No.225704

真・恋姫無双~君を忘れない~ 二十九話

マスターさん

第二十九話の投稿です。
ついに反乱編が終結となります。これまで駄作製造機にお付き合いして下さった皆様に最大の感謝を。言い訳はいつもの通りであとがきにて。
それでは、駄作になりますが第二十九話を御覧ください。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-07-01 20:16:27 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:10787   閲覧ユーザー数:8462

劉焉視点

 

 くくく……、やっとこのときが来た。益州中に散らばっていた目障りな反乱軍もこれで終いだ。徹底的に壊滅させられた永安を見れば、彼奴らの戦意もすぐになくなるだろう。その後にでも残った兵士どもを皆殺しにしてもいいし、どうせもう俺には逆らえないと分からせた後だ、軍に組み込んで俺の矢避けにでも使えればいい。

 

 俺は笑いを堪えながら、数人の部下どもとともに永安へと向かっていた。俺たちが到着する頃には、永安の尽くが破壊されているだろう。部下の報告では、永安には一万にも満たない兵力しか残されていない。

 

 こちらが放った軍の規模はおよそ六万。成都を守護していた兵の半数を割いたのだ、どう足掻いたところで、例え、あいつらが急いで軍を率いて来たところで、全ては無駄に終わるのだ。俺たちが永安を凌辱する姿を見るだけだ。

 

「劉焉様、もう少しで永安に到着します」

 

「そうか」

 

 俺の存在を認知している部下はごくわずか。さて、劉璋も始末することだし、俺も表舞台に立ってもよい頃合いか。どうせ、朝廷には俺たちを討伐するための権威などない。

 

 曹操とかいう小娘だったか。河北、中原辺りで名声を得ているようだが、事のついでにそいつを血祭りにあげてもいいな。益州とは言わず、この大陸全体を支配するのも悪くない。フフフ……、ついに来るのだ。俺の時代が。

 

 山林部を抜けるとついに永安が見えてくる。

 

 どんな惨状を見せてくれるのか、期待しながら馬を駆ける。

 

 しかし、そこには永安がまだそのままの姿で残っていた。

 

「うぬ、どうなっているんだ!? 兵士どもは何をしている!」

 

 俺の怒気の含んだ声に怯えた部下の一人が、すぐに永安の方に馬を疾駆させ、しばらくすると戻ってきた。

 

「ご、御報告します。我が軍は永安に籠る反乱軍と交戦中。正体不明の二人の猛将が力戦奮闘しており、攻めあぐねている模様です」

 

「何だと? 兵の指揮官に伝えろ! 直ちに城を落とせ。そうでなくば、見せしめに処刑するとな!」

 

「しょ、承知いたしました!」

 

 ぬぅ、急がなくては成都に残した部隊まで追いついてしまうではないか。ここで俺の野望をとめるわけにはいかないのだ。使えぬ兵士どもめ、指揮官は戦の後に始末するか。使えぬ将など我が軍には不要だ。

 

 

一刀視点

 

「よし! もう少しで永安だ!」

 

 俺たちは成都を発ってから最速のスピードで永安を目指していた。敵方の規模も、どれくらいまで侵攻が進んでいるのかも分からないため、劉焉軍に対する対策は何も練ることなくここまで来たが、とりあえず今は皆の無事を確かめるのが先決だ。

 

「お館様! 先行させていた部下が戻ってきましたぞ! 永安はまだ健在で、現在劉焉軍と交戦中のようです。劉焉軍の規模はおよそ六万、いかがいたしますか?」

 

「そうか! 良かった! でも相手は六万か……竜胆たちの到着まで待ちたいところだけど、そうはいかないな。紫苑さん、何か良案はありますか?」

 

「そうですね……永安に残っている部隊と上手く連携出来れば、一番良いのですが、孟達ちゃんがこちらに気付いてうって出てくれるかどうか……。こちらは全て騎兵です。その勢いを利用して、まずは相手の攻撃を永安からこちらに向けさせるのが先決かと」

 

