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真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、地~ 第三章 信頼

テスさん

この作品は、真・恋姫†無双の二次創作物です。

相変わらず好き勝手やってますけど、少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
今回は、関さんのお話――

2011-06-04 01:27:00 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:16873   閲覧ユーザー数:12469

 真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、地~

 

 第三章 信頼

 

 背負っていた荷物をどさりと置いて、俺は大きく息を吐き出した。

 

 今日も日が暮れる前に宿へと辿り着くことができた。

 

 旅は命がけである。いざという時には関さんに……と思っていたら、その目論見は見事に外れることとなった。世の中、そんなに甘くないようだ。

 

 ……この前なんて脱兎の如く走って行くんだぜ?

 

 そんなに急いで、どこで何をしているんだと彼女に問い質せば、お前には関係無い話だと視線を逸らして惚けるのだ。

 

 彼女は俺の心配を余所に必ず先に到着していて、俺の到着を知るや否やこうしてわざわざ出迎えてくれて、さらには労いの言葉を掛けてくれる。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「……ご苦労だったな」

 

 ちなみに俺の到着が遅れに遅れると、宿屋の前で仁王立ちしていることも……

 

 つまり、だ。何だかんだ言って関さんは面倒見が良い。旅の資金は全部彼女が出してくれているし、荷物持ちという仕事も俺に与えてくれた。

 

「今日の分だ」

 

「ありがとう!」

 

 まぁ荷物持ちという仕事には訳があって……

 

 関さんに顔を掴まれて持ち上げられた時に、狙い澄ましたかのように零れ落ちた最終兵器は覚えているだろうか?

 

 劉備さんと出会った町で偶然見つけ、真面目な彼女ならきっと似合うと買っておいた品物なのだが、好きに使えと“彼女に渡されたお金で購入”した、曰く付きの品物だ。

 

 気にはしてくれたのだが、謝罪の品などいらぬと一蹴されてしまった。

 

 関さんは理由も無しに受け取ってくれる人ではなさそうで……感謝の気持ちとしてなら受け取って貰えるかもしれないと、そう思い立った。事実、世話になっている。

 

 だがそれは彼女のお金で購入した物であり、それこそ口にすれば彼女の不興を買うことになるだろう。

 

 だから目的地に着くまでの間、俺にできる仕事はないだろうかと彼女に頼み、荷物持ちという仕事を貰ったのだ。

 

 ちなみに問題の中身は……露店の親父、曰く。ただの布切れ。

 

 だがその正体は、ネクタイという装飾品である。

 

 かなり珍しい一品らしく、何でもかの三十二将の一人、賈復(かふく)という武将が好んで身に着けていたものと同じ素材、同じ意匠らしい。

 

 ……賈復って、誰?

 

 そんな俺の反応を見た親父が肩を落とすと、涙を浮かべてこう言った……

 

『どう使うか誰にも分からず、今じゃ只の布切れ扱いだ……兄ちゃん、人助けと思って買っておくれよ、この通りだよ』

 

 左右対称に、白と赤紫色とで分かれたその大剣の部分には、金糸で刺繍されたひし形が上から小、中、大と並んでおり、その三つ目の中にはアスタリスクの模様が布地と同じ赤紫色で入れられている。

 

 実際に手に取ってみると手触りも良く、絹を用いた上質のタイだと分かる。

 

 ……結び方を知ってる俺としては吝かではない。だが問題はその値段だ。

 

『……でもお高いんでしょう?』

 

『キターッ! 兄ちゃんの昼飯代五日分でイイヨーッ!』

 

『ひ、昼飯代五日分……!?』

 

 でも関さんなら絶対に似合うと思い切って購入し、後の決戦に挑んだ訳だけど……

 

 顔を掴まれ終了。そして彼女の新たな魅力に見事玉砕。

 

『……これで許して貰えたらなって気持ちがありました。今では海よりも深く反省しております』

 

 と、彼女の前で懺悔することとなった。

 

 ただ理解は得られた。

 

