No.210644

真・恋姫†無双~恋と共に~ 外伝:そんなアルバイト

一郎太さん

外伝

2011-04-08 19:39:27 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:11975   閲覧ユーザー数:8057

 

とある土曜の昼下がり。俺が作った昼食も食べ終え、2人でゴロゴロしていると、ふいに恋の携帯のアラームが鳴りだした。

 

「何かあるのか?」

 

俺の問い掛けに軽く頷くと、着ている部屋着を脱ぎだして、タンスをごそごそと漁り出す。とっくに慣れてはいるが、せめて着替えを準備してから服を脱ごうな。

 

「ん…今日は、お出かけ………」

「へぇ…学科の奴か?」

 

雪蓮とかなら俺も誘うだろうし。

 

「違う…今日は、アルバイトの日………」

「そうか………って、バイト!?」

 

恋の口から飛び出したのは、これまでまったく話題に上らなかったアルバイトという単語。俺自身は塾講師のバイトをしているが、恋はどうにもそういった事が向いておらず、これまではバイトなどしていなかった。その恋が、これから仕事に行くと言う。

 

「………マジ?」

「マジ…」

 

外行きの服に着替え終ると、恋は財布と携帯をバッグに入れ、いってきますと一言残して部屋を出て行った。

 

「………………マジで?」

 

茫然とする俺を置いて。

 

 

 

 

 

 

そんなアルバイト

 

 

 

という訳で、尾行開始だ。恋が歩く10メートルほど後ろを、電柱や車の陰に隠れながら俺は後をつける。恋はそんな俺に気づくはずもなく、いつも通りにゆっくりと歩を進めていった。

 

「あら、一刀君、何してるの?」

「っ!?」

 

後ろからかかる声に振り向けば、大家さんがスーパーのビニール袋を持って立っていた。買い物帰りだろうか。というか、まったく気配がなかったぞ、この人。

 

「えぇと、恋がバイトに行くなんて言い出したもんで、心配で………」

「あらあら、相変わらず恋ちゃんの事となると心配性になるのね」

「いや、そういう訳では………」

「はいはい。そんなに不安がることもないと思うわよ?ま、見つからないようにね」

 

それだけ言い残すと、大家さんは背を向けた。相変わらず、その背に隙はない。

 

「いったい何者なんだ、あの人は………」

 

その背を見送り、尾行を再開する。

角をいくつか曲がり、住宅街を歩く。いったいどんなバイトだというのだろう?俺は、恋の後ろ姿を見つめながら、なんとなく想像してみる。

 

 

 

Case.01 飲食系

 

「恋ちゃん、これを3番テーブルね」

「………ん」

「返事は『はい』でしょ?」

「……はい」

「よろしい。はい、お願い」

 

優しい先輩に見送られながら、ハンバーグとパスタの乗ったトレイを運んでいく。と、そこに友人同士で会話に花を咲かせる親の目から逃れて走り回る子どもが飛び出してきた。そして恋の手にはハンバーグの乗った熱々の鉄板。しかし、彼女はひょいとそのガキを避けると、そのままテーブルへと到着した。

 

「……お待たせ…ハンバーグと、パスタ……です」

「へ?あ、あぁ、どうも………」

 

接客業とは思えないその口調に呆気にとられる客を意にも介さず、テーブルに料理を乗せていく。2つの皿には、半月型のハンバーグと明らかに量の少ないパスタ。

 

「あの、店員さん………?」

「………?」

「これは………」

「オススメ…美味しかった」

「………」

 

 

 

………これはないな。次。

 

 

 

Case.02 塾講師

 

「次の文を……ん」

 

国語の授業。生徒を指して、テキストを読ませていく。

 

「―――及川は一刀の(ピー)に指を添えると、その小さな突起を捻り上げる。『あぅっ!?』一刀の口からは痛みに対する苦しみと、それ以上の何かが含まれた声が漏れ出た。『かずぴー、痛いんか?それとも気持ちがいいんか?』『はぁ…はぁ………』一刀は及川の質問には答えない。否、答えられない。ただ、その間にも一刀の(ズキューン)はムクムクと隆起していき、ついにはその頂を虚空へと向けて―――」

