No.22053

Rouge

嘉月 碧さん

いつかは終わってしまう恋だと分かっている。
けれど彼への思いは募るばかりで……。

2008-07-27 23:17:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:467   閲覧ユーザー数:453

 いつかは終わらせなきゃいけない恋だって、分かってる。

 だけど少しだけ期待してしまうのは、本気の恋になりかけているから?

 鏡に向かい、残り少なくなったルージュを唇に乗せる。

「分かってるよ。分かってる」

 鏡の前の自分に言い聞かせるように言った可南子は、ルージュをバッグに入れた。

 

 

 彼と会うのは、いつも金曜の夜。彼が車で迎えに来て、薄暗いレストランで食事をして、お酒を飲んで、ホテルに向かう。いつもお決まりのデートコース。

 彼に好かれるようにいろいろ研究だってした。彼が好きだと言うので髪を伸ばし、化粧の仕方、仕草だって全部彼好みに変えた。

 本当は彼の左の薬指に光る指輪に、最初から気づいてた。だけど気付かないフリをしてる。

「どうした? 気分でも悪い?」

 食事中、突然彼に顔を覗き込まれた。

「ううん。何でもない」

 可南子がそう笑うと、彼はワインを勧めた。可南子は喜んでワインを口に運ぶ。

 苦手だった赤ワインだって、今では飲めるようになった。これも彼に近づくため。

「今日のは、また味が違うわね」

「そうだろ? このワインはね……」

 話を振ると、彼は嬉しそうにワインの知識を披露し始めた。まるで小さな子供が自分が知っていることを一生懸命話すように、目を輝かせて。

 そんな彼をとても愛しく感じる。

(あ、また触った)

 すぐに気づく彼の癖。自分の左手の薬指にはめている結婚指輪をふとした時に触る。それはきっと無意識のうちの行動。

 彼の心が此処にはないことくらい、既に知っている。だけど本気で好きになっている自分が怖くなる。

 

「行こうか」

 真夜中のドライブ。行先はいつもと同じ。

 こんなにも好きなのに。彼を愛しているのに。伝えることさえままならない。

 だってこれはいつか終わってしまう恋だから。

「ねぇ。私のこと、好き?」

 そう聞くと、彼は笑った。

「どうしたんだ? 急に。……好きだよ」

 彼の横顔が対向車のライトに照らされる。

 こんなことを聞いて、何になるんだろう? 彼が帰る場所は自分じゃない。こんなこと聞いたって、空しくなるだけなのに。

 いつも見慣れた景色も、滲んで見えた。

 

 彼の求めるものが、例えこの体だけだとしても、それでもいいと思ってた。だけどそれだけじゃ満足できなくなってる。

「そろそろ潮時、かな?」

 可南子は溢れ出した涙をシャワーで洗い流した。

 

 いつか別れが来るのだとしたら、彼のくれたこの真っ赤なルージュを使い切ったとき。

 残された時間はあとわずかだと、短くなったルージュを見つめては溜息をつく。

 だけど、別れのその時には、笑って「サヨナラ」しよう。

 あの人が好きだと言ってくれた、最高の笑顔で。


 
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