No.19807

2027 The day after 完結編・結

136さん

2027 The day after 三部作、最終章です。

2008-07-17 23:16:57 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1015   閲覧ユーザー数:971

2027 The day after 完結編・結

 

13.アクロポリスへ

 

「怖くないと言ったら嘘になります。でも、私はもうお母さんのお腹の中にいるんだ、

って思うと、なんか安心しちゃうんですよね。なんて言うのかな、自分のスペアがい

るって言うか、もう一度人生をやり直せるって言うか、そんな気持ちがして怖いって

いう気持ちを消しちゃうんです。」

 

消えるのが怖くないのか、そう聞いた優に、央は事も無げに答えていた。

(そんな・・・なんでそんな風に考えられるの・・・私には無理だよ・・・)

優はあれからずっと考えていた。この世界を存続させ、央の存在を消さない手段を。

「おい姉ちゃん?」

(どうしたらいい?央ちゃんを消さずに、クラウスを倒す・・・)

「・・・おい?」

(・・・!確か長老が言ってた。クラウスを暗殺すれば、この世界はそのままだって!)

「おい姉ちゃんてばよ!」

優は自分が呼ばれている事に気が付いた。

「あ、は、はい!?」

「・・・まだ巻くのかい?」

声の主は優が手当てをしていた海賊だった。手元を見ると、包帯を巻き過ぎて二倍ほどの太さになってしまった彼の腕があった。

「あ・・・ご、ごめーん!今やり直すから!」

そう言って優は包帯を巻き直す。

「頼むぜ・・・まあ、たいした怪我じゃねえから簡単にでいいぜ。」

手当てを受けている彼は、対潜攻撃機のパイロットだった。なぜ彼が怪我をしたかと言うと、話は先の戦闘まで遡る。

 

「へへっ、奴ら逃げてったぜ!」

攻撃機のコクピットから沖へ撤退していく艦影を確認してパイロットは叫んだ。

「よし、よくやってくれた。着艦してくれ。」

ブリッジからキースの通信が入った。

「よっしゃ、今戻るぜ!」

そして攻撃機は空母への着艦コースを取った。

「コントロール、これよりアプローチに入る。艦上クリア、ギアダウン、アプローチ、ゴー!」

そして攻撃機は着艦のコースに乗り着艦・・・したがそのまま速度を落とさず艦首に

向かってオーバーランして行く。

「おい!フックフック!」

彼はギアを下ろしたはいいが、ワイヤーに引っ掛けて機を止めるアレスティングフックを下ろさずにいたのだ。それに艦上作業員が気付くが既に後の祭りだった。

「おおおおおおおおおおお!」

当然速度は着艦速度。再離陸を試みるもあえなく失速。攻撃機はそのまま海に落ちた。

その様子をブリッジから見ていたキースは頭を抱えた。

 

そして救護室。

「いやー、あれは参ったね!久しぶりなもんでフックの事すっかり忘れてたぜ!

はははは!」

豪快に笑う海賊。彼はそのときに片腕を負傷したのだ。医療スタッフは重傷者を優先して治療に当たっていたので、軽傷であった彼はひとまず応急処置のみされ、医師による診療は後回しにされていた。そしてようやくその順番が回って来たのである。

「だけどおじさん、よく飛行機なんか操縦できたね。」

包帯を巻きながら優が言う。

「ん?ああ、俺らの艦は海軍出身者ばっかりなんだ。だからキースの旦那に連れてかれたって訳よ。で、俺は元パイロットだった。」

「へえ、そうなんだ・・・はい、出来上がり。」

「おう、ありがとうよ。それじゃな。」

優はそう言って部屋を後にする海賊の背中を見送りつつ呟く。

「飛行機・・・は駄目か。降りる所が無いもんね・・・」

 

―――あの戦闘から数日。体勢を整えるには十分な時間だったが、それはクラウスにとっても同じ事。ベース側は打って出る機会を見失っていた。そしてタイラスは―――

 

「ダイモスを破壊すれば、過去が、歴史が変わる・・・くそっ!私はなんの為にペンタを作らせた!?」

与えられた自室で思いをめぐらす。彼はまだこの世界の覇権を握る事を諦められずにいた。

「ダイモスを破壊せずにクラウスに打ち勝つには・・・暗殺しか無いというのか・・・だがそうして覇権を握ったとしても、それすらも鳴海恵介がこの世界で死ぬまでの期限付きという事か・・・」

そう、クラウスを暗殺して大災害の起きた世界が存続されたとしても、それは恵介が過去に飛ばされる可能性を残しているからであって、ダイモスと恵介が共に存在している限りその可能性は消えない。そしてそのまま時が過ぎ、恵介が死を迎えたならその可能性は無くなり因果は消え、歴史は変わり世界もその姿を変えるだろう・・・それが長老の見解だった。