 関さんは箱をちらちらと気にしながらも、仕方のない奴だと次の日から俺に荷物持ちという仕事をくれたのだ。

 

 初日は食事抜きで地獄だったけど、それさえ耐え抜けば多少辛くとも気合と根性でここまでやってくることができた。

 

 ……軽装などと思うこと無かれ。行く町々で受け取る彼女の報酬は、その重さを日々増して行くのだ。それこそ台車が欲しいほどに……

 

 そして、そんな慎ましい努力が今日報われるのだ。

 

「だ、だが、私に物を贈ろうなどと……正気か?」

 

「そんな大袈裟なものじゃないから。ほんの気持ちだよ」

 

「そ、そうなのか?」

 

「そうだよ」

 

「……そうか」

 

 何度目かの問いにそう答えると、彼女は呟きながら階段を上って行く。

 

「っとと……」

 

 お金を落とした振りをして屈む。

 

 ……予想通りの白。さすが関さん。俺の期待を裏切らない。

 

 だが、どうだろう?

 

 あれほど強かった警戒心は、今では嘘のように鳴りを潜めている。

 

 そう。彼女が熱を出して、床に伏せてから……

 いつだったか。珍しく食欲がないと夕食を残した日があった。彼女の顔は赤く、誰が見ても辛そうに見える。

 

 熱があるんじゃないかと問えば、そんなことはないと答え、ふらふらと自分の部屋に戻ってしまった。

 

 一夜明けて朝食の時間。いつまで経っても関さんが顔を見せないので、心配になった俺は彼女の部屋を尋ねることにした。

 

「関さん?」

 

 ……返事がない。もう一度ノックする。

 

「関さん。俺だけど入るよー」

 

 だが中から鍵が掛けられていて、入ることはできなかった。

 

 ここを開けてくれと、何度呼び掛けても反応が無い。

 

 このまま放置すれば命に関わるかもしれないと、宿屋の主人に鍵を壊す断りを入れてから扉をぶち開けると、案の定、彼女は苦しそうに寝床の上でぐったりとしていた。

 

 近付こうとすると、彼女は苦しそうに起き上がり、朦朧としながらも俺に剣を突き付けた。

 

「来るなっ……ついに本性を現したな!」

 

「……」

 

 どうやら彼女は本気で俺を殺そうとしているようだ。

 

 事の成り行きを知らない宿屋の夫婦は、揃って口をぽかーんと開けている。

 

 どうしたものかと手を拱いていると、彼女の手から剣が滑り落ち、鈍い音が部屋に響いた。

 

 必死に手を伸ばすも届かず、呆気なく俺に奪われると、彼女の表情が絶望の色に染まった。

 

「……くっ、もはやこれまで」

 

 だらりと手を垂らすと、寝床からそのまま滑り落ちてしまった。

 

「はぁ……医者に診て貰って、薬貰おうな」

 

「ほほっ、医者嫌いなだけでしたか」

 

「……ちがう」

 

「分かります。私も苦いのが苦手でしてねぇ。医者を呼んで参りましょう」

 

「すいません、ご迷惑をおかけします」

 

「困った時はお互い様だよ」

 

 宿屋の夫婦は医者を呼びに行ってくれた。その心遣いに感謝する。

 

 関さんは医者嫌いと思われたことが不服なのか、息を切らしながら俺を睨んでいた。隙あらば喉元を噛み切られそうだが、そんな力は残っていないようだ。

 

 抱き上げると、力なく全身をだらりと垂らしながら、それでも弱々しく声を上げた。

 

「汚い手で、触れるな……放せっ」

 

 彼女の熱が触れた個所から伝わってくる。凄い熱だ。

 

 仰向けにして寝かしてやると、彼女は苦しそうに胸を上下させながら天を仰いだ。

 

「くっ、敵わぬと見て、このような状況になるのを……虎視眈々と狙っていたのかっ。私はお前を助けるべきではなかった。見捨てて、殺しておくべきだった」

 

 柳眉を歪ませ、額に汗を浮かべながら彼女は言葉を吐き捨てる。

 

「自業自得とはまさにこのこと……笑えば笑え」

 

