No.222054

少女の航跡 第2章「到来」 13節「背信」

斜陽の館で出会った人物達。彼らはカテリーナ達に得体のしれない化け物をけしかけてくるのでした。

2011-06-11 17:00:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:284   閲覧ユーザー数:251

 

「誰だ…! お前は…!」

 

 カテリーナは素早く剣を引き抜き、その刃先を人影の方に向けた。私とスペクターも、突然現

れた、得体の知れない人物に対して身構える。

 

 人影は、ゆっくりとこちらへ歩を進めて来た。彼の周囲の埃っぽい空気がかき乱され、窓から

差し込む西日に照らされた埃が、その動きを変えているという事が分かる。

 

 こちらへと足を向けているのは男。長身で、落ち着いた黒い服を着ているが、それは奇妙な

艶を持っており、私の知らない文化の装束であるようだった。男の年頃は中年で、黒い髪を後

ろへ向かって流している。

 

 薄暗い所からこちらへと向かって来るので、彼の表情も見て取れた。どことなくその表情は微

笑しており、余裕がある。常に自信を持っているかのような表情だった。

 

 そしてその顔立ちは、西域大陸南方地方の顔立ちとしては大分違っていた。かと言って、私

の生まれ育った、北の地方の顔でもない。まるで別の世界から来たかのような人間だった。

 

 一体何者なのか、私がそれを考える間もなく、男は口を開く。

 

「カテリーナ・フォルトゥーナ。噂どおりだな。聞いた所によると、まるでお前は戦の女神、イライ

ナであるという話だったが、まさにその通りだ」

 

 奇妙なリズムが男の口調にはあった。しかし完璧な『リキテインブルグ』地方の言葉を操り、

訛りは全く無い。

 

「とても、18歳の人間の娘には見えん。いや、そうして剣を向けている時は特にな。さすが、

我々が見込んだだけの女ではある」

 

 男は一方的にこちらに話して来る。私には何のことやらよく分からなかった。

 

「ほめ言葉はどうでもいい。お前は誰だと聞いている」

 

 カテリーナは、騎士としての威厳に満ちた声で男に質問する。側に立っていると、思わず私で

もどきりとしてしまう程の口調だ。

 

 すると男はその口元をニヤリとさせた。

 

「これは失礼。お美しいお嬢様方の前で、名も名乗らず失礼だったかな…? それでは恐れな

がら名乗らせて頂こう。我が名はハデス。ハデスだ。つい数年前からこの館の主となった」

 

 ハデスと名乗った男は、悠々とした声で私達に名乗ってきた。

 

 だが、ハデスなどという名を、彼の名前と信じて良いものだろうか。それは伝説や神話などに

出てくる、冥府の神の名なのだから。

 

「…、私達は、ここにある人物を捜しに来た」

 

 カテリーナはハデスと名乗った男に剣を向けながら言った。

 

 すると、男はその悠々とした口調を変えずに答える。

 

「ほほう、ではお前達は、あの裏切り者にそそのかされたな?」

 

「裏切り者…?」

 

 ロベルトの事を言っているのだろう。私は彼が平然とそう言われている事を、少し不快に思

う。

 

「そうだ、裏切り者だよ。君達に接触して来ている男は、我々を裏切ったのだ。何世代も続く大

いなる計画に反発し、この世界の調和を乱している。奴こそ、この世界の混乱の原因なのだ」

 

「あんたが、何を言っているのか、私には理解できない…」

 

 カテリーナはハデスの言葉に、ただそう呟く。剣は依然として向けたままだったが、相手の方

はそれに臆する様子も見せない。

 

「ふん。だが、お前達に、あの裏切り者の仲間を渡すわけにはいかん。それに、これは我々の

間だけでの問題だ。所詮、人間達には口出しをしないでもらおう」

 

 ハデスはきっぱりとカテリーナに言い返す。

 

「私達は、女王陛下の命令があってここに来ている。手ぶらで帰る訳にはいかない。ここに誰

かが捕えられているのならば、その者を救出するのが私達の目的だ」

 

 カテリーナはハデスの方へと一歩歩み寄る。ハデスは、一歩も後ろに下がらずに答えた。

 

「ほほう。お前がこの私達に反発するのか? 与えられし者であるお前が、この私達に…?」

 

 私にはハデスが一体何を言っているのか、理解できなかった。

 