そうやってタイラスが考えを巡らしていると、彼の部屋のドアをノックする音がした。

「誰だ?鍵は掛かっていない。入ってきたまえ。」

タイラスの返事にドアを開けたのは―――優だった。

「おっさん・・・今いいかな?」

「君か・・・ああ別に何をしているという訳でもない。構わんよ。」

タイラスは自分をおっさん呼ばわりする、この不遜な少女の事をなぜか気に入っていた。優は部屋に入ると藪から棒に、

「おっさん、私をアクロポリスまで連れてってくれないかな。」

悲壮な光を帯びた目でそう告げた。

「アクロポリスに?それはまたどういう事だ?」

「私は・・・私の娘を守るためにクラウスを殺さなきゃいけない。だから・・・」

タイラスは彼女が自分と同じ目的を持っていた事に驚いた。

「クラウスを・・・それはまた随分と物騒な事を言う。しかしわざわざ君が殺さなければならないという事は無いのでは?」

タイラスは優の真意を確かめるべく誘導を仕掛けた。

「・・・私の娘・・・央は、今私のお腹の中にいる子なんだ。つまり、私が過去にタイムスリップして生む子供なんだよ。つまりダイモスを沈めちゃったら私は過去に飛ぶ事は無くなって、今この世界に生きてるあの娘は存在を消しちゃうんだ。だから、せめてクラウスを殺してこの世界は存続させる・・・そんな事をみんなは許してくれる訳無い。だから私がやらなきゃいけないんだ。」

タイラスは更に驚いた。最終的な目的は違えど、この少女がやろうとしている事は自分の目的とも同じ、この世界を存続させるという事だったのだ。

「そうか・・・しかしそれは、君や鳴海・・・いや恵介君が死ぬまでの存続にしか過ぎず、しかも君の場合、この世界でその子供を生んだら、過去で生まれたという歴史を持つ君の娘はやはり消えてしまう事になるのではないかね?」

「解ってる・・・でも、私はあの娘が消えちゃう事だけは耐えられない!それが一時的なものだっていい!こんなのエゴだって自分でも解ってる・・・でも、そうせずにはいられないんだ!」

タイラスは、この娘の覚悟に妙な感動を覚えた。然るに自分はどうだ。

(鳴海君が死ぬまでの世界・・・それならそれでも構わないじゃないか。歳を考えれば先に死ぬのは私の方だ。それにクラウスを倒し、ダイモスを我が物にすればそれで鳴海君を私が過去に飛ばし、クラウスのいない世界を完全に存続させる事も可能・・・)

タイラスがそう考えていると、

「ダイモスを手に入れてアニキを過去に飛ばす、ってのは無しだからね。」

優が釘を刺した。

(この娘、私の望みを知っていて話を持ちかけたというのか・・・ふっ、喰えん奴だ。)

タイラスはそう思うと思わず笑い声を上げた。

「ははははは、どうやら君の方が役者が上のようだな。そうとも。私もこの世界の存続を願っている。つまり利害は一致するという訳だ。わかった、約束しよう。クラウスを倒してもダイモスは使わない。それでいいか?」

「それじゃあ・・・」

「ああ、長老に協力を申し出よう。そうすれば潜水艦の一隻ぐらいは与えられるだろう。」

「ありがとう!おっさん!」

タイラスのその言葉に偽りは無かった。ダイモスを使って恵介を過去に飛ばす、それがこの娘を悲しませる事であるならばするまい、彼は心の底からそう思っていた。この、何故か気に入ってしまった娘の為、出来る事があるならやってやりたい。そんな風にすら考えていた。

 

―――いや、「何故か」ではなかった。彼自身、彼女を気に入った理由には既に気付いていた。

 

そして数日の後、ドックを巡回していたキースは、タイラスにあてがわれた艦が無くなっている事に気付いた。その一方、ベース内から優が姿を消している事が愛達によって確認された。そして、その報告を受けた長老はブリーフィングルームに関係者を集めた。

「・・・今ベースからタイラスの艦、それに優が姿を消しておる。あの二人、恐らくはクラウスを暗殺しに行ったはずじゃ。」

長老は険しい表情で口を開いた。

「暗・・・殺!?何故そんな!」

恵介は思わず叫ぶ。

「・・・あの二人はこの世界を存続させたいと願っておるようじゃ。そうすると確実な手段は・・・」

「つまりクラウスの暗殺、って事か。」

ケイが言い放つ。

「そんな・・・まさかお母さん、私の為に・・・」

央が言葉を漏らす。

「・・・そうじゃろうな。しかし実際に事を起こすとは思わなんだ・・・」

「もう、バカ優!危険すぎるわ!・・・止めなくちゃ!」

愛は首を振りつつそう言った。

「長老!アクロポリスへ行かせて下さい!優が無事な内にダイモスを叩けば・・・!」

「ついに・・・この時が来てしまったか・・・恵介よ。」

「はい。」

「この流れはわしが聞いた艦長の話と合致しておる。心せよ。恐らくはこれが最後の戦いになるはずじゃ。」

それを聞いた小宮が言う。

「最後って・・・ペンタは?ペンタがいないじゃないですか!?」

「ペン?」

その時足元の方から懐かしい鳴き声が聞こえ、その場の者全員が声の方向を見た。

「ペンタ!」

そこにはいつの間にかペンタがいた。小宮はその名前を呼ぶとひざまづいて彼を抱き上げた。

「お前どうやって・・・ってあれ?濡れてる・・・まさか海の底から自力でここまで?」

小宮はそう言うと目に涙を滲ませた。

「ペンタ・・・いやケンタ!お前、記憶は?」

恵介がそう呼び掛けるが、ペンタは特に反応するでもなく小宮の腕の中で身じろぎするのみだった。

「まだ・・・目は覚めてないみたいね。」

愛はペンタの顔を覗き込んで言う。

「・・・これで手札は揃ったの。恵介、今度こそ歴史を変えてみい!」

長老の言葉に恵介は無言で頷いた。

14.凶弾

 

