No.207091

真・恋姫†無双~恋と共に~ #45

一郎太さん

#45

2011-03-19 21:49:02 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:18894   閲覧ユーザー数:12480

#45

 

 

汜水関の戦いは三日目を迎えた。連合軍は初日、2日目と同じ布陣で、この日も前線の劉備軍のさらに前に9人の武将が並んでいる。対する董卓軍も、関の反対側で出陣の準備をしていた。両軍は知らない。この日、戦局が大きく動く事を。誰も知らない、それは誰かが意図したものか、それとも天の意志なのかも。

 

 

「今日は出てきてくれるみたいね」

「………何故わかるんですか?」

 

 

呟くは雪蓮、問いかけるは周泰。主の確信したような口ぶりに、素直に疑問を口にする。

 

 

「なんじゃ、明命はまだまだ実戦経験が足らんの。空気じゃよ。関の向こう側では出撃を今か今かと待っている奴らがうじゃうじゃしておるわ」

「流石華雄の兵ね。一兵卒に至るまで彼女みたいに戦いたがっているのがわかるわ」

「そういうものなのでしょうか…」

 

 

宿将の言葉にも素直に頷くことが出来ない。じっと汜水関を目を凝らして見やるも、昨日と違った様子は捉えられないでいた。

 

 

「………そろそろだな、姉者」

「あぁ。今日こそは出てくるみたいだ。北郷は…当然出てくるだろうな」

「何故わかるのですか?」

 

 

曹操軍から出てきている3人の将も同じような会話をしている。凪もそれなりに戦を経験してきてはいるが、それでも夏候姉妹のように戦が始まってもいない状況を把握するには慣れていない。ひとえに経験か本能のなせる事なのだろう。現に―――

 

 

「星!向こうで兵隊たちが準備しているのだ!」

「おや、鈴々にもわかるか……それに2つの巨大な闘氣がある。華雄と『天の御遣い』だろうな」

 

 

―――まだまだ幼い風貌をした張飛にも、その様子は感じられていた。

 

 

「(さて、今日出撃するとは言っていたが………どれだけ疼いているんだろうな、一刀たちは………)」

 

 

また馬超も、2日前の言葉がなくともその雰囲気を感じ取っている。遙か後方で自軍の馬たちが微かにざわついている様子も伝わってきていた。動物は人間よりもそういった空気に敏感だというが、その反応を感じとることが出来る彼女もまた、卓越した存在であることは確かである。

 

 

 

 

 

曹操軍―――。

 

 

「どう動くと思う、桂花、稟?」

 

 

問いかけたのは、軍の大将である華琳。彼女もまたその空気を感じ取ってはいたが、それを理解している前提で軍師の2人に話しかける。問いかけられた少女たちもまた、そこに疑問を呈さずに返事をした。

 

 

「一刀殿たちもまた春蘭様たちがいることを確認している筈です。なれば、一刀殿と華雄が9人の相手をするでしょう」

「そうね。華琳様、我々も軍を進めて汜水関の確保を狙うべきかと」

「わかったわ。真桜、沙和!春蘭たちがいない今、軍を進めるのは貴女達よ。しっかりと将としての仕事をしてみせなさい」

「任せときぃ」

「はいなのー」

 

 

華琳の命を受け、三羽烏のうちの2羽である真桜と沙和は軍の先頭へと向かう。これまで凪と共に3人で活動することが多かった2人だが、実質3人を纏めていた凪がいない今、自分たちがやるしかない。僅かの緊張を感じながらもそれを億尾にも出さず、2人は歩いていった。

 

 

「麗羽たちも数に任せて軍を進めるでしょう。前線は混乱を極めるわ。桂花、貴女には沙和と共に本陣の右半分を任せるわ。袁紹軍との上手く折り合いをつけなさい」

「御意」

「稟、貴女には真桜と左半分を。隙を見て、一気に汜水関の扉を目指しなさい」

「畏まりました」

「季衣は、私と共に本陣にいなさい。場合によっては出て貰う事もあるかも知れないから、準備だけは怠らないように」

「はーい」

 

 

それぞれの将に指示を出すと、華琳は遠く汜水関を見やる。さて、彼の者はどのように動くのだろうか。そして彼の智である風はどのように軍を動かすのだろうか。彼女の心は、来たる決戦に向け、激しく踊っていた。

 

 

 

 

 

孫策軍―――。

 

 

「蓮華様。それではよろしくお願いいたします。思春も頼むぞ」

「えぇ、冥琳と穏は本陣を頼む。思春、私達で汜水関を獲るわよ」

「御意。蓮華様は私がお守りいたします。周囲の事は気にせず、隊を率いて汜水関のみを目指してください」

 

 

この陣でもまた、行動方針は既に下されていた。敵将は遠く汜水関前にいる武将たちが抑える。なれば、こちらにできるのは汜水関を落とすことだけである。数は連合軍に分があるとはいえ、猛将・華雄の兵である。気を抜くことは出来ない。

雪蓮ではなく、妹の孫権に出陣させる事に僅かばかりの不安を覚えるが、冥琳はそれを押し殺す。国を作るのが雪蓮ならば、その国を守るのが妹である孫権の役割だ。その為にも、いまは経験を積ませなければならない。彼女の思考は戦場にありながら、はるか未来を見据えていた。

 

 

 

 

 

劉備軍―――。

 

 

「朱里ちゃん、今日は出てくるよね?」

「うん、きっと出てくるよ、雛里ちゃん。籠城は時間稼ぎが主だとしても、流石にこの大軍を相手にしてれば精神的にも疲れちゃうからね」

 

 

本陣にいる軍師・諸葛亮と鳳統は話し合う。彼女たちに戦場の空気を感じることは難しいが、それでも論理的な思考で敵の感情を想定する。どのように敵は軍を展開するのか、それも対策を講じるべきことではあるが、2人が不安に思うのはそれだけではない。むしろ―――

 

 

「問題は後ろの袁紹さんたちだね」

「そうだよね、袁紹さんの大軍に巻き込まれないようにしないとね。………雛里ちゃんならどうする?」

 

 

親友の問いかけに、鳳統はわずかに帽子を傾けて思考する。皆が功を得ようと動くなか、自分たちは巻き添えを避ける事も考えなければならない。しばし黙考した後、鳳統は口を開いた。

 

 

「うん、昨日と同じ。袁紹さんの性格なら陣を変えることもなくそのまま来ると思うの。だから、やっぱり私達は縦列陣を敷いて、袁紹さんの軍とぶつかる範囲を極限まで狭めるべきかな。先頭には愛紗さんについて貰って、そのまま進軍すれば………うん、後方からの被害は抑えられると思う」

「昨日と同じだね。じゃぁ、桃香様たちに伝えに行こうか」

「うん」

 

 

軍の前方に出て汜水関の様子を見ていた2人は本陣へと下がる。義勇軍であり正規の軍でないとはいえ、劉備軍の彼らもまた関羽や張飛、趙雲といった猛将たちと共に生き抜いてきた者たちだ。経験もそれなりに積んでいるし、また胆力だけなら他の軍の兵にも負けないと信じている。その信じる彼らの間をちょこちょことすり抜けながら、2人は本陣の劉備の下へと到着し、たばかりの戦略を伝える。

 

 

「うん、2人がそう言うならそれでいいと思う。『天の御遣い』様も華雄さんも前の人たちに任せるしかないから、私達は頑張って汜水関を落とすことに専念しよっ!………愛紗ちゃんも怪我で大変だとは思うけど、お願いね」

「いえ、怪我の方はもうよくなりましたので………それより、桃香様もお気をつけください。『天の御遣い』殿の言葉を信じるなら、彼は桃香様に期待しているとのことです。無闇に傷を負わせるような事はしないとは思いますが、それでも戦です」

「うん、あたしも頑張るよ!」

 

 

状況を分かっているのかいないのか、いつもと変わらない主の姿に関羽は苦笑するも、ただ、その瞳を信じた。2日前の夜にした問いかけに、その翌朝応えてくれた主の瞳を。彼女は言った。自分の理想を貫くと。何があっても、自分の信念を曲げないと。

ならば、自分に出来る事はその信念を信じ、何を言われようとも貫き通すことだけだ。『天の御遣い』にされた問いをもう一度されたならば、胸を張って答えられると彼女は確信していた。自分は、主の理想を守り通す。たとえその過程で笑顔が奪われようとも、その遙か先には、必ずより多くの笑顔が存在すると信じて。

 

 

 

 

 

 

汜水関裏―――。

 

 