「せんせー、何か変じゃないですか、この文章?」

「…ん、そんな事はない。これは…芸術………」

 

 

 

気持ち悪くなってきた………却下。

 

 

 

 

 

 

Case.03 ティッシュ配り

 

「こちらどうぞー」

「よかったら今後ご利用くださーい」

「………」

「ありがとうございまーす」

「どうぞー」

「………………zzz」

 

 

 

どうしようもないな。

 

 

 

Case.04 PCの打ち込み

 

「それじゃぁ、このデータをエクセルで表にしてくれ」

「ん…」

 

ダダダッダダダダダダッ、ダダダダダダダダ、ッターン!!!

 

「………君、すごいね」

「パソコンは…得意………」

 

 

 

何故だろう。知的活動から一番遠いはずの恋なのに、一番しっくりくる。

そんなくだらない事を考えているうちに、恋はついにその歩みを止めた。

 

 

 

 

 

 

見れば、普通の一軒家。表札はこの位置からは見えない。

 

「………」

 

そのまま門の中に入っていく恋に気づかれないように身を屈めると、俺は入り口の傍まで近寄った。呼び鈴の音と、それに次いでドアが開く音が聞こえてくる。

 

「あら、恋ちゃん、いらっしゃい」

「…ん」

「今日もよろしくね」

 

どうやら奥さんが出てきたらしい。

 

「(あれ、この声………?)」

 

短い会話ののち、恋はその家の中へと入っていった。と、すぐに扉が開く。俺は玄関から見えない位置まで下がると立ち上がり、通行人の振りをして歩いて行った。門から出てきたのは妙齢の女性。彼女は門をしめると、見た目に違わず優雅な動きで俺とすれ違っていった。

 

「………家庭教師だろうか?」

 

彼女が角を曲がった頃を見計らって、俺は振り向き、さきほどの家まで戻る。普通の家に入っていったという事は家庭教師という線も大いにあり得る。だが、恋にそれができるのだろうか。そんな事を考えていると、庭の方から声が聞こえてくる。

 

「―――あはは、恋お姉ちゃーん」

「―――ん…」

 

恋もいるようだ。俺は周囲を見渡して人影がない事を確認すると、そっと門の中へと忍び込んだ。

 

 

 

 

 

 

家の裏側には大小2つの影。小さい影は庭を駆け回り、大きい影は縁側に座ってそれを眺めている。

 

「恋お姉ちゃん、ボール遊びしよー」

「ん…」

 

その少女の誘いに、恋は立ち上がる。少女が地面に落ちていたボールを拾い上げて恋に向かって投げると、恋もそれを上手く受け止めて彼女に優しく投げ返す。本当の姉妹のように、優しい光景。

 

「(ベビーシッターみたいなものか………)」

 

どうやら恋の言うバイトとは、この事だったらしい。だが、これならあの恋でも大丈夫だろう。先ほどの会話から察するに、既に何度か来ているみたいだしな。俺はひとり納得すると、このままそっとしておこうと後ろを振り返った。

 

「………………」

「悲鳴を上げて警察に通報されるのと、このまま大人しく帰るのと、どちらがよろしいですか?」

「………事情を説明させてください」

 

そこに立っていたのは、つい先ほど出ていった筈のこの家の女性。おそらく少女の母親だろう。そして気配をまったく感じなかった。いつからこの住宅街は達人たちの巣窟となってしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「要するに、貴方は恋ちゃんの彼氏で、彼女が浮気をしていないか心配で後をつけていたわけね」

「後半は違います。というか、そんな事一言も言ってないですよ………」

 

事情を話して家に上げられる。忘れ物を取りに戻ったらしいのだが、こんな風に話していて時間は大丈夫なのだろうか。いや、俺が言える立場でもないが。

 

「…一刀は、心配性」

 

俺の隣には、少女―――璃々ちゃんを膝に乗せて座る恋。そんな眼で見ないでください。

 

「あの、恋はとても不器用な娘なんです。そんな恋がバイトをする、って出て行って、それで心配で………」

「あらあら、本当に心配性ですのね」

 

