No.228708

恋姫異聞録120 -画龍編-

絶影さん

どうも仕事の時間が一定しない(´・ω・`)

休みも無いのでこんな変な時間に投稿

前回はなんと言いますか、詠の変化に特に嫌だー

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2011-07-18 14:46:16 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9192   閲覧ユーザー数:7066

 

 

予想外の出来事に腫れ上がる顔を歪めるが、表情の変化すら痛みが走り声を漏らす陸遜

 

「はぅ~」

 

情けない声を出しながらそれでも膝を震わせ武器を構える。一方的に拳打を受て怯える心を鼓舞するように

ぐっと歯を噛み締め、迫る詠を迎え撃つ

 

だが最早、体は満身創痍。拳の連打で的確に急所を狙い打たれ、呼吸器官に拳を受けて体力を削られ

満足に動くこともできなかった

 

「どきなさいっ!アンタに何時までもかまってる暇は無いのよっ!!」

 

容赦なく間合いを詰める詠、だが陸遜は眼前に迫る詠に叩かれ、歪になった顔を涙目ながら笑みに変える

 

「む・・・」

 

「気がついたか、あの軍師があれほどの強さを持っているとは予想外。じゃが此処は穏の勝ちじゃ

拳と言う武器があだになったな。殺傷能力の高い刃等ではない、時間を稼げば昭殿は討てる」

 

急所を的確に捕らえた拳撃をあれほど食らっているというのに途切れぬ意識

顔を赤黒く染めてなお立ち上がり、体を壁のようにする姿に無徒は少しだけ言葉を漏らす

既に勝つことが出来無いと理解した陸遜は体を壁に、男の元へ向かわせまいとするだけ

 

横を抜けようとすれば、歯を食いしばりボロボロの体に鞭打ち九節棍を振り回して脚を止め

近づけば覆いかぶさるように詠を捕まえようとしていた

 

だが詠は迫る武器をパリングでたたき落とし、覆いかぶさる両手をダッキングとスウェーで躱し

拳を叩きつけるが陸遜はギリギリと歯を噛み締め、襲い来る衝撃に耐える

 

焦る詠の目線の先、陸遜の肩越しに見えるのは体を盾にする兵の前に立とうとする男の姿

 

これ以上は時間を掛けられない、ならばと意識を刈り取る為、腹へ拳を叩き込み顎を下げさせ

斜めからアッパーを叩き込んだ

 

はじけ飛ぶ顔、仰け反り小さくうめき声を出し崩れ落ちる

 

「昭っ!」

 

倒れる陸遜の横を通り過ぎようとした瞬間、足元を掬うように九節棍が襲いかかる

驚くのは一瞬、詠は舌打ちとともに迫る九節棍を拳で叩き落す

 

「詠様の攻撃の順番を理解したか。身長差のある顎を下げさせる為に必ず腹に一撃を入れる

それに合わせて気を顎に、意識を刈り取られるであろう部分に集中させ耐えるか」

 

「呉の将を舐めないでもらおう。今度は此方の番じゃ、見よ船に駆け上がる呉の兵を」

 

黄蓋の言うとおり、恐らくは時間がたっても二人の将が戻らぬ場合は

待機していた兵士が船を駆け上がる算段になっていたのだろう

確かに幾ら奇襲とはいえ将二人のみで来るはずがない

 

「わ・・・わたし、うぐっ・・・いたぃ、ぐすっ」

 

私達の勝ちだとでも言いたかったのか、陸遜は倒れながら痛みに顔を歪めると同時に船の底から飛び出す呉の兵士達

 

「くぅっ!邪魔よアンタ達っ!!」

 

船を駆け上がった呉の兵は二手に分かれ、一方は舞王の元へ

一方は詠の元へ、倒れる陸遜を守るために武器を構え襲いかかる

 

だが詠は迫る槍を突き出されると同時に前進とウィービングで躱し、カウンターの右拳を敵兵の脇腹に叩き込む

ベキベキと鈍く、鎧の上から骨のへし折れる音が響き、気を纏うわけでは無い敵兵は詠の強打の前に体を折り曲げ

舌を出しながら昏倒し崩れ落ちる

 