いま、兵隊たちは大扉の前に陣を作って整列し、今か今かと出陣の号令を待っている。その前方には一刀と風、そして華雄と紀霊の4人が向かい合って立っている。一刀は真面目な顔で、風はいつもの眠たそう半開きの眼で、華雄は不適に笑い、そして紀霊は頭を抱えていた。

 

 

「何を臆することがある、紀霊よ」

「だってだって!えぇと、えぇえええっ!?」

「お前は北郷と私が徹底的に鍛え上げた猛者だ。なに、一刀の太鼓判もあるし、死ぬ事はあるまい」

「死ぬ事はって…それでもこの作戦は無茶過ぎますよ………」

 

 

軍師・風からこの日の作戦を伝えられ、紀霊の頭は混乱の極みにあった。確かに自分の主は2日で自分を化物にするとは言った。しかし、自分がどれだけ強くなったのかが分からない。かつて所属していた袁術軍では精々部隊長であり、将軍相手に勝てるわけもないと思っていた。そんな自分にこんな役目を任せるとは。

 

 

「にゅふふ、現状ではこれが一番効果的なのですよ。連合は春蘭さんや孫策さん達に任せておにーさんと華雄さんを抑えに来ます。だからこそ、なのですよー」

「でもでも、えぇと、やっぱり無理ですよぅ………北郷さんも何か言ってくださいぃ………」

 

 

紀霊の泣きそうな瞳に見つめられ、一刀はやれやれと頭を振ると、彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

「………北郷さん」

 

 

その手の感触に、紀霊は目尻を涙で濡らすと、ほっと安堵の声を上げる。そして一刀も、優しく彼女に告げた。

 

 

「精々生き延びろよ」

「………………………………………………………」

 

 

少女は絶句する。そして思い出す。普段は優しい雰囲気の彼も、こと戦となれば、無情にも鬼にもなれる人間だったのだ。主の言葉に紀霊は肩を落とすと、もう何も言わなかった。

 

 

「おやおや、相変わらずおにーさんは虐めるのがお好きですねー」

「これくらい追い詰めなければ生き延びることは出来まい。適切な指示さ」

「まぁ、紀霊は放っておくとして………華雄、そろそろ出るぞ。風、俺達が出た後の事は頼むな」

「わかった」

「御意ー」

 

 

このような光景もいつもの事である。和やかな雰囲気から華雄と一刀は同時に表情を真面目なものに変えると、兵たちに向き直る。華雄が一歩前に出て、そして声を張り上げた。

 

 

「待たせたな、我が愛する兵たちよ!昨日はよく大人しくしてくれた!これからはその鬱憤を晴らす時間だ………生きて還って来い!!」

「「「「「応っ!!」」」」」

 

 

華雄の短い口上に、兵たちは鬨の声を上げる。士気は十二分に上がっている。あとは出撃を待つばかり。一刀が風に向き直ると、風は門に配置されていた兵に指示を送る。指示を受けた兵達は、その重い扉を少しずつ開いていく。汜水関の戦い、三日目の攻防がいま始まる。

 

 

「開くっ!」

 

 

声を上げたのは誰だろう。一人か二人か、あるいは全員か。最前線に出ていた将たちの百メートルほど先で、汜水関の大きな扉が開かれる。各々は自分の武器を構え、先陣を切って飛び出してくるであろう2人の武将を待ち構えた。

 

 

「「「「「うぉおおぉぉおぉおおおおっ!!!」」」」」

 

 

扉が開き切った瞬間、爆発したように兵達が飛び出す。しかし、その飛び出した彼らが向かう方向は―――

 

 

「別れたっ!?」

「落ち着け凪!我らの相手は北郷ただ一人だ。北郷の姿を探せっ!!」

 

 

部下の動揺を瞬時に抑えるのは春蘭。彼女は愚直であるが故に、自身の為すべき事を違わない。視界の先で中央から半分に分かれ、左翼、そして右翼へと向かう兵たちを見据えながら、その中に標的の姿を探す。

 

 

「祭、見える?」

「いや、一刀と華雄の姿はない………兵は隊長に任せて一番最後に出てくるやもな」

 

 

弓将として特化した視力でその姿を探すも、祭に目的の姿を見つけることはできない。そして同様に秋蘭にも。そんななか―――

 

 

「おい、鈴々!何処へ行く!?」

「あっちにいる!鈴々の勘がそう告げているのだ!!」

「なっ、おい、待て!!」

 

 

―――扉から出る兵が半ばを過ぎた頃、突如張飛は、自分たちを避けて左翼へと向かう兵の群れへと走って行った。彼女を制止出来なかった趙雲は、数瞬の逡巡の後、少女の後を追う。もし標的がこちらに出てくるのならば、すぐに戻ればいい。如何に敵が強いとはいえ、2人減ったくらいで幾らも耐えられないという事はない。趙雲はそう判断したのだ。

そして扉の向こう側に待機していた兵達がすべて出撃を終える―――。

 

 

「なっ、扉を閉めるだと!?」

 

 

見れば、汜水関の扉は完全に閉まり、そこにはたった2つの影だけが残っていた。

 

 

「あれは確か黒兎だっけ?」

「………策殿、明命っ!陣に戻るぞ!!」

「え、え?何故ですか、祭様!?」

 

 

そこに残るのは、一刀の愛馬である黒兎馬と―――。

 

 

「やられた!姉者、凪、陣へと戻るぞ!!」

「何故です、秋蘭様っ!?」

 

 

その巨馬の上で三尖刀を携えた少女―――。

 

 

「行かせません………黒兎馬さん、お願いしますっ!!」

 

 

紀霊が両脚に力を込めると黒兎は飛び出し、最前線の武将たちに戻る時間を与える間もなく突撃した。

 

 

 

 

 

連合軍・右翼前方―――。

 

 

孫策陣の前線にいた孫権と甘寧は隊に指示を飛ばし、迎撃体勢をとらせる。迫りくる敵兵はもう数十メートルの距離にまで近づいていた。

 

 

「構えろっ!敵に将はいない!落ち着いて跳ね返せっ!!」

 

 

檄を飛ばすは大将・孫策の妹である孫権だ。孫武は字の如く孫家の武によって成り立ってきた部分が大きい。彼女もまた孫家の血を引く者なのだ。馬に跨って前線に立ち、敵を迎え撃つ。しかし―――。

 

 

「お下がりください、蓮華様!!」

「え?…きゃっ!?」

 

 

前線どうしがぶつかり合うその直前、兵の塊から飛び出す影に、いち早く反応したのは孫権の護衛でもある甘寧であった。彼女は主の跨る馬の前に立ちはだかると、その影の振るう一撃を手に構えた曲刀・鈴音でなんとか弾く。

 

 

「まだまだ甘いぞ、孫家の姫!目で確かめてもいないのに敵に将がいないと判断するは早計の極みだ」

「貴様、華雄か…」

 

 

飛び出した影は華雄。その手に巨大な戦斧を携え、不適に微笑むと、その斧を甘寧に向けて振る。甘寧は後退しながら避けると、主を後ろにさがらせる。周囲では孫策軍の兵と華雄の兵がぶつかり合う音が響いていた。

 

 

「貴様、何故この場にいる!?」

「慌てるな、孫家の姫。なに、前線の奴らは私が相手をするほどでもないのでな。暇つぶしにこちらに来てみただけだ」

「な、舐めた口を………っ!」

 

 

孫権の反応に華雄はほう、と息を吐いた。その態度が気に入らないのか、孫権はさらに突っ掛かる。

 

 

「なに、姉と比べてみれば、まだまだ子供だと思っただけだよ、孫家の姫。文台は言わずもがな、孫策でさえこのような挑発には乗らないだろうに」

「私は姫ではない!孫武の将だ!!」

 

 

更に重ねられる言葉に孫権は飛び出し、右手に構えた剣を振るう。しかし、華雄はいとも簡単にそれを薙ぎ払うと、そのまま斧を回転させて柄で彼女の身体を馬から跳ね飛ばした。

 

 

「貴様っ!」

「………お前もまだまだ弱いな」

 

 

主が攻撃を受ける姿を目にし、甘寧もまた飛び出すが、その素早い太刀ですら簡単に払われてしまった。体勢を崩した彼女の腹部に華雄が拳を撃ち据えると、甘寧は痛みに堪えきれず地に膝を着く。

 

 

「ふむ、こう見えて私も忙しい身なのでな。さっさと殺してやる。妹をやられれば、孫策とはいえ多少は狼狽えるだろうさ」

「ま、待て………」

 

 

甘寧の懇願も届かない。華雄は悠々と孫権に歩み寄る。そして、戦斧を構えた瞬間―――。

 

 

 

 

 

 

連合軍・左翼―――。

 

 