「何を、言っているんだ…、お前は?」

 

 と、カテリーナが呟いた時だった。

 

「ちょっと、あなた。少し整理して話してあげたら…? このお嬢様達に、あまりに失礼じゃあな

くて?」

 

 ハデスとは反対側から聞えて来る声。私とスペクターは背後を振り返る。カテリーナはハデス

に剣を向けたまま、眼だけ背後を伺う。

 

 そこには、ハデスの座っていた椅子の位置とは、館のホールの対称の位置に備え付けられ

た椅子に、白いドレスを纏った女性の姿があった。

 

 彼女はその椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。金髪の髪の長い女性。

纏ったドレスは埃だらけの中でも全く汚れているような様子は無く、純白の光さえもそこから放

っているかのようだ。

 

「…、紹介が遅れた。彼女は我が妻のアフロディーテだ」

 

 ハデスとは反対側から、彼の妻であるという女は迫って来る。私達は2人の者達によって両

側から挟み込まれた。

 

「あなた。このお嬢様方に少しは説明してあげたら? この娘が一体何者で、何をしなければ

ならないのか…」

 

 と、アフロディーテなる女は言いかけたが、

 

「こら、こら。それ以上言うな。他の者達がいる中で、そのような話をしてはならん」

 

「おい! お前たちだけで会話をするな!」

 

 カテリーナが2人に向かって鋭く制止させた。

 

「…、失礼。自分で自分の妻の事を言うのも何だが、彼女は少しわがままでね…。場をわきま

える事を知らん…。だがカテリーナとやらよ。お前に我らが仲間の裏切り者を渡すわけにはい

かんな…」

 

 ハデスはそう言ってカテリーナに視線を投げかける。彼女の鋭い攻撃的な視線を向けられて

も、彼はびくともしなかったし、逆に余裕さえあるような眼差しでカテリーナの方を向く。

 

「そうか…。だったら力ずくでも救出させてもらおう。残念だが、私達にとって女王陛下の命令

は絶対でね」

 

 だがカテリーナの背後から、アフロディーテなる女は、

 

「カテリーナ。あなたは一体何をしているの? こんな事をしている場合では無いでしょう? わ

たし達の裏切り者を救出するですって? そんな事をして何になるって言うの? あなたには、

もっと大切な使命があるはずじゃあないの…? 夢の中の声を忘れた?」

 

 そう言われ、カテリーナは背後にいる女の方をちらりと振り返る。

 

「夢の中の…、声…?」

 

 だが、彼女がそう呟く間も無く、ハデスは、

 

「アフロディーテよ。この娘はまだ気付いていないのだ。前にも話した通り、裏切り者達のせい

で、計画にずれが生じ始めている。だから、どうやら我々が気付かせてやらなければならない

のだ」

 

 と、言い、彼女の方ではなく、カテリーナの方へと目線をやった。

 

 それは私にも分かった。この男の余裕のある、どこか微笑した表情はかき消え、眼から放た

れる眼光に鋭さが増したのを。

 

 カテリーナはそれを更に警戒した。ハデスは何も行動を示したのではない。私達がするように

言葉を口にしたり、怪しい行動をしたりしたのではない。ただ、眼光が変わっただけだ。

 

 眼光が変わっただけで、警戒をさせるようなものがある。それは周りの空気にも影響を及ぼ

している。

 

 スペクターもそれを敏感に感じ取ったのか、私の体の後ろに隠れようとする。私なんか頼りに

されても困ったものだが。

 

「そう…。そう言う事なの。だったら、私も協力するわ」

 

 アフロディーテが背後から言って来る。彼女は私達から距離を置いた。

 彼女がそうした時、突然、カテリーナは何かに反応したかのようにホールの天井を見上げ

た。ハデスへの警戒は捨て、天井へとその注意をやる。

 

 カテリーナに遅れ、スペクター、そして私も、天井からやって来る気配に気が付いた。やがて

それは音として、はっきりと耳に聞えて来る。

 

 天井を突き破り、2つの影が私達の頭上に降り注いできた。素早い動き。薄暗い室内では、

それが黒い影にしか見えない。

 

 カテリーナは天井からの衝撃を剣で受け止めた。私は、もう、思わず飛び退る事しかできな

かった。スペクターも私の体にしがみ付くようにしていたから、同じように地面に転がった。

 

