No.221571

真・恋姫†無双 外伝:こんな夏の日 その4

一郎太さん

ふと気づいた。というか思い出した。
やっぱり切羽詰まっている方が書く気になる。
という訳で、また忙殺される日々を過ごそうと思います。

さて、その4です。

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2011-06-09 02:47:09 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:9843   閲覧ユーザー数:6149

 

 

外伝:こんな夏の日 その4

 

 

 

………暑い。俺は窓から差し込む朝の陽ざしに覚醒させられ、目を空ける。いまだ霞む視界の隅に映る壁の時計をぼんやりと見れば、その短針は6を指していた。

 

「まだ6時か………もう少し寝よ………………」

 

今日はバイトがなかったはずだし、課題もまだ時間はある。なんか頭も痛いし、朝の鍛錬は二度寝してからでいいだろう。俺はそう心の中で言い訳すると、再び眼を閉じようとする。

 

「………?」

 

ふと、俺の袖を引く手に気がついた。後ろから引っ張られている。その力に抵抗せずに寝返りをうつと、いつもの茶色い髪が目に入った。

そういえば昨日、稟が泊まったんだっけ。

前夜の記憶をなんとか掘り起こしながら、そんな事を思う。あれ、何か忘れているような?

 

「稟…おはよう………」

 

目は少し開いているが、はっきりとした意識はないらしい。声をかけても返事をしない稟の頬に軽く口づけると、俺は暑さも気にせずに彼女を軽く抱き寄せた。

 

「ぉふぁよーござぃます………」

 

寝ぼけている所為か、舌足らずな彼女が余計に可愛く見える。普段は眼鏡の奥で鋭く光っている瞳も、今は幼子のようだ。

 

「………んみゅ、トイレ」

「あぁ、トイレなら階段の下だよ」

「ふわぁぃ………」

 

トイレの場所を説明すると、彼女は眼を半ば閉じたまま立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。

 

………あれ?階段?なんで階段なんだ?

 

そんな疑問も浮かんだが、昨日は余程飲んでしまったらしい。頭の奥で鈍く打ち続ける痛みに、俺は考える事を放棄した………と、その時。

 

「――――――いやぁぁぁあああっ!?」

「なんだぁっ!?」

 

部屋の外から稟の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

………暑い。どうやら朝が来たらしい。窓の外からは夏の風物詩が騒音を響かせ、部屋の中は早朝にも関わらず太陽の熱で汗ばんでいるほどだ。眼鏡が無い所為でぼやけた視界のなか、見慣れた背中が目に入った。

 

「………かずとさん」

 

私の大好きな人。そう言えば、昨日は彼の家に泊まったのだっけ。宿泊の経験は何度かある為、もう早朝の鼻血を出す事もない。ただし、彼が反対側を向いているのはいただけない。

私は彼のTシャツの裾を引っ張る。一刀さんも抵抗する事なく、こちらを向いてくれた。

 

「稟…おはよう………」

 

まだはっきりと覚醒していないため、彼の言葉が少し遠く聞こえたが、その後に頬に触れた感触は、しっかりと伝わってきた。

 

「ぉふぁよーござぃます………」

 

抱き寄せてくれる彼に返事を返す。動いたせいで、少し頭が痛んだ。そういえば、昨日は飲んだだっけ?

 

「………んみゅ、トイレ」

「あぁ、トイレなら階段の下だよ」

「ふわぁぃ………」

 

彼の説明に、私は返事を返す。実に寝呆けているようだ。あれ?階段?彼の部屋に階段なんてあっただろうか。まぁ、いっか。私は彼と離れる事にわずかばかりの淋しさを感じながらも、部屋を出た。

 

 

用を済ませた私は、トイレからでる。霞がかかったみたいに、頭がまだぼやけている。どうやら、昨日は相当飲んでしまったらしい。相変わらず彼に甘えまくったのだろうな。そんな事を考えながら階段を登ろうとすると、廊下を挟んで階段の反対側の襖が開いた。

 

「…む?」

「………ほぇ?」

 

出てきたのは、老人らしい。『らしい』というのは、眼鏡がないせいでよく見えないからだが、頭部が白く染まっている為、老人と思われる。

 

え?誰?

