No.228624

『舞い踊る季節の中で』 第118話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 事前の前準備もあり、蓮華は反乱を見事に短期間で鎮圧をして見せた。
 だけど、それは始まりの狼煙でしかなかった事を七乃は知る。
 そして各地を回る雪蓮と翡翠と華佗は、懐かしき親友の向うあの地に向かう。

続きを表示

2011-07-18 08:48:31 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:16236   閲覧ユーザー数:9532

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√ 第百十八話

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   ~ 翠の灯の中、櫻の花は残雪を舞わす ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、太鼓、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

 

最近の悩み:

 

 うん、予想は出来たはず。

 そもそも何かと忙しい翡翠や明命に、アレらの天の世界の服を模した服を自分で縫う時間がある訳もなく。当然の事ながら七乃も用意していた形跡はない。

 と言う事は当然それは何処かの店に頼んだか、城に出入りしている女官辺りに作らせたと考えるべきだろう。 むろん翡翠の事だから、当然口止めはしてあるんだろうけど。 古今東西この手の口止めって、上手く行くわけないんだよね。

 しかも下手に口止めしてある分、余計変な風に尾鰭がついて噂が広がると言う事は歴史ばかりか、経験が証明している。

 曰く

 

『天の御遣いは、普通の恰好では燃えないらしい』

 いや、俺は正常の趣味の持ち主ですから、勝手に決めつけないでほしい

 

『天の御遣いは、周りの女性に自分好みの服を着せて悦に入る変態らしい』

 女性が可愛い服を着るのが嫌いな男が居たら見てみたいものだ。

 それにあんな特殊な服を普段から着せたいとは…………流石に思わない……かな?

 

『天の御遣い付きのあの二人の侍女服は、そのまま拘束着になって何時でも楽しめれる仕様らしい』

まていっ! そんな妙な機能の付いたメイド服がどこにあると言うんだっ!

 かずぴーはまだまだ子供やなぁ。

 ええい、うるさい脳内親友Oめっ!

 

 と、本当に禄でもない噂が出回りだした。

 いや、碌でもない噂は今更かもしれないけど、何で此処まで禄でもない噂が蔓延るんだ?

 俺と言う人物を知っている人間が増えてきた以上、噂が沈静して言ってもいいはずなのに?

 何でだろうか? 実に謎だ。

 

 

 

穏(陸遜)視点:

 

 

「あちゃ~、見事に裏を掛かれましたねぇ」

 

 遠くに見える街を囲む城壁を見ながら言い放った私の言葉に、亞莎ちゃんがやや慌てたように。

 

「まさか前回の反乱が、此方の手の内を知るための搖動だっただなんて」

「う~ん、それはどうでしょう」

「え?」

 

 私の言葉に疑問符を浮かべる亞莎ちゃんに、前回短期間でものの見事に制圧した反乱の事を思い出させます。 反乱の首謀者。それに加担した一族。そして動いた物資や動員された兵士の数からして、とても搖動とは言えない事に亞莎ちゃんもすぐに気が付きます。

 

「つまり、前回の反乱を利用したのは、私達だけでは無かったと言う事ですか?」

「流石亞莎ちゃん。その通りだと思いますよ。 御褒美にぎゅぅ~してあげます」

「そ、その穏様。 は、恥ずかしいですから」

 

 御褒美に亞莎ちゃんの頭を撫でながら、思いっきり胸に抱きしめてあげます。

 やっぱり、こうして誰かをぎゅ~としてあげるのは心地よいですねぇ♪

 それに顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿がとてもかわいらしいです。

 以前闇に捉われそうになった一刀さんを、元気づけるつもりでやったのが余りに心地よくて癖になっちゃいました。

 それに、こう言う事を兵士の目の前でやると、勘違いした兵士達が頑張ってくれるようになるので一粒で三度美味しいです。

 

「反乱に遭えて加担する素振りを見せずに、新体制になった我等の手管を見抜くための餌とし、自分達は反乱軍に賛同しない素振りを隠れ蓑に準備を進める。 まるで一刀様の様な手を使われます」

「七乃ちゃんが、物資や行商人の流れが、幾つにも分かれて遠回しであの街に集中している事に気が付かなかったら、やばかったですよねぇ」

 

 前回の反乱はすぐに鎮圧できたものの。それはそれなりの前準備が出来ていたからです。

 今回のように、反乱の兆しを途中で察したのを相手にも悟られ、勢いのままに蜂起されてはどうしても時間が掛かってしまいます。

 むろん全軍をあげれば、その限りではありませんが、生憎と前回の鎮圧のすぐ後と言う事もあって、全軍を動かすには先立つ物資が不足しているんですよねぇ。

 最も相手はそれを承知してと言う所でしょうね。

 

「それにしても報告を聞いた時はまさかとは思いましたが、本当に真紅の呂旗とは……。

 虎牢関以降、噂を聞かないと思っていたら、まさか我等の領内に潜んでいただなんて。

 こうも我等の中に、離反を前々より考えていた者が潜んでいたとは」

 

 う~ん、それはどうでしょうかねぇ。

 私はなんとなくこの蜂起の裏にある意図が見えてきました。

 そして、私と亞莎ちゃんに『当面任す』と言われた冥琳様の意図にも。

 

「穏様は、鎮圧するためには、どのようにお考えですか?」

「亞莎ちゃんなら、どうするつもりなんです?」

「え、えと、その…………、弓で手紙を城内に放って裏切り者が居るなどの疑心暗鬼に掛けるなど、幾つも手はあるのですが……」

「そうですよねぇ。 相手はあの飛将軍呼ばれる呂布と、その呂布が鍛え上げた武威五将軍が率いる尖鋭部隊が相手ですからねぇ。 その手の事には動揺しないでしょうし、真面にぶつかり合えば此方の損害もかなりタダでは済まない。と言う決定的な手札をあちらさんは持っている訳ですから。 下手に刺激するのは良策とは言えませんねぇ~」

 

 互いに、中途半端な状態での睨み合い。

 でも、もしそれが狙いだとしたならどうでしょう。

 

「あ、あの、もしかしたら間違っているかもしれませんが、もしかして相手は蜂起していても戦いを望んでいないのでは?」

「はい、正解です。 御褒美に、もう一度ぎゅぅ~ってしてあげます」

「は、いえ、それは、うぎゅぅ~。 む、胸で息が出来まふぇん」

 

 私の胸で窒息すると暴れる亞莎ちゃんの抱き心地を抱きしめながら、正解を導き出した亞莎ちゃんに良い子、良い子をしてあげます。

 亞莎ちゃんの抱き心地はなかなかですが、やっぱりあの時の感触には程遠いです。 こう、母性本能が思いっきり擽られつつも、自分が女である事を自覚させられながらも、温かな感覚に包まれる感触。

 

「亞莎ちゃん。もう一つ質問しますね。 この反乱の目的はなんでしょうか?」

「ふぁ、………、それは、……幾ら屈強な将兵を味方に付けようとも、よほどの事が無い限りこの反乱は成功しません」

「むろん、その前提条件は覆させられる事はありますが、今は考えなくても良いですよね」

「はい、この反乱の目的は、自分達を高く売りつける事。

 私達を苦戦させる事で、好条件を引き出させる事です」

「それだけですか?」

 

 私の更に問いかける言葉に、亞莎ちゃんはその眼鏡の奥の瞳を細め。

 

「いいえ。 この反乱を収める鍵となるのが、此処の領主と呂布の懐刀である陳宮です。

 二人は互いが利用し合い、相手を蹴落とす機会を窺っている。狐と鼬の化かし合いとみて良いでしょう」

「またまた正解ですよ亞莎ちゃん。 はい、御褒美のぎゅぅ~です」

「も、もうそれはいいですか・うきゃっ」

 

 亞莎ちゃんを無理やり抱きしめながら。ここの所、七乃ちゃんに虐められた鬱憤もついでに晴らすように、亞莎ちゃんの抱き心地を思いっきり堪能します。

 領主と陳宮は互いに協力し合っていますが、その目的が微妙に違っていると私は見ています。

 領主の方は亞莎ちゃんが言ったように自分達を高く売りつけて、孫呉での高い地位を得る為。

 そして陳宮、つまり呂布はその誇り高さから孫呉に下る事を良しとせず。互いに不干渉を約束した上で、一部の領地を独立勢力として要求すると言った所でしょうね。

 

 なら、此方は動かない事が最良の策。

 相手がそのつもりならば、今しばらくは本気でぶつかってくることはないはずです。

 此方としては、相手に要求を呑む準備をすると見せかけつつ、他の傍観を決め込んでいる領主達に睨みを利かせながら、前回のように兵力以外の力の示し方の場として利用する。

 申し訳ありませんが、私達としては貴方達の要求を呑む気など最初からありません。

 

「そう言う訳兵士のでみなさ~ん。 この戦、今は特に何もしなくてよいですよ~。

 無理に戦って勝つ必要もありませんし、戦線を後退させちゃっても構いません。

 ようは相手をこの地に留めておいておけばよいのですから~」

 