 紫苑さんと相談して、俺たちは鋒矢の陣にて劉焉軍の陣をまずは突破する事を方針にした。鋒矢の陣は先鋒の突破力が何より重視されるため、そこは勿論恋さんにお願いすることにした。

 

 右翼に桔梗さん、左翼に紫苑を配し、後方を本陣として俺が指揮する。勿論、戦の指揮なんて一人ではほとんど出来ないし、大した戦力にもならないのだろうけど。

 

 方策を決め終わる頃には山林部を抜けようとしていた。視界に永安の姿が入った。確かに陥落した様子は見受けられない。

 

 永安は四方の内、北と西に山によって守られている、実に守りやすく攻めにくい構造となっている。また、詠が施したという防御策もきっと上手く機能しているんだろう。

 

「よし、桔梗さん!」

 

「うむ! 全軍、これより我らは劉焉軍と衝突する! 相手はこちらの三倍を有する軍だが、決して恐れることなかれ! 我ら一軍、熱き炎の塊となりて、一気に劉焉軍を貫くぞ! 各員、抜刀せよ! 突撃ぃぃぃっ!」

 

 桔梗さんの合図の下、劉焉軍に向かってひたすら駆ける。

 

 先頭を走るは飛将軍呂布。一馬身前に進み、城攻めをしている劉焉軍に突っ込んだ。彼女の一振りで密集していた敵軍を大きく崩した。その隙を狙って、その後方を走る先鋒部隊がさらにそれを広げていく。

 

 敵は思わぬところから衝撃を受けたためか、隊列を大きく乱す。そこを見逃すはずもなく、歴戦の猛者である桔梗さん、紫苑さんの率いる左翼、右翼が壊滅的な一撃を与える。

 

「よし! このまま一気に陣を切り裂くぞ! 我らも続けっ!」

 

 最後に俺たちが、前衛が広げた傷口に追撃をかける。それが決め手になった。劉焉軍は一旦城の囲みを解除し、後退した。

 

桔梗視点

 

「恋、お主はお館様の側におれ。紫苑、儂らで軍を率いるぞっ!」

 

 部隊が敵軍を突破した後、恋に北郷の身辺警護を任せ、儂と紫苑で部隊をまとめ上げながら、劉焉軍を目指して馬を駆けらせる。

 

「突貫っ!!」

 

 儂の声とともに雄叫びを上げながら、後退する反乱軍の尻に喰らいついた。永安を攻城していたため、敵の大半は歩兵で編成されている。勢いならば、騎馬隊であるこちらの方が圧倒的に有利。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

 儂は馬上から豪天砲を振るい、敵の首を飛ばしていく。騎馬を停止させることなく、ただひたすら駆ける。勢いを殺いでしまったら、数の差で圧倒されかねん。

 

 儂と紫苑でそれぞれ錐行の陣を布き、敵の防御網を突破していく。兵を二分してしまうので、それぞれが大きな損害を与えることは出来ないが、それでも効果的に相手の陣を乱すことが出来る。

 

 また、紫苑は騎射を行いながら、劉焉軍の撤退を妨げてくれているおかげで、こちらの部隊は確実に敵兵の数を減らしつつある。

 

 ちらりと紫苑を見やる。

 

 紫苑は常に儂の制止役だった。短気でついカッとなる儂をあやつは宥め、反乱を起こすときまで共に耐え忍んでくれた。どんなに辛くとも側におってくれた。

 

 あやつがいるから、あやつが儂を後ろで支えてくれるから、儂は常に暴れることが出来た。あやつがおらねば、儂などきっと今頃は墓の中におったろう。

 

 反乱軍の基部を造り上げ、冷静に大陸の情勢を見極めた上で、確実に反乱を起こすことができたのもあやつのおかげよ。

 

 紫苑、この戦が終わったら、美味い酒をともに飲もう。

 

 その味はきっと極上で甘味なものとなろう。

 

 後退していく敵部隊は算を乱すように本陣まで撤退する。おそらく劉焉は本陣におるのだろう。本陣まで食い荒らすことが最上だが、この兵力では無理であろう。

 

