No.19857

SF連載コメディ/さいえなじっく☆ガール ACT:3

羽場秋都さん

フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになる…お話。

2008-07-18 00:30:38 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:596   閲覧ユーザー数:573

 大きく肩で息をしながら、ようやく山頂の玄関にたどり着いた時にはもう陽はかなり傾いていた。

 ふと見ると、ポストに宅配便の不在通知が入っている。父親が出掛けていたはずはないから、きっとまた研究に夢中で気づかなかったんだろう。

 通知にあった荷物の送り主と内容表示を見て夕美はげんなりした。着払いで6,980円。発送元は模型メーカー。さてはまたキャラクター・フィギュアに違いない。

「ほんまにもう、人が一円でも節約しよと神経つこてるっちゅうのに…!」

 

 

 いっそ伝票を握りつぶして知らん顔をしてやろうかと思ったが、ここまで配達にやってくる気の毒な宅配便の係員に恨みはない。

 

 本当ならシャワーを浴びるくらいの時間的余裕がほしいところだったが、早く夕食の支度をしないと遅かれ早かれ瀬高ほづみがやってくる。というか、帰ってくる。

 乳酸溜まりまくりの筋肉はだるさで悲鳴を上げているが、とにかくひとつひとつ用事をやっつけてゆくしかない。16歳にして主婦歴5年目でもある夕美に甘えは許されてなかった。

 

 まず自室で手早く制服を脱いで汗で濡れた下着を着替えると、部屋着を着ながら台所へ向かう。この時間なら父親はまだ研究棟にいるはずだから恥ずかしい姿を見られることはない。

 まず渇いたノドを潤すためと、台所のテーブルの上に袋のまま置き去りにしたナマモノを一時的に片付けるために冷蔵庫を開けた。

 ちりんちりんと、たくさんのガラス瓶が触れあう耳慣れない音がしたのでドアポケットを見ると、いつの間に買い込んだのか、ずいぶんたくさんの栄養ドリンクの小瓶が行儀よく並んでいる。かるく1ダースはあるから、一本くらい貰っても問題ないだろう。

 

 その時気づくべきだった。キャップがあまりにも軽く開いた不自然さに。

 しかし「あれ?」と思ったときは、すでに夕美は勢いよく液体を口に流し込んでいた。

 

「うああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」という驚いた父親の声と、口にした液体の味のあまりのマズさに夕美が液体を反射的に吐き出したのが同時だった。

 

 

「どあああっっ、べっ、べっ、べっ!な゛っっっっっ!な゛、な゛、な゛な゛ん゛や゛、ごれば〜〜〜!」

「あ〜あっ、吐き出してしもたんか!勿体なあ〜…」台所へ飛び込んできた父親の耕介は、床にこぼれた液体を哀しそうに見つめ、今にもすくい集めんばかりの勢いだった。

「お、お父ぢゃん!なんやごれ!またお父ぢゃんがごじらえた妙なモンぐぁ!?」

「妙なもん、って失礼なやっちゃな!すんごい薬、そらもお、ものげっつい薬やねんで、それこそノーベル賞モンのもんのすごいやっちゃ。………成功したらやけど。」

「成功って…ちょ、ちょっと待ってえな。ほな、なにか。お父ちゃんはあたしを実験台に使たんか!?」

「あほ、人聞きの悪いこと言うな。お前が勝手に大事な薬を飲んでしもたんやないか。返せ、もどせ」

「飲んでへんわ。こんなまっずいもん。ご覧の通り、すぐに吐き出したがな。第一、まだたんと冷蔵庫に入っとるやんか。それよりこれ、一体なんの薬や!?まさか、妙なところから毛、生えてきたりするんとちゃうやろな!?」

「妙なとこ、て、お前、なんちゅうことゆうねん。アレはちゃあんと世の中の役に立っとるで。髪の毛の不自由な人たちにやな、夢と希望を与えとんねんや。現に俺らの日々の糧にも役立っとるがな。───いや、そんなことよりも」

 耕介はあらためて夕美の両肩を掴んで眼や顔色をジロジロと見廻した。「なんとも…ないか」

 とたんに夕美は本当に気味が悪くなった。「ちょ…ちょお待ってえや。ほんまに何の薬やったん?」いつになく耕介が真面目な様子だったからだ。

「いや、その様子やったら失敗やったんやろ。まあ準備段階やったし、ホンモノになるかどうかはほづみ君の意見を聞いてから調整して…て思てたからな。何ものうて、よかったがな。ははは」

「あほお!はははとちゃうで。大体、なんでそんなもん家の冷蔵庫に入れとくねん。まぎらわしいやないか!研究棟にも冷蔵庫あるやんか、めっちゃでっかいヤツが!」

「何ゆうてんねん。そんなん、とおおおっっくに満杯やわ。」「…ゑゑゑ〜〜っ。お肉屋さんのヤツみたいな冷蔵庫やのにか?いったい、なに入れてんねん」

「夕美」耕介は眼を細めてすう、と夕美の間近に顔を寄せた。「最近、おまえの学校で行方不明になった娘さんとか、おれへんかあ…?」

 

「あほ。」バシッと耕介の背中を叩く。「なにテンゴゆうてんねん。人が聞いたら本気にすんで。そおでのうても、お父ちゃんは怪人、奇人で通ってんねんからな」

 その時ドアチャイムが鳴った。

「あっ!ほら、見てみ。ほづみ君が帰ってきてもたがな!んもお、まだ下拵(したごしら)えもしてへんのに…」夕美はいそいで玄関へ走ったので気づいていなかった。

 

 直後に父親の耕介がその場にヘナヘナ、とくずおれたことを。

 

 夕美は自分の手が得体の知れない薬で濡れて汚れていることに気づいたので、洗面所に寄って手を洗い、水を止めようと蛇口をひねった。

 蛇口がぽろり、と取れた。古式ゆかしいデザインの真鍮製カランだったが、こうも簡単に壊れてしまうとは思わなかった。仕方なくタオルで手を拭こうとすると、タオルがまるでティッシュペーパーのように千切れてクチャクチャになってしまった。

「?」

 ともあれ、早くドアの鍵を開けてやらないとほづみが外で待っている。「はいはーい、待っててや〜」と返事をしながら玄関を開けようとしたときである。

 

 まるで時代劇によくある、岡っ引きのドジな子分が勢い余って障子戸ごとぶち破って庭へ転がり出すシーンのようだった。

 黒く塗装されたアルミ合金製の重厚なドアは、安っぽい紙ででも出来ていたかのようにドアノブを持ったままの夕美の細い腕で貫かれ、外で待っていた瀬高ほづみごと庭先数メートルまで突き飛ばしていた。

 

「…お………」夕美は何が起こったのかは判らなかったが、原因が誰にあるのかだけは脊髄反射的に理解できた。

 

 

〈ACT:4へ続く〉


 
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