それから数日後、深夜のアクロポリス。市内の墓地で無銘の墓碑に祈りを捧げる優の姿があった。

「ケンタ・・・私を守ってね。見てて、クラウスを倒して央ちゃんを守って見せるから。ううん、復讐なんかじゃないよ。あの子を守るため・・・だからこの手を汚す事を許して。」

優は墓碑に向かってそう囁き、立ち上がった。

「よし。行って来るね、ケンタ・・・でもさ、おっさん。」

そして後ろにいたタイラスに振り向き口を開く。

「もうこの先は私だけでいいんだよ?ここまで連れて来てくれただけで十分なんだから。」

「馬鹿を言ってはいけない。」

タイラスは立ち止まって振り返り、言った。

「言ったはずだ。目的は違ってもクラウス暗殺というその手段は同じだと。これは私の好きでしている事だ。それに・・・」

「それに?」

「・・・いや、なんでもない。そもそも君一人でクラウスを殺そうなど、危なっかしいにも程がある。それに私ならアクロポリス内に明るい。同志も潜伏させている。同行するにはこれ以上無い人材だと思うがね。」

タイラスは妙に饒舌に語る。

「そう・・・わかった。それじゃあもう少し甘えさせてもらうよ。」

優はそう言うと、懐に忍ばせた拳銃を確かめるように覗き込んだ。それはタイラスが貸し与えた物だった。その様子を見たタイラスは何か複雑な表情を浮かべる。

「さあ、こんな所でもたもたしていても仕方が無い。連絡員のいる所まで急ごう。」

タイラスはそう言って優を促すと、月影に紛れるように歩を進めた。

 

一方、タイラスの艦を追い、10隻余りの海賊の艦とケイの艦、それに原子力空母を従え、アクロポリスに向かうセンチュリオン。そこにはいつものクルーから優を除き、その代わりに央、それに加えて長老、更にはその長老の要請でケイが乗っていた。その発令室では恵介が長老を相手に話をしていた。

「長老・・・前からずっと引っ掛かっていたんですが、クラウスは、なんでわざわざ俺たちを敵に回すような真似をしたんでしょうか?味方であれば、そう、例えば何かの航海を命令して、その航路上にゲートを開いておけば俺を過去に飛ばすなんて事は容易いだろうに。」

恵介は艦長のメッセージを見てからというもの、その事をずっと疑問に思っていた。

「それはじゃ恵介。」

長老が答える。

「クラウスとマスターはの、どうやってかは知らんが、知ってしまったのじゃよ。」

「知ってしまった?」

「そうじゃ。自分らが生まれたいきさつをな。未来から飛ばされた鳴海恵介という人物がいなければ自分らは生まれなかったという事を。そしてそれには恵介が死を選び、記憶を失う必要がある訳じゃな。」

「ええ・・・」

「死を選ぼうとした理由はなんじゃったかの?」

「未来でクラウスを倒せなかった・・・」

「それじゃよ。未来で敵対していたクラウスを倒せなかったから死を選んだ訳じゃ。これが敵対する事無く過去に飛ばされていたとしたらどうかの?」

「・・・自ら死ぬ、という事は考えない・・・という事か。」

「そういう事じゃ。それがクラウスが生まれないという事には直結せんかも知れん。可能性は残る訳じゃからの。が、クラウスは確実性の高い方を選んだ訳じゃ。」

「つまり脱走した敵性部隊というのは・・・」

「欺瞞じゃ。彼にはセンチュリオンが敵である事が必要だったのじゃよ。」

「しかし、今俺はそれを知ってしまった。過去に飛ばされても死のうなどと考えなければ・・・」

「恐らく、無駄じゃ。」

長老は恵介の言葉を遮り、否定した。

「東郷艦長の話では、彼が恵介だった時の艦長は過去で死のうとはしなかったそうじゃ。故に彼は死ぬ事で歴史を変えようとした。だが・・・それは叶わなかった。どうやら歴史という奴は随分と頑固らしいの。こちらが行動を変えても結局同じ事を繰り返させる。」

「それじゃあ、俺たちがやっている事も・・・」

「そう考えて諦めるのかの?ダイモスを破壊すれば可能性は皆無になる。艦長も言っておったろう、食い違いは希望だと。少なくとも今、小さな規模じゃが歴史は変わっておるんじゃ。足掻くんじゃよ。逆の可能性に賭けて。」

恵介は少し考えた後、口を開いた。

「わかりました・・・それともう一つだけ聞きたいんですが。」

「なんじゃ?」

「俺が・・・死んだ場合の事です。」

「その事か・・・よいか、それが選択肢の一つだなどとくれぐれも考えるでないぞ。お前さんが死んだ所で歴史が変わらない可能性だってあるんじゃ。」

「歴史が変わらない?俺が過去にいないのに?」

「私たちよ、お兄ちゃん。」

そこへ話を聞いていた愛が口を挟んだ。

「そうじゃ。能力者とダイモスがともにある限り、クラウスが生まれる可能性は消えんのじゃ。原因たる能力者の死によって確実に歴史を変えると言うなら、お前さんだけではない、お前さんの妹たちも死なねばならない事になるんじゃよ。」