「いや、笑えないって……」

 

 目を閉じた彼女はとんでもないことを口走った。

 

「煮るなり焼くなり、好きにしろ。馬鹿な私を見て……さぞ気持ちが良かろうな……殺せ。いや、私は凌辱の限りを尽くされて……殺される。殺されるだけだ……」

 

 冗談だと思った。だけど彼女は諦めたように全身の力を抜いて、薄らと涙ぐんでいるのだ。本気だと分かった俺が取る行動はただ一つ。

「全く……」

 

 彼女の額を軽く拭いて……

 

 ――ピシッ

 

「…………」

 

 ――ピシっ、ビシッ! パシッ!! 

 

「…………、…………ッ、――――!!」

 

 デコピンを何度も喰らわせる。無視を決め込んでいたものの、彼女はその痛みに耐えられなくなり、とうとう悲鳴を上げて俺を睨んだ。

 

「虐げられる民草を助けたいって言ったのは誰だっけ? 関さんの助けを待ってる人達がどこかにいるってのに、その人達を見捨てるつもりか? 殺せとか言わない。死のうとか馬鹿な考えは止めるように!」

 

「…………」

 

「分かった?」

 

「…………」

 

 だんまりを決め込む関さんに容赦なくデコピンの嵐を喰らわせていると……

 

「……痛ッ、痛い! ……くそっ、覚えていろ、北郷」

 

 彼女は役者顔負けの負け台詞を吐いて、掛け布団で顔を隠してしまった。

 

「覚えておくよ。だから早く元気になりなよ。さてっと、水を汲んでくるよ」

 

 その一言に安心した俺は、看病するために彼女の部屋を後にした。

「栄養のある物を食べて、安静にしていれば次第に熱も引くだろう。問題ない」

 

 医者の診断は、緊張状態が続いたことによる過労とのことだった。

 

 見ず知らずの男、しかも賊という位置付けの俺が傍に居るのだ。油断できないと、寝首を掻かれまいとずっと気を張り続けていたらしい。

 

「そりゃ、ぶっ倒れる訳だ」

 

「誰の所為だ……この策士め」

 

 先生が来るまで少し眠っていたからか、先ほどよりは元気そうに見えるけど、そんなに早く治るわけがない。見栄を張っているのだろう。

 

「ということは、しばらく関さんと距離を置いた方が……」

 

「そうじゃな。その方が彼女も良く眠れるだろう」

 

「……!? そう言って逃げる気か」

 

「あぁっ、もう。いちいち起きあがろうとしない」

 

 安心して眠れるだろうと考えたのだが、逆に気になって眠れなくなると反対された。

 

 なら、どうすれば良いんだと反論したら『死ね』と言われた。えぇ、言われましたとも。

 

 俺達のそんなやり取りを、何故か医者はニヤニヤして見ていた。

 

「気付かぬのかぁ? 傍で看病してほしいと――」

 

「――北郷、お医者様が御帰りだ」

 

 用が済んだらお払い箱だと背中を向けた関さんに、先生は気分を害する事も無く、逆に一層笑みを豊かにさせて立ち上がった。

 

「滋養強壮の粉薬は粥に混ぜて食え。睡眠薬はどうしても眠れんときに飲むと良い」

 

「先生、ありがとうございました」

 

 宿の玄関まで見送ろうとすると先生はそれを手で制して、彼女に付いていてやれと言って歩いていった。良い医者である。

 

「……何故、私を襲わない。私など……襲う価値もないということか?」

 

 二人っきりになると、関さんがまた馬鹿なことを言いだした。

 

「まだ納得してくれないのかよ」

 

「納得できるものか。貴様は……賊だ」

 

「じゃぁ、こう言えば関さんは納得してくれるのか? 俺は襲うよりも、イチャイチャしたいんだ」

 

「私と……イチャイチャ……だと? ふふふ、ふふふふっ!」

 

「えっ……?!」

 

「全く、可笑しな奴だ……」

 

 関さんは事切れるように眠ってしまっていた。

 