 若かりし頃の劉焉の戦は、それは見事なものであった。自ら陣頭に立ち、兵を鼓舞しながら誰よりも華々しい戦果をあげるその雄姿に儂は目を奪われた。しかし、今の劉焉はただ本陣で護衛されながら、将を理不尽に叱責しているようだ。

 

 そこにはあの頃の劉焉、儂らがかつて劉焉『様』と呼んだ御仁の面影はなかった。欲にまみれ、ただ権威や名声に溺れる老いた男の姿が見えるだけであった。

 

 劉焉、今のあなたには見えていないのでしょうな。

 

 撤退する部隊への追撃を一旦中止し、敵部隊から離れ、相手の動向を窺う。劉焉軍の本隊は鶴翼の陣を布いている。追撃を逃れた兵士たちが収容されていく。やはり兵力差を考えると、無暗に突撃を仕掛けるのは愚策か。

 

 紫苑と連携を取りながら敵の両翼に対して、攻めては退き、攻めては退く戦いを繰り返した。敵将はこちらの動きに完璧に翻弄されるだけで、本陣もそれを収拾することが出来ていない。

 

 ならば……。

紫苑視点

 

 桔梗とともに戦場を駆ける。彼女と轡を並べて何年経つのだろう。この豪快で粗暴で性悪な友と反乱軍を築き、そして今日という日を待ちわびてきた。苦楽をともにした親友。

 

 彼女には辛い役目をいつも任せてきた。その人柄から民からは絶大な信頼を得ながらも、常に成都の役人から目を付けられ、矢面に立たせるような立場に自らを追いやっていた。

 

 私が着々と永安を反乱軍の本拠として準備を整えることができたのは、常に反乱分子として注目を集め、私という存在を隠してくれた、桔梗のおかげ。

 

 彼女がいてくれたから、彼女が常に私たち反乱軍を叱咤激励してくれたから、私も反乱に躊躇することなかったのだと思う。主に逆らうという本来道徳に外れた行為にも踏み込めたのだと思う。

 

 桔梗、この戦が終わったら、一緒にお酒を飲みましょう。

 

 民の歓喜の表情を肴にして飲む酒は、きっとどんな名酒よりも格別よ。

 

 私たちは本陣の劉焉を攻めるため、その両翼を騎馬隊で撹乱しながら、相手の動向を探った。どうやら騎馬隊の動きに対応は出来ていないようだ。

 

 桔梗はそれを察して右翼に深くまで攻め込んだ。翻弄され、陣形が伸びて崩れてしまった隊列ではそれを押さえることが出来ないようで、本陣近くまで攻め込めている。

 

 私には桔梗のように怒涛の攻めをすることが出来ないが、相手の動きを見極め、じっくり騎射で牽制しつつ的確に敵を押しこめる。

 

 もう一撃。

 

 とどめの一撃があれば、本陣まで突き破ることが出来る。しかし、もはや予備兵力の無い私たちではそれはどうすることも出来ない。このまま消耗戦に縺れ込んだら、兵力差が響くかもしれない。

 

 そのときだった。

 

 永安の城門が開き、喚声とともに五千程度の部隊が劉焉のいる本陣に向かって突撃を仕掛けた。勢いづいたその動きはこれまでの籠城戦の鬱憤を晴らすかのような猛攻だった。

 

 孟達ちゃんがこちらの動きに呼応してくれたのかしら、と一瞬思ったが、先頭で部隊を率いているのは見慣れぬ二人の将だった。彼女らは見事な動きで先陣を切り、本陣に対して圧力をかける。

 

 私と桔梗は同時に総攻撃を仕掛けた。三方から徹底的に押された劉焉陣は戦意を喪失したようで、徐々に投降や逃亡を開始している。

 

 敵の将たちは慌てて兵士たちの混乱を鎮静させようとするが、一旦恐怖に消失した闘争心は、容易に取り戻せるものではない。

 

 これで勝敗は決した。ここまで乱れた陣形では抗い続けることは不可能ね。数は多かったものの、士気も錬度も桁違いにこちらが勝っている、それが大きな勝因でしょうね。

 

 そのときであった、俄かに敵本陣あたりで動きが見られた。やはり兵力差が影響していたようで、囲みの薄い部分を騎馬隊の小集団が突破した。おそらく劉焉と旗本たちであろう。

 

 しかし問題であったのは、彼らの進行方向であった。彼らは逃亡を試みているのではなく、一直線に離れたところで戦況を見ている一刀くんを目指していた。

 

劉焉視点

 

「愚か者どもめ、何をしているっ! 敵はたかだか二万程度であろう! 囲んで皆殺しにろっ!」

 

 こちら側の将兵たちは何をしているのだ! たかだか反乱軍を相手にいつまでいいように翻弄されているのだ!