 

そんな疑問を口に出そうとした瞬間、私の身体がひっくり返った。気づけば私は床に抑えつけられ、左腕は捻りあげられている。

 

「何奴じゃ!こんな早朝から盗人とはまったく猛々しい」

「いや…その……わた、私は――――――」

「黙らっしゃい!貴様のような輩は即刻警察に突き出してくれるわっ!」

 

え?誰?というかなんで?警察に突き出される?不法侵入の現行犯逮捕ですか!?

………もしそうなったら、一刀さんと会う事も出来なくなるのですね。刑務所で週1回の面談でしか、一刀さんと話す事ができなくなってしまうのでしょう………あぁ、なんと嘆かわしい。いやいやいや!もしかしたら一刀さんは私に愛想を尽かせてしまうかもしれない。そうなったら、もう二度と彼と一緒に過ごす事ができなくなってしまうのですね。大学は退学になり、地元に戻っても白い目で見られ………そして私は孤独を苦に………………

様々な想像(作者注:妄想)が頭を駆け巡る。何よりも、一刀さんと会えなくなってしまう事が、堪らなく嫌だった。しかし私の想像は留まる事を知らず、最悪の事態を想定し、そして―――

 

「――――――いやぁぁぁあああっ!?

「なんじゃぁっ!?」

 

ついに悲鳴となって溢れ出してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

階下から聞こえてきた悲鳴に、俺は跳ね起きる。その瞬間、自分が東京の下宿先ではなく、実家に帰ってきている事に気がついた。一瞬のうちに思考力が頭痛を上回り、物凄い勢いで回転を始める。

昨日稟と一緒に帰省して、華琳たちと再会し、一緒に飲んで、稟は帰るのを渋って………

 

「………やっちまった」

 

状況を把握した次の瞬間、俺は部屋を飛び出した。

 

 

「稟っ!大丈夫か!?………って、え?」

 

階段を駆け下りて目にした光景は、ある種予想通りで、ある種予想外のものだった。

 

「なんじゃ、一刀の知り合いか?」

「ぅぐ、えぐっ……か、一刀さぁあん………………」

 

そこには床に抑えつけられた稟と、その片腕をひねり上げる爺ちゃんがいた。

 

「………状況を説明する前に、とりあえず離してやってくれないか?」

「なんじゃ、つまらんのぅ」

 

爺ちゃんはそう言いながらも、すぐに稟を解放する。途端、稟はがばっと起き上がり、俺に抱き着いてきた。

 

「うぐっ、ぇっく…ちゃんと、ちゃんと手紙も書きますからぁ………だから捨てないでくださいぃ……ふぇぇええぇえええん!」

「何言ってんだ、稟?」

 

何をどう勘違いしたのかはわからないが、とりあえず、俺は泣きじゃくる稟の頭を撫でてやるのだった。

 

 

「で、どういう事じゃ?其奴はお主の彼女か?」

「まぁ、そういう事だ。大学で知り合って付き合い始めたんだけど、偶然この街の出身でね。どうせだから一緒に帰ろうって事になって………色々あって昨日飲むハメになったんだ。酔いつぶれてしまったから、仕方なくこっちに連れてきた」

「なんじゃ、そういう事か………それにしても、一刀に彼女が出来るとはのう。都会の雰囲気にあてられたか?」

「言ってろ。稟が怯えてるから、ひとまず居間に行っててくれないか?あと婆ちゃんにも説明しておいてくれるとありがたい」

「わかったわかった。相変わらず冷たい孫じゃ。誰に似たんじゃか………」

「爺ちゃんの躾の成果だよ。喜べ」

 

最後の方は事実を歪曲したが、俺の説明に納得したのかどうか………爺ちゃんはそのまま居間の方へと歩いて行った。

 

「ほら、稟。爺ちゃんはもう行ったぞ。何があったんだ?」

 

いまだ俺の胸元に顔を埋める稟に問いかけると、ようやく稟は俺から顔を離した。腕はしがみついたままだけど。

 

「うぐ、っく……その、不法侵入と勘違いされまして………」

「そんな事か。まぁ、俺も寝呆けてたからな。ちゃんと説明しなくてごめんな?」

「いえ、大丈夫です……それより、その――――――」

「………どうした?」

 

稟が言葉を途切れさせ、俯く。どうしたのかと腰を屈めて覗きこめば、真っ青な顔をして―――

 

「すみません…投げられた衝撃が、今頃………トイレ………………」

 