目の前で恐ろしい拳打の元、崩れ落ちる姿を見て怯むのは一瞬。後ろに顔を腫らし、血で顔を染める陸遜の姿を

思い出し、怒りと共に声を上げて敵将へと襲いかかった

 

「これであの軍師は足止めされる。兵も増員された。舞王の兵は何時までも持つまい」

 

ニヤリと笑みを見せる黄蓋。視線は前方の船へ

見れば駆けつけた兵が魏の兵を抑えこみ、呂蒙は舞王へと一直線に襲いかかっていた

 

「はぁっ!」

 

上段から振りかぶり、打ち下ろされる三本の巨大な鉄の爪

男は襲い来る呂蒙の攻撃を読むことが出来無いと判断し、眼を合わすことを諦め、ただ襲い来る爪のみに集中する

 

「黄蓋殿と同じ砂嵐の思考」

 

砂嵐の思考なら武器だけに集中するのみと剣を二本、上段に構え迫る大爪を受け止めるが余りの重さ

攻撃の強さに片膝を折り床板へつけてしまい、更に押し込まれ首を避ければ肩に食い込む呂蒙の爪

 

血が流れだし肉に爪が喰い込むが男は狼狽える事無く次の動きを考える

 

相手は例えるなら火、ならば山で耐える。ひたすらに攻撃を捌き、遠くに見えた秋蘭を待つ

兵と舞を合わせてもいいが、恐らく呂蒙は俺よりも兵を狙う。これ以上殺されてたまるか

 

「昭様っ!」

 

押される男を救うため、呂蒙に魏の兵士が襲いかかる。呂蒙は爪を退くと構えなおし槍と刀を持ち襲いかかる敵兵を

爪で切り裂きなぎ払う

 

だが舞王をやらせはしないと武器を構え、呉の兵を抜けた魏兵が次々に襲いかかる

 

「やめろっ!手をだすなっ!!」

 

男の叫びも虚しく、魏の兵は男の目の前で無残にも切り裂かれていく

血を流し、倒れていく兄弟たち、その姿に男の肩がダラリと落ち雰囲気が一変する

 

男は倒れた兵が落とした刀を脚で弾き、宙に舞わせると呂蒙に向かい撃ち飛ばす

 

顔、胴、腕を狙い飛来する剣を呂蒙は身を屈め、腕をたたみ躱し

前進と共に胴への剣を爪で弾き、舞王を睨みつければビクリと肩を震わせ脚を止めてしまう

目の前に立つ男は先程の雰囲気とはまるで違う。聞いていた獣のような殺気を放つ姿ではない

 

ただ、静かでありながら覆いかぶさるような凄まじい重厚感。眼が合っただけで背筋に冷たいものが伝う

萎縮する体を元に戻すように顔を振り、改めて目の前で佇む男を射殺すように睨みつけた

 

「大丈夫、今あの人は私の考えが見えてない。此方に攻撃したのは自分に注意を向けるため

今の彼は孫氏で言うなら山。ならば私は風で、速さでかき回して防御を崩せばっ」

 

自分に言い聞かせるように呟き爪を仕舞い、袖から現れるのは細身の針。

構え、待ち構えるように眼を袖の武器へ向ける男に向かい左右に飛び回り針を投げ飛ばす

 

 

 

「昭殿は戦術を混ぜて戦うらしいな。ならば余計に此方が有利、龍佐の眼には亞莎の思考は読めん

戦術を使ったとしても、軍師に勝てるわけがあるまい」

 

「あの者は軍師か、動きから見るに元は武官であったようだな」

 

「その通りよ。蓮華様に見出された才は伊達ではない」

 

無数の針が左右から襲いかかり、その場に身を固める舞王の姿を見ながら笑う黄蓋

窮地に立たされた舞王の姿を無徒はただ静かに腕を組んで真っ直ぐに見ていた

 

 

 

