No.213615

不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『平等な世界2』

バグさん

コーラサワーって酷いなあ、なんて初めは思っていたけど、ウーロンハイの方が飲む気が起きないから、今では普通。そんな話。

2011-04-26 22:53:39 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:312   閲覧ユーザー数:305

「バーテンダー、この…………コーラサワーというのは、どういうものなんだい?」

 流暢な日本語で、彼はそう言った。

問われた若いバーテンダーは、少し目を丸くして、しかし、すぐに我に返る。

急に室温が下がったか? と、不審に思いながら、振り返る。

何時からそこに居たのだろう。

そして、他の客は何時帰ったのだろう。

気が付くと、カウンター席には1人の男しか座っていなかった。その、流暢な日本語で話しかけてきた外国人の男以外は。

グラスを磨くために、ほんの少し客に背を向けていただけなのに、何時の間にか店…………ショット・バーの中には、2人しか居なくなっていた。バーテンダーと、外国人の客。その2人しか。ホールの人間すら見当たらない。厨房の中に居るのだろうか。今は他の客が居ないから良いものの、一体どういうつもりなのか、とバーテンダーは憤りさえ感じた。

金髪碧眼の男…………イギリス系の外国人が、少なくとも日本人には見えない外国人が、日本人の如く日本語を操るという事は、おかしい事だろうか? おかしくは無いだろうが、違和感を覚える。それは仕方が無い事だろう。常識を測る物差しは度量ではなく、単純な経験だ。外国人が日本語を流暢に操る場面を見たのなら、半数以上が驚くはずだ。だから、そういう経験が無かったバーテンダーが、日本語を日本人と同等に使いこなす外国人に驚いて、一瞬だけ仕事を忘れても、それは仕方の無いことだった。

バーテンダーは少し混乱し、問われた事を頭の中で反芻して、整理する。そして、簡単な質問であった事に安堵し、コーラと蒸留酒…………日本の場合は焼酎を使用していると、一応付け加えた…………を混ぜ合わせたものだと説明した。

「ああ、有り難う。日本の料理は、飲み物も含めて面白いものが多いから、語感的に理解できても、実際を想像しづらいんだ。ああ、コーラは分かるよ。私はとてもコーラが好きなんだ」

笑みを浮かべて、外国人の男は言った。

ここまで日本語を自在に操っておいて、それでもわからない事は多いのだな、とバーテンダーは新しい会話のネタを仕入れた事に、感謝した。もちろん、日本人だからといって、日本文化の全容を理解している人間がどれほど居るかといえば、それは甚だしく怪しい。そして、創作系の料理ならば、例え日本人でも語感から想像する事が難しいものなど、いくらでも有る。

「とは言え…………僕という人間はアルコールを摂取した事が、実は無いんだけども」

「は?」

「これが、初めての体験という事になるね。とても、そう、胸が弾むよ」

バーテンダーは怪訝な面持ちで、その外国人の男を見た。日本の酒が初めてという事では無く、酒自体が初めてなのだと、確かにその男は言った。とても未成年には見えないのだが。少なくとも20は過ぎている筈だし、かといって30を越している風には見えないから、きっとそのくらいなのだろう。

外国人は、もっと酒に寛容かと思っていた。バーテンダーはそんな感想を持った。確かにその通りだ。名の知れた、ほとんどの国では、飲酒適用の年齢が日本以上に低い。名の知れていない国では尚更だろう。発展途上国ではより顕著だろう。ただ、アメリカでは、ほとんどの州法で日本国憲法以上に厳しい。だからといって、未成年の飲酒がなされていないという事では無い。州法で禁止されていようと、10代半ばで酒に溺れる人間は居る。外国の少年少女たちは、往々にして日本人の彼らよりも、もっと積極的だろうから、その比率もそれなりに高いのではないだろうか。

だから、バーテンダーの考えもそれほど的外れでは無い。

だが、その男は見るからに真面目な風貌をしており、人当たりの良い柔らかい笑顔を作っていた。

きっと、周りの人間に飲酒を誘われても、その気になれなかった青春時代を過ごしたのだろうと、バーテンダーの中で、彼に対する好感度が少し上がった。真面目は美徳だ。大多数の日本人は、少なからずそう考えている。