「来たでぇ、沙和!」

「わかってるのー!この蛆虫ども!ケツの穴引き締めてかかるのー!!」

 

 

可愛らしい声からは想像もつかない撃が飛ぶと、曹操軍の前線にいる兵士たちからも応と声が返る。真桜と沙和はあまり経験したことのない前線に僅かの緊張を隠しながら、最初に突撃してきた董卓軍の兵に斬りかかる。斬った、そう思った途端、2人の視界が黒で染める。

 

 

「なんやっ!?」

「み、見えないのー!」

「鍛錬が足りないぞ、真桜、沙和」

 

 

久しぶりに聞く男の声に、2人の頭は混乱する。彼はいま前線で春蘭たちが闘っている筈だ。その彼が何故ここにいるのだろう。そう思うなか、2人の身体が引っ張られ、視界を閉ざされたまま2人は互いにぶつかった。

 

 

「いちち…今の声、もしかして………」

「か、一刀さんなのー?」

「正解」

 

 

その言葉と共に2人の視界は開かれる。視線を声がした方へ向けると、大きな漆黒の羽織が2人から離れていく様子が見て取れた。そしてその黒の向こうに立つのは、不適に微笑む一刀だった。彼は羽織を翻しながら体に巻きつけて胸元で留めると、腰から二本の刀を抜いた。

 

 

「さて、真桜、沙和。戦場に立つからには、死ぬ覚悟はできているんだろうな?」

「ま、待ってや兄さん!うちらが兄さんに敵う訳ないやんか」

「そうなの!一刀さんは手加減するべきなの!!」

「華琳に聞かれたら首を刎ねられるぞ?………まぁいい。ここに長く留まる訳にはいかないからな。しっかり躱せよ」

 

 

真桜と沙和の懇願に一刀は無慈悲に答えると、次の瞬間2人に跳びかかった。

 

 

「ほらほら、折角2人で組んでるんだからもっとそれを利用しないと」

「そうは言っても、真桜ちゃんが我儘だから無理なのー」

「な、それは沙和やんか!こっちが合わせようとしても変に動くから難しいんやないか!」

「………言ってるそばから喧嘩するな!!」

 

 

戦いの間というのにいつも通りの2人に、一刀はそれぞれ野太刀と小太刀をぶつける。2人は互いに弾かれると、そのまま飛び退って距離をとった。

 

 

「………っと、冗談もここまでやな。沙和、今は凪がおらんくてもウチらかて連携の鍛錬は積んできたんや!如何に兄さんとはいえ、退く訳にはいかんでぇ!」

「わかってるのー!凪ちゃんや春蘭様たちが戻ってくるまで時間を稼ぐの!」

「いい心掛けだ………行くぞ!」

 

 

一刀の掛け声に沙和が飛び出し、身体を回転させながら二天を振るう。両手に持つ双剣が絶え間なく一刀を襲う姿は、力はなくとも速度に置いては群を抜いていた。さながらそれは舞の様。皮肉な事に、曹操軍の将の中では最も武で劣る彼女が、最も一刀の武に近くあった。

対する一刀も視界の端に真桜の姿を捉えながら、両手の日本刀で沙和の剣撃を弾く。如何に敵軍とはいえ、かつての友を傷つける気は一刀にはない。甘い事は自覚している。それでも、殺さずに勝つ方法はいくらでもあることを彼は知っている。だからこそ、彼はいま董卓軍に属し、こうして友に向けて刀を振るっているのだ。

様々な方向から双剣を振るわれ、一刀も立ち位置をずらしていく。そして視界から真桜の姿を外した瞬間―――。

 

 

「もろたで!」

 

 

真桜が飛び出し、その背に向けて螺旋槍を突き刺した。しかし、そこに肉を抉る感触はない。真桜が視線を少し上げると、得物は確かに一刀の羽織を突き刺してはいる。だが、動かない。

 

 

「真桜ちゃん、手を放すのー!」

「なっ?」

 

 

沙和の声に反応する間もなく、真桜の横腹に一刀の回し蹴りが撃ち込まれる。左わきに固定した螺旋槍の柄を解放すると、驚いたままの表情の沙和に跳び出し、野太刀を持つ手に腕にを込めた時、一刀は見た―――沙和の口角が不敵に上がる様を。

 

 

 

 

 

 

いま、戦場の最前線には連合軍から選出された9人のうち7人の武将と、1頭の巨馬に跨る1人の武将が戦っていた。馬の上からその長い柄を利用して距離を取りつつもその得物を振るう。祭や秋蘭が矢を放つも、遠距離からの攻撃は黒兎馬が俊敏に察知して躱していた。

 

 

「(凄い!北郷さんが言った通り、黒兎馬さんに任せていれば弓矢の心配はないです)」

 

 

人馬一体が騎馬の真髄であるが、殊この組み合わせに限っては違っていた。乗り手が三尖刀を振るったかと思うと、彼女が体勢を整える前に騎馬が下がる。その勢いに多少は揺さぶられながらも彼女は器用に重心を操作する。2つの相反する思考が混ざり合うことで、多くの騎馬兵を相手にした経験のある連合軍の武将たちは、逆に困惑していた。

 

 

「なかなか苦しいわね」

「そうじゃな。どうもあの娘は黒兎馬を乗りこなせてはおらんようじゃが………逆にそれが上手く作用しておるわい。流石一刀と戦場を駆け抜けた馬という訳か」

 

 

なかなか捉えきれない相手に雪蓮と祭は苦笑する。実力としてはまだまだのように思えるが、それにしても上手く攻撃をいなしている。

 

 

「どうする、祭?黒兎の脚もあるし、単独で戻るのは危険よ?」

「そうじゃのぅ。適度に距離をとったところで追いかけられたら堪らんからな。かと言って全員で背を向ける訳にもいかぬ」

「そうね………明命、この中では貴女が一番の俊足よ。あたしが合図を出したら真っ直ぐ蓮華の援護に戻りなさい。一刀があちらにいるのなら、思春でもすぐにやられてしまうわ。華雄だったとしても、そう長くは続かない」

「は、はいっ!」

 

 

春蘭や秋蘭たちが敵の相手をしている隙を見計らって、雪蓮は周泰に声をかける。一刀の武は前夜に知っているし、また華雄の武に関しても初日に主と対等に渡り合うほどだ。周泰は、そこに疑問を挟むことはしない。

 

 

「とは言え、こちらだけ戻すのも体裁が悪いわね………向こうにも合せてもらうしかないか」

 

 

雪蓮はひとりごちると、に向かって叫ぶ。

 

 

「夏侯淵!一刀たちが居ない以上、此処に留まっても仕方がないわ!そちらの誰を戻すかは貴女に任せる。陣に辿り着くまで時間を稼ぐわよ!!」

「承った!」

 

 

その提案への秋蘭の対応は速かった。彼女もまた同様の事を考えていたが、時機を掴めないでいただけなのだ。秋蘭は、春蘭と凪が戦う様を少し離れた位置から観察している翠に問いかける。

 

 

「馬超はどうする?」

「あたしは此処に残るよ。この中で馬を相手取るのが一番上手いのはあたしだからな。黒兎馬の方はあたしがやってみるさ」

「そうか………凪、聞こえていたな!お前が戻るんだ!!」

 

 

凪は三尖刀の撃を手甲で弾きながら声を張り上げる。

 

 

「しかし、師匠がいるのならば春蘭様の方がよいのでは!?」

「いや、黒兎馬もいるし、その馬を止めるには姉者の力が必要だ。我々の中ではお前が一番脚が速い。私が矢を射た瞬間華琳様の下へと戻れ!」

「くっ…御意!!」

 

 

この会話はもちろん馬上の紀霊にも聞こえていた。しかし、彼女は狼狽えることはない。

 

 

「(2、3人は陣に戻っても構わない。それに、夏候姉妹が残るのならばそれだけ北郷さんの負担も減る筈です!)」

 

 

紀霊が指示されていた事は1つ、可能な限り敵の足止めをすること。僅かでもこの場に残ってくれるのだから僥倖である。彼女は三尖刀を右手に構えたまま左手で黒兎のたてがみを撫でると、小声で囁いた。

 

 

「黒兎馬さん、それでは先ほどお伝えしたようにお願いいたします。一人でも牽制してくれれば、少しは余裕ができますので」

「ぶるるっ」

 

 

その言葉に反応するよに黒兎は息を吐くと、一度前脚を高く上げ、次いで秋蘭たちの下へと飛び出した。

 

 

「来るぞっ!秋蘭!!」

「わかっている!凪…行けっ!!」

「はいっ!」

 

 

