No.199416

茜ちゃん 第十話 『アロハとゴリラとボタン鍋』

投稿47作品目になりました。
少々遅くなってしまいましたが、リレー小説を投下させていただきます。
どうも俺にはこういう話しか書けないらしく、皆さんのご期待に添えているかどうか解りませんが……ま、取りあえず読んでやってくださいませ。

2011-02-03 07:02:56 投稿 / 全24ページ    総閲覧数:7962   閲覧ユーザー数:6779

 

皆さん、こんにちは。黒野 茜、15歳。華も恥じらい、恋に恋する高校1年生です。

 

これからありのままに、あたしの身に起こった事を話します。

 

先日、進学が決まった高校へお姉ちゃんと登校している最中、突如身体に衝撃が奔ったかと思ったら、

 

 

 

次の瞬間、私は約1800年前の中国にいました。

 

 

 

何を言ってるのか解らないと思いますが、あたしも何が起きたのか解りませんでした。

 

頭がどうにかなりそうでした。

 

催眠術だとか超スピードだとか、そんなちゃちなものじゃあ、断じてありません。

 

もっと恐ろしい逃走劇の片鱗を味わいました。

 

 

 

だって次の瞬間、あたしの目の前には4人の変態が勢揃いしていたんですから。

 

 

 

ピンクのビキニパンツ一丁の、スキンヘッドなのにもみあげはリボンで三つ編みなオネエ言葉のオジサン。

 

白い袴にマイクロビキニで、邪馬台国なヘアスタイルの東方で不敗なボイスのオジサン。

 

白装束に身を包んだ一見まともそうな、でも発言は唯我独尊ゴーイングマイウェイな猪突猛進デストロイヤー。

 

その破壊神と同じ白装束の、でも発言は全部薔薇でオランダへ国籍を移した方がいいのではと思ってしまう本体眼鏡なオールバック。

 

……え~、思い出すだけでHPが大量に削られました(そんな気分になりました)。

 

その後は色んな人(一部人外)達に、飛龍とかを討伐する為に使いそうな罠で守ってもらったり、強制的にテレポートさせられたり、綺麗な白馬を譲ってもらったり、何やら怪しいにも程があるアイテムを半強制的に貰わされたり、テレパシー的な何かで励ましてくれたり、いきなりカツサンド三昧というヘビーな食事+白馬にツナギを着せられたり……あたしの辞書の『混沌』の欄にそっくりそのまま書き写したい気分です。

 

で、なんでこんな冷静に過去を思い返しているかというと、

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

あたし、現在進行形で大絶賛逃走中です。

 

 

 

 

 

 

いえ、進行形でなくても4人の変態さんから逃走中なんですけどね。

 

どうもその最中に彼の縄張りに踏み込んでしまったらしく、あたし&白龍(白馬の名前。『白』が被っててちょっとややこしい)の背後では、優に大人数人分のサイズはありそうな巨体の猪がスーパーな頭文字Mさん(37歳・配管工)の無敵なキラキラ星取得状態なのです。

 

度が過ぎた焦燥のせいか、却って思考回路が不気味なほど冷静になってしまっているらしく……いや、これは走馬灯の一種であるという可能性もありますけどね。

 

そんな、今にも最後の幻想な戦闘BGMが聞こえてきそうなあたしに与えられた選択肢と言えば、

 

 

  『たたかう』(絶っ対無理っ!!あんなタ○リ神なドスファン○に勝てる訳が無いっ!!)

 

  『まほう』(そんなの使えるならとっくに使ってる!!『秘められていた能力が突如覚醒』なんていう厨二な設定もフラグも無いっ!!)

 

  『にげる』(今まさにこのアイコン連打中!!回り込まれてはないけど、逃げ切れてもいない!!)

 

 ⇒『アイテム』(……何か使えそうなものなんて持ってたっけ?)

 

 

という訳で所持品をチェックしてはみるものの、

 

 

『はちみつ』:なめると せいてんかん してしまう まゆつばな しろもの。

 

『だんぼーる』:みためは ふつうだけど『せかいさいこうのぎそう』らしい。

 

『K-POPぜんしゅう』:KA○Aは さいこう。

 

 

……統一感も関係性も一切合財完全無欠に皆無なこのアイテム'sでこの状況をどう打開しろと!?

 

今時のB級RPGでも、こんなバグは見逃さないと思います、ハイ。

 

「―――――とかなんとか考えてる内にまた距離が縮まってるうううううううううううううう!!!!」

 

白龍も頑張ってくれてはいるものの、今現在の私達は深き癒しの緑に包まれた、このまま森林浴へと洒落こみたくなるような大自然の真っただ中である。

 

不規則に並ぶ木々の間を通り抜け、安定した足場を選びながら逃げる私達に対し、ワイルドなボアさんは進行方向に存在するその悉くをD-51よろしく粉砕しながら直線的に突き進んでいるのである。

 

比べるまでもなく、当然ながら後者の方が速度に分がある訳で、

 

「ああん、もう!!こうなったらどうにでもなれっ!!」

 

半ばやけになったあたしが咄嗟に段ボールを組み立て、思いっきり投げつけて見たところ、

 

 

 

スポンッ、という小気味いい擬音が聞こえそうなくらいに、その段ボール箱がその猪さんのビッグフェイスにジャストフィットしました。

 

 

 

「……わお」

 

突如視界を塞がれたからか、大猪は奇声を発しながら出鱈目に迷走し始め、

 

「は、白龍!!今の内に!!」

 

「ヒヒィン!!」

 

あたしの意図を読み取ってくれたのか、白龍は嘶きをあげるとここぞとばかりにスピードを上げた。

 

兎に角 Get away!! Run Away!!

 

 

 

十数分後。

 

「はぁ、はぁ、逃げ切れた、かな?」

 

息も絶え絶えに背後を振り返ってみるが、青々とした木々が生い茂るばかりで、あの黒々とした巨体は見当たらなかった。

 

どうやら何とか逃げ切れたらしい。

 

「はぁ……良かった」

 

ほっと胸を撫で下ろして白龍から降りる。

 

目の前には瑞々しく澄んだ川が流れており、なんとも心地良いせせらぎが耳朶をくすぐった。

 

両手を濯いで器を作り、口に流し込む。

 

それだけで、ほんの少し疲労が回復したような、そんな気がした。

 

「ふぅ……ほら、白龍も飲みなよ。疲れてるでしょ?」

 

「ヒィン」

 

白龍は短く答えるとあたしの隣にやってきて、その長い首をもたげて水を飲み始めた。

 

流石の彼も疲れたのだろう、白く綺麗な毛並みも息遣いもどこか乱れているようだった。

 

