいているが、聞こえない。

リュウは、少女の手をひいてヒッグズのところへ連れて行き、幅広のナイロンの帯に少女の腕を通して、手早く命綱をとりつけた。

「いいかい。しっかりとつかまってるんだよ。目を閉じていたら、すぐ上につくからね。」

「なんだ、ほそっこいおちびだな。俺の肩に乗っかっていくか?」 ヒッグスは、大きな声で笑うと、少女の命綱にとりつけたワイアがゆるんでいないか、ひっぱって確かめると、言葉の通り、胸のところへと抱き上げた。

少女は、ヒッグスのごつごつした重装備の上衣をぎゅっとつかんだまま、背中越しに、リュウのほうを見ている。

そのものいわぬ黒い瞳に、リュウは、右手を上げて、応じた。

「そっちは、どうだ?」

「準備完了。いつでも、上がれます。」

「おい、お前ら、予備のワイアは、受け取ったな? 俺たちが上がったら、すぐに合図しろ。あまり時間がない、意味はわかるな?」

「了解。」

「すぐに来い、先に上で待ってるぞ。あと、あのふざけた通信、かなり効いてたぜ。」

ヒッグスは陽気に笑い、元通りゴーグルをつけると、少女を抱き上げたまま、横穴の間際ぎりぎりまで歩いたあと、腰にとりつけたワイアに手をかけて、びんびん、と引っ張った。

ヒッグスの厚い靴底が、岩を蹴り、底の見えない縦穴へと飛び出したかと思うと、少女とふたりぶんの体重を支えたワイアがピンと張りつめ、そのまま、上へと勢いよく引き上げられていった。

母親ともうひとりのレンジャーも、合図を送り、すぐにその後を追っていった。

「ふう。」 と、親子を見送ったリュウが、息を吐く。ボッシュが、それを見咎める。

「気をゆるめてる暇なんてあるかよ。いつ爆発してもおかしくないんだぜ? わかってんのか。」

「あぁ、わかってる。」

「わかってんのなら、準備しろよ。」 ヒッグスから渡されたワイアの一本を、リュウに向かって投げつけるように、渡した。

はるか上部とつながったワイアは、振り子のように弧を描いて、リュウの手に届いた。

その先についた曲がった形の金具を、腰のベルトにひっかけて、リュウも、横穴の入り口に立つボッシュの隣に並んだ。

ボッシュは、親子をつれて上がっていったヒッグスたちの姿を、見上げている。

その横で、リュウは、縦穴に背を向け、かかとをがけっぷちに置いて、顔をボッシュのほうへ向けた。

「ボッシュ、俺さ、」

「なんだよ。」

「ボッシュのこと、見間違えていた気がする。」

「……。」

「ボッシュは、上層街から来たエリートって、基地に来る前から、ずいぶん噂になってた。

ひょっとしたら、下層や最下層にすむ俺たちのことなんて、なんとも思ってないんじゃないか、

たとえ、俺たち下層の人間が窮地に陥っていても、その価値がなければ、手を差し伸べたり、助けたりしないんじゃないか、って、おもってたんだ。一部のファーストたちみたいに。」

「……それで?」

「うん。だから、ゴメン。なんにも確かめないうちに、噂で、ボッシュを決め付けてたんだ。

ボッシュは、ずっと、あの親子を助けてくれてた。それ見てて、俺、間違えてたと思った。」

「……それは、間違いじゃない。」

「え?」

「お前に、価値がないのなら、俺は、迷わず、置いていくぜ?」

暗い天井を見上げていたボッシュが、リュウの方を振り向くと、短く切り取られた金の髪が高い頬骨を打って、乱れた。

リュウを見つめる、その目つきは、くるくるといろんな色合いを秘めていた。

軽蔑し、信頼し、疑い、協調し、反発し、期待とあきらめに揺れ、失望し、嘲笑い、また、信じようとする。

あの少女と同じ、そんな、目つきだった。

誰もが夢見る高い場所に生まれ、何不自由のない生活を送り、すべてに満ち足りたエリート――それまで会ったことのないハイディーに、そんな幻想を持っていた。

そんな完全な場所は、何処にもないと、気付かないで、揶揄していれば、そのほうが、楽だったんだ。

「――わかった。置いてかれないようにするよ。」 リュウは、破顔した。

手の中のワイアが、上から到着の合図を伝えてくる。

「その言葉、忘れんなよ。」 ボッシュが、自分の腰に取り付けたワイアを二回引き、足場を強く蹴って、風の吹き上げる虚空へと飛び出す。

「あぁ。いつか、追いつく、胸を張って、ちゃんと並べるように。」 聞こえないと知りながらそう言って、リュウは、先に引き上げられるパートナーを見送り、背中から、底の見えない空間へと身を躍らせた。