秋蘭は姉の言葉を受け、駆け寄る巨馬の前脚に狙いを定めて矢を射る。合わせたかのように祭が矢を一息で3本放ち、雪蓮が紀霊へと走り出した。

 

 

「明命、行くのじゃ!」

「りょ、了解です!」

 

 

凪に合わせて周泰が背を向けて走り出したのを確認すると、翠もまた動き出す。

 

 

「(流石に斬りつけたくはないからな………)」

 

 

それは騎馬民族故の愛だろう。如何に戦とはいえ、駆り出されている馬に罪はない。余程の窮地にでもない限り、馬を傷つけたくないのは彼女の優しさか、あるいは誇りか。翠は銀閃を反転させて走り出すと、その石突で黒兎の左前脚の付け根に狙いを定めると、鋭い突きを放った。

 

 

 

 

 

 

時は遡り、早朝―――。

 

 

汜水関の中、泥の様に紀霊が眠る部屋に、一刀と風、華雄の三人は集まっていた。

 

 

「それで、おにーさん。紀霊ちゃんはどのくらい強くなりましたか?」

「本人の意志の力次第だが……少なくとも、昨日の9人が相手なら死なない程度には」

「なるほどー。では、作戦を変更いたします。紀霊ちゃんがそこまでになったので、少しだけ余裕が出来ました」

「ふむ、程昱よ。私は昨日のでもよかったのだがな。なんせ武将級は一刀が抑えるとはいえ、私と私の隊だけで20万の大軍を抑えろというのだ。胸が躍ったのだがな」

「それは最悪の場合と言ったではないですか。忘れたのですか、この猪さんは?」

「ぐっ、程昱も大概に口が悪いな」

「にゅふふ、風はおにーさんみたいに意地悪なのですよー」

 

 

目の前の少女も詠と同じくらい口が悪い。いや、それ以上かもしれないな。華雄はそんなことを考えながら、なんとか自分を抑えて先を促す。

 

 

「それで、新しい作戦とは?」

「はい、まず敵さんは間違いなく数に物を言わせて汜水関を落としにかかります。おにーさんと華雄さんは最前線の人たちに任せて、ですねー」

「そうだな」

「対する風たちは、いくらおにーさんや華雄さんがいるとはいえ、数も少ないですし、またあの武将たちを一度に相手取りながら関を守ることは難しいのが現実です。という訳で、こちらは奇策に頼るしかないのですよ」

「奇策か。まぁ初日のも十分に奇策だったが、それ以上が必要という事か?」

「はい。先日は数に慢心して相手が油断していたから出来たことです。ですが今は、あの配置からも分かる通り、恥も捨てて全力でお二人を抑えるつもりのようですね。それで終わるのであればお二人に出て頂くだけで十分なのですが、その訳がありません」

「それで、作戦変更という訳か」

 

 

眠ったままの紀霊の身体をマッサージしながら、一刀が応える。表情は変えないまでも、その眼は明らかに風の立てる作戦を楽しみにしているようだ。新しく手に入った駒を使い、どのように盤上を操作するのだろう。以前も思ったことだが、風は心理戦においてはこれまで一刀が出会った誰よりも長けている。その風が、奇策というからには、それ相当のものである筈だ。

 

 

「はい。という訳でまず、最前線の9人は紀霊ちゃんに抑えて貰います」

「なっ!?」

 

 

これまで大人しく説明を聞いていた華雄も、流石にこの発言には驚きを隠せないでいた。そんな彼女を目で牽制しながら、風は説明を続ける。

 

 

「先ほどおにーさんは言いました。9人が相手であれば紀霊ちゃんは死ぬ事はない、と。ならば、しっかりと時間稼ぎと足止めをして頂きます。おにーさんと華雄さんは兵隊を2つに分けて、それぞれの中央に隠れて出撃し、そのまま左翼と右翼へと突撃してください。その後、時機を見て中央の袁紹さんの軍へと向かって頂きます。時機については、風が銅鑼を3回鳴らしますので、それでご判断を。

そのまま両翼への被害を大きくすることも考えましたが、流石に前線の劉備さんや公孫賛さんが門へと攻めてくるでしょうし、それでは紀霊ちゃんも耐えられませんので。

孫策さんは華雄さんの性格を知っているようですから、あれだけの武将が揃えばきっと相手に出てくると思っているでしょう。またおにーさんに関しても、華雄さんだけに任せて9人もの武将を放置する筈がないと華琳さんや稟ちゃん達も判断するでしょうね。そこを突きます………お二人の武人としての誇りを蔑ろにする様な作戦ですが、わかって下さい」

「気にするな、程昱」

 

 

風の気遣いに、華雄は苦笑しながら応える。風が言うような、誇りを傷つけられた様子はない。

 

 

「感謝です。そして中央でお二人は合流して頂き、中央では止まることなく前線の劉備軍、公孫賛軍の後背に当たります。そのままひと当てしたまま駆け抜けて、汜水関の扉の前に陣を形成。お二人は紀霊ちゃんの援護に向かってください。

目的は敵の攪乱と、こちらの兵力を可能な限り損なわないことです。後者に関しては難しいですが、それでも信じて動いて貰うしかないですね」

「という事は、俺も今回は歩兵として出る訳か」

「はい。まぁ、騎馬隊も出しますが、見つかっては拙いので最初は歩兵として動き、途中からお馬さんに乗ってください。華雄さんも同様です。で、一応補佐として黒兎馬ちゃんを紀霊ちゃんと共に配置して頂きます。将軍相手には無理でしょうが、一般兵相手であれば、黒兎馬ちゃんも踏ん張れるはずですので。あと、もし危なそうならば、その場合も合図を送ります。そうですね………銅鑼を3度、さらに鐘を3度鳴らします。銅鑼を聞き逃しても高い音があれば気づきますし」

「そうだな」

「もしかしたら最前線の何人かは自陣に戻るかもしれませんが、それについては放置します。最前線を離れて戻るまでも時間はある程度はかかるでしょうし、また、数が減れば紀霊ちゃんの負担も減りますので、余裕が出来ると思います」

「わかった」

「何か質問はありますか、華雄さん?」

「何故私なんだ。北郷だって質問があるかもしれないだろう?」

「いえいえ、おにーさんは頭がいいので今ので理解してくれている筈です」

「無茶振りをするな、風」

「では質問が?」

「いや、ない」

 

 

その遣り取りに華雄は肩を落とす。天は相変わらず狡い。武か智があるだけでいいじゃないか。心の中で嘯きながら、華雄は口を開いた。

 

 

「では質問だが、左翼と右翼のどちらが私でどちらが北郷だ?」

「それはお好きな方でよろしいかと」

「…ならば、私は右翼を貰うが、いいか北郷?」

 

 

風の説明に少しだけ考えた後、華雄は一刀に問いかけた。

 

 

「構わないけど、なんでまた?」

「なに、向こうには袁術軍もいるし数が多いのでな。それだけだ」

「相変わらずのバトルマニアだな」

「なんだ、それは?」

「生粋の武人って意味だよ。まぁ、華雄なら大丈夫だろう」

「あぁ、任せておけ」

 

 

若干違うけどな。一刀は心の中で呟きながら、風を見据えた。

 

 

「それじゃぁ、弓隊の指示は任せたぞ、風」

「おや、風はまだ説明もしてませんがー。おにーさんは風の心の中が読めるのですか?」

「いや、他に指揮する人間がいないだけさ」

「ふふふ、よくお分かりでー」

 

 

そう言えばそちらもあったな、と華雄は言いそうになるが、それは控える。口に出したら最後、また馬鹿にされるだけだ。

一刀は紀霊のマッサージを終えて立ち上がると、2人に向き直る。

 

 

「それじゃぁ要点をまとめるぞ。俺は左翼、華雄は右翼を攻め、後に中央へと転じる。合図は銅鑼3回。紀霊は武将たちの相手。風は弓隊の指揮と関の守り。火急の事態の際は、銅鑼に加えて鐘で伝える」

「その通りです」

「風、汜水関の扉は俺達が出撃したら閉めておいてくれ。退路を塞いだ方が紀霊も踏ん張るだろう。それこそ死にもの狂いでな」

「相変わらずのイジメっ子ですね、おにーさんは………まぁ、最初からそのつもりでしたので。流石にあれほどの数でこられたら扉はすぐにとられてしまいます。大変かもしれませんが、ご容赦をー」

 

 

風はそう言ってすやすやと眠る紀霊を見やる。いくら一刀と華雄が鍛えたとはいえ、果たして本当に作戦は上手くいくのだろうか。そんな不安も少しあるが、彼女はそれを押し殺す。自分が信頼する一刀が言うのだ。ならば彼女を信じるしかない。