「ちょっ、誰も……ま、いっか」

 

 俺が目の前にいるというのに……少しくらいは、気を許してくれた証拠だろうか。

 

 彼女の熱で熱くなった布を水に浸して絞り、もう一度彼女の額に乗せたあと、机の上に置いてあった孫子の兵法書を手に取り、彼女の看病をしながら一日を過ごしたのだった。

「え~、んっ、ん! 北郷が病に伏せた時は、私が粥を作って看病してやろう。あ、そこのラー油を取ってくれ」

 

 今では関さんの体調も良くなって、こうして幽州へと旅を続けている。

 

 ただその変わり様にふと思う。もしかすると関さんの罠かもしれないと。油断させて、襤褸を出させる策なのかもと。

 

「聞いているのか? そこのラー油を取ってくれ」

 

「おっと、はい、ラー油」

 

 でも、彼女の信頼が少しでも得ることができたのなら、これほど嬉しいことは無い。

 

 ――それを裏切らないようにしないとな。

 

「どうした? 私の顔をじっと見て……」

 

「いや、何でもないよ……さて、いただき……うん?」

 

 関さんが視線を向けた先には宿屋の主人がいて、お盆に何かを乗せて歩いてくると、俺達に声を掛けてきた。

 

「どうだい? 旅人さんよ」

 

「……これは?」

 

「イモリの黒焼きを粉にして、酒と混ぜた食前酒だ。滋養強壮の効果がある」

 

 ……黒い粉が浮いている。見た目がかなり良くない。

 

「毒では無かろうな……」

 

「客に毒を飲ませてどうするよ?」

 

「そうだな……なら折角だ、貰おう。いくらになる?」

 

 主人が指二本立て、関さんはその代金を支払うと、主人は台の上にそっと置いて世間話を始め出す。

 

「まいどぉー! 話が分かるね。で、二人は何処まで行くんだい?」

 

「幽州だ」

 

「幽州……か。幽州は初めてのようだな。あそこは中央から距離がある。目が届きにくいってことだが、これがどういうことか分かるかい?」

 

「簡単だ。その目を盗み暴政を働く者が、そして苦しむ民草がいるということだ」

 

「……ほう。でもそれだけじゃねぇ。あんた達のような訳ありの奴等が集まるには、恰好の場所だってことだ。ハハッ!」

 

 冗談のつもりだったんだろう。ただ関さんにはその冗談は通じなかったようだ。

 

「一つ、忠告してやろう。詰らない冗談は言わない方が身の為だ」

 

 主人は何かを感じ取ったようだ。素直に謝罪した。

 

「……すまなかった。謝るぜ。で、話を戻させてもらうとだな、今の法に縛られるのを嫌う奴、犯罪を犯した奴、そういう行き場の無い奴等が寄り集まる場所、吹き溜まり。それが幽州だ」

 

「……想像してた場所と、全然違うな」

 

 劉備さんは、良い人達ばかりだって言ってたのにな……

 

「ははっ、そう気に病むことは無いさ。ただのど田舎さ。ただ一歩、踏み込まなければ良いんだ。そういう世界……任侠という世界にな。覚悟の無い半端者が足を踏み入れちゃいけねぇ」

 

 特に、兄ちゃんみたいな優男はなと主人が大笑いすると、関さんも鼻で笑った。

 

 おいおい、俺だって志をはあるぞ!

 

「俺からも一つ、言わせてもらうとだな……ん、ん!」

 

 関さんの台詞を使い回し、謝罪を要求する。

 

「……詰らない冗談は言わない方がいい」

 

「…………」

 

 その瞬間、俺達の周りで賑やかに飲み食いしていた客まで沈黙。

 

 二人だけならまだしも、それはおかしい。

 

 周りを見渡せば、気まずそうに俺から視線を逸らす奴等ばかり。

 

「……他には?」

 

 ――小声で、関さんに流される。

 

「そうだな、なんでもすげー武器を作る腕利きの鍛冶屋がいるって話だ」

 

 主人も釣られて小声で話しだした。注意深く耳を傾けないと、聞き逃してしまいそうなほどだ。

 