「そんな・・・」

「そういう事じゃから、よいな。今はダイモスを破壊して妹を救う事だけを考えるのじゃ。」

「・・・わかりました。」

恵介はそう言って、いつもなら優がいるソナー席を見やった。そこではただ座らせられているだけの央が困惑し切っていた。彼女は会話がひと段落したと見るや、恵介に話しかけた。

「あの、伯父さ・・・いえ、艦長。私やっぱりこのソナーって何がなんだか解らないんですけど・・・」

それを聞いた恵介は、おかしそうに微笑む。ムードメーカーの優がいない事から物怖じしない性格の央を、発令室の空席になっている優のソナー席に座らせていたのだが、その思惑は当たっていた。

「央、君は戦闘要員じゃない。伯父さんで構わないし、君はその席にいるだけでいいんだ。それだけで

雰囲気がかなり違う。」

「同じ顔だから違和感も無いしね。」

愛も言う。

「そうですか・・・?でも座ってるだけ、っていうのもなんか性に合わないって言うか・・・」

彼女はそう言ってコンソールに向き直った。恵介はそんな央を見ながら呟いた。

「優・・・くれぐれも早まった真似はしないでくれよ・・・」

 

そして再びアクロポリス。

タイラスと優は、既にクラウスの屋敷に侵入していた。二人は連絡員が前もって殺していた監視カメラ

がある場所を選びつつ、クラウスの執務室へ近付いて行く。

「おっさん・・・なんか・・・」

「ああ、私も感じている。人気が無さ過ぎる・・・」

しかし二人はあまりにも順調に潜入出来た事に違和感を感じていた。

「ドラマとかだと、こういうのは罠ってパターンよね・・・」

「だがここまで来て引き返す事も出来ん。進むしか無かろう。」

しばらくの後、二人はついに執務室に辿り着いた。タイラスは慎重にドアノブを捻ってみる。鍵は掛かっていなかった。そしてタイラスは優に目で合図すると一気にドアを開け、彼女とともに部屋に飛び込んだ。そこには机の向こうの椅子に無防備に腰掛けているクラウスがいた。

「クラウス!」

優は叫ぶ。彼女は見た事も無いその男がクラウスであると、一目で確信出来た。

「あんたに恨みは無いけど央のため、死んでもらうから!」

優はそう言って懐から出した拳銃を構え、銃口をクラウスに向ける。

「う、撃つわよ!撃つからね!」

そう言いながら彼女は腕を震わせ、膝を笑わせていた。クラウスはそんな彼女を薄笑いを浮かべて見ている。

「やはり君には無理だ。私がやろう。」

タイラスはそう言うと優の前に割り込み、銃を構える。

「タイラス、久しぶりに会えたと思ったら、また物騒な真似をするね。」

クラウスの薄笑いは消えていない。

「クラウス、ここまでだ。いかなお前でもこの状況でどうこうする事はできんだろう。」

「そうかな?」

クラウスはそう言って目を閉じた。

「何を・・・」

タイラスがそう言った瞬間、乾いた炸裂音が部屋に響いた。それと同時にタイラスは脇腹に灼熱痛を覚えた。タイラスが振り向くと、そこには硝煙を上げる拳銃を構えた優が愕然とした表情で立っていた。

「おっさん・・・わたし・・・わたし・・・!」

大量の出血がタイラスの足元を赤く染める。彼は眉をしかめ、膝から崩れ落ちた。

「ふう・・・こういう事も出来るのだよ。マスター程ではないが、私もある程度は他の能力者を操る事が出来る。ただし、精神までは支配出来ないし、操っている間の私は完全に無防備になってしまうんだがね。」

クラウスはそう言って笑った。

「クラウス!なんて・・・なんて事を・・・!」

優は怒りで震えた。しかしまだクラウスの戒めは解けない。

「・・・く・・・ここまでなのは私の方だったか・・・」

あっという間に出来た血溜りの中で息も絶え絶えにタイラスが呻く。

「おっさん!大丈夫!?」

「私は・・・恐らくもう駄目だ。視界が・・・暗くなって来た。」

優の撃った弾丸は致命傷になっていた。

「そんな・・・!」

「優君・・・出来るなら君には・・・クラウスを殺す・・・事はしないで欲しい・・・」

「え?」

「・・・私には、大災害で死んだ・・・娘がいてね・・・丁度君のような・・・明るい娘だった・・・私が・・・クラウスを殺そうとしたのは・・・実はその復讐・・・だ。私は君に娘・・・を重ね合わせて見ていた・・・そんな君には人殺しなどして欲しくない・・・」

「そ、そんな・・・それ反則だよおっさん・・・」

「・・・死に行く者の・・・我侭・・・だよ。出来れば・・・聞いて・・・やって・・・」

そう言い掛けてタイラスは床に突っ伏した。

「おっさん?・・・やだよ!おっさん!?」

優がそう叫んだ瞬間、彼女は後頭部に鈍痛を覚え、そのまま意識を途切れさせた。

 

