No.220319

不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『平等な世界3』

バグさん

今回の「平等な世界」で風呂敷を畳んでいく作業をしたりしなかったり。

2011-06-03 00:50:48 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:356   閲覧ユーザー数:351

マティルダは、事件の起こったショット・バーの入り口に立ち、ドアに手をかけた。冷たい。まるで、意図的に冷やされたかの様に、冷たい。その時点で、彼女はこの事件が、彼女の追い続ける彼の仕業だと、半ば確信していた。欧米で彼の追跡を行ってきただけに、日本でその能力が行使された可能性が有る、と聞かされた時は、欧州から日本への、数時間の特別な旅路の途中でもずっと半信半疑だったのだが。

ドアの向こうは暗い。もうほとんど日が昇りかけてはいるが、それでも暗い。明かりを付けていない事と、警察が、外から店内が見えないように、窓にシートを被せたためだろう。

警察はもう居ない。適当に理由を付けて追い払った。

年は20代前半。氏素性も知れない、セミロングの金髪に鳶色の瞳、機械的な無表情の彼女がそうさせたのだ。警察の連中はあからさまに納得していない顔だったが、本部から命令があれば、撤退せざるを得ないのだった。マティルダ…………彼女にとっては、どうでも良い事だったが。

氷のオブジェ…………いや、氷付けにされたオブジェが散乱していた。氷付けにされた死体の群れはあまりにも無造作で、何の芸術性も含意されていなかったので、その表現はオブジェという言葉に対する冒涜かもしれなかったが、一見してそう感じてしまうだけの滑稽さが、それには有った。

まるで冗談の様に、人間が氷付けになって死んでいるのだから、滑稽と言わずして何と呼ぶだろうか。不気味や背徳よりも、より相応しい。しかもそれが、アルプスで発見された古代のミイラなどでは無く、ありふれたショット・バーで発見された現代のサラリーマン達で有るのだから、尚更だ。

常軌を逸して滑稽だ。

マティルダは、バーの中に足を踏み入れて、冷凍庫の様に室温が低下したその室内で、白い息すら吐かずに、むしろ毒気を吐いた。

「間違いない。あの糞虫の仕業ね」

あからさまな嫌悪感で吐き捨てる。しかし、表情は全く変わらなかった。

「セシル・オードリッジ…………奴はどうしてこの街へ来たの? どうして殺人を犯したの?」

マティルダは、自問する。しかし、殺人を犯した理由については、実は考える必要も無かった。彼は理由も無く人を殺す。息をするのと同じくらいの自然さで、それをやってのける。彼にとって、殺人は呼吸と同じくらい重要な事だが、取り立てて意識する程の事でも無いのだ。加えて言えば、相手が例え死んでいたとしても会話が成立すると思い込んでいる節もある。さらに加えるならば、組織に追われているはずの彼は、殺人を自重し無い。10代の前半から逃走し、数千人という途方も無い数の人間を殺害し、様々な地域にその足跡を残しているにも関わらず、これまでの10数年間、組織が彼の捕縛に成功したことは一度も無かった。

その姿を発見した事はある。苛烈な攻撃によって、深手を負わせた事もある。だが、どんな状況からでも逃げ仰せ、しかし隠れる事をしない。知らないかの様に、しない。それが、セシル・オードリッジだった。

だから、重要なのは、どうしてこの街へ来たか、という事だ。様々な地域に足跡を残してきた彼だが、アジア方面にはこれまで足を伸ばしていなかったはずだ。あるいはその逆で、これまでアジア方面に足を伸ばしていなかった事が異常だったのか。

「この街に有ると噂されている、聖域が関係している? でも、信憑性はかなり低いし…………」

 再び自問し、唇に手を当てて、思考を深めた。

だが、思い出したかのように顔を上げて、

「…………いや、まずはこの場所を処理するべきよね」

 追うべき人物の思考を推測することはとても重要な事だが、それを一人で行う事に対する非効率性と危険性は無視できない。

まずは、この場所を処理する。

然る後に、この街に駐留している構成員と合流すべきだろう。

 決すると、マティルダは壁に手を当てた。ひんやりと冷たく、その原因を考えると何ともおぞましいものだが、彼女にとってはすでに馴れた感覚でもあった。それだけの回数、セシル・オードリッジが殺害した人間たちの処理を行ってきたという事だが。

マティルダが壁に手を当てると、不思議な事に、氷がどんどん溶け始めた。いや、消失し始めた。溶けてはいない。熱を加えて溶けたわけでは無いのだから、当然だが。その証拠に、気体も液体も発生していない。厚さ数十センチはあろうかと思われる氷だったが、見る見るうちに消失していった。