 そう、答えは戦わない事です。

 相手と直接戦わずとも相手の力と戦意を奪う戦い方は、七乃ちゃんに教わった手管の一つです。

 むろん、それだけで終わる相手では決してないですが。その時までに、如何に相手にその気にさせずに力を奪うかです。

 それにしても亞莎ちゃん、七乃ちゃんに教わるようになってから、随分と戦術級以外の事にまで目が行くようになりました。

 此れもあのニコニコと笑顔を振りまくのに、平気で鬼のような課題と仕事を振られた成果と思えば、少しは救われると言う物です。

 

「そう言えば、亞莎ちゃん先程は狐と鼬と言いましたが、普通は・あれ? 亞莎ちゃん?」

「きゅぅ………」

 

 ふと疑問に思った事を聞こうと亞莎ちゃんを見ると、何故か其処には顔を赤くして気絶している亞莎ちゃんが居ました。

 

「う~ん、やり過ぎちゃいました。 失敗でしたねぇ~。

 それにしても、この地の領主さんと陳宮が狐と鼬ならばって、なら狸は一体誰だったんでしょう?」

 

 気絶した亞莎ちゃんを介抱しながら、私は何人かの将兵に細やかな指示を飛ばします。

 この反乱が膠着状態に見せかける以上、この地に私と亞莎ちゃんが留まる必要はありません。

 本当に必要になるのは数か月後。

 その時が決着の時です。

 誰が誰の掌で踊っていたか、雌雄を決する時です。

 

「ん? あっーーーーーーーーっ!

 亞莎ちゃん。もしかして私が狸だと、そう遠まわしに言っていたんですか?

 酷いですよぉ。こんなに可愛い狸なんて、大陸中を探してもいやしませんってばぁ~っ。

 ……うぅ、ぐっすん」

 

 

 

某御傍女視点:

 

 

 主に食事を下げるように言われたものの、下げるように言われた食器には粥が半分以上も残っており。

 その事に無理にでもと苦言をしても、

 

「済まぬが下げてくれ。 もう粥ですらも口を通らなくなってきたようじゃ」

「……そんな」

 

 主の容体が悪いのは知っていた。

 公にはしていないものの、城に出入りしている者からしたら、公然の秘密となっており。

 大様にして人の口に戸は立てれないもの。

 この手の噂と言うのは、大抵が噂以上に容体が悪い事が多い。

 それが徳豊かな人物であればあるほどに……。

 話にも聞く英傑であればあるほどに……。

 ……そして我が主は、その両方を兼ね備えている当代きっての本物の英傑。

 

「娘達とアレを呼んで来てくれ」

「……分かりました」

 

 静かに頷くも、私の心は重く沈んでいる。

 だけどそんな感傷に浸っている時ではない。

 私はすぐさま、まだ中身の残っている昼食を、口の軽い厨房の者達に気取られぬように用意しておいた袋に入れて、空になった器だけを回廊に居た侍女を捕まえて下げさせると、何人かの兵士に託けを頼みます。

 

 三日後。主の娘達と姪が主の部屋にて一同に会します。

 事情を詳しく知っている者。

 噂では知っていても、此処までとは思っていなかった者。

 そして……。

 

「何馬鹿な事を言ってるんだよっ! 母様っ」

「ふん、馬鹿な娘だとは分かっていたが、言葉まで通じなくなったとは……ああ、嘆かわしい。

 野生の馬のように元気な娘であれと願ってはいたが、まさか頭の中まで馬並みとは」

「ふ・ざ・け・た・事を言うなって言っているんだよっ。あたしはっ」

 

 主の長女であるお嬢様は、主の告げた言葉を信じたくない想いで否定いたします。

 ですが、もうそんな事をやっているべき時間はないんです。

 

「巫山戯た事など何一つ言っていないぞ。

 お前が武術馬鹿なのは本当だし、馬並みに力も体力もあるのも本当だ。

 ……そして儂の命が二ヶ月もないと言うのもな」

「ぐぐぐっ、よくも可愛い娘を其処まで悪し様に言いながら、そんな大変な事を平気で言えるなって言っているんだ。あたしはっ!」

「だからそう言う所が戯けだと言っているんだっ!」

「ひぐっ、なんだよいきなり怒鳴って」

 

 余命僅かと言われた人間とは思えない気迫と怒声に、場が主の放つ空気に飲まれてしまう。

 いいえ。残り僅かな命を削って、主は最後の教示を己が娘達に与えようとしているのです。

 

「跡継ぎであるお前が、たかが現当主であり、実の母親である儂の死に怯えて騒ぎ立ててどうするっ!」

「た、たかがって・」

「黙れっ! 将としてのお前の背に、どれだけの将兵が命を預けていると思っているっ!

 ワシが死んだ後、お前の肩にどれだけの民草の命が伸し掛かってくると思うっ!」

「そ、それは…」

「死に行くものの命を嘆くのは良い。 だが、それに流されてどうするっ!

 貴様も武人である事を誇りに思うのならば、己の死だけではなく隣人の死すらも受け入れ、その想いを受け入れれるだけの器を持たなくて何の武人かっ!」

「………っ」

 

 叱責にすら聞こえる主の言葉に、お嬢様方は唯悔しげに歯を食い縛ります。

 母親の死の陰に必死に涙を堪え。 その最後の教えを悲しみと遣る瀬無さに憤る感情と、懸命に戦いながら受け入れようとして。

 

「お前達は誰一人、儂の跡取りたる器には程遠い。

 と言う訳で、お前達全員に絶縁をくれてやる」

「「「「はっ?」」」」

 

 はっ?

 主のいきなりの言葉に、集められた全員が口をあんぐりと開き、思わず聞き直します。

 主の奇行に慣れている私も、さすがに今の言葉に開いた口が塞がりませんでした。

 そしてそんな事を突然言われれば、

 

「「「「なっ、なっ、な、な、何を・」」」」

「其々、連れて行けるだけ連れて南へ行け。

 兵も馬も食料も資材もやるから、ついて行きたい者は皆連れて行け。

 それが、せめてもの餞別だ」

 

 

 

 

 ………そう言う事でしたか。

 主の考えが分かり、私は主らしいと安堵の息を吐きながらも、主の見るこの国の行く末に、私は更なる悲しみに心が締め付けられます。

 ですが、主らしいと言えば主らしい無茶な言葉ですが、それを実の母親であり当主である主から告げられたお嬢様達の心情は、きっとそれ所ではないでしょう。

 此れすらも、主が娘達を鍛えるための手管の一つだとは言え、流石に度が過ぎていると思い。

 

「失礼ながら主よ。 それは袁紹と曹操と関係しているのでしょうか」

「「「「あっ」」」」

「ちっ、もう少し娘達の慌てふためく姿を楽しみたいと言う儂の気持ちを、もう少し察してくれてもいいじゃろうに余計な事を。

 まぁ良い、つまりそう言う事だ。 袁紹と曹操がどう決着がつこうと、この地は何れそのどちらかに攻められるじゃろう」

「だったら戦って勝てば・」

「そう言う所が阿呆で、馬鹿で、間抜けで、考え無しな所じゃ、ついでにお漏らし娘っ」

「あたしは阿呆でも馬鹿でもないっ! だいたい最後のは関係ないだろっ!」

 

 お嬢様を容赦の欠片もなく罵倒する主は、本当に楽しそうです。

 不器用ながらも主の親としての想いは分かるものの、流石にこれだけは真似したくはないと思いつつ、主の残り少ない元気な姿を、この眼に収めようと浮かび上がってくる涙を堪えて見届けます。

 そして主の言葉に怒鳴り返すお嬢様を一方的に無視する事で、主はその反応を楽しみながら語ります。

 連合が力を一致団結した所で勝てるのは最初だけで、最後は圧倒的な物量で負けてしまうのは目に見えていると。

 曹操が勝つならば、まだ民草にとっては不満はあっても悲惨な事にはならないが、袁紹が勝ったならば民草にとって地獄が待つだけ。

 そして民草はともかく、私達には敗軍の将と言う運命が待つだけだと。

 

「我等一族は漢の忠臣である事を誇りに持ち、今まで生きてきた。

 そしてそれは此れからもだ。 ならば曹操にも袁紹にも下る事など考えられぬ」

「だからって南って言うのは」

「ほれ、これが絶縁状だ」

 

 そう言いながら、主は懐から出した包みをお嬢様に投げ渡します。

 

「二つ?」

「本当は一つだったんじゃが片方はおまけだ。お前も知っている娘から、つい先日秘密裏に書状が届き力を貸してほしいと言ってきた。

 おっと、中身を見ても名前を口にするなよ。それとその書状は本人以外には誰にも見せるな。それくらいの義理は果たさねば、前回結局何もしてやれなかった侘びにもならん」

 

「もう一つは?」

「そっちが本命だが、もう一つの帝の血を遠く引く劉家だ。

 と言っても当主の意気込みはともかく、袁家と同じで周りが禄なのがおらん。真面な奴は面倒事を押し付けられるか、冷や飯食いと来ている。

 こっちを選ぶならば、それなりの冷や飯は覚悟しておけ。そして目を鍛える事だ。敵なのか味方なのか。儂はもう何の助言もしてやる事は出来んからな」

 

 そして、どちらを選ぶかは自分で決めろと言い捨てるなり、お嬢様方全員を手招きして寝台のすぐ横にまで来させると。

 

ゴスッ!