「……ほう? その話、詳しく教えてくれ」

 

 だが主人は首を振る。

 

「他を当たった方がいい」

 

「何故だ?」

 

「男は武人専門の賭博屋でもあるんだ。噂を聞きつけた奴等に、相当な金額を吹っ掛けては、賭博に持ち込むそうだ。そこで負ければ身ぐるみ全て剥がされ、奴隷として売り飛ばされるって噂だ。止めておいた方がいい。かなり危ない橋を渡ることになる」

 

 関さんはその話に無言で通すと、主人は差し当たりない話題を始めた。

 

「あとは、これから寒くなっていくからな。行くなら早く行くべきだ。賊も冬を越す準備で大忙しだろうからな」

 

「治安、悪いんですか?」

 

「悪いのはどこも一緒さ。そういや、この辺りを縄張りにしていた賊頭の首を上げたの、あんただろ? これで奴らも少しは大人しくなるだろうよ、ありがとな」

 

「当り前のことをしたまでだ」

 

 彼女は淡々と答える。

 

 確かに十人、二十人……いや、百。徒党を組んで挑んだとしても、彼女なら一瞬の内に片をつけてしまうだろう。そんなことよりも問題は――

 

「関さん、また一人で――」

 

 彼女はきびきびとした動作で黒い粉の浮いた食前酒を手に取ると、一気に飲もうとして盛大に失敗した。

 

「――げほっげほっ!」

 

「ちょっ、大丈夫かよ、拭く物!」

 

 スープの上で噎せたために、その跳ねっ返りで顔中がべとべとになっている。

 

「ぐしし! まぁ旅の無事を祈るぜ」

 

 主人がお盆をひらひらさせて、歩いていく。

 

「おまっ、げほっげほっ……こ、これを一気に、飲めたらその話に付き合ってやろう」

 

 顔を拭きながら、とんでもないことを言いだした。

 

「……」

 

「……けほっけほっ」

 結局、あのあと俺も噎せて関さんと同じ道を辿った……

 

 全くもって傍迷惑。はしたない夕食を済ませたあと、俺は礼の計画を実行すべく関さんの部屋を尋ねた。

 

「関さん、ちょっと良いかな?」

 

「ん? あぁ、北郷か。入れ」

 

 期待と不安が入り混じる中そっと扉を開けると、火を灯して机に向かっていた関さんがこちらを向いた。

 

 どのように話を切り出そうかと言葉を探していると、彼女は俺が持っていた箱をチラっと見て……

 

「で、何用だ?」

 

 と、気付いていませんと言わんばかりに振る舞う。

 

「分かってるくせにー」

 

「用件を言わぬか、馬鹿者……だがまぁ、良く頑張ったと言っておこう」

 

 その一言が嬉しくて俺は頷く。

 

「こうして関さんに渡せるんだから俺も嬉しいよ。改めて言わせてほしいんだ。助けてくれたこと、それにずっと面倒見てくれていること……ありがとう。受け取ってくれると嬉しい」

 

「う、うむ。受け取っておこう」

 

 関さんはそわそわしながら俺の一言を待っている。

 

「開けてみてよ。関さんに似合うと思う」

 

「に、似合うかどうかは私が決める。ん、んっ、では開けるぞ?」

 

 嬉しそうに箱を開け、大事そうにネクタイを取りだすと……

 

「……?」

 

 何に使うか悩んだ末、化粧台へと移動すると、そのみどりの黒髪を左右に振って結い始めた。

 

「――っ!!」

 

 自然と、彼女の背中が露わになる。

 

 ぴったりと背中を覆う白い布地は、脇腹から襟首へと集束していくような形。

 

 髪を結うためにと腕を持ち上げたことで、肩から脇の辺りにかけて、彼女の健康的できれいな肌が、俺の目の前で惜しげも無く曝けだされた。

 

 目が、離せない。余りにも無防備な背中、彼女の白い首筋……俺は、異常なまでに彼女の色気を感じてしまっている――

 

 彼女に触れたい。堪らないほどに、胸が張り裂けそうだ。

 

 ――だがそれは飛んで火に入る夏の虫と同じ。

 

 笑えない。死ぬと分かっているのに……こんなに苦しいものなのか。欲望のまま、襲いかかりたい衝動を必死に抑えつけることが――!!

