No.199913

真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第三章・第六幕

狭乃 狼さん

二日連続投稿~。

休みはいいけど、やること無くて暇すぎ。

というわけで、

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2011-02-05 21:22:57 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:22532   閲覧ユーザー数:16975

 「とおーーーーーしさんっっっ!!兵はま~だ、集まりませんの!?」

 

 南皮の城内、玉座の間に、袁紹の悲鳴にも似た叫びがこだまする。……先の戦の後、彼女たちは敗残兵三千とともに、大慌てでこの地に戻ってきた。

 

 そしてすぐさま、彼女は顔良に対し、減少した兵をなんとしてでも回復させるように命じた。だが、いくらなんでもそれは無理というものだった。

 

 「麗羽さま~、もう兵隊さんを集めるのは無理ですよ~。人手が居なさ過ぎます~」

 

 様はそういうことである。

 

 ただでさえ、先ほどの戦に連れて行くため、かなり無理をしての徴兵を行ったばかりである。兵として使えそうな若者など、もはや数えるほどしか残っておらず、どうにか集められたのは三百程度。

 

 しかも、兵としての適正などはまったく無視して、である。

 

 「~~~~だったら、女でも年寄りでも子供でも構いませんわよ!街の者総出でもって、あの不忠者を迎え撃たせるのですわ!」

 

 「そ、そんな!いくらなんでも無茶過ぎます!まともに武器を持つことも出来ま」

 

 「武器なんか使えなくても、石を投げるくらいは出来ますでしょう!?お湯を上から被せたりとか!」

 

 無理でも何でもやらせろ、と。袁紹はそう叫んだ。……もはや、形振り構うどころか、まともな判断すら、彼女には出来なくなっていた。

 

 そんなところに。

 

 「麗羽さま~!北郷軍が来ました~!!」

 

 『!?』

 

 文醜の報告が、飛び込んできたのである。

 

 

 そして、その報告どおり、南皮の街の外には、一刀率いる北郷軍五万が展開していた。

 

 

 

 「……さて、と。輝里、中の人からの報告、もう来てるかな?」

 

 「はい、つい先ほど。……どうやら、本当に形振り構わず、戦力をかき集めているそうです。老人から女子供まで、石やら煮え湯やらを大量に準備して、徹底抗戦の構えでいるようです」

 

 南皮にすでに入り込んでいる、例の人物からの報告を、徐庶が一刀に伝える。と、それを聞いた二人の後ろにいた人物が、驚いて一刀に声をかけてきた。

 

 「北郷どの?中の人というのは一体……?!」

 

 「ああ。……鄴を発つときにね、五十人ほど別行動をしてもらったんです。……先にここに来て、街中で待機してもらうためにです。……要は伏兵ってやつですよ、張郃さん」

 

 「……」

 

 前もって伏兵を潜入させていた、と。一刀はこともなげに言った。それを聞き、その口を大きく開けて、その人物-張郃は呆気に取られた。

 

 そう。張郃は今、一刀の軍に同行していた。

 

 平原での戦の後、目を覚ました彼女は、高覧から一刀の言葉を伝えられた。

 

 死んでしまっては、それこそ何も出来ない、と。

 

 袁紹から嫌われることになっても、裏切り者と罵られようとも、生きて彼女を言葉で持って説得するべきと。

 

 それを聞いた張郃は、一刀に対して同行を申し出た。袁紹は、自分が説得すると。必ず、向こうに降伏させてみると。その真紅の瞳で、一刀を真っ直ぐに見据えて。

 

 一刀はそれを了承した。

 

 徐庶たちも、一刀の意見を支持した。無血で城を落とせるなら、それに越したことは無いと。

 

 「彼女たちを使わずにすむなら、それはそれで良い事ですからね。誰一人傷付かずに済むんなら、それが最善の手段ですから」

 

 以上、徐庶のそのときの台詞である。

 

 

 

 話を元に戻す。

 

 「それじゃ張郃さん。説得の方、よろしく頼みます」

 

 「……ああ。分かっている。狭霧、いくよ」

 

 「はい」

 

 張郃が、高覧を伴って街へと近づいていく。その姿を、城壁の上にあわてて飛び出てきた袁紹たちも、その視界にはっきりと捉えていた。

 

 「あれって、沙耶さんですよね?」

 

