No.216001

『欢迎、瑚裏拉麺』 其之壱 丙

投稿57作品目になります。
宴会第三段、なんですが……いやぁ、改めて狭乃 狼殿すげぇと思いました。
短く纏まり切らないね、実際。
と言う訳で、更に続きますww
取り敢えず、今回もどうぞ読んでやってくださいませ。

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2011-05-10 08:35:03 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:7534   閲覧ユーザー数:6456

其之伍、狭乃 狼とサラダの場合

 

そこには、実に珍妙な光景が広がっていた。

テーブル席。

並ぶ影は4つ。

華琳、桂花を挟んで両端に座っているのはサラダと狭乃 狼であった。

 

「やっぱりさ、何よりも見た目だと思うんだよね。自分より小さい娘って、自然と保護欲を掻き立てられるというか、さ」

 

「えぇ、そうね。愛くるしい顔が羞恥に歪む瞬間が、私は堪らなく好きね」

 

「瞳も綺麗だし、線も細いし、何より声が通るよね。ちょっとダボッとした服がまたいい感じにこう、際立たせてるというか」

 

「あの娘が涙混じりに懇願する時の表情、ゾクゾクするのよね。……まぁ、最近は一刀の御蔭で少し胸囲が増えたようだけれど」

 

「か、華琳様!?」

 

赤らんだ顔。

よく回る舌。

今一噛み合っているようで噛み合っていない会話。

しかし、その内容は実に単純。

 

「「やっぱり、桂花は可愛い(なぁ/わね)」」

 

事の発端は華琳だった。

『サラダが以前注文した金木犀茶料理を食べてみたい』。

その後、桂花が多少照れ臭そうにはしていたものの、暫くはごく普通の食事処の風景であったのだが、どこから聞きつけたのか、サラダがそれを注文した理由も知っていた華琳がこんな事を言い出したのである。

『貴方、桂花の何処を気に入ったの?』と。

以後、酒も回り饒舌なサラダと華琳が互いに『桂花の良い所』を挙げ始めるという謎のディベート的な何かが始まり、

 

「~~~~~~~~~っ!!!!」

 

最初こそ、まともな『軍師としての評価』が多く自身も誇りに思えるような内容だった為に桂花も照れ臭かろうと受け入れらていたのだが、何処から脱線が始まったのか、いつの間にやら放送禁止用語を交えた一種のピロートークにも似た内容へと変貌し始め、今や当の本人は完熟トマトと化していた。

で、その隣。

 

「あ゛ぁもう、恥ずかしいったらありゃしないわよ!!それもこれも全部あの下劣極まりない種馬男のせいなんらから!!」

 

「別に一刀は関係無くね?二人ともただ単に『桂花が可愛い』って話してるだけじゃん」

 

「うぐっ!?げほっ、げほっ、ごほっ」

 

「あ~あ~、一気に飲み込もうととするから。ほれ、水」

 

「んぐっ、んぐっ、ふぅ…………何よ、忙しいのは知ってるわよ。そりゃあ三国同盟の象徴ともなれば、誰か一人だけの為の時間だって中々作れないんでしょうよ」

 

「まぁな、そりゃ無理もないとは思うけど」

 

「れも、れも、」

 

「でも?」

 

「もう少し、あらしの事見てくれらって、いいらないのよ……」

 

(駄目だこりゃ、完全に悪酔いしちまってる……と言うか、さっきから思ってたんだけどこの桂花、ひょっとして『俺の外史』の記憶、混じってないか?)

 

呟く狼の視線の先、桂花の前には大量の酒瓶が。

最初はサラダ・華琳コンビの言葉攻めを自分で誤魔化す為だったのだが、何時しか日頃の愚痴をぶちまけ始め、偶々近くで〆の豚骨ラーメンに舌鼓を打っていた狼が巻き込まれたと言うわけだ。

 

「何よりあの猫耳だよ!!正に桂花の性格そのものだと思わないか!?人によって態度がはっきりと別れてるのに、どこか思わせぶりだったり素直じゃなかったりさぁ!!」

 

「こないだ閨に呼んだ時なんて(バキューン!!)に(パフパフ!!)で(キタ――――!!)な事になって―――――」

 

「店主っ!!次のお酒、持ってきなさいよ!!」

 

(はぁ……いっそのこと、俺もまた飲み直そうかなぁ?素面でこのままこいつ等に付き合ってると、かなりきつそうだし(主に精神的な意味で))

 

人知れず勝手に盛り上がる三人を尻目に、この先待ち受けているであろう一種の地獄に思いを馳せ、酒の席でありながら少々憂鬱になってしまう狼なのであった。

 

 

其之陸、南華老仙の場合

 

「きゃ~、甘くて美味しいの~♪」

 

「ホント、こんなの初めてよね~♪」

 

「妾も大満足なのじゃ~♪」

 

「流石の一言ですね、手際も素材も味も、文句の付け所がありませんよ」

 

「そりゃどうも」

 

カウンター席、賑々しく黄色い歓声を上げているのは沙和、小蓮、美羽といった、所謂『女の子女の子してる』メンバー。

そんな彼女達を傍目から見守りながら自分も手を伸ばす老仙の前には生クリームや果物が自由に取れるように配膳されており、その注文を受ける丈二の間には円形の鉄板のついた機械。

そこに真白の生地が落とされ、薄く広く延ばされながら焼き目がつけられていく。

もうこの時点で、彼が何を作っているのか、大方察しがついただろう。

そう、クレープである。

 

「沙和、次は『なまくりいむ』たっぷりにしてみるの~」

 

「それじゃあアタシは果物たっぷりにしよ~っと」

 

既に焼きあがった生地を各自の皿に乗せ、トッピングを選んでいく沙和と小蓮。

そんな中、美羽はとある空の瓶を覗き込んで、

 

「む、店主。蜂蜜はもうないのかえ?」

 

「は?……マジかよ、全部食っちまったのか?結構あったはずなんだが?」

 

「女の子は、甘い物は別腹ですからねぇ」

 

「ふむ……生地も少なくなってきたし、丁度いいか。追加の生地作って来るついでに取って来るわ」

 

そう言うや否や、丈二は腰の後ろから何やら掌サイズの黒い円筒状の物質をいくつか取り出し、

 

「何ですか、それは?」

 

