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『舞い踊る季節の中で』 第115話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 呉の種馬。 呉の麗しき女将達に囲まれているだけではなく、敵国の捉えた王とその臣下を己が物にし、その肉体を欲望の捌け口にしている。 そんな在る人物の噂が細作の報告によって朱里達の耳に届いていた。
 だけどそれは、ただの噂で策の一つだと信じていた彼女達の耳に信じられない話が舞い込んできた。

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2011-06-17 20:18:14 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:13911   閲覧ユーザー数:8965

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√ 第百十五話

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   ~ 雛の羽ばたきに舞う白き魂を詠む ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、太鼓、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

 

 

 

一刀視点:

 

 

 荊州の江陵の街で呉本国からの補給を終えた俺達は、一路益州に向かう旅……いや進軍を再開した。

 劉備軍が率いる民も今のところ不平不満を零す人間はいても、暴れ出したりする人は殆ど居らず。その辺りは桃香の人徳とそれを率いる将や軍師の手際のおかげと言って良いだろう。

 民の代表達である最長老だけではなく、その長老達の集まりに桃香本人。つまり王が供を連れて赴き、現状や物資の心配が無い事を説明するなどして、民にとって心配事を減らす努力をしていると言う事もあるが、その行動は民にとって王自らが民を気に掛けているという姿勢として映る事が、何より民を安心させているのだと思う。

 

 むろん幾ら王やそれに付き従う者達が努力しようが、それで全てが丸く収まるわけは無い。

 先祖代々の土地を捨て、不安に駆られながらも民が桃香についてきたのは、人徳と言えば聞こえは良いが、その背景にあるのは、この王ならば自分達を幸せにしてくれる。と言わば心の拠り所として頼っているからだ。

 身も蓋もなく言えば、自分達のお腹を保証してくれそうだから言う事を聞いていると言っても、決して間違いではない。

 そして人というのは、お腹が空けば苛立ち、冷静な判断が出来なくなる。

 だからこそ、この場においての糧食を始めとする物資の補給というのはとても重大な事と言える。

 

 そんなわけで、約定どうりに孫呉の補給を受けた劉備軍からは、多大な感謝をされているらしく、朱然や丁奉達や明命の部隊の人間も、以前よりは居心地の良い空気になった事で、余分な力が躰から抜けているのがよく分かる。

 明命も江陵の街の一件もあって、桃香達とそれなりに打ち解けたようで、その証拠に月、朱里、雛里と話しが合うのか、時折夜になって空いた時間に、配下の女性兵士の何人かと共に彼女達の天幕に行って何やら談義をしている。

 ちなみに何を話しているか聞いた事があったが。

 

『ぁぅぅ………その、乙女の秘密です。 たとえ一刀さんでも教えられません』

 

 と言われる始末。もっとも、必要以上に仲良くなり過ぎないとかの心配は、孫呉が誇る最高の密偵でもある明命に限ってないし。俺自身も明命を信用しているので、気にしないようにしている。

 ……まぁ乙女の秘密と言う奴に興味が無いわけではないが、下手に興味本位で突っ込むと碌な目に合わないと言うのは、元の世界でもこの世界でも共通らしく、その辺りは二つの世界で学習済みだ。

 例えば、以前妹に貸していた辞書を返してもらおうと妹の部屋に入った時、たまたま机の上に出ていた手記に目について、何だろうと首を傾げて手を向けた所で部屋に帰って来た妹に見つかり偉い目にあった。手記を奪い取るかのように胸に抱え持った妹に。

 

『本当に見てないのねっ!?』

『ほ、本当だって。 そもそも部屋に入った所だし』

『………確かに、読んでいたらお兄ちゃんがこんな態度でいる訳ないわね』

『まぁ、手に取ろうとしたのは悪かったけど、いったい何だったんだ其れ?』

『乙女の秘密よっ。 お兄ちゃんには関係ないもの。 ………本当に読んでないわよね?』

『本当に読んでないってば。 勘弁してくれ』

『嘘だったら、責任とってこれに書いてあること実行しちゃうわよ』

『とにかく手に取ろうとしただけで、目も通していないよ。嘘だったら煮るなり焼くなり勝手にしてくれっ』

『………それはそれで残念な気が(ぼそっ)』

『え?』

 

 と言う訳で、兄妹とは言え勝手に部屋に入った事と、乙女の秘密を危機に晒したと言う事で、休みの日に俺持ちで一日中買い物に付き合わされた事があった。しかも途中で俺が逃げ出さないようにしっかりと腕を取られてだ。

 はぁ~、俺って、そんなに信用ないか? と思いつつ、理由はともかく原因は俺にある以上は仕方ないかと妹の好きなようにさせたのだが、実際あれだけ色々な店に連れ回しておいて、奢らされたのは小さなアクセと休憩に入ったHoogen-Dazeのサンデーだけだったのは、まぁ『今回だけはこれで許してあげるわ』と言う妹なりの気遣いなんだろうと思う。

 とは言え、女の子が入りたがるような店に男の俺が入るのは色々きついわけで、物質的でない何かを色々削られた一日だった。

 ………特に下着売り場に連れいて行かれた時は本気で逃げ出したくなった。 妹にどんな下着が好みか聞かれるなんて、年頃の妹を持つ兄はみんなこんな苦悩を持っているのか?

 自棄になって適当に見もせずに『アレなんか似合うと思うぞ』と指差した下着は、兄の俺から見ても可愛いと思える妹に似合わなくはない逸品だったが。……黒のレース地に銀糸で刺しゅうを施してあるいわゆる勝負下着と類される物だった時は、 俺は妹にいったい何を勧めているんだと本気で情けなさに死にたくなった。

 あの後の頬を赤く染めながらモジモジした様子で時折俺を睨みつけるように下から覗きこむような視線に、何度頭を抱えて駆けだしたくなった事やら……。

 実際、この話をクラスの男子に溜息交じりに話したら、

 

『くっ、このリア充めっ! 唯でさえあんな可愛い妹ちゃんがいるっていうのに、そんな贅沢な悩みを言ってんじゃねぇっ。 俺んとこなんか『兄貴ウザい』とか平気で言うんだぞ。しかも本気で』

『それくらいなんだっ。俺んとこなんて『兄さんの浸かった湯になんか入りたくない』なんて言って、先に入った挙句に湯を態々張りなおすんだぞ。 この冷遇さに比べたら、うっうっ……』

