No.251887

電波系彼女3

HSさん

続きです!ちょい微妙な章かもかも。

2011-08-01 00:29:54 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:286   閲覧ユーザー数:275

「天野さーん?」

 小声で呼びかけても返事が無い。それもそうだ、部屋の中に彼女の姿は無いんだからな。

 目が覚め、うちに置くことに決まったのは良いが家族へどう説明をしたものやらなどと

寝起きの頭でぼんやり考えていると張本人の姿が消えていることに気づいた。

 ベランダの鍵は閉まっているしどうやら部屋を出てどこかへ行ってしまったらしい。

 家族の誰かと鉢合わせしてたらちょっと面倒なことになるよなぁ。

 と多少不安を抱えつつ2階のリビングに下りていくと如何にも賑やかだ。

 時刻は午前8時、いつもなら11時の店のオープンに合わせて仕込みをしている時間で、

テーブルの上にはおにぎりに味噌汁卵焼きと焼き魚なんて、洋食屋とはとても思えない朝

食がひえひえの状態で並んでいるだけでこうも人の話し声がする事なんて無いはずだ。

 突然の来客でもあったのか?と疑問に思いつつ最後の1段を降りると、信じられないこ

とにそこには「歓迎!天野ぱるすご一行様」と描いてある垂れ幕でも掲げてあるんじゃな

いかと錯覚するほどの勢いで歓待を受ける彼女の姿があった。

 普段俺や秋が口にしているのは店で使えなくなりそうな期限切れ間近のものか、質は良

いのにお客さんには出し辛い端っこの部分なんだが(こう書くと貧相な食卓を想像されそ

うだけどソースや香辛料は自由に使えるお陰で中々どうして食生活は充実していると思

う)テーブルの上には器から盛り付けまで店で出すそのままのものが並んでいて、ぱるす

は優雅な動きでそれらを口に運んでいる。

 なあ、俺の寝ている間に一体なにが起こったんだ?

「あら、泉水くんおはよう」

 こちらに気づいたぱるすが当たり前のように声をかけてきた。

「お、おはよ」

 どんな手を使ったのか知らないが、お人よし過ぎる両親は兎も角、秋まで篭絡するとは

これも一種の才能なのか。

 テーブルについて朝食には少し重たい食事をしながら、両親や秋にどうして見ず知らず

の彼女をこうやってもてなしているのか疑問をぶつけてみると、

「や、パパもここで天野さんを見つけたときは面食らったんだけど、ヒカル君の知り合い

だと言うし、とても礼儀正しいお嬢さんじゃないか、それに話を聞けばお父さんに家を追

い出されて行く所もないとか……そんな子を放り出すなんてパパにはできないっ」

 情にもろい父親はこうやっていとも簡単に陥落したらしい。

 2人で1セットの母親は言わずもがな。

 俺は秋の説得に一番手間取ると思っていたが、彼女の手にかかればどうと言う事は無か

ったようだ。柚葉があんなタイプだからなんだろうな。少し年上のお姉さんてものに憧れ

があったのか知らないが、頭をなでられ可愛がられただけでコロリと参ってしまったよう

で、

「おねーちゃんおねーちゃん」

 とべったりくっついている。

 全くこの人の心掌握術は見事と言う他無い。

 こうして暫定的ではあるが、天野ぱるすは我が家の一員として迎え入れられたのだった。

 

