No.198346

真・恋姫無双~妄想してみた・改~第三十話

よしお。さん

第三十話をお送りします。

―仲直り?―

開幕

2011-01-28 20:43:36 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:4178   閲覧ユーザー数:3360

 

見誤った。

“記憶が無ければ一刀への好意は薄いはず”という思い込みが、初歩的な読み間違いを招いてしまった。

 

(記憶が無い上でも、これほどの想いを潜めていたなんて)

 

しかも押し寄せていたであろう過去からの感情に流される事も無く自分を戒め、正面から一刀と向き合おうとしていた……。

それに比べて自分はどうだ?

過去の記憶を思い出し、感情と記憶の一致に突き動かされて行動を共にしようとした思い立ったあの夜―。

 

ようやく探し物が見つかったのを喜ぶ幼子のような行動が酷く稚拙に思い返される。

……待ち望んだ一刀との再会で少々頭が茹っていたのかも知れない。

このままでは自分のせいで、余計に話がもつれ込んでしまうだろう。

 

こちらを見据える孫権に対し、華琳は下ろした剣に一瞥。戦う意思が無いと言わんばかりにそれを放り捨てる。

 

(……せめて誠意を表しましょう。貴方の思いを見誤った私を戒める為にも……)

 

「誤解していたようね。一刀へ向けている感情の強さを……。この非礼、謝罪を述べさせて頂戴」

「……曹操……」

 

僅かに霞む視界に映るのは真剣な面持ちで深く頭を垂れる華琳の姿。

呟く孫権を他所に、亞莎は先刻の告白に雷に打たれたかのような衝撃を受けてしまっていた。

 

(毎日お側に控えながら、なぜ蓮華様の孤独に気がつくことが出来なかったんだろう)

 

“一刀への好意は当然のもので、過去の記憶は戻った方が良い”という思い込みが彼女の心を苛んでいたなんて……。

まだ彼がこの平原の地に居た頃、どこか距離を置くような関係を取っていたのにも関わらず、好意を隠しきれていなかったのは自粛の末に零れていた純粋な気持ちだったのだ。主君の本意に気付けなかった自分が恥ずかしい。

 

「……蓮華様、お下がりください……ここは私が……くっ!」

 

痛む肩を押さえながら立ち上がり、蓮華を守るように向かい合う二人に割って入る。

だが、孫権は足元のおぼつかない亞莎を抱き止め、自分の方へと引き寄せた。

 

「いいえ。亞莎こそ後ろに控えていて。……曹操と一対一で話したいの」

「しかし……!」

「お願い」

「……承知しました」

 

燻る責任感から無理に体を起こした亞莎ではあったが、その嗜めるような態度にしぶしぶ了解し、やや後方、半歩下がった程度の位置で控える事にした。

大声で本音を吐露したおかげか孫権の言葉に淀みは無い、瞳には吹っ切れたような強い意志が見て取れる。

 

亞莎が従ったのを確認してから、孫権がもう一度華琳の方へと首を向けると、いまだ彼女は頭を下げたままの姿勢でこちらの反応を待っていた

 

「――なぜ、そこまでするの。私の北郷への感情は、あなたにとって、世界を救うという話の中では関係ないでしょう」

 

先刻の与太話を信じるとしても、その態度はあまりにも大袈裟すぎる。

隙を伺うような仕草も見せない誠意ある謝罪。

 

これがかつて“奸雄”と呼ばれた曹孟徳なのだろうか。

去来する疑問と困惑が頭の中を駆け回っていた。

 

「……そうでも無いのよ、孫権。重要な事を私は話していなかったわ」

 

どちらが言うでもなく頭を上げ、視線を交わす華琳。

 

「あの男は、私にとっても……この世界の未来に行く末に関係無く、必要な人間。だから私はあいつの言葉を信じ、力を貸そうと思ったのよ」

「……随分と北郷を買っているのね」

「えぇ。一概に言えばそうかも知れないわ。私をこうも夢中にさせるのは、後にも先にも一刀だけでしょうから……」

 

そのせいで判断が鈍るなど愚の骨頂にも等しい。孫策暗殺の誤解を解くよりももっと重要な事柄が残っていたのに気付けなかった。

私の言葉に若干の憤りと動揺を見せる孫権に自分を重ね、本来のあるべき可能性を思い出す。

 