 飛び逃げて、埃だらけの床を転がりまわり、良かったと言うべきだろう。カテリーナは天井か

らの、何か、の内の1つを受け止める事ができたが、私の方に落ちてきたものは、楽々と床を

打ち砕いている。

 

 あれを剣で受け止めようとしたら、私の体の方が負けていたに違いない。

 

 カテリーナが剣で受け止めたのは、黒い石像のような何かだった。彼女は剣を振り払おうと

すると、天井から襲い掛かり、彼女の剣を鷲?みにしているそれは、素早く飛び退り、地面へと

着地し、彼女への敵対心をむき出しにする。

 

 石像は、魔の姿をした、おそらく生き物だった。醜悪な顔をした、トカゲを巨大化させたかの

ような生き物。背には翼を持ち、爪は鋭く、細い尾を持つ。どこかで見たような気がする。

 

「知っているかね、お若いレディ、じゃあなくって、シニョリーナ達。ガーゴイルだよ。石像の悪魔

さ。我らの忠実な僕…」

 

 ハデスは不敵な笑みを見せつつ言った。

 

 ガーゴイル。これは、この《斜陽の館》の入り口と屋根の上に飾られていた、彫像だったので

はないか。それが今、意志を持っているかのように私達へと襲い掛かって来ている。悪魔の姿

だったとはいえ、ただの石の彫像だったはず。

 

 彫像の悪魔は、カテリーナへと襲い掛かる。石でできているとはいえ、鋭い爪を振り上げ、彼

女へと襲い掛かる。カテリーナはそれを剣で受け止めた。

 

 更に、私とスペクターの方にも襲い掛かってくるガーゴイル。爪の一撃が、私の目の前を薙い

で行った。

 

「我々をお前達が引き付け、その隙に、カテリーナよ。お前の仲間があの裏切り者を救出する

という魂胆かね? お見通しだ、カテリーナ」

 

 ハデスはカテリーナに向かって言い放つ。そんな彼女には、ガーゴイルの執拗な攻撃が続い

ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、《斜陽の館》の裏口から侵入した、ルージェラとフレアーは、地下へと続く階段を発見

し、そこから地下室へと降りて行っていた。

 

「ねえ~。ルージェラ。ここ何か埃っぽくて、臭うよ~。それに暗いし、怖いし、何か潜んでいそう

だし…」

 

 先を行くルージェラに、後ろからフレアーの声。彼女達の進む地下室は、石で周囲を固め、

日の光も差し込まないような狭い通路になっていた。

 

「あんた。自分で付いて来て置いて何言っているの? 黙ってあたしに付いてきな」

 

 ルージェラにきっぱりと言われ、フレアーは少し拗ねた。

 

 2人が地下室を進んでいくと、やがては行き止まりに辿り着く。壁は塗り固められ、そこから

先には何も無さそうだった。

 

「行き止まりね…。どうやら、ここには何も無さそう」

 

 ルージェラがあっさりとそう言った時、彼女の背後から、フレアーの強烈な悲鳴が上がった。

 

 ルージェラは思わず耳を塞ぎ、彼女の方を振り返る。

 

「な、何よ! 突然、悲鳴なんて上げるんじゃないよ!」

 

 だがフレアーは、

 

「な、な、な、何かが…、あたしの腕を掴んでる…! 誰かここにいるよ…!」

 

 とフレアーは言い、何かを振り払うようにしてその場から飛び退いた。ルージェラがやれやれ

とばかりにそこを覗き込む。一見。真っ暗でただの壁にしか見えなかった。何しろ光も差し込ん

でいない地下室で、照明の一つも無いのだから。

 

 だが、ドワーフ族の血を引くルージェラならば、どんなに暗い場所でも、ものを見る事ができ

た。だから彼女はその地下室の暗闇の中に、鉄格子がある事が分かった。

 

「…、やあ…、お姉さん達、一体誰だい…?」

 

 鉄格子の先から聞えて来る、一人の男の声。大分しわがれており、弱ったかのような声だっ

たが、それは若い男の声だった。

 

「あんたは誰よ?」

 

 ルージェラは斧を抜き放ち、警戒も露わに鉄格子の先の男に言った。

 

「オレか…、オレはちょっとわけアリでな…、裏切り者呼ばわりされている挙句に、こんなトコに

閉じ込められちまって…」

 