「見てりゃ解る」

 

徐に、全部の『プルトップ』を片っ端から開け始めた。

途端、黒い円筒状の物質―――――缶は音を立てて変形を始め、

 

『ウホ』

 

『ウホ、ウホ』

 

「…………おやおや、これはこれは」

 

「やだ、何このコたち~♪」

 

「可愛いの~♪」

 

両腕をブンブンと振り回しながら泣き声を上げる小さな機械仕掛けのゴリラが5体。

 

「ゴリラのカンド○イドだ。見るのは初めてか?」

 

「実物はそうですね。中々可愛いじゃないですか」

 

「お前たち3匹は蔵から蜂蜜の瓶を探して来い。お前は追加の生地を作るのを手伝え。で、お前は、」

 

そこで丈二は最後のゴリラカンドロイドにクレープ用のフライ返しを手渡し、

 

「残りの生地、焼いちまってくれ」

 

『ウホ』

 

『ウホ、ウホ』

 

『了解』と言わんばかりの返事。

命令通り、3匹は蔵へ。1匹はそのまま厨房へ戻っていく丈二の肩に飛び乗り、

 

ジュ~~~~~

 

「「「「……………………」」」」

 

『……………………』

 

ジュ~~~~~

 

「「「「……………………」」」」

 

『……………………』

 

「……もうすぐ焼けますね」

 

そう老仙が呟いた瞬間、

 

『ウホ』

 

鳴き声と同時、フライ返しは見事鉄板と生地の間にスッと入り込み、そのまま一回転する機械の腕。

そのまま生地はふわりと宙を舞い、

ポフッ

 

「「「「おぉ~~~~!!」」」」

 

見守られる中、生地は見事鉄板のど真ん中、綺麗にひっくり返って着地した。

思わず拍手を送る4人の余所に、ゴリラは焼けた生地を皿に移し、次の生地を焼き始める。

やがて蔵に行っていた3匹が無事に蜂蜜の瓶を見つけ出して戻ってくると同時、丈二もまた追加の生地を拵えて来た。

そのままクレープバイキングは再開され、やがて、

 

「あれ?」

 

「どうしたの、沙和?」

 

「果物がもうないの~」

 

「え~、ホント~!?」

 

覗き込む二人。

確かに果物が盛られていた皿の上には辛うじて一人分程度しか残っていなかった。

 

「これじゃあ、あと一人しか食べられないの~」

 

「う~、もっと食べたいのにぃ~」

 

「わ、妾だってもっと食べたいのじゃ!!」

 

「「「む~…………」」」

 

女三人揃えば何とやら、とは言わないが、これでは話は均衡状態を脱出しない。

どうするべきか?

そう考えていた時、

 

「なら、こうすりゃいいだろ?」

 

「「「「?」」」」

 

4人が首を傾げる中、丈二は生地の乗った皿を持ち上げ、

 

ハラッ

 

スーッ

 

ハラッ

 

スーッ

 

「……あぁ、成程」

 

「?? 老仙、店主は何をしておるのじゃ?」

 

「見てれば解りますよ」

 

視線の集中する中、大皿の上では生地が敷かれ、その上に生クリームが薄く延ばされ、またその上に生地が置かれ、そんな作業が延々と繰り返されて、

 

「―――――で、最後に余った果物を乗せれば」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」

 

感嘆の声を上げる3人。

出来上がっていたのは、幾重にも重ねられた事により厚みの増したクレープ生地。

盛り付けられた果物により、それはさながら一種のケーキにも見えて、

 

「うわ~、綺麗なの~♪」

 

「食べちゃうの勿体無い~♪でも食べたい~♪」

 

「店主、蜂蜜じゃ!!もっと蜂蜜をかけてたも!!」

 

「やはり、ミル・クレープでしたか。考えましたね」

 

「後は、これを人数分で切り分けりゃいい。ケーキ用のナイフ、持ってきてくれるか?」

 

『ウホ』

 

「……あるんですね、ケーキ用のナイフ」

 

厨房へ消えていくゴリラを見送りながら、何処か苦笑と共に告げる老仙。

 

「相変わらずですね、そういう所は」

 

「そういう所?」

 

「何でもそつなくこなすところですよ。丈二に何かを頼んで『出来ない』と聞いた事なんて、殆どないように思うんですが?」

 

「そうか?俺にも出来ない事くらい、あるぜ?」

 

「ほぉ、例えば?」

 

「ラッキョウが苦手だ」

 

「……ラッキョウ?」

 

「あぁ。どうもあの匂いであの食感なのがな。食えなくはないんだが、正直進んで食いたくはない」

 

「……他にも、苦手なものはありますか?」

 

「他?特に無ぇな。あるとしたら……まだ食った事のないものじゃないか?」

 

そんな会話を漏れ聞いていた皆は一様に思った。

 

 

 

―――――随分と可愛らしい弱点だなオイっ!!

 

 

 

心が一つになった瞬間であった。

 

 

 

 

で、即興のミル・クレープもまた大絶賛を浴び、3人は大満足。

 

 

 

老仙が丈二に別に作らせていた『惣菜クレープ』は匂いを嗅ぎ付けて来た大食い面子にも受け、物凄い勢いで無くなっていったそうな。

 

 

 

ちなみに、ゴリラカンド○イドを見て真桜が大興奮したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

其之漆、大ちゃんの場合

 

「丈二さん、準備出来ました?」

 

「おぅ、出来てるぜ。お前等、材料運んで来てくれ」

 

『ウホ』

 

『ウホ、ウホ』

 

座敷の一角で何やら色々と準備にいそしむ、身長差の激しい二つの影。

大ちゃんと丈二であった。

テーブルを移動させ座敷席の中心辺りに纏める事で作った広いスペースには巨大な鉄板と、その隣に大き目のガスコンロ二つが据えられていた。

支持を受けてカンド○イド達が厨房へと消えて行き、

 

「店主、一体何が始まるのかしら?」

 

「何やら、調理の準備のようだが……」

 

それに気付いた華琳や秋蘭を筆頭に徐々に集まり始めたのは曹魏の将達。

 

「まぁ、見てりゃ解るさ。なぁ、大ちゃん」

 

「はい。もう少し待っててください」

 

『?』

 