 

「ぎゃっ」

「ぴっ!」

「ぐぉっ」

「い゛っ!」

 

 音は一つなのに四人が同時に、突然襲った痛みに悲鳴をあげます。

 離れて見ていた私にも、手元が揺らいだぐらいにしか見えなかったのですが、それぞれ涙目になって拳を落とされた頭を両手で押さえ恨めし気に、その痛みの原因たる主を見ると。

 

「ふん、今のが親としての今生の別れの餞別だ。ありがたく受け取れ」

「受け取れるかーーっ!」

「「そうだそうだっ」」

「おば様、幾ら何でもこれはあんまりだよぉ。う゛~っ、たんこぶ出来てないかな」

「今のが死に掛けの人間の放つ拳骨かっ! 本気で頭が陥没したかと思ったぞ。

 だいたい、普通そういう時は抱擁とかじゃないのかっ!」

「まったく、何時まで経っても子供じみた所が抜けんなお前は。

 ほれ、これで良いんじゃろ」

「……ぁっ」

 

 そうして、主はゆっくり時間をかけ、お嬢様方を人地一人優しく抱きしめます。

 涙に顔を濡らすお嬢様方を、仕方ない奴等だと言いながら、一人一人に母子としての最後の言葉を託しながら…。

 そして、早々に己がやるべき事をやれっ、と言ってお嬢様方を部屋から追い出すなり。

 

「ごふぉっ! ……ぅぐぉ……、ぐっ」

「主っ! これをっ」

 

 まるでさっきの賑やかさが嘘のように、顔色を土気色にした主は口から血を吐き出しながら、半身を起していた寝台へと倒れ込みます。

 吐き出した血が喉に詰まらぬ様私の差し出した手拭いを受け取るも、主は無理やり血を飲み込み。口を拭うだけをし私に目で礼を言ってくださいます。

 苦しいのに、そんな素振りなど欠片も見せずに、周りの事を何時も気にかけておられます。

 やがて長く短い時間が過ぎ。何時もより長い発作がやっと収まった頃、主は静かに目を瞑りながら。

 

「あの娘らには、せめて儂の最後の雄姿を見せてやりたかったが、それも叶わぬとは儘ならぬな」

「……まさか主よ」

「ふっ、儂とて武人の端くれ。 このまま死ぬ訳にはいかん」

「…やはり」

「とはいえ。流石にこっちから打って出る事は敵わぬ身体。

 どちらかがこの地に攻めてくるのが間に合えばいいが、それが叶わぬ時は………頼む」

 

 そうして主は、無理を通して戦場に立つ事も、迎えが先に来る事も叶わない時の事を私に託します。

 この地に残る者達に、各諸侯に一時の苦渋の道を歩む事を耐えるようにと、それがこの地の民を想う盟主としての遺言だと伝えるよう言われます。

 そして御自信の最後の時も……。例え、それが戦人であり英傑である御身にとって、恥辱の最後であろうとも……。

 

 

 

雪蓮(孫策)視点:

 

 

コン

 

小さな音が互いの杯を鳴らし。

ついで口に流した液体が、互いの喉を心地よく嚥下する音が部屋に響き渡る。

 

「ぷはぁ~っ。やっぱり生まれ育った地の酒が一番だな」

 

 長い艶のある黒髪を高い位置で馬の尻尾のように結わえ。

 久しぶりに飲む懐かしい味に、真紅の瞳を喜悦に揺らせながら彼女は、体の中の色んなモノを吐き出すように大きな息を吐きだし。白酒の味と久しぶりの再会を心の底から堪能してくれる。

 普段はムッツリと言うか、何にも興味が無いと言わんばかりの素知らぬ顔も、僅かに笑みを綻ばせている。

 

「あら、そんな事言って良いの~?

 新作のお酒もあるんだけど。それがそんなに気に入ったなら、それで終わらせても良いのよ」

「フン馬鹿を言うな。 其れは其れ此れは此れだ」

「ふふふっ」

 

 久しぶりに会った親友らしい言葉に、私の方も笑みが毀れ。

 春寿を出る前に杜氏の所からこっそり拝借してきた試作品を、純香(すみか)に天の国のお酒の一つを彼女の杯に注いでやる。

 目の前にいる彼女は太史慈(たいしじ)、字を子義(しぎ)と言い。冥琳とはまた別の親友の一人で、南からの越族からの苛烈な侵攻に対する守護する任を、この地で長らく引き受けてくれている。

 彼女の相棒である【紅蓮槍】と言う名は、その槍に付いた敵の血がまるで炎のように大量に、しかも絶えず敵に血を噴出させている所からついた名だと言う噂は、味方より敵の方が信じている者が多いと言う噂があるくらい、彼女は力強い仲間であり親友だ。

 

「ふむ。 酒としては弱いが悪くない。 幾らでも行けると言った感じに染み込んでくる」

「本当ですね~。 お水のように清んでいるのに、ほんのり甘く。飲んだ後にスーとした感じが、また次の一口が欲しくなっちゃいますね」

 

 そして純香の傍で同じように私に酌をされ、飲んだ事のない酒の味に目を輝かせながら感想を述べているのは蓮華と同い年の娘で名を凌統(りょうとう)。字は公績(こうせき)で真名を櫻(さくら)。 彼女は純香の副官で純香と同じ長い黒髪を頭の高い位置で結わえ、額当の下で前に掛かる黒髪の奥で真紅の瞳を、彼女の期待している話を聞く機会を窺いながら面白げに揺らしている。

 

「私が最初に飲んだ物に比べたらまだまだ未完成品だけどね。 純香にはこっそりよ」

「どうせならそっちを持ってきて来れればいいのに」

「既存する量が少ないのよ。 今日の所はこっちで勘弁してちょうだい」

 

 私の言葉に、これが最高品で無い事に口を尖らせて見せるが、その実その目元は優しく微笑んでくれている。彼女に呉の特産品に成るべくお酒を、少しでも早く味あわせてあげたかったと言う私の心を汲み取って。

 

「それにしても、毒矢に倒れたとは聞いた時は驚いたが、こうして最前線に慰労を述べに来れるだけの元気があるなら大丈夫だな」

「あら、一応心配してくれたんだ」

「べ、別にお前を心配したんじゃない。 約束を破るのが嫌なだけよ。 ふんっ」

 

 私のからかう様な口調に、純香は不機嫌そうに鼻を鳴らし杯を大きく傾け、私の視線からその顔を隠してしまう。

 そんな親友の可愛らしい姿に悪戯心が湧いてきたけど、流石に本気で心配したであろう事は分かるため自粛した。 その代わり。

 

「これでも、一時は生死を彷徨ったのよ。

 それに、命を掛けて民草を守る将兵の所を真っ先に向かわなくてどうするのよ」

 

 真摯に応える。

 もと王として…。

 孫家の長子として…。

 そして親友として…。

 

「後方で此処で戦い我等のために物資を送ってくれる者達や、此処に居る者達が帰る場所を守ってくれている者達が居るからこそ、私達は安心して戦える。 別に此処に居る将兵達だけが命を懸けている訳じゃない」「そうね、それは分かっているわ。 それでも私は、いいえ孫家は民のためにその命を掛ける勇猛な者を湛え、感謝する事を忘れたくないのよ。

 むろん此処に居ない人達にも十分に感謝しているわ。 今回の旅の目的はそのためでもあるのよ」

 

 今、孫呉を取り囲んでいる状況を…。

 短な言葉と、この旅の建て前の説明でもって。

 臣下であり…

 戦友であり…。

 親友である彼女に、無言で語って見せる。

 純香なら、きっとこれで分かってくれるはずだもの。

 

「ほれ」

「ん♪」

 

 何も言わず黙って差し出す親友の酒に、私は杯を差し出す。

 一刀じゃないけど、今できる私の最高の笑みでもって。

 

「………変わったな雪蓮」

「そう?」

 

 眼を見開いて、驚いたように数度瞬きした後に発っせられた親友の言葉に、私は顔を小さく傾けてしまう。

 そりゃあ確かに毒の影響とかで一時期はやつれたけど、一刀や翡翠の料理のおかげで今はほぼ元通りのはず。もし華佗の料理が今も続いていたら、間違いなく木乃伊のようにやつれていた自信はあるけどね。

 気になるのは体格とかだけど、例の舞いで一応それなりに運動は出来ていたけど……流石に布団の上での生活が長かったから太ったかしら?