『………何だよそれくらい。 うちの妹なんて、俺を無視すんだぞ。 そりゃもう居ないものとして徹底的になっ。 そりゃ確かに着替え中だとも知らずにノックもせずに部屋の扉を開けた俺が悪かったとはいえ、アレはあんまりだ。 ………こう自分の存在自体が罪悪に感じるんだぞ?』

 

 と、本気で羨ましいと涙を流された。

 流石に其処までのはごく一部の人間だったけど、俺らの年の兄妹で仲が良いと言うのは少ないらしいので、贅沢な悩みと言えるかもしれないと、あの時は思ったものだ。

 で、何でそんな碌でもない思い出に心の中で身を震わせてみたりと、俺の周りの人間の話の事を心の中で描いているかと言うと、……我ながら情けない話だが現実逃避の一環と言う奴だ。

 

 

「で、今日は我等に何の御用ですか。『天の御遣い』殿」

 

 硬く、それでいて無機質な声が俺の心に突き刺さる。

 背筋が冷たくなる程鋭い眼差しの中に在るのは、これでもかと言うほどの拒絶と警戒心でもって、桃香達のいる天幕の中で俺と桃香の間に入っている関雲長。

 確かにもともと彼女には強い警戒心と拒絶を受けてはいたけど、あの真名を許された一件以来、打ち解けていた筈。

 それが何故か此処数日になって、いきなり掌を返したかのように俺にだけ、以前以上に警戒心を持たれてしまった。

 

 何より気になるのが、彼女から発せられるのは敵意ではなく。どちらかと言うと嫌悪感。それも、こう何故か自分が人間のクズに思えてくるような冷たい眼差し。

 及川達がクラスの女子の入っている風呂を覗こうとしたのが発覚し、暫く女子達に向けられていた眼とそっくりなんだよな。 ……何故? WHY?

 とりあえず何度か関係の修復を図ろうとしたのだが、結果は見ての通りで芳しくない。

 一応、呉の使者に対する最低限の礼儀をもって接してくれているんだけど。 ……はっきり言って体裁を整えているだけに、なにかこう絶対的な壁を感じてしまうんだよな。

 

 幸いにも露骨なのが愛紗と詠だけで、詠の方は何か不機嫌な様子を示すにとどまっている。

 他の皆は面白げに傍観する者。訳も分からず子供のように笑って見せる者。突然顔を赤らめる者など。何処か余所余所しいと言うだけだから大事に至ってはいないのだけど、このままではよくないのは確か。

 明命もこの件に関しては、何故か消極的で。

 

『この件で私が動いても良い方向に流れる事は無いでしょうし、むしろ悪化を招く事になりかねません。

 同盟国とはいえ所詮は他国です。 組織としての行動に問題が無い限り、必要以上に仲良くなる必要はありません。

 ………それに、どうせすぐ理解してしまいます』

 

 と、何故か最後の方は口を尖らせて、不機嫌そうに顔を横に向ける始末。

 う~ん、ますます分からん。

 でも不機嫌を装いながらも、背中にもたれ掛ってくる明命の身体の温もりに、つい笑みが毀れてしまう。

 仕方ないので、何か知っていないかと朱然達にも聞いてみたのだが、

 

『その件に関してだけは、私達女性隊員一同は周将軍を支持いたします。

 良いんですよ。誤解している人達には誤解させておけば。

 あ~、でも誤解じゃなかったら私達にも希望はあるし、いっそうの事噂を本当にしません? 私達で』

『何をっ?』

 

 と何故か、顔を赤くしてモジモジ仕出す朱然達女性隊員一同。

 なんとなく嫌な予感がしたのでその場を全力で脱出をした俺は、なら丁奉は何か聞いていないかと尋ねてみたのだが……これまた彼も。

 

『隊長。 隊長の力になりたいのは山々なんですが、後が色々と怖いのでその件に関しては何も助言できません。 とりあえず俺に言えるのは、あまりその件で向こうに出向くのは、控えておいた方が良いと言う事くらいです』

 

 朱然をはじめとする女性の小隊長に頭の上がらない他の男の小隊長を差し置いて、朱然達と対等に近い口喧嘩をすると言う理由で、部隊の男性隊員の代表として祭り上げられてしまった彼が此処まで申し訳なさそうに言う以上、これ以上問うのも悪いと思い諦めざる得なかった。

 う~~ん、女心は分からん。

 

 

 

詠視点:

 

 

 困った顔で……。

 乾いた声で……。

 気落ちした瞳で、とりあえずの用件を話すアイツ。

 その内容からして、その要件が口実で前置きでしかないのは明白。

 アイツのそんな情けない姿に、怒鳴りつけたくなる衝動をボクはぐっと抑える。

 だってそんな事をしたら、アイツに言い訳を与える口実を与える事になる。

 まったく、こう言う所は桃香と同じで天然の極悪人よね。

 計算してやっていないと分かるだけに性質が悪いわ。

 

 分かってる。

 アイツが誰と付合おうと……。

 何人の女性と付合おうと……。

 ……ボク達には全然関係ない話。

 精々愛紗が口実しているように、仲間をアイツの毒牙にかけさせないと言う理由で、警戒し拒絶するくらいだって。

 

 ………嘘。

 分かっている。

 ボクや愛紗がイラついている本当の原因は別な事だって。

 他国の人間であるアイツに対して御門違いな事だって。

 愛紗は武人としてのアイツを、心から尊敬したからこそ傷ついたんだと思う。

 アイツを尊敬したままに……拒絶すると言う手段しか思い浮かばなかったんだと思う。

 心のどこかで碌でもない噂が真実だと言う事を信じたくないと思ったままに……。

 そうでなかったら、愛紗はアソコまで感情を瞳に顕わさない。

 もっと無機質に、何でもない物を見るような眼でに対応している。

 王や仲間を守る冷徹な将としてね。

 

 だから、愛紗がああいう態度を取っているのは、まだ迷っているから。

 心の何処かで、噂を否定してほしいと願っている心。

 そして、その事に触れるのが怖いとも思っている心。

 愛紗の純粋で……、その心が分かっていれば、とても可愛らしい願い。

 将と言う仮面を被った一人の少女の願い。

 

 ……じゃあボクは何故?

 ボクは愛紗のようにアイツを武人として尊敬している訳じゃない。

 軍師としても悔しいとは思っても、アイツの本当の姿を知っているボクからしたら、尊敬なんてしちゃいけないって分かる。

 軍師としてのはアイツは異常で異質。真似をしてはいけないモノだなんて、分かる分からない以前の問題。

 そう言う訳だから真面な人間なら真似をしようなんて思わないし、真似をした所で耐えられるわけがない。

 だからアイツが噂にあるような、女に見境のない男として最低の奴だとして、それがなんなの?

