No.215579

真剣で私たちに恋しなさい! EP.1 違和感

元素猫さん

真剣で私に恋しなさい!を伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
ゲームをプレイしたのは発売した頃なので、記憶があやふやです。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2011-05-07 22:00:27 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:14173   閲覧ユーザー数:13176

 それは、いつもの朝。少なくとも、当事者以外はそう感じているはずだ。当事者とは、直江大和と椎名京である。おかしいのは、大和だ。

 島津寮の前で幼なじみの岳人を待つ二人の距離感は、いつもより微妙だった。

 

「大和、何だか落ち着かないみたいだけど?」

「えっ? あ、いや、別になんでもないよ」

 

 そう言いながらも、京が一歩近づくと、大和は一歩離れる。いつもならもっと、近くで並ぶのに。

 

(こういう大和は新鮮……)

 

 京は内心で、ガッツポーズを作る。明らかに大和の態度は、京を女として意識しているものだ。長い付き合いだし、ずっと大和だけを見ていた京にはわかる。それは素直に嬉しい。だが、この距離感は寂しくもあった。

 

(友達が恋人に変わるみたいな、初々しさ……悪くない)

 

 京がこっそりとニヤニヤしているのとは反対に、大和は自分の変化に戸惑っていた。

 

(俺らしくないな……)

 

 京がそばに近づくと、胸が高鳴る。風に乗った香りに誘われ、触れたいという衝動が溢れてくるのだ。あの細い手首を強引に掴んで、思うままに二つの膨らみに顔を埋める。鎖骨から首筋に舌を這わせ、いつも愛想無く閉じられている唇をむさぼるのだ。

 普通なら犯罪だが、京は拒まない。度の過ぎた恋人たちのように、それは公然と認知されるだけだ。しかしだからこそ、普通以上の自制心が大和には必要だった。

 

(くそ……)

 

 なぜ、突然こんな気持ちになったのか。今までも京の誘惑はあった。理由がわからないだけに、気持ちのやり場がなく、苛ついた。だから――。

 

「オッス! 俺様、登場!」

 

 クルミを握りしめて現れた岳人を、大和は思わず殴っていた。

 

 

 大和たち三人が通学路を歩いていると、途中から師岡卓也が合流して来た。だがいつもと違う妙な雰囲気に、首を傾げて岳人に尋ねる。

 

「何かあったの?」

「さあな。大和のやろーが、何か不機嫌でさ」

「へえ。珍しいね」

 

 大和は見るからに不機嫌そうで、確かに彼にしては珍しい。

 

「また、京が何かしたんじゃないの?」

「いつも通りの事をしただけ……」

 

 京がそう言うと、岳人が何かを思いついたようにニヤッと笑った。

 

「もしかして、とうとう大和も京の魅力にメロメロってか?」

「ガクト、たまには良いこと言うね」

 

 思わず京は10点と書かれた札を上げてしまう。

 

「そんなんじゃない! からかうなよ」

 

 顔を真っ赤にして、大和が怒りを露わにする。一瞬、ぽかんとする面々だが、軍師の初々しい反応に意地悪をしたいという思いがわき出てきた。

 

「これは脈ありだな、京」

「やったね、京。粘り勝ちだよ」

「ふふふ……まあね」

 

 ガッツポーズを作る京を横目に、大和は黙って唇を尖らせる。少し冷静になった大和は、ここで何を言っても無駄だと悟った。

 

「先に行くからな」

 

 そう言い残し、仲間たちをおいて走り出した。

 

 

 走り去る直江大和の背中を、葵冬馬は見送った。いつもの多馬大橋の上、横には井上準と榊原小雪がいる。

 

「あはははは、ハゲ~!」

「こらこら、人様の頭を叩くもんじゃありません」

 

 楽しそうに準の剃髪した頭を叩く小雪と、それをたしなめる準。いつもの光景に、冬馬は笑みを浮かべてそれを眺めた。そして、ふと考えるのだ。

 

(果たして本当に、良いのでしょうか?)

 

 これから自分が行おうとしている計画に、わずかな迷いがある。それは、小雪の存在だった。

 

(私は自分の意志で、進むべき道を決めた。準もまた、私への忠誠もあるでしょうが、自分で決めた事です。たとえこの先に待っているのが闇でしかなくとも、それも覚悟の上。ですがユキは違う。あの子は、他の選択肢が初めからない)

 

 訊ねれば、自分たちに従うと答えるだろう。だがそれは、他に心を許せる者がないからだ。理由もなく、小雪は無条件で自分や準の言葉に従う。それは本当の意味で、選んだとは言えない気がした。

 

(あの子はもう、十分に苦しんだ。幸せになる権利があります。そしてその幸せは、私たちとともにいては得られないもの……)