 男は鉄格子に体を近づけ言って来た。ここに閉じ込められているとしたら、おそらく半年かそ

こらだろうか。彼は汚れた服を着ており、髪が伸び、髭もかなり伸びていた。

 

「あんた、ロベルトって人を知っている?」

 

 ルージェラがその男に尋ねた。

 

「…、そうか、あんた達、ロベルトの案内でここに来たのか…」

 

 少し希望を取り戻したかのように男は言った。

 

「じゃあ、ルージェラ。この人が、あたし達が助けなきゃあ行けない、捕えられている人って

事?」

 

 まだ怯えている様子のフレアーが言った。

 

「ええ…、どうやらそのようだよ」

 

 ルージェラの方も、まだ鉄格子の先の男に警戒はしている。

 

 しかしその男は、どこか余裕のあるかのような声で言って来た。

 

「あんたらがどっちにしろ、オレを早くここから出して頂きたいね。礼だったら幾らだってするか

らよ…。いい加減外の景色も見たくなっちまったな…。わずか半年にしか過ぎないってのにな

…」

 

「あんた。ちょっとべらべら喋っていないで、鉄格子から離れなさいよ」

 

 と、ルージェラが鋭く男に言った。

 

「ねえ、この鉄格子をどうするの? 鍵がかかっているみたいだし、もの凄く頑丈そうだよ」

 

 フレアーがルージェラに言った。

 

 だがルージェラは、男を閉じ込めている鉄格子の2つを両手で掴み、それを力任せにこじ開

けようとした。

 

「あたしにかかれば…! こんな鉄格子なんて…! んんんん…! でいやあッ!」

 

 ルージェラにかかれば、頑丈そうな鉄格子もものの数秒でこじ開ける事ができるのだった。

 

 鉄格子の奥から、まるで放浪者のような姿をした若い男がぬっと現れる。

「お姉さんよ。どうしてあんたが、普通の女の子と違って、そんなに筋肉質なのか、分かった気

がするぜ…」

 

 ずっと暗い地下室の奥で閉じ込められていたにしては、どこか余裕と不敵さのある口調の男

だった。

 

「…、だが、あんた達が幾ら頼もしい娘さん達だったとしても、この館の主は、オレを簡単にここ

からは出さないだろうよ」

 

 男は地下室をルージェラ達に連れられながら言った。

 

「あらそう? でも、何でも来なさいって感じなのはいつもの事よ」

 

 そう言うルージェラは斧を構えたままだ。

 

 拘束されていた男を連れた、ルージェラとフレアーは、地下室から階段を上り、地上階の廊

下へと姿を現した。

 

 だがその刹那、廊下の天井から黒い影が降り注ぐように落ちて来る。

 

「危ない!」

 

 叫び、ルージェラは頭上に襲い掛かってきていた、黒い影を斧を使って受け止めた。彼女の

脚が床にめり込んでしまうくらいの衝撃だった。

 

 黒い影は悪魔のような姿をした石像だった。奇声を上げ、その石の爪でルージェラに襲いか

かろうとする。

 

「ガーゴイルだ。この館自体が、オレを逃がすまいと襲い掛かってくる」

 

 と、ルージェラの背後から言って来る男の声。

 

「へえ~。それは、随分と、結構な話、ねッ!」

 

 ルージェラは力を込めると共に、頭上から落ちてきた石像の塊を、前方へと投げ飛ばした。

 

 石像の怪物、ガーゴイルは廊下の床を転がり、再び体勢を立て直してルージェラ達の方を向

く。

 

「ル~ジェラ~」

 

 怯えたかのようなフレアーの声。

 

「黙って見てなさい」

 

 そう言う刹那、ルージェラに向かってガーゴイルが飛び掛ってくる。彼女はその爪による攻撃

を斧で受け、即座に跳ね返すと斧を振りかぶって反撃した。

 

 石像の悪魔は素早い。ルージェラの斧を避ける。彼女の斧が床に叩きつけられ、打ち砕い

た。

 

「そこ、危ないですぞ!」

 

 フレアーと一緒に怯えているかのようなシルアが叫ぶ。ガーゴイルの爪が、ルージェラの肩を

引き裂いた。

 

「全くぅ!」

 

 ルージェラは言い放って、ガーゴイルに向かって再び斧を振るう。しかしそれも、壁に叩きつ

けられるだけだった。

 