 ぱるすが家で暮らすことが決まった翌日、空いている部屋を彼女が使うことに決まりあ

る程度の掃除を済ませると、俺の洋服1つだけじゃあんまりだって事で柚葉を付き添いに

引っ張り出して買い物へ行くことになった。

 風呂上りのスライムにまとわりつかれる様な暑さが鬱陶しい。地球温暖化の影響なのか

東京は亜熱帯に近い季候に変わっているらしく、毎年異常気象だなんだとニュースになっ

ているのはもはや夏の風物詩と言っても良いだろう。

 しかしまあ、柚葉を連れてきて大正解だったな。

 女の子の買い物に付き合って男に出来る事なんて、荷物持ちとこれ似合う?って問いか

けにウンウンと頷くこと、手持ち無沙汰な時間を如何に嫌な顔をせずに暇つぶしをするか、

これ位しかないからだ。

 長い付き合いの友人同士のようにはしゃぎつつ買い物をしていた2人が下着を選びに行

くというので、やんわりと断りファストフードでハンバーガーを平らげていると2人が戻

ってきた。

「楽しかったねー」

「ねー」

 昨日あんなにやり合っていたのはなんだったのか、今にも手を繋ぎそうな雰囲気が二人

の間には漂っている。

「いい買い物ができたみたいだな」

 2人の表情を見ていれば満足しているのがわかる。

「第一印象だけで人を判断するなんて間違ってるわね、最初見た時は何この女、なんて思

ったけどこうやって一緒に買い物してみるとセンスもいいし、ついついぱるすちゃんに自

分の洋服選んで貰っちゃった、ホントありがとね」

「ユズだって私に可愛い洋服選んでくれたじゃない、お互い様よ」

 変われば変わるもんだなあ。

 男同士なら河原で拳と拳で語り合った後、

「やるな」

「お前もな」

 と大の字に寝転がって友情を確認しあうものだけれど、女の子のそれはなんと爽やかな

ことよ。

 まあ、バーゲンは戦場に例えられることもあるし、あながち共通点がないと言えない事

もないが。

「さてと、んじゃ遅くなるといけないしこれ食い終わったら帰るか、買い忘れとかないよ

な?」

「んと、泉水くんさえ良かったらまた別に買い物付き合って欲しいんだけどいいかな?」

 そんな恥ずかしそうに聞かれると何の買い物に付き合わされるのか非常に気になるんだ

が……。

「いいけど何買うんだ?お金だって今日うちの両親から貰った以外に持ってないだろ」

 そう、ぱるすは当然一銭もお金を持っていなかったわけで、今日の資金だって親の財布

から出ている。

「そのことなんだけど、泉水くんの所のお店でアルバイトというかちょっとお手伝いっぽ

い事をやらせてもらえる事になったんで、今日のお買い物もその時に使えそうなのを買っ

たのよね。喫茶の時間だけって事だからメイド服もいいかなーと思ったんだけど、見当た

らなかったし柚葉ちゃんにも止められちゃって」

 なんか聞き捨てなら無い言葉が聞こえたような気がしたが気のせいだろう。

「ねえ、泉水くんはメイド好き?」

 えーっと、メイド、ですか。2度振られて反応しないわけにもいかないよなあ。

「天野さんは、そーゆーのに興味があるのかな?」

 俺の個人的趣向をここで明らかにする必要もないので、質問には質問で返すに限る。

 実際彼女がメイドのコスプレをして「ご主人様おかえりなさいませ」と言っている所を

想像すると、是非店でもその格好で接客をして欲しいと思う。更に言わせて貰えれば店だ

けじゃなくウチの中でやってくれれば最高なんだが口が裂けてもそんな事は言えないよな。

「興味があるってゆーか、喫茶店のウェイトレスはメイド服が正装じゃないの?」

 その歪んだ常識は一体どこから仕入れたんだ?そりゃ主に秋葉原方面の喫茶店ならそう

いう事もあるだろうが、都心まで1時間弱ほどもかかるベッドタウンのこの街じゃ、今ま

でメイド喫茶なんて見たことないぜ。

「ちょっと待った、確かにメイド服がユニフォームになっててそれを売りにしてる店はあ

ることにはある、でもそんなのごく一部で世の中の殆どの店は自前の制服すら使ってない

と思うぞ」

「そうよ、そんな刺激的な格好したらこのバカがどんないやらしい目で見るか分からない

んだし止めたほうがいいわよ」

 「人に荷物持たせて置いてその言い草は無いんじゃないか」

「だって……ねえ?」

そのニヤニヤした笑いはやめろ。

「なんだよ」

「本棚の上から3段目」

 !?ってなんでお前が俺のアレな本の隠し場所知ってんだよっ。

「男ってやーねぇ」

 まな板の上の鯉ってのはこんな気持ちなんだろうか。