 そう思いついお腹や腰回り、そして腕周りなどを見てしまうと。目の前の親友は小さく苦笑しながら。

 

「いや、そっちは少しも変わってないとは言わないけど。 愛も変わらず綺麗なままよ」

「少し気になる良い方だけど。純香にそう言われると少し安心できるかな。 それと純香も綺麗なままで私も嬉しわ」

「まぁ、あれだけ戦の毎日じゃあ、太るにも太れんし、痩せて力を無くすわけにもいかんと言うのが、この体型を維持している主な理由と言う所が悲しいがな」

 

 確かにそれは嫌な話よね。

 まぁこっちも似たようなものだったけどね。

 

「こっちは相変わらず?」

「ああ、今は小康状態に落ち着いているとはいえ。それでも領土の主張しあう毎日だ。 向こうも必死なんだろう。彼等にとっては正しい主張なんだ。私らと同じでな」

 

 

 

 

 漢の時代から続いている漢民族と越族との確執は、そう簡単に消えるものではないし、納得できる性質のものではないと言う事は分かる。

 だけど、そんなモノは民族浄化でもしない限り消える訳ないと思うけど、そんな物騒な事をする気もさせる気もない。

 

「じゃあ明日は、この城に居る将兵を激励して廻るとするかな」

「ああそうしてやってくれ。 きっと城中が活気づく」

 

 そうして、再び空になった澄香の杯を満たし。私も純香の手で杯を満たそうと手を差し出す。

 

「雪蓮様、もうお酒はそのくらいで」

「もう? 久しぶりの親友なんだから、今日はもう少し大目に見てくれてもいいじゃない」

 

 私の代わりに、この地の代表者達と言葉を交わしていた翡翠が、長い金糸を三つ編みに結わえた髪を申し訳なさそうに静かに揺らしながら、再会の喜びを気分を壊すような事を言ってくる。 だけど……。

 

「私だって、本当は純香と雪蓮様と交えて、久しぶりに心置きなく飲みたいとは思っているので大目に見たいと思ってはいるんですよ。 でも……」

 

 そう言って翡翠の視線が差す方向には、………うっ。 かなり不機嫌な顔をした華佗が、この城の軍医達に捉まり質問攻めにされながら、こっちを睨みつけている。

 あの様子からして、翡翠の言うとおりにしないと、問答無用に寝台へと拉致監禁しかねない。

 最悪、この宴の雰囲気そのものを壊す事すら厭わないわずに、医者としての権利を行使するわね。

 華佗達医者からしたら、治す気のない病人と言うのは、かなり嫌いな人種でしょうから、それは仕方のない事だし、あの暑苦しいまでの情熱が空回りすれば、それは最早必然とさえ言えるわ。

 本来であれば、そんな説教染みた小言なんて素直に聞く私じゃないけど……。蓮華と冥琳に、こと治療にあたっては、無礼も実力行使も構わないと言う免罪符を与えられている以上。今の状態の私に拒否権はほぼない。

 

「ねぇ、そんなに私飲んでた?」

「各一族の代表者達との挨拶は仕方ないにしても、甕で四つは軽く」

「う゛っ……、確か二つまでの約束だったわよね」

「華佗には久しぶりに会う親友が居る旨を、前もって伝えておいたので…」

「……此れでもかなり甘く見ていたってわけね」

 

 この城に来るまでに途中に寄った街で、実力行使に出てまでキッチリと守らされてきた出来事を思えば、華佗が純香との再会に祝して、如何に気を使ってくれたかは分かる。

 ……久しぶりの再会やこの宴の雰囲気を、此方の都合で台無しにするのは流石に気が退けるわね。

 

「分かったわ。 代わりにお茶か果汁でも飲む事にするわ」

「そっか、まだ一応療養中と言う事だったな」

 

 翡翠の忠告を聞き入れる私の様子に、純香が残念そうにしながらも、大人しく自分の杯を空けるなり、別の部屋に自分達の分を含めたお茶を侍女に用意させる。

 その事に私が何かを言うよりも前に純香は。

 

「美味い酒など、生きていれば此れから幾らでも味わえる機会はあるわ。 でも茶で語り合う事など、そうそうありはしないでしょうし。 偶にはそう言うのも良いだろう」

「その時こそ、最高の酒を用意させるわ」

「ああ、楽しみにさせてもらう」

 

 また一つ増える純香との約束。

 そして病み上がりの体調を理由に、酒宴の席から離れた部屋に用意された場所で私達四人と一人は、今度こそ気兼ねなく話し合う。

 真っ先に話題に上がったのが建業に居る皆の事。 そして…。

 

「ところ、天の御遣いと言うのはどんな奴なんだ? 噂では智勇兼備のかなりの強者と言う事だが」

「ふ~ん、そう言うふうに伝わってるんだ」

 

 此処に来るまでに聞かれ慣れた問いかけとは言え。こうして御世辞も腹の探り合いもない、純粋な言葉にして聞かれると、かなりの違和感を感じてしまう。

 確かにそう言うふうに意図的に噂を流したのは本当だし、事実その通りなんだけど。

 その言葉と一刀が一致しないのは確かなのよね。 でも、

 

「良い子よ。それは間違いないわ。

 皆一刀の事を信頼している。むろん私もね」

「だろうな。 だが、その言い方と言う事は、こっちの方は期待できそうもないのか。

 会った時を楽しみにしていたんだがな」

 

 そう言って純香は残念そうにして差したのは己が腕。

 腕が立つと聞けばどのくらいなのか見てみたい、と思うのは武人として気持ちは分かるわ。

 それに仮にも将ならば、敵味方に関係なく相手の実力を、少しでも知っておきたいと思うのは当然の事。

 だからそんな純香に翡翠は、

 

「一刀君は戦に向かない子です。 それに今の孫呉としては、武官としてより文官として、その実力を発揮してもらった方が得る物のが大きいです」

「みたいだな。建業の街の噂は此処まで届いている」

「私も立ち寄っただけだけど。凄いわよ~。 はっきり言って別の街と言っても過言じゃないわよ」

「もう雪蓮様もそんなどうでも良い事より、蓮華様の事を話してくださいよぉ~。 蓮華様は雪蓮様の跡を継いで王になったんですよねっ!?」

 

 話が途切れた一瞬を狙って、櫻がずっと聞きたがっていた事を口にしだす。

 自分達の王がどんな人間なのか気になると言うのではなく。 この娘の場合、思春とは別の意味で蓮華一筋という所があるのよね。……こう周りが目に見えなくなるくらいに。

 そんな桜の様子に純香は苦笑を浮かべながら小さく溜息を吐き。 私は逆に櫻の相変わらずの様子に笑みが毀れる。

 

「あの娘はまだまだよ。 でも、前より蓮華らしい王を目指せるようになったから、安心もしているわ。

 何より真面目だもん。 私と違ってね」

「くははっ、たしか違いないっ」

「きっと更に凛々しくなられたんでしょうねぇ。ああ、早くお会いしたいです」

 

 だから話してあげる。

 蓮華が私の後姿を追いかけるのではなく。自分なりの王を模索しながら歩みだしている事を。

 毎日を悪戦苦闘しながら、皆に鍛えてもらっている事を。

 武に関しては主に思春と霞に。

 文に関しては冥琳と一刀を主に他の娘達全員に。

 特に一刀にはその在り方から、必死に自分の目指す王を目指している事を。

 

 

 

 

 だけど、一刀の事がまた話題に触れるや否や。

 

「またその男の話ですか~。……本当に大丈夫なんですか? 素性の定かでない男を蓮華様の御傍において。

 そりゃあ雪蓮様の目を疑う訳では無いですけど、何でも女好きで子供でも人妻だろうと見境なく手を出すって噂じゃないですか。 それに捕らえた袁術と張勲を、その……に、肉奴隷にしているって話も聞くし。

 私だったそんな変態が蓮華様の傍に近づいたら。コレで粉砕しちゃうんだけどな」

 

 そう言って自分の背中に背負った巨大なヌンチャクを、風を唸らせながら一振りして再び背中に戻す。

 淀みのない動作で、一連の動作が凄く自然にできており。以前会った時よりかなり腕を上げたのが分かる。

 その証拠に、あれだけ巨大な物体を高速で動かしたと言うのにも拘らず。余分な風を何一つ巻き起こす事無く、その中で巻き起こした風でもって、部屋を飛んでいた数匹の蚊を叩き落とした。

 ……それにしても、一刀の頼みもあって美羽や七乃を守るために流した噂や、一刀の無自覚な行いによって広まった噂が、此処まで届いているとはね。 それもかなりの尾鰭まで付いて。

 

「……あぁ櫻。悪い事言わないから、素直に謝っといた方が良いわよ」

「え? 何でですか。 まぁ実際は其処まで酷い人間じゃないって事は分かってますけど。 火の無い所に煙は立たないと言うじゃないですか。 それに袁術って確か見た目はかなりのお子様だった記憶がりますから、そんなお子様に手を出すだなんて特殊な趣味の変態に決まっています」

 

 ………最初に言っておけばよかったわね。

 

 ちり~ん

 

「ふ~ん。つまり櫻ちゃんは一刀君は、同じくお子様に見えるから私に手を出したと言いたいんですね」

「へ?」

 

 静かにその胸に付いた鈴を鳴らして、注意を引いてからの翡翠の優しく丁寧な言葉に、場の空気が一気に凍りつく。

 そして、翡翠の言葉の意味を時間をかけて浸透した櫻は、固まった姿勢のままぎこちなく首をゆっくり此方に動かしその眼で私に必死に問いかけてくる。

 

(う、嘘ですよね?)