一斉に眉を顰め、首を傾げる魏メンバー。

やがてカンド○イド達が厨房から大量の肉や魚、野菜などの様々な材料、そして丈二が大きな土鍋を持って来て、

 

「よし、大ちゃんはそっち、頼むな」

 

「はい、任せてください!!」

 

そう言うや否や丈二は鉄板にバターを敷き始め、大ちゃんは大きな土鍋を火にかけた。

やがて、

 

「おっ?」

 

「これは、中々……」

 

「美味しそうな匂いなの~♪」

 

溶けたバターの香りが辺りに漂い始めた頃、丈二はもやしやキャベツ、長葱や人参などの大量の野菜を、中央を開けるように鉄板に広げ、その真中に鮭の切り身を、皮を下にして乗せ始め、

 

「よっ」

 

じゅわぁ、と鉄板の周りに流されたのは酒で溶いた白味噌に味醂、砂糖を少量加えたもの。

そこに大き目のアルミホイルを被せ、すっぽりと覆ってしまう。

 

「蒸し焼きにしているんですか?」

 

「あぁ。大ちゃん、そっちはどうだ?」

 

「そろそろいいと思いますよ」

 

丈二が声をかけた先、大ちゃんが鍋の蓋を開けると、

 

『おぉぉぉぉぉぉ』

 

広がる優しい味噌の香り。

鍋の中で踊るのはキャベツに牛蒡、エノキに糸蒟蒻、春菊に長ネギ。そして、

 

「これにも鮭を使うんですか?」

 

「はい。このお鍋は鮭がないと始まりませんから。……よし、煮えてるな。最後にバターとおろしニンニクで調節して……よしっ、完成っ!!食べたい方は取り皿を持って来て下さ~い!!」

 

「何っ、私達も食べていいのか!?」

 

「これはこれは、美味しそうですね~」

 

『ウホ』

 

「あ、ゴリラちゃん。取り皿ありがとなの~」

 

「ホンマよぅ出来てんなぁ。中身どうなってんやろ、調べたいわぁ……」

 

カンド○イド達が取り皿を配る中、大ちゃんは人数分に鍋を取り分けいき、

 

「うわっ、これ美味っ!!」

 

「ふむ、『ばたあ』とやらがまた味わい深くていいですね。なのに重過ぎず濃過ぎず、程よく身体が暖かくなります」

 

「寒い時期に食ったらまた格別やろうなぁ~♪」

 

各々がその味に歓喜する中、華琳は一人無言で味を確かめながら尋ねる。

 

「興味深いわね。何という料理かしら?」

 

「石狩鍋です。僕と丈二さんの故郷の味ですよ」

 

「故郷?」

 

「僕と丈二さんは同じ地域の出身なんです。日本、蓬莱の北にある大きな島、北海道。そこの郷土料理なんですよ。毎年寒さの厳しい地域でして、このお鍋は漁師さん達が厳しい冬を越えた御褒美として楽しんでいたものが始まりとされてるそうですよ」

 

「成程、それで味付けが濃い目なのね。となると、『石狩』というのは地名かしら?」

 

「はいっ。是非、皆さんに食べてもらおうと思いまして、丈二さんに頼んで用意してもらったんです!!」

 

無邪気な、実に輝かしい笑顔。

ホントに○○歳なのかと疑いたくな―――――あ、はい、外見と年齢の話はもう止めますので弓矢の用意をやめて下さいお願いしますお姉さま方っ!!

 

「大ちゃん、そろそろ焼き上がるぞ」

 

「あ、ホントですか?」

 

気を取り直して―――――大ちゃんが視線を向けた先、丈二は被せていたアルミホイルを取り除き、

 

「んじゃ、始めるか」

 

取り出したのは、お好み焼き用の大きなヘラ2枚。

両手に握り、そして、

 

ガガッ

 

ザクザク

 

シャッシャッ

 

ほぐされる鮭。

からまる味噌。

混ぜ合わさる野菜。

具材達が宙を舞い、広がっていく香り。

最後に塩胡椒を少々。

そして、

 

「よし。ちゃんちゃん焼き、完成だ。各自、自由に取って行け」

 

「あれ、お皿に移したりはしないんですか?」

 

尋ねたのは、やはり流琉だった。

実は最初から逐一作業工程を確認し、密かに『めも』を取っていたりもしている。

 

「あぁ、こいつは鉄板から直接取っていくのが流儀だからな」

 

「ほな、遠慮なく~♪」

 

「おい、霞!!さっきから取り過ぎだ!!華琳様の分が少なくなるではないか!!」

 

「えぇやんけ、こんなにあるんやし。(ぱくっ)うわっ、これも美味っ!!」

 

「野菜の食感をそのままに鮭の身はとても柔らかく……絶妙な焼き加減ですね」

 

「慣れない内は予め鮭に火を通しておくといい。ほれ、こっちにポン酢とチーズも用意してあるから、付けて食ってみろ」

 

何時の間にやらテーブルの端には『味ポ○』、鉄板の上に置かれた金属性の器の中には熱されてトロトロに溶けたチーズがあった。

 

「おぉ、『ぽんず』を使うとさっぱりして、また別の味わいに!!」

 

「『ちいず』も凄く美味しいよ、流琉!!」

 

とまぁこんな感じで北海道料理は大絶賛。

更にはジンギスカンまでも始められ、大ちゃんが持ち込んでいた北海道の名酒『國稀』大吟醸がその勢いを加速させ、周囲の記録者や恋姫達までもを巻き込み、本日最も『宴会らしい光景』になったそうな。

 

 

其之捌、へたれ雷電の場合

 

「ずずっ、はぁ……いやぁ、皆元気だねぇ」

 

周囲の喧騒を蚊帳の外にへたれ雷電は一人、渋い湯飲みを両手で丁寧に持ちながら喉を潤していた。

と言っても、中身はお茶の類ではない。

湯飲みを満たすのは半透明な白色の液体。

その名も、

 

「いやぁ、ホットにしても美味いねぇ、アク○リアス」

 

「好きこそもののなんとやら、とは言うが、お前のそれはちと異常だぞ?」

 

「お、丈二さん。頼んでおいてなんですけど、ラーメン屋なのによくありましたね、アクエ○アスなんて」

 

「どうせ伏せるなら同じ部分を伏せろっつの……ほれ、注文の品」

 