……ならそのツナギを脱げばいいんじゃないかと思うんだけど、何故かずっと頑なに脱いでくれないんです、このコ。ホント、何がそんなに気に入ったのやら。

 

兎に角、暫くここで休む事にしたんですが、

 

「……あれ?」

 

腰を降ろしていた、丁度その対岸。

 

打ち上げられたように川辺に引っかかっている、何か白い布のようなものが見えた。

 

割と浅い川だったので、靴を脱いで川を渡り、それを拾い上げてみると、

 

 

 

「――――――アロハシャツ!?」

 

 

 

白地の薄い生地に描かれていたのは、鮮やかな朱や艶やかな黒に身を染める大小様々な金魚達。

 

そう、まるでドラマや漫画なんかで『ヤ』のつく自営業 or 金融業を営んでいる方々が好んで着ていそうな。

 

それは当然ながら2世紀半の、ましてや中国になんてある訳のないものであって、

 

「ひょっとして、また?」

 

今までにあった人達(一部人外)を思い返し、少々不安に駆られるものの、

 

「……一応、行ってみようかな?」

 

この世界であたしが頼れそうなのはそういう人達しかいない訳だし、と自分を納得させ、川を遡ってみたんですけど――――――

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

我が目を疑いました。

 

開いた口が塞がりません。

 

心なしか、白龍も唖然としているように見えました。

 

生い茂る木々の中、繰り抜かれたようにポカンと開いた川辺の空間。

 

その畔に建てられている、何処かのキャンプ場にでもありそうな立派な丸太小屋。

 

入口の近くには大きなドラム缶があり、釜戸らしきものの上にある事から、多分お風呂として使ってるんだと思います。

 

これだけでも十二分に驚きなんですけどね、あたし達が驚いているのはそれだけではなく、

 

 

 

「……物凄い量のアロハシャツだね、白龍」

 

「ヒィン」

 

 

 

何処か間の向けた嘶き。まぁ、それも無理はないと思う。

 

そのドラム缶の横、物干しで乾かされているのは、大量のアロハシャツだった。

 

赤だったり、青だったり、緑だったり、黄色だったり、よくもまあここまで集めたものである。優に50着くらいはあるんじゃなかろうか。

 

「ツナギの次はアロハコレクターかぁ……間違いなくここから落ちたんだね、これ」

 

取り敢えず開いてるスペースに拾ったアロハを掛け、小屋の扉に手をかけてみた。

 

どうやら鍵は開いているらしい。

 

「御邪魔しま~す……」

 

声を掛けても返答は無く、恐る恐る入ってみても人影は見当たらなかった。

 

シンプルな間取りのその小屋は、家具の殆どが木製。しかも殆どがやはりお手製のようだった。それも、そこらの売り物と遜色ない完成度である。

 

そこには間違いなく人の生活の後があり、ならば当然浮かぶ疑問が一つ。

 

「ここに住んでる人って、一体……」

 

そう呟いた直後だった。

 

 

 

ドッパァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!

 

 

 

「きゃっ!!な、何っ!?」

 

突如外から聞こえた、何か巨大な物が川に投げ込まれたような爆音に思わず身を竦ませ、少し取り乱してしまう。

 

(もしかして、さっきの猪が……?)

 

浮かび上がる疑惑に怯えながらも、ゆっくりと近くの窓から川の方を覗き込んで、

 

 

あたしは再び、でも先程とは違う意味で言葉を失いました。

 

 

何せ川のど真ん中に、白のタンクトップに青いジーンズというシンプルな着こなしの筋骨隆々な(多分)男の人が、犬神家よろしく頭から突き刺さっていたんですから。

 

 

 

 

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 

直ぐ様小屋を飛び出し声を掛けても、ピクリとも反応はなし。

 

これは流石に不味いだろうと駆け寄り、足を引っ張ってみても抜けそうな気配は全くなく、

 

「白龍、手伝って!!」

 

「ヒヒィン!!」

 

このコは本当に賢いなぁ、と思いつつもあたしは右足を、白龍に左足を引っ張らせてみると、

 

「ふんっ―――――きゃあっ!!」

 

さっきまでは嘘のようにあっさりと引っこ抜け、思わず川の中に尻もちをついてしまう。

 

「あ痛たた……あっ、だ、大丈夫ですか!?」

 

近寄ってみると、その人はやっぱり男の人だった。

 

流線形のスポーティなサングラスをかけ、髪を短く刈り上げているその人は、頭から突き刺さっていた筈なのに傷一つ負っていないようでした。(サングラスも同様。一体何製なんだろう……?)

 

それでも目は覚めておらず、何度声を掛けても身体を揺すっても返事はない。

 

「どうしよう、こういう時ってどうすれば、」

 

あたしに医療の心得などある訳も無く、他に助けを呼ぼうにもここは人里離れた山奥。

 

あたしの数少ない知識からこの状況を解決出来そうな手段といえば―――――

 

「……人工、呼吸?」

 

そんな単語しか出て来ない自分の頭に苛立ちを覚えつつ顔を赤面させてしまう。

 

「う、ううん、これはあくまで医療行為!!人命救助!!決してそんな類のものじゃあ――――――」

 

そう自分に言い聞かせるものの、頭の中ではどうしても『そういう事』を考えてしまう訳で、

 

「~~~~~~~~っ!!」

 

そんな葛藤に揺れつつもゆっくりと顔を近付けようとして、

 

 

 

「…………ZZZ」

 

 

 

「―――――へ?」

 

……聞き間違い?

 

もう一度耳を近付けてみた。

 

「…………ZZZ」

 

「この人、寝てる?」

 

呆然と脱力感が身体中へと行き渡る中、徐々に込み上げてくるのは、

 

 

 

「ひ、人が本気で心配したっていうのに……」

 

 

 

そう、怒り。

 

 

 

両の拳を握りしめ、天を衝かんばかりに振り上げて、

 

 

 

「起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

「まそっぷ!!」

 

 

 

※良い子はマネしないで下さい

 

 

 

 

 

「ふぁ……はぁ。よく寝た」

 

やっと目を覚ました男の人は、欠伸を噛み殺しながらそう言った。

 

頭から川に突き刺さっていた事を説明すると、

 

「あぁ、成程。道理でちょっと目眩がする訳だ」

 

……あのまま放っておいても大丈夫だったんじゃ?

 

「あの~」

 

「ん?何だ?」

 

「どうして、あんな事に?」

 

並大抵の事では、あんな珍奇な事にはならないと思うんですけど?