「父さん駄目だ!そっちへ行くと敵に見つかる!」

「よし、取り舵!左舷30度に進路を取れ!」

アクロポリスに近づくにつれ、敵の数も増えて行った。しかし見つかる訳にはいかない。センチュリオンの発令室では、愛とケイ、それに央までもが能力をフル回転させ、敵を回避していた。

 

「予知?」

数時間前のセンチュリオン艦内。恵介は長老の言葉に驚きを隠せずにいた。

「そうじゃ。予知じゃ。能力者はその人数によって力を増幅させる事が判っておる。遠視系の能力を持つ者ならば、3人いれば少し先の未来を遠視する事が可能になるのじゃよ。」

「じゃあ、アクロポリスに行った時に3人いれば大丈夫だって言ったのは・・・」

それを聞いた愛は、勝手にアクロポリスに行った時の事を思い出した。

「そういう事じゃよ。意識的に使うのは難しいかも知れんが、今はそれが必要じゃ。そして遠視系の能力者は三人おる。」

長老はそう言って愛とケイ、それに央を見やった。央は周りをきょろきょろと見回し、それが自分の事であると気付くと、

「わわわわ、私ですか!?私、そんな能力なんてちっとも・・・」

慌てた口調でそう言った。

「いいや、優の娘であればまず間違い無く遠視系の能力を持っておる。お前さんが意識的に能力を使えないとしても、能力の増幅には役立つ。そして実際に”見る”のはこっちの二人じゃな。」

「そ、そうなんですか・・・?」

「それではの、今の内に三人で練習しておく事じゃ。出来なければ優も世界も救えん。」

 

そして、練習の成果は現れていた。見たい時に未来が見れる、と言うような便利な物ではなかったが、それでも要所要所での予知は成功し、艦隊は敵の目をかいくぐって行った。索敵をするなら対潜哨戒機を飛ばせば済む話なのだが、こちらの存在も知られる訳には行かないのでそれは出来なかった。未来が見える、それは敵を避けるには通常の遠視で索敵するよりも遥かに有効だった。遠視で敵の位置を知ったとしても、それからの敵の動きによっては探知されてしまう可能性があるが、予知ならば確実に正しい選択を得られるのだ。

そして、艦隊はついにアクロポリスを目視できる所まで辿り着いた。恵介は三人に指示を出す。

「よし、一刻も早くダイモスを探す!愛!恵!央!遠視を!」

「了解!」

愛の返事で三人は遠視を試みる。しかし、

「ソナーに感!これは・・・この巨大な影は・・・ダイモスです!」

愛がソナーでダイモスを捕捉した。遠視するまでも無く、それは現れた。

「艦長!通信です!ダイモスからです!」

通信士が叫ぶ。

「なんだと?」

「映像通信です。モニターに出します。」

通信士の操作でスクリーンに映像が浮かぶ。ノイズ混じりの映像はやがてクリアになって行き、通信相手の姿を映し出した。それは、ダイモス操艦用ヘルメットを被ったクラウスだった。

 

「ようこそセンチュリオン。」

 

モニターの向こうのクラウスはそう告げた。

15.またね

 

「クラウス・・・!」

モニターの映像を見た恵介は呻くようにその名を口にした。

「ダイモス、水深500の位置、本艦前方距離5000です。他に潜水艦は見当たりません。」

愛が状況を報告する。

「単独だと・・・?」

「ようやく来てくれたね、鳴海君。歓迎するよ。」

恵介はクラウスの言葉を無視して命令を出した。

「艦隊の全艦に告ぐ!全門魚雷装填!発射準備完了の後直ちに発射せよ!」

「おやおや、取り付く島も無しか。まあいい付き合ってやろう。」

クラウスは余裕たっぷりに言う。

「魚雷発射準備完了!」

魚雷室から水雷長の報告が聞こえた。

「発射!」

恵介は間髪を入れずに指示を出し、全ての艦が一斉に魚雷を撃った。数十を数える魚雷はダイモスへと向かう。

「ふ・・・フォボスと違い、ダイモスのゲートには、こういう使い道もある。」

そう言いながらクラウスはダイモスのゲートを最大に展開させた。目に見えないゲートではあったが、それはダイモスの前面投影面積を遥かに超えた大きさ、直径1kmにも達する物だった。そして発射された魚雷は次々にゲートに吸い込まれると同時にダイモスの後ろから現れ、そのまま迷走した。

「わかるかね?このダイモスに、物理攻撃は通用しないのだよ・・・まあ挨拶はそのぐらいにしてもらおうか。こちらには君達に会わせたい人物がいるんでね。」

クラウスはそう言ってカメラの前からフレームアウトした。その向こうには、椅子に

拘束された優がいた。

「優・・・!間に合わなかったか・・・!」

恵介は歯噛みした。

「アニキ・・・ごめん。」

優は彼女らしくない消え入りそうな声で詫びる。

「さて、私もこんな品の無いやり方は好きじゃないが、手段は選んでられないのでね。さあゲートを通過してもらうよ、鳴海君。拒否すればどうなるかは判るよね?」

「これが艦長が言っていた恫喝・・・く・・・少し・・・時間をくれ。」

「時間?今更何をやっても状況は変わらんぞ?まあいい、こちらも君たちには準備して欲しい事もあるしな。」

「準備?」

「そうだ。逃げられては困る。君以外のクルーは全員艦を降りてもらおう。過去に飛ぶのは君だけでいい。」

「・・・分った。」

「お兄ちゃん!」

それを聞いた愛は抗う口調で恵介を呼ぶ。

「愛、お前たちは俺に付き合う必要は無い。過去に戻るにしてもどの時代に飛ぶかは判らないし、よしんば20年前に戻れたとしても待っているのは大災害だ。それならまだこの時代に残った方が生き残る可能性は高い。」