 

「顔を覆い隠して、どうした? ……息も荒い。顔も仄かに赤いようだが?」

 

 鏡の中の関さんは興奮している俺を不思議そうに見ていた。

 

「ごめん。その、関さんの背中が……」

 

「私の背中がどうした?」

 

「正直な話、関さんの背中見て、俺……興奮してる」

 

「興奮? 私の背中を見て? ははっ、冗談を言うな」

 

 正直な話って言ってるのに、嬉しそうに笑ってるよ、この人……

 

 ――ついに本性を現したな!!

 

 そう言ってくれると思った。言って剣でも抜いて、胃に穴が開きそうなほど睨んでくれたら、そしたら彼女に恐怖して目が覚めると思ったのにこれじゃ……!!

 

 ……駄目だ。関さんはやっぱり変わったんだ。俺を信頼してくれている!!

 

 この昂りを何とかしないとっ、――煩悩退散! 煩悩退散!

 

 関さんは俺の命の恩人。そんな人を邪な目で見るなんて、余りにも礼を失する。

 

 なのに、気持ちを抑えようとすればするほど、彼女の一挙手一頭足が艶めいた感じに思えてしまう……

 

「――良し。どうだ?」

 

 そう言って、鏡に微笑みを浮かべる。

 

 彼女は自分のことを無骨無骨というけれど、それは大きな間違いだ。

 

「……どうだ?」

 

 関さんは、素敵な女性だ。彼女が笑みを浮かべれば誰もがそう思うはずだ。

 

「おい、北郷。私は、どうだと聞いている」

 

 鏡に映る絶世の美女と目が合った。

 

「えっ、あぁっ! えっと……! 使い方間違えてるけど、うん。その髪型凄く似合ってる」

 

「そうか……似合っているか」

 

 最後は消え入りそうな声で呟いたあと、何度も何度も鏡の前で角度を変えて、髪型を確かめていた彼女の笑みがふっと消えた。

 

「――あぁっ! あぁぁぁぁ!! やっぱ言うんじゃ無かった! 俺は何て馬鹿なんだ!!」

 

 膝を追って状態で、悔やむように全力で叫ぶ。

 

「使い方間違ってる関さんも、可愛かったのに――ッ!!」

 

 シューンっと癖になりそうな金属音を響かせて、剣を抜いた関さんが俺の首筋に刃を当てる。

 

「――よく言ってくれた。介錯してやろう」

 

「……当たってる! 当たってる!」

 

「当てているのだ! この痴れ者がッ!!」

 

 案の定、俺に可愛いと言われて、彼女は怒りを向けてくれた。彼女の殺気に当てられたことで、幾分か正気を取り戻せた。気持ちに余裕ができたことは事実だ。

 

 関さんは剣を鞘へと戻し、椅子に座ってネクタイを外す。

 

 安堵の息が漏れる。鏡に映る関さんを見詰める。

 

「間違っているとはいえ、外されると結構ショックだな……」

 

 彼女が眉を顰める。

 

「ん、でもその髪形も似合ってるし、俺に死角はない――!!」

 

「んっ、ん!! そんなことよりも――!!」

 

 咳払いして、関さんは改めてネクタイの正しい使い方を聞いてくる。

 

「これは首に巻いて前で結ぶものなんだ」

 

 再び関さんを鏡の前に座らせて、彼女の襟元にネクタイを添える。

 

「どう結べば良い? 結んでみせてみろ」

 

「じゃぁ。こっち向いて」

 

 当然結ぶとなると、近距離で向かい合うことになる。

 

 仄かに頬を赤くした関さんが閉じた膝の上に手を置いて、俺を見上げた姿勢で待っている。

 

 今日の関さん、いつもと違う感じが……何て言うか、可愛い!