―――口を手で抑えながら、トイレへと再度駆け込んでいく。

 

「………不憫な娘だ」

 

俺に出来ることは、せめてと両耳を塞いでいてあげる事だけだった。

 

 

 

 

 

 

トイレから出てきた稟は相変わらず真っ青な顔をしていたが、なんとか大丈夫そうだった。俺は彼女を引き連れて、先ほど爺ちゃんが入っていった居間へと向かう。扉を開けば、数か月ぶりに感じる婆ちゃんの朝食の匂いが漂ってくる。

 

「お、やっと来たか。ほれ、さっさと座らんか。もうじき婆さんの朝飯がやってくるぞ」

「あぁ、悪かったな、爺ちゃん。ほら、稟。おいで」

「………失礼します」

 

若干緊張しているようだ。考えてみれば無理もない。彼氏の実家だからな。

どう切り出したものかと考えていると、台所の引き戸が開いて、婆ちゃんがお盆を持って入って来た。

 

「あら、一刀ちゃん。お帰りなさい」

「いい年の男に『ちゃん』はやめてくれよ。ただいま」

「いいじゃない。お婆ちゃんにとってはいつまでも一刀ちゃんなんだから。それで、そちらの娘が………?」

「あぁ…ほら、稟?」

「は、はいっ!あの…突然お邪魔したうえに、お騒がせしてしまって申し訳ありません」

 

稟が謝罪と自己紹介を述べる。対する爺ちゃん達の反応は予想通りのものだった。

 

「そうかそうか。一刀が彼女を連れて来るのは初めてじゃからな。ゆっくりしていくがいい」

「そうね。朝ご飯は…その様子だと難しいかもね。お味噌汁だけでも食べるかしら?」

「あ、はい……ありがとうございます」

 

とまぁ、こんな感じだ。良くも悪くも、2人のキャパは広い。帰ると言った日のうちに孫が帰らず、さらには初対面の彼女を連れているにも関わらず、この対応だ。爺ちゃんに負けを認めるのは癪だが、2人には勝てる気がしない。

 

「それじゃ、少しだけ待っていてね」

 

婆ちゃんはそう言うと、テーブルの上に味噌汁のお椀と箸を4つずつ置いて台所に戻る。確かに爺ちゃんに説明しておいてくれとは頼みはしたが、この反応は早すぎると思うのは俺だけではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

朝食が始まってからも、爺ちゃん達のいわゆる田舎的なコミュニケーションは変わらなかった。

 

「どうじゃ?婆さんの飯は美味いじゃろう?」

「はい、すごく美味しいです」

「あら、ありがとう。稟ちゃんは一刀ちゃんにご飯を作ってあげたりしないの?」

「たまにするのですが……如何せん、彼の方が上手で………」

 

そしてさり気なく俺と稟の生活を聞き出している当たり、人生経験の豊富さをうかがわせる。稟もそんな真面目に答えなくても………稟だから無理か。

 

「一刀は駄目駄目じゃな。妻に華を持たせるのが良き夫じゃというに」

「気がはやいぞ、ジジイ。稟も気にしなくて―――」

 

って、拙い!稟なら絶対に『妻』とか『夫』とかいう単語に反応してしまう。隣を振り向けば、そこには予想通り――――――。

 

「私が妻で一刀さんが夫………仕事から帰ってきた彼を、料理をしながら迎える私………彼は仕事で疲れているにも関わらずエプロンをつけた私の後ろ姿に欲情し………そしてそして………ダメです、一刀さん。シチューが焦げてしまいます。えっ?火を止めれば問題ない?確かにそうですが、でも、流石に途中で止めてしまう訳には………そして体面上は抵抗を見せる私も心の底ではそれが決して嫌ではなく、むしろ喜ばしい事であり、そして私はダイニングのテーブルに押し倒され――――――」

「待て待て待て、って―――」

「――――――ぷっはぁああぁっ!」

「―――間に合わなかったぁああっ!!?」

 

稟の鼻を摘まもうとした俺の手は、食卓の防衛に成功したものの、大きな代償を支払うのだった。

 

 

 

「すみません!申し訳ありません!ごめんなさいっ!!」

「いや…慣れてるから………」

 