飛来し襲いかかる針。男は剣が二つでは間に合わないと、更に足元に崩れた魏兵の刀を脚で舞い上げ

手に持つ宝剣で正面から来る針を右から左へなぎ払うと同時に剣を手放し、左から飛来する針を勢いのままに

脚で舞い上げた刀を空中で掴み盾のようにして弾く

 

更に背後から来る針を前宙し一回転。刀を自らの脚に叩きつけるように振り抜き

回転とともに下から掬い上げる剣閃で弾くが右腕に鋭い痛みが走る

 

幾ら武器に視線を集中させようが、ノイズのように眼に入り込む呂蒙の思考が男の体を鈍らせ

男の予想、そして目線とは全く違う方向から攻撃が襲う

 

強力な龍佐の眼を手に入れた代償。複数の事を同時に考えるマルチタスクが行える軍師の思考にかき乱される

 

攻撃の当たった呂蒙は男の体は、男の軍は今が攻める時かと注意深く見張るが男の表情は変わらず

刀を手放し、落ちる宝剣を脚で弾き上げ手にすると痛みすら感じないのかと思わせるほどの眼光

 

「針は無くなった。それならこれで更に速度を上げるだけっ」

 

袖から出るのは細身の剣が三つ。片手に三つの合計六本の剣をまるで引っ掻くように使い男に襲いかかる

 

更に速さを増し、上下左右から高速の剣戟。最早眼は追いつけず体を切り裂かれる男は脚を開き腰を落とし

先程よりも山のように体を動かさず防御を固め、急所への攻撃に絞りはじいていく

みるみる内に紅く染まる身体

 

呂蒙の動き、孫氏で言うなら風か。ならば動如雷震。雷鳴の如く機を見て一撃に絞る

 

思考の終わりと共に男の眼に鋼の意志が宿り、ギシリと音を立て固く握りしめられる剣

呂蒙の動きが一瞬でも遅れた隙に全力を掛けた一撃を宝剣で叩き込む。そう決意された瞳に呂蒙はピクリと眉を動かす

 

「戦い方を変えた。私の隙を狙ってる。動如雷震、ならば難知如陰。実態を隠した攻撃で私の攻撃を絞らせないっ!」

 

呟く呂蒙は袖の剣を捨て、真似をするように蹴り飛ばす

襲い来る剣を最小の動きで躱し、弾き、次の呂蒙の動きに備えるが

 

ドボッ・・・

 

鈍い音と共に男の腹にめり込む拳大の鉄球が三つ

 

 

 

「暗器使い、武器の影に隠し当てるか」

 

「長き袖に数多の武器を収めておる。あの場に夏侯淵が居たとしても全ての武器に対応することはできまい」

 

体を折り曲げ、吹き飛びながら船床に転がる男に無徒は片眉をピクリと動かす

ようやく貴様の表情を変えてやることが出来たかと黄蓋は口元を笑みに変えた

 

 

 

靭やかに振られた長い袖からは、鎖に繋がれた三つの鉄球

まるで三つの鉄球が別の生き物のように多方面から襲いかかる

 

蛇のようにうねり、襲い来る鉄球の下には影のように同じ形、同じ大きさの鉄球が男を狙う

先程の剣と同じ、片方の袖から三つ。合計六つの鉄球

違うことは、靭る腕から繰り出される鉄球が目視出来るのは三つだけ

残る三つは男の目線からは確認できぬよう、死角から襲いかかる

 

「はああああっ!!」

 

風を切り、唸りを上げる鉄球を躱すことも出来ず身体に受け、まるで先程の陸遜のように赤黒く染まる顔

左右から襲う急所への攻撃を辛うじて弾きながら、倒れることをせず立ち続ける

 

 

 

 

船室の屋根の上、黄蓋は無徒に目線を向けるが訝しげな瞳と表情になってしまう

何故なら慌てるわけでも顔を曇らせるわけでもなく隣で座る無徒は無表情にただ前を

叢の牙門旗が掲げられた船を見るだけ

 

「どうした。諦めたわけではあるまい?もしかしたら夏侯淵か、後方の曹操殿が間に合うかもしれんぞ」

 