 左肩から滴り落ちる血など構わず、ルージェラは斧を振るう。しかし、ガーゴイルを捕えられ

ない。

 

「こんな狭い場所じゃあ戦えないわよッ!」

 

 ルージェラが斧を振るう度、必ずどこかにその斧は激突していた。

 

 彼女の眼前からガーゴイルが迫る。ルージェラは斧を構えて身構えた。掛け声と共に彼女は

斧を振るうが、その動きは若干遅い。ガーゴイルは素早く彼女の攻撃を避け、頭上から迫る。

 

 だがその時、石像の怪物の目の前で爆発が炸裂した。衝撃と炎が辺りに振りまかれ、館自

体も揺らぐ。

 

 ルージェラはその衝撃によって、尻餅を付きながら後方へと飛ばされていた。

 

「やった。効果ありだよ」

 

 フレアーが杖を抱えたまま喜んだ声を上げた。

 

「さすがはフレアー様」

 

 と、シルアは言うが、

 

「やるんだったら、あんなに側でやるんじゃあ無いわよッ! あたしがいるんだからねッ!」

 

 ルージェラは自分のすぐ側で爆発を起こされた事に怒り心頭だった。

 

「ほれほれ、お嬢さん達、安心してねえで。ガーゴイルが、あの爆発ぐらいでくたばると思うの

か?」

 

 と、男は言った。彼に促され、爆発に巻き込まれたガーゴイルの方を向いたルージェラは、石

像の怪物が、むっくりと起き上がろうとしている事を知る。片方の腕が失われ、その石の体にも

ヒビが入っているが、怪物は、奇声とも取れる声を上げた。

 

 耳をつんざくような、激しい奇声。

 

「あらら、怒らせちゃった…?」

 

 フレアーが思わず言っていた。

 

 ガーゴイルは、ルージェラ達の敵意をむき出しにし、一気に襲いかかってきた。

 

「裏口から脱出するよ…!」

 

 ルージェラが皆を促す。彼女達は、ガーゴイルに追われるがまま、潜入して来た館の裏口の

方へと向かった。

 

 しかし、裏口の扉を突き破り、姿を現す黒い影。それもガーゴイルだった。もう一体のガーゴ

イルが、ルージェラ達の行く手を阻まんとばかりに姿を現す。更に背後からもガーゴイルが迫

る。挟み撃ちだった。

 

 しかし、ルージェラが救出した男が、裏口への通路を横へと抜ける通路を見つけた。

 

「こっち側にも通路があるぜ…」

 

 すかさずルージェラ達は、その通路へと飛び込んでいく。

 

「どこに抜けるか分かんないけど、今は退くよ!」

 

 ルージェラは皆の先陣をとり、一気に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 カテリーナの剣により、ガーゴイルは片腕を砕かれていたが、石像の怪物は予想以上にしぶ

とく、2羽がかりで、カテリーナと私達に襲い掛かってきていた。

 

 それを、ハデスとアフロディーテなる2人の男女は微笑しながら見つめている。まるで楽しいも

のでも見るかのように。

 

 私へも襲い掛かってくるガーゴイル。その石の体は、ただの石ではない。私の剣などでは刃

こぼれし、傷一つつけられなかった。

 

 剣による攻撃、更には防御さえも打ち破り、ガーゴイルは私へと襲い掛かる。目の前でその

醜悪な顔、そして奇声を浴びせかけられ、私は思わず怯んだ。

 

 そこへと振り上げられるガーゴイルの爪。石であっても、鋭利に研ぎ上げられたように鋭い

刃。私の体を切り裂こうとする。

 

 だが、ガーゴイルの爪は、私の体の数メートル手前で受け止められた。

 

 攻撃を防がれたガーゴイルは、幾度もその爪を振り上げ、私へと攻撃してこようとするが、そ

れは空間で受け止められる。

 

 よく見れば、私達の周囲を、膜のようなものが覆っていた。奇妙な膜だった。外側が充分に

透けてはっきり見えるのに、ガーゴイルの攻撃は防ぐことができている。

 

「あなたが…、やったの…?」

 

 私は背後をちらりと見て言った。そこでは、スペクターが杖を握り締め、怯えながらも眼は集

中している。こころなしか彼の体から、暖かい熱が発せられているように思えた。

 