「てことでぱるすちゃん、ヒカリの前じゃあまりそういった格好はしない方がいいわよ」

「でも……泉水くんには最初に全部見られちゃってるから今更って気がしなくも無いな

ー」

「え?」

「だってわたしが転送されて来た時なにも着てなかったでしょ?」

「や、確かに全裸は全裸だったけど、でもその瞬間は明るすぎて何も見えなかったし光が

消えてからも天野さんうつ伏せになってたからその、背中くらいしか見てないけど……」

「そんな誤魔化さなくたっていいのよ、健全な男の子が興味があるのは当たり前なんだし。

でもタダで見せるってのもアレだからいつかお返ししてもらうけど」

 むふっ、っと意味深な顔つきでこっちを見られても本当に背中しか……いやお尻は見

えてたな、ウン。どっちにしても全てを見たってのは冤罪なんだし誤解を解かねばこの強

引な人には何をやらされるか分かったもんじゃない。

 どう説明したものかと考えていると柚葉と目が合った……これは……ヤバイ。

「アンタって人はーーーーーーっ」

 パシッっと乾いたいい音がすると同時に頬にぴりぴりとした痛みが襲ってくる。

「私先に帰るから」

 柚葉は冷たくそう言い放つと、フンッと鼻息一つを残してずんずんと地響きを立てそう

なほどの勢いで立ち去っていった。

「ユズって激しい子なのね」

 ぽつりとぱるすがつぶやいた。

「ああ、おとなしく見えるけど結構な」

「追いかけなくていいの?」

「平気だろ、いつもみたいに一晩たてば機嫌も元に戻ってるさ、それより今は……」

 周囲の修羅場を期待しているキラキラした視線が痛い。

「取り合えずここを出ようか」

 残念そうに俺たちを見送るギャラリーを残して店を出る。日も落ちてきてのんびり歩い

て帰るにはちょうどいい時間帯だ。

「ところで、天野さんに1つ聞きたいことがあったんだけどいいかな?」

「ぱるすでいいわよ、一つ屋根の下で暮らすことになったんだし言わば家族のようなもの

でしょ?それなのに苗字で呼び合うってのもおかしいし、わたしもヒカルって呼ばせて貰

うけどいいわよね」

「ああ、それは勿論構わないよ」

「それじゃ改めて、ぱるす」

 一つ聞きたいことが、と続けようとしたが名前で呼ぶのはどうにも照れくさい。思えば

名前で呼び捨てにする相手なんて秋か柚葉位だったしクラスの女子は苗字にさんづけだっ

たしな。

 ぱるすの方もこうやって呼ばれるのは慣れていないのか些か緊張した面持ちでいる。な

んだか付き合い始めの恋人同士のような微妙にギクシャクした雰囲気が流れているが、お

互い名前で呼び合うのはきっと2人の距離を縮める効果があるに違いないって事を俺はこ

れで確信した。

「俺の勘違いだとか勝手な思い込みかもしれないから、その時はこれから話すことは気に

しないで貰いたいんだけど」

 事故から突然聞こえはじめたラジオ、そしてその番組でパーソナリティーを勤めていた

女性と同じ名前を持つ少女が尋常ではない現れ方で俺の部屋にやってきた。この2つはど

う考えたって関係が無いはずがない。

 なし崩し的に一緒に暮らすことにはなったけれど最初の部分をクリアにしてからじゃ無

ければイマイチ納得がいかないし、それに幾ら慣れてきたとは言え冷静に考えるとこれか

らずっと頭の中で勝手にラジオ放送なんてされるなんてたまったもんじゃない。上手くす

るとぱるすとの会話でなにかスイッチを切る方法が解るかも知れないし、何かヒント程度

でもいいから手に入ればいいなと星に願いを掛ける程度の希望を持って聞いてみた。

「海賊ラジオって番組や言葉に聞き覚えはないか?」

「ええ、知ってるわよ。だってわたしの番組だもん」

 良かった、どうやら俺の頭は前世は宇宙の勇者でアンドロメダ星雲の中心に聖戦をしに

いく同士を探していますやらニャントロ星人からの思念波をキャッチしましたなんぞの間

違った方向にズレてしまったわけでは無いらしい。

「でもなんでヒカリが海賊ラジオの事知ってるの?まだこっちじゃ受信できないと思った

んだけどな」

 受信というか勝手に頭ん中で再生されちゃうんだけどな……毒電波じゃなかった事が

確認できたのは良かったが、まだ勝手に俺の頭を占拠する放送の問題が解決したわけでは

ない。

「まあ、色々あって先月からなんだけどな、俺が聴き始めたのは」

「でもおっかしいなー、まだ技術の流出はしてないはずだし……」

 首をひねりながら、うーんうーんと唸っている。

「で、これから本題なんだけど」

「うん」

 ぱるすはまだ技術レベルがどうとうかブツブツ言っていたが、俺の話を進めさえてもら