「そんな、父さん・・・」

「恵、お前も言う事を聞いてくれ。いいか、俺はまだ諦めた訳じゃないんだからな。」

恵介はそう言うとモニターに向き直り、クラウスに呼びかける。

「クラウス!これより本艦は浮上、空母に乗員を移動させる!」

それを聞いたクラウスは再び画面に現れた。

「では、準備の時間を与えよう。但し、制限付きだ。今からこちらは3ノットのスピードで前進を開始する。当然ゲートも一緒に接近する訳だ。ゲートに飲み込まれるまでに片付けてくれたまえ。」

そしてダイモスはゆるゆると前進を始め、センチュリオンとの間合いを詰めて行った。

「よし、これは命令だ!浮上の後総員退艦!空母に乗り移れ!」

 

そして乗員は全て空母に乗り移り、センチュリオンには恵介と、それにペンタだけが残った。

 

そして恵介は発令室から手動でセンチュリオンを潜航させた。

「クラウス!」

恵介はクラウスを呼ぶ。

「やあ、戻ってきたね。」

恵介の呼び掛けにクラウスが再びモニターに現れた。

「クラウス・・・俺はお前を倒す事を諦めた訳じゃないぞ。」

「やれやれ・・・まだ何かしようというのかい?間も無くゲートは君を飲み込む。わずかな時間だ。その間に何が出来ると・・・」

恵介は意を決した。

「これを見ろ!」

恵介はそう言うと懐から拳銃を取り出し、銃口をこめかみに当てた。

「なんの・・・つもりだ。」

それを見たクラウスは顔色を変えた。

「それはお前が一番わかっている事だろう。優がお前の人質なら俺は俺自身が人質だ。」

そのやり取りは空母のブリッジでもモニターされていた。

「父さん!そんな、駄目だよ!」

ケイが叫ぶ。

「恵介・・・それはいかんとあれほど言っただろうに・・・」

長老は首を振りつつ呟く。

「嫌だ!父さんを助けなきゃ!そうだ、飛行機ならゲートを越えて向こう側に行けるじゃないか!そうだよ!飛行機で・・・!」

「駄目です。」

「え?」

央の声だった。見れば彼女はいつの間にか右目を光らせていた。

「私、そのゲートらしい物が見えます・・・これ、ダイモスを球状に覆ってますよ・・・これじゃどの方向からの攻撃もすり抜けちゃいます。」

「ゲートが、見えたか・・・!」

長老は央の、独自の能力の発現に驚きを隠さなかった。

「そんな・・・ねえ!誰かなんとかしてよ!誰か父さんを助けてよお・・・!」

ケイはそう言いながら嗚咽を上げて泣き出し、傍らのキースに崩れ落ちるように縋った。キースは無言でその肩を抱いてやる事しか出来なかった。そして発令室の恵介はクラウスに迫る。

「クラウス、これは取引だ。今ここで俺の死と同時に存在を消すか、このままお互いに退くか。二つに一つだ。」

「ふん、やってみろ。この世界に能力者が一人でもいる限り、私の消滅は確定しない。無駄死ににならない事を祈るよ。」

それはお互いに賭けだった。

「よし・・・覚悟はいいな?」

恵介はゆっくりとトリガーに力を入れた。

「これは・・・いやだ!こんなの見たくない!」

ケイはそう言って両手で目を塞ぎ、しゃがみ込んだ。

「お兄ちゃん駄目!お兄ちゃんが死んでもクラウスは消えない!」

愛は叫ぶ。二人は未来を見ていた。それは恵介が拳銃で自殺し、モニターのクラウスは健在、そういう映像だった。

「駄目だ・・・違うよアニキ・・・」

優は直感的にそれが何の結果ももたらさないであろう事を感じていた。しかし、彼女は何も出来ずにモニターの向こうの恵介を見守るしかなかった。と、その恵介の向こうをピンクのペンギン―――ペンタが横切るのが見えた。

「ペンタ!?ペンタがセンチュリオンにいる・・・!?ケンタ!アニキを助けてよ!」

優の願いも空しく、モニターの向こうのペンタはうろうろするのみだった。

「ケンタ・・・お願いだから・・・」

ペンタはうろうろしている。

 

「起きろ!ケンターーーーーーー!」

 

優は叫んだ。それに呼応するかのようにペンタの動きが止まった。ペンタは周りを見回すと、発令室の中央に向かって歩き始めた。ペンタの異変に気付いた恵介は、引き掛けていたトリガーから力を抜いた。

ペンタは発令室の中央で足を止めた。するとその前の床の直径1メートルほどの部分が円形に反転し、何かの装置が現れた。ペンタはその装置に自ら納まった。するとセンチュリオンの艦内スピーカーから聞き覚えのある声が聞こえて来た。

(あーもう、もう少し優しい起こし方はできねえのかよ?)