呆れ顔の丈二が差し出した一枚の盆。

そこに並んでいたのは、

 

「……丈二さん?」

 

「ん?」

 

「何故に全種類揃ってますか?」

 

「あったからだ」

 

「どんだけ品揃えいいんですか、このラーメン屋はっ!!」

 

声色とは正反対に、へたれ雷電の表情は歓喜に満ち溢れていた。

盆の上に並んでいたのはブロック状のクッキーが数種類並べられた大皿に、色とりどりの液体が注がれたグラスが5杯。

そして傍ら、小さなアイス用のカップの中には鮮やかな赤いゼリーと、さながらカラオケ店のポッキーのようにワイングラスに飾られた2種類のスティック状の菓子。

洒落た盛り付けにこそなっているものの、その正体は忙しき現代人の強い味方。

手軽な食事、ダイエット、夜食、非常食として親しまれているバランス栄養食。

その名も、

 

「お前くらいだよ、ラーメン屋でカ○リーメイト頼む奴は」

 

「このブロック、ベジタブル味ですか!?こっちのドリンクはミルク味!?どっちももう何処にも売ってない味なのに……うおっ、すげぇ!!幻のスティックタイプ!?」

 

「パッケージによると、ブロックが右からチーズ、フルーツ、ポテト、チョコレート、メープル、ベジタブル味。ドリンクはココア、コーヒー、カフェオレ、コーンスープ、ミルク味。で、アップル味のゼリーに、スティックはココアとライトシナモン味だと。こんなにあったんだな、カ○リーメイト―――――って、最早聞いちゃいねえか。まぁ好きに寛いでけ」

 

読み上げる丈二を余所に、夏炉理異名斗に齧り付くへたれ雷電。

そんな彼に苦笑し、丈二が再び厨房へと消えていった、その時だった。

 

「……おい、雷電」

 

「んお?」

 

話しかけたのは思春だった。

へたれ雷電はさながらハムスターの如く頬を膨らませたままそちらを向き、

 

「……取り敢えず、口の中の物を飲み込め」

 

「ん、んぐっ、んぐっ、ぷっはぁ、やっぱ美味いなぁ!!」

 

カ○リーメイトをカ○リーメイトで飲み干す男、ここに在り。

 

「で、何?思春」

 

「……相変わらず自由闊達だな。それで何故隠密が務まるのか、不可思議でならん」

 

「俺、そんなに自由かな?」

 

「……食事処で既製品を出せ、と言う時点で十分に自由だと思うが?」

 

何処か雪蓮様に通じるものがある気がする。

そう思春が心中で呟いたその時、

 

「―――――なっ!?」

 

瞬間、目の前にいた筈のへたれ雷電の姿は影も形もなく、

 

 

 

「こういう事が出来るから、じゃない?」

 

 

 

ポン、と叩かれた右肩。

背後からの声。

 

(ば、馬鹿な!!何時の間に!?)

 

そのまま勢いよく振り向こうとして、

 

 

 

ぷにっ

 

 

 

「―――――ぶっ!!くっ、くくっ、くひひっ」

 

「…………」

 

頬を押し上げる人差し指。

湧き上がる笑いを必死に堪える男一人。

まぁ、ベタなアレ(振り向いたらそいつの指が頬に)である。

 

「…………(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ)」

 

重苦しい沈黙。

重力が数倍にも増したような。

周囲の気温が2度ほど下がったような。

伸ばす右手。

向かうは腰の鈴音。

その腑抜けた馬鹿面を叩き切ってやろうとして、

しかし雷電はまったく気にも留めず、

 

「なぁ、思春」

 

「…………なんだ?」

 

「ほっぺ、滅茶苦茶柔らかいなぁ」

 

「ぬなっ!?」

 

瞬間沸騰。

蒸気機関。

煮沸消毒……は違うか。

ともあれ、

 

「…………」

 

「あら、思春?お~い」

 

ぷにっ

ぷにっ

何度突かれようと完全に無反応。

思考回路、運動神経、その悉くが活動を停止してしまったようである。

まぁ、無理もない。

至近距離での甘い言葉に彼女が慣れている筈がない。

それがある程度実力を認めている相手からならば尚の事。

それに、ねぇ……(『何のこっちゃ?』って人は『MGS』『雷電』でググってそのルックスを確かめてみるべし)

 

 

「なはは、あの程度で固まるなんてまだまだだなぁ」

 

「くっ……(事実なだけに何も言い返せん)」

 

未だ微かに赤みの残る顔を伏せる思春。

今はカ○リーメイトを貪るへたれ雷電の向かいに座り込んでいた。

 

「……しかし解らん。一体どうやって私の背後に回り込んだ?」

 

彼女とて素人ではない。

むしろ、孫呉が誇る隠密に長けた将の一人である。

いくら自分が油断していたとはいえ、移動の気配すら感じ取れないなど、今までに決して有り得なかった。

 

「あぁ、さっきの事?それはねぇ……」

 

徐にへたれ雷電が立ち上がったかと思うと、

 

「こ―――やった――――」

 

「なっ!?」

 

突如、まるで周囲に溶け込んでいくようにへたれ雷電の姿が揺らぎ、やがてすっかり消え去ってしまう。

そして、

 

「―――――ど?解った?」

 

「っ!?」

 

何時の間にやら隣に座っているへたれ雷電。

驚きを隠しきれない思春をへたれ雷電は声も高々に笑い、

 

「まぁ簡単に言えば、周囲の気と自分の気を同調させてるのさ」

 

「同調、だと?」

 

「そ。例えば……」

 

へたれ雷電は二つ、ドリンクタイプの課路利謂姪徒の器を二つ、空いた器を一つ用意し、

そして、空いた器に二種類の味を同時に入れ、

 

「こんな風に、違う味の飲み物二つを混ぜ合わせると、味も見た目も変わっちゃうだろ?けど、」

 

それを飲み干し『ふむ、混ぜてみるのも中々悪くないな』と呟きつつ、空いた器に今度は片方だけを入れ、

 

「こうやって、同じ飲み物に同じ飲み物混ぜたって、何にも変わらないだろ?」

 

そこに再び同じ器から蚊魯利夷盟賭を注ぎ込んで、

 