おう。

「これから話すこと、昨日ぱるす自身が言ったように笑ったり嘘って言わないって約束で

きるか?」

 一歩間違えば、ああ可愛そうこの子ってばちょっとおかしいどころか完全にあっちの世

界に行ってしまったのねと思われても仕方のないような事を俺は今話そうとしている。

 例のラジオとぱるすに思ったとおり関係があった以上、きっと何かの解決策があるはず

だ、あるんじゃないかな、あって欲しいな。

「いいわよ、約束してあげる。わたしみたいに演技ってわけじゃなく真面目な話ぽいしね」

 ってコイツ自分で演技だったって認めやがった……この大物ぶりは小市民の俺にはと

ても真似は出来ないな。

「じゃあ」

 さあ本番だ。夕日を背景にして女の子相手に大切なことを話すなんてちょっと告白ぽい

シチュエーションだよな。実際は艶のある会話とは何光年もかけ離れた内容だけど。

「一ヶ月ほど前の話なんだけど俺交通事故にあったんだ、悪運が強いのかな乗ってた自転

車はぺちゃんこになっちゃったんだけど俺自身はこうやって今もぴんぴんしてる。相手の

車はまだ見つかってないけどね。で、病院であれやこれや検査して部屋に戻ったんだけど

その日の夜だったな、未だに鮮明に覚えてるぞ。突然聴こえてきたんだ、全宇宙のみなさ

んこんばんは!ってな」

「それは確かにわたしの番組だわ」

 ふんふんとテスト用紙を眺めるような表情で頷いている。

「それでだ、ラジオが聴こえてきたってのはいいんだけど……んー、頭のオカシイ奴だ

って思わないで欲しいんだが……どうも俺にしか聴こえてないようなんだよな……」

 かわいそうな動物を見るような視線を向けられると思ったが、むしろ新しいおもちゃを

発見した子供のようにしげしげと俺を見つめつつこう言った。

「うーん……それが私の番組じゃなかったら妄想力が人よりちょっと逞しい人なんだな

って思って切り捨てるだけなんだけど、海賊ラジオのリスナーじゃ放って置くわけにも行

かないわね」

「で、さ、聴こえはじめたのが事故の直後からだったから最初は俺も幻聴かなと思ってた

んだけど、俺にだけってのを除けばいたって普通の放送だったし、そのうち気にしなくな

ったというか逆に放送楽しみにしてた部分もあるしな。ただ、昨日ぱるすが俺の部屋に来

たのは本当に驚いたけど。そんな訳でぱるすならこうなった原因とか解るかなと思って今

こうやって海賊ラジオを知ってるか?って聞いてみたんだが」

「一月前からねー……思い当たる節がない事もないんだけど」

 眉間に皺を寄せ難しそうな表情でぽつりと呟いた。

「ってマジ!?」

「うん、でもこれ話すとヒカルは多分怒っちゃうんじゃないかなぁ、だからあまり口にし

たくないのよね」

「言いかけてやめるのは止そうぜ?それに俺今まで本気で怒ったことなんてないから平気

だって。だから頼む、中身には問題ないけどやっぱ勝手に聞こえて来るって気持ち悪いか

らなんとかしたいしさ」

「仕方ないなー、そこまで言うなら話してあげてもいいけど、絶対引くと思うから覚悟し

てね」

「助かる」

 頭の中のラジオを止めるための手がかりを得るためなら多少のことじゃ怒るはずも無い。

部屋に一人で居るときはいいが、トイレや風呂で聞かされるのはどうもこっちを覗かれて

いるような気になって落ち着かないし、さらに付け加えるなら道路や水道ガスの工事や建

築現場の音は毎日聴いていればそのうち意識しなくなるものだが、ぱるすのラジオは毎日

放送してるってわけでもないのでいつ流れてきても完全に聞き流す事は不可能だった。

「それじゃ、順序だてて説明するわね、まず最初にヒカルが事故にあったとき周りに車は

見当たらなかったでしょ?」

 でしょ?ってその場に居たかのような言い草だが確かに当たっている。

「それで体の怪我の割りに自転車の壊れ方は酷くて相手はまだ見つかっていないと」

「うん、まあそう簡単に分かるとは思わないけどな、何しろ俺が何も見てないくらいだし」

「さてここで問題です、なんでヒカルは相手の事が見えなかったんでしょーか?」

 いきなり人差し指で俺を指定してきてクイズみたいに楽しむなよ。一応乗ってやるけど

な。

「えと……注意力不足だったから?」

「はぁー、ダメダメ、ヒカルってば予想以上に頭が固いわね。ちゃんとお酢でも飲んでお

きなさいよ、正解は見えない相手だったからでしたー」

 でしたー、ってそんなの分かるかよっ!しかもお酢って体を柔らかくするモノな上にそ

れってガセらしいぞ?