風は自分を過信することはない。しかし過小評価することもない。あるのは唯、現実を見据え、手駒を動きを想定し、そこから導き出される最善手を考える事だけである。もし何か動きがあれば、自分が戦場を動かすしかないのだ。

 

 

「(にゅふふ、風は負けませんよ、稟ちゃん、桂花ちゃん)」

 

 

風は燃えていた。

 

 

 

 

 

 

時は戻り、連合軍右翼―――。

 

 

華雄が戦斧を構えた瞬間、彼女は斧を振り上げた姿勢のまま横に跳び退った。

 

 

「なっ……気配は完璧に消していたはずですが」

「なに、気配は消しても、その剣を突き刺す瞬間に漏れる殺気を消すことはできない」

「それに反応したという訳ですか………」

 

 

華雄が先ほどまでいた空間には細長い長刀が突き刺さり、その柄の先には黒髪の少女が構えていた。

 

 

「く、明命、すまない………」

「気にしないでください。こちらも嵌められたのですから」

「流石にバレるか。まぁ、戻ってきたのはお前だけのようだし、それほど問題もあるまい」

 

 

現れたのは周泰である。その俊足を生かし、主の指示を受け自陣まで下がっていた。援軍が来たことで頭に昇った血も戻ったのか、甘寧は立ち上がって服についた砂埃を払うと、曲刀を構えた。

 

 

「いえ、『天の御遣い』も華雄さんもいないのであれば、すぐにでも雪蓮様も祭様も戻ってきます。名もなきたった一人の将に汜水関の守りを任せるとは、愚策ですよ」

 

 

華雄のからかった様な口調にも臆することなく、明命は冷静に返す。仮に最前線の主たちを抑えられるような武将がいたのならば、初日にも出陣しているはずだ。援軍が到着した様子もない。

華雄はその言葉に顔を伏せる、と思ったのも束の間、彼女は肩を僅かに震わせ、次いで大きく笑い出した。

 

 

「くくく……ふはははは!愚かなのはお前達の方だ。その様子では他にも自陣に戻った奴がいるようだが、9人全員であたればすぐに決着がつき、全員が戻れたやもしれぬのにな………」

「何を…」

「まだわからぬか。お前達とは違い、こちらはたった一つの失敗も許されぬ立場なのだ。その私達が、そんな愚策を弄するとでも?」

「………」

「一つだけ教えておいてやろう。彼の者の名は紀霊。『天の御遣い』が袁術軍からわざわざ引き抜いた部隊長だがな………今のあやつは一軍の将にも匹敵するぞ?」

「戯れ言を………」

「そう思うのならば思っていればいいさ。こちらもそろそろ時間なのでな。次へ行かせてもらうぞ」

 

 

華雄は短く息を吐くと、戦斧を構え直し、周泰へと飛びかかった。縦横無尽に戦斧を振るわれるなか、周泰はその小柄な身体を活かして躱していく。その隙を狙って、甘寧もまた動き始める。逆手に構えた曲刀を振るい、華雄へと攻撃を仕掛けていく。

 

 

「ふむ、2対1か。多少物足りないが、まぁいいだろう」

「その余裕を後悔へと変えてやる」

「その通り、ですっ!」

 

 

3人の攻防は続く。孫権も剣を構えて隙を窺うが、彼女の武に、そこに介入できるだけのものは、まだない。

 

 

 

 

 

 

 

連合軍左翼―――。

 

 

一刀は見た、沙和の口元が薄く笑うのを。その意味を察するよりも早く一刀は右腕を振るい、背後に跳びかかる小さな影を斬りつけた。

 

 

「はぁあっ!!」

「にゃにゃっ!?」

 

 

ガキィ!と甲高い音と共にその影は空中で弾かれるが、上手く一回転するときれいに着地する。一刀は野太刀を構え直す僅かの間に、この場の3人の敵将の力量を測る。風の作戦もあり、長いことこの場に留まるは悪手だ。誰がこの中で一番の脅威であり、そして誰から討ち倒すのが一番効率的か。そして出た答えは―――

 

 

「張飛か……思ったよりも早かった、なっ!」

「………おやおや、気づかれておりましたか」

 

 

―――張飛と向き合う形で背を向けた一刀に槍を向けた、4人目の人物だった。彼が野太刀を振るうと、その人物は飛び退り、音もなく着地する。

 

 

「まぁね……君が趙雲でいいのかな?」

「おや、ご存知で?」

「風から聞いてね」

「………合点がいった。風がいるのならば、二日前の策も今回の奇策も納得がいく」

「あぁ。心理戦で言えば、風に敵う者はそうはいない。君のところの諸葛亮でもね」

「それはそれは………で、どうなさる?今は4対1の状況だが?」

「最初はその倍を俺に向けるつもりだったんだろう?大した問題じゃないさ」

「なかなか気の強い御方………だっ!!」

 

 

会話をする中も趙雲は一刀の隙を窺うが、彼の自然体のどこにも隙などない。仕方がないと彼女は諦め、一気に距離を詰めると、鋭い突きを繰り出した。それを野太刀で弾きながら、一刀は薄く笑う。そして趙雲も。

 

 

「聞いたぞ、『天の御遣い』よ。うちの関羽になかなか酷な事を言ったそうではないか」

「知ってるんだ?だったら聞いているとは思うけど、劉備にも関羽にも期待しているんでね。だから少し意地悪させてもらったよ」

 

 

会話をしながらも、双方手を止める事はしない。沙和も真桜も、そして張飛も、隙を窺って飛びかかろうとするが、なかなか見つけることが出来ないでいる。

 

 

「ならば、その期待に我が主も我が友も応えていると言っておこう。お主のお蔭か、僅かながらも彼女たちは成長を遂げているよ」

「大人な意見だなぁ………君だったら俺の問いにどう答える?」

「なに、簡単なことよ。我は武人なり。武人が求めるはただ強者との戦だ。主の理想に共感し、忠誠を誓ってはいるが、それでもこの性だけは変える事など出来ぬ」

「………君みたいなタイプが一番やりにくいんだよなぁ」

「たいぷ?」

「あぁ、性格、って意味だ。天の言葉とでも思ってくれ」

「それはなかなか興味深い」

 

 

趙雲は一刀に弾かれた槍を構え直し、動きを止める。一刀はその隙を狙って野太刀を振るうが―――

 

 

 

「はっ!!」

 

 

―――それは隙ではなく溜め。彼女は呼吸を一瞬で整えて力を蓄えると、一息で五連突きを放つ。それはすべて人体の急所に狙いを定め、どれか一つでも直撃すれば容易く一刀の命を奪うだろう。

 

 

「言葉の通り、生粋の武人だな。迷いがない………俺は好きだよ」

「なっ!」

 

 

しかし、その槍の先に一刀の姿はない。野太刀を振るった遠心力を利用して身体を回転させるとその槍を潜り抜け、趙雲の視界から外れる。直後、真後ろから声をかけられ、趙雲は硬直した。

 

 

「だけど俺の方がまだまだ強いな」

「そのようだな。だが―――」

 

 

彼女が言葉を言い終える前に、一刀の背後から張飛の蛇矛が襲い掛かる。それに合わせて、沙和と真桜も飛びかかった。

 

 

「―――我々とて、そう容易に負ける訳にはいかんのでな」

 

 

 

 

 

 

最前線―――。

 

 

突きを放った翠は茫然としていた。何が起きた?何故このような事が起きる?訳がわからない。突如の事態に硬直していた彼女を現実に引き戻したのは、春蘭からかかる鋭い声だった。

 

 

「退け、馬超!」

「…っ!」

 

 

その声に意識を取り戻す。目の前には突き出された自身の腕、その先に掴まれた銀閃は通常の突きと反転されて石突が前に出されている。その石突は、目の前に3本の脚で立つ馬の、残りの1本の―――その端、蹄に阻まれていた。

視界の上端で何かが煌めき、反射的に後方に跳ぶ。彼女がいた位置を馬の上から三尖刀が払われ、細い光の軌跡を残していた。

 

 

「………まさか黒兎馬も天からやって来たなんて事はないよな」

「えぇ、北郷さんの話ですと、以前董卓さんに貰ったそうです。これほどの馬は西涼でもお目にかかれませんか、馬超さん」

「いるにはいるが……捕まえるのも一苦労さ。母様が以前乗っていた奴くらいかな、その大きさで人を乗せていたのは」

 

 

そうですか、と紀霊は呟き、馬から飛び降りる。その光景に翠だけでなく、他の将たちも目を丸くする。彼女の得物は長柄の三尖刀だ。馬上からでも十分にその威力を発揮できる。その優位性を捨て、自らを窮地に立たせたのだから。その姿に一番初めに声をかけたのは、春蘭だった。