「この声は!?」

その声に恵介は目を見開いた。

「この声・・・ケンタだ・・・ケンタの声だ・・・」

優はその目に涙を滲ませた。

(まあ、愛しい優に起こしてもらえて気分はいいけどな。)

「やっと起きたな、この寝坊助め・・・」

優は微笑みながら毒づく。

「ペンタが・・・ペンタが覚醒しよった・・・ついに歴史が変わった・・・!」

長老が叫んだ。

「この声・・・よく覚えてる・・・お父さん・・・」

央が呟く。

「クラウス、お前の負けだ。」

恵介はモニターのクラウスに向かって言う。

「なんだ?そのロボットが何だと言うんだ・・・?」

「ペンタはお前を滅ぼす・・・ダイモスを破壊するための物だ。」

「ダイモスを破壊するため・・・?カスタリアに装備されていた物では無かったのか!?」

そこにケンタが割り込んで言う。

(まあ残念だったな。さて、俺はずっとこの中で眠ってたんだが、起きた瞬間ペンタが記録してた情報が一気に頭の中に入ってきてな、情勢も、何をすればいいかもよく解ってる。)

「・・・貴様風情に・・・何が出来るというのだ!」

(さあね?)

「・・・ふざけるな!貴様が何をしようと、その前にセンチュリオンごと飲み込んでくれる!」

クラウスはダイモスのスピードを上げ、センチュリオンに迫る。

(優?そっちにいるんだろ?)

ケンタはクラウスを無視して優に呼びかけた。

「ケンタ!私はここだよ!」

(悪い。俺はお前を守るためにこんな姿になったのに・・・どうやらお前を救う余裕はねえらしい。)

「・・・いいよ、ケンタ、やっちまえ!」

優は笑顔を見せて言った。以心伝心という奴だった。

(愛、聞こえるか?)

ケンタは、今度は空母のブリッジにいる愛に呼び掛けた。

「ケンタさん?」

(どうだ、ドラマじゃねえだろ?)

愛はケンタの言葉にはっとした。そして涙を滲ませつつ、

「もう、なんて人。」

と、いつかのやり取りを思い出しながらそう言った。

「これが・・・最後の選択という訳か。ケンタ、ちょっと待ってろ・・・央、聞こえるか?」

恵介はケンタを制し、央に呼び掛けた。

「最後の選択権はダイモスを破壊すると消えてしまう君にある。選んでくれ。ダイモスを破壊するか、

それとも俺を過去に飛ばすか。」

央は何の躊躇もせず即答した。

「ダイモスを破壊してください!」

(よし!それでこそ俺の娘だ!)

ケンタはそう言うと、フォボスとダイモスのミニチュア版であるペンタの、ダイモスとしての機能を作動させ、一瞬でセンチュリオンの前方にゲートを展開させた。その時点で数十メートルほどの距離まで迫っていたダイモスは、ペンタのゲートが開くとほぼ同時に自身のゲートを接触させた。その途端、凄まじいエネルギーの反発が起こった。ペンタは、ダイモスは光に包まれた。

「うおおおおおっ!」

呻くクラウス。力場同士の衝突でダイモスは急減速をした。

「そんな・・・そんなバカな・・・」

クラウスのヘルメットのモニターに次々に送られてくるアラームは、どれも絶望的な物だった。彼はそれを見て落胆の呻きを上げた。そしてケンタはクラウスに言った。

(これが種明かし。同属性のゲート同士がぶつかったら、こうなる訳。)

「もう・・・終わりだよ。」

優は静かにクラウスに言った。

「どうやら・・・そのようだな。」

クラウスの、その意外なほど潔い台詞に優は驚く。

「・・・なんで?もう自分は消えるのに、なんでそんなに冷静なの?」

「それが・・・本来の歴史だからだよ。私たちは本来歴史にいないはずの人間だったのだから。」

「それは・・・解るけど・・・」

「・・・まあ、破滅までの暇潰しだ。相手をしてくれ。」

クラウスはそう言って優の戒めを解き、ゆっくりと語り始めた。

 

「私たちはね、知ってしまったんだよ。自分たちの出生の秘密を。」

「・・・」

優はその出生の秘密というのが、恵介の遺伝子解析であろう事はすぐに思い当たった。

「君たちも知っているんだろう?私とマスターが作られた存在であるという事は。ナンバー13・・・マスターは能力者として飛び抜けた能力を持っていた。その能力は、遠視は勿論他の能力者に干渉する力も持っていた。それは多分君たちも身をもって経験していると思う。」

「その、他の能力者に干渉する力という物には、その対象を意のままに操る以外に、応用とでも言うべき力があった。」

「応用?」

「・・・そうだ。他の能力者の心・・・記憶を読み取る事が彼にはできたのだ。当時、私たちは鳴海恵介の遺伝子情報で生まれた特別な人間、という事は知らされていた。言ってみれば彼は私たちの父親とも言える存在だったのだ。」

「肉親に会う事も許されなかった私たちは彼に親近感を覚えた。だが、彼は記憶を無くすという、哀れな状況だった。」

「そこでナンバー13は彼の記憶を覗き、その回復を促せないかと試した。そしてナンバー13が見た物は・・・我々には耐え難い現実だった。」

「耐え難い現実・・・?」

「・・・彼は鳴海恵介の記憶を遡った。未来での戦い、タイムスリップ・・・そして突きつけられた現実は、自分達がフォボスを見つけ、鳴海恵介を未来へ飛ばし、更にはその未来で鳴海恵介を再び過去へ送らなければ自分たちは存在できない・・・」