 

 周囲を固める部下たちに怒りを隠さずに悪態を吐く。部下たちは怯えながら両翼を指揮する将に伝令を送るが、いつになっても戦況が変わることがなかった。

 

 むしろ、敵軍はこれまでののらりくらりとこちらを惑わす動きから、鋭くこちらの陣に斬り込んできた。その猛烈な攻めに前衛は完全に突破され、本陣近くまで敵兵が押し寄せている。

 

 しかし不幸中の幸いか、それ以上侵攻することが出来ずにいる。このまま時間が経てば、数が勝るこちらが有利な展開に持ち込めるだろう。

 

 しかしそのときであった。

 

 城門より少数の部隊であったが、士気が高く、異様なまでの勢いでこちらに向かって突撃してきた。

 

「ぬぅ! 止めろ! ええい、奴らを止めるのだっ!」

 

 そう叫ぶがすでにこちらの兵士は、敵の圧倒的なまでの力強い攻めに恐れをなしているようで、その進撃を遮ることは出来ないでいた。

 

「りゅ、劉璋様! これ以上は持ち堪えられません! このままでは壊滅します! 撤退しましょう!」

 

「黙れっ!」

 

 怒りに任せてそう進言する部下の首を落とした。このまま永安を目の前にして敗北することなど出来るはずがない。反乱軍どもに絶望を味わわせねば俺の気が済まぬ。

 

 そこで俺はあることを閃いた。反乱軍を失意のどん底に落とす方法。それは反乱軍の象徴でもある、あの御使いの孺子を目の前で殺すことである。目の前で希望の星が無残にも散れば、彼奴らの戦意も一気に失われるだろう。

 

「くくく……、よし! 旗本どもよ! 俺はこれより戦線を離脱し、御使いを殺しに行く! 貴様らは命に代えて俺を守れっ!」

 

「し、しかし、それでは我が軍の兵士たちは……」

 

「うるさいっ! 命令に従わぬ者はここで斬り捨てる! 分かったかっ!」

 

「は、はっ!」

 

 旗本を盾にしながら、反乱軍の囲みを突破する。そのおかげでほとんどの旗本は死んだが、御使いさえ殺せればそれでよい。こんな屑ども、いつでも補充はきく。

 

 御遣いはどういうわけか、その周囲に護衛を置いておらず、一人の少女のみがその側にいた。愚かな孺子め、自分の命が危ういというのに逃げもしないとは。

 

「はっはっはっはっ! 死ねぇぇぇ!」

 

 御使いの首を落とそうと剣を大きく振りかぶる。

 

 そのとき横の少女が目に入った。

 

 深紅の髪に、手には方天画戟。

 

 燃えるように紅いその眼は、しかし死神のように冷えている。

 

 その特徴的な容姿はいつであったか部下から報告があった。

 

 黄巾の乱にて三万の軍勢を単騎で滅殺したという鬼神。

 

 ま、まさか……、こいつは。

 

「…………邪魔」

 

 だが気付いたときには遅かった。

 

一刀視点

 

 恋さんと二人で戦況を見守る。

 

 敵はこちらの数倍の兵力を持つが、士気の高さではこちらが数段上であろう。どのくらいの間攻城戦を繰り広げていたのか知らないが、思うように攻めきれずにいたため、士気が沈滞していた。

 

 桔梗さんと紫苑さんは見事なまでに部隊を掌握し、まるで自分の身体の一部であるかのように兵を動かす。ときに鋭く、ときに緩やかになるその動きは千変万化で劉焉軍に反撃を許さない。