 カテリーナの方のガーゴイルも、その爪を膜へと振り下ろそうとしている。しかしそれは硬い

板に当たるかのような音と共に跳ね返されていた。カテリーナも膜の中に包み込まれていた。

 

「だけれども…、幾らこいつらの攻撃を防げても、これでは、私達の方から攻撃を加える事はで

きないな…。私が合図したら、この膜を取り外してくれ。できるよな?」

 

 カテリーナが背中でスペクターに指示する。すると彼は、

 

「は、はい…」

 

 と、随分と頼り無さそうな返事をした。

 

 ガーゴイルが爪を振り上げ、再びその膜を引き裂くか打ち破ろうとするが、衝撃に跳ね返さ

れる。

 

「今だッ!」

 

 カテリーナの声と同時に、スペクターが防御壁の膜を取り外した。空間に張られていたほの

かに光る膜は消失する。

 

 カテリーナの大剣が空中に軌跡を残しながら、稲妻の青白い火花を放ちつつ、ガーゴイルを

完全に捕えた。石像の怪物は粉々に打ち砕かれる。激しい奇声が上がった。

 

 私も同じように膜に跳ね返された、もう一体のガーゴイルを捕えようと剣を振り上げる。

 

 だがその時、

 

「カテリーナッ!」

 

 屋敷の奥の方、広間の先の方から聞えて来る声。

 

 私はその声に驚き、思わずその方向を向いてしまった。

 

 屋敷の奥の方から駆けてくる者達の姿。それはルージェラ達だった。

 

 私の剣の軌道が外れ、ガーゴイルの体を捕えられないまま宙を切り裂く。更に私の剣は刃を

避けたガーゴイルによって掴まれてしまった。

 

 接近してくるガーゴイルの顔。何と醜悪な顔だった事だろう。石でできたごつごつとした顔。皺

が多いが、その奥に潜む赤い眼光が鈍く光っている。その眼で見抜かれただけで、卒倒してし

まいそうだった。

 

 だが、すかさずカテリーナの剣が、ガーゴイルの体を捕えた。カテリーナの剣が、私のすぐ側

を通過する。巨大な衝撃が振り下ろされ、私は怯む。風圧だけでも吹き飛ばされてしまいそう

だった。

 

 ガーゴイルの体は一部砕けながら、広間の壁へと吹き飛ばされていく。その光景を見ていた

アフロディーテなる女は、何がおかしいのか、少し微笑していた。

 

 ルージェラ達が私達の元へと駆けて来る。

 

「カテリーナ。助け出したよ。この男だよ」

 

 屋敷の奥から駆けて来た、ルージェラ、フレアー、シルアと一緒にいるのは、見知らぬ男だっ

た。伸びた髭と髪、薄汚れた姿をしているが、若い男であるのは分かる。

 

「よし、彼を連れて、ここから脱出するぞ…!」

 

 カテリーナは言った。だがその時、彼女の背後から笑い声が聞えて来る。

 

 広間全体に響き渡るような笑い声だった。その声を発していたのは、ハデスと名乗った男

だ。

 

「立派。まさにご立派だよ、お嬢様方。その男を救出する事ができ、さぞ満足だろう。だが、残

念ながらその男から君達が聞く事ができるのは、絶望だけだ。希望も夢も何もない」

 

「何、言ってんのよ、あんた!」

 

 ルージェラが強気に斧を振り上げ、ハデスに言い放つ。しかし彼は不敵な表情をしたまま続

けた。

 

「せいぜい、自分達が我らの手中で踊らされているに過ぎない事を思い知るがいい。君達は、

大きな流れの中にいるに過ぎんのだ。その流れに背いてみろ。絶望的な苦しみを味わう事に

なるぞ」

 

「せいぜい、言ってなさいよ」

 

 と、フレアー。

 

「おい、ここから脱出するんだ」

 

 カテリーナはすでに館の外へと向かって駆け出していた。私もそれに続き、スペクター。救出

した男を連れた、ルージェラとフレアーも後からついてくる。

 

「まずは、その男を連れて逃げ切れるかどうかねえ。せいぜい楽しませてもらおうじゃあない

の? お嬢ちゃんたち」

 

 アフロディーテの声も、広間の中に不気味に響き渡る。

 

 私達はその声を背中に館から飛び出そうとしたが、まるで追いかけるかのように背後から、

更なるガーゴイルが襲い掛かってきていた。

 

 

 

 

 

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14.母と娘


 
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