何事も無かったかのように、それらの氷は消失した。初めから存在しなかったかのように、消失した。

後には、大量の死体だけが残った。外傷無く、ただ眠っているだけの様に見える死体だけが。

それから十数分後、そのショット・バーで大火災が発生した。

警察による世間への発表では、これは単純な火災あるとされた。放火では無いと。厨房内で発生した火があっという間に大火災へと発展し、酷い泥酔状態にあった全ての客や、沈下作業に尽力した従業員達は逃げ切れず、当然の如く死亡した、とされた。

稀に見る最悪の火災事故として少しの間は世間を賑わせ、マスコミによる会社への責任追及や糾弾も当然行われたが、それも不自然に消滅したのだった。

「派手にやったみたいだね。あんた、後始末には何時も火を使ってるのかい?」

その病室に足を踏み入れたマティルダは、1歩目でその様な事を言われ、足を止めた。少し意外だったからだ。とはいえ、機械的な無表情に変化は無い。

病室は個室で、世間一般で知られる様なそれとは程遠い、ホテルの一室の様な佇まいをしていた。床はフローリングで、高級そうに見えるカーペットが敷かれており、壁紙には淡いオレンジに、可愛らしい模様がプリントされていた。調度品の類も、当然の如く良い物ばかりで、無駄に大きいプラズマテレビが壁に埋め込まれていた。欧米の最高級病院の個室の様だった。

普通の人間ならば気後れしてしまい、入った瞬間に出て行きたくなる様な雰囲気が漂っていたが、マティルダにとっては特に珍しい光景でも無かったため、止めていた足を躊躇無く踏み出す。

マティルダにそう言ったのは、ベッドに身を横たえる怪我人だった。それほど酷い状態には見えないし、事実そうなのかもしれない。少なくとも声の調子に不調は感じられなかった。目に見える外傷と言えば、精々が左腕の複雑骨折程度だった。わざわざ入院する必要性を感じないくらいのものだった。

マティルダが意外に感じたのは、その人物の言葉では無い。その人物そのものだった。

珍しい事だが、知っている顔だ。

「何時も火を使っているわけでは無いわよ。頻度は高いけども。火災は世間を賑わせるけど、権力による偽装には便利だものね」

肩をすくめて言うと、言われた方は世界を嘆く様に嘆息した。実際、嘆いているのかも知れない。

ベッドで半身を起こしてこちらを見ているのは、組織ではミーコと呼ばれている人物で、マティルダもそう呼んでいた。そう呼べと本人に言われたからだ。

「久しぶりね、ミーコ。死んだと思ってた。最後に会ったのが、1年前のあの日だったから」

 久しぶり、と言いつつも、マティルダの表情はやはり無のそれであり、喜ばしさなど微塵も感じられなかった。とはいえ、ミーコもそれを気にしてはいないようで、

「まあ、死んでてもおかしく無かったんだけどもね。どうにかこうにか生き延びてる」

 自嘲気味に笑って、首を振った。

「ま、久しぶり、マティルダ」

肩までの髪の毛を後ろで一本に括り、小さな石柱を束ねた魔術具のネックレスをし、妙にやさぐれた瞳をしている。それが、マティルダの覚えているミーコの姿だったが、どうやら何一つ変わっていない様で、何よりだった。

「でも、入院はしているわけね。どうして?」

 マティルダが嫌味っぽく尋ねると、

「数日前、はしゃいで馬鹿やっちまったってだけだよ。まあ、良い馬鹿だったと思ってるけどもね。ともあれ、そのせいでかなり衰弱しちまってね。ま、もうほとんど復調してるし、腕の方も明日には治るだろうね」

 ま、名誉の負傷ってやつさ、とミーコ。

そんなミーコを、マティルダは訝しげに見つめた。

「……………………」

「な、なんだよ」

「いえ、別に? 何か、やり遂げた様な顔をしているものだから」

 その指摘は間違っていないものだっただろうが、ミーコは慌てるでもなく、少し笑みを深めて、肩をすくめた。

この話はこの辺りにしておこう、という合図だろう。まあ、マティルダとしては、特に追求する意味も無いし、興味もさして無いので、話を打ち切る事に抵抗は無かった。

「本題に入りましょうか」

マティルダは、ミーコの寝ているベッドに腰を下ろし、足を組んで頬杖を付いた。

「例のショット・バーの件なんだけどね。フリージング・ベースメント…………セシル・オードリッジの仕業で間違いないわね。奴は今、この街に居る。残念な事にね」

事も無げに言い放ったマティルダに、ミーコは苦虫を噛み潰したような表情を作った。面倒な事になりそうだ、とあからさまに嫌がっている顔だった。


 
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