 

 

 

 

ワイアにつながれたリュウの体は、落ちるのを待たずに、ぐんぐんと引き上げられた。ワイアはおそらく、下層街のエレベータ乗り場に置いた巻き上げ機で引き上げているのだろう、変わることのない速度で、リュウは上昇していた。

降りてきたときに、細い窓越しに見送った岩肌のだいだい色のライトが、降りてきたときよりも速いスピードで、リュウの前を次々と、下へ流れていく。

命綱のワイアをしっかりと握りながら、そのライト一つのゆくえを目で追って、リュウは、ぶら下がった足の下に広がる、底のない黒を見た。

その闇のはるか下に、不気味な沈黙がうずくまっている。

下は最下層から、上は中層街の底にまで届く、深さ900メートルにもおよぶ、この長いエレベータの縦穴を、むき出しで上昇するリュウは、その底から、順調に遠ざかりつつあった。

けれど、そのとき、ガクン、と、どこかで機械が作動する音が、響く。

目の前で、リュウがつかまっているワイアよりもはるかに太く、頑丈に寄り合わされた2本の金属線が、ビィィーンと、鳴っている。

そのうちの一本が上へ、もう一本が下へとすばやく動いているのに気付き、リュウはあわてて、頭上を見上げた。

リュウよりもだいぶん先に上がっていった相棒のダークグリーンの色は、もうどこにも見えない。

その代わりに、赤黒い闇の中に、ぽっかりと切り取られたような明るい四角が、小さく見え、その窓を横切るように、いくつかの黒い人影もちらついている。

「リュウ!」

遠くから、濡れた岩壁に何度も跳ね返った声が、届く。

引きしぼられた弦に近い音で鳴りながら、風を切る速度で動いている太い2本の金属線が、停止していたはずのエレベータにつながっていることに、リュウはとうに気付いていた。

だが、上へ? 下へか?

せっかく、ここまで順調に上がってきたのに、急速に上昇してくるエレベータにつきあげられて、岩の天井に押しつぶされるのは、願い下げだったが、機械で巻き上げているリュウの命綱の速度は速まらない。

自分の体を引き上げる命綱を握りなおすリュウの目の前で、するすると動いていた2本の金属線のうち、上昇していたほうの先に巨大な四角い分銅が現れたかと思うと、あっという間に、天井のほうへと吸い込まれるように消えていく。

残る一本の金属線は、落下の速度で、下へと流れていった。

足元が、すうっと、涼しくなった。

ゴオン、と大きな金属の箱がたたきつけられた音が、はるか足元の底からひびいてきたかと思うと、不気味な静けさは、内側から破られ、ついで、耐え切れなくなったように、たまりきったものが地下の闇の中で、一気に火がつき、はじけた。

円筒の形をした空間を、下から上がってきたなにかが、駆け抜けた。

それは、音というよりも、衝撃波に近いものだった。

リュウの足元の、いままでは闇だった底の部分から、もりあがるようにやってきた熱波が、リュウの全身を襲い、ぶら下がっていた体を軽々と持ち上げて、弾き飛ばした。

命綱のワイアにつながれたまま、吹き上がる熱い風の速度で、斜め上の岩壁にたたきつけられたリュウは、かろうじて片目を開き、反対側の岩壁に、四角く切り取られたエレベーター乗り場を見た。普段は閉じている金属のドアを全部開き、そこにつめかけている重装備のレンジャーたちが、無駄と知りつつ、数メートル離れた距離を少しでも埋めようと、リュウのほうに手を伸ばしている。