 

 しかしどれだけこちらが主導権を握ろうが、こちらにも死傷者は出る。数はあちらが圧倒的に有利である以上、こちらは常に攻め続けなければならず、少しでも手を緩めればすぐに戦況は裏返る。

 

 そのため兵士たちは死力を尽くして戦わなくてはならない。ともに戦う戦友が倒れようが、その屍を踏み越えて敵と対峙しなければならない。

 

 腹部で嫌悪感が蠢く。

 

 今にも吐きそうなほど強烈な不快感。

 

 いくら戦場の数をこなそうと、これだけは変わらなかった。いくら経験しようが見慣れぬ光景、聞きなれぬ音、嗅ぎ慣れぬ匂い。すぐにでも目を逸らしたくなる衝動に身を駆られながらも、それを必死に耐える。

 

 彼らの勇猛に戦う姿を、そして華々しく散っていく姿を、全てこの目で見なくてはならない、記憶しなくてはならない、そして、後世に、彼らの子供たちにその有様を伝えなくてはならないのだ。

 

「…………一刀」

 

 恋さんが俺を心配そうに覗き込み、その手を握ってくれる。彼女の体温の温かさがぎりぎりのところで俺を鼓舞してくれた。その存在が、温もりが、何よりも有り難かった。

 

 永安から予期せぬ援軍を得て、反乱軍は瞬く間に劉焉軍を降していく。

 

 これで終わりだ。

 

 そう思ったとき、本陣からこちらに向かって突撃する人物がいた。

 

 見間違えるはずもない。益州を、民を、将兵を苦しめてきた憎き相手、劉焉。彼は必死の形相のまま俺に向かってくる。このまま敗北することを認めず、俺の首を討ちに来たのだろう。

 

「…………恋に任せる」

 

 刀を抜こうとした手を恋さんが優しく包み込んだ。

 

「…………これ以上、一刀が傷つくのは駄目。恋がやる」

 

 俺は刀の柄を離し、恋さんに任せることにした。それが大切な人を失いたくないと願う恋さんの想いなら、それを尊重することにした。

 

「分かりました。だけど殺してはいけませんよ」

 

 こくん、と静かに頷いた恋さんは俺の前に一歩歩み出た。構えなど一切ない、一見無防備にも見えるが、自然体ゆえに自分の力を全てコントロール出来る。恋さんの筋肉の動きを見ればそれは一目瞭然だった。

 

「…………邪魔」

 

 その一言とともに方天画戟は放たれた。その刃ではなく柄の部分で劉焉の脇腹を殴打し、劉焉はそのまま落馬する。手加減はしているようで、劉焉は地面で苦悶の表情を浮かべている。

 

 頭部ではなく、腹部を打ったのは意識を失わないようにしたのだろう。しかしそれは地獄のような苦しみであって、そのまま息絶えるか気絶する方がよっぽど楽だろう。

 

 しかしこれで本当に戦は終わりだ。

 

 

「ぐぅぅぅっ! がぁぁぁぁっ!」

 

 地面をのたうち回るようにして苦しむ劉焉。地面に落ちた剣を手が届かぬ場所まで蹴り飛ばし、劉焉の前に立った。

 

「くそっ! おのれぇ、俺にこんなことをしてただで済むと思うなよっ!」

 

 不様な姿を晒しながらも強気に言う劉焉。

 

 そこに大将が戦場から逃げ出したため、全ての兵が投降してしまい、それを監視下に置いた紫苑さんと桔梗さんが駆けてきた。二人とも馬上から劉焉に冷ややかな視線を送っている。

 

 俺はそこで改めて刀を抜いた。今度は恋さんも俺を止めようとしていない。刀の刃が太陽を反射してその光が劉焉を照らす。そこで自分が殺されることに気付いた劉焉は、痛む身体に鞭を打って尻をつきながら後ずさりする。

 

「わ、分かった! 負けを認めよう! それでどうだ? 御遣い様よ、俺と手を組まないか? 俺とお前が協力すれば、天下を取ることも可能だぞ? 桔梗、紫苑、お前たちもだ。元主君に手をかけるのは心苦しいだろう? お前たちも俺と御遣い様に協力すれば、大将軍も目ではないぞ」