(ごめん。本当よ)

 

がしっ

 

「櫻ちゃん。ちょっとお話がありますからアチラで話しましょう」

「えっ? えっ? いやあの私は別にそういう意味で、別に翡翠様を・」

「そう言う事も含めて話しましょうね。 ほら、良い子ですから、ね」

 

 逃げ出そうとする櫻の襟元をいつの間にか掴んだ翡翠が、ズルズルと良い訳をする櫻を連れて部屋を出て行き。やがて……。

 

「ひぃ~~~~~~~っ!! いやぁ~~~っ、なんか、なんか黒いのが出てるっ!」

 

 一言も零す事なく静かに事の成り行きを見守っていた私と純香の耳に、櫻らしき声の悲鳴が届いてくる。

 

「久しぶりに見たな。翡翠のアレ。 しかも以前より迫力が増してないか? と言うか、何なんだあの黒い靄は?」

「一刀が来てからは特にね。 でもアレならまだマシでしょ。

 渾身の悪戯が出る事を思えば、翡翠なりに手加減しているのよ」

 

 顔を引きつらせながらも、互いの親友の姿に深い溜息を突く。

 

「で、実際はどうなんだ?」

「どうもこうも、一刀は翡翠と明命のものよ。

 袁術と張勲は一刀付きの侍女って事になっているけど、家族みたいなものね。今は」

「二股も噂の原因の一つってわけか。……まぁ二人がそれで良いなら構わないが、それにしても酷い噂もあるぞ」

「まぁね。色々と訳があるのよ。これがね。

 でも良い子よ。 これは本当のこと」

 

 私の言葉に、少しだけ呆れたような苦笑を浮かべる純香。

 袁術と張勲の真実については、純香には手紙で知らせてあるとはいえ、そう吹っ切れるものではないだろうし、此処で言っても仕方なきこと。

 

「普段は真面目で常識ぶった事ばかり言う癖に、平気で常識外れな事を言い出す困った子でもあるんだけれどね」

「言っている事が無茶苦茶だぞ。雪蓮」

「だって、そうとしか言いようがないのよ」

 

 だから話して聞かせる。

 噂にあるような天の御遣いとしての一刀の姿ではなく。普段の一刀の姿を。

 慣れない政務に四苦八苦しながらも、此方の期待以上に頑張る姿を。

 明命や翡翠の想いに振り回されながらも、それを優しく受け止めている姿を。

 無自覚に侍女や女官達に必要以上の愛想を振るって、二人をヤキモキさせる姿を。

 美羽や七乃の引き起こす騒動に巻き込まれ。苦笑を浮かべながらも楽しげに後処理する姿を。

 そして私や皆に、どれだけ信頼され頼りにされているかを。

 一刀の持つ能力以上に、心の支えの一つとして心を預けているかを。

 皆がそんな一刀の温かくて優しい笑顔を大切にしているって事を。

 そして誰より笑顔の素敵な男の子だって。

 紹介されなくても、きっと純香なら会えば分る様な子だって。

 やがて私の話を聞き終えた純香が。

 

「そっか」

 

 小さく言葉を返す。

 優しげな笑みを浮かべ、心から安心した様子で、私の話に頷いてくれる。

 その短な言葉に様々な想いを乗せて…。

 

「さっきも言ったが、変わったな雪蓮。

 王として、人として大きくなった。 ……何より綺麗になった。

 見た目以上に、その身に纏っている雰囲気がな」

 

 

 

翡翠(諸葛瑾)視点:

 

 

 櫻ちゃんに他意も悪気も無い事は分かっています。

 でも少し考えたら櫻ちゃんの言うような人間を、私達が傍に置く訳ないと分かりそうなものなのに、噂に踊らされてその関係者の前で、あんな馬鹿な事を言う短慮さをしっかりと話して聞かせました。

 末端の将兵ならいざ知らず。雪蓮様や現王である蓮華様に信頼を寄せられている人間がするような事ではないと。

 その後、何故か髪の一房を真っ白にさせている櫻ちゃんに、今度は私と明命ちゃん、そして一刀君の事を話してあげます。

 三人が望んで今の形にある事を。美羽ちゃんと七乃ちゃん二人を、一刀君の新しい家族として受け入れている事を。

 他の人達には態々こんな話をしませんし、櫻ちゃんが言ったような事も笑顔で返してみせますが、純香と櫻ちゃんだけには誤解してほしく無かったからです。

 話を聞き終えた櫻ちゃんは、何故か此方をぼうっと見たまま。

 

「……翡翠様が大人びて見える」

 

ぴきっ!

 

 櫻ちゃんが零す言葉に、目元が引きつるのが分かります。

 そう、……先程のお話だけでは足りないと櫻ちゃんは言うんですね。 そうですか、分かりました。 今夜一杯じっくり話し合いましょう。 それでも足りないようであるなら、教えてあげないといけませんよね。

 ふっふふふっふっ、さぁ、櫻ちゃん。 どんなお話が好みですか? そしてどんな…。

 

「ち、違いますっ! 違いますっ! そう言う事じゃなくて」

 

 だと言うのに櫻ちゃんは、結わえた髪が左右に水平に靡く程に首を左右に思い切り振りながら、掌までを全力で振って先程の言葉を否定します。

 一応、釈明の機会は上げようと視線を向けると。

 

「その、さっき話をしている時の翡翠様が本当に優しげで、いつも以上に大人びて綺麗に見えたものだから」

 

 顔を少し俯かせながら此方の様子を窺うように、それでも自分の思ったままに櫻ちゃんは話をします。

 一刀君の事を話す私の様子が、とても幸せそうに見えたって。

 今の私の家族を含めて、本当に大切にしている事が分かったと。

 そんな家族である一刀君の事を悪しざまに言ってしまった事を、素直に謝って来てくれます。

 

「それにしても人は恋すると綺麗になると言うけど。うん、あれ本当ですね。

 翡翠様の身に纏った空気がとても柔らかく、人を引き寄せるようになった気がします。

 先程の宴の席でも、大分男の人に声を掛けられていたじゃないですか」

「……櫻ちゃん。誉めてくれるのは嬉しいけど、その例えはあまり……ね。

 実際は、下心見え見えで触ろうとして来る人が増えて、憂鬱なだけなんですから」

「あ~確かに、うっとおしいだけですよね。 私だったら暴れちゃうかも」

「……だから、そう言う事しちゃ駄目です……」

 

 櫻ちゃんの言葉に、軽い頭痛を覚えながらも、とりあえず私が言いたい事は十二分に分かってくれたと思ったので、せっかくこうして久しぶりに会えたのに、こんな所に居ても時間がもったいないだけと、部屋の前まで戻って来た時。

 部屋の中から純香と雪蓮様の声が聞こえてきます。

 

『さっきも言ったが、変わったな雪蓮。

 王として、人として大きくなった。 ……何より綺麗になった。

 見た目以上に、その身に纏っている雰囲気がな』

『ふふっ、ありがとう』

『なぁ雪蓮。……もしかしてお前・』

『馬鹿な話はしないの。 ……そんな事より今度はそっちの番よ』

 

 ズキッ!

 

 雪蓮様の言葉に一瞬だけ含まれた音色の変化の意味に胸に痛みが走り、それと同時に悲しみと焦燥感が私を襲います。

 雪蓮様はやはり一刀君の事を少しも諦め・

 

「どうしたんです翡翠様? 部屋に入らないんですか?」

「え、ええ、そうね」

 

 思考の海に陥りそうになった時、櫻ちゃんの明るい声に私は我に返ります。

 そうですね。 雪蓮様と一刀君の想いがどうあれ、一刀君はあの時確かに私と明命ちゃんだけと言ってくれたんです。 ならば私はそれを信じてあげなければいけません。

 だから雪蓮様が想いを諦めれるよう背中を押してあげねば。………純香の言葉を遮ったように、雪蓮様がそれを望んでいると信じて。

 

 一刀君。

 元気でやっていますか?