 

 

「貴様、何故その馬から降りる?貴様の武器ならば馬上の方が分がいいのではないのか?」

「それは勿論そうですが、私はまだ黒兎馬さんに慣れていないので、十分に力を使えないのですよ。皆さんもそれは感じていたでしょう?」

「そうね。それにしても、貴女だけで私達5人を抑えられるとでも?」

「我が師は仰いました。私には勝つことはできませんが、負けることはない、と。これだけの名だたる武将5人を相手にしても生き残ることが出来ると我が師のお墨付きです。なれば、それを信じてこの腕を振るうのみ」

 

 

雪蓮の言葉に、なんという事はないと紀霊は返す。その言葉に余裕は感じられない。しかし、自信に満ちている。一刀が鍛えたのか、とそれぞれは思い浮かべる。彼がそれだけの事を言うのだから、生半可な事では倒せない。しかし、華雄や一刀がどこにいるのか分からない今、一刻も早く自陣に戻る必要がある。

 

 

「仕方ないわね。一刀にはやられっぱなしだったし、そろそろ彼の自信を打ち砕いてもいい頃じゃない、祭?」

「まったくじゃ。だが油断はするなよ、策殿」

「秋蘭、どう思う?」

「北郷が言うのだから、実際に難しくはあるのだろうな。だが………」

「そうだな、あたし達にだって武人の誇りってものがあるんだ。そこまで舐められて黙ってる訳にはいかないぜ………っしゃおらぁああっ!!」

 

 

一足早く、翠が飛び出し、銀閃を振るう。2日前の紀霊であれば、その氣に押され、震えていただろう。しかし、彼女が相手にしていたのは一刀と華雄なのだ。2人の殺気を2日2晩浴び続けた彼女の感覚は、些かも怯むことはない。感覚の麻痺か、あるいは強化されたのか。彼女はしっかりとその太刀筋を見据え、一歩だけ下がってギリギリのところでその槍を躱すと、翠に向かって飛び出した。

 

 

「姉者、卑怯だなどとは言わないでくれよ。一刀ならともかく、華雄がいるとなれば華琳様に危機が迫っている。奴を倒すことにまずは全力を向けろ」

「………わかった。援護を頼むぞ、秋蘭!」

 

 

妹の指示に、その場に留まっていた春蘭も飛びかかった。そして紀霊を挟んで反対側からも雪蓮が斬りかかり、祭がその隙を狙って弓を構える。

様々な角度から襲いくる武器を、紀霊はひたすら見つめ続ける。

 

 

「(視界は広く、心は鋭く―――)」

 

 

師の言葉を思い出し、全体を見据える。弾ける太刀は弾くが、残心などしている暇はない。一番近い剣に心を向けて弾くと、すぐにその意識を別方向に向ける。力を込めるのは一瞬でいい。一刀はそう言っていた。その軌道をほんの少し逸らすだけで、攻撃は当たらなくなる。それは相手が強いほど有効だ、とも言っていた。

 

 

「(強ければ強いほど、その筋は極限まで細くなる………だからこそ、ほんの僅かに変化させるだけで自分から外れていく。まさに北郷さんの言う通りですね)」

 

 

紀霊は自分が強くなっていることを確信していた。かつて袁術軍にいた頃、何度かその眼で見ていた雪蓮の剣ですら、見極めることが出来る。そして躱すことも。たった2日間で本当に強くなれるのか。そう思っていた。しかし、実際に蓋を開けてみれば、なんてことはない。自分が血反吐を吐きながら続けてきたことは、確かに実を結んでいたのだ。

 

 

「(拙いのぅ………)」

 

 

紀霊を攻める武将の身体の隙間を狙って矢を放ち、そしてその細い空間から飛び出る矢を弾く様子を見ながら、祭は心の中で愚痴を吐いた。

 

 

「(攻め手は大したことはない。あのような攻撃はいくらでも弾ける。じゃが、防御に関しては随一じゃな。おそらく一刀が鍛えたのはそこじゃろう。殺気については一刀や華雄のそれを浴びせ続ければ慣れていく。眼に関しても、一刀程の剣速に慣れれば、策殿や夏候惇のそれも遅く見えるのやもしれん………)」

 

 

祭と同様に離れた位置から紀霊の武を観察していた秋蘭も同じ感想を抱いた。

 

 

「(北郷のことだ。その鍛錬は彼の剣だけではないのだろうな。華雄の斧、それに槍、矛、そして弓………汜水関に在るありとあらゆる武器を使って、奴にその防ぎ方を教え込んだのだろうな。姉者や馬超たちが負けることはないが、それでも………)」

 

 

2人の考察は正しかった。しかし、それだけではない。夜の間も修行を重ねた事、そしてほとんど休むことなく一刀と華雄の武を受け続けた事により、紀霊の視覚と聴覚、そして五感以外のある感覚が、常人のそれを遙かに逸していた。暗闇の中ではその視覚はほとんど頼りにならない。反応するには空間を斬り裂く音を感じ取る聴覚と武人としての勘が必要である。仮に見えたとしても、その軌跡は薄い。一刀が鍛えたのは、それだった。

この戦の董卓軍としての要は時間稼ぎである。そして最も厄介なのが春蘭や雪蓮といった武将級の人物をどう抑えるかであった。勝つ必要はない。ただ死なず、負けなければよい。一刀はそう考え、そしてその為の修行を紀霊に施した。その結果が、この状況である。

 

 

「(…見える………見えます!負けることはない、というのはこの事だったのですね)」

 

 

紀霊は春蘭の大剣を躱し、そして祭の矢を弾き、翠の槍を絡めとりながらあの苦行を課した師に感謝する。部隊長としていつかは戦場で散っていくであろうと、漠然とながら考えていた彼女が、自身を輝かせられる場所を得た。それはかつての主の為とはまた異なるものではあるが、武人としての資質か誇りか、彼女は確かに、この死線を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

連合軍右翼―――。

 

 

「冥琳様、こちらに華雄が来ていますよぅ!」

「なっ!?ならば雪蓮たちは一刀1人で抑えているというのか?一刀なら可能かもしれぬが………」

「いえ、それが最前線には一刀さんもいる様子がありません。どうやら袁術軍から引き抜いた紀霊という将が雪蓮様たちを相手にしている様子です………」

 

 

穏から伝えられた言葉に冥琳は黙り込む。彼や華雄の性格からすれば、あれほどの武人たちを相手にしないことは考えられない。それが、現にこうしてこちらにその内の1人が来ているのである。汜水関をとるどころの話ではない。冥琳は少しの間だけ考えると、口を開いた。

 

 

「穏、本陣を進めるぞ。華雄がこちらに来ているのであれば、思春でも危ない。華雄を取り囲む!」

「は、はいぃ!」

 

 

大軍師の命を受け、穏は急いで伝令を飛ばす。紀霊という将の事は確かに気にしていた。しかし、主の言葉ではせいぜい部隊長という強さのはずだ。1日2日でどうこうなるものではないと思っていた。しかし、いま、最前線で幾人もの武将を相手にしている。何故?何が起きた?様々疑問が浮かぶ中、穏はそれを振り払い、思考を取り戻す。想定と現実が違うくらいがなんだ。戦では十分に起こり得ることではないか。彼女は想像の遙か先をいく一刀の思考を読む事を捨て、現状の打破へと向かう。主の1人が窮地に陥っているのだから。

 

 

 

 

 

連合軍・右翼前方―――。

 

 

「まだ立ち上がるか。いい根性だ」

「く、我々はまだ負けてはおらぬ!」

「そ、そうです……我が主をお守りするのが我らの務めです!」

 

 

そこに立つは4人の将。纏めていた髪留めを切られ、長い髪を垂らしたまま曲刀を構える甘寧。幾度も打ち払われ、体中に地面との摩擦で出来た擦り傷を携えた明命。大斧を軽々と肩に担ぎ、些かも疲れた様子を見せない華雄。そして三者の戦いに入り込めず、ただそれを見つめていた孫権。四者四様の姿でそこに佇むなか、汜水関から音が響く。

 

 

「………銅鑼が3回か。なかなかどうして、紀霊もやるな」

 

 

華雄は一人ほくそ笑むと、3人に背を向ける。

 

 

「何処へ行く!?」

 

 

その様子に、息を切らしながらも甘寧が声を投げつけた。

 

 

「時間なのでな。お前達もしっかりと鍛えておけよ?その程度では主を守ることなど出来ないと知れ………まぁ最初は袁術のところまで斬り込む予定だったが、それを阻止しただけでも自信に思うがいいさ」