 「狭霧の奴もいるぜ。よかった~、無事だったんだ、二人とも」

 

 と、張郃と高覧の無事な姿に、顔良と文醜はその胸をほっとなでおろす。だが、袁紹の反応は二人とまったく違っていた。

 

 「ぬあ~にを、のんきなことを言ってますの、斗詩さん、猪々子さん?!あの二人、あの逆賊の軍から出てきたんですのよ!?……私を、裏切りましたわね?」

 

 「そ、そんなことは……無い……と、思いたいですけど」

 

 そんなやり取りをしているうちにも、張郃と高覧はゆっくりと街に近づいてくる。そして、門の正面にまで辿り着いた張郃が、その口上を、声高く述べ始めた。

 

 「姫様!そこに居られますか!?張雋艾、及び高覧の両名!ただいま戻りました!どうか、御開門を!そして、北郷殿との会談の場を設けていただきたい!」

 

 「北郷さまは、姫様が思ってらっしゃるような、人非人な人ではありません!民を真に大切に思う、本当によきお人です!どうか、どうか彼のお話を!」

 

 高覧もまたその後に続き、一刀との話し合いを袁紹に提案する。だが、

 

 「やっかましいですわ!裏切り者の言葉など、ましてや逆賊の言葉など、これっぽちも聞く必要も価値もありませんわ!斗詩さん!あの二人に矢を射掛けさせなさい!」

 

 「そ!そんな!出来ませんよそんなこと!!」

 

 「なら私が代わりに撃って差し上げますわ!お貸しなさい!」

 

 と、近くに居た兵から弓と矢を強引にひったくり、袁紹は張郃と高覧目掛けて、その矢を、放った。

 

 『!?』

 

 驚愕したまま、一歩も動かない張郃と高覧。そして、

 

 どすっ!と。

 

 張郃の肩に、その矢が見事に突き刺さった。

 

 

 「な!何で避けないんですの、貴女!下手をしたら死んでしまうではありませんの!」

 

 矢を放った本人が言う台詞ではないと思うが、袁紹が言うとおり、張郃は、落とそうと思えば落とせたその矢を、まったく避けることなく、あえてその身に受けて見せた。

 

 「……姫。私は、私たちは、平原の町で、死ぬつもりで居りました。そうすることで、貴女にその目を覚ましていただくために。けれど、北郷殿の台詞で悟りました。……死んでしまっては、何も出来ないと。生きているからこそ、出来ることがあるのだと」

 

 「う……」

 

 肩の激痛に身じろぎもせず、張郃はただただ、袁紹をじっと見据え、言葉をつむいで行く。その迫力に押されたか、袁紹は思わずうめき声をもらす。

 

 「……だからこそ、私たちは恥を忍んで、北郷殿とともにこの地に帰ってきたのです。……なのに、その私たちに、主君である貴女がくださるのは、よく帰って来たの一言ではなく、この、一本の矢にございますか!?長年に渡り、貴女様の為に働いてきた家臣を、たった一度の反抗で裏切り者とお呼びになるのか!?」

 

 張郃は、その双眸から、大量の涙を流しつつ、そう叫んだ。

 

 「沙耶、さん……麗羽さま!」

 

 「沙耶の姉御……。麗羽さま!いくらなんでも酷すぎますよ!沙耶の姉御だって、狭霧だって、いつでも麗羽さまのために戦ってきたじゃないですか!」

 

 「斗詩さん……、猪々子さん……。で、でも、私は」

 

 漢の臣として、勅命に従い、朝廷のために働く。それだけが、今の袁本初を支えているもの。その勅命に、朝廷に逆らった一刀は、決して許せるものではない。認められるものではない。だから、その一刀に篭絡され、自分に降伏を促している二人を、袁紹は裏切り者と罵った。

 

 腹心である顔良と文醜も、その自分の考えに同調し、支持してくれるものとばかり、袁紹は思い込んでいた。だが、実際には二人とも、自分を強く責めて詰め寄ってくる。

 

 袁紹はもう、何をしていいのか分からなくなっていた。

 

 「……斗詩!猪々子!兵たちに門を開けさせろ!!お前たちがしたことなら、姫も後から責めたりはしないはずだ!」

 

 張郃が、顔良をそう促した。そして、

 