 

 まるで心の声が聞かれたかのように、彼女が視線を逸らす。それがまた俺の心の音を鳴らす。

 

 落ちつけ、俺……!

 

 関さんの胸の谷間を覗いている場合でも無い! てか、どうしてこんな目のやり場に困る服を選んだ!!

 

 襟の内側へタイを通すために、寄り、柔らかな髪に触れる。甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「な、なんだか小っ恥しい……な」

 

「あ~、分かる。される側って恥しいよな」

 

 な、なるべく平然を装って、襟に、彼女に触れる。

 

 俺を信頼してくれている。余計な事を考えるなと煩悩を追い払う。俺は執事。聖フランチェスカの文化祭で、執事をさせられた男……

 

「さ、されたことがあるのか?」

 

「半分無理やりだったけどね。自分でやるって言ってるのに、面白がって全く譲らないんだよ。意固地というか、負けん気が強い子でね……」

 

「……」

 

「っと、こんな風にまずは襟の内側へ通すんだ」

 

 いざ結ぼうとするも、目の前の死亡フラグに四苦八苦していると……

 

「やりにくそうだな、多少胸に触れても構わんぞ?」

 

「……あとが怖いので、なるべく遠慮させてください」

 

「ふふっ、あからさますぎて、流石に本性は出せんか」

 

 関さんは笑いながら戯けてみせる。

 

「死ねない理由があるからね。じゃなかったら余裕で当てて……」

 

 と、言った傍から……彼女の、熱を帯びた胸に手の甲が沈み込む。

 

「……構わないから、続けろ。私は生娘のように胸に触れられたぐらいで……その、騒ぎ立てたりはしない」

 

「でも、気分の良いものじゃないだろ?」

 

「そのように気遣ってくれるのならば、良い……だが言葉とは裏腹に、いつまで触れている心算だ?」

 

「……ごめん、つい」

 

「何が“つい”だ……全く」

 

 作った輪に大剣を差し込んで結び目を作り、小剣を引っ張って結び目を整えながら持ち上げる。

 

「首元、苦しくない?」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

 大剣をそっと彼女の胸の上に置けば完成である。

 

「はい、終わり。似合ってるよ」

 

 鏡の前で確かめる彼女の表情は、かなり真剣だ。

 

「北郷……いや、何でも無い。気に入ったぞ」

 

 俺はその一言で満足し、俺の知っているネクタイの結び方を手取り足取り、彼女に教えながら夜を過ごした。

 一夜明けた明朝。

 

 ……ゆさゆさ、ゆさゆさゆさ。

 

「起きろ、北郷」

 

 北郷の部屋へと向かった私は、扉の鍵を閉めずに寝ていた北郷(正直神経を疑う)を起こそうと、何度も肩を揺すっているのだが……

 

 ……ゆさゆさゆさ。

 

「くそっ、何て寝起きの悪い奴なんだ……」

 

 北郷の寝顔を覗き込む。

 

「私が入ってきたことにも気付かず、こんなだらしのない寝顔をして……」

 

 ……はぁ。情けない。こんな男に不覚を取って倒れたのか、私は。

 

 この私に負け台詞を吐かせた唯一の男、北郷一刀。この男の前でしてしまった失態はもはや取り返しがつかない……

 

 だが逆に、楽になれたのも事実だ。

 

 この男は賊徒の類ではない。あの状況で私を殺して逃げなかったこの男は、紛れも無く、白。

 

 この男を助けたことは、間違いでは無かったのかもしれない。そんな小さな望みも得られた。

 

 だが、まだまだ不明な点が多すぎる。

 

 ――宝剣と、その予言じみた発言。

 

 北郷から聞いた話では、宝剣の特徴を良い当てた彼女こそ劉備で間違いないと言う。出身は幽州啄郡、啄県……それが真実なのかはいずれ分かることだろう。

 

 ――ごくたまに意味不明な言葉を使うこと。

 

 タイの使い方が間違えていると言われ、それを外したときに彼は『しょっく』と言った。前後の文で判断するならば、落ち込む、残念だという意味合いになるのだろうか。

 

「……彼は結んでるほうが、はっ! ~~~~ッ」

 

 わ、私は何を――!! これでは、まるで浮かれる生娘ではないか! そんなことをすれば……くそっ、調子が狂う!