「くっ……」

「―――集まれぃ!これより華雄隊は中央へと向かう。傷を受けている者もいるだろうが、死ぬ気で駆け抜けろ!」

 

 

周囲から応という声が響く中、孫策軍の3人の武将は動けないでいる。それなりに敵の数を減らす事には成功しているようだが、それでもたった1人の武将に弄ばれたという感が拭えない。孫権たちは、ただ黙って華雄と彼女の後ろに続く部隊を見送るしか出来ないでいた。

 

 

 

 

 

連合軍・左翼―――。

 

 

「やられた………」

「華琳様、真桜と沙和がいま北郷と交戦中のようです。如何いたしますか?」

 

 

華琳の眼は見開かれていた。一刀や華雄の性格から考えて出した策だ。それをこうも裏切られるとは。籠城する側ならば、扉を閉めることはあっても、その扉を放棄することはしない。そこを破られてしまえば終わりだからだ。また、武将の相手を放棄することも、通常ならば考えられない。武将を一人倒すだけでも、軍の士気は数段上がる。その逆もまた。それを捨てるとは―――。

 

 

「風の策、という訳ね」

「そのようですね………いま、劉備の陣が動き、それに合わせて公孫賛の軍も扉へと向かっています。また合わせて袁紹も軍を進めているようです」

 

 

華琳の言葉に、稟が眼鏡のつるを抑えながら他陣の状況も踏まえて言葉を返す。風への対策はいくらでも話し合った筈だ。このまま籠城を続ける可能性。華雄を遊撃とし、一刀が9人を相手とする可能性。あるいは一刀1人を出して、残りは城壁から援護の構えをとる可能性、他にもそれこそ尽きない程―――。だが、最前線の武将を無視するという考えだけはなかった。

稟は隠した拳を握りしめる。風にしてやられた。元々性格が違うことは理解している。それでも風の性格はある程度は理解していたはずなのだ。こちらの裏をかこうというのは予想していた。だが、まさかこのような形で裏切るとは。では誰が春蘭たちを抑えるのか?恋が現れた可能性も考えたが、それはないだろう。もしそのような事態が起きれば、華琳ならその彼女の氣に気づくはずだ。

様々な稟の思考を遮ったのは、隣に立つ少女の声だった。

 

 

「華琳様、我々はこのまま陣を進めましょう」

「桂花殿?」

「劉備も公孫賛も、袁紹も陣を進めています。このままでは扉前が混戦になるは必至。北郷は真桜と沙和に任せてその脇をすり抜け、本陣で汜水関を狙うのが上策かと」

「………稟は?」

「………………同意見です。一刀殿であれば沙和や真桜を討ち倒すことはあっても殺すことはないでしょう。それに、扉前が危うくなれば、戻らざるを得ません。最前線で誰の相手をしているかは分かりませんが、そうすれば春蘭様たちとも合流できます」

「わかったわ。季衣、貴女が陣の先頭に立って軍を進めなさい!これより我らは汜水関を目指す!全軍前進せよっ!!」

 

 

ここに冥琳と華琳の違いが現れた。窮地の仲間を救うか、それとも戦局を俯瞰して功を望むか。前者は主が不在故の判断、後者は主が故の判断。どちらがより善いという基準はない。しかし、それでも―――。

 

 

 

 

 

連合軍・左翼前方―――。

 

 

先ほどの4人に加え、前線から戻った凪を入れて5対1の状況であったが、それでもどちらが優位にあるかという事は一目瞭然であった。

 

 

「まさか、『天の御遣い』がこれほどとはな………」

「へへっ、星はもうへばっちゃったのだ。だったら鈴々がやっつけるのだ」

 

 

そう言って強がる張飛も、焦りは隠せない。先ほどから何度も攻撃を加え、それを躱され、弾かれ、何度も投げ飛ばされている。考えるのが苦手な少女はその本能によって蛇矛を振るうが、その本能故にどう動いても攻撃が当たらない事を理解していた。

 

 

「凪ちゃんも来たのに、やっぱり一刀さんなの……」

「せやな………なんでこない強いんやろうな」

 

 

真桜と沙和も息を切らしている。凪が戻ったことにより、三羽烏の連携を見せてはいたが、それでも攻撃は掠りもしない。沙和は両手を膝につき、真桜は螺旋槍に縋って立っているのがやっとだった。そんな中―――

 

 

「師匠!私は強くなりましたか!?」

「あぁ、また一段と腕を上げたようだが………まだまだ春蘭には勝てないな」

「分かってます!!」

 

 

―――遅れてきた凪だけは体力にもまだ余裕があり、いまだ一刀と打ち合っていた。弟子に合わせて徒手空拳で相手をするあたり、一刀の師匠としての親馬鹿さを窺える。

と、そこで関の方から銅鑼の音が届いた。

 

 

「鐘はないか。予定通り、という訳だな………凪、耐えろよ?」

 

 

その音を聞いた一刀は、防御の為に胸の前で交差させていた凪の両腕を下から右拳で弾き上げると、彼女のむき出しの腹部に左手の掌を当てた。

 

 

「え………がはっ!?」

 

 

その手が触れるが、何も起きない。その事に疑問の声を上げた瞬間、凪の膝が地に落ちる。

 

 

「ふむ、凪の真似をして練習していたが、なかなか使えるみたいだな」

 

 

足下に倒れたまま動かない凪を見ながら一刀は呟くと、真桜と沙和に向き直った。

 

 

「凪が起きたら伝えておいてくれ。氣にはこういう使い方もある、ってな」

「「………………………」」

 

 

その返事を聞くこともせずに一刀は声を張り上げると、華雄隊へ合図を出す。応の返事と共にそれぞれの相手を弾いた華雄隊の兵たちが一刀のもとに集まると、一刀は腰の刀を抜き、中央へ向けて走り出した。

 

 

「………行っちゃったのだ」

「天の国というのは、彼のような猛者が他にもいるのだろうか………気にならないか、鈴々?」

「あんな強い人はあのおにーちゃんだけで十分なのだ………」

 

 

そうだな、と呟いた趙雲は前線に眼を向ける。誰があちらに残った将の相手をしているかを見定めることは出来ないが、その少し手前では自陣が兵を進めていた。どちらにせよ、主の下に戻らねばな。彼女はそう判断すると、張飛を伴い前線へと戻っていった。

真桜と沙和も、凪に駆け寄ってその身体を抱き起すと、そのまま散っていた隊員を集結させる。いずれ華琳から指示がくる。それまでずっとこの状態はよろしくない。当初の指示は汜水関。一刀が去った以上、その命令を遂行する必要がある。2人は一人の兵に凪の身体を預けると、声を張り上げて汜水関へと隊を進めた。

 

 

 

 

 

 

城壁―――。

 

 

「しゅぱぱぱーっと矢を放っちゃってください。こちらの兵はいないので、紀霊ちゃんよりも前に飛べば構いません。前線の劉備さんと公孫賛さんの軍に向けてやっちゃてくださいー」

 

 

風の指示により、敵前曲に矢が放たれる。矢の備蓄はそれほど多くはないが、それでもこの場を乗り切るには十分すぎるほどだ。一刀と華雄が戻ってくるまで扉を守れればいい。風がそう考えていると、遠く、左翼と右翼で動きがあった。

 

 

「ふむ、華雄さんに向けて孫策さんの本陣が進軍。華琳さんの方は………おぉっ?あの動きはおにーさんを避けてこちらに向かうおつもりのようですねー。さすが華琳さんです。でも………そうはさせないから風は一流なのですよー」

 

 

風はその動きを見て取ると、近くに待機していた兵に合図を送る。

 

 

「兵隊さん、銅鑼を3度鳴らしてください。洛陽に届くくらい思い切りやっちゃってかまいませんよー」

「応っ!」

 

 

威勢のいい返事と共に彼は手に持つ銅鑼を掲げると、それを3度打ち鳴らした。

 

 

「………おにーさんも華雄さんも動き出しましたねー。後はこちらに戻ってくるだけでしょう。兵隊さん、おにーさんと華雄さんが前曲の背を突くまでは矢を撃ち続けてくださいねー」

「「「「「応っ!!」」」」」

「にゅふふ、やっぱり風の指揮は冴え渡っていますねー」

 

 

風は知らない、弓隊に所属する兵のほとんどが、彼女からの命令に心のうちで喜びに震えていた事を。風は知らない、華雄隊の中でも、この2日半の間に華雄派と程昱派のグループが出来上がっていた事を。

 

 

 

 

 

連合軍・中央―――。

 

 