 ……と思うのが本来浮かぶべき事じゃないの?

 いくら女に見境ない奴だとしても、他国の人間にまでは手を出さないだろうし、月さえ守れればボクには関係ない話。

 じゃあなんで、こんなに不愉快なのよ……。

 こんなに胸が苦しいのよ……。

 関係ないじゃない……。

 何で…なのよっ。

 

「話は分かりました。 朱里ちゃんと雛里ちゃんを、お兄さん達の部隊を使って指揮の練習をさせると言うのは了解いたしました」

「桃香様っ!」

 

 目の前がまるで夢の中のように惰性的に突き進んでゆく中。いつの間にか話が変わり、その話の採決に不満を上げる愛紗の声に意識が覚醒しする。

 それと同時に考え事をしていた意識が、今まであった事を無意識に整理していた別の意識が、ボクに現状を教えてくれる。

 愛紗がアイツの提案に賛同した桃香の判断に反対するのは、愛紗の立場からして当然の事。

 他国の人間に、此方の軍師の手の内を見せる事になる今回の話は、普通に考えたら容認しがたい提案。

 その上、可愛い妹のような二人を、無用な危険に晒すのかと心配するのは愛紗らしいと言えば愛紗らしい考え。

 でも軍師の二人にとっては逆で、これは成長するいい機会。

 二人にしたって愛紗の心配をしている事は、当然愛紗以上に理解しているはず。

 だから手の内全てを見せる気はないでしょうね。

 何よりあの二人にとって、彼女達の事を『よく知ってくれている将や部隊長』がいない正規の部隊を指揮すると言うのは彼女達にとって、政に追われていない今だからこそ出来る機会。

 

 気が弱くても……。

 大きな声が出なくても……。

 指示が隅々まで届くなんて言う事は普通はあり得ない。

 いくら伝令が優秀であろうと。

 先を見て指示を飛ばしていようとも。

 どうしても状況に対しての反応は遅れてしまうし、応用が利きにくくなってしまう。

 何より部隊が受動的になり、戦において大切な機動性を失う事になってしまう。

 例え騎兵より俊敏な判断力を必要としない歩兵が主流であろうと、それは事実は変わらない。

 大体そんなのじゃ限界はあるし、事実先の戦でそれは大きな足枷となっていた。

 

 もうこれ以上、そんな甘えた事など言っていちゃいけない。

 二人がその事実を痛感している今だからこそ、軍師として変わるべき時期。

 だから、この話は二人にとっても渡りに船なのよ。

 孫呉にとっては、たいして旨味の無い話。それをしてくれると言うのなら断る理由は無い。

 例えそれが己がの貞操の危機だとしても、あの二人は歩み続けるはず。

 そこへ重い空気を吹き飛ばすかのような明るく温かな声が響き渡る。

 

 

 

 

「愛紗ちゃんは硬いなぁ。 お兄さんが愛紗ちゃんが心配するような事を、二人にする訳ないじゃない」

「へ? あのいったい何の話?」

「桃香様っ!」

 

 桃香の言葉に、自分の事に無頓着なアイツは案の定、愛紗と桃香の話にはついて行けずにおり。愛紗は愛紗で、この場で話すべき事ではないと桃香を嗜めようと声を上げる。

 だけど桃香は、そんな愛紗の言葉と目を真っ直ぐ受け止めた上で、困った子供を諭すように優しい微笑みを浮かべ。

 

「もう駄目だよ。これ以上険悪な空気はお互いのためにならないもの。

 それに私はお兄さんを信じるよ。そんな事をする人じゃないってね」

「ですが、噂が真実である可能性が出てきた今・」

「愛紗ちゃん噂は噂。噂に踊らされて人を傷つけるのは、もうやっちゃいけない事」

「ぁっ……」

 

 桃香の真っ直ぐな眼に。

 瞳の中に在る強い意志に気が付き、愛紗は黙って臣下の礼を取る。

 桃香の成長に……。

 桃香の言葉に……。

 ボクは胸が痛くなる。

 嘗て桃香達を一度だけ非難した事を……。

 侍女として世話になる時に交わした約束を。

 桃香はきちんと覚えてくれた事に。

 事の大小はあっても、自分が桃香と同じ過ちをしようとしていた事に。

 冷たい氷の刃を刺された様に……。

 罪悪感に……心が痛む。

 

「……え~と。すまないが事情を話してほしいんだけど」

 

 そんな時にアイツの声が聞こえる。

 小さく躰が……反応する。

 大きく心が……飛び跳ねる。

 分かっていた筈なのに。

 アイツが噂にあるような人間じゃないと知っているはずなのに。

 何でボクは、あんなに心を醜くしてしまったんだろう。

 

「あはははっ、……ちょっと此方でお兄さんの事で変な噂が流行っててね。

 ……そのぉ、少し言い難いんだけど女性関係で」

「ああ、なるほどね。なら色々と納得できるかな」

「そのぉ、お兄さんは噂通り人じゃ……ないよ…ね? 袁術さんや張勲さんを、その……」

 

 桃香の言葉に重い溜息を吐いた後。

 少し困ったように頬を掻きながら、否定も此方を怒る事もせずに此方の出方を待つアイツに桃香はさらに質問を問いかける。

 これ以上、皆が噂に踊らされないように。

 大切な時期に変な問題を抱えたままでいないために。

 アイツの否定の言葉を口にしてくれると信じて。

 でも……答えは意外な所から飛んできた。

 

「あわわ。桃香様、その質問には意味がありません」

「ふへっ?」

 

 思いもかけない雛里の声に、桃香は間抜けな声をあげながらも、雛里に視線を向けて話の先を促す。

 雛里は、つばの広い帽子にその顔を半分隠しながら。

 

「北郷さんは袁術と張勲の二人を民の怨嗟の声から守るために、事実に関係なくその噂に対しては否定する事は出来ないはずです。

 桃香様の言葉を北郷さんはすぐに否定しませんでした。 それがその事を裏付けています」

「…ぁっ。……そうだよね」

「それに、今はそんなくだらない噂の事を気にしているべき時ではないんです」

 