 

「ん~、落ちたんじゃねぇかな、多分」

 

「落ちた?」

 

「そ。え~っと……あぁ、あったあった。ほれ、あそこ」

 

指差す方を見てみれば……なるほど、確かに一際高い木の上の方、枝と枝の間に大きめのハンモックらしきものが見えた。

 

「―――――って、ここから30メートル以上は離れてるじゃないですか!!どういう物理法則でこんな所まで飛んできたんですか!?」

 

「いやだって、俺、寝相悪いし」

 

「寝相!?」

 

どれだけエキセントリックな寝相だったんだろう、ちょっと見てみたい気もする。

 

「ま、それはさておき、だ」

 

そんな唖然とするあたしを余所に、男の人はゆっくりと立ち上がり、

 

「ひょっとして、君が黒野 茜ちゃん?」

 

「え、あ、はい。そうですけど」

 

そう答えると、男の人は満足そうに笑みを深め、

 

「俺は峠崎ジョージってんだ。よろしく」

 

そう言って、大きな手を差し伸べて来た。

 

 

 

『取り敢えず、着替えようか。そのままだと風邪引いちまうし』

 

あたしを立ち上がらせると、ジョージさんは徐にドラム缶を片手で持ち上げ、そのまま川の水を直に汲み上げ、木を擦り合わせるアレで火を起こしてお風呂を沸かし始めた。

 

……ちなみにここまでの所要時間、僅か30秒。火を起こすアレに至ってはほんの5秒でした。

 

「あの、どうしてお風呂を?」

 

「服が乾くまで時間かかるからな。こっちに来てから、まともに風呂にも入れてないんじゃないか?」

 

「う゛」

 

その通りだった。こっちに来てから逃げ回ってばかりで心に余裕が無かったからか、すっかり忘れていたけれど。

 

「俺は別にこのままでもいいけど、流石に女の子はな。入っておいた方がいいんじゃないか?」

 

「え、で、でも、」

 

「いいからいいから。別にどうこうしようなんて思ってないし。なんなら君が入っている間はどっかに行ってようか?」

 

屈託なく言うジョージさんの顔は嘘を言っているようには見えず、何よりお風呂に入れるというのは今のあたしには非常に魅力的で、

 

「……それじゃあ、お願いします」

 

「あいよ」

 

 

 

「ふわぁ……気持ち良い」

 

こういう時、日本人に生まれて良かったと思う。

 

五右衛門風呂って言うんだっけ、初めて入ったけど、少し熱めのお湯は疲れた身体にとても心地良かった。

 

傍らには熱過ぎた時の為なのか、入りながらでも川に届く長さの柄杓が沈んでた。

 

物干しには大量のアロハシャツに混じって私の制服が微風に揺れている。

 

『タオル、ここに置いとくからな~』

 

そう言って大きめのタオルを物干しの、あたしでも手の届く位置に掛けてくれると、ジョージさんは白龍を連れて少し川下の方へと降りて行き、そこで白龍の身体を洗い始めた。(やっぱりツナギは脱がないみたい)

 

ちなみに、ジョージさんが白龍を見た時の一言。

 

『青い鳥ならぬ青い馬か……中々イカすじゃないか』

 

あの人の美的センスは何処かぶっ飛んでるのかもしれない。

 

「……でも、いい人なのは間違いない、かな」

 

お風呂貸してくれたし、制服も洗ってくれたし、今だってあたしが確認できる位置にいてくれてるし。(本人にその自覚はないかもしれないけど)

 

思い返してみれば、今までにあって来た人達も……まぁ一部を除いて、基本的にはいい人達だった。

 

「……考えてみると、私、助けてもらってばっかりだなぁ」

 

顔を半分くらい沈めてブクブクと。

 

「どうして、私なんだろ……?」

 

今更になって思う。

 

心の余裕が出来たからか、そんな事を考えだし、止まらなくなってしまう。

 

膝を抱え、顔を沈めて小さく丸まった。

 

「…………」

 

ここにいるのはどうして?

 

あたしに何をしろっていうの?

 

ゆらゆら揺れるお湯の中。

 

じんわり滲んで目を閉じ、そのまま滅入ってしまいそうで、

 

「茜ちゃ~ん!!」

 

「え、は、はいっ!?」

 

「俺、小屋ん中入ってるから、終わったら来いよ~!!」

 

「あ、はい、解りました!!」

 

なるだけ遠くから声を掛け、こちらを見ないように小屋へと向かうジョージさんに、ほんの少し感謝した。

 

 

 

十数分後。

 

お風呂から上がって小屋に入ると、ジョージさんは長椅子に座り、左手をダンベルで鍛えながら右手で本を読んでいた。

 

入ってきたあたしに気付くとダンベルと本を傍らに置いて、低めのテーブルを挟んで向かいの椅子にあたしを座らせて、話を始めた。

 

「で、改めて自己紹介といこうか。俺は峠崎ジョージ。『元』管理者だ」

 

「元、ですか」

 

「あぁ。今は自由気ままな『放浪者』兼『記録者』ってとこかな」

 

そう言うとアロハの胸ポケットから小さな箱を取り出して、そこから一本、白い棒状の何かを咥えた。

 

「あの、煙草はちょっと、」

 

「ん?あぁ、これ?ココアシガレットだけど」

 

『食う?』とあたしにも勧めて来たので取り敢えず一本貰いました。……あ、これ美味しい。

 

「最近の世の中って、喫煙者にあんまし優しくないじゃない?で、禁煙始めてみたはいいものの、口元が寂しくてね。代わりにこういうので誤魔化してるって訳。他にもこんなのとかあるよ。よかったらど~ぞ」

 

そう言ってポケットから出て来たのは、一口サイズのビーフジャーキーだった。

 

「面白いんだぜ~、最近は食べるラー油味とかもあってさぁ……っと、話が逸れたな。っつってもあんまし話す事は無いんだけど。まぁ他には『北の西ローランドゴリラ』って呼ばれてることくらいかな?」

 

「……北なのに、西ローランドなんですか?」

 

「そ。おかしいだろ?ま、俺は割と気に入ってるんだけどね」

 

「……ゴリラなのに、ですか?」

 

「あぁそうだ!!いいか、ゴリラは世界最大の霊長類なんだ!!化石が殆ど発見されていないから、どのように進化してあの姿に辿り着いたのかは未だ不明!!チンパンジーの祖先と別れたのは約800万年前と言われているが、あくまで仮説でしかない!!そんなゴリラだが、世界中に僅か3種類しか存在していないんだ!!マウンテンゴリラ、東ローランドゴリラ、そして西ローランドゴリラだ!!その中でも西ローランドゴリラを選んでくれたのは非常に嬉しいね!!なんせ、西ローランドゴリラの学名は『ゴリラゴリラゴリラ』なんだよ!!これは、一つ目の『ゴリラ』が『ゴリラ属』という意味でな――――――」

 

……あぁ、何か変なスイッチを押してしまったようです。

 

「ゴリラ、そんなに好きなんですか?」

 

「あぁ、大好きだね!!」

 

即答したよ、この人!!しかも物凄くいい笑顔で!!