爺ちゃん達の前にも関わらず、稟は俺に土下座をする。彼女を抑えに向かった俺の左半身は真っ赤に染まっていた。爺ちゃんはいまだ腹を抱えて爆笑しているし、婆ちゃんもおもしろい娘ねぇ、なんてニコニコと笑っている。………だからキャパ広すぎだってーの。

 

「でもその恰好は少しよくないわね。一刀ちゃん、洗濯物を出すついでにシャワー浴びてきちゃいなさい」

「そうするかな。稟も気にしなくていいから、婆ちゃんの話し相手でもしていてやってくれ」

「なんじゃ、儂は無視か?」

「アンタは駄目だって言っても会話に入る性質だろうが。ほら、稟。顔を上げて……いい子だ。じゃぁ婆ちゃん。あまりからかってやるなよ?」

「はいはい。わかったからいってらっしゃい」

 

この状態の稟を置いていくのは少し気が退けたが、婆ちゃんの言う通り服が気持ち悪い。婆ちゃんがいれば爺ちゃんもあまり無茶な事は言わないだろうし、任せて平気だろう。

俺は一度だけ稟の頭を撫でてやると、風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

どうしよう。一刀さんは鬼畜にも私を置いてお風呂へと行ってしまいました。

私の目の前にはいまだ思い出し笑いをするお爺様に、ニコニコと冷たいお茶を入れてくれるお婆様。対する私はといえば、鼻にティッシュを詰めている。恥ずかしい。

3人分のお茶を入れ終ったお婆様が腰を降ろし、私に話しかけてきた。

 

「それで、一刀ちゃんとはどのくらいのお付き合いなの?」

「その、先月からです………」

「なんじゃ、付き合って1か月で実家に連れて来るとは………アイツもなかなかやるのぅ」

 

言われてみればそうだ。一刀さんと付き合っているという事実で私は浮かれていたが、恋人同士になってからまだふた月もたっていない。………一刀さんもなかなか気が早い。

 

「本当は私も昨日実家に帰る予定だったのですが………その、旧友と再会しまして、一刀さんともども飲む結果に………」

「あらあら、それで酔っぱらっちゃったのね」

「で、一刀が送り狼になった訳か。いや、送った訳ではないから若干違うのぅ」

「駄目ですよ、お爺さん。また稟ちゃんが鼻血を出しちゃうわ」

 

お婆様の言葉に、暴走しかけていた思考が抑制される。絶妙なタイミングだった。

 

「それで、一刀ちゃんのどんな所が好きなのかしら?」

「………言わなければ駄目でしょうか?」

「宿賃ということで、ね?嫌ならいいのよ、無理しなくて」

「いえ、そういう訳では―――」

 

そして私は語り出した。大学での私、一刀さんとの出会い、最初の会話、風たちの写真、酔った勢いでの告白、彼が受け入れてくれた事―――。それにしてもお婆様も人が悪い。あんな風に言われてしまっては断れない。彼女という立場もあるし。

 

「ふむ、一刀らしいといえばらしいのか?」

「そうねぇ。何となく、自分に似たものを感じ取ったのじゃないかしら?」

 

2人の言葉に、私ははっと顔を上げる。私と一刀さんが…似てる?

 

「そ、そんな事はありません!一刀さんは運動も勉強も出来て、大学でも男女関係なく仲良くしていますし、私なんかとは―――」

 

思わず反論してしまっていた。私と一刀さんは真逆だ。片や何でも出来る人気者で、片や勉強しか取り柄のないバカがつくほど真面目で友達の少ない女―――似ているなんていえば、彼に失礼だ。

声を荒げてしまう私に、2人とも笑顔を浮かべている。そんなにおかしい事を言ってしまったのだろうか。私が不安に思っていると、お婆様が口を開く。話の内容は、私が考えていた事と真逆の事だった。

 

 

 

 

 

 

「一刀ちゃんもね、そうだったのよ」

「………え?」

「うちの家系はな、稟よ。北郷流という剣術家の家系なのじゃ」

「剣道とは、違うのですか?」

「剣道は技もそうじゃが、その本質は精神を鍛える事にある。しかし剣術は剣を振るう術、つまりは己を高め、人を殺す為の術じゃ………勿論、現代ではそんな機会なんぞありゃせんがな」

 

お爺様の説明に、少し驚く。だが、その事と一刀さんの性格とどのような関係があるのだろうか。

 