「要はそういう事。俺の気配を周囲の気配と全く同じになるように変質させてんの。その上で速く動けば、相手は俺の存在を感じ取れなくなるって訳だ」

 

『飲む?』と差し出すその器。

咄嗟に受け取りながらも唖然としてしまう思春。

無理もない。それは決して容易な行為ではないからだ。

自然界は諸行無常、同一の瞬間など決して存在しない。

移り行くその有り様を常に感じ取り、その上で自分をそれに同調させる。

決して、相手に悟られないように。

 

(まるで、以前聞いた『かめれおん』のようだ……)

 

「あの状態の俺を感じ取れるのは、多分丈二さんか南華老仙さんくらいじゃないかな。こと隠密の技術と速さに関してなら、あの二人にも劣ってない自信があるね」

 

自慢げに語るその姿に、今は憤怒など欠片も感じなかった。

胸の内に湧き上がるのは尊敬と言うよりも、むしろ―――――

 

(―――――い、いや、馬鹿なっ、有り得ん!!私がこやつに『憧れる』などっ!!)

 

かぶりを振り、心を落ち着かせようとそのまま華芦痢射芽衣兎の器に口をつけて、

 

 

 

「―――――あ、間接キス」

 

 

 

「ぶぅううううううううううううううううううううううう!!!!」

 

 

 

思いっきり噴出した。

 

「ぶははっ、だから言ってんじゃん!!『油断するな』って!!」

 

悪戯が成功した子供のように無邪気に笑うへたれ雷電を見て、口元を拭いながら思春は思う。

 

(やはりこんな奴、大っ嫌いだああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)

 

 

 

 

『…………待て。なら何故『だんぼーる』とやらを使う?』

 

 

 

『ん?ただの趣味』

 

 

 

『…………そうか』

 

 

 

『それがどったの?』

 

 

 

『い、いや、何でもない……(大真面目に『だんぼーる』を試していたなどとは、口が裂けても言えんっ!!)』

 

 

 

『ねぇ、何でなのさ?』

 

 

 

『う、五月蝿いっ、黙れっ!!!!』

 

 

 

―――――お前等、痴話喧嘩なら外でやれ。

 

 

 

 

其之玖、ほわちゃーなマリアの場合

 

「で、次のコイツが」

 

「これは何とも……強そうね」

 

「そりゃあね。基本的に火山や森丘地帯に生息してて、口から高熱の炎を吐く上に、足の爪には猛毒がある。雄は『天空の王者』、雌は『大地の女王』なんて呼ばれてたりもしてね、こいつ等を一人で狩れるようになって初めて、一人前の狩人ってわけ」

 

カウンター席でのこと。

様々な『世界』を渡り歩く旅人であるマリアが持ってきた写真に物珍しげな視線を注いでいるのは蓮華だった。

 

「僕は基本的に『ガンナー』。所謂、射手だね。相手やその時の環境によって銃身や弾丸、持って行く道具や食糧を変えたり、時には現地で調合する事もある」

 

「現地で武器や食糧を!?一体、どうやってるの!?」

 

「う~ん、ここら辺は専門的な知識の話になるし、何より『あの世界』は生物学とか物理法則とか、色々滅茶苦茶だからなぁ……正直、話しても使い所が無いと思うよ?(何百メートルの高さから落ちようと膝をつくだけで普通にノーダメ着地だし、肉食べるだけで体力強化になったり、黄色いゲージに気を付けてれば延々と走れたり、ね)」

 

「そぅ、残念ね……でも、いる所にはいるものなのね、本物の『龍』なんて」

 

「どっちかって言うと『竜』、ドラゴンの方に近いかな。日本、蓬莱の事ね、俺達の国だと『龍』は神話などにおいて偉大な霊獣として語り継がれてるけれど、大陸の西方に向かうに連れて『ドラゴン』は恐怖の象徴へと変化しているからね。リヴァイアサンやヒュドラーがいい例かな。南蛮の4人にも訊いてごらん、色々教えてくれると思うよ?」

 

「そうね、今度会ったらそうしてみるわ。……あら、これは?」

 

「……あぁ、この人か」

 

蓮華が目を留めた一枚の写真。

移るのは一人の男性。

ソファに腰掛け、安らかな表情で瞼を閉じていた。

 

「眠っているの?」

 

「……いや、違うんだ」

 

呟いたマリアの顔は、何処か物悲しさを感じさせた。

 

「僕は今まで、色んな世界を旅して、色んな人を見てきた。その中でも、この人は特に忘れられない人達の一人だよ」

 

 

 

この人は医者だったんだ。それも天才的な腕を持つ、物凄い医者だった。

 

 

―――――……『だった』?

 

 

うん。雪山で遭難してしまってね、その時に自分の右腕と、弟さんを失ってしまったんだよ。

 

 

―――――っ!!

 

 

医療技術が非常に発達していてね、手術によって弟さんの右腕を移植された事で普通に生活する分には問題なかったんだけど、以前のような手術が出来なくなってしまってね、医者として働く事を禁止されてしまったんだ。

 

 

―――――……それは、さぞかし辛いでしょうね。

 

 

それを期に『救いを求める人間は皆救わなければならない』そう思うようになってね、非合法で法外な報酬を請求するものの、難易度の高い手術を請け負う闇の医者になるんだよ。

 

 

―――――……それで?

 

 

で、ある事を切欠に『特別な力』に目覚めるんだ。この力の事を細かく説明すると物凄く長くなるから省略するけど、人外の力を得られるものだと思ってくれればいい。そしてその世界では、その力に目覚めた人間を抹殺しようとする怪物達が暗躍していた。そして、自分は彼等に対抗する為の力を持っている。……ここまで言えば、彼がどのような行動に出たか、解るだろう?

 

 

―――――自分の手で、その人達を守ろうとした?

 

 

そう。でも、ちょっと違ったんだ。

 

 

―――――……どういう事?

 

 

怪物達が襲っていたのはその『特別な力』に目覚めた人達。その中には、彼以外にも彼等に対抗し得る段階まで覚醒した人もいた。そして彼は、こんな結論に至ってしまう。

 

 

―――――?

 

 

 

 

 

『人を救うのは俺一人でいい』

 

 

 

 

 

―――――っ!?