――北郷一刀の持つ、人の繋がりにおける強さを。

 

それこそが全てを救うという目標に欠かせないものでは無いのかと。

華琳は何かの覚悟を決めたのか大きく呼吸をしてから神妙に話を切り出した。

 

「孫権。さっきは関係無いと、勝手に省いてしまったけれど一刀が魏に所属していた過去を詳しく話していいかしら? 主に私と一刀の関係、男女の仲についてなのだけれど」

「!?」

「今……なんて?」

 

突然の告白に動揺する孫権と亞莎に言葉を繋げていく。

再び紡がれる言葉は世界の危機とは関係の無い、起伏に跳んだ波乱万丈な過去における魏の記憶。

 

 

 

 

 

 

語るべきでは無いと断じた日常の物語。

それは荒野の出会いから、部下の一人として共に生きた北郷一刀の人生。

彼の魅力に魏軍の女性全員が好意を寄せていたという事実も含めて語られる。

そしてなにより、彼が自分の存在を犠牲にしてまで華琳に尽くしたという事実を……。

 

「……」

「……」

 

あまりの内容に口が塞がらない二人に対し、華琳は優越感に浸る事なく相手の言葉を待つ。

 

(これで一刀がなぜ呉を裏切るようなマネをしてまで長坂橋に来たかを理解できたでしょう)

 

自分の役目はここまで。説明を終えた華琳の胸中に、あくまでこの世界における主役は北郷一刀なのだと改めて浮かび上がってきた。

これ以上、私が取り繕いの話し合いをしても、素直な気持ちで一刀と向き合おうとしている孫権と対等な位置に居られない。

言葉は悪いが孫権との話し合いは初めから呉に関係を持ち、真心から向き合える一刀に丸投げすべきだったのだ。

 

無論、ここだけではない。

暗殺の一件も魏と呉だけで片付く生半可な出来事ではないが、一刀という共通の干渉役がいればなんとかなるはず。

 

(――北郷一刀の持つ、人の繋がりにおける強さはきっと、私の想像以上に強固なものだから……)

 

一抹の嫉妬と一刀が築いていくであろう思いの高さを胸に、華琳はいまだ事実を処理し切れていない孫権たちの出方を待った。

 

 

 

 

 

          ――――――――――――――

 

 

 

 

 

飛び込んでいった思春と迎え撃った一刀の立ち位置は入れ替わり、互いに背を向けた状態で静止している。

ほんの短い、自らの手応えを把握する無心のひとコマ。

最初に異変を告げたのは一刀の足元に零れる血の滴りだった。

 

「……くっ」

 

じくじくと斬られた胸板が痛みを訴えてくる。

思えばこれだけの怪我をする機会は今迄無かったな。

洛陽の戦いで矢を射られた時はあまりの激痛に気を失ったけど、このなんとか我慢できる程度の傷は逆に意識がはっきりしてくるくらいだ。

顎を噛み締めて、みっともない声が出てこないよう、努めてゆっくり振り返る。

 

「…………思春」

 

結果は明白。

心の中で急かしながらも彼女の胸中を察し、そのままの姿勢で待機しておく。

 

「…………北郷」

「……あぁ」

 

振り切った腕を戻してようやくこちらを捉える思春。

両者の間にはこの勝負の勝敗を如実に表わす、物的証拠が石畳の上で無造作に転がっている。

 

夜の帳であっても目立つ色、薄暗い視界にあってもよく映るそれは赤い塊。数瞬前まで『鈴音』と呼ばれていた思春の武器だ。

返す刃に打ち落とされ、無残に断ち切られた刀身は元の半分程の長さぐらいだろうか、結構な長さがある。

 

(まさか勢い余って叩き切ってしまうとは予想もつかなかったな)

 

無残に転がるそれを見ても分かるように、この打ち合いは俺の勝利という形で幕を閉じた。

無論、そこには幾つかの偶然が重なった結果なのだが、肝が冷える思いをしたもんだ。

 

勝利の要因。まず最初にあったのは思春の判断ミスだろう。

以前の模擬戦闘のように気配を絶った攻撃ならば切り伏せられていたかも知れない。

だが彼女は最速の一撃を放つため、あえてそれをしなかった。そこが運命の分かれ道。

泗水関で春蘭の攻撃を防いだ時のように、予め軌道が分かっていればこちらとしては対処し易いのだ。

 