 

「あはは……珍しいですね、あんな怖そうな動物大好きなんて」

 

あたしが苦笑しながらそう返すと、

 

「なんだ、知らないのか?」

 

「……え?」

 

さっきまでの情熱的な態度とは裏腹に、ジョージさんは何処か憂いのような、翳りのような、そんな何かを帯びた笑顔で、

 

「ゴリラはな、凄ぇ優しい動物なんだぜ?」

 

ジョージさんの裏の顔が、ほんの少しだけ垣間見たような、そんな気がした。

 

「で、だ。君はどうしてここに?」

 

「あぁ、えっとですね―――――」

 

と言う訳で、あのオッ○トヌシに追われて逃げ回っていたら~の下りを説明すると、

 

「あぁ成程ね、偶々行きついたってんなら納得だ」

 

「あの、どうしてそんな事を聞くんですか?」

 

確かに来たくて来るような場所ではないけど。

 

「いやね、ここら一体には人避けの結界を張ってるからさ、どうやって越えてきたのかな~って」

 

「結界、ですか?」

 

特にそれっぽいものは無かったと思うんですけど……

 

「……茜ちゃん、バリアーとかシールドとか、そういうの想像してない?」

 

「え?違うんですか?」

 

「違う違う、そんなんじゃないよ。見えない壁とかそういうんじゃなくて、何となく『この先には行きたくないな~』って気にさせるだけのもんだからさ」

 

「あ、成程。……でも、どうして?」

 

「そうだな、どう説明したもんか……俺達みたいな存在はさ、本来『こういう世界』にとっては異物な訳」

 

「異物?」

 

「そ。人間の身体ってさ、異物が体内に入ると、それを外に出そうとする働きが備わってるじゃん?咳が出たり、鼻水が出たり、熱が出たり。それは解る?」

 

「はい、一応は」

 

「だから、俺達がこの世界に存在する為には、この世界に『自分達は異物じゃない』と思わせる必要がある訳。ハイ、ここで問題です」

 

そう言うとジョージさんは人差し指をピンと立てて、

 

「俺達は存在そのものが世界にとっての『異物』。しかし、俺はこうしてこの世界に留まれてる。果たして、それは何故でしょうか?」

 

「え?えっと…………」

 

言われて、あたしは頭を捻る。

 

存在そのものが『異物』。

 

なのに留まれてるのは『自分達が異物じゃない』と誤魔化せてるから。

 

って事は、

 

「……この世界は、ジョージさんが『この世界にいない』と思ってる?」

 

「正解。中々頭が回るじゃないか」

 

「あ、有難う御座います」

 

真正面からそう言われると、少し照れるなぁ。

 

「そ。俺はこの世界には存在してねぇ事になってる。それは、この世界の人間達が俺の存在を知らねぇからだ。俺の事を知ってるのは精々、君が今までに会って来た連中くらいじゃねぇかな」

 

「そうなんですか……でも、こう言っちゃなんですけど、皆さん全然隠れたりしてなかったような」

 

皆、すっごいフリーダムだったし。

 

「まぁ、そうだろうな。この世界は、そこらへんの基準が他に比べて甘い方だし。……でも、俺はそうはいかねぇんだ」

 

そう言うと、ジョージさんは視線を下げ、開いた右の掌を見つめて、

 

「今までに会って来た連中の『力』は見て来たか?」

 

「あ、はい。皆さん、色々と不思議な『力』をお持ちのようで……」

 

あはは、と笑いながら思い返すのはあの『混沌』な訳ですけど。

 

「だったら話は早いな。『力』ってのは使えば世界に多少なりとも影響を与えちまうもんなんだ。それが世界の許容範囲内なら別に問題は無ぇんだがな。あの白馬、白龍っつったか、アイツもその一種だ。ありゃあ多分JINから貰ったもんだろ?で、あのツナギは月千一夜。違うか?」

 

「あ、はい。その通りです」

 

「今後もアイツと旅を続けたいなら、あのツナギはあのままにしとけ。ありゃ一種の世界に対する誤魔化しだ」

 

「え、そうだったんですか!?」

 

「あぁ、さっきアイツを洗ってやった時に確認したが、そういう術式が施されてた。アイツなりの親切だったんだろうよ。……ま、デザインは100%アイツの趣味だろうけどな」

 

あ、やっぱりそうなんだ……

 

「まぁ兎に角、だ。俺もアイツ等と同じように『力』を持ってる訳なんだが、コイツが少々厄介でな……『力』自体はシンプルなんだが、その分与える影響力が半端じゃない。出来る事なら、使いたくもないんだ」

 

「……だから、こんな場所に一人で?」

 

「あぁ。普段は色んな『世界』を転々としてるんだが、『ここ』は特に居心地が良くてな、こうしてのんびりスローライフを満喫してる訳なんだが……最近は、段々暇になってきてな。なにせこんな山奥だろう、娯楽が少なくてな。最初はコイツを作ったりして時間を潰してたんだが」

 

そう言いながら叩くのは目の前の木製のテーブル。

 

「……え、このテーブル、ジョージさんが作ったんですか!?」

 

「そだよ。このテーブルっていうか、この小屋建てたの俺だかんね?」

 

「ちょ、えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?」

 

「……失礼だなぁ、そんなにぶきっちょに見える?」

 

「いや、何て言うか、その、」

 

外見に似合わないなぁ、とは思いました、御免なさい。

 

「じゃあ、表の釜戸とか物干しも?」

 

「そ。全部俺のお手製。……どだった?」

 

膝の上で頬杖をつきながら注がれる視線。

 

それは間違いなく『期待』のそれであって、

 

「その、凄いと思います。お店に並んでても、おかしくないくらいだなぁ、と」

 

少しどもっちゃったけど、本心だった。

 

嘘っぽかったかなとも思ったけど、

 

 

 

「―――――そか、ならよかった」

 

 

 

そう言って満足そうに笑うジョージさんは、本当に嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

『これから山を降りた場合?そうだなぁ……川沿いに降りていけば人里には辿りつけるが、まず間違いなく夜通しになるぞ?』

 

『そうだなぁ……よし、今日は泊まってけ。その代わり、宿泊代として色々と手伝ってもらうぞ』

 

『なぁに、そんな難しい事をやれって言ってるんじゃあないさ。俺はこれから晩飯の材料とって来るからさ、その間に三つばかし、やっといて欲しい事があんの』

 