 そう言って強い意志を秘めた瞳を帽子で隠したままに、その視線を愛紗の方に視線を送る。

 雛里は、きっと気まずい空気を作り出した愛紗の態度を非難しているんだと思う。

 あの何時も朱里の背中に隠れるようにしていた雛里が、例え帽子のツバに隠れながらでも、愛紗に抗議の意思を示す事など、今迄の雛里を知るものには信じられない行動。

 

 その事に愛紗も、桃香も、そして朱里が驚きの表情をしながらも、其処に浮かべるのは優しげな眼差し。

 星は黙って目を瞑り、僅かに口元の端をあげてみせる。 ボクと同じように……。

 雛里の成長が…。

 自ら羽ばたこうとしているのが。

 まだまだ危なっかしいけど、その名の通り鳳凰の翼を広げたのが。

 朱里と言う巣で羽ばたいているだけだけど、確かに羽ばたこうとしているのが嬉しくて。

 

 ……そっか。だからアイツは朱里と雛里を預かると言いだしたんだ。

 伏龍と鳳統と言う二人の雛鳥を大空に羽ばたかせる為に…。

 旅の行程上ほんの短い間だから、かなり乱暴な手段だと思うけど。

 二人にそれだけの力はもうあると見抜いたからから。

 アイツは、二人を天高くに投げ付けてでも、大空を飛ばす事にしたんだ。

 飛んで見せねば、己が主の夢ごと自らも墜落するぞと言って。

 ボクが思っていたものより、一つ二つ向こうを行っていた。

 二人に軍師本来の指揮に慣れさせるためではなく。

 二人の弱点を直すのではなく、弱点ごと二人を高みに上げる為。

 

 

 

 

 ふぅ~……

 

 心に溜まった不純物を吐き出すかのように、大きく静かに息を吐き出してゆく。

 雛里のまだ幼生とは言え鳳凰の羽ばたきにより生じた風によって、ボクの心の中に淀んでいたものが吹き飛ばされたのが分かる。

 確かに、くだらない事に頭を悩ませている場合じゃないわね。

 だいたい、アイツが女に見境なく手を出すような人間な訳ないじゃない。

 その証拠にアイツは洛陽の時に、ボク達に手を掛けなかったんだもの。

 アイツを信じる理由はそれで十分よ。

 もし、朱里と雛里にすぐさま手を出すような最低な奴だったら、思いっきりぶん殴る。

 周りが幾ら止めようと殴って、蹴りまくってあげる。

 だって、それはつまり月とボクに女としての魅力が、これっぽっちもないと言っている事と同じだもの。

 だから桃香の代わりに、この質問でこの話は終わらせる。

 これ以上馬鹿馬鹿しい噂で、アイツを傷つけないように。

 アイツは馬鹿馬鹿しいくらいアイツなんだと、皆にほんの少し理解してもらうために。

 

「ねぇ、意味のない質問だって分かっているけど一つだけ聞かせて」

 

 ボクの言葉にまっすぐ此方に視線を向けるアイツ。

 その視線を真っ直ぐ受け止めながら、アイツの瞳の奥まで見つめる様に。

 心の奥まで覗き込めるように……。

 

「周泰と諸葛瑾って娘、そして袁術と張勲。 あなたにとってこの四人は何なの?」

「家族さ」

「家族?」

「ああ。本当の家族ではないけど、それに負けない大切な家族だよ」

 

 とくんっ

 

 何故か小さく胸の鼓動が弾む。

 何処までも清んだ瞳で、まっすぐと……。

 なんの迷いもなく、言い淀みも所か戸惑いなく。

 むしろ誇らしげに優しい微笑みを浮かべながら、アイツは何処か恥ずかしそうに答える姿に。

 

「そう……。悪かったわね。嫌な思いさせちゃって」

「構わないよ。そう言う理由なら納得できるし、有耶無耶のままでいるより良かったと思う」

 

 でも、十分過ぎるほどの答え。

 真っ直ぐな瞳と穏やかな微笑み。

 心からの言葉だと言う事が良く分かるほどに、言葉に温かみがあった。

 聞いていた者の心を温めるほどの、優しく暖かな想いが伝わってくる。

 春の日の日差しのような笑顔と共に、一陣の春風が天幕に居る人間の心の中に吹き込んでくる。

 だから周泰だけでなく、朱里の姉の諸葛瑾もアイツの彼女と言うならそれだけの事。

 二股だろうと四股だろうと、本当に大切に想っているのなら、……その形が家族であるのなら、周りがとやかく言う事じゃないわ。

 

 それにしても洛陽で最初に此奴に在った時に、とんでもない女っ誑しだと思ったけど、あれは正解だったわね。

 こう言う事を、ああいう笑顔で本心のままに言えちゃうんだから極悪人よ。

 あれじゃあ、周泰も諸葛瑾って娘も文句言えなくなっちゃうわ。

 二人に同情しつつ、同時に少しだけ羨ましくなる。

 ……でも、おかげで色々と吹っ切れた。

 それは聞いていた皆も同じなのか、ボク同様につまらない噂に捉われてしまっていた愛紗は、申し訳なさそうに、そして自分を恥じ入るような瞳と態度で北郷に謝罪の言葉を告げる。

 

「北郷殿、不愉快な思いをさせてしまった事は心よりお詫びいたします。

 ですが朱里と雛里を其方で鍛えて下さると言う心遣いは嬉しく思いますが、それでは此方の調練に影響が・」「その心配はないわよ。 ボクが代わりにきっちり鍛えてあげるから」

「え、詠っ!?」

 

 言葉を遮るボクに驚きの声を上げる愛紗。

 愛紗が心配しているのは、行軍の進行を遅らせてでも実施している僅かな時間の調練の事。

 タダでさえ兵の数が少ないから、現状で出来る最大限の準備をして益州に進行したいと言う愛紗達軍部の気持ちは分かる。

 でもね愛紗。その心配はボクを少し過小評価しすぎなんじゃない?