黄蓋は顎で秋蘭の方を促すが、稟の策が妨害するように船の上を疾走する虎豹騎によって

男の元へ続く道が分断されてしまい行けなくなっていた

それどころか目の前を通る騎馬のせいで矢さえも射ることが出来ない

 

華琳の船はと言えば、前の舞王の元へと進めてはいるがその進みは遅く、とても間に合うモノではない

見れば陸遜と共に来た呉の兵が華琳の乗る船へ攻撃を仕掛け足止めをしていた

 

絶望的な状況。其れでも表情を変えない無徒に黄蓋は苛立つ。何故此の様な状況で慌てることもなく

落ち着き、腰を下ろしていられるのかと

 

「不思議か?」

 

「何っ?!」

 

「儂が狼狽える事無く静観していられるのが不思議かと言ってる」

 

「・・・」

 

「フッ・・・詠様が仰った。稟殿の言葉に従えと。ならば儂は信じるだけよ、何があっても此処で貴様を見張り

待機せよとの言葉にな」

 

無表情の無徒は、ニヤリと笑う。そしてゆっくり組んだ腕を解き、指を差す

 

 

 

攻撃に翻弄される男は其れでも諦めることはなく、裁き続け身体に受ける鉄球に歯を食いしばり耐える

 

呂蒙、俺の眼を知っている。其れ所か恐らくは俺の眼を混乱させる何かをやっている

流石だ、流石は関羽を捕えた猛将なだけはある

 

ならば、ならば・・・・・・

 

身体が削られ、腹に強烈な一撃が入り口から血を吐きくの字に曲がり、遂に膝が折れフラリと身体が崩れる舞王

呂蒙は其れを見逃さない

 

「遂に来た。決めるっ!」

 

弱り、身体が折れる舞王。其れでも慎重に、身体を狙っても防がれる。

体は剣で防ぐはず、首も同様。ならば脚を切り落とし、機動力をなくせば誰でも、私でなくとも討ち取ることが出来ると

鉄球から巨大な爪へと切り替え、脚を狙い地を駆ける

 

「昭っ!どけぇっ!」

 

兵の体を砕き、頭蓋を割り、遂に倒れる陸遜の隣を抜ければ崩れ落ちる男の姿

迫る呂蒙の巨大な爪に自分の位置からは届かないと分かっても手を伸ばす詠

 

周りの兵ですら体を吸い込まれるように地に落とす男の姿に絶望に似た声を上げた

 

突進、そして軽く地から脚を放すと前宙と共に上段から全体重と勢いを乗せ

斜めに身体を崩す男の左脚を切断する一撃を放つ

 

「ハッ!?」

 

瞬間、ゾクリと体に走る悪寒。反応するように目線を向ければ鋼の如き色を見せる男の瞳

 

男の眼は語る

 

【脚はくれてやる。だから貴様の首を、魂を俺によこせ】

 

呂蒙の眼に映るのは、斜めに崩れ落ちるはずの身体を捻り宝剣を視線から隠すように右手に持ち

左手を伸ばし、己の身体をつかもうとする手

 

止まらない、止められない。脚と引換に殺されるっ!

 

「亞莎ちゃんっ!」

 

眼を瞑る呂蒙の身体に衝撃が走る。自分の身体に何かがぶつかる感触

急に体が右へと吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がり船床に倒れ鈍い痛みに咳き込み何が起こったと周りを見回せば

地面に落ちる九節棍

 

「穏さまっ!そんなっ!!」

 

「だいじょうぶ。勝利は目の前・・・はぐっ」

 

顔を腫らし、血だらけで崩れ落ち、此方に切れた唇で笑顔を見せる陸遜の姿に驚き同時に理解する

満身創痍の身体を無理やり立ち上がらせ遠距離から九節棍を横薙ぎに、自分の身体を吹き飛ばし伸びる男の手から

救ったのだと。理解したと同時に歯を噛み締め、今直ぐ陸遜の元へと駆け寄りたい衝動を抑えた

 

今すべきことは、乾坤一擲の一撃を外し船床に身体を横たえる男に止めの一撃を入れることだと

伸るか反るか、真に一擲を成して乾坤を賭せんとの言葉のとおり、己の身を捨てた

軍師のように、体の一部の脚を、軍の一部を決死隊とし首を取りに来た一撃

 