俺の簡単な説明に、奥さんは優しく微笑んでくれる。不法侵入の疑いは晴れたみたいだが、どうにもその視線は困ってしまう。

 

「心配しなくても大丈夫ですわ。うちの璃々もよく懐いているし、恋ちゃんはしっかりやってくれています。ね、璃々?」

「うん!恋お姉ちゃんと遊ぶの楽しいよ」

 

聞けば、奥さんは旦那さんをはやくに亡くされて、女手一つでこの娘を育てているらしい。そして、幼稚園が休みの土曜日に仕事に行くこともある為、ベビーシッターとして恋を雇ったとのことだ。と、そこで俺をじっと見つめる小さな視線。

 

「………何かな、璃々ちゃん?」

「ん…思い出した!一刀お兄ちゃん、この間、庭に隠れていた人だ!」

「………」

 

空気が割れる音が聞こえた気がした。そして思い出した。さきほどからずっと気になっていた奥さんの声。春蘭から追われ、隠れていた時に聞いた声だ。そう言えば、あの時も璃々という名前を聞いた記憶がある。

 

「………ご説明を」

「はい…」

 

小学生にストーキングされたなどと信じて貰えないかもしれないが、俺は説明するしかない。どうにも、今日は厄日なのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

そして、恋の説明も加えてどうにか納得してもらえた俺は、テーブルに突っ伏してしまう。こんなに焦ったのは本当に久しぶりだ。

 

「まぁ、恋ちゃんの彼氏さんがそんな事するわけない、という事にしておきますわね」

「…感謝します」

 

俺の説明フェイズも終わり、奥さんは立ち上がった。

 

「さて、私は仕事に向かいますわ。恋ちゃん、璃々のお世話お願いね」

「…ん」

「それから一刀さん」

「はい…」

「一刀さんも、たまには恋ちゃんと一緒に遊びに来てね」

 

思わず呆気にとられてしまう。第一印象は最悪のはずなのに、こんな風に接してくれるなんて………。胸と同様にその心も大きゲフンゲフン…何か妄言が飛び出した気もするが、気のせいだという事にしておこう。

 

そうして出て行く奥さんを見送る俺達3人。しばらくそうした後、俺も立ち上がる。

 

「さて、それじゃぁ俺も帰るよ。恋、邪魔して悪かったな」

「帰っちゃうの?」

 

俺の言葉に先に反応したのは、恋ではなく璃々ちゃんだった。少し寂しそうにしている。

 

「お母さん、言ってたよ。一刀お兄ちゃんも遊びに来ていい、って」

「あー……」

 

俺が答えあぐねていると、恋も立ち上がった俺の裾を掴む。

 

「………一刀も、一緒に遊ぶ」

「一刀お兄ちゃん…」

「………わかったよ。それじゃぁ、俺も一緒に遊ばせてもらうかな」

「やったー!」

「…ん」

 

結局、無垢な2対の視線に負けてしまう俺であった。

 

 

 

 

 

 

数時間が過ぎ、そろそろ夕食の時間になろうかと言う頃―――。

 

「あれ、電話が鳴ってる」

「…出てくる」

 

廊下の方で鳴り出した電話に、恋が向かおうとした。

 

「いいのか、勝手に出て?」

「ん、いい、って言われてる」

「そか」

 

そう言って、恋は居間を出て行った。俺は寝転がって塗り絵をしている璃々ちゃんを見ている。すると、とととっ、という足音と共に、恋が戻ってきた。

 

「どうした?」

「一刀…ご飯、作って」

「お腹すいたのか?」

「ん…それもあるけど、璃々の分も………」

 

どういう事だ。もしかして今の電話と関係あるのだろうか。

 

「もしかして、電話は奥さんから?」

「ん…まだ繋がってる」

「………俺が代わった方がいいか」

 

俺は立ち上がって恋を璃々ちゃんのおもりに戻すと、廊下へと向かった。玄関脇の電話機は受話器が外れたままになっている。そう言えば、携帯の保留機能の使い方も知らなかったっけ。俺は受話器を持ち上げると、電話口に語りかけた。

 