黒尽くめの人影の中で、目立つ金色の髪が、今度は、まっすぐに届く声で叫んだ。

「こっちへ跳べ!」

リュウは、たたきつけられた岩壁を、無我夢中で蹴りつけ、手と体をいっぱいに伸ばして、声のする方向へと跳躍した。

底がないようにも思われた、足元の地下深くから、白く濃く丸い煙のかたまりが、急速にせり上がり、リュウのいる場所へと近づいている。

壁を蹴ったリュウの体は、一度下へと沈み、吊り下げられたワイアに翻弄されるまま、反動で、もう一度、浮き上がる。

救助隊員のつめかけた脱出口が、ぐんぐんと近づき、穴の縁ぎりぎりに立っていたヒッグスの伸ばした手の先に、リュウのグローブの先が触れた。

けれど、つかもうとした指は、するりと抜けて、ふたたび遠ざかろうとする。

あきらめそうになったリュウの手首を、しかしもう一度、黒い手袋が追いかけ、つかみなおすと、自分たちのいる方向へと、強く引っ張る。

リュウの頭上で、白い軌跡が円を描き、その細い切っ先が、リュウと天井をつないでいたワイアを、ぶつんと断ち切った。

急激に落下しようとするリュウの腕を、ヒッグスの両手と、それにつづいたいくつかの腕がつかみ、突然自由になったリュウの体を、脱出口へと、引き寄せた。

いまや、深くうがたれたエレベータの穴全体が、高温の熱気を噴き上げる煙突に変わっていた。

壁に体をぶつけながら、かろうじて穴の縁にぶら下がったリュウは、ベルトといわず、ジャケットといわず、あちこちを滅茶苦茶に掴まれて、乱暴にひっぱり上げられた。

ようやく穴の縁に膝をつくことができたリュウに、休むことを許さず、大きな声が、叱咤し、追い立てる。

「おい、ぐずぐずするな! 走れ!」

「全員、退避するぞ!!」

背後の煙突から、熱風とともに分厚い煤煙が盛り上がり、その自然の力で、リュウたちをエレベーター・ホールへと押し出す。

転がり出たリュウたちは、ちりぢりとなり、ホールの反対側にぐるりと待機した重装備のレンジャーたちのところへと、全力で駆け込んでいった。

強化プラスチックでできた楯のうねりの中に、リュウを含む救助員全員が飛び込むやいなや、隊長の凛とした声が命じた。

「よし、爆破せよ。」

重装備のレンジャーの群れの中に転がり込んだリュウが、なんのことかと振り返ると、重なる破裂音に続いて、ぽっかりと四角く開いたままのエレベーター乗り場の向こうに、ごろごろとした岩の塊が落下するのが見え、立ち昇る濛々とした白煙をかき消すように、多量の水が、勢いよく地下へと垂直に落ち始めた。

水の流れは、勢いを減らす事のないまま、たくましく、太い流れとなって、リュウたちがさっきまで、ぶら下がっていた奈落へと降り注ぐ。

地下から昇ってきた爆発の炎と、底の抜けた天井から降り注ぐ多量の水が、たて穴の中でぶつかりあって、大きな水蒸気のかたまりが生まれ、エレベーターホールの床に、霧のように這い出した。

さっきリュウを追ってきた地下からの炎と煙が、その上に覆いかぶさる水を内部から明るく照らし、ぱちぱちと火花を散らし、やがて、滝のように上から落下する水の力に負けて、次第に黒く変色し、もといた地下へと、押し戻されていった。

6.

結局、垂直の穴を落ちる水の流れは、1時間も降り続き、地下の採掘抗の爆発の火力を抑え、ほかの部分への延焼を食い止めた。

同時刻に、逮捕したトリニティを解放する取引の罠をはって、全員を捕縛するレンジャー側の計画は、採掘抗の爆発によって反政府組織が警戒したと見られ、あえなく失敗に終わっていた。

たて穴の天井を爆破して、その上に溜まっていた中層街の地下水を落下させ、採掘抗の火を消したのは、ボッシュの発案だった、という噂を、リュウは、連れて行かれた医務室で、ぼろぼろになったスーツを引っぺがされたときに聞かされた。

自分がなにげなくつぶやいた一言を、覚えていたんだ、と、リュウは、変なところに感心したが、本当のところは、わからない。

岩壁に打ちつけたせいで、あちこちに赤や紫の派手な模様ができていたけれど、幸い、火傷もそうひどくなく、リュウは、念のための精密検査が異常なしと出ると、すぐにそこから解放された。

自分の身を守ったスーツを丸めてわきに抱え、医務室から退出すると、ブラインドの隙間から漏れるオレンジ色のしましまに全身を染め分けたボッシュが、かったるそうに窓に寄りかかったまま、待っていた。

「よう。」

「だいじょうぶ、打ち身だけで、どこも異常なしだって。」

「聞いてねぇよ。お前が愚図だからだろ。」

「そうかも。ところで、待ってたの?」

「まさか。これ、報告書だ。提出前に、お前のサインが必要だとさ。」

ボッシュが、細長いペン型の記憶装置を放り投げ、受け取ったリュウがその端っこを押すと、ペンの胴体部分に入ったスリットから、ホログラムの報告書が空中に吐き出された。記憶装置の内部に収納されていたタッチペンで、書類の映像の隅っこに、リュウは手早くサインを書き入れる。

「そういえばボッシュ、あのアリーシャって女の子、施設送りになるって、耳にしたんだけど、本当なの?」

「そんな名前だっけ? お前、よく覚えてるな?