「袁紹様、両翼から敵兵がこちらに突撃してきます!」

「そうですか………文醜さんは右翼へ、顔良さんは左翼へとそれぞれ隊を率いて当たりなさい!数ではこちらが勝っています。1対1ではなく、必ず複数で組んで敵にあたるよう兵にはお伝えなさい!」

「ほぇー、姫が珍しくまともな事を言ってるよ………」

「ちょ、文ちゃん!言っちゃ駄目だよ、そんな事!」

「へいへい。じゃぁ斗詩、行って来るぜ。戻ったらその乳を揉んでやるから必ず生きて還って来いよー」

「そんな事言わないでよぅ………」

 

 

総大将の言葉に、文醜と顔良の二大将軍だけでなく、彼女たちの近くにいた兵達も内心驚いていた。しかし、忘れてはいけない。これまでは高慢な態度や金でしかその由来を表していなかった袁紹だが、それでも名家なのである。幼少の頃より英才教育を受けてきた。それは教養だけではなく、勿論政や戦に関することも多い。

普段なら文醜の言葉に食って掛かる彼女だが、今日ばかりはそのような事もしない。彼女は頭の中で、必死に過去の遺産を暴いていた。何年も昔に城の文官や塾の先生から教わった事、かつて読んだ孫子の兵法、軍議で見た華琳や諸葛亮の智将としての態度。目線は前方に送りながらも、それらを必死の思いで掘り返す。そこにはかつての愚者の姿はない。あるのはただ、貪欲に勝ちを狙う者の姿だけであった。

 

 

 

 

 

しかし―――。

 

 

「ちょ、なんでこっちに『天の御遣い』さんがいるんですかー!?」

「顔良か。なんで、って言われてもなぁ………」

 

 

確かに袁紹の指示は的確であった。力量の差があろうとも、一般兵であれば複数でかかれば難なく敵を討つ事ができる。だが、さすが華雄隊の兵というべきか。曹操軍や孫策軍の兵とは異なり、その練度も精神的な鍛練もまだまだ未熟だ。如何に大将の心変わりがあったとはいえ、大軍だからこそ、その伝播も遅い。そんな彼らにとって、数倍の兵に臆することなく向かってくる華雄隊の兵を、命令通りに討つ事は難しかった。また顔良に関しても。

 

 

「なんだ、こっちは華雄か」

「ほぅ?『天の御遣い』の方がよかったか?」

「まぁな。こないだは酷い目に遭わされたんだ。少しくらい仕返ししたいと思ったっていいだろ?」

「その気持ちも分からなくはないが、こちらも足を止める訳にはいかないのでな。悪いが押し通らせてもらう」

 

 

そして右翼でも同様の光景が広がる。華雄を前に文醜はその大剣を構えるが、華雄もまた、歴戦の武将である。己の為すべきことを(恐怖と共に)叩き込まれた彼女は、自身の役割を蔑ろにすることはしない。降りかかる斬山刀を一撃で文醜ごと弾き飛ばすと、再び走り出し、中央へと向かった。

 

 

「………なんか、あたいってここんとこやられ役じゃないか?」

「なんと答えればよろしいでしょうか………」

 

 

起き上がった文醜が近くの副官に無茶振りをするが、問われた方も返答に詰まる。そんな様子を気にすることもなく、華雄がこちらに来たという事が『天の御遣い』が相方に向かったという事を意味する事に気づいた彼女は華雄隊の後を追って中央へと向かう。

 

 

「お前ら、中央へ戻るぞ!………斗詩ぃ!あたいが胸を揉むまで死ぬんじゃないぞー!」

 

 

そんな叫びに答えるように、中央の本陣を挟んだ左翼では、顔良の身体が宙に舞っていた。

 

 

 

 

 

 

「道を開けろぉおおっ!!」

「誰か、馬を此処へ!!」

 

 

一刀と華雄が袁紹軍の将を討ち払ってから数分もしない内に、2つの分隊は中央で合流する。華雄がその巨大な斧を振り回して場所を作り、そこに一刀が呼ばれて2人の騎馬兵が予備の馬と共に駆け寄った。一刀達はそれぞれその背に飛び乗ると、号令をかける。

 

 

「よくぞ此処までついてきた!あとは汜水関へと戻るのみだ。最後の最後でへばるなよ!」

「途中前曲の公孫賛軍と劉備軍にあたるが、脚は止めるな!すり抜けざまにひとあてするだけでいい!関へとついたら扉の前に陣を張る。各隊長はしっかりと隊を引っ張ってこい!!」

 

 

短い命令に威勢のよい声が返る。その様子に、依然として士気が下がっていない事を、むしろ最初よりも更に上がっている事を確認すると、2人は知らずほくそ笑む。

 

 

「鐘がないという事は、お前が引き抜いたあいつはなかなかに有能だったという事か、北郷」

「華雄だって鍛えてくれただろう?ひとえに彼女の資質と袁術への忠誠心の顕れさ」

「それでいいのか?」

「まぁ、無理やり引き抜いたのは俺だ。今はそれでいい。幸いなことに前線に袁術軍の将はいないしね。そちらに関してはゆっくりやっていくしかないな。それより、そろそろ戻ろう。紀霊の体力も限界に近いはずだ」

「お前の按摩で体力を取り戻しているのではないのか?」

「いや、あれは疲れをとるだけで、失われたエネルギー………気の方まで補うわけじゃない。筋肉の疲れがないだけで、この2日間の修行は確実に彼女の体力をむしばんでいる筈だ。あとは気力だろうがね」

「そうか………さて、それでは戻るとするか。我らの仮初めの宿に」

「あぁ」

 

 

短い返事と同時に一刀は馬を走らせる。目指すは汜水関、そして最前線だ耐えている新たな仲間。2人の将の後ろに騎馬隊が続き、その後ろを歩兵が追いかける。その長い列は真っ直ぐに崖に挟まれて聳える関に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

長安から洛陽への道すがら―――。

 

 

「それにしても遷都もあっさり済んでもうたな」

「ふふ、それだけねね達文官が優秀ということなのです!」

「おなかすいた………」

 

 

霞の騎馬隊と恋、そして陳宮は、馬に乗って洛陽へと戻っていた。劉協をはじめ、月や詠の護衛も終わり、これから本格的に洛陽で出陣の準備をする訳だが、野盗などとも出会うことなく退屈な任務を終えた彼らは、意気揚々と馬を走らせる。

 

 

「あー、はいはい。ねねはすごいなー」

「なんですか、その適当な返事は―――」

 

 

陳宮が両手を挙げて抗議を示した時、それは起きた。

 

 

「―――ぬわわわっ!?」

「阿呆!騎兵でもないのに馬上で手を放すなっ!」

 

 

霞の騎馬隊は言うまでもなく、名馬の集まりである。それに並ぶのは西涼の翠と幽州の公孫賛の隊くらいだろう。つまり、それだけ移動速度も速い。元々騎馬隊に居た者であれば、手を手綱から放したくらいでバランスを崩すことはない。しかし、陳宮は騎兵ではなく、またその身体も小さいため、馬の反動を受けやすいのだ。その結果―――

 

 

「くっ!」

「お、落ちるのですぅ!?」

 

 

―――陳宮は馬の背から跳ね上げられた。もし落ちれば、後ろにも騎馬隊は走っている。よくて大怪我。最悪死ぬこともある。だからこその霞の叱咤であったが、僅かに遅かった。

陳宮は落馬を覚悟し、目をぎゅっと瞑る。だが、一向に衝撃が身体を襲う気配はない。ふと、その浮遊感が消えていた事に気づいた陳宮が目を開いた。

 

 

「………へ?」

「はぁ……助かったわ、恋」

「………危なかった」

 

 

恋が方天画戟を払い、その柄の端で陳宮の服の襟をひっかけていた。

 

 

「………………」

「ほれ、ねね。恋にちゃんと礼言いや」

「………………」

「………ねね?」

 

 

霞の言葉にも陳宮は答えない。訝しがって霞が彼女の顔を覗くと、そこには首を掴まれた猫の様に戟にぶら下がりながら、両眼いっぱいに涙を溜めた少女が居た。

 

 

「う、うぅ………呂布殿ぉ、ありがとうなのですぅぅうう………」

「…いい、ちんきゅーも、次から気をつける」

「うぅ、はいなのです。それから、ねねの事はねねとお呼びください………」

「………ん。恋は恋」

 

 

そう言って陳宮を赤兎に乗せると、恋は彼女の頭を撫でる。

 

 

「恋殿ぉ………」

 

 

一刀たちや月たちが知らぬ間に、恋とねねは真名を交換していた。

 

 

 

 


 
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