『自分一人で安全かって?大丈夫、結界があるから。アレね、人だけじゃなくて動物とかも遠ざけるようになってんだよ。……まぁ、今回の茜ちゃんみたいに偶に例外はあるけど、滅多にない事だからさ』

 

『んじゃ、あとよろしく~♪』

 

と、言う事になりまして、あたしは今現在ジョージさんに言い渡された『色々な手伝い』をやらされている訳なんですが、

 

 

其の一、薪割り

 

「お、重い……」

 

持ち上げられない訳ではないんだけど、斧の重さにずっと振り回されっぱなしになり、

 

 

其の二、火起こし

 

「つ、点かない……」

 

何度擦り合わせても煙が出るだけで、火種が出来るまでに相当な時間がかかり、

 

 

其の三、湯沸かし

 

「け、煙たい……」

 

釜戸からの煙を顔中に浴びながらも、何度も何度も息を吹き込んで、

 

 

全てが終わる頃には、正に疲労困憊状態だった。

 

「つ、疲れたぁ……」

 

折角お風呂に入らせてもらったけど、汗で制服はびしょびしょ。

 

途中から上着を脱いで作業してたけど、結局両手も顔もシャツも煤だらけ。

 

普段のあたしなら、直ぐにでも洗い流してしまいたいと思うんだけど、

 

「…………」

 

地面に大の字に寝っ転がってみると、もう太陽は西の空に沈み始めていた。

 

茜色。

 

あたしの名前と同じ色。

 

不思議な気分だった。

 

最後の薪を割った時。

 

小さな火種が燃え上がった時。

 

冷たい川の水が沸騰した時。

 

凄く大変だったけど、

 

「何か、気持ちいいなぁ……」

 

昔の人達は毎日こんなことしてたのか、とか。

 

あたしは本当に恵まれてたんだな、とか。

 

色んな事を考えた気がする。

 

「あはっ」

 

疲労で身体が動かないのに、心は前より軽くなった気がした。

 

「なんかいいな、こういうの」

 

そう呟いた、その時だった。

 

 

 

ガサリ、と草むらから音がした。

 

 

 

身体を起こしてそっちを見てみると、その音は途切れることなく、徐々に大きくなっていく。

 

「ジョージさんかな?」

 

そう思って近付こうとして、

 

 

 

はっきりと見えた。

 

 

 

明らかに人とは違う、大きな影。

 

 

 

見覚えがあった。

 

 

 

間違いない。

 

 

 

あの大猪だった。

 

 

 

 

 

「え、うそっ、なんで!?『結界があるから大丈夫』ってジョージさん言ってたのに!!」

 

確かに『偶に例外はある』とは言ってたけど!!

 

あまりに予想外な来客に思考回路は混乱し、しかし疲労で身体は言う事を聞かない。

 

後ずさろうとした足はもつれ、尻もちをついても尚身体は後退を続けようとする。

 

自分の匂いを追って来たんだろうか?

 

それともただの偶然?

 

何にせよ、間違いなく好ましい状況ではない訳で。

 

「ど、どうしよう、どうすれば!?」

 

辺りを見回し、何か使えそうな物を探して、ふと目に付いたのは薪割り用の斧。

 

決断は早かった。

 

不恰好ながらも身体をそこまで持って行き、

 

火事場の馬鹿力だろうか、斧は予想外に簡単に持ち上がった。

 

「こ、来ないで!!」

 

震えそうな声を必死に抑え、警告を一つ。

 

それでも猪の動きは止まらず、

 

「く、来るなって言ってるでしょ!!」

 

二度目の警告。

 

しかし、やはり変わる様子はなし。

 

やがてその巨体が完全に姿を現そうとして、

 

「こっちに来ないでよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

そんな大絶叫と共に、そのまま斧を遠心力に任せて放り投げた。

 

ヒュンヒュン、と風切り音を立てながら飛んでいく斧。

 

それは大猪の眉間にジャストミートし、巨体は崩れるように倒れた。

 

ただし、

 

 

 

「ぶるぁっはぁ!!!!」

 

「…………え?」

 

 

 

直訳すると『龍玉』のラスボスな人工生命体の中の人的な呻き声と共に。

 

恐る恐る近付き、ゆっくりと覗き込んでみた所、

 

「じょ、ジョージさん!?」

 

「あ、茜ちゃん、ナイス、ガッツ……ぐほぁっ!!」

 

額から流血しながらのサムズアップの直後、ジョージさんは吐血と共にエクトプラズムを吐き出し、

 

「ご、ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

あたしの謝罪の雄叫びが、虚しく木霊していました……

 

 

 

「いやぁ、吃驚したよ。帰ってきたらいきなりバーモンタースカンジナビアンスプリッティングアックスが飛んでくるんだもの」

 

「ば、バーモ○ド?」

 

「バーモンタースカンジナビアンスプリッティングアックス、ね。あの斧の名前。一応プロ仕様の薪割り斧なんだよ、アレ」

 

「そんなのがあるんですか……兎に角、御免なさい」

 

「いいって、もう。…いや、よくはないんだけど。俺だから流血だけで済んだ訳だしな」

 

あれから数分後。

 

平然と起き上がったジョージさんには何故か傷一つ無く、傍らには粉々に砕けたそのバーモンター……ナントカが散らばってました。

 

本当に大丈夫なのか何度も訊いたんですけど、『大丈夫大丈夫。俺の『力』の一部だから』その一点張りだった。

 

……えっと、ちなみにジョージさんはこの猪さんを『パンチ2発』で仕留めたそうです。

 

「それに事情を聞けば、茜ちゃんのあの反応も無理ないと思うしな。まさかアイツが茜ちゃんの言ってた『オッコ○ヌシ』だったとは」

 

で、今現在は晴れ渡る夜空の下、釜戸にくべられた大きなお鍋を挟んで向かい合わせに座っている訳です。

 

お鍋の中にはたくさんのお肉。

 

何のお肉かはもう想像がつくと思います。

 

ジョージさんはさっきからずっと灰汁を取り除く傍ら、私の取り皿に次々と煮えたお肉を入れるばかりで、

 

「あの……ジョージさんは食べないんですか?」

 

「ん?食ってるよ、ちゃんと。茜ちゃん、慣れない作業で疲れてるだろうからさ。大変だったろ?」

 

「えと、その……」

 

色々とボロボロなあたしを見ればそれは容易に読み取れる訳で。

 

「腹も減ってるだろ?労働の後の飯は何よりの御馳走なんだから、たらふく食っとけ。明日はほぼ一日中走る事になるんだしな」

 

「……はい。有難う御座います」

 

 

 

「うぁ~食った食った」

 

「はい……もうお腹いっぱいです」

 

少し早目の夕食が終わり、お鍋の中身は空っぽに。

 