そしてもう一つの原因は思春が躊躇い無く、全力で攻撃してきた事。

順手持ちと違い、逆手持ちは引くという動作で肘関節等をフルに活用し、独特のスタイルで相手を斬りつける。

その最大の利点は手元で変化するバリエーションの豊富さだ。

本来ならば、それの変化を見越した斬撃のぶれがある程度生じてくるわけなんだが、本気故の迷い無き一撃が奇跡を起こしてしまった。

 

 

 

 

 

 

―俺の放った居合いと、真芯で接触する思春の斬撃

 

最後に勝敗を分ける事となった要因は武器そのものの性能差、方向性の違いだった。

斬る事のみに特化し、ただひたすらに進化を遂げた『日本刀』。

兜割りという言葉があるように、その切れ味は術者の腕と条件さえ整えば鋼をも断ち切る剛性と鋭さを誇る。

世界においても類を見ない至高の一品は見事、その本懐を遂げたのだ。

折れた自分の得物に視線を移し、思春が呟く。

 

「貴様の勝ちだ、北郷」

 

たった一言だけ告げて、背を向け何処かへ去ろうとする思春に驚き、慌てて引き止める。

 

「ちょっ、ちょっと待てよ思春! どこ行くんだよ」

「……別に……貴様に関係あるまい」

「あるだろ!何勝手に自分の役目は終わったみたいな雰囲気出してるんだよ! こっちの話はまだ終わってない!」

 

振り向き際の暗い表情、なんでそんな顔してるんだよ。

納得できないが、従おうみたいな感じか? それは。

前に思春が言った、半端な嘘が通じる間柄ではないのはこっちだって同じ事だぞ。

肩越しに返事をしている思春に向かって憤りをぶつける。

 

「俺が勝ったら認めてくれるっていうのはどうなったんだ? なんで逃げるように去ろうとするんだ」

「人聞きの悪い……少し城内の騒ぎを見に行くだけだ」

 

不満を胸の中にしまい込んで、心の整理を着けておこうっていう腹がバレバレだぞ思春。

 

「だったら問題無い。犯人は俺の仲間達だから殺傷沙汰にはならないよ。話し合いが終われば切り上げる手筈になっているから」

「……呂布や魏の連中の事か?」

「あぁ、若干手加減に自信が無い子もいるけど大概は大丈夫だ。そう信じたい」

 

時折聞こえる、“食堂”、“赤髪”、なんて言葉はきっと空耳だ。

 

「……そうか、信じよう、頑張れ」

「絶対信じてないよね」

「…………ふん」

 

否定するのも億劫なのか、首を戻して空を仰ぎ見る思春。

俺も自然と動作に倣う。

そこには満天の星々がどこまでも広がり、少しだけ欠けた月が何かを表すようにぼんやりと浮かんでいる。

 

「―――北郷」

「ん?」

 

少しだけの空白の後、思春が口を開く。

 

「お前は複数の記憶を持っていると言ったな……。その中で呉の記憶はどれぐらいの位置付けになっている。……少なくともろくな説明もせずに飛び出すほど大事な魏より低いようだが……」

「……そこは全面的に謝る。……だからといって記憶に優劣をつけてるわけじゃない。あの時は華琳達の状況が切羽詰まって焦りすぎてただけなんだ。俺は俺の関わった全て人を大切にしたい」

 

それは紛れも無い本音、華琳から貰った俺の願い。

けど、はっきりと答えても思春の言及は終わらなかった。

 

「ならば、今後そのような事が無いと誓えるか? 貴様のあまりにも現実離れしている志を実現するには、このような事態は幾らでも起こり得るはずだ。この私を納得させたところで裏切りの報は呉軍に幅広く伝染しているのだぞ」

「確かにこの誤解を解くのは骨が折れると思う。でもそれは呉のみんなに本当の過去の記憶を打ち明けられなかった俺のせいであり、自業自得だ。難しいからといって今後誰かを蔑ろにするつもりは無いよ」

 

それが俺の責任であり、成すべき事なのだから。

 

「随分と自信があるようだな」

「そうじゃない。ただ気持ち負けして最初から諦めたくなんかないだけさ」

「……」

 

言って再び口を閉じる思春。

一体何が気に入らないんだろうか。

過去の記憶うんぬんを信じられないというよりも、俺の言葉自体をあまり信じてもらえていない気がする。

 