 きっと明命ちゃんに無理を言って困らせているんでしょうね。

 悲しみと絶望を必死に抱きしめて苦しんでいるんでしょうね。

 でも大丈夫です。私の心は何時でも一刀君の傍にいます。

 貴方の想いと共に、何時でも私の想いは在るのですから。

 

 

 

雪蓮(孫策)視点:

 

 

 翡翠と櫻が戻ってきた後。

 やはり話は中央での話になり、その中で櫻は特に蓮華の話をしきりに聞きたがって来たので、翡翠と共に蓮華の新王ぶりを話してあげていると。

 

「それじゃあ魏の使者を一蹴したって事ですね。 う~、その時の蓮華様の雄姿を見たかったなぁ」

「向こうは建て前上は謝儀が目的だったし、本気ではなかったってだけよ。 冥琳曰く及第点ギリギリって所だったらしいわ」

「そんな事ないですよ。蓮華様ならきっと雪蓮様の後を立派に継いで見せます」

 

 自信満々に蓮華の王としての資質を信じる櫻の言葉に、私はそっと同意の笑みを浮かべる。

 だって、蓮華が私以上の王になる事は疑いようがないもの。

 そしてそんな蓮華を慕い。信じる娘がいる事が嬉しくなってしまう。

 

「あ~あ、こんな所で越族と小競り合いなんてしてないで、私も中央に戻りたいなぁ。

 今なら、思春に勝つ自信もありますし。いっその事、任務を交代しちゃいませんか?」

 

 だけどそんな馬鹿な一言で、溜息に代わってしまう。

 櫻に、悪気が在ったわけではなく、ただの願望を述べた事だって事は分かっている。

 でも幾ら仲が良かろうと。真名を許されようと。このような場で人事を願う事など言うべきではないわ。

 確かに蓮華に対する忠誠心や、方向性こそ違うものの将としての総合的な能力のみで見れば、思春と櫻とではそうは変わらないと思う。

 でも、蓮華のためになるかと言えば、櫻は思春の代わりにはならない。

 櫻は蓮華の為なら何だってやるだろうし。思春の苦手と社交性も生来の明るい性格と人懐っこさで、思春よりよっぽどその辺りは立ち回ってくれると思う。

 だけど蓮華を慕うあまりに、蓮華の成長のために蓮華自身にキツク当たる事は出来ない。

 なにより……。

 

「櫻の腕が上がったのは認めるけど、思春に勝つのはとても無理ね」

「前回はそれなりにいい勝負だったんですし、そんな事はやってみなけりゃ分からないじゃないですか。 どうしたんです? 何時もの雪蓮様なら面白がって『じゃあ勝負してみなさい』とか言うのに」

 

 そうね。

 何時もならそう言ってるわ。

 でも……。

 

「勝負するまでもないって事よ。 貴方が腕を上げたように思春も腕を上げたわ。 貴方以上にね」

 

 そう蓮華との軟禁中に遭った時ですら思春は遊んでいた訳じゃない。何時か自分の力を必要する時が来ると信じて自分を磨き続けてきた。

 その後は少ないながらも一刀の教えを受け。今は自分より腕が上の霞と言う仲間を得て、思春は飛躍的に腕を上げたわ。

 

「それに、今なら貴女より明命の方が上じゃないかしら」

「え? そんな、まさか」

 

 櫻にとって意外の名が出た事が、櫻を驚かせる。

 嘗て自分より格下の存在だった人物の名が私の口から出た事に。

 でも、それは不思議でもなんでもない事。

 櫻が此処で、越族の兵士相手に腕を磨いたように、あの娘だって生死ギリギリの戦いで腕を磨いてきたし、あの娘の成長期は今なんだもの。 そんな時に一刀と出会い教えを受けたのなら、強くならない訳ないわ。

 それに戦で磨かれる腕と、鍛錬によって培われる腕と言う物は、似ているようで全く違う力。

 少なくても、それが分からないうちは櫻が二人を追い抜く事は出来ない。

 なら、それを教えてあげるのが、年長者たる私の務めかな。

 

「この際だからはっきり言っておくけど。 櫻、そんな気持ちで戦っていたなら、本当の意味で強くなんてなれないわ。それに貴女程度の相手なら毒で弱った今の私でも勝てるわね」

 

ぎりっ!

 

 さっきまでの明るく、コロコロとよく変わる人懐っこかった櫻の瞳は、まるでそれが嘘であったかのように鋭く険しい敵意ある目に一瞬で変わる。

 櫻の放つ殺気染みた気迫に、部屋の空気が音を立てたかのような錯覚が、櫻の潜在的な強さを表している。

 ふふっ、流石に絶えず戦に身を置いてあっただけに、意識の切り替えが早いわ。

 何より孫家に仕えようとも、武人としての誇りと牙が抜かれていない事が嬉しくなる。

 櫻が此処まで敵意を剥き出しにするのは、武人として当然の事。 それくらい今の私は、櫻から見ても弱っているのは明らかだもの。

 そして此処まで敵意を剥き出ししても、自分から言い出さないだけの自制心は得たようね。

 以前なら、ここまで馬鹿にされたなら、たとえ私手が誰であろうと勝負を吹っかけてきたわ。

 櫻もそれだけ大人になったって事かしら。

 

りぃ~~~ん。

 

「雪蓮様、御戯れもそれくらいにされては」

 

 気を落ち着ける涼やかな鈴の音と共に、翡翠の穏やかな声がそっと響き渡る。

 翡翠が私を心配してくれるのは痛い程分かる。

 純香も私の体調の具合を見抜いて、櫻を諌めようとしている。

 でもね ………悪いけど私も試したいのよ。

 

「で、まさか華佗まで反対だって言うんじゃないでしょうね」

「「っ!」」

 

 私の言葉に純香と櫻が僅かに驚きを表す。

 それくらい壁の向こうで気配を消していた華佗の穏行が見事だったのでしょうね。

 私の問いかけに華佗は諦めたのか、その気配を明らかにし姿を現して。

 

「反対に決まっている」

 

 医者として当然の言葉を、その口から放つ。

 でも、それと同時に櫻を少しだけ目をやった後に。

 

「だが、今の自分の状態を正確に把握すると言うのは悪い事じゃない。

 ごく短時間と言う条件でなら、今回は許しても構わんさ」

 

 部屋を満たしていた櫻の怒りの気配が明らかな殺気に代わる。

 櫻からしたら医者風情に、私の体調を見定める程度の相手だと言われたのも同じなのだもの。それは怒って当然でしょうね。

 櫻だって立派な孫呉の将の一人。

 その武と地位に多くの兵士が命を預け。

 民の命を背負っている誇りと自信がある。

 故に私と華佗の言葉は、櫻の武を信じている兵士達の信用を馬鹿にされたのも同じ事。

 

「だ、そうよ。 まさか酒で酔っ払って、足元がおぼつかないなんて言わないわよね?」

「冗談よしてください。 あれくらいの酒なんかで、どうこうなる訳ないって教えてあげます」

「ふふっ、じゃあ庭に出ましょ。 此処じゃ貴女の方が不利だもの」

 

 

 

 

ぎっ!

ぢんっ!

ふぉんっ

 

「どうしたんですかっ!

 さっきから逃げてばかりじゃないですかっ」

 

 櫻の挑発の声を無視して、私は靴を更に後ろへとスリ足で滑らかせる。

 巨大な櫻のヌンチャクが私の鼻の先を通り過ぎ。その風圧が私の腰まである長い髪を空へと浮かす。

 ……やっばいわね。想像はしていたけど、此処まで身体の動きもキレが悪くなっているとは思わなかったわ。 此れでは一般兵士並みかそれ以下って所じゃない。

 おまけに、武器は其処らの見張りの兵士に借りた安物の剣。

 とても櫻の獲物を受けきれる様な獲物じゃないわ。

 でも、条件は一刀と同じと考えれば、無茶ではあっても出来ない話ではないわ。

 

「身体の調子を見ていただけよ」

 

 逃げ回るのはおしまい。

 相手の戦力も、此方の戦力も大体把握できたわ。

 一歩、脚を前に自然と踏み出す。

 

ちっ

 

 同時に頭を下げた私の髪を撫でつけるように、櫻の獲物が通り過ぎて行く。

 今のは少しでも反応が遅れていたら、頭が吹っ飛んでいたわね。

 かと言って踏み込み過ぎて、頭を下げ過ぎていたら次の動きに支障が出てしまう。

 櫻は攻撃の内に入ろうとする私を、牽制どころかそのまま打ち砕かんと、獲物の動きを最小を描きながら反対側の棍で私に対して打ち下ろしてくる。

 それに対して私は、獲物を持った手を横に振るう。

 南海覇王ならともかく、この安物の剣の刃では受けきれないと知っていて。

 

ぎっ!

 

「くっ」

「なっ」

 

 横に払った腕所か身体が軋むような痛みと、櫻の攻撃の重さに呻き声が上がってしまう。

 それでも、なんとか狙い通り櫻の棍の軌跡を逸らす事が出来た。

 剣の柄頭で打ち下ろされる櫻の棍を横から叩きつける事によって。

 でも所詮は弾くだけ。現に櫻は一瞬驚きはしたものの、棍の軌跡はそのまま櫻の内へと戻り。彼女の棍による制空権が再び築かれ、私に再び受ける事の出来ない攻撃を放ってくる。

 問題はこれから、私の躰は櫻の攻撃圏内にあると言うのに、私の攻撃圏には櫻はまだ入っていないって事。

 

ぢぎっ!