「もしもし?」

「あら、一刀さん。恋ちゃんは?」

「どうにも要領を得ないので、変わらせてもらいました。夕食の事ですか?」

「そうなのよ。どうも仕事が長引きそうで………あとでお金を払うから璃々の食事をお願いしようと思ったの」

「そういう事か」

「え?」

 

電話越しに、疑問の声が上がる。

 

「いえ、恋が璃々ちゃんの分の食事を作ってくれって言ってきたものですから………。よかったら俺が作りましょうか?」

「それはありがたいのですけど………いいのですか?」

「かまいませんよ。恋は料理が苦手ですし、今日は俺もご迷惑をかけてしまったわけですから。遠慮なさらないでください」

「そう…それじゃ、お願いしてもよろしいかしら?」

「えぇ、あとお金も結構ですよ。今日のお詫びです」

「いえ、そんな訳にはいかないわ」

「お気になさらなくても………」

「そちらこそ、気にしなくてもいいのに」

 

堂々巡りだな。仕方がない、折衷案でいこう。

 

「でしたら、冷蔵庫の食材を使わせてもらってもいいですか。足りない物があれば、その分だけもらう形で」

「そうですね………ふふっ、一刀さんも結構強情なのね」

「いや、そういう訳では……」

「でも、そうしてもらえるとありがたいわ。お米は流しの下にあるから、それを使ってちょうだい。あと、一刀さんと恋ちゃんも一緒に食べてあげてくれると、あの娘も喜ぶわ」

「はい、わかりました」

「それでは、よろしくね」

「はい。お仕事頑張ってください」

 

最後に短い挨拶を交わして受話器を置く。さて、ひと仕事やりますか。

 

 

 

 

 

 

一時間後、料理を作り終えた俺は、食卓に三人分並べていく。璃々ちゃんのリクエストと冷蔵庫の中身が一致してくれたおかげで、こうしてハンバーグを準備することが出来た。テーブルの上にはメインディッシュの他にサラダとスープ、そして茶碗に盛られたご飯が並んでいる。

 

「うわぁ、美味しそう!」

「ん…一刀の料理は、おいしい」

「しっかり食べな」

 

全員でいただきますと手を合わせて、食事を開始する。俺もスープを口に含んでいると、ある事に気がついた。

 

「……零れてる」

「うん!」

「………」

「…野菜も、ちゃんと食べる」

「はーい」

「………」

 

あの恋が自分の食事もそこそこに、璃々ちゃんの世話をしているのだ。口についた食べカスを取ってやったり、好きなものばかり食べる璃々ちゃんを諌めたりと、まるで母親のように振る舞っている。

 

「…?」

 

と、そんな俺の視線に気づいたか、恋がこちらを見上げてきた。

 

「いや、なんでもないよ」

「……ん」

 

俺の言葉に興味も失せたか、再び璃々ちゃんの世話に戻る。その姿も見ていたかったが、さすがにこのままでは申し訳ない。俺は2人にバレないように手早く料理を平らげると、椅子を持って璃々ちゃんを挟んで恋の反対側に移動した。

 

「……?」

「俺はもう食べたから、今度は俺が璃々ちゃんをみてるよ。恋も食べちゃいな」

「………いいの?」

「もちろんだ」

 

俺の言葉に何度か自分の料理と璃々ちゃんを見比べ―――

 

「…ありがと」

 

―――ようやく自分の料理に手を付け始めた。

 

 

 

 

 

 

食事も終わり、俺が食器を洗っていると、玄関が開く音がした。奥さんが帰ってきたようだ。

 

「おかえりー」

「ただいま、璃々。いい子にしてた?」

「うん!」

 

てててっと玄関に向かって駆けて行った璃々ちゃんと奥さんの話し声が聞こえてくる。そのまま足音と共に、璃々ちゃんを抱っこした奥さんが台所へとやって来た。

 

「ありがとうね、一刀さん」

「いえ、これくらいどうって事ないですよ」

「一刀お兄ちゃんのご飯、すごくおいしかったんだよ!」

「あら、よかったわね」

 

そう言って首に抱き着く璃々ちゃんを撫でる奥さん。本当にいい親子だ。

 