どうしたものかと思案に暮れていると、思い出したかのように再び胸の傷が痛み出し、思わず声が漏れてしまう。

浅いとはいえ、切り傷と服が擦れ合う電気が走ったような痛みがぶり返す。

 

「いっつっ……」

「む……」

 

ここでようやく思春がこちらに振り向き、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「いてて、まさか斬れるとは思わなかったから油断してたよ」

「それはこちらの台詞だ、まったく……。おい、簡単な手当てをしてやるからこっちへ来い」

 

首に巻いた長布を包帯代わりにしてくれるのだろう、解きながら声を掛けてくれる。

 

 

 

 

 

 

「それだけ強くなってどうする……? 変わるのはいいが本質を見失っては本末転倒だぞ…………」

「えっ?」

「何でも無い」

 

ポソリとした呟きは耳に入らず、返ってくるのは思い切り布を締め付ける握力だけだ。

 

「痛い! 痛いって!!」

「我慢しろ」

 

首に布が巻かれつつあるのは我慢すべきところなのだろうか。

これで死んだら医療ミスってレベルじゃないぞ。

 

「…………北郷?」

 

そんな思春のおちゃめ?に苦悶の声を上げていると、まるでどこかの漫画のようにタイミング良く彼女が現れる。

 

「げっ!?」

 

わずかに光る灯篭越しに見えるのは人呼んで歩く“トラブルメーカー”、もしくは“人間凶器”。勘違いの多さなら誰にも負けない武闘派の女性、その名は!

 

「危ない! 北郷!」

 

説明が終わる前に、問答無用で斬りかかって来た。

恐らく俺が襲われていると勘違いしているようだが、問題なのは振りかぶった大剣の間合いに“思いっきり俺も”入っている事だ。

 

「お、俺が危ない!!」

「くっ!」

 

ちょうど背を向ける形になっていても気配を察知し回避する思春と、間一髪飛び退いてかわす俺。

更なる追撃を繰り出そうとしている彼女にたまらず静止を掛ける。

 

「待て春蘭!!お前のそれはいつもの勘違いだ!」

 

生と死が隣り合わせクラスのドジにはもう慣れているが、状況が状況だけにこれ以上の騒動は勘弁願いたい。

 

「なに!? 貴様の悲鳴を聞いて助けてやったというのにその言い草はなんだ!!」

「別に命を狙われてたわけじゃないって! さっきのは治療してもらってた時に傷が痛んだだけだ」

「……本当か?」

 

油断無く思春に向かって構えを取り続ける春蘭。

 

「嘘を言う必要がないだろ。ほら、傷口に布を巻いてもらってるだろ」

「むぅ」

 

若干血に滲んだそれが決定打になったのか、しぶしぶと大剣を担ぎ直す。

 

「せっかく潜入当初から注意してたのにこれじゃあ駄目だろ春蘭。もうちょっと落ち着いて行動してくれよ」

「なにを言う。そんな事を言って躊躇していたら、本当に身の危険が迫った時に対処できぬではないか」

「それはそうだけどさ……」

 

心配してくれた事自体に咎は無いのでこれ以上言及できない。

一歩間違えば更なる混乱を招いていたかもしれないが。

 

「まあ、なんにせよ心配してくれてありがとうな」

「ふ、ふん! か、勘違いするなよ? お前がいないと華琳様が悲しまれると思っただけだからなっ!」

 

割と最近聞いたテンプレだ。

 

「……ときに北郷。呉の連中への説得はもう終わったのか? いい加減手加減して暴れるのには飽きてきたぞ」

「別に戦う必要は……まあいいや。孫権へはこれから会いに行くところだ」

「何? だったらなぜさっさと先に進まん」

「それは……ん?」

 

ちらりと思春の表情を盗み見ると、そこには敵に対する警戒心というより、まるで見た事の無い、変な物を発見したかのような好奇の視線があった。

 

「……本物の夏侯惇殿か?」

「こんな特徴的な見た目と性格の持ち主が他にいるなら見てみたい」

「それは私が特別な存在だからという事か?」

 

なんというポジティブシンキング。

若干の嫌味は気づいてさえもらえない。

 

「まさか本当に魏軍の将を連れ込んでいるとはな。それにその北郷への素振り……。……絆があるのは確かのようだ」

「思春?」

「何の話をしているのだ?」

 

置いてけぼりの春蘭と突然の空気の変化に困惑している俺が二人して首を傾げるのを他所に、思春の表情が再び引き締まる。

 

 

 

 

 

 

「一つ、夏侯惇殿に質問をしたい」

「何だ?」

「北郷といえば何を思い浮かべる」

 

「「はっ?」」

 

「率直な意見を述べてくれ」

 

ここは俺が信頼出来るとかそういうのを確認をする場面じゃないの?