 「……いいよね、文ちゃん?」

 

 「おう。斗詩のすることに、あたいが反対するわけ無いだろ?」

 

 「……うん!……麗羽さま、門を開けて、北郷軍を迎え入れます。……いいですね?」

 

 「…………好きに、なさいなさいな」

 

 完全に茫然自失としたまま、袁紹はそれにポツリと答えた。その目からは、生気というものが、すでに感じられなくなっていた。

 

 「はい。……門番の人!門を開けてください!私たちは、北郷軍に降伏します!」

 

 顔良が、急いで城門のところに行き、門番を務めていた兵士に、その命を下した。そして、その命を受けた兵士が、扉を開こうとした、その時だった。

 

 

 

 「全員その場を動くな!」

 

 『?!』

 

 突如響いた、その野太い男の声。

 

 それは、城壁の上から聞こえたものだった。

 

 「文ちゃん!どうしたの?!何があったの!?」

 

 慌ててその場に駆けてくる顔良。彼女がそこで見たのは、袁紹が、一人の男に羽交い絞めにされているところだった。

 

 「貴方!何をしているんですか!?麗羽さまを離して下さい!”韓馥”さん!!」

 

 そう。

 

 袁紹を羽交い絞めにしているその男は、かつて、一刀の前に鄴郡で太守を勤めていたあの男。肉の塊と呼ぶにふさわしいその容貌に、悪魔のような表情をその顔に見せている、その男。

 

 韓馥、字は文節。

 

 なぜ、この男がここに居るのか。それは、彼が、朝廷から派遣されてきた、袁紹の監視役だからである。

 

 「良いか貴様ら!袁紹の命惜しくば、決して彼奴らに降伏等するでない!朝廷に、漢に逆らった者は、何があっても許してはならぬ!認めてはならぬ!たとえ貴様らが全員死んだとしても、必ずや逆賊を討つのだ!解ったな!!」

 

 その韓馥の声は、街の外に居る張郃達にも、はっきりと聞こえていた。

 

 「あの男、一体何を」

 

 「沙耶姉さま、ここは」

 

 「ああ。……北郷殿に、知らせておこう」

 

 二人は馬首を返し、後方で待機している一刀たちの下へと、慌てて戻っていた。

 

 

 

 「韓馥・・・だって?」

 

 「文節とはの……まさか、ここであやつの名を聞くことになろうとはの」

 

 「……なんで、あいつ生きてるのよ?……都で、死罪にされたんじゃ、無かったんですか?!」

 

 「私に聞かないでくれ、元直。……私とて、そう思っておったんじゃからの」

 

 そう。

 

 一刀が鄴の太守に就任した時、それまで太守を務めていた韓馥は、様々な悪行の数々を、当時皇太子だった劉弁-李儒の告発もあり、洛陽で極刑に処されたはずだった。

 

 なのに、なぜそれが生きていて、いまこの地に居るのか。

 

 「張郃さん、あいつ、いつからこの街に?」

 

 「……少帝陛下が、無くなられた直後ぐらいです。……勅書を携え、ここに訪れたのは」

 

 「勅書……だと?」

 

 「……そういうこと、か。……王允さんの、手駒に収まったってわけだ」

 

 おそらくは、処刑を免れたくば、自分の手駒となるように、王允、もしくはその裏に居る人物から、そう話を持ちかけられ、彼は一も二も無く、それに飛びついたのだろう。

 

 その光景が目に浮かぶようだと、徐晃がポツリとつぶやいた。 

 

 「まったくじゃ……本当に、往生際の悪い奴よ。……どうする、一刀?」

 

 「……下手に合図を送れば、袁紹さんの命が危ない、か。……輝里、前に捕らえた、文醜さん配下の兵達は?」

 

 「従軍してきています。……送り込みますか?」

 

 一刀の意図を察知したのか、徐庶が笑顔でそう問いかける。

 

 「……流石、わが親愛なる軍師さまだ。……頼む」

 

 「はい」

 

 拱手しつつ返事を返し、その場を離れていく徐庶。

 

 「……さて、俺達も準備に入ろうか。……”逃亡者の”追撃準備に」

 

 「……ははあ、なるほど、そういうことか。……くく、それは良いの。あやつの驚く顔が、目に浮かぶようじゃ」

 

 はっはっはっは、と。

 

 笑いあう一同。

 

 そして-。

 

 

 

 わああああっっっ!!