 

「ほう、天下に名を広めた董卓軍筆頭軍師たる詠のお手並みを拝見できるとは、なかなか面白い」

「そんな事を言っている場合か。幾ら詠が優秀だとは言え一人で出来る事など知れている」

 

 星の挑発めいた笑みを浮かべた言葉に、愛紗は喰ってかかるも、今の愛紗にその真意を見逃す事は無い。

 軍師たる者、将を説得できるだけの考えを持っているはず。反論はそれを聞いた後でもできるであろうとね。 まったく、相変わらずこう言う所は素直じゃないわよね。

 ……でも星らしいと言えば星らしいわ。

 そんな星の真意を受け取った愛紗は、しっかりと文句だけは言ってボクに話の先を促す。

 でも悪いけど、ボクはそう大した言葉を用意していない。

 だって大した考えを言う必要もないもの。

 

 

 

 

「一人でやる気はないわよ。

 無理に一人で背負ったって碌な結果にはならないわ。

 軍師が二人抜けたなら、必要な軍師の数も二人いれば良いだけの事。簡単な話でしょ」

「詠よ。確かにその通りだが、肝心の数が足りないではないか。

 それとも北郷殿を呉から引き抜くとでもいうつもりではあるまい?」

「ふ~ん、たしかにそれは魅力的な提案だけど、残念ながら別の手よ。

 そう言う訳で、きっちり働いてもらうわよ白蓮」

「わ、私しかっ!?」

「……詠よ。私は真面目な話をしている」

「ちょっ、真面目な話ってなんだよ。私では力不足って言いたいのか」

 

 ボクの言葉に、白蓮は驚きの声を上げる。

 その反対に、愛紗は驚きつつも深い溜息を吐いて、白蓮に一瞬申し訳なさそうな視線を送った後、ボクに別の案を出せと言ってくる。

 愛紗としては白蓮は調練とは言え、朱里や雛里の代わりが務まると思っていないと思っているでしょうね。

 実はボクもその事に関しては同じ考えだ。

 

「いやいやいや、私に二人の代わりが務まるとは思ってないけど、幾らなんでもその物言いは酷いぞ」

 

 愛紗のそれは無いと言う目に、自己主張しながら非難の声を上げる白蓮。

 過大評価も、過小評価もしない己の自己評価を示しながら。

 だからそんな白蓮を今はあえて無視して。

 

「一応聞いておくけど、愛紗達から見て白蓮の評価ってどんなものなのよ」

「お~い、客人のいる前でそれはあんまりじゃないのかっ。 いくら私でも終いには泣くぞ」

「武は将としては普通と言った所か」

「いや、愛紗達に比べられたら困るが、それでも並み扱いは酷いだろ。 これでも北方の雄だったのだぞ」

「指揮能力も武将としては普通としか評せれぬな。 胸も普通だし」

「このさい胸は関係ないだろっ」

「にゃはは、白蓮お姉ちゃんは弱くもないけど強くもないのだ」

「……子供って、時に残酷だよなぁ」

「そのぉ……本人を前にして言い難いのですが、文官としては其れなりと言った所です」

「言い難いと言いつつ、しっかりと言い切った」

「軍師としても特筆したものはなく。纏まってはいますが目新しい手を打つ事はなく、手堅い手を打つ止まりです。 ぁゎゎ……その、ごめんなさい」

「……そこで謝られると、本気で悲しくなるからやめてくれ」

 

 愛紗、星、鈴々、朱里、雛里の忌憚ない言葉に、涙をうっすらと浮かべながら落ち込む白蓮。

 そんな白蓮を桃香は励まそうとするのだけど……。

 

「だ、大丈夫だよ白蓮ちゃん。 塾でも成績優秀だったんだもん自信持っていいよ」

「……武はともかく学問では桃香の方が上だったけどな」

「そうだ。私より早く太守になって、私達を助けてくれたじゃない」

「親の跡を継いだだけで、私の力とは言えない。 だいたい麗羽にあっさり滅ぼされちまった」

 

 どう見ても深みに追いやっているだけにしか見えないのよね。

 でも、言っている事はどれも事実。

 だからこそボクは白蓮を高く評価している。

 そもそも伏龍、臥龍と呼ばれ。二人の内一人を手に入れれば天下が取れるとまで言われた才をもつ二人の代わりが、そうそう容易く務まる人間がゴロゴロしている訳がない。

 二人に対抗できる人間など、大陸で指折り数えるくらいしかいないでしょうね。

 

 もっとも、それは二人が順調に成長していけばの話。

 優秀であっても、今はまだまだ子供で甘い所が多く。ボクから見ても幾らでも付け入れる事が出来る。

 幾ら隙間なく才能と言う名の塔を高く積み上げていようとも。

 経験と言う名の土台が無ければ、それは砂上の楼閣に過ぎない。

 

「うぅ…詠。私を高く買ってくれるのは嬉しいが、私には詠や皆のような才は無い。

 普通と言われても文句も言えない位の才しかない事は、私自身がよく知っている」

 

 そう普通。

 武才に秀でている訳でも無く。

 将才に秀でている訳でも無く。

 智にに秀でている訳でも無く。

 人並み外れた慧眼がある訳でも無く。

 人を惹きつけて止まない求心力がある訳でもなく。

 全てにおいて普通と評されるのが公孫賛と言う人物の評価。

 

 それぞれ突出した才を持つ者達が、口を揃えてそう評価する。

 だけど袁紹軍から、雪の深い季節に侵略に遭うと言う常識はずれな奇襲を受け。

 応戦の準備が整った頃には領土深くまで押し入られ。

 絶望とも言えるほどの圧倒的な兵数差にあるにもかかわらず。

 はたして普通と言える才しかない者が、一月もその猛攻に耐えた挙句に、手勢の幾らかを引きつれて逃げ延びる事が出来るだろうか?

 それ以前に、烏丸族を初めとする北からの異民族の侵攻を跳ね除け続け、『白馬長史』の名でその存在を恐れられただろうか?

 

 

 

 

 そんな訳ないじゃない。

 彼女は間違いなく才能豊かな逸材よ。

 そもそも評価の比較対象と仕方が間違えている。

 確かに彼女はどの才能も、此処に居る将に遥かに届かないかもしれない。

 けど逆を言えば、どの将にも勝てる才能を持っていると言う事。

 だから兵を率いる将も……。

 勝利を導くべき策を考える軍師も……。

 戦が無ければ民の生活を支えるべき文官も……。

 清濁を全てを飲み込んだ上で決定する王も……。

 全ての役をこなす事が出来る才を彼女は持っているし、事実全てを独りでこなしてきた。

 

「そうね。 ……でもボクはアンタの才能をボク達からしたら『普通』とは思っても、『普通の人間』とは思ってないわ」

 

 ボク達程に突出した才能が無いからこそ、彼女は自分の出来る事を伸ばしてきたのよ。

 自分に突出した能力が無いからこそ、持てる能力を工夫してきた。

 将としてなら軍師や文官としての思考を……。

 軍師としてなら、将や兵の思考を……。

 王としてなら、将兵だけではなく、持たざる者達の心を……。

 突出した者達から見て普通と言えるほどの才でもって、足りない才能を補い。

 持たざる者として苦労した分、才能ある者より多くの積んだ経験が彼女を支えている。

 