思春の出した質問の意図が分からない。

だが、直情的ゆえの素直な性格をしている春蘭はそこに疑問を感じていないのか、少しだけ悩んだ後、一言で俺を表した。

 

……いやな予感しかしない。

 

 

 

「…………下半身?」

「やっぱりか!」

 

流れからいってそうだとは予想してたがその、これしかなくね?みたいな顔は止めてくれ。

 

「やはり……」

「やはり!?」

 

どうしよう、前半部分の格好良かった俺が霞んで見えなくなってきた。

 

「うむ、こいつは魏の種馬と呼ばれていた位だしな」

「どこに行ってもやる事は同じという事か……」

 

もはや完全に見失った。しかも否定出来ない。だが、

 

「待つんだ二人とも! その見解はそろそろ改めるべきだと俺は声を大にして言いたい!

もっとこう、この世界で成長してきた部分を評価してくれても良いと思うんですが、どうでしょう?」

 

若干尻すぼみなのは気にしない。

 

「そうはいってもな……」

 

春蘭は珍しく顔を顰めて考え込んでいる。

 

「正直、記憶が戻った後でお前を見ても特に変わった印象を受けなかったからな。確かに腕は上がっていたし、頭も回るようになったみたいだがそれでも北郷は北郷としてしか感じなかったぞ。やはりどこか抜けているし、すぐ女に色目を使う。手が早い節操無しだ」

「そろそろ泣いていい?」

 

なんだろう、今度は視界がぼやけてきた……私、泣いているの?

 

「しかし……」

「……」

「ん?」

 

 

 

「お前はその……変わらず優しいという美点があるではないか。それだけで私は充分に満足しているぞ……? いくら下半身が立派でもそれだけでは秋蘭や華琳様もお前に好意は寄せなかっただろう? だから私も…………って何を言わせるのだ貴様はっ!!」

「うおおい!? 恥ずかしがるか、怒るかどっちかにしてくれ!!」

 

照れ隠しの唐竹割りをまさかの白刃取りで受け止める。

この世界に来てから防御能力だけが桁違いに上昇しているのは必然に駆られてだろう。そこだけでも評価してもらいたい。

でなけりゃ目の前の二強プラス蜀の愛紗さんを相手に出来ないからな。

生存本能恐るべし。

 

「ええいっ! 大人しく斬られろ! 全部お前が悪い!」

「毎度毎度それで片付けようとするな!!」

 

その状態でいつもの如く春蘭と喧々囂々言い争っていると、突然思春が吹き出し、笑い声を上げた。

 

「くっ……くっくくく」

「な、なんだ?」

「……恐ろしくレアな光景を目の当たりにしてる気がする……本編でも滅多にお目にかかれないのに」

 

照れはあっても笑い無し、そんなツンデレ比率9:1な思春さんマジパネェっす。

カードでいうならホログラム仕様のウルトラシークレットレア並の表情がそこにあった。

サウザンドな目を持つサクリファイスもその前身がなければ何の意味も無かったな……。

メタな回想に浸っていると押し込む剣もそのままに春蘭が小声で耳打ちしてくる。

 

「おいっ、甘寧は突然どうしたというのだ。変なものでも食ったんじゃないのか」

「春蘭や季衣じゃあるまいし……それよりいい加減に剣を HA NA SE !」

 

なんとか押し戻してひと心地着く。

 

「くっくく……あの魏武の大剣がこうも愉快な性格をしているとはな。しかもその相手が北郷だというのだから傑作だ。……本当に節操無しだな、お前は」

「そこは笑うところじゃないと思うのですが……」

「ふっ。お前は一応、分別ある節操無しだ。特に問題あるまい。……ともあれ安心したぞ。どうやら私の考え過ぎだったようだ」

「……どういう意味?」

 

笑いを堪え、思春がさっきまでとは異なる真剣な表情をこちらに向ける。

 