 

 まだまだある! 特に問題なのはコレだ。誰も使い方が分からないからと、安く買い取った布。何故その使い方を彼が知っているのかということだ。

 

 ――どう考えても不自然。どこかで嘘を吐いているとしか思えない。

 

 しかも、かの三十二将と言えば、この国の歴史を知る武官、文官ならば誰もが憧れる存在。光武帝に付き従い、その覇業を助けた英雄達だ。

 

 その一人と同じ意匠という口上は抜きにしても、これは絹を用いた上等な品。決して安くないのだ。だが誰にも使い方が分からず、いつまでも売れ残ったために安かったと言われれば、それはそれで筋が通っている。

 

 コレの使い方を知っていれば、昼飯代五日分で手放すことはまず無い――意味無く長細いだけの布が、まさか首周りの装飾品になろうなど、誰が思う?

 

 それに彼に結んで貰ったあの時、光武帝の傍に控えるに相応しい物だと、私にはそう思えたのだ。身形を整えるという観点からも、これが正しい使い方なのだと窺い知ることができる。

 

 彼の言っていることが嘘でなく本当ならば、誰も知らない使い方を彼だけは知っていたことになる。

 

 謎が深まる。彼は一体何者なのだろうかと……

 

 ただこの件に関しては、もう難しく考えるのは止めにしよう。

 

 これは彼の気持ちなのだから。それだけで私は十分だ。

 

 今はまだ、彼が賊ではないと確信したこと以外は分からない。賊で無ければそれで良いのかもしれない。階段の下で私の下着を盗み見て喜ぶ、どうしようもない奴だが……彼は私に信頼を寄せてくれている。

 

「ほら、起きろ! 北郷! まだ私はタイが結べないのだ! ――結んでくれ!」

 

 何よりも、私はこれが気に入ったのだから――

あとがき

 

 お待たせしました! 五月中に更新したかったのに、六月になってしまいました。皆さんご機嫌いかがでしょうか。私は元気です。

 地編、第三章になりますが相変わらずのスローペース。今回は関さんの話題であります。本当は簡単に飛ばすつもりでしたが、趙雲の時の話もありますし、皆さんのコメントを参考にしつつ、旅している間に彼女の見る目も変わっていく、そんな話も入れないとまずいのかなと、急遽この話題を入れました。

 

 ざっと流しますと、北郷一刀は信用できない見ず知らずの人間、まぁ当り前です。気を張り続けた彼女は倒れてしまう。

 頭に過るのは恐怖。そして後悔。でも蓋を開ければ彼は逃げずに――という回想を挟みつつ、お世話になっている彼女にと、彼は露店で見つけたネクタイを手渡す。この後はタイトル通り、どうしようもない奴だが、賊じゃ無ければそれいいやっと、関さんが楽観するお話です。

 

 念のため、オリジナルの設定について。

 関さんのネクタイの出生ですね。本文にもあるように、光武帝が信頼を寄せた武将、賈復(かふく)のレプリカというのはでっち上げです。

 塩に関連した仕事をしていたこと。同僚をライバル視する辺りとか。また、彼は深入りして危険を冒すので遠征に出さず、とウィキにありましたので、劉秀は彼を傍に置いた。つまり近辺警護を務めていたであろう人、故に賈復となりました。付け焼刃な知識ですが、そんな理由です。でも、似てますね。

 あと、聖フランチェスカの文化祭で執事をさせられたってのも、ありそうな設定ですがテスが考えた適当な設定です。でも呉の本編で執事してたし、どこかでそういう経験をしたんじゃないかなと、憶測ですが……

 さて、次回こそ趙家のお姉様をば。ここで一刀には指揮官の極意を手取り足とり……という段取りなんですけど、そんな都合の良い話ができるかどうか悩み所であります。

 ……それでは、またお会いしましょう!

 


 
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