 それを聞いたぱるすはタライが上から降ってきたような衝撃を受けたらしく、しばし固

まっていた。

「ま、まあその話はもういいわ」

 お酢は体でガセネタと……とぶつぶつ呟いていたのは彼女のプライドのためにも聞か

なかったことにしておいてやろう。

「話を戻しましょうか」

 間違った知識を披露した事が少し恥ずかしかったのか、わざとらしく咳払いをすると何

事も無かったかのように話を続ける。微妙に照れた表情が夕日の照り返しと相まってぱる

すの可愛さを当社比20%増くらいに思わせた。

「そしてヒカルにぶつかった透明なモノの正体とは!」

 とは?

「わたしの運転する車なのでしたっ、ゴメンネ」

 ゴメンネってちょっとそんな大事なことをさらりと謝られても。

「いやーびっくりしたなぁもう、まさかあの日ぶつけた相手とこうやって歩いているなん

て思いもしなかったわ。これって……もしかして運命の相手とかそーゆーのなのかしら、

やぁん照れちゃうわぁ」

 いや、俺がびっくりだよ!

 そしてくねくねしながら、えへへ、だとか、うにゃあ、とか変な声をやめろっ。

「や、運命の相手だとかの前にぱるす、お前俺をひき逃げしたって事じゃん?!」

「ちょっと!そんなにはっきり言わないでよ!これでも少しは反省してるんだから、それ

にぶつけたって言ってもほんの軽くなのよ?一応怪我は大したことなさそうだったけど救

急車まで呼んであげたし」

 いやそこはお前の怒るターンじゃないだろ!

「軽くってお前、自転車はそーとーすごい衝撃受けたように見えるけど?」

「あれはその、アレよ」

「わたしがそこに居たってのがバレたら色々まずいから証拠隠滅というかなんというか、

自転車もほんとは殆ど無傷だったんだけどすこぅしだけ破壊しちゃいました、みたいな」

 ……もうね、二の句が告げないです、ハイ。

「そんな犯罪者を見るような目つきでこっちを見ないでよー、なんかすごい悪人になった

気がするじゃない」

 いや、実際かなりひどいことをされてると思うんですが?だけど事故にあってから変な

ことが続いているせいで、こんなことを告白されても真剣に怒る気になれない俺もどうか

してるよな。

「そんな訳でヒカルの事故の原因とゆーか加害者?はわたしだったんだけど、どう?正直

引いたでしょ?」

「ま、まあ……ちょっと予想もしてなかったからかなり驚いているけど、色々あって感

覚麻痺してるのかそれとも怒る気力も無いのかは分からないけど引くとか責める気は、正

直ないかな」

「ありがと、ヒカルって優しいのね……どうしよヒカルの事好きになっちゃうかも」

 うるんだその瞳に思わず吸い込まれそうになる。だが、その申し出はとても魅力的だけ

ど昨日の演技を思い出せ、しかも俺を轢いたヤツだぞ?いくら相手が自分のタイプど真ん

中から少しもずれてないからって雰囲気に流されたら後で泣きを見るのは俺自身に決まっ

てるじゃないか。

「なんつーかな、俺って今までかなり平凡な生活送ってたと思うわけよ、それがぱるすと

ぶつかってから、いいのか悪いのかはわからんが人とはちょっと違った出来事を体験でき

てるし感謝してる部分もあるんだよな、ひき逃げされた相手に言うのはおかしいとは思う

が」

 ぱるすから目をそらすのにベラベラとどうでもいいようなことを口走ってしまった。ば

れてないといいんだけど、多分俺の顔赤くなってただろうな。

「ひき逃げひき逃げっていわないでよー、ヒカルだって怒ってないって言ってたんだしこ

の話はここでオシマイね、解った?」

 え、あの……

「ハイ」

 そういや、ぶつかった相手が判ったのはいいけどさっきなんか言ってなかったか?透明

だったからとかなんとか。

「あのー、ぱるすさん一つお聞きしたいんですが、そのー透明だったってのは一体どうい

った事なんでしょうか」

「ヒカルのその頭に詰ってるのは豆腐か何か?透明っていうのはその言葉通り透明だった

って事でしょう」

 その言い方って酷くない?ぱるすが本当に反省してるのかちょっと不安になってきた。

「透明ってのは解るんだが、どうも俺の浅学な知識じゃ透明な車ってそれがどういうもの

か全く理解できないんだよな」

「馬鹿ねぇ、そんなの光学迷彩に使った車に決まってるじゃない」

 コウガクメイサイ?ナンデスカソレハ?