ならばこれ以上は身体が動かないはずだと再度、武器を構え男に走る

 

「させるかっ!」

 

させないと走る詠。だが倒れる陸遜に脚を捕まれ、怒りと共に打ちおろしの左拳で陸遜の掴む右腕を砕く

折れる腕の激痛に身体をよじる陸遜から解かれるが既に遅く、爪は再度倒れる男に襲いかかる

 

今度は脚ではなく、動きが鈍くなった男へ確実に命を奪う首への一撃

 

「これで最後ッ!」

 

横たえた身体を持ち上げ、其れでもやられるものかと剣を首へ構えようとするが、身体に受け続けた鉄球の攻撃の痛みに

手に持つ宝剣が落ちる

 

振り上げた爪が打ち下ろされ、男の身体に突き刺さる瞬間。目の前を白い影が横切る

 

「えっ?」

 

突き刺さる大爪。だが止めを刺したはずの男の姿はそこには無く。深々と爪が船床を抉るのみ

 

 

 

「なっ!?あ奴は!!あ奴が何故戦場にっ!!」

 

無徒に指さされ、遠方から見る黄蓋の瞳に映ったのは信じることの出来ない状況

呂蒙の大爪が男に突き刺さる瞬間、隣接する船から現れた白い外套を纏う男が横たわる舞王を抱き上げ救っていたのだ

 

男を抱き上げる紅い髪の男。血が飛び交う戦場には似合わぬ白い外套に身を包むのは神医華佗

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「・・・大丈夫に見えるか?」

 

「ははっ見えないな」

 

抱き上げられ華佗の質問に苦笑いを返す男。華佗は抱き上げた男の身体をゆっくり降ろすと

男は自分で身体を支えきれない程に傷を負っていたのだろう、片膝を地に着いてしまう

 

「昭・・・たまには楽をしたいだろう」

 

「良いのか?」

 

「ああ、だが殺しは無しだ」

 

華佗の言葉に男は理解する。稟はこのことも既に想定済みだったのだと

先日の夜に華佗と交わした言葉。戦だと言うのに「俺の力が必要な時は呼んでくれ」などと言っていたのは

稟に言われていたのだろう。「必ず二回目の奇襲がある。力を貸して欲しい」と

 

いきなり現れた男に警戒し身構える呂蒙。だが華佗は呂蒙に背を向け、膝を着く男に振り向いていしまう

 

「稟はよく知っていたな。華佗が戦えると」

 

「ああ、噂を聞いていたのだろう、それに知っているだろう?」

 

 

 

船の後方、華琳の船で襲い来る呉の兵を払い男の元へと船をすすめる中、華琳が側に立つ稟に問う

 

「良く知っていたわね。華佗が戦えるなんて」

 

「ええ、華琳様と五斗が対峙したときに構え、戦う素振りを見せたと噂は聞いていましたし。なによりも・・・」

 

 

 

 

笑みを浮かべる稟、そして呆れたように笑う華佗の言葉が重なる

 

【医者は人体の治し方を心得ている。同時に壊し方も心得ている】

 

 

背を向ける華佗に、呂蒙は少しだけ躊躇するが目の前には既に膝を地につき、確実に取れる王の影が居ると

走り、武器を構えて攻撃を仕掛ける

 

「将と呼ばれる人物が何故、常人とこれほどまでに身体能力の差が有るか。其れは将と呼ばれる者が生まれつき下丹田

そして経穴が全て開き、全身に気が巡る開放状態に有る人間であるからだ。これより昭の経穴を全てこじ開ける」

 

懐から輝く針を取り出すと、凄まじい速さで目の前の男の身体に突き刺していく

何かを始める姿に呂蒙は少しだけ身構えるが、構うものかと大爪を振り上げ華佗の身体ごと男の身体を切り裂く、だが

 

 

 

 

「・・・そんな」

 

