No.230232

改造兵士ドヨーの日常

チャイムさん

三題噺「深海」「うなぎ」「兵士」 / 【http://www.ktrmagician.com/cgi-bin/sandai_banashi/sandai_banashi.cgi

2011-07-23 23:33:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:704   閲覧ユーザー数:697

領海の末端に位置する、旧世紀より隣国との揉め事の種となっている島。

その沖合いに沈んでいる、前大戦時に使用された艦船の残骸。

そこが彼の赴任地であり、生活拠点である。

 

彼の姿は、遠目には深海性の口の大きなウナギのように見える。

しかし間近で見れば(深海では近距離の物体を視認するのも困難ではあるが)

そのウナギに水かきの付いた手足が生えているのがわかるだろう。

そしてその姿が、どことなく細身の人間に近い事も。

事実、彼は元人間である。

所属する政府機関の実験に自ら志願して、この姿になったのだ。

 

彼の感覚器が反応する。

耳慣れた音、船舶の駆動機関の発する音だ。

どうやらスクリューでは無くウォータージェットのようだ、かなりの速さで接近してくる。

だが、彼の泳ぐ速さには及ばない。数分と掛からずに船の真下についた。

まずは何者か確認する事だ。遭難した漁師達という可能性もある。

仮に隣国の人間であっても、民間人なら傷つけるのは問題になる可能性もある。

武装していたら、あるいは向こうから攻撃を加えてきたら、話は別だろうが。

わき腹の鰓から、一匹のクラゲを放つ……無線通信を含む、海上の音声を聞き取る為だ。

このクラゲも彼と同じ改造生物である。

 

「上陸に成功した。付近に船舶や人影は無い」

『よし、直ちに採掘装置を取り付けろ。それと国旗もな。

 既成事実さえ作れば、後はどうとでもなる』

「了解」

 

間違いなく隣国の工作員だ。ならば遠慮はいらない。

全身に力を込めると、彼の身体から放電が始まった。

電流はすさまじく、海上の物体にも容赦なく襲い掛かる。

悲鳴と、機械装置がショートする音が聞こえた。

ほどなく海の中に人が落ちてきた。先ほどの工作員だろう。目論見どおり気絶しているようだ。

抱きかかえ、船に乗せてやる。

操縦装置を操作し(放電で全て壊さないようにするのは彼が訓練で身につけた特技である)

隣国の海岸線のどこかに着くように調節し、発進させる。

秘密裏に送り込まれた工作員なら、どうしようとも隣国も抗議はできないだろう。

ひとまず、仕事完了だ。

 

生活拠点に戻る。

防水防圧加工された情報端末を使い、本土に一部始終の連絡をする。

数分とたたずに報酬が振り込まれた。

彼には基本給や各種手当の他に、仕事を片付ける度に特別報酬が振り込まれている。

もっとも今の彼に金は大した意味をなさない。

食事は周囲の魚介類数匹か、支給されている専用レーション一個で事足りる。

本を持ち込む事は不可能であるし(電子書籍なら別だが)

アニメやドラマ、映画も改造以前からろくに観なくなっていた。

音楽やゲームも殆ど興味は無く、

異性や同性も……興味が無かった訳では無いが、さして執着も無かった。

後者については彼の改造以前の容姿と、それゆえの境遇も大いに関係しているだろう。

端末を操作し、金のいくらかを自然保護団体と戦乱・災害からの復興支援団体に振り込む。

目下のところ、これが唯一の金の使い道である。

 

他の多くの者から見れば退屈に思える生活だが、彼は満足していた。

もとより一人が丁度いいのだ。

物心付いた時に親は無く、施設でも一人でいる事が多く、

加えて学生時代の体験の数々は、彼を「孤独こそ平穏」という結論に至らせるのに充分であった。

今の彼にとって、孤独は空気と同じものである……もっとも、住んでいるのは水の中だが。

 

目下最大の心配事は、隣国が自分と同種の海洋型改造兵士を送り込んでくる事だが、

技術的にいえば杞憂も良い所だろう。

しばらく工作員が来る事は無い。彼の経験則から言っても確実である。

鰓の中の改造クラゲ達を周囲に放って警備を任せ、彼は一眠りする事にした。

 

彼の一日は、こうして今日も、穏やかに過ぎていく……


 
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