仕事中にも関わらず、聞かれていない事まで色々と説明して見たりもした。各種類の酒や料理について、日本式のそれを。日本語の流暢な外国人と話をするというのは、バーテンダーにとってはちょっとした非日常であり(そもそも、外国人と対面する事すら始めてだったりもした)、刺激的だったのだ。

男はそれを大層快く受け取ってくれたようで、予算はいくらでも有るから、気にせずにどんどん出してくれ、とまで言ってきて、終始満足気に聞いていた。

酒が初めてだというその外人は、しかし、それを感じさせない様なペースで酒を胃に流していく。一時間の間に、グラスで7杯ほど飲み乾した。そろそろ止めるべきか、とバーテンダーは思ったが、どうも酔った風には見えない。

バーテンダーが知る限り、酒豪やうわばみやら、そんな風に呼ばれる人種ならば、このくらいのペースは別に不思議では無い。より多く、そしてより早く飲む人間はざらに居るだろう。だが、目の間に座っている客は、初めて酒を飲むのだ。顔に出ていないだけで、突然倒れる人間も居るだけに、油断は出来ない。

やはり止めるべきだろう。

この外人に色々と説明しながら酒を進めるのは楽しいが、健康を害されても困る。ショットバーなどで働いていれば、客の嘔吐など日常茶飯事では有るが、当然、気持ちのよいものでは無いからだ。店の前に救急車を付けられるのもお断りしたいのだった。

「あの、お客様。お酒は、そろそろ止めておいた方が良いと思うのですが」

「…………? どうして?」

外国人の男は、やはり酔った様子などまるで見せずに、返答した。真顔で返答され、

「お客様の健康を、損ねる可能性がございますので」

ややもたつきながら、どう説明すれば良いのかと考え、ようやくそれだけを搾り出した。この外国人の男に真顔で眼を合わせられ、どうしてだか、バーテンダーは非常に落ち着かない気分になってしまったのだ。

実際には、面倒ごとを避けたいだけでは有る。バーテンダーとは言え、まだまだ年若く、どちらかと言えばプライベートの方に力を入れたく、何かトラブルに発展する様な面倒だけは避けたいのだ。

「ああ…………なるほど。確かに、何事も過ぎると良くない。アルコールならば、尚更だ」

外国人の男は快活に笑い、

「私の健康に気を使ってくれて有り難う。貴方は良い人だ」

バーテンダーは握手を求められた。

盛大に勘違いさせてしまい、申し訳なく思いつつも、バーテンダーはそれに応じた。やはり、酔っているのだろうか? それとも、外国人特有のオーバーリアクションだろうか? などと思いながら。

その手に、バーテンダーは自分の手を合わせて。

ゾッとした。

その冷たさに。

思わず振り払おうとしたバーテンダーだったが、ドライアイスに指が貼りついてしまったかの様に、その手は取れなかった。

「本当に良い人だ。きっと御両親の教育が良かったんだろう」

焦って、混乱するバーテンダーに対して、外国人の男は平然と笑みを浮かべ、

「奇遇だな。私の両親も、とても良い教育で私に接してくれてね。それがとても自慢なんだ」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに。

バーテンダーは全身を分厚い氷に覆われて、絶命していた。

外国人の男は、バーテンダーからゆっくりと手を放し、財布を取り出した。

「ご馳走様。お金はここに置いておくよ。お釣りはチップとして取っておいてくれ。ああ、日本にはチップの概念が無かったか。しかし、勝手にレジを開けるのも悪いしな…………」