 ぱるすと会話してると知らない単語がどんどん出てくるな、それも現実を遥かに越えた

出来事やモノばかりだし。

「て、それはなんなのさ?」

「そうね、簡単に説明すると光の屈折を利用して透明に見せかける装置、ってところかし

ら」

「透明ねぇ、にわかには信じがたいけど実際ひきに……体験してるわけだし俺の知らな

い所でテクノロジーの進歩ってめちゃめちゃ進んでるんだな」

 夕暮れの住宅街をこうやって2人並んで歩いてる今も近くを寝に見えない車が走ってた

りするんだろうか。

「はー、それにしてもなんかすごいな、ポータブルなんとかや光学迷彩?にしたってそう

だけど、どっちも一般には出回ってないんだろ?それならもっと騒がれてるはずだし。て

ことはぱるすの親父さんってのはどこかの研究所かなんかで働いてるのか?」

「あー、うん、そうそうそんな所ね、っと言い忘れてたけど社外秘みたいなものだからこ

こで話した内容は内緒でお願いね」

 内緒もなにも他人に話したって俺みたいに目の前で体験したんじゃなければ信じてもら

えなさそうだけどな。

「ああ、それは勿論誰にも言わないけど。で、話しは変わるけど事故の事は分かったけど

なんで俺にぱるすのラジオが勝手に聴こえてくるのかそっちの方はなんか知ってるか?」

 事故の原因が分かったところでどうせ体には大した怪我はしなかったんだし、こっちの

ほうがよっぽど大きな問題だ。

 ぱるすは俺の質問に対してうーんと一言発したきり暫くの間機械の様に自動的に歩みを

進めるだけで何も答えなかったがやがて重たい口を開いた。

「多分よ、あくまでちゃんと調べないとはっきりしたことは言えないけど、多分、わたし

の車に塗ってたアンテナ代わりの塗料がヒカルとぶつかったときに取り込まれちゃったん

じゃないかなー、少しだけだけど擦り傷あったわよね、恐らくそこからだど思うけど」

「あ、でも塗料って言っても体に悪いものじゃないしちゃんと処理すれば不活性化出来る

から、そうしたら元の体に戻れると思うから安心してね、それに今は番組だって放送して

ないしヒカルの邪魔になることなんてないと思うから」

 アンテナ代わりの塗料ねえ……これも俺には良く解らないものだけどきっとまた超技

術の産物なんだろうな、改めてそれが何か問いただしたところで俺の理解の範疇に入るよ

うな物じゃないってのは直感で感じるし、ラジオ以外に聞こえて来たものはないから確か

にぱるすが家に居る間は特に悩まなくて済みそうだ。

「そうか、塗料がねえ……ま、いいや、これはそのうちぱるすがなんとかしてくれるん

だろ?」

「それは、まあ、一応加害者?ではあるわけだし後始末くらいはキチンとさせてもらうわ

よ、でも、ほら、わたしこっちに来たときヒカルも知ってのとおり何も持ってなかったか

ら、今すぐにとかいついつまでに、って約束は出来ないけど」

「ああ、今は原因がわかっただけで十分、正直昨日ぱるすが現れてから今の話までで脳み

そパンクしそうだし、これ以上なにかを考えたり厄介ごとを処理する能力はひとっかけら

も残ってないしな」

 それは本当のことだった、だってそうだろ?ロープレやってたってイベントが続きすぎ

ると内容整理するのにかなり時間がかかるじゃないか、それと一緒だぜ。

「なんだかその言い方って、まるでわたしが厄介者みたいに聞こえるんですけどぉ」

 それまで真剣に話をしていたのに俺の一言でぱるすは不満そうにツンと正面を向いてし

まった。

「やっ、そういうことじゃなく、その……」

 はいまた引っかかった俺。ぱるすはしてやったりと言った顔でこっちを見ている。

 ったくコイツは人の目を白黒させるのがそんなに楽しいのかね?そりゃね、ちょっとし

たことでこう揺り動かされるのは多少くすぐったく悪くない気分がするのも否定しないけ

ども、もう絶対引っかかってやんないからな、いや本当に。

「だけど不思議ね、ヒカルって日本人なのに光学迷彩って単語を知らないとは思わなかっ

たわ」

 自分の話したいことやりたいことを思うままにやってのけるぱるすは言わば猫タイプだ

なと思う、柚葉だって勝手気ままに振舞っているように見えるけどアイツは基本的にかま

って光線を目から発射してるし柚葉は犬タイプだな、と先に帰ってしまった柚葉と対比さ

せてみたり。