「見ての通り、この家には儂と婆さんしか今は住んでおらん。息子…一刀の父親は剣の才能がなくての。普通に就職したんじゃが、今は別の県に住んでおる。儂も父親も、一刀には好きにさせたかったのじゃが、あいつ自身は、自分の代で北郷流を途切れさせる事が嫌だったみたいでな」

「………………」

「最初は遊び程度に木刀を振らせておったが、次第にあいつ自身も剣にのめり込んでいってな。儂に絶対に勝つと朝早くから剣を振り、学校が終われば夜まで剣を振り………そういう生活を十数年続けてきたのじゃよ」

 

お爺様は言葉を切って、麦茶を口に運ぶ。今度はお婆様が話を引き継いだ。

 

「そのおかげで運動は得意になったし、勉強だって頑張ってたんだけど………少し話は変わるけど、小学生の男の子ってどんな子が人気者になるか知ってる?」

 

小学生は至極単純だ。勉強ができたりスポーツが得意だったり、何か秀でているものがあれば、それだけで人気者になれる。

 

「その通りね。一刀ちゃんも人気者になれたんだけど、それでも剣の稽古は止めなかった。毎日友達の誘いを断って、剣の修行をして………次第に誘われる事もなくなったみたい」

 

そんな過去があったなんて、まったく知らなかった………って、それも当然か。私がどれだけ彼の事を好きになっていたとしても、それだけの時間を共に過ごしてはまだいないのだから。

 

「一刀ちゃんがフランチェスカに行っていた事は知ってるかしら?」

「はい」

「フランチェスカは元々が女子高だったから、いまでも男子生徒が少ないの。そのおかげで、数少ない男子は仲が良かった、って一刀ちゃんも言ってたわ」

「それに、その頃にはすでに免許皆伝していたからのぅ。あやつも遊ぶ余裕くらいは出来たみたいじゃったな」

「そうですか………って、免許皆伝!?」

 

それってどうなんだろう。詳しくは知らないが、話を聞く限りでは、お爺様や彼の扱う北郷流は一子相伝のものらしい。そんな流派を、高校生で後継者として認められるなんて………。

 

「最初に儂を倒したのが中学3年じゃったか。その頃は実力も均衡しておったが、高校2年の時にはもう儂では手も足も出なくなってしまいおって………っと、この話は一刀には内緒じゃ。そうとバレたら、絶対に一刀は手加減をしてくるからな」

 

お爺様の悪戯っぽい笑顔に、私はこくと頷いた。

 

「まぁ、それはいいとしてじゃ。あやつ自身も友達のいない過去を持っておったからな。お主のような者を放ってはおけなかったのじゃろう」

 

そういう事か………。彼が私に優しかったのは、そういう理由があったからなのだ。なんてことはない、それってただの――――――。

 

 

 

 

 

 

「でも勘違いしたらダメよ?」

「………え?」

 

私の思考を遮るかのように、お婆様が声を挟む。その目は何でも見透かすような優しさを湛えていた。

 

「きっかけはそうだったかも知れないけど、一刀ちゃんが本当にそんな気持ちで貴方と触れ合っていると思う?」

 

肝心なところをぼかして問いかけているのに、その言葉は酷く私の胸を打つ。

 

「まだまだお付き合いは短いかもしれないけれど、貴女はちゃんと一刀ちゃんの本質に触れている筈よ。何だかんだ言って、一刀ちゃんも寂しがり屋なところがあるから」

「かっかっかっ!身体はデカくても、まだまだガキじゃからな!」

 

言われてみて、私は思い出す。彼と過ごしてきた、決して長くはない時間の事を―――。

いつも私がわがままを言って、それでも彼は付き合ってくれる。別に何かが欲しいとかあれが食べたいとかではない。ただ一緒にいたいという、私の唯一のわがままを。

そんな甘えたがりの私と、優しい彼。

思い出せ…そんな彼が、私に何かを求めた事があった筈だ。………そう、たった一度だけ見せてくれた、彼の弱さ――――――。

 

 

付き合って2週間くらい経った頃だろうか。彼が、バイトがあるからと会えない時間を大学の課題や読書で過ごしていた私に、メールが届いた。時刻は深夜1時半。

 

『会いたい』

 

差出人は勿論一刀さん。その一言しか書かれていないメールに、私はすぐに電話を返す。

 