 

「言いたいことはそれだけかの?」

 

 桔梗さんが静かにそう言った。その目には情けなど一切なかった。それどころか、今にも怒りが抑えられずに豪天砲を振りかざしそうな雰囲気すらあった。

 

「一刀くん、これが最後よ。私たちの主君として、私たちの盟友として、私たちの家族として、役目を全うして。これで私たちの宿願も果たせるわ」

 

「……はい」

 

 俺は静かに刀を振りかざした。

 

「ま、待てっ! 話せば分か……」

 

 これ以上この男の声を聞きたくなかった。俺は有無を言わさずそのまま刀を振り抜いた。

 

 音もなく劉焉の首は胴体から離れた。その首は最後まで苦悶の表情を浮かべていた。自分の行為、人を殺したということに罪悪感があるのは否めないが、こいつは知るべきなのだ、民がこれまで感じてきた痛みを。

 

「紫苑さん、桔梗さん、これで本当に終わりました」

 

「北郷……」

 

「一刀くん……」

 

「俺たちの、反乱軍の勝利です!」

 

 いつの間にか俺たちの周囲には全ての兵士たちが来ていた。怪我を負った者も、友の肩を借り、

劉焉の亡骸を見つめていた。

 

「うむ……。皆の者! 見ての通りだ! 我らは劉焉に勝った! 我らは自由を勝ち取ったのだ! 勝鬨を上げよっ!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

 全ての兵士が声を上げた。その顔はまさに勝利者であり、涙を流し歓喜に沸いている。まるで益州全体に響くようにその声は止まることがなかった。

 

 

 その後俺たちは当座の戦後処理を行い、永安に入った。永安の中は籠城したため荒れてはいたが、人民の顔には笑顔が溢れていた。

 

 その中に璃々ちゃんの姿も見られた。彼女は戦の間は侍女に面倒を見てもらっていて、籠城中もこの中にいた。俺たちの姿を確認するや、喜色を露わにして俺たちのところに駆け寄ってきた。

 

「お母さん! お兄ちゃん!」

 

「璃々!」

 

 紫苑さんが璃々ちゃんを強く抱きしめる。その顔は涙で濡れていた。彼女は将であるのと同時に一人の母親である。成都からここまでの道中、一切璃々ちゃんの安否について口にしなかったが、心中は心配で堪らなかったはずだ。

 

「良かった……、本当に良かった」

 

 璃々ちゃんを抱きしめたままそう呟く紫苑さん。璃々ちゃんも久しぶりに紫苑さんに抱かれ、その身体に存分に甘えている。

 

「紫苑、親娘の対面はしばし我慢しろ。我らは民に宣言しなくてはならんだろ」

 

 そう言う桔梗さんも璃々ちゃんの安否が確認できたため柔らかな笑みを湛えている。

 

 俺たちは永安に住まう全ての民を城の前に集めた。

 

 俺を中央にして紫苑さんと桔梗さんの三人で民を見渡す。

 

 全ての民が涙を流し、声を上げて喜ぶのに耐えている。俺たちから出される言葉を待っているのだ。その言葉を聞くまでどのくらいの間、彼らは耐えてきたのだろう。

 

「北郷、頼む……」

 

 ふと桔梗さんを見ると、彼女は顔を俯け、その声は震えている。桔梗さんの瞳からは涙が溢れているのだ。少女のように顔をくしゃっと歪めて嗚咽の声を漏らしている。

 

 彼女はこの言葉を言うときをずっと待っていたのだ。民を苦しみから、悲しみから解放できるこの言葉。本当は自ら民に向けて言いたいのだろうが、上手く言える自信がないのだろう。

 

「み、見るな……恥ずかしいだろうが」

 

 俺が桔梗さんの顔を凝視しているのに気付き、桔梗さんは顔を赤らめながら、くすんと鼻を鳴らし、明後日の方向を向いてしまった。普段の勝気で横柄な桔梗さんからは想像できないその姿はとても可愛らしく、思わずくすくすと笑ってしまった。