 

 

彼は同じ『怪物達をを倒し得る力』に目覚めた人達さえも襲い始め、殺そうとした。そして、重傷を負わせた一人を手術に見せかけて殺そうとする。……でも、

 

 

―――――……でも?

 

 

 

 

 

その時、何故か『右腕』に激痛が走るんだ。

 

 

 

 

 

―――――っ!!

 

 

その後も、彼等を殺そうとする度に、右腕は酷く痛む。彼は思い悩んだ。『俺は間違っているのか?』『お前が止めているのか?』

 

 

―――――……それで?

 

 

最終的には彼等と共闘するようになった。そしてある日、怪物達の親玉に『力』を奪われて重傷を負ってしまう。そして、同じく彼等と戦い重傷を負った一人を、その傷を押して治療する。『俺は力に呑み込まれた。お前は俺のようにはなるな』ってね。

 

 

―――――…………。

 

 

それまでの激痛が嘘のように動く右腕。手術は成功し、力も取り戻し、戦いに戻る彼。無事に怪人を倒して、彼等は束の間の日常に戻る。……この写真は、その日の晩だ。同居人に一杯のお茶を淹れに行かせた直後、穏やかな寝顔で、彼は息を引き取った。

 

 

―――――っ!!……じゃあ、この写真は、

 

 

そう、彼の最期。その世界は確かに外史の一種なんだけど、他の影響や介入を決して許さない、完成された物語でね。僕達はただ、見ることしか許されない。ならせめてと、彼の最後に生きた瞬間を残したくなって、気付いたらシャッターを切ってた。

 

 

―――――……悲しいわね。

 

 

『自分の人生を狭くするのは自分自身だ』彼が残し、仲間達の心に刻まれた言葉の一つ。……彼だからこその、重い言葉だと思うよ。

 

 

―――――…………。

 

 

……何か、思い当たる事でもあった?

 

 

―――――えっ、あ、いやっ、そのっ、

 

 

ふふっ、何か暗くなっちゃったね。折角の宴会だし、楽しまなきゃ。丈二さ~ん、フライドポテトお願いしま~す!!

 

 

 

 

 

――――――――――その後もマリアが巡った世界の話は続き、その度に蓮華は興味深そうに相槌を打っていたそうな。

 

 

 

 

 

其之拾、森羅の場合

 

「そうだ、そうやってざっくり混ぜる程度でいい」

 

「そうなんですか。よく『ダマが無くなるまで混ぜろ』って聞きますけど、違うんですね」

 

「あんまり混ぜ過ぎると、衣が粘つくようになってカラッと揚がらなくなっちまうからな。ほれ、それで油の温度確かめてみろ」

 

「あ、はい」

 

場所は厨房。

コンロの前に並ぶのはエプロン姿の丈二と森羅だった。

 

「油って、こんなに多く使っちゃっていいんですか?勿体無くありません?」

 

「『家で天麩羅すると上手くいかない』って、よく聞かないか?」

 

「え?えぇ、まぁ」

 

そう、作っているのは天麩羅。

しかも実際に腕を振るっているのは丈二ではなく森羅の方。

『自分で作りたいから、教えてもらえないか』

それが今回の森羅の注文だった。

 

「はっきり言っちまうとな、粉とか油の良し悪しはあんまり関係無ぇんだよ。家庭で揚げ物が上手くいかない最大の理由は、油の量だ」

 

「量、ですか?」

 

「家でやる時は大体、それこそ『勿体無い』って理由で油を使う量を抑える奴が大半だろうが、本当に美味い揚げ物が食いたいなら深さの十分にある鍋を使って、たっぷりの油で揚げるべきだ。それも高温の油でじっくり、揚げるのは一つ一つ丁寧に、な」

 

「え、一気に揚げた方が早くありませんか?」

 

「駄目だ。揚げ物をする時のタブーとして、材料は一気に沢山入れてはならない。油の温度が急激に下がっちまうからだ。……ほれ、止まってないで手を動かせ」

 

「あ、はい」

 

言われ、森羅は衣の生地を掻き混ぜていた箸を油の煮え滾った鍋へと差し込む。

 

「大体、油量の3分の1くらいの所で衣が浮いてくれば180度。天麩羅の適温の目安だ。ちなみに、底近くまで行けば唐揚げの適温の目安になる、覚えとけ」

 

「はい。じゃあ、これくらいですかね?」

 

「だな。材料の水気はちゃんと抜いておいたか?」

 

「バッチリです。言われた通り、やっておきました」

 

「衣をカラッとさせるには、下拵えも重要だ。薄塩や数滴の醤油で材料から水気を抜いておけば衣が湿る事も無い。ただし、水分を抜き過ぎると旨味や食感といった、材料の持ち味までぶっ壊しちまう。あくまで適度に、な」

 

「はいっ!!」

 

「よし、後はどんどん揚げていくだけだ。跳ねに気をつけろよ?」

 

「はいっ!!それじゃあまずは筍から……」

 

 

 

何故、今回の彼がこんな行動に出たかと言うと―――――

 

 

 

 

「祭さ~ん、出来ましたよ~!!」

 

「おぉ森羅殿、待ち侘びましたぞ!!」

 

―――――とまぁ、こういう訳である。

森羅が運んで来る大皿の上には鮮やかなキツネ色。

綾白髪(素麺や春雨を揚げたもの。刺身で言うツマ)が彩を添えるのはタラの芽、筍、こごみ、蓮根、アスパラガス、海老、ワカサギという、今正に旬真っ盛りを迎える食材達。

森羅特製・春の天麩羅御膳 featuring 峠崎丈二、とでも言おうか。

 

「ほぉ、これが『てんぷら』ですか……」

 

「そのままでもいいですし、ツユでも塩でもいけますよ。大根おろしもありますし」

 

「ふむ、ではまずはそのままで頂こうかの」

 

伸びる箸は海老を摘み上げ、ゆっくりと口へと運ばれて、

サクッ

 

「お、おぉ……これは」

 

サクサクと歯応えのいい衣。

プリプリと弾力のいい海老。

決して持ち味を壊さず崩さず、その相反する食感と香ばしい香りが口いっぱいに広がり、

 

「これは、美味いのう。実に酒が進みそうじゃわい」

 

「そう言われると思いまして、丈二さんに選んできてもらいました」

 

「ぬ?」

 