「世の中経験でしか得られない物と言うものは確かにあるわ。

 調練と言う地味な物ならば尚更よ。 以前に白蓮の所に居たと言う皆なら、この意味分かるわよね?」

 

 優れた才能と言うは駆け足みたいなもの。

 普通の人間が月日をかけて歩む道を、一足飛びに駆け抜ける事が出来る。

 でもそれは同時に、その過程にある多くのモノを見逃してしまう事でもあるの。

 彼女は周りが駆け足で行く中、自分の速度で歩み続けた。

 突出した才脳が無い事に腐ったり、嘆いたりして足を止める事なく。

 ただひたすらに自分の信じる道を真っ直ぐに歩み続けた。

 そうして駆け足では見逃してしまいがちになるものを、一つ一つ大切に見つけてこれたからこそ『白馬義従』と言われるほどの配下の兵が、自然に生まれたんだと思う。

 自分達を楯にして彼女を逃すほど、信義に熱い兵を育てる事が出来たんだと思う。

 逆に言えば、白蓮の下でしかそんな現象は起こりえないと言える。

 

 きっと彼らは普通と評される彼女の存在に…。

 愛紗や星達のように、目を奪う程の武才を持たない彼女に…。

 ボクや朱里達のように、神算鬼謀の智を持ち、誰にでも分かりやすい智謀を持たない彼女に…。

 曹操や桃香のように、類まれない求心力を持たない彼女に…。

 そんな彼女だからこそ憧れたんだと思う。

 

 一つ一つであれば、自分達でも届きえるかもしれない能力を持つ彼女を、彼等は信じたんだと思う。

 自分達が届くかもしれない能力で、決して届かない場所に毅然と王として立つ彼女の存在に憧れたのよ。

 そんな存在が傍にいたからこそ、彼等は絶大な能力に信仰と言う名の信頼と依存をする事を良しとせず。彼女を自らの命を賭す主と認めたのよ。

 もしかしたら彼女のような存在が、本当の王と言うのかもしれないわね。

 絶対的な何かではなく。人と共に人の中に在る王と言うモノがあるとしたらね。

 

「地味だけど確かに白蓮は、機を見て動いていたわ。

 愛紗や鈴々より全体を見て動かす事ができる。

 今の朱里と雛里より、将兵の呼吸を掴める。

 星程遊撃隊に向いた指揮を出来る訳ではないけど、それでも隊を連携させるように動く事に関しては白蓮の方が上よ」

「……確かにそれは言える」

「ふむ、つまり白蓮殿は鎹と言う訳か」

「私は金具かよっ」

 

 ボクの言葉に皆が頷く。

 白蓮は星の例えに溜息を吐きながら文句の声を上げるけど、いい例えだとボクは思っている。

 だって鎹は繋がりであり、連携や絆を示すもの。

 経験と言う名の炎と、勤勉と言う名の鎚で鍛えられた鎹は強い。

 突出した才脳と言う名の巨大な扉と柱を、しっかりと繋ぎ止める事が出来るほどにね。

 その事をアイツは江陵の街の一件で示して見せた。

 ボク達がその事に気が付くと信じてね。

 

 良いわよ。

 アンタがボクを信じて、其処まで御膳立てするならならやってあげるわ。

 そしてついでに教えてあげる。

 軍師が行う本当の調練と言うものをね。

 策でも、人心掌握でもなく。

 鍛錬の積み重ねでのみ生まれる本当の軍と言うものを。

 軍とは群であり一つの生き物になると言う事を。

 一つの生き物と化した軍と言うモノの強さをね。

 

 

 

秋蘭視点:

 

 飛んでくる矢や槍を躱し、時に払いながら、眼下に覗く袁紹軍の兵士達を睨みつける。

 隣では城壁に取りついた敵兵に向かい、熱した油を撒いた挙句に火矢を嗾けている。

 熱した油だけでは、金に飽かせた鎧や兜に覆われた袁紹軍には意味が無いとは言わないが、絶大な効果とは言えない。

 だが獣が火を怯えるように、人も火を恐れる。

それが己を焼く炎となれば、人と言う名の理性の奥に押し込められた古の本能が目を拭いて噴出したとしても仕方なきこと。

 それでも焼け死んだのは数人で、殆どは豪華な装備に助けられ火傷で済んでいるはず。

 もっとも、士気の低い袁紹軍の兵がすぐに戦線復帰できる程度の物ではないだろうがな。

 

「無駄に射掛けるなっ。落ち着いて相手の隙を打ち貫け。 この用になっ!」

 

 兵を鼓舞しながら気合いと共に話した矢は、狙い違わず塀を攀じ登っていた敵兵の目を傷つけ。

 その向こうに居る兵士兵士の首の頸動脈を裂き。

 さらにその向こうにいた兵の眉間に突き刺さる。

 最初の一人は致命傷ではなくとも、失った視力に驚きと恐怖に手を放してしまい、そのまま仲間の兵を数人巻き込んで地面に落下する。

 下敷きにされた敵兵ともども後送された所を見ると命に別条はないのだろうが、その命が尽きるその時まで、生涯暗闇の中で過ごす事になるだろう。

 二人目は吹き出す己の血に恐慌状態に陥り、手に持つ槍を無茶苦茶に振り回したため周りの兵士を怪我を負わせ。最後には仲間の槍にかかって絶命する。

 三人目はおそらく自分がコト切れた事さえ気が付かずに絶命したと思うが、三人の中では一番幸せだったと言えるだろう。

 

 正直反吐が出る。

 本気で相手をすれば、三人が三人とも絶命させる事が出来た。

 せめて楽に死なせてやるのが、戦場における武人の慈悲であり礼儀。

 それをこのように嬲り者にするような真似をする事になるとはな。

 二人を嬲り者にした事で十数人が負傷をし戦線を離脱した。

 戦えないほどの怪我を負った物は僅かだが、彼らは直ぐに戦線に立つ事はないだろう。

 袁紹軍の有り余る兵力の余裕がそれを許している。

 その余裕を突くこの策。考え其の物は理解できるが、戦人として納得できないのも事実。

 

「……姉者には、とても本当の事は言えんな」

 

 周りの兵に聞こえないように小さな声を、胸の中の物を吐き出すかのように、ゆっくりと吐き出してゆく。

 姉者には大軍に対抗するため、姉者とその姉者の鍛えた兵士達の武力と馬術を最大限に活かすために、敵陣形を潰すのではなく、時間稼ぎをするため敵に陣形を取らせないための突破力を求めた。