 

 俺はもう一度民の方に向きなおし、一歩目へ歩み出た。

 

「永安に住む全ての民よ! ここに戦争の終結を宣言する! 我ら反乱軍の勝利だ!」

 

 単純な言葉で十分だった。回りくどい演説など俺には向かない。ただ事実を、俺たちが自由を勝ち取ったという事実を民に告げた。

 

 民から割れんばかりの歓声が上がった。皆お互いを抱き合い、勝利を祝っている。そして、御遣い様万歳、誰が言い始めたのか分からないが、その声の波はすぐに民の間に広がり、全ての民が諸手を上げてそう喝采を上げた。

 

 

 俺たちは勝利を益州中に広めるために一斉に伝令を放った。軍馬の中でも駿馬を使わせ、少しでも早く皆にこのことを伝えたかったのだ。全ての益州の民にこの言葉を、この幸福を体感してもらいたい。

 

 民たちはすぐに各々戦勝祝いに宴を催しているようで、永安の城下はどんちゃん騒ぎが巻き起こっている。

 

 俺たちもその宴に参加したいのだが、他の将たちが合流してから改めて行うことにした。この喜びは皆で共有すべきことなのだから。

 

 俺たちは城下のある店に向かっていた。俺の他に紫苑さんと桔梗さん。恋さんは民に紛れて一緒に御馳走を頬張っている最中だ。

 

 永安の寡兵を率いて、六万もの大軍と対峙し、俺たちが到着するまで孤軍奮闘してくれた人物たちに会うために。彼女らの功績は大きく、劉焉の軍勢を降すことが出来たのも、彼女らの最後の決死の突撃があったからだ。

 

 きちんと彼女らにはお礼がしたかった。

 

 紫苑さんの話によると、見たことがないため永安に住む民ではないという。旅の者なのだろうか、わざわざ益州のために戦陣に身を置いてくれたのだろうか。

 

 永安に籠っていた兵士の案内に従い、店の中に入る。

 

 奥の席に一人の女性が優雅に座り、その両横に二人の少女が近侍している。

 

 中央の女性、煌びやかな黄金の髪をパーマのように巻いている。上品な微笑みを浮かべる瞳は俺たちが来るのを予知してるかのようで、その艶姿に俺は見惚れてしまった。

 

「貴方が天の御遣い様ですね……?」

 

「は、はい」

 

「今日はどういった用件で?」

 

「用件も何も、あなたたちは見ず知らずの永安の民のために尽力してくれました。そのお礼が言いたいんですよ」

 

「お礼だなんて……わたくし達はそんな大仰な真似はしてませんよ。ただもう目の前で平和な城下が破壊される様を見たくなかっただけですわ」

 

 それまで優美に笑みを湛えていたその表情が俄かに暗澹としたものに変貌する。そして、ふっと自嘲的な笑いを浮かべた。まるで自分が言った台詞に諦観を抱くように。

 

「でも、俺たちが助かったのは事実です。どうか城の方へお越しください」

 

「そこまで言われたら断る方が不粋というものですわね。分かりました。御一緒いたしますわ」

 

 俺たちは店外へ出て、三人を城に案内した。

 

 その途中、その女性は民たちが騒いでいる姿を微笑ましく見守っている。

 

「ここは良い場所ですわね。民の顔を見ればよく分かりますわ。わたくしがいた場所とは大違いですわ」

 

 とても柔和で温かな笑み。だけどそこから微かに影が滲み出ている。その端正な顔立ちに翳る陰鬱な表情が、彼女に独特な艶気を出している。

 

「あ、そういえばまだお名前を聞いてませんでしたね」

 

「あら、確かにそうでしたわね。わたくしは……」

 

「御主人様!」

 

 彼女の声を遮る形で前方から呼び止められた。そちらに視線を向ければ、月がこちらに向かって駆けてきていた。おそらく詠から伝令が放たれて、永安が危機に瀕していることを聞いてこちらに向かっていたのだろう。

 

「どうして……? 董卓……さん?」

 