そう言いながら取り出したのは、半透明な緑色の瓶。

巻かれたラベルには、

 

「『小鼓 特別純米』?」

 

「それじゃ、注ぎますよ」

 

とくとくとくとく……

 

「ほぉ、透き通っておりますな。これは一体?」

 

「日本酒です。俺達の国の酒で、米から作られるんですよ。丈二さん曰く『敢えて磨きすぎずに米の旨味を味わえるようにしてるから愛称は抜群』だとか」

 

「ふむ、では……」

 

透明なグラスを傾け一献。

やがて広がるのは柔らかな香りとくど過ぎない後味。

喉越しも大人しく、しかし感じ取れるのはしっかりとした芯。

正に、日本酒の代名詞とも言える『コク』と『切れ』。

 

「おぉ、さして強くはありませぬが、味が濃厚でありながら口の中がスッキリしますなぁ」

 

「冷やしてよし、熱してよし。純米酒ですから、飲み過ぎなければ悪酔いもしませんよ」

 

「なんと!?至れり尽くせりではないか……しかし、ここまでしてもらっては、本当にあれで良かったのかと思うてしまいますが」

 

「あ、じゃあ」

 

「うむ、これじゃ」

 

そこで祭が手を伸ばしたのは、傍らに置かれていた大皿。

被せられていたラップを剥がすと、

 

「おぉ、流石ですよ!!美味しそ~……」

 

「この『らっぷ』とやら、便利ですなぁ。これなら料理が冷めるのも渇くのも防げますしのう」

 

立ち上る湯気。

香り立つ醤とオイスターソース。

程好く火の通ったピーマンと筍が食欲をそそる照りを放ち、胃袋を刺激する。

そう、言わずと知れた青椒肉絲。

互いに料理を作り、持成しあおう。

何処からともなく、何ともなしに、いつの間にかそういう流れになっていた。

で、森羅は丈二に助力を仰ぎ今回の献立を選んだ、と言う訳である。

 

「それじゃ、早速頂きます。はむ……」

 

「どうじゃ?」

 

「……も」

 

「も?」

 

「物凄く美味いっす!!白米欲しいなぁ、これ……」

 

「はっはっはっは、正直で宜しいですなぁ!!勿論、用意しておりますぞ?」

 

「マジっすか!?よっしゃあ!!」

 

とまぁこんな感じで、暫くは普通の食事+アルコール的なことになっていたのだが、

 

「所で、森羅殿?」

 

「……何ですか?」

 

御飯茶碗片手に首を傾げる森羅に、徐々に酔いの回ってきた祭は何処か挑発的な笑みと共に問う。

 

「あれから、少しは上達されましたかな?」

 

「あぁ……その話ですか」

 

何が、というのは言うまでも無く武術の事。

実は森羅、過去に少林寺拳法を学んでいた経験があるのだ。

そして前回の飲み会中、その話を偶々耳にしていた祭に『腕前を見てやる』と言われ……まぁ、コテンパンにのされたのである。

で、その際、祭が最後に言い放った言葉が、

 

『そうじゃのぅ……儂に一撃入れられるようになったら、何か褒美を考えてやろうかの』

 

「で、如何ですかな?」

 

「まぁ、久々に色々と鍛錬はしてますよ。流石に鈍ってるんで、感覚を取り戻すのに苦労してますけどね」

 

苦笑と共に再び口に運ぶ青椒肉絲。

何せ、相手は黄蓋公覆である。

本来は弓兵であるとはいえ、その実力はショートレンジにおいても折り紙つき。

それは皆も承知の事実。

何せ、代々に渡って孫家の背中を、誇りを守り続けた人である。

並大抵の努力や実力で敵う筈も無い。

…………まぁ、周囲には少々人外レベルの方々がちらほらいらっしゃいますけどね。

 

「ふむ。では、以前よりはましになってはおるんですな?」

 

「……はい?」

 

「よしっ、ではまた一戦交えますかな」

 

「え、ちょっ!?」

 

「店主、また表を借りさせて頂きますぞ!!」

 

「どうぞ、御自由に」

 

「ちょ、丈二さんも止めて下さいよ、ってアーーーーーーッ!!」

 

 

「あぁ、結局こうなるのかぁ……」

 

とうに夜は更け、漆黒の帳には千万の煌きが灯っている。

そんな絢爛な夜空を仰ぎ見ながら漏れる不満も、

 

「さぁ、何処からでも掛かって来なされ!!」

 

「……前も同じ台詞じゃなかったですか?」

 

威風堂々と立ち塞がる様を見ていると、自然と霧散してしまう。

歴然。

圧倒的。

火を見るよりも明らか。

だが、

 

「『一撃入れれば』か……ま、頑張ってみますか」

 

繰り返す深呼吸。

頭頂部から爪先まで力を、神経を行き渡らせるように。

後屈立ち。

拳を握り締め、さながらボクシングのように両腕を持ち上げる。

 

(相変わらず隙は全くなし。前は無理やり崩そうとして返り討ちにあったから、出来れば祭さんが来るのを待ちたい所だけど……)

 

「臆されたか、森羅殿!!勇猛果敢、一気呵成に攻めてこそ男であろう!!」

 

「(う~ん、挑発だってのは解ってるんだけど)……ああまで言われちゃ、黙ってらんないよねぇ」

 

俺も酔ってきてるなぁ、と苦笑しつつ、

 

「行きますか」

 

森羅は、大地を蹴った。

 

 

飛び掛る森羅。

縮まる距離に反比例し、威圧感は肥大する。

それでも、いや、だからこそ、森羅は走る。

自身を鼓舞し、奮い立たせ、疾る。

 

(ふむ、確かに以前よりも動きが洗練されておる。が、)

 

猛禽の如く瞼を細め、相対するべく僅かに腰を落とす祭。

そのまま唇の端を微かに持ち上げ、

 

「やはり、動きが正直過ぎるの」

 

視線が捕らえる、引かれた右拳。

如何にも『これから殴る』と言わんばかりの。

実力の伴った示威ならば期待できるものの、

 

「儂には大した効果は―――――む?」

 

直前、感じる違和感。

直後、気付く意図。

突き出されたのは引かれた右拳ではなく、

 

「左かっ!?」

 

勢いのまま突き出された左拳。

そう、右の拳は虚偽。

身体を引かせてかわすものの、心中は既に凪いではいない。

 

(油断は禁物じゃな、少々驚いたわい)

 

慣性に従い皿に近づく距離。

そのまま放たれた右手もまた、祭を捉えることはない。

祭は前回同様、森羅の背中を後押しし、勢いを加速させつつ受け流そうとして、

 

「そう来ると、思ってました!!」

 

「何っ!?」

 

森羅はやはり勢いのまま、しかし身体を回転させる事によりそれをかわす。

そして、そのまま再び握り締める右拳。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

(最初からこれが狙いであったか!!)