 その事で、軍議の時。

 

『桂花何故、敵の壊滅より突破力を優先せねばならないのだ? 華琳様の敵対する相手など、我が部隊で踏み潰してくれるぞ』

『あんた馬鹿? 分かっていたけど、やっぱり馬鹿でしょっ!?』

『私を愚弄するつもりか? 私はその方が早いと言っているだけだ』

『あのねっ、野盗とか言うならともかく。 八倍以上の敵相手に正面から突っ込んでも、勝ち目がない事くらい脳みそまで筋肉で出来ている貴女でも分かるでしょう。 それともそれくらいも分からないとでも言うつもり? もしそうなら、将なんてとっとと辞めなさいよっ!』

『誰が脳みその代わりに杏仁豆腐が詰まっている筋肉馬鹿だってっ!』

『何処をどうやったらそう聞こえるのよっ!。それとも・』

『二人とも止めなさい』

『『か、華琳様』』

 

 二人の言い争いを短い言葉で止めただけではなく、覇気でもってその場全員の意識を御自身に向けさせた華琳様は、王の言葉でもってその場を纏めた。

 

『春蘭。戦において敵より多く兵を揃えてみせるのが最もの上策。

 だけど、今の私には麗羽以上の戦力を揃えるだけの力はまだないわ』

『そ、そんな華琳様。時がまだ満ちていないだけで華琳様に力が無い事など決してありませぬ。

 もし足りぬと言うのならば、この夏侯元譲。 一騎万兵の働きをして見せましょう』

『ええ、貴女ならそれだけの力があると信じているわ。 そしてあてにもしているの』

『か、華琳様』

『麗羽の軍の欠点は碌な調練を受けていない事。

 なら、一度陣形を崩してしまえばどうなるか、我が軍を預かる貴女なら分かるわね?』

『あっ…』

『そう言う事よ。

 一つに成れない軍など唯の烏合の衆。巨大であればあるほどその動きは鈍重になって行くわ。

 春蘭。いいえ夏侯元譲。 貴女の主である私が命令する。

 肥え太った惰弱な軍など喰い散らかしなさい! 貴女の働きがこの戦の鍵を握るわ』

『はっ! 必ずや我が全霊を持って華琳様のご期待に応えて見せましょうっ』

 

 華琳様が姉者の武人としての心に配慮して言わなかった言葉を、私が言う訳にはいかないと言う事を分かってはいるが、それでも我等戦人からしたら外道と言える行いに気が重くなるのは事実。

 実際こうして戦場でその地獄絵図のような光景を見てしまえば、怪我人は多くとも戦死者は少なく済むと理解していなければ幾ら華琳様のご命令であろうとも承諾出来なかった。

 そう、此方側にいてさえ思うのだ。 敵方の兵からしたら、それ以上の有様なのだろうと敵ながら同情を覚えてしまう。

 少なくともそう思えると言う事は、例の策が上手く行っていると言える。

 だがこの行いを人の道から外れていると言われるかもしれない。

 王の成す所業かと後ろ指を指されるかもしれない。

 この事が華琳様の覇道に影を落とすかもしれない。

 それでも、華琳様は決断されたのだ。

 勝つために手段を選ばないのではなく。

 覇王として、この大陸に住まう民の命を守るために。

 両軍の兵達が心と体に深い傷を負おうとも、生きていれば笑える日を来ると信じて。

 

「夏侯淵将軍、敵が後方より下がって行くと合図がありました」

 

 伝令兵の言葉に、私はつがえていた弓を敵兵に向けてはなった所で数歩下がり、あらためて塀の上から覗く戦場を見渡す。

 確かに退却を始めたと思われる動きがある。その事に予定通りかと考える一方予定外の事に足元を掬われるべき事が無いかを目を細めながら確かめた後。

 

「姉者に出撃を伝達っ。 ただし………」

 

 

 

麗羽視点:

 

 

 イラつきを隠しながらも、遥か前方に見える華琳さんが此処数日立て籠もる白馬城を見守り続ける。

 其処で行われている攻城戦における攻防の剣戟の音や怒声に混じり、苦悶と絶望に彩られた断末魔の声が風に流されて此処まで聞こえる。

 城壁の上から放たれた油が、火矢によって炎を上げ。城壁手前から煙が上がっているのが見える。

 何より微かですけど此処まで漂う匂いが、何が焼かれて発している匂いなのかを想像したくなくても想像できてしまい、私を一層不愉快にさせる。

 きっと油を被った兵士は、己が肉が焼ける激痛と恐怖に錯乱しながら地面を転がりまわり、命を落とすのでしょうね。

 その命の最後が仲間に踏み潰されてなのか、敵の矢によってなのかは死んだ兵士にとってさして差のない出来事。 もし仲間の手によって火を消され、幸いにも生き残ってしまったとしても、その身体に残る醜い火傷の跡を、死ぬまで抱えて生きる事になってしまう。

 ……それが女性兵士で、焼けた個所が顔だとしたら、それは不幸以外の何物でもない。

 かといって其処から目を逸らしたりする訳には行きませんわ。

 そんな事は私の美学に反しますし、あの人達と同じになってしまう。

 なんにしても……。

 

「まったく籠城など忌々しいですわ」

 

 戦をすれば、こうなる事は分かっています。

 多くの将兵が死に、それ以上に多くの兵士が取り返しのつかない傷を抱えて生きる事になる。

 どちらが不幸で、どちらか幸運かは、その兵士の環境や考え方次第となるでしょう。

 それでも命があるなら其方の方がマシと信じたいですわ。

 少なくても、努力次第で笑える機会を得る事は出来るはずですもの。

 死んでしまったら、その機会すら永遠に失ってしまう。

 もっとも、世の中には死んだ方がマシな出来事と言う物は多々あったりはしますが、それを言い出したらキリがありませんわ。

 

 とにかくそう言う訳で籠城戦は嫌いです。

 そういうのは美しくないですもの。

 無駄に命を散らさせてしまう。

 人に不要な足枷を嵌めてしまう。

 ましてや勝敗に関係ない無駄な足掻きは、双方ともに悲劇しか生まない醜いものですもの。

 

 だから誰の目にも明らかな力として、数を揃える事を選んだのですわ。

 もともとそう言う風潮のある袁家において、新たな力の示し方を無理に築くより、今ある物を利用した方がよほど利口と言うもの。

 何よりそれが許されるだけの環境があれば、それが一番の近道ですもの。

 問題点は、全てを終えてから改善して行けば良いだけの事ですわ。

 そう、全ては終えてからです。

 