私も普段より箸が進みましたけど、ジョージさんの食欲は凄まじかったです。

 

なにせあのオッコトヌ○の巨体の8割を一人で食べてましたから。

 

ジョージさんは充分に背は高いですし、食欲も人よりありそうなんですけど、明らかに身体の容積と食べた量が釣り合わないというか……

 

「―――――あ~そうそう、茜ちゃん」

 

「へ、何ですか?」

 

「これってさ、ひょっとして茜ちゃんが持って来た?」

 

そう言いながらジョージさんが背後から取り出したのは、

 

 

 

「―――――あ、その段ボール!!」

 

昼間にあたしがあの大猪に投げつけたあの段ボール箱でした。

 

 

 

「やっぱりか……これ、雷電から貰ったやつだろ?」

 

「は、はい、そうです。でも、なんで……」

 

「これ貰った時、アイツは何て言ってた?」

 

「『世界最高の偽装』って言ってましたけど……」

 

「それ、マジだから」

 

……はい?

 

「このオッコ○ヌシな、結界の内側に入って来てたんだよ。茜ちゃんの理由はまだ納得がいったんだけど、コイツはどうも納得出来なくてさ。仕留めた後にちょっと探してみたらこれが落ちてたって訳。コイツの御蔭で、結界を掻い潜って来れたんだろう」

 

「そういう事だったんですか……」

 

「……なぁ、茜ちゃん。こういうの、他にも持ってたりしない?」

 

「あ、えっと、一応幾つかあるんですけど」

 

「見せてくれる?」

 

「あ、はい。ちょっと待ってて下さい」

 

 

 

と、言う訳で、

 

「『性転換の蜂蜜』に『K-POP全集』ね……またカオスな物を。これで全部?」

 

「はい、それで全部ですけど……」

 

「これ、使った事は?」

 

「一回も無いです。K-POPの方は再生出来る道具がないし、蜂蜜の方は、その……ちょっと怖くて」

 

「ふぅん、なるほどねぇ…………………………………………………」

 

「……ジョージさん?」

 

ジョージさんは動きを止め、両手に持った蜂蜜とK-POP全集を見つめたまま動かなくなり、

 

 

 

「―――――いい事考えた♪」

 

 

 

……とっても嫌な予感がしました。

 

「ちょっとここで待っててくれる?」

 

「え、ちょ、あの、ジョージさん?」

 

そう言うや否や、呆然とするあたしを残してジョージさんは小屋の中へと入って行きました。

 

やがて数分程が経った頃でしょうか。

 

 

 

―――――~~~♪♪~~~~♪♪♪~~~♪

 

 

 

「……え?」

 

 

突如聞こえ始めるリズミカルな音色。

 

 

アップテンポなリズムは自然と心を浮足立たせ、

 

 

「ララララララ、ララララララ、ララララララ♪」

 

 

そこに加わるのは、透き通るようなソプラノボイス。

 

 

「ララララララ、ララララララ、ララララララ♪」

 

 

それは自然と耳を傾け、惹きつけて離さないような。

 

 

やがて小屋の扉が開け放たれ、

 

 

まず最初に見えたのは、釜戸の炎がぼんやりと辺りを照らしているだけなのに、何処か光沢を放っているような真白の肌。

 

 

大きく腰を振る時にちらりと見える臍や腰のくびれ。

 

 

パツンパツンのタイトなジーンズで形が丸解りの綺麗なお尻。

 

 

そして、その大きく膨らんだ母性の象徴。

 

 

(E……ううん、下手するとFあるかも)

 

 

タンクトップには収まらず、かといって他に固定出来るものもないんだろう、アロハのボタンで何とか固定しているみたいだけど、それが却ってそのサイズを強調してしまっていた。

 

 

弾け飛びそうなボタンに締め付けられてくにゅっと形を変えながら揺れる様は、『今は』同性である私でさえも目を奪われずにはいられなかった。

 

 

そのすぐ真上、風にふわりと靡くのは月光に煌く烏羽色。

 

 

曲が最高潮へ向かうに連れて、舞踊が熱を増すに連れて、その長い黒髪は華麗に宙を舞う。

 

 

時に妖しく、時に艶やか。

 

 

時に激しく、時に軽やか。

 

 

高い身の丈も相まって、その全てに全くと言っていいほど違和感を感じない。

 

 

やがて興奮冷めやらぬままに、1曲だけのコンサートは終幕を迎えてしまった。

 

 

 

 

「ふぅ……偶にはこういうのも悪くないわね。どうだった?」

 

「…………」

 

「茜ちゃん?どうしたの?」

 

「えっと、あの、確認させてもらってもいいですか?」

 

「? 何を?」

 

心底不思議そうに首を傾げる目の前の『美女』。

 

知らない人が見たら、まず間違いなく別人だと思うはず。

 

 

 

でも、この状況下でアロハシャツにタンクトップにジーンズにサングラスなんてコーディネートを着こなす人は一人しかいない訳で。

 

 

 

「ジョージさん、ですよね?」

 

「ええ、そうよ?」

 

うっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?

 

「な、あ、わ、は、」

 

「……大丈夫、茜ちゃん?面白く、なかった?」

 

言葉を失うのも無理はないと思いますっ!!

 

「い、いえ、その、凄く吃驚しましたけど、その、それって……」

 

「えぇ、多分あなたが考えてる通りでいいと思うわよ?あの蜂蜜、舐めてみたの。そしたらこの通り♪」

 

その場でくるっとスピンするジョージさん(女)。……う~ん、絵になるなぁ。

 

「ってそうじゃなくて、大丈夫なんですか!?と言うか、その言葉遣いはどうしたんですか!?」

 

「ん~……まぁ大丈夫じゃない?特に変な作用もないみたいだし。あ、女言葉になってるのは態とじゃないのよ?自然とそういう話し方になっちゃうみたい」

 

「…………」

 

唖然とする私を余所に、ジョージさん(女)は自分の身体をあちこち触りながら『女の子ってこういう風になっているのねぇ』とか溢していた。

 

長くて綺麗な黒髪を指で梳いてみたり、くびれた腰回りを撫でてみたり、たわわに実った胸を揉んでみたり―――――――って!!

 

「な、何をしてるんですか!?」

 

「え、いやだって、気になるじゃない。こんな機会、滅多にないんだし」

 

「だ、誰かに見られでもしたら、」

 

「茜ちゃんしかいないじゃない」

 

「で、でも、その、確かにそうなんですけどっ…………あぅ」

 

『結構柔らかいのね』と呟きながら、まるで粘土でもいじっているかのように両手でふにゅふにゅと形を変えさせる。

 

当然ながら下着なんて着けている訳も無く、偶にタンクトップの間から桃色の部分がちらちら見えたりして、

 

 

――――――ポロン

 

 

「あら?」

 

 

「お願いですから隠して下さあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!!」

 

 

 

 

「んもう、茜ちゃんったら我儘ねぇ」

 

……あの、私が悪いんでしょうか?