華佗の頭上で止まる呂蒙の爪。先程まで一撃で膝を折らせるほどの威力であった筈だと言うのに

華佗の足元から立ち上がった男は刀を抜き迫る爪に横向きに、脚一本を振り上げ刀を盾にし挟みこみ止めていたのだ

 

「今の身体能力は于禁程だろう。だがお前なら十分だ。普段から身体を鍛えておいたお陰だな、

経穴の開放にも十分耐えている。ついでに簡単だが傷を縫合し身体の痛みを消しておいた」

 

「副作用は?」

 

「・・・聞くのは良いが、後で文句を言うのは無しだぞ」

 

「言わないさ、助けてくれているんだ」

 

「その肩に刺した鍼を抜いた瞬間、這うことすら出来ぬほどの全身筋肉痛」

 

「そりゃ怖いな、詠にどやされる方がマシだ」

 

「抜かずとも一日は持たない。残念ながら一時的だが、今の状況を切り抜けるには十分だろう」

 

「勿論。十分すぎるほどだ」

 

笑いあう二人。そして男は腰からもう一本の刀を抜き取り一刀の元、止まった大爪を横薙ぎに切り飛ばす

破壊される己の武器に、そしてまるで化けたかのように力を増す目の前の男に危険を感じ、後方へと飛び退き

男は落ちる刀を中で受け取り、その手には刀が二本

 

 

 

「・・・・・・あんな真似が。いや、其れよりも貴様達の軍師は一体誰じゃ、どこまで読んでおる!」

 

「稟殿。郭嘉殿、と言ったほうが良いか」

 

「郭嘉だと、奴は策士では・・・そうか、そういう事か。儂らが信じた情報は違っていた訳ではない。策士であるなら

謀るのが当然。此処まで己を隠しておったな」

 

唇を噛み締める黄蓋。軍師を信じ、舞王の窮地にも動じぬ無徒にも驚いたが

一番に黄蓋に辛酸を嘗める思いをさせたのは、魏軍軍師、郭嘉

 

 

 

一旦退がる呂蒙に対し追撃をかけない男に華佗は首を傾げる

 

「どうした。相手の動きが止まっていたぞ」

 

「そうなんだが、あの娘から思考が読めない。風や涼風とはまた少し違う感じなんだ」

 

「真名に風が入るのか?」

 

「いや、柴桑に言った時にあの娘の友人が口にした名には入っていなかったはずだ」

 

「ふむ。どういった理屈かは分からないが、それならばやることは決まっているな」

 

飛び退く呂蒙を前に、普段のように話はじめる二人

そんな窮地を脱した男に安心する魏の兵の横を呉の兵士が通り抜け、槍を手に男へと襲いかかる

 

「ああ、手を・・・いや、眼を貸してくれ」

 

「勿論だ友よ。約束を果たそう」

 

襲い来る二本の槍。しかし男は刀を納刀すると、手刀で槍を叩き軌道を変え腰を落とし双拳を構える

突撃の勢いのまま身体が流され、男の目の前まで止まらずに踏み込むと男の両腕から放たれる鋭い掌底が

二人の敵兵の顔面を捕え、まるで凪が敵兵に拳を当てたかのように吹き飛んでいく

 

「演舞外式 ―凪―」

 

拳を握り、左腕を下に右腕を顎の近くに構え身体を斜めに

そこには鏡に写したかのように、凪と寸分の違いもなく構えを取る男の姿があった

 

「楽進を模写するのに拳を使わないのか?」

 

「ああ、拳を創り上げているわけじゃ無いからな。威力はいまいちだし、それに手が傷つくと秋蘭と春蘭が悲しむ」

 

なるほど、と納得する華佗は男とは違い手を開いて肩の力を抜き自然体になり

別方向から襲い来る兵士の槍を右足を後方に一歩引いて身体を半身にして躱し、近づいた所で響き渡る

ボコッと言う不快で奇妙な音

 

見れば華佗の足元に転がる兵士は腕の骨を外され、顎を外されるだけにとどまらず

脚と腰の付け根に鍼をうたれ、脚が麻痺したかのように動かなくなった兵士はその場に崩れ落ちた

 