 そんな私の遂行な考えも分からずに、董卓さんも白蓮さんも醜く無駄な抵抗を示しました。

 華琳さんも私の考えを理解しているにもかかわらず、今こうして無駄な抵抗をしている。

 まったく心情的は理解できない訳では無いですが、抗えば抗うだけ民が苦しむ事になると言う事を理解できない訳では無いでしょうに。

 ……それにしても、

 

「たいした城でもないと言うのに、まだ持ち堪えている辺りは流石華琳さんと言う所ですわね」

「麗羽様。そろそろ夕暮れになりますから、今日は後退しちゃった方が宜しいのでは?」

「仕方ないですわね。 続きはまた明日にする事にいたしましょう」

 

 顔良さんの言葉に私が許可を出すなり、それを聞いていた伝令がせわしなく動き出してゆく。

 調練を碌にしていないうちの兵達に、無理に夜間戦闘を強いさせても碌な事にならない。

 夜は暗くなる前に軍を下げ陣を敷き。亀の様に守りに徹する事になってしまいますが、圧倒的な数の有利があれば、攻められたところで大した被害は受けないし、搖動に引っかかるほど馬鹿じゃありません。

 ただ問題なのは、これだけの大軍になると後退一つするにしてもかなりの手間が掛かってしまい。大きな隙を生む事になります。

 かと言って、それを疎かにすると先日のように、その隙をついて華琳さん達に攻められかねない以上、必要な処理。

 幸いそれくらいの奇襲を受けたからと言って、どうこうなるような数ではありませんが、それなりの対応を打たなければ、兵達が無意味に動揺してしまいます。

 まったく手間と時間ばかり掛かって仕方ありませんわね。

 

バタンッ!

ドドドドッ!

 

 案の定此方の後退に合わせて、籠城している門を開けて、馬鹿の一つ覚えの様に先日の様に先陣を切って突っ込んでくるのが見える。

 

 

 

 

 その様子に、顔良さんはやっぱりと言った顔をするなり、戦況を見ながら細かな後退指示を飛ばしている荀諶さんと沮授さんに、

 

「荀諶ちゃん」

「うるさいわね。もう伝令はとっくに飛ばしてあるわよ。あの猪が城門を開ける前の後退の指示の時にね」

「夏侯姉妹の何れにしろ、我等の将兵であれほどの将を討ち取るのは現状では不可能です。何より無理をすべき時ではありません。 ですが幾ら強兵とは言え一般兵となれば話は別です」

「幾ら優秀な将であっても、それは率いる兵士が居て初めてその力を活かせると言うもの。 ならばその兵を奪ってしまえば良いだけの話って事よ」

 

 二人の言葉に、つまり懐深くに誘い込んでも、無理をせずに敵兵の数を減らす事に専念すると言う訳ですねと頷く顔良さんは、視線で近くの兵士を呼びつけると小さな声で幾つか指示を伝えると、すぐさまに兵士を駆けださせます。

 軍師が相手の思惑を見抜き、それに対する策を打ち出し動き出すのは当然の事。 なら将はその策を活かすために動く。

 その連携された働きを見せる彼女達に、やっと本来の軍としての在り方としての動きが戻ってきた事が分かり、作り物ではない笑みが浮かんでしまう。

 軍の半分以下しか、しかも新兵ばかりやそれと同程度の兵しか動かせないばかりか、軍師を随行させることも禁じられたこの間までとは違う。

 大陸中の富を手に入れれるかもしれない、と言う欲に目を眩んだあの人達がやっと綱を緩め始めたこの機会を態々あの人達のためだけに終わらせるつもりは毛頭ありません。

 顔良さんはもう少し力を手に入れてからと思っているでしょうけど、それでは遅いですわ。

 

「敵は旗印より先日と同じく夏侯惇隊と判明。 前線に追いついた勢いに乗って、我等の防御陣形を食い破って来ていますっ」

「狙い通りよ。 兵達には黙って耐えながら敵を逸らしながら反撃しなさいともう一度伝えなさい。 それと麹義将軍に今日も腹痛なんて言い訳が通ると思っているならば、敵前逃亡と命令不服従がいい加減適用されるわよと通達しなさい」

「………そう言えばいましたね。そんな人が」

「沮授、あなたねぇ。あんな暴言言われて、よく忘れれるわね」

「興味がありませんでしたので。失念していました。

 それとどうでもよい事ですが荀諶、貴女の被るその頭巾の色は初めて見る気がするのですが、一体幾つ頭巾をお持ちなのですか? 私の記憶にあるだけでも17色はあります」

「………よ、よく覚えてるわね」

「そうでもありません。 ついでに言えば、良く銀杏色の頭巾を被っています。 私としてはあの色はとても落ち着くので嫌いではありません」

「な、な、な、なっ」

 

 沮授さんの無自覚な言葉に、荀諶さんは顔を真っ赤にして文句を言いたげな顔で睨んでいますが、ああいう顔が出るうちはまだまだですわね。と諦めにも似た溜息を心の中で吐き、同時に心を引き締める。

 

「荀諶さん、沮授さん。相手はあの華琳さんです。 真面な正攻法だけで向かってくる訳ありませんわ。

 良いです事、あの人は非常識な人間だと言う事を努々忘れないでくださいね」

「「「…………」」」

 

 私の言葉に気を引き締めるどころか、目を丸くして此方を見る三人に私は・

 

「何ですの、その何かを言いたげな眼は?」

「いえ、その……」

「よくも言えたと思って」

「私が口にすべき事ではありませんので」

「???」

 

 まぁ良いですわ。

 何にしろ多少の小細工など問題にならないくらい兵力を求めたのはそのためですもの。

 

「華麗に、雄々しく、勇ましく後退ですわ。 ほ~っほっほっほっほっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 ~ 雛の羽ばたきに舞う白き魂を詠む ~ を此処にお送りしました。

 

 今回も詠ちゃんが主役で、明命√なのに彼女が空気になっていたりします。

 とりあえずそれは何時もの事なのでおいておくとして、今回は前回翡翠が放った爆弾処理を建て前にしたお話です。

 桃香達の話は後一話で益州攻略前の話は終わりとなる予定です。 桃香達がどう益州を攻めて行くのか、楽しみにしていてくださいね。

 

 

 最近忙しいですが頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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