「そういえば、奥さんは食事は済ませましたか?」

「いえ、まだですが…」

「よかったら作りますよ。スープを温めて、ハンバーグを焼くだけですし」

「………」

「どうかしました?」

 

食器を洗いながらかける言葉に反応のない奥さんを振り返ると、俺の事をじっと見ていた。

 

「ふふふ、なんでもないですよ。それじゃ、お願いしましょうかしら」

「はい、10分くらいで出来るから、璃々ちゃんと遊んであげてください」

 

それから居間で遊びの後片付けをしている恋の方へと向かう奥さんの気配を背に、俺は鍋を火にかけ、ラップに包んで冷蔵庫に寝かせていた生地を取り出した。

 

 

 

 

 

居間で璃々ちゃんが恋に楽しそうに話しかける声を聞きながら、俺と奥さんは向かい合って座っていた。奥さんは食事をとり、俺はお茶をいただいている。

 

「それにしても、恋ちゃんは幸せ者ですね」

「なんですか、突然」

「いえいえ、特に理由はありませんわ」

 

そう言って微笑む。明らかに誤魔化されたが、こういうタイプの人には口で勝てる気がしない。

 

「俺も今日はいいものが見れたんで別にいいんですけどね」

「あら、恋ちゃんの母性を垣間見て惚れ直しましたか?」

 

ほら、なんでもお見通しな感じだよ。

 

「そんな感じです。隠す事でもないんですが、恋は何よりも食べる事が好きなんですよ。その恋が、今日は自分よりもちゃんと璃々ちゃんを優先してて……ま、母性ですかね」

「ふふ、女の子は誰だってそういうものを持っているものなんですよ。貴方にだって父性みたいなものはあるでしょう?」

 

そう言われて思い出すのは、数か月前に出会った双子の小学生。その出会いに、確かに俺は自分の中の父性を感じていた。

 

「今日は本当にありがとうございました」

「いえ、俺を警察に突き出さないでくれていただけで十分にありがたいですよ」

 

食事も終え、お茶で一息を突いていると、そんな風に切り出してくる。照れくさくなり、俺も冗談で返してしまう。

 

「ふふっ、それもそうですわね」

「えぇ。それじゃ、奥さんも帰ってきたことだし、そろそろ俺と恋はお暇します」

「何度も言うようだけど、今日は本当に助かりましたわ。璃々もすっかり懐いちゃったみたいで」

「俺も楽しかったです。そうだ、またこんな事があった時の為に、連絡先教えておきますよ。恋の仕事をとるわけにはいかないけど、食事くらいなら作ってあげられますので」

「本当ですか?ぜひお願いいたします」

 

俺は奥さん―――紫苑さんと連絡先を交換する。一緒に遊ぶくらいなら恋でも問題ないが、食事の準備までは期待できないからな。俺と恋は璃々ちゃんともお別れをし、家路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

帰り道―――。

 

「恋もお仕事頑張ってるな」

「…ん。璃々は、可愛い」

「そうだな」

 

2人手を繋いで街灯の下を歩く。今日は月も出ていない。

 

「………一刀」

「なんだ?」

「………なんでもない」

「どうした、言ってみな」

 

言いたい事はそのまま言う恋が、珍しく口籠る。俺はいつものように優しく先を促すが、なかなか続きを口にしない。と、ふいに左手を握る力が強くなった。

 

「………一刀」

「なんだ?」

「…恋も、子どもが欲しい………って言ったらどうする?」

「………………………」

 

まさかの発言が飛び出し、俺は思わず呆気にとられる。いや、恋とそういう関係になるのが嫌という訳ではない。むしろ、なりたいとすら思っている。だが、俺も恋もまだまだ学生だ。そういう話はもっと先の事で………。そんな風に様々な思考が巡るなか、ふと手にかかる力が弱まった。

 

「………冗談」

「………………………」

 

なんだ、冗談か。そら恐ろしくなる。恋もそんな事を言うようになったか。

 

「でも………」

「…?」

「いつかは…そう、なりたい………」

 

そう言って微笑む恋の顔は、かつてないほど大人っぽくて、優しいものだった。

 

 

 

 


 
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