「酷いもんだ、医者のくせにそこまでするのか?」

 

「お前ほどじゃないさ。吹き飛ばして置いて無傷なはずが無いだろう?俺の方は直ぐに治せる」

 

等と話し合う二人に兵士達は次々に襲いかかる

 

槍がダメならば剣だと、腰元に構え突き入れる形で男に走れば

 

男は両拳を見つめ、周りを見渡し少しだけ考える様な素振りを見せ「兵相手なら動きが読める。試してみるか」と一言

 

構えを解き、華佗と同じ用に自然体に身体の力を抜くと右足を振り上げ襲い来る剣を下から弾き

流れるように敵兵の肩に踵落としを放ち、引っ掛けに敵兵の身体を引きこみ左脚を地から放し

挟みこむように敵兵の顔に膝を叩き込む

 

鼻を折り、前歯を折られ気絶し倒れる敵兵

だが襲い来る兵は留まらず、後方の兵士が更に剣を構え、脚を踏み込み横薙ぎに剣を振り襲いかかるが

 

男は着地と同時に身体を地面に這いつくばらせ、迫る剣を躱し片手で身体を持ち上げ倒立すると

華琳の時のように脚を旋回させエアートラックスの形へ

 

旋風脚の様な蹴りが剣を避けられ流れた無防備の頭に叩き込まれ、身体を回転させて船床に転がる敵兵

 

「どうした。楽進はやめか?」

 

「そうだな、華佗の鍼が効いているうちは型の意味が解らない技を模倣するより俺らしく、舞で戦った方が良さそうだ」

 

「震脚など出来るはずも無い、拳も使い慣れたモノでは無い。素手なら普通にというわけか」

 

「ああ、それに脚を使う技なら俺の舞の方が多い」

 

背中合わせに立つ二人は、お互いの死角が無いように構え、周囲を見渡し笑みを零しながら話す

その姿に安心したのか、それとも呆れたのか、詠は残る少ない兵に指示を飛ばし呉の奇襲部隊へと攻撃を始めた

 

構うこと無く襲い来る呉の兵。槍を持ち、突き入れるが男は膝を柔らかく使いフワリと身体を浮かせ

槍に一瞬だけ飛び乗り前へと軽く飛ぶとそのまま右足で爪先蹴りを喉へと放つ

 

ゴボッと言う声と共に眼を見開き、武器を落とし、喉を抑え崩れる敵兵

男は崩れる敵兵の肩を踏み台に、身体を捻り頭を下げ兵の肩にかけた左足を踏切り回転

脚を広げて側宙をすると後方で武器を構えた敵兵の頭に上から蹴りを落とす

 

急に上から現れ、真上から打ち下ろされる蹴りに身構える事もできなかった兵はまともに攻撃を受け

船床に叩きつけられ蹴り伏せられる呉の兵士

 

だが怯むこと無く剣で着地した男に突き入れれば、男は後方に少し飛んで身体を逸らし背から地面に手を付き躱し

脚を振り上げロックダンスのシフトを繰り出し前のめりになった兵の顎が蹴り上げられ弾ける

 

顎を蹴り上げられ、脳を揺さぶられ棒立ちになった兵士の脚の間に自分の両脚を入れると急に開き

兵は脚を掬われ尻餅をついてしまう

 

男は素早く脚を戻して流れるように地面で脚を広げ身体を旋回させウインドミルに

崩れた敵兵の首へと脚を振り回し蹴りを叩き込む

 

「ギァッ」

 

異音の様な声を出し、首に襲いかかる強烈な蹴りに兵は飛ばされながら他の兵を巻き込んで河へと落ちていった

 

旋回を続ける男に今だ!と槍を向けるとヘッドスプリングで身体を急に起こし驚く呉の兵

 

だが構うものかと槍で突こうとするが、男は敵に届かない位置で右足を前に振りだすように蹴り出し

振り出した右足を着地し、腰を捻りながら左足を下段蹴りのように前へ向けて回し、左足を着地し右足の裏が

正面に向くように腰を回しながらツイストというステップを踏み身体をズラして槍を躱すと

 