 独り言のように呟かれた台詞に、俺は再度その女性を見た。彼女の瞳は驚愕に染められ、月へと向けられていた。重要だったのは、その言葉の中に出てきた名前。

 

 なぜこの人は月が董卓であることを知っているのか。その疑問も浮かんだが、何よりこれはまずい状況だ。月は董卓という名を捨てている。すでに死んだことになっている以上、もし彼女が生き伸びていることが知れ渡ったら、余計な混乱を招きかねない。

 

 この場をどう乗り切るか逡巡すると、その女性は予想外の行動に出た。

 

 無言のまま月の前で跪いたのだ。

 

「え、袁紹さん……」

 

 月から出された名前。曹操との官渡の戦いで姿を晦ませた人物。袁家の当主にして本来であればそこにいなければならなかった人がどうして益州にいるのか。

 

 俺も月も事態を把握できずに、袁紹さんを見つめることした出来なかった。彼女に胸に秘めた想いなどしるはずもなかったのだから。

 

次回予告

 

 河北に一羽の窮鳥がいた。

 

 その麗しき羽を縛られ、自由を奪われ、ただ己の所業を恥じる毎日。

 

 これまで持っていた誇りも名誉も功績も全ては仮初のものに過ぎなかった。

 

 自分は騙されていただけだった。

 

 ただの道化に過ぎなかった。

 

 そしてそのせいで多くの人が戦に散った。

 

 あの少女もその一人なのだ。

 

 自分のせいで死んだのだ。

 

 だから彼女は変化を望んだ。

 

 人生で一つでも他人のためになりたいと、己の命も顧みず。

 

 

「猪々子、斗詩、さようなら。貴方達に会えて幸せでしたわ」

 

「お願い! 姫を! 麗羽様を助けて!」

 

「あたいが側にいる限り、姫にも斗詩にも一本たりとも触れさせねぇ!」

 

 

 そして始まる彼女たちの物語。

 

 一羽の鳥とそれを守る二人の武将の誰も知らない物語。

 

 

あとがき

 

第二十九話をお送りしました。

言い訳のコーナーです。

 

今回で反乱編は終結いたしました。

ここまでの数作品は誰か一人の視点のみで進みました。というのも、視点が多過ぎて読みにくいという御意見が出たので、なるべく視点を少なくしていたのですが、キャラの心情が上手く表現できなかったため、慣れるまではやはり視点を複数にして進めたいと思います。

 

前回登場した劉焉さん。

当初の予定では、ありえないチート設定で、一刀、紫苑さん、桔梗さんの三人の壮絶なバトルシーンを展開する予定だったのですが、それを取り止め、急遽小者設定にしました。あまりにも無理があったので……。

 

従って小者臭たっぷりの台詞を言わせながら、呆気なくフェードアウトという結末です。それでも反乱軍を罠に陥れた手腕は相当なものなのですけどね。

 

物語の山場なのに大した展開もなく終わらせることになってしまい、作者の文才の無さを嘆くばかりです。本当に申し訳ありません。

 

それから反乱軍を手助けした人物は、皆の愛する金髪ドリルこと麗羽様です。

 

台詞を見れば明らかな通りコメディ要素一切なしのガチシリアスです。

作者は麗羽様が大好きなので、是非とも活躍してほしいと願いつつ、ボケ担当の麗羽様を作中で上手く使えないことからキャラを崩壊させました。この作品はこれでもシリアスな場面が多く、活躍させる余地がありませんでした。

麗羽様ファンの人には大変申し訳ないですが、彼女を善人として活躍させていく予定です。

 

次回はそんな麗羽様が主役の番外編です。

前回の恋さん編同様、お気に入り登録者様限定でお送りします。

 

さて、この作品もここまで続けることが出来たのは皆様の応援のおかげです。

ここまでは構想を練っていたので、ある程度は予定通り執筆することが出来ましたが、これから先は作者も知らない展開になると思います。

 

今まで以上に駄作になると思いますが、温かく見守って下さると助かります。

 

誰か一人でも面白いと思ってくれれば嬉しいです。

 


 
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