外国人の男は、困った風に、氷付けになって、もう動かないバーテンダーに眼をむけ、店の中を一周し始めた。

一周する途中で、足元に転がっている、氷漬けになった客や店員に足が当たってしまい、その度に謝っていた。

そして、再びバーテンダーの前まで戻ってくると、

「ああ、じゃあ色々と教えてくれたお礼に、お釣りは君に上げるよ。店では無く、君にね。君の葬儀用の献金だと思ってくれると嬉しいな」

外国人の男はそう言うと、上機嫌に去っていった。

数時間後、駆けつけた救急隊員と警察は、その異様な光景に、店内の冷気以上の冷たさを覚える事となる。

「サンジェルマン伯爵になりたい」

「本人になりたがってどうするのよ。あと、そいつ詐欺師の線が濃厚よ」

「なん…………だってぇ…………?」

驚愕に顔を強張らせたヤカが、プルプルと手を震わせた。手に持ったオカルト雑誌がスルリと抜け落ち、虚しい音を立てる。リコのベッドに寝そべって本を読んでいたために、あまりよろしくない形を作って、床に落ちた。

リコが本を読んでいたために、自分も難しそうな本を読んで頭を良くしてやるから後悔するな、と謎の豪語を残し、ヤカは一度帰宅した。そして、戻ってきた時に持っていたのは、彼女が愛読しているオカルト雑誌だった。それで頭が良くなるのか、と聞いたが、知らん分からんと言われては、リコも頭を抱えるしか無い。良く考えれば、ヤカが新書や選書を購入するはずも無く、リコの兄の部屋は鍵がかかっていたはずだ。その辺りで本の探索が面倒になり、父や母の部屋まで足を運ばなかったのだろう。

18世紀のヨーロッパでは、当時隆盛を極めた怪しげな錬金術の効果も有り、詐欺師による詐欺事件が多発していた。

自称数千年を生きたと伝えられる、タイムトラベラーにして不死の超人、サンジェルマン伯爵もまた、その様な人物の一人であった…………可能性が濃厚である。

もしかしたら本当に不死の超人であり、もしかしたら現在も何処かで怪しげに活動しているのかもしれない。と、リコは心の中で付け足した。子供の頃からもそうであり、最近では顕著になって、自身の存在すら脅かしている超常現象を今現在も体感しているリコとしては、どうにも否定しきれない話では有った。

ともあれ、どんな形であれ、ヤカがサンジェルマン伯爵本人になるのは不可能な話だった。騙るだけならば、もちろんいくらでも出来るだろうが。それこそ、当時の詐欺師の様に。

リコの言葉にショックを受けたらしいヤカは、実はそこまでショックを受けていないようで(実際、どうでも良いのだろうが)欠伸をしながらベッドの上で仰向けになって、伸びをした。無駄に長い髪を無造作に束ねた、無駄に長いポニーテールが、最早別の生き物のようにベッドから垂れ下がっていた。見慣れた光景だが、知らない人が見たら結構ショッキングだろう。

「本、片付けておいてぇ」

「…………全く、本は大切に扱いなさいよ」

嘆息して、床に捨て置かれたオカルト雑誌を拾い上げた。

「あと、お茶とお菓子もください」

「晩御飯前だから我慢しなさい」

「じゃあ、晩御飯の後に来るから、用意しておいてください」

「この本、ちゃんと持って帰りなさいよ。私、読まないし」

イエスなのかノーなのか、本気なのか本気でないのか分からないやり取りを、ごく普通にこなしてしまう辺り、幼馴染なのだなあと、今更ながら、リコは思った。

そして、何の気なしに、オカルト雑誌をペラペラとめくる。本:ネクロノミコンのせいで、ページをめくる動作が異様に上達してしまったリコだった。

色々な記事が有り、古今東西を問わない、様々なオカルトネタが扱われているようだった。

ページをめくる内に、その中の1記事が目に付いた。

なんという事は無い。紹介されていたそのネタは、

『氷漬け殺人の謎。地下室に存在した大量の遺体の呪いか?』

という、他のページに記載されているオカルトネタと、ほとんど同じ様な謳い文句の見出しだった。

リコはその記事が特に気になったわけでは無かった。

ただ、

『フリージング・ベースメントの初犯か…………。こんな特集を組まれるなんて、情報統制はどうなっているのかしら?』

と、当然の様に、『知らない事実』を思っただけだった。

それがどれだけ異様な事かも気づかずに、最後までページを流して、テーブルの上にオカルト雑誌を置いてから。

リコは愕然とした。

オカルト雑誌の、誇張されたネタにしか過ぎないはずの記事が、疑うこと無く事実だと知っていた自分に、愕然とした。


 
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