「もしもし?」

『………おぉ、起きてたか』

「珍しいですね。一刀さんからあんなメールが届くなんて」

『駄目だったか………?』

「そんな訳ないでしょう。いまどこにいるのですか?」

『………家』

「すぐ行きます。待っていてください」

 

彼の電話の口調はいつも聞くものとは似ても似つかないほど憔悴しきっていた。対する私は、口調は淡々としているが、内心は驚きと嬉しさでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

街灯が照らしだす住宅街を小走りで彼の家へと向かう。15分ほど進んで、彼の部屋へと到着した。ドアノブをひねると、抵抗なく開く。

 

「お邪魔します………」

 

冷房を効かせているのか、扉から涼しい空気が流れてくる。玄関に入って鍵を閉め、奥へ進んで私が見たのは、ベッドに倒れ込む彼だった。

 

「一刀さんっ!?」

「………あれ、稟か?」

 

どうやら単に疲れているだけらしい。呆れつつも安心した私は、起き上がろうとする彼を手で制してベッドに腰掛ける。

 

「一刀さんからあんなメールが来たから、びっくりしましたよ」

「あぁ……こんな夜遅くにごめんな………」

「気にしないでください」

 

聞けば、何という事はない。アルバイトが大変だった、と。ただその大変さも私が想像していたものよりもはるかに酷で、真夏の太陽が照りつける中、16時間労働を2日やった挙句の36時間労働だったとのことだ。

 

「ごめんな…ものすごい疲れてて、相手をしてあげられる自信がない………」

「気にしないでくださいと言ったではないですか。いつも私のわがままを聞いて貰っているんです。逆に嬉しいくらいですよ」

「ありがと……なんでなんだろうな………前は死ぬほど疲れてても、すぐに寝ればいいや、ってなってたけど、稟がいるって思ったら会いたくなっちゃったんだ………」

 

そんな彼が少し…どころか凄く愛らしい。

 

「………もうひとつだけ、わがまま言っていいか?」

「なんでしょう?」

「一緒に、寝てくれないか?」

「………走ってきたから汗臭いですよ?」

 

彼が私の手を握ってくる。

 

「言っただろう?俺は稟の匂いが好きだ、って………俺の方こそ汚れているぞ?」

「頑張って働いてきたのでしょう?嫌がるわけがありません」

「そっか…ありがと、な………」

 

彼はそう最後に呟いて、瞼を下ろした。その頭を撫でてみれば、彼が言う程汗で濡れているというわけではなく、その頬にキスをすれば、彼が言う程汗臭いわけでもない。

 

「ふふっ…もっと甘えてくれてもいいというのに………」

 

私はもう一度彼の頬に唇を寄せると、彼にタオルケットをかけ、自身もその隣にもぐりこんだ。4日ぶりの彼に、私も安心しきってしまったらしい。すぐに意識は落ちていった。

 

 

あの時は、彼にもこんな一面があるのかとしか思っていなかったが、お婆様の言う通りならば、あれこそが彼の本質なのかもしれない。他人にとても優しくて、それでいて自分の淋しさを紛らわせる彼の、寂しがり屋な一面。

ひょっとしたらそれは、他のカップルにも当てはまるような光景だったのかもしれないが、私にはそうは思えなかった。彼が私を必要としてくれた、たった一度の時間。

 

「あらあら、思い当たるところがあるのかしら?」

「お婆様が言ったくせに、意地悪です………」

 

顔が緩んでいるのが、自分でも分かる。

 

「一刀ちゃんは結構溜め込んじゃうところもあるから、我がままを言う時はそれだけ追い詰められてるって事なの。無理をしない程度でいいから、しっかり聞いてあげてくれると嬉しいかな」

「はい、そのつもりです」

 

それから先は、何気ない会話が続いていった。一刀さんの昔の話に、私の話。お爺様とお婆様の話。いつの間にか私の緊張もとれて、一刀さんが戻ってくる頃には、すっかりと打ち解けた私達が、そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

 

という訳で、自分を追い詰めてみた。

終わりではないけど、続くかはわかりません。

 

一刀君のバイトのくだりは作者の実体験です………orz

そしてそれを癒してくれる彼女がいないのも一郎太ですorz

 

ふぅ………世界中のリア充が滅べばいいのに。

 

 

というわけで、もう寝ます。

おやすみなさい!

 

 

 


 
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