 

「ちっ」

 

 七度目の攻撃を逸らした時。手と右腕全体に大きく痺れが走る。

 意志と身体の反応のズレが、とうとう櫻の攻撃について来れなくなってきてしまった証。

 それでも今の私の躰の状態で、櫻の攻撃を其処まで凌げたのは、一刀の教えてくれた舞いのおかげと言っても良い。

 あの時間が止まってしまったかの様なゆっくりとした世界は、私に多くの敵の動きを見せてくれる。

 ゆっくりとしか動けない時間が、逆に私の思考を加速させてくれたの。

 状況から相手の出せうる手と、私の出す事の出来る手を幻視し、その中から勘で正解を導き出す事によって、以前よりほんの少しだけ思いっきりいけるようになった。

 そう、ほんの少し。

 でも一瞬一瞬の中で、そのほんの少しは限りなく大きい。

 早さにも、キレにも、力にも、全てに影響してくる。

 そしてその一瞬一瞬が繋がり積み重なっていけば、今の私でもこれくらいの事は何とかできた。

 一刀の場合は此処に足音や間合い、そして重心や視線で虚を織り交ぜながら、相手の呼吸を支配下に置くなんて真似をして見せているけど、今の私ではこれが限界。

 

 此処からは正真正銘賭けね。

 剣を痺れの残る右手から左手に握り直しながら、さらに一歩前に足を滑り込ませる。

 よし、これで攻撃が届くところまで内に入り込めたわ。

 だけど、常識はずれの大きさを持つヌンチャクとはいえ。

 その攻撃が真に適するのは、普通の棍より遥かに内側。

 つまり私の距離も、彼女にとっては絶好の距離。

 

「利き手が駄目なら左手って、……何処まで私を甞めるんですかっ!!」

 

ばきーーーーっん!

 

 信じていた相手に、自分の武を馬鹿にされ。

 武人として尊敬していた相手の無様な姿を見せつけられ。

 更に一方的に近い立ち合いの中で、自分の距離で武器を持つ手を持ち変えるなんて事をされて。

 櫻は心から絶叫をあげながら、その手に持つ己が武器『気合入棍』に己が想いの全てを込めて私の持つ剣の剣身を叩き砕く。

 こんな弱った私の姿を見たくなかったと。

 こんな風に私と戦いたくなかったと。

 宝石の様に赤く綺麗な瞳を涙で濡らしながら、私に勝ってしまた事を悔やみ。

 その瞳から流す涙を零す代わりに、私の剣身が細かく砕け、地面へとキラキラと光りながら零れ落ちて行く

 決して流す涙を、相手に見せまいと下を向く。

 

 

 

 

「まだよ」

 

 純香はまだ、櫻の勝ち宣言していない。私の瞳に灯る光を見抜いて。

 私が何かやろうとし、すでにその準備が終えていると彼女の経験と勘が告げているから。

 それに利き手が使えないなんて事は、戦場であれば幾らでもあったわ。

 櫻。貴女、そんな事まで分からないくらい目が濁ってしまったの?

 

「…えっ」

 

 短い私の言葉に、櫻は我に返り知ってしまう。

 まだ勝負がついていない事に。

 左手に握る剣はその剣身を砕かれながらも。

 前に倒れ込見ながらも私に目に灯る攻撃の意思を。

 

 力はいらない。

 いるのはほんの一瞬だけ。

 いいえ。一瞬より遥かに短い刹那の時間。

 その刹那まで、自分の身体から力を抜くの。

 自分の肉体の構造を忘れてしまう程にまで。

 筋肉も、骨も、神経も、水のように。

 空気のように思えるまでに脱力をするの。

 そして、その刹那の時間で、一気に元の肉体に戻す。

 まるで蒸気が瞬間的に凍りついて、鋭き氷の刃に転じるかのように

 

 眩暈がする。

 視界が一瞬暗くなる。

 そうなってしまうほどの反動が私を襲う。

 一瞬だけ生まれた、嘗て無い程の速さとキレに、体中が悲鳴を上げる。

 だけどそんな物は意志の力で…。

 ううん。私の中にある私自身の想いで…。

 そしてもう一つ確かに存在する、温かな想いでもって捩じ伏せてみせる。

 

じゃぎっ

ごっ

 

 下から伸び上るように折れた剣を突きだした先には、櫻のヌンチャクを繋ぎ止めている鎖にその軌跡を妨げられ。 逆に櫻のとっさにはなった棍は私の右肩を掠るように打つ。

 ………でも、

 

ぎぃぃーーーんっ!

 

 攻撃を受けた衝撃で、右肩の関節の骨が外れた痛みは無視して、勢いのままに最後まで身体を前へと突き込む。

 そして私の剣はその剣身を更に砕きながらも、剣を受け止めた櫻の鎖を叩き斬り、鎖を突き抜けて櫻の首に柄近くまで短く砕けた剣の切っ先が……。

 

「…………ぁ」

 

 自分の肌に僅かに触れる冷たい感触に…。

 負けるはずの無い勝負の思わぬ結果に…。

 呆然としたまま声を僅かにも洩らし、その結果を受け入れる。

 

「ま、……まいりました」

 

 何処か安心したような顔で。

 この結果を望んでいたような顔で。

 それでも、何処か悔しそうと言う複雑な顔で。

 櫻は憑き物が落ちたかのように、自分の負けを受け入れる。

 私が本当は何を教えたかったのかを、僅かでも理解できた顔で。

 

「はぁ……………きつかった」

 

 せめて、少しでも櫻の気が少しでも休まるように、本音を少しだけ洩らしながら、私はそのまま地面に座り込むんだけど、それと同時に一気に肉体の疲労と掠った一撃の痛みが私の躰を襲ってくる。

 息が乱れ。体中の汗が噴き出す中には、痛みによる嫌な汗が混じっているのは確かね。

 そんな私に華佗は近づくなり。例の針を私に落としてくれる。

 

「ん、ありがとう。 楽になったわ」

「痛みを散らしただけだ。本格的な治療はこれからだが、明日一日辛くなるのは覚悟しておいてくれ」

「……気が重くなる事言わないでよね」

 

 華佗が言うのなら、きっと明日は鉛のように躰が重いに違いない。

 

「まったく無茶をするとは思っていたが、随分無茶をしたな」

「まぁね。 流石に今の身体で、櫻の棍の一撃を無視するのは無茶だったわよね」

「そっちの無茶は想定の内だ」

 

 あぁ、やっぱりバレてたか。

 最後の櫻への一撃の動き。

 アレは一刀の動きを、私なりに真似たもの。

 所詮付け焼き刃で、かなり想像と勘に任せたモノだから、真似とも言えない代物だけど舞いを通して掴んだ動き。 しかもぶっつけ本番。

 その事自体が無茶と言えば無茶だけど、躰にかかる負担の方も華佗から見て無茶と言う訳ね。

 その事実に更に気が重くなった私を、華佗の言葉が癒してくれる。

 

「見たところ身体の動きに、意志と"氣"がついて行けていない。

 やるならば、もう少し体が癒えてから、その辺りを磨いて行くと良いだろうな」

「ん、ありがとう。華佗♪」

 

 そのまま華佗は真剣な表情で身体の彼方此方を触診しながら、例の針を打ったり薬効を塗りながら話してくれる。

 此処まで体力が回復した以上、これからは筋力等の回復はもちろんの事。狂っていた私の体内の"氣"の巡りも急速に回復向かって行く事を。

 それでも体力だけは、日常生活以上となると時間が掛かってしまう事も。

 だけど今はそれで構わない。

 やれる事は十分にあるもの。

 民のために……。

 皆のために……。

 愛すべき家族のために……

 そして一刀のために……。

 

 

 

翌日:

 

 

「う゛ぅ~…………しぬぅ………」

「大丈夫か?」

 

 心配げな純香の声にも、私は呻き声を上げる。

 純香の声所か、自分の上げた呻き声にすら頭にガンガンと響いてくる。

 しかも体が、鉛のように重い上に、ビシビシと筋肉が張り、そこから痛みが全身へと走る。

 

「まさかあの雪蓮が二日酔いとわな………。これは嵐が起きるかもしれんな」

「くっ、このっ、黙っていれば……いたたたたっ。あ、頭が割れる」

 

 何処かの珍種の動物を見るような目で、私を見る純香の目に頭痛もあって余計苛立つも、こうまで体調が芳しくなくては文句も言えない。

 何せ自分の上げた声ですら、頭の中で反響しまくるんだもの。とても怒鳴り声なんて出せないわ。

 其処へ翡翠が、組み立ての井戸水で冷やした手拭いを私の額に当ててくれる。

 ああ、冷たくて気持ち良い♪

 