 

 「な、なんじゃ?!」

 

 「文ちゃん、あれ!」

 

 「あれ?!あ、あいつら、あの時のあたいの隊の連中じゃんか!……追われてんのか?!」

 

 突然、あらぬ方向から現れた数十人の兵の集団が、街に向かって一目散に駆けてきた。その少し後方には、蒼い鎧をまとった北郷軍の兵士達の姿が。

 

 それは、先の郡境での戦いのおり、一人突っ込んで包囲されてしまった文醜を逃がすべく、血路を開いた後に一刀たちに捕縛された、あの彼らであった。

 

 「斗詩!門を開けに行くぜ!あいつらを迎えてやらないと!」 

 

 「ば、馬鹿を申せ!門を開けるなと言ったであろうが!動くな!動くんじゃない!こいつの命がどうなってもいいのか!」

 

 袁紹の首筋に短剣を当てつつ、韓馥が城門を開けに行こうとする文醜を制する。

 

 「むぐっ……!!くっそ~!どうしたらいいんだよ!?」

 

 逃げてくる兵達は、彼女にとっては命の恩人達である。だが、目の前で人質に取られている袁紹を、見捨てるわけにも行かない。文醜はその少々足りない頭で、必死になって考えた。そうこうしている内に、元文醜隊の兵達は、どんどん街に近づいてくる。

 

 「ど、どうしよう、文ちゃん?」

 

 「どうするったって……!!あ~、くそ!知力の低さが恨めしいいいい!!」

 

 と、文醜がそんな叫びを上げた、その時だった。

 

 ひるるるるるるる~……どどお~ん!!

 

 『な、何?!』

 

 突然響きわたった轟音。そして、夕暮れ空に咲いた、光の花。

 

 「きれ~い……」

 

 「ほんとだ……」

 

 顔良も文醜も、そして韓馥も、城門に居たすべての者が、それに見惚れた。

 

 その時。

 

 ごごごごごご、と。

 

 彼女らの足元から聞こえたその音。

 

 「い、今の」

 

 「門が開いた音!?」

 

 「だ、誰が門を開けよった!?」

 

 「……私の部下だ」

 

 「なに?!がはあっ!!」

 

 韓馥のすぐ後ろに、いつの間にか立っていた一人の”兵士”が、彼の一瞬の隙をついて、その横面を思い切りぶん殴った。

 

 「た、助かりましたわ……貴女、よくやってくださいましたわ。……一体どこの部隊の人かしら?後でちゃんと御礼をしないといけませんわね。……お名前を教えて貰えますかしら?」

 

 韓馥から解放された袁紹が、四つんばいの状態で、傍に立っているその兵士に問いかける。

 

 「……北郷軍所属、華雄、だ」

 

 「……………………え?」

 

 一瞬の間が空き、そして、

 

 『うぇえええええええええっっっっ!?』

 

 大絶叫が、響き渡った。

 

 

 

 その後、程なくして。

 

 開かれた門から、一刀たち北郷軍が、南皮の街へと入った。

 

 

 華雄に殴られて気絶していた韓馥は、とりあえずそのまま、牢の中へと放り込まれた。まあ一応、(二度目の)砕けた顎の応急処置は施したが。

 

 袁紹達は特に抵抗することも無かった。三人とも一刀の指示に従い、城内の一室に幽閉されて、大人しくその日の夜を過ごした。

 

 

 一刀たちはその間に、疲弊しきった袁紹軍の兵達や、南皮の街の人々に、十分な食料を配分し、これからは十分に、その生活を支えていくことを約束した。

 

 人々は、天の御遣いとして名高い一刀のその言葉を、とりあえず信じることにした。……それが間違っていなかったことを、人々が心底から痛感し、一刀たちに感謝をするのは、この十日ほど後の事となる。

 

 

 とりあえず、こうして冀州での戦いは、その幕をおろした。

 

 

 後は、袁紹達が、どんな態度に出てくるか。

 

 それに対し、一刀たちはどう反応するのか。

 

 

 すべては、明日。

 

 

 日は静かに、山の向こうへと沈み、夜の帳が、街を包んでいくのであった。

 

  

                                   ~続く~


 
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