 

「兎に角、この蜂蜜の効果は本物って事はこれで解ったでしょ?」

 

「はい、身に沁みてよ~く解りました。……あの、それでそろそろ元に戻ってくれませんか?」

 

「どうして?いいじゃない、別にこのままでも」

 

「いえ、ですから…………はぁ、もういいです」

 

「そ♪」

 

がっくりと肩を落とし溜息を吐く私を余所に、ジョージさん(女)はその黒髪をいじって遊んでいた。

 

ツインにしては解いて、ポニーにしては解いて、お団子にしては解いて、

 

「ねぇ茜ちゃん、三つ編みってどうやるの?」

 

「知らないんですか?」

 

「だって私、ずっといじれるような髪型じゃなかったもの」

 

……あぁ、確かに。ずっとあの短髪だったのなら、髪をいじるなんて事とは無縁そう。

 

「それじゃあ、あたしがやってあげましょうか?」

 

「ホント?それじゃあ、お願いしてもいい?」

 

「……はい。後ろ、失礼しますね」

 

うわっ、すっごいキューティクル。全然指に引っかからないや……羨ましいなぁ。

 

ほんのちょっぴりの嫉妬を感じながら、その黒髪を束ね、鎖状に編んでいく。

 

指通りも気持ち良くて、編んでる私の方もちょっと楽しかった。

 

「はい、出来ましたよ」

 

「有難う♪上手なのね、茜ちゃん」

 

まるで小さな子供のようなお礼の言葉。

 

無邪気に笑うその顔は本当に嬉しそうで、

 

 

 

だから、なのかな、こんな事を訊いちゃったのは。

 

 

 

「ジョージさん」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「ジョージさんは、どうしていつも、そんなに楽しそう笑えるんですか?」

 

 

 

 

 

 

どうして、かぁ……そうねぇ、強いて言うなら、

 

 

―――――強いて、言うなら?

 

 

受け容れる事、かな?

 

 

―――――受け容れる?

 

 

そ。自分も、世界も、何もかも。『これはそういうものなんだ』って。『ここはこういう場所なんだ』って。そしたらね、自然と見えてくるの。『そこで自分に出来る事』と『そこで自分がやりたい事』っていうのが。

 

 

―――――……自分が、やりたい事?

 

 

そうよ。見つかるまでの時間も、そこに辿り着く方法も、人によってバラバラだけどね。

 

 

―――――……私にも、あるんでしょうか?

 

 

あるわよ、絶対に。茜ちゃんは、まだ見つかってないだけ。あなたは来るべくして、この世界に来たんだから。

 

 

―――――……どういう事ですか?

 

 

『因果応報』物事には必ず理由があるの。あなたがこうして今、ここにいるのにも、ちゃんと理由があるの。

 

 

―――――そう、でしょうか?

 

 

そうよ。『運命』って言葉、あるじゃない?

 

 

―――――……はい。

 

 

どう書いて、『運命』って読む?

 

 

―――――……『命』を『運』ぶって、書きますけど。

 

 

そう、『命』を『運』ぶと書いて『運命』。じゃあ、その『命』って、誰のものかしら?

 

 

―――――……自分のもの、です。

 

 

そ。私の『命』は私のもの。茜ちゃんの『命』は茜ちゃんのもの。その『命』をどう扱うか、それを決めるのはいつだって自分自身なの。……『命』を『運』んでるのは、自分自身なのよ。

 

 

―――――っ!!

 

 

『運命』ってね、自分で決めるものだと私は思ってる。流されてもいい。逆らってもいい。捻じ曲げたっていいし、壊しちゃったっていいの。……全部、自分自身が決める事なのよ。

 

 

―――――……ジョージさんは、

 

 

ん?なぁに?

 

 

―――――……ジョージさんは、どうしたんですか?

 

 

私?私は、そうね……最初は逆らってたけど、今は流されてるって感じ、かな?

 

 

―――――……『最初は』、ですか。

 

 

そ。流石に何があったかまでは言えないけど……

 

 

―――――言えない、けど?

 

 

 

 

 

 

『後悔先に立たず』そんな一言で言い表せてしまうような、どこにでもある陳腐な話よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以降、ジョージさんは口を噤んだまま、何も話してくれなかった。

 

 

やがて夜も更け、もう一度お風呂に入らせてもらうと、あたしは直ぐ様眠りに就いた。

 

 

ほんの少し後悔はあったけど、その御蔭で気付けた事もあった。

 

 

この世界で、あたしに出来ること。

 

 

この世界で、あたしがやりたいこと。

 

 

どうすればいいのかは解らないけど、これだけははっきりと言える。

 

 

今のままのあたしじゃ駄目なんだ。

 

 

もっと知らなきゃ。

 

 

自分のこと。

 

 

この世界のこと。

 

 

その為にも、今はゆっくりと休んでおこうと、そう思った。

 

 

 

 

 

「……ぐっすり眠ってくれたかな?」

 

 

彼女が眠りに就いたのを見計らい、私は再びあの蜂蜜の瓶を手に取る。

 

 

口に含み、甘い香りが口内に充満したかと思うと、全身が火照ったように熱くなり、徐々に自分の身体が見慣れた姿へと戻っていく。

 

 

「ふぅ……副作用とかねぇよな。骨格は戻ってるし、胸も無くなってるし、こっちは……よし、大丈夫だな」

 

 

身体の調子を確認……うん、異常もなし。

 

 

「さぁてと、行きますか」

 

 

そう小さく呟いて、俺は小屋を後にした。

 

 

 

 

 

よう、久し振りだな、貂蝉。

 

 

―――――あらぁん、ジョージちゃんじゃなぁいのぅ。お久しぶりねぇん。

 

 

と、そっちは卑弥呼だったか?噂はかねがね、貂蝉から聞いてるぜ?

 

 

―――――ぬぬ?貂蝉、この中々に佳き肉体の男(おのこ)は誰だ?

 

 

峠崎ジョージって名だ。初めまして、漢女道現正統後継者殿。

 

 

―――――ほぅ、吾輩の事を知っているとは、お主只者ではないな。

 

 

そりゃあね。知り合いにあんた等のお仲間も居る事だし。

 

 

―――――で、ジョージちゃん。何でここにいるのかしらぁん?

 

 

……もう解ってんだろ、貂蝉。

 

 

―――――……中々の闘気。お主、本当に何者だ?