 

 

 

 

 

「私はな、北郷。この世界に来てから必死で変わろうとしているお前が憎かったのかもしれない」

 

薄目で何かを思い出すように呟く。

 

「さっきも夏侯惇殿が言ったようにお前の本質は武や戦の才ではない。傍にいて誰かを安心させたり、ゆとりをもたらす事が出来る才能だ。

なのに呉に来てからの行動はそれを二の次にしたものばかり、正直人が変わってしまったのかと思うほどの働きだった」

「まさか俺の頑張りが裏目に出てたとか?」

「端的に言えば、な。中身は変わっていないだろうと手合わせでも深く言及しなかったが、そんな矢先にあの裏切りの報を受けた。邪推してもおかしくあるまい」

「もしかしてさっきから信じてもらえなかったのは、魏の記憶で俺が本当に変わってしまったと思ったからってこと?」

 

そうだと言わんばかりに浅く頷き、もう戦闘の意思は無いとばかりに折れた『鈴音』を鞘に戻す。

 

「お前が他国で築いた関係……。それら全てが円満であるとは思っていなかった。取り巻く環境が変われば大なり小なり人は変わってしまう。……だが話を聞く限りお前はお前のまま。繋がりを持った人間を大事にしてきたようだ」

 

いつか見た、彼女との間に子を成した時のような慈愛を感じさせる笑みがうっすら写る。

きっと思春は本当の意味で俺を理解したかったんだろう。

信頼は元より、この平原に来てから過去を共有してくれるのは最初彼女だけだったから、余計に気負ったのかもしれない。

 

自らがアンチテーゼとなり、俺の心からの真意を探し出す為に。

でなければ万が一変わってしまった俺が何よりも大切な孫権が傷つけてしまう可能性がある。

そんな責任感と過去の思いが乗った両天秤で彼女は俺の前に立ったんだ。

あの晩も素直に話していればこんな問題にまで発展しなかっただろう。

 

「行くぞ北郷。今のお前ならば蓮華様に対面しても良い」

「……ありがとな、思春」

 

(心の底では俺を信じてくれて……)

 

彼女への返答に万感の意を込める。

踵を返し先導する彼女を追って、事態をいまいち理解していない春蘭とともに孫権の自室へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

本当の意味での再会を果たそうとしている一刀達を他所に、凪を下に見送った後でもいまだ屋根の上で佇む卑弥呼の耳へどこかで聞いた妙に湿っぽい男性の声が入ってきた。

 

(あらん、卑弥呼っ! 干吉を取り逃がしちゃたの? 漢女道亜細亜方面前継承者ともあろう貴方らしくないわねー)

 

「……ふんっ。あやつ、消える間際まで楽進を狙っておったのだぞ? 人命を優先するのならば致し方ない判断じゃわい」

 

腕をきつく組み直し、声だけが聞こえる貂蝉に返事をする。

あやつは無理な介入により実体化出来ないゆえ、ワシを通して物事の見聞きが可能にしておいた。

どうやらこの大一番に控えて予めアンテナを立てていたようだ。

 

「それよりも気になる事がある。……貂蝉よ、この戦いどこから見ていた?」

 

(そうねぇ……ちらほらご主人様のほうも気にかけていたけど、大体の話の筋は分かっているつもりよん)

 

「ならば話は早い。先の干吉を見て何か感じなかったか? 奴の言い回しではなく存在そのものに」

 

この質問に少しだけ悩むような間が空き、貂蝉の声が伝わってくる。

 

(……妙に存在が希薄……いえ、それにしては朧過ぎるわね。まるで壁一枚隔てたような距離感を感じたかしら)

 

「うむ、ワシも同じ感想じゃ……ちょうど今お主に感じている感覚とよう似ておる」

 

(? それってどういう事?)

 

「鈍い奴じゃの、恐らく干吉は大掛かりな術を行使した直後なのじゃろう。それで貂蝉と同じように声だけを発して接触せざるを得なかったのではと推測しておる」

 

(ワタシには体があるように見えたけどねん)

 

「そこは人形か何かで代用しておったのであろう、そう考えればあの五体をバラバラに分割していた奇術も納得がいく」

 

(あーら、そゆことね。でもそれがなんだって言うの? あいつの目的は結局分からず仕舞いなんでしょう?)