母親のほうは、事情聴取中に逃亡したぜ。

母親の名前もおそらく偽名で、トリニティの計画に関係してたんじゃないか、って言われてる。

結局、自分たち親子は人質だと言い立てて、仲間を解放するつもりだったんだろう。

そんなやつらを助けたなんて、俺たちも、ずいぶん、馬鹿にされたもんだよな?」

「…そうなんだ…。で、あの子は、逃げなかったの?」

「母親、かどうかもわからないけど、女のほうは、ひとりで逃げたぜ。別室にいたガキのほうは、お前の言うとおり、保護施設送致に決まった。ずいぶん、強情なガキで、組織のことは、なにも言わなかった。」

リュウがわずかにうつむき、「そうか。」とだけ、口にした。ボッシュは、影になって、その表情が、よく見えなかった。

リュウがサインを書き終えて、ペン型の記憶装置を、ボッシュに返した。

そのとき、右手の廊下の先を曲がる人影に、リュウは気付いた。

うつむいた少女が、女性のレンジャーに手を添えられ、うながされて、廊下を無言のまま、歩いている。

「これ、!」と、リュウは、抱えていたスーツをボッシュに手渡すと、「ちょ、なんだよ!」とうなるボッシュを置いて、廊下を駆け出した。

少女のところへ駆け寄ってきたリュウの姿を見て、同行していた女性レンジャーが、なにか言おうと手をのばしたが、少女が足を止めたので、口出しをやめた。

アリーシャは、濃い褐色の瞳で、黙ったまま、リュウを見上げた。

リュウは、自然と、身をかがめ、少女を見返した。

「アリーシャ、俺は、きみみたいな子をたくさん助けたくて、レンジャーになったんだ。

これから行く場所は、身寄りのない子を収容する施設で、ちっとも、怖いところじゃない。

きみが強いことは知ってるけど、でも、もしも、なにかあったら、どうか、俺に知らせて。

きみの移送先は、ちゃんと確かめて、会いに行く。」

少女の瞳が、わずかに揺らぎ、目をそらすように、うつむいた。

ごわごわした厚い生地のポケットに、右手を突っ込んで、おずおずと、リュウの方へと、突き出す。

リュウが、両手のひらで、アリーシャの手を支えると、小さな手が開き、その中に、銀白色の尖った鉱石が、見えた。

リュウは、ゆっくりと、両手を閉じて、アリーシャの手を包み込み、その手を、もう一度、閉じさせた。

「それは、きみのだろう? ちゃんととっておいて。いつか、なにかの役に立つかもしれない。」

アリーシャは、差し出した手を、ポケットの中に引っ込めると、小さな声で、「…ありがとう。」と言った。

最下層特有のなまりがあるけれど、揺らぎのない、綺麗な声だった。

 

 

 

 

 少女とつきそいの女性レンジャーを見送るリュウの横に、ぶらぶらとボッシュがやってくる。

そのまま、壁際にもたれかかり、あきれたような声を出した。

「お前、あの鉱石の価値、わかってんのか?」

「……いいや。」 リュウは、頭を振った。後頭部でひっつめた髪の先が、それにあわてて追いつくように揺れるのを、ボッシュは、おもしろそうな目で見つめている。

「ま、いっか。それより、報告書出して、宿舎へ帰ろうぜ。」

そう言って、ボッシュはあくびをすると、手に持ったリュウのジャケットを丸め、壁際のダスト・シュートに投げ込んだ。

「あーーーー、俺の制服!!!」

「何言ってる。ボロクズだろ。処分してやったんだぜ?」

「渡すんじゃなかった……ああ、どうしよ。制服代、前借りできるかなぁ。」

「お前、これからも、俺のパートナーでいる気なんだろ?

制服ぐらい、毎日新しくしろよ。

あと、安物の武器もやめろ。それから、お前の使ってる旧式の端末、あんなのいまどきジャンク屋でも売ってない。ありえないぜ? 買い換えろよ。」

「無茶なことばっか、言ってなよ……。」

ボッシュは、勝ち誇ったように笑って、くるりときびすを返し、背中を見せる。

その向こう側の表情が、なぜだか、リュウには、想像できる気がした。

 

 

 

長い任務を終え、基地を出て、下層街へと続く短い通路をくぐり抜けると、つかの間、視界が暗くなる。

その先にあるのがどんな場所かは、暗い通路を抜けてみなくてはわからない。

けれど、ひとりで、くぐり抜けるわけじゃない。

息を吸って、止めて、暗い通路をくぐり抜けたら、

その先に、新しい世界が見えるんじゃないかと、いまも、信じてる。

 

 

 

連結通路を先にくぐったボッシュは、もう自分の庭のような足取りで、夕闇の紫色に変わり始めた、下層街高台の大階段をさっさと降り始めてる。

リュウが来ることを疑わない、その背中を追って、リュウはくすりと笑い、足を速めて、大またに階段をとび降りた。

 

 

END.


 
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