 

予想外の行動に祭は体勢を僅かに崩し、生じた微かな隙。

叩き込むべく、腰の捻りを加える事で更に速度を上げる。

 

「行っけええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

雲一つ無い夜空。

漂う雲の間、金色の月。

照らし出す微かな二つの影は終に完全に交差して、

 

 

 

強烈な『打撃音』が一つ、辺りに鈍く轟いた。

 

 

 

 

(…………あれ?)

 

気がつけば、森羅の視界は真暗だった。

身体は思うように動かず、なのにやたらと頬だけは熱く、ジンジンと麻痺したように感じられた。

 

「おや、気付かれましたかの、森羅殿」

 

(気付かれた?……あぁ、そうか)

 

ぼんやりと耳朶を擽る声に思い出す。

勝利を確信し、放った拳は半ば無理矢理に受け止められ、さながらカウンターのように拳を叩き込まれた事実。

はい、やはり今回も思いっきり負けました。

しかも一撃で気絶って……前回よりも酷くないかなぁ?

 

「(結構頑張ってみたんだけどなぁ……)情け無いなぁ、俺……」

 

落胆を抑えきれず柳眉を下げながらも、森羅はゆっくりと瞼を開いて、

 

 

 

「―――――あれ?」

 

それでも、何故か視界は真暗でした。

 

 

 

「ははっ、何を申されますやら。一瞬とはいえ、儂に本気を出させておきながら」

 

なのに、祭さんの声はやたらと鮮明に聞こえていて。

まるで、物凄く近くで話しているような、そんな気がして。

で、そこで初めて気付いた。

 

「一撃、とまではいかないものの、出すつもりのなかった本気を出させた。それだけでも評価に値せねばならぬでしょう」

 

真暗なのは、大きな影が自分の視界を遮っているからだと言う事。

何やら後頭部に柔らかな感触が感じられると言う事。

そして、自分はおそらく地べたに寝かせられていると言う事。

そこから推察される、今の自分の置かれている現状は、

 

「あの~、祭さん?」

 

「何ですかな?」

 

「今、ひょっとして、」

 

「うむ、儂が膝枕をしておる」

 

(……WHAT!?WHY!?っつか、ってことはこの目の前の影の正体ってまさか!?)

 

「精進なされたのう、森羅殿。どうじゃ、本格的に鍛えてみる気はないか?」

 

「…………」

 

「……森羅殿?」

 

「……………………」

 

「なんとまぁ、顔を赤らめたまま気絶とは。くくくっ……さて、店主に好物でも伺ってくるとするかの」

 

数分後、目覚めた森羅が祭の拵えた馬肉のユッケに感涙と共にかぶりついたのは言うまでもない。

 

 

後書きです、ハイ。

 

……仰りたい事は解ってます、自分でもそう思います、でも終わらねぇのですよ!!

 

と言うか、残りの二人の密度が半端なくてどうすりゃいいんだこれって感じで、気づけば『盲目』ももう一ヶ月半以上止まってて、早く終わらせたいんですよ!!

 

徹夜明けだから支離滅裂になってなきゃいいけど。

 

……まぁ、書いてる分には楽しいんですけどねww

 

とまぁ残りの二人、楽しみにしておいて下さいな!!

 

既に出た皆さん、お楽しみ頂けたでしょうか!?

 

いよいよ次回、(ホントに)飲み会終了です!!

 

お楽しみに~ノシ

 

 

 

 

…………久々に『萌将伝』やったら止まんなくなっちまってたのも理由の一つだったりする。

 

≪峠崎丈二のお手軽料理レシピ ~本日のメニュー:石狩鍋、ちゃんちゃん焼き~≫

 

「よう、久し振りだな。今日は作中に出てきた俺の故郷の味を2品紹介するぜ。……え?前回は何で休んだのかって?細けぇ事ぁいいんだよ!!」

 

「まずは石狩鍋からだ。用意する材料は作中と同じ鮭に長葱やキャベツ(白菜でもよし)牛蒡にエノキ、糸蒟蒻に春菊。で、重要なのがスープの下地になる合わせ味噌の配合だ。ここら辺は少々面倒だが(お手軽じゃねえじゃんって突込みはなしなww)、旨い鍋が食いたきゃここでぐっと我慢だ」

 

「白みそ50g、赤みそ150g、酒45cc、みりん45cc、砂糖15g、しょうゆ少々。これを大体900ccのだし汁で伸ばしたスープでゆっくりと煮込む。これで大体4人分だな。ちなみに北海道味噌があるなら是非使ってくれ、癖がないからマジで旨いぜ(地元自慢とかじゃねえからな?)」

 

「後は鮭の身が箸でほぐせるくらいまで煮込めばOKだ。あぁ、前もって鮭の骨は抜いておけよ?食うときに苦労したくはねぇだろ?ちなみにピンセットを使うと楽だぜ」

 

「で、次はちゃんちゃん焼きだ。概ね本文で解ったと思うが、適当な大きさに切った野菜をバターをひいて炒め、塩胡椒を振っておいた鮭の切り身を真ん中に、皮の方を下にして投入(勿論、骨は抜いとけよ)。白味噌を酒で溶いてみりん、無ければ砂糖を少量混ぜたものをそこに加えてアルミホイルなり蓋なりで蒸し焼きにする。で、火が通ったらがっつり混ぜ合わせて完成だ」

 

「野菜もがっつり食べられるし、作中に出したようにポン酢やチーズとも相性がいい。子供に食わすには最適だな。俺の経験上、残した子供は一人もいねぇ(いや、マジで)。それに、鍋に比べりゃ簡単だろ?是非とも試してやってくれ。それじゃ、今日はこの辺で。次はどんなメシがいい?」

 

 


 
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