 

「確かにな、だがお主と同様の消耗具合から察するに、術の規模は同じようなものではないか?」

 

再び間が空き、ありえないとばかりに呟く。

 

(まさか……演者への介入を? ワタシがセキトちゃんを変化させたり、恋ちゃんをご主人様に巡り合せたような……)

 

「無くもあるまい」

 

短く切ったその言葉の割には妙に自信ありげな様子を浮かべている。

白い髭がピクピクと振動し、なにやら触覚のようだ。

 

(それにしたって誰を? 大半の子は出揃っているのにこれ以上は……)

 

「解無き問答故、留意だけはしておいたほうが良いという話じゃ、あまり考え込むでない」

 

(……そうね……でも、もしかしたら……干吉が呉に干渉した最大の理由は……)

 

――?

 

何か思い当たるのか、悩む貂蝉。

そこで一旦話を区切るかのように卑弥呼が確認を取った。

 

「それはさりとて貂蝉よ。こちらに戻ってくるのはまだ掛かりそうなのか? だーりんと二人きりになれないのは、ちと不満なのじゃが」

 

(あん♪ 漢女らしいアンニュイな気持ちなのね、わかるわぁ♪ ……でももう少し待ってほしいの。ちょっと大事な用事が出来ちゃったのよん)

 

「何じゃそれは」

 

(今はひ・み・つ♪ でもこれからもご主人様が歩む道に絶対必要なものなの。必ず手に入れて見せるわん♪

それと“もう一人の協力者”にあなたのおかげで効果は抜群よ! って伝えておいてねん)

 

「あやつか……いまだ顔を見せてもおらぬ不届き者ではあるが、一応承知しておこう。…にしても相変わらず一途に北郷を思い続けておるのう」

 

(でゅふふ、恋敵が50人近くいるんですもの、これぐらいは当然よ。ぬふふふふふふふふ)

 

「それほどの思いがあれば何時かワシもだーりんと……ぐふふふふふふふふ」

 

 

 

夜空に響く奇怪な笑い声。

 

この騒動に謎のあやかし出現という噂が付いてくるのはまた別のお話……。

 

 

 

何はともあれ、事態は一時の収束を見せ、舞台は大きく広がる。

大陸に押し寄せる左慈を裏番とした袁紹軍に、今をもって対するは内に“関羽”という爆弾を抱えた蜀軍。

そして久しぶりとなる呉軍中枢との関係は果たしてどうなる事やら。

思い渦巻く大陸に、軍を持って干渉する時が今でこそと訪れた。

 

 

 

 

 

 

新国家『北郷』

 

 

 

 

銀の御旗に十文字を掲げるその国は全てを救うという信念の元に、あらゆる逸材が集っていく。

 

 

 

笑顔の絶えない城下の民と彼らを守る歴戦の将の活躍。

 

 

 

それは何より国主の魅力に惹かれた当然の成果を示していくだろう。

 

 

 

君主“北郷一刀”。

 

 

 

かつての魏王、呉王の協力によって国を動かす彼に過ぎる胸中はいかなるものか。

 

少なくとも裏で語られる“アジアの種馬ぶり”は留まるところを知らず、『胤』をもって大陸を制覇せんとするのはまたも別のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台は中盤折り返しに差し掛かり、

 

 

 

 

大陸全土を巻き込んだ国家間戦争がこの日を境に始まる事となった。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

[干吉の憂鬱]

 

 

今夜も夜空を見上げる。

いつ冷え込んできてもいいように左慈の上着を切る。

 

 

「はぁ……左慈……左慈……」

 

 

ふと自分の胸元を見る干吉。

その豊満なバストを鷲掴みにすると、恍惚な表情になりながらも呟いた。

 

 

「っはぁ……。なぜ左慈まで女になってしまったのでしょう……」

 

 

 

左慈が男のままであれば!

 

この身体を使ってあんなことも!

 

こんなことも!!

 

できるのに!!!

 

 

 

誰知らず、とある屋根の上で一人血の涙を流す干吉であった。

 

 

 

 

 

 

「へくちっ」

「あら、お風邪ですの? 左慈さん」

「大丈夫だ。あっちに行け」

 

 

変な左慈さん、と言いながら去っていく袁紹の背を見ながら、寒気のする自分の身体を抱き締める。

 

(さ、寒気がする……)

 

 

 

 

 

※本編とは関係ありません※


 
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