 

 

この先へは、行かす訳にはいかねぇ。

 

 

―――――……ジョージちゃん、どういう積もりかしらぁん?

 

 

あの娘の運命は、あの娘自身が決めるもんだ。お前等が決めていいもんじゃねぇんだよ。仮にも管理者なら、それくらいは解ってると思ってたんだが?

 

 

―――――む、今思い出したぞ。貂蝉、確かお主が唯一肉弾戦で引き分けた男がもしや、

 

 

はっ、あの頃の俺と一緒にされちゃ困るなぁ……俺だってあれから進歩してんだぜ?

 

 

―――――アタシだってあのままじゃなぁいのよ~う?あれからた~っぷり修行を積んで、レベルア~ップしてきたんだからぁ。

 

 

だろうな。だからお前等をブッ倒せるとは思ってねぇよ。……だがな、せめて2、3日、動けねぇぐらいにはなってもらうぜ?

 

 

―――――……我等二人を相手に、随分と咆えてくれるな、若造。

 

 

……お前等、ゴリラって知ってるか?

 

 

―――――あらぁん、いきなり何かしら?

 

 

ゴリラを知ってるかって訊いてんだよ。

 

 

―――――その程度、知っておるわい。

 

 

そうか。俺の二つ名、『北の西ローランドゴリラ』っつーんだけどよ、俺はこの二つ名を気に入ってる。……何でか解るか?

 

 

―――――……?

 

 

ゴリラってのはよ、専守防衛なんだよな。威嚇はしても、絶対に自分からは襲いかからない、優しい奴等なのよ。

 

 

―――――……ぬ?何だ、奴の闘気が膨れ上がっているような?

 

 

でもな、守る為なら躊躇わねぇ。持てる力の全てをもって、大切なものを守るんだ。最高にイカしてると思わねぇか?

 

 

―――――……卑弥呼、ちょっと危険かもしれないわよぅ?

 

 

だからな、俺はこの二つ名を、誇りにさえ思ってんだ。

 

 

―――――……うむ、どうやら我等も本気で挑まねばなるまい。

 

 

……壊すしか能がねぇなら、それでもいい。それが俺の『力』だからな、仕方ねぇさ。受け入れてやる。

 

 

―――――……予想外だったわねぇ、ここまで強くなってるなんて。

 

 

ただ『壊す』事しか出来なかった俺にも、『作る』事が出来んだって事を、教えてもらったからな。

 

 

―――――ぬっ、来るぞ!!

 

 

……覚悟しろよ、漢女道後継者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――本気のゴリラは、なまら強ぇぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んぅ…………」

 

窓から差し込む朝日。

 

寝惚け眼のまま、ゆっくりと身体を起こす。

 

久々に安らかに眠れたような気がした。

 

この世界に来てから色々あったけど、

 

「……うん、頑張ろう」

 

決意を新たに立ち上がって、

 

「……あれ?」

 

そこで、初めて気付く。

 

「ジョージさん?」

 

家主の姿が何処にも見当たらない。

 

またハンモックで寝ているのかと窓から見てみるものの、それらしき人影は見当たらない。

 

風呂に入っている訳でも、川で洗い物をしている訳でもなく、

 

「朝御飯の材料でも採りに行ってるのかな……」

 

そう思った、その直後だった。

 

テーブルの上、ポツンと置かれた二つの包み。

 

そして、小さな紙切れ。

 

短く、こう書かれていた。

 

『じゃあな。達者でやれよ』

 

「……ちょっとシンプル過ぎませんか?」

 

思わず漏れた苦笑。

 

包みの中を覗いてみると、片方には真っ白なおにぎりが、もう片方には白龍用に上等そうな干し草がたっぷりと詰められていた。

 

「お米なんて、何時の間に炊いてたんですか?」

 

そう呟くものの、有難く受け取り、小屋を後にする。

 

朝日の暖かな光を乱反射する水面はとても綺麗で、

 

ゆっくりと丸太小屋を振り返って、

 

「有難う御座いました」

 

 

深く、頭を下げた。

 

 

白龍に跨り、

 

 

目指すは川下。

 

 

未だ見えぬ目標の為。

 

 

次なる目的地を目指して。

 

 

「行くよ、白龍!!」

 

 

(続)

 

 

後書きです、ハイ。

 

まず最初に一言。

 

『ホンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッットに遅くなってスイマセン!!』

 

言い訳させてもらいますと(ラウンジでは少し呟いたんですが)9話を担当された牙狼sayさんからバトンを渡されたのが月曜日の事でした。

 

実はその日の翌日、大学の成績にかなり大きく関わるプレゼンの発表会が御座いまして、その為のプレゼンを作ってる最中だったんですね。

 

それが終わり、プロットを書き始めたのが一昨日の事。

 

始めはもっと手短に済ませる筈だったんですが、これが考えてる内に書きたい事がポンポンポンポン出てきてしまいまして……

 

結局こんな物凄い長さに……しかも皆さんと全然内容が違うというか、俺の話だけやたらと浮いてしまいそうです。

 

俺としてはかなりネタを盛り込んでみた方なんですが……どうでしょう?少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

 

 

 

で、

 

 

 

最近『盲目』『蒼穹』の更新が滞ってましたが、実はリアルの方で色々とごたつきがありまして。

 

ブログの方も更新が止まってましたけど、ちょっとそういう気になれなかったというか、本格的に将来について考えなければならなかったというか……

 

来週から期末試験期間に入るのでもう暫くはまともに更新出来なさそうですが、前々から行っている通り、絶対に打ち切りにはしませんので、どうか長い目で見守ってやって下さい。

 

では、そろそろ朝飯を作らねば、ですので、これにて。

 

また次の更新でお会いしましょ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、そのお詫びと言ってはなんですが。

 

実は本編の都合上、没にしたシーンがあるんですが、この機会を逃すと二度と日の目を見る事はないと思うので、思い切ってここに乗せますね。

 

↓こちらになります。(プロット段階ですので、かなり端折ってます)

 

 

(ジョージ:蜂蜜で性転換後、自分の身体の変化を確認)

 

「へぇ、結構柔らかいのね」

 

「ですから、少しは恥ずかしがって下さい!!」

 

「いいじゃないの。こんな機会、滅多にないんだから……そう言えば、ここってどうなってるのかしら?」

 

「ここ、って……って、きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!ズボン脱がないで下さいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

「……あら、しっとりツヤツヤじゃな(消しゴムで消した跡)

 

 

 

 

…………これ以上は制限かかりそうなのでご勘弁を。(ちなみに単細胞と薔薇色頭は絶賛迷子中と言う事になってますwwwww)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………あ、次タンデムさん、よろっす~


 
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