本来は身体を元の位置に戻すのだが、そのまま戻さず身体を捻り回転させ右足を前へと踏み込み敵兵の顔へ

カウンター気味の左回し蹴りが鋭く突き刺さる

 

 

 

「これも想像以上ですね。神医華佗の鍼と体術もそうですが昭殿がまさかこれほど化けるとは」

 

「確かに華佗の施術は興味深い、後で詳しく聞きたいところだけど昭に対しては不思議では無いわね

武は舞に通ずと言う言葉がある通り、将の様な力を持てばこの程度の体術をこなすのは当たり前

寧ろこの程度では私は納得出来ないわ」

 

全ての奇襲部隊を蹴散らした華琳の乗る船はゆっくりと前方の男達が乗る船へと前進する

 

「さて、遅すぎる敵の手に欠伸が出そうでしたが御二人の活躍に眼が覚めました

此処から更に諸葛亮と鳳統には後の記録に凡夫以下と言われるようになってもらいましょう」

 

そう言って表情を先程のように冷血な笑みに変えると船で繋がれた橋を駆け

前方の本陣へと急襲する虎豹騎に眼を向けた

 

 

 

船床に崩れ落ちる兵士、見れば身体の骨を外され立つことどころか武器を持つことすら出来ない状態で呻き声を漏らし

身体を横たえる

 

「次。左肘関節、肩関節、顎関節を外し人中へ衝撃を加える」

 

襲い来る槍を半身で躱し、柄を掴むと引きこみ肘へ左手刀を叩き込み、肩へ右の掌底を入れると

肩への一撃で身体を開くように華佗の前で止まる敵兵

 

すかさず左の掌底を顎にたたき入れると顎が外れ、だらし無く口が開き

急所である人中へ拳を中指だけ突き出た形に握り、一撃を加えれば激痛と外され

自由を失った身体に戦意を喪失し崩れ落ちる

 

更に槍を構える兵が同時に三人、襲いかかるが前へ踏み込みながら槍を躱し

中央の兵士の懐に潜り込んだ所で指先に気を集中

 

鉄の様な硬度を持った指が鎧を貫き右脇腹の人体の急所、稲妻、雷光に突き刺さり兵士は胃の中の物を全て吐き出し

転がりのたうつ。華佗の動きはそこでとどまらず、左の兵士に肩の村雨に親指を突き刺し

胸下の雁下、脇腹の章門へと続き昏倒し、気を失って崩れ落ちる

 

「このっ!魏の畜生がっ!!」

 

背を向けられた右の兵士は槍を捨て、腰の剣を抜き取り斬りかかるが、振り向かれ肘を右手指先で捕まれ

がら空きの身体に華佗の指が次々に突き刺さる

 

正中線に集中する急所を喉元から下へ向かい天突、秘中、関元、曲骨と突き入れ

最後に伏兎と呼ばれる太腿の点穴に指が突き刺さり兵士はビクリと身体を震わせると

白目を向いて膝から地面に崩れ落ちた

 

「肩借りるぞ」

 

崩れ落ちる兵士の影から聞こえる男の声、フワリと宙を舞い華佗の肩に脚をかけると

後方から華佗に襲いかかる兵士の胸に突き刺さる男の強烈な飛び蹴り

 

「来るぞ、昭」

 

「応。華佗の言葉を殺しは無しだと言うのを聞いて冷静に攻めずに俺たちを観察してやがった。肝の座った軍師だ」

 

背中を合わせ、二人が送る視線の先には急に変わった男と突然現れた華佗に対してひたすらに分析をする呂蒙の姿

考えが固まったのか、それとも兵の手数が無くなったのか、呂蒙は鉄の爪を構え地を駆ける

 

「俺の眼を使え、友よ」

 

「ああ頼む。動きはお前が見てくれ華佗」

 

迫る呂蒙に男は背を向け正面の友に眼を合わせ、華佗は静かに呂蒙を正面に迎え撃つ

軍師との約束を守り、己の殺した赤子の前で誓った約束を壊そうと迫る敵を打ち倒すために

 

 


 
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