「俺はここ最近の出来事は別にして何処にでも転がってる平均的な日本人だと思うんだけ

ど聞いたことも無かったな、それとも俺がズレてるだけで普通の日本人なら知ってるもの

なのか?うちの家族やユズを見てたってそんなゴツイ名前のものとは全く縁がなさそうな

んだけど」

「ヒカルはアニメとか漫画は見たり読まない人なの?」

「いや、それなりに好きだし見てるとは思うけどそれがなにか関係あるのか?」

「大アリよ!光学迷彩って名前だってもともと他の名前がついてたのを日本のアニメから

内容がぴったりって事で名前を拝借したくらいだし」

 ぱるすが開発したわけでもないだろうに、やけに誇らしげに胸を張っている。

「はーそんな事もあるのか、何処の国かは忘れたけどホンダって言えばバイクの事を指す

って聞いたことあるけどそれと似たようなもんだろ?意識したこと無かったけど日本のア

ニメって結構凄いんだな」

 海外でも人気があるってのは耳にしたことがあったけど具体的にこうやって名前を使わ

れているのを知ると、同じ日本人としてちょっと嬉しくなってしまう。

「そりゃそうよ、聞いた事が無い?アニメはいいねぇ日本の生んだ文化の極みだよ、って」

 それは流石に知ってるけどなんだかフレーズが微妙に違うような気がするぞ。

「大体ねぇ中央線沿いで秋葉原ってゆー聖地へ簡単にアクセス出来る恵まれた所に住んで

いるのにアニメにあんまり興味がないなんてヒカルおかしいわよッ!、そうだな、わたし

がヒカルだったら週末はアキバに出かけて新刊チェックは欠かさないし限定版もサクっと

手に入れちゃうな新作ソフトだって当然特典付きを買っちゃうでしょー、それに大作だっ

たら0時売りにあわせて行列するのも楽しそうだし、まあこれは場所関係ないけど深夜ア

ニメをリアルタイムで見られるってのも大きなメリットよね、わたしなんて今までかなり

遅れてからしか見られなかったからヒカルのおうちでテレビが見られるってだけでもかな

り幸せだわ。後はそうだなぁヒカルのパソコンを使ってニコニコや2ちゃんを見るのも大

事ね、今アニメや漫画のブームってネットから火がつくことが多いでしょう?そこに直接

参加して肌で感じる事が出来れば最高だわ」

 夕日を浴びた海面のように瞳をキラッキラッと輝かせて熱弁してくれたのはいいけど、

俺の頭じゃ理解出来ない単語が多くて半分も頭に残らなかったが要するにぱるすはオタク

の人って事なんだろう。

「なぁ、そんなにアニメやらが好きならぱるすの所の技術を使えば本物そっくりの物が作

れるんじゃない?」

「あ・の・ね・ヒカル、確かに現物が一つでもあれば本物そっくりのコピーを作る事は簡

単よ、でもそれじゃボランティアでやってるんじゃないんだし製作者にまーったくお金が

入らないでしょう?そうしたら次の作品を作ってもらえなくなるじゃない。そんな盗人根

性丸出しの事なんて恥ずかしくて出来ないわよ。それにね本物を持ってるって自信を持っ

て言えるのがいいんじゃない、いくら精巧に作ったってコピーはあくまでも偽者なんだし

胸を張って持ってます!とは主張できないわよね。まあ2つ並べてどっちが本物?って聞

かれたらどれだけ詳しく調べても差が無いような作りのものもあるし、わたしは信用のお

ける店で買うようにしてるけどね。買い逃した限定版なんかにプレミア価格がついてるの

はちょっとどうかと思う事もあるけどそれは仕方が無いって諦めてるわ。ただ中には投機

目的で色々買いあさってる人も居るみたいだけどそれだけは許せないわね、もしわたしが

この星の支配者ならそーゆー奴らは片っ端から捕まえて死刑ね死刑。でも売る側にも全く

問題が無いわけじゃないのよ。純粋にその作品を愛してる人に全く関係の無いジャンルの

時計だとかアクセサリー作ってシリアルナンバー入りで売ったりとかあこぎな商売してる

所もあるみたいだしそんな会社はとっととつぶれちゃえばいいのよッ」

 ぜえぜえと息を荒くしながら原稿用紙まるまる一枚以上分の愚痴を聞かされる身として

はたまったもんじゃないが、それだけのめりこめる物があるのは正直羨ましく思った。俺

は何に対しても中途半端というかどうも一つの事や物に熱中することのできない性質で、

部活に入って爽やかな高校生活を送ったりしてないし、かといって夜遊びにふけったりす