 

 幼い頃より一緒に過ごし、冬馬にとって小雪は妹のような存在だった。だからこそ、自分の思惑には巻き込みたくはない。小雪には、もっと広く世界を知って欲しかった。冬馬はその始まりに、直江大和を選んだのである。

 小雪を保護した時、風間ファミリーとの間にあった出来事を冬馬はわずかだが聞いていた。憧れ、救いを求めた小雪のその手を、大和たちは拒絶したのだ。

 

(彼女の心が壊れたきっかけとまでは言いませんが、要因の一つでもあります。もしもあの時、彼らがユキを救ってくれたなら、きっと今とは違う人生だったはずです)

 

 しかし、それゆえに意味がある。今の小雪は、完全に他者との間に心を閉ざしていた。すべての言葉は、表層を滑るだけで奥底まで届くことはない。だからこそ、荒療治が必要なのだ。

 

(心の傷を深くするだけなのかも知れません。それでも、ゼロは永遠にゼロのままですが、マイナスはプラスに転じることが出来る)

 

 それは賭だった。それでも、試す価値のある賭である。小雪が心から笑えるように――。

 

 

 昼間は人通りの少ないホテル街に、異様な組み合わせの人影があった。一人は妖艶な魅力を振りまく板垣亜巳で、もう一人は大型犬のように四つ足で歩くスーツ姿の中年男性だった。男性は目元を隠すマスクを付け、どこか困った様子で亜巳を見上げている。

 

「あの、亜巳様……」

 

 瞬間、亜巳の足が男の腹部を蹴った。男は苦しそうにお腹を押さえて呻く。

 

「誰がしゃべっていいって、言ったの? この豚!」

「ううっ……ブ、ブー」

 

 亜巳はSMクラブで働いており、男はそこの客だった。まさにプレイを終え、ホテルを出たところである。いつもはそこで別れるのだが、機嫌の良い亜巳が犬のスタイルのままの男を連れ、昼間の街を歩いてみようと思いついたのだ。

 

「さすがに商店街は可哀相だから、人の少ない所にしてあげる」

「ブー……」

 

 工場跡地の方から海沿いに、多馬川を目指して進む。すれ違う人々は皆、見て見ぬ振りをしつつ通り過ぎて行った。そんな中、一人の少女が足を止めた。ツインテールでゴルフクラブを振り回しながら歩く少女……亜巳の妹の板垣天使だ。

 

「あ、アミ姉!」

 

 天使は人懐っこい笑みを浮かべ、姉の亜巳に走り寄る。

 

「何、まだ仕事中?」

「少し気分が良かったから散歩してるだけよ」

「ふーん」

 

 そう言いながら、天使は持っていたゴルフクラブで男の脇腹を突く。

 

「い、痛っ!」

 

 男が思わず声を上げた瞬間、亜巳の足が容赦なく男の顔を蹴り飛ばした。

 

「豚がしゃべるなって、何度言えばわかるの?」

 

 鼻血を垂らしながら、男は怯えるように小さく震えた。その時である。

 

「何をしている!」

 

 突然、前からやって来た二人組に亜巳たちは声を掛けられた。

 

 

 放課後になり、クリスはマルギッテと共に買い物に来ていた。マルギッテはつい先日、クリスの父の命により転校して来たのである。

 

「日用品はだいたい揃ったかな、マルさん?」

「はい、お嬢様。ご案内いただきまして、助かりました」

「それじゃ、何か食べて行こう。おいしい、いなり寿司のお店を知っているんだ」

 

 二人はたわいもないおしゃべりをしながら、クリスおすすめのお店を目指した。

 

「ご飯に混ぜたゴマが絶品でな、マルさんにも食べさせたいと思っていたんだ」

「それは楽しみです、お嬢様」

 

 笑みを浮かべて頷いたマルギッテが正面に視線を戻した時、不意にその顔が曇る。マルギッテを見ていたクリスは、首を傾げた。

 

「どうした、マルさん?」

「いえ……」

 

 珍しく言葉を濁すマルギッテに、クリスは視線を追う。するとそこには、一瞬、何だかわからないものが居た。

 

「犬? いや、人か!?」

 

 なぜ人間が四つ足で、まるで犬の散歩のように歩いているのか。クリスはあまりの驚愕に言葉を失った。

 

「何かのプレイでしょう。そういうものがあると、噂には聞いたことがございます」

「プレイ? 遊びなのか?」

 

 不思議そうに眺めていたクリスだが、一人の女が男を蹴るのを見て怒りが湧いた。いくら遊びとはいえ、無抵抗の人間に暴力をふるうのは許せない。

 

「何をしている!」

 

 マルギッテが止めようとしたがすでに遅く、クリスはそう叫びながら走り出していた。


 
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