「今の雪蓮様は、華佗の針の助けもあって各諸侯を回るなんて事が出来ているだけだそうです」

「つまり、その針と薬の効果以上の酒を飲んだため、一気に肝の臓器が本来の毒で弱った状態を思い出したと言う訳か?」

「その上昨日の無茶が決定的だっだそうです。 ですから純香、二日酔いと筋肉痛に苦しむ雪蓮様が珍しいのは分かりますが、程々にしてあげてくださいね」

 

 う゛~~~……、事情は分かったわよ。

 でも翡翠。親友なら其処は程々じゃなくて、しっかりと止めなさいよねっ。

 くっ、この際二日酔いの苦しみを身に染み込ませて、全快後の酒の量を減らさせようって魂胆でしょう。

 でも残念ね翡翠。誰がこんな程度で楽しみを減らせれますか。

 

「まぁ二日酔いとは言え、病人をこれ以上からかってもしょうがない。

 私はこれで失礼させてもらう。 此れでも忙しい身なんでな」

「ええ、御活躍を祈らせていただきます」

「ああ、この地を必ず越族から死守して見せるさ。

 それと翡翠。例の『天の御使い』だけど、なにやら色々大変そうな相手らしいが・」

 

 部屋を発つ前に、翡翠を心配下に話しかけようとする純香に、翡翠は最後まで聞く事無く。

 

「御心配なく。 私は幸せですから。

 これでも、毎日がとても充実しているんですよ。

 一刀君が遠い地に居ようと感じるんです。

 一刀君の存在と温もりを」

 

 その両手を、その胸にまるで一刀の温もりを感じるかのように、自分の掌を大切そうに当てながら、本当に幸せそうな笑みで純香に答えを返す。

 どんな噂が流れていようと、それは所詮は噂に過ぎなく、自分が心から想いを寄せる相手なんだと。

 例え自分一人に相手の想いが向かなくても、それを承知で望んで其処に居るのだと。

 彼と共に歩める事が幸せなんだと。

 翡翠の穏やかで温かな笑みと瞳が、翡翠の今の全てを澄香に伝えている。

 

 …………そして、それは私に対しても。

 

「では雪蓮様、私もこれで」

 

 翡翠はそう言って後の事を侍女に任せると、私の代わりにこの地の有力者達の説得へと向かう。

 その背中を見送りながら、やっぱり翡翠には分かっちゃったかと思いつつ、私は頭痛に耐えるかのように目を静かに閉じる。

 ねぇ翡翠。 貴方の言いたい事は十二分に分かっているわ。

 冥琳がこうして私に各地の豪族や有力者達の所を廻って、地盤を固めさせようとする裏にあるもう一つの目的の事も。

 でも、どうしようもないのよ。

 それくらい私の中に在る一刀の存在が大きくなってしまった。

 一刀への想いがどうしようもなくなってしまってるの。

 

とくんっ

 

 私は頭痛と身体の痛みに耐えながら、そっとお腹にお手を当てて、その感触を確かめる。

 確かにその脈動を感じる。

 物理的なものではなく、暖かな"氣"の脈動を。

 あの時、一刀の治療で残ってしまった一刀の温かな"氣"の塊。

 それが確かにお腹の中に在るのを感じるの。

 華佗には、稀に残る事もあるけど、いずれ私の"氣"の中に埋もれて消えて行くと言われたわ。

 

「……温かい」

 

 でも、確かに力強く一刀の存在を其処から感じれるの。

 一刀が今苦しんでいるって分かる。

 また一つ何か大きなものを背負ったんだって事が。

 大丈夫よ一刀。 貴方は一人じゃない。

 明命も、翡翠も、そして美羽も七乃も。

 むろん、蓮華や冥琳達もね。

 皆が貴方を支えてくれるわ。

 その事を感じて。

 

 

 

 私の中に在る貴方の"氣"は、確かに貴方と繋がっているんですもの。

 

 

 

翡翠(諸葛瑾)視点:

 

 

 用意された雪蓮様の部屋を出た後、私は重い足取りで回廊を歩みます。

 私の心を重くしているのは、説得に回るこの地の有力者達の事でも、孫呉の内政に対してでもありません。

 むろん一刀君と明命ちゃんの事が心配ではありますが、その事で私に出来る事はもうありませんし、二人が無事に帰ってくる事を信じるしかないんです。

 私の心を悩ませるのは、雪蓮様の御心。

 

「………もっと確実な何かがあれば」

 

 確信へと変わった雪蓮様の一刀君への想い。

 私と明命ちゃんが気を付けるのはもちろんですが、一刀君にも強く自覚してもらわないと行けない。

 そのためには、なにかもっと確かなものが欲しい。

 

「……やっぱり、子供かしら」

 

 呟いた内容に、顔が熱くなるのが分かる。

 でも、それが一番確実な気がする。

 男の人は、そう言うモノだって書物にも載っていましたし。

 むろん、今までだってそのつもりはあったけど、お互いの想いをぶつけあい確認し合うためのもので、其処まで意識したものではなかった。

 そもそも私くらいの歳ならば子供が居てもおかしくはありませんし、明命ちゃんくらいの歳で子供を産んでいる娘が多いのはもちろんの事で。早熟な子であれば、すでに春霞ちゃんくらいの子供がいたりもします。

 

「一刀君を元気付けた上で、私と明命ちゃんも楽しめて、更に確実な絆を得る。

 上手くすれば一石三鳥の妙案ですね」

 

 それに一刀君の子供なら、私の子でも明命ちゃんの子で、笑顔の可愛い子になるに決まっています。

 自分で自分の案がだんだん良いものに思えて、沈んでいた気がだんだん上機嫌になって行くのが分かる。

 一刀君が帰ってきたら、明命ちゃんと一緒でも構わないからもっと励む事にしましょう。

 もしかすると、傍から見たらもの凄く爛れた生活と思われるかもしれないけど、一向に構わない。

 それで一刀君の心を、確実に私達のモノにできるのならば、妹達に最低の女だと蔑まれても構わない。

 

「………問題は一刀君。相変わらず私達に遠慮して、自分から誘ってくれない事なんですよね」

 

 もっと此方の都合なんて関係なしに、強引に求めてくれても良いのにと思うのですが、…………一刀君の今の状態では無理でしょうね。

 そう言う訳で、今迄は毎回年上の私が先導せねばと、顔が熱くなるほど恥ずかし想いをして一刀君を誘惑するのですが、あまりはしたない娘と思われるのは嫌ですし。 また一刀君が襲い掛かりたくなるような恰好をした方がいいかしら?

 でも、流石にアレ以上の服は流石に………。

 一度崖から飛び降りるつもりで、前掛けだけで一刀君を誘惑した事がありましたが。翌日、自分のしてしまった行いに、部屋で自己嫌悪で悶絶して以来あまり露出の激し意匠の服は封印しました。

 だいたい、あの水着とか言うものは、どう見ても下着にしか見えません。

 あんなものだけで一刀君の前に出るなんて、とても考えられない。

 せいぜいが、男物の大きな寸法の【わいしゃつ】とか呼ばれる服一枚のみで一刀君の前に出るのが精いっぱいです。

 ……うぅ、なんか本当にドンドンと、はしたない娘になっている気が………。

 

 そう言えば以前。七乃ちゃんに一刀君を私達により夢中にさせるために、一刀君が作ってくれた【らんどせる】と呼ぶ背負い鞄をして誘惑してはと言われましたが、今度やってみましょう。

 そんな普段の恰好の何が、一刀君の心を得るための要因になるのか分かりませんから、私の方でもう少し工夫して、………そうですね。以前は失敗しましたが、あの薬をもう一度使ってみましょう。

 薬の余波であれ程の効果なら、一刀君きっと無我夢中になって強引に私を求めてくるはずです。

 

 

 ………た、偶には、 そう言うのも………良いですよ……ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

~あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 『 舞い踊る季節の中で 』第百十八話

 ~ 翠の灯の中、櫻の花は残雪を舞わす ~ を此処にお送りしました。

 

 前回の詠と一刀のやり取りの続きを期待していた方、ごめんなさい。

 今回の話は、前回最後のあのシーンの続きは投げっぱなしにして、別の場面へ映りました(w むろん計画的な事で書けなかったから飛ばしたと言う訳では無いですよ。 一応回想シーンとして入れる予定ですので、それまでのお楽しみと言う事にしてもらえればと思います。

 さて今回は、『舞い踊る』にしては珍しく、α波をいつも垂れ流している呉の癒し系ヒロイン、メガネドジっ娘教師こと、穏さんを視点としたお話で皆様、お忘れかも知れませんがあの方達のお名前が登場しました。 さぁこの後どうなって行くのか?

 そして、雪蓮と翡翠の水面下の攻防の行方は?

 

 えっ、子供を作って相手の心を自分の物にしようとする翡翠の考えが嫌い?

 ですが、これも十分女性としてある考えだと思いますし、何より身体を張った想いですので、その辺りの考えは賛否両論あると思いますが、人それぞれと言う事で流して貰えればと思います。 それでも、お叱りの御言葉も受ける覚悟です。

 何より呉√ですもの………。

 

 

 頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程をお願いいたします。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
99
17

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択