るわけでもない。簡単に言ってしまえば毎日学校と家を往復するだけのルーチンワークの

繰り返しで柚葉が居なかったら今頃きっとクラスでもかなり浮いた存在になっていただろ

う事は容易に想像できたので、その点は大いに感謝しなくちゃいけないなと思い俺は心の

中で柚葉に向かって手を合わせた。

「でさヒカル、そーゆーわけでわたしが行きたいのは秋葉原なんだけどヒカルの都合のい

いときでいいから連れて行ってね、勿論ヒカルがわたしの行きたいようなお店に詳しいと

も思えないからそのへんのチェックはわたしがやっておくけど」

 乗りかかった船でもあるし是非もない、ただまあ形としては俺が連れて行くことになっ

ているけど実際は俺があっちだこっちだと引っ張りまわされるハメに陥るのは今からでも

簡単に予想できる。

「わかったわかった、秋葉原でもどこでも連れて行ってやるから安心しろ」

「ありがとッ、ついでにお財布も担当してくれると最高なんだけどなぁ」

「おいおい、さっき言ってたけど自分の所有物って実感欲しいっていってたろ?なら稼い

だ金で買ったほうがいいに決まってるし、おごって貰えるなんて甘い甘い。それになんで

彼女でもない女の子におごらにゃならんのだ」

「えー、でもユズにはケーキご馳走したりしてるんでしょ?って事はもしかして……」

「ないない、ユズの奴はただの腐れ縁ってだけでンな事考えたこともなかったぞ」

 柚葉をそういう対象として一度も見なかったといえば嘘になるが、あっちがあんな調子

じゃな。

「ふぅん」

 これ以上この話を続けると何となくややこしい方向に脱線しそうだし、とっと話題切り

替えないとヤバそうだ。

「それにしてもぱるすは日本人離れした見た目してるよなあ」

 向こう側が透けて見えそうなほど色の薄い肌や、脱色で手に入れたとはとても思えない

その金髪を改めて眺めるとそんな疑問が浮かんでくる。

「あれ、言ってなかったっけ?わたし日本人じゃないわよ」

 今更何言ってるの?てな感じの不思議そうな顔をして言った。

「めちゃめちゃ初耳なんですけど、それに、ぱるすって名前は兎も角天野って苗字で自己

紹介されたら普通日本人っておもうだろ、日本語もそれだけ流暢に話せてるんだし」

「あー言われてみればそうかも」

「そうかも、じゃないだろ、そうかもじゃ。全くどこの国の世間知らずなお姫様だよって

感じなんスけど」

「んまっお姫様ですって、わたしそんなに高貴な生まれに見えるのかしら、むふっ」

「いや、反応するのはそっちじゃないだろ」

 喋らなければぱるすはかなりモテるんだろうけど中身がこれじゃなぁ……相当損して

ると思うんだが俺が心配してやることでもないか。

「ま、男の子ならそんな小さな事は気にしない気にしない。こうやって日本語で喋れて意

思の疎通ができてれば、わたしが何処の人だとかは大した問題じゃないでしょ?」

「そりゃそうだけどさ、そもそもなんでそんなに日本語上手いのよ」

 暑さのせいもあるけど、だんだん深く考えるのが億劫になってくるな。

「よく日本文化が好きで留学してきた子が、時代劇で日本語を勉強してへんな言葉遣いに

なったりするって話があるじゃない?わたしの場合はそれがアニメだったって事でござる

よ」

 良く、は聞かないが言いたい事は分かる、つまりアニメ好きが高じて日本語をがここま

でぺらぺらに喋れるようになったと。趣味への思い入れ恐るべし。

 あ、最後のござるに突っ込む気力はもう残ってないです、ええ。

 何か一つ謎が明らかになると新しい問題がでてきてぱるすが一体どんな子なのか未だに

ちゃんと把握できない俺。

 女の子は多少ミステリアスなほうが魅力的とはよく言ったもので、彼女がどんな子なの

か気になっているのは確かだ。だけどそれは女の子としてというよりも上手くパズルが解

けないときのもどかしさにも似ているのかもしれない。

 ただ一つだけ言える事は、彼女の存在が俺にとって変化と言う名の風であるということ

だ。それが優しく撫でつけるそよ風なのか大きなうねりを伴った暴風なのかは未だに判断

できないし、その後の俺のあり方にどんな形を残していくのかも今は想像もできないけど


 
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