「自分たちはそんな事をしなければ生をまっとう出来ない、なんという皮肉か。13には断片的に見えた記憶ではあったそうだが、それを理解させられるのには十分な内容だった。年端もいかない少年には重過ぎる現実だったよ。ただ生きるという事が、私たちには許されない事だったのだ。」

「って・・・それじゃフォボスを使って私たちを未来へ送ったのは・・・」

「生きるためさ。」

なんという事だろう。そう優は思った。クラウスが過去でフォボスを使ったのは野望に取り憑かれたからではなく、自身の生存のためだったのだ。

「私たちは、軍に幽閉されているという身分には別に不満は無かった。それが当たり前だったんだからね。だが・・・それを知ってしまった以上、するべき事は一つだった。遠視でフォボスとダイモスを探し出し、軍にサルベージさせ、奪って逃げる。そして追って来たセンチュリオンを未来へ送る・・・本意ではなかったさ。私たちは鳴海恵介に特別な物を感じていたんだからね。ナンバー13も最後まで嫌がっていたよ。」

「そんな・・・でも、未来は変えられるって、長老は言ってた。例えば、アニキが過去に戻らなくてもあなたの両親だった人が出会って結ばれるって可能性もあるんでしょ?可能性がある限り、存在は消えないって・・・」

「可能性の程度にもよるさ。私の両親は軍に選ばれた面識も無い二人だ。その二人が軍の介在無しに出会い、子供を設け、私たちが生まれる可能性など・・・無いに等しい。それに私は遺伝子操作の結果生まれている。それが無い限り私が生まれる可能性はやはり無いと言っていいのだよ・・・そうだな。ひょっとしたら私は心のどこかでこうなる事を望んでいたのかも知れん。」

「駄目だよ諦めちゃ!」

優の目には涙が滲んでいた。いつの間にか彼女は、クラウスにシンパシーを感じていた。

「ふ・・・お喋りが過ぎたかな。女の子を泣かせるのは本意じゃなかったんだが。」

そう言ってクラウスは目を閉じた。

「あ・・・ちょっと、やめてよ!どうするのよ!」

クラウスは優の体を操り、部屋の出口に向かわせた。

「これから君を脱出艇まで送る。私のために最後に泣いてくれたお嬢さんを死なせる訳にはいかないからね。」

「ちょ、ちょっと!駄目だよ!きっと方法はあるから!脱出するなら一緒に行こうよ!」

「もう・・・遅いよ。もうダイモスの破壊は免れない。私が脱出したところで消滅が待っているだけだ。他人の犠牲で存在していた私だ・・・最後ぐらい、自分が犠牲になって他人を助けたっていいだろう。」

「駄目だよーーーー!」

優は必死に抵抗するが、その体が自由になる事は無かった。そして彼女は脱出艇へのハッチをくぐらされ、操縦席に座らされる。そしてその手は知らないはずの手順を踏み、脱出艇を起動させた。クラウスは優を操りながら空母に通信を入れた。

「ダイモスより原子力空母。こちらはクラウス。ただ今優君を脱出艇でそちらに送った。救助されたし。」

 

優はクラウスの操作によって浮上した脱出艇から救助され、空母のブリッジに来た。恵介も既にそこに来ていた。そして空母は後退し、ダイモスの発する光を見守っていた。

「優・・・よく無事で・・・」

「ケンタ!ケンタは!?」

優は恵介の言葉に耳もくれずブリッジにペンタの姿を探すが、そこに彼はいなかった。

(おう、優。俺はここを離れる訳にはいかねえんだ。ゲートを閉じたらダイモスは壊せねえ。)

ケンタからの通信がブリッジに響く。

「そんな・・・せめて最後に会いたかったよ・・・!」

(いいじゃねえか。こうして最後に話が出来ただけでもよ・・・大丈夫だ。正しい歴史できっとまた会える。)

「うん・・・そうだね。じゃあ、またね・・・だね。」

(ああ・・・またな。)

ケンタがそう言った直後、ブリッジに異変が起きた。央の体が光を放ち始めたのだ。

「央ちゃん!」

その様子を見た優は央に駆け寄る。

「お母さん・・・とうとう、お別れみたいです。」

 

一方、ダイモス内部でもクラウスが光を放ちながら消えようとしていた。

「ふ・・・さよなら、だ。」

彼の体は光を放ちつつ、薄れていった。

 

「お母さん・・・正しい時間の流れに戻っても、お母さんはお父さんと結ばれて私を生んでくれると信じてます・・・私を丈夫に生んでくださいね・・・」

「うん・・・うん・・・またね。」

優は涙をこぼしつつ央に別れを告げた。そして央は光の中に消えていった。同じくクラウスもダイモス内部から消えた。そして、それと同時にダイモスの崩壊が始まった。

 

未来が変わった瞬間だった。

 

そして、時間はゆっくりと、その流れを本来の物に戻していった。センチュリオンクルーとベースの人間、タイムスリップをした者としなかった者―――その姿はお互いの目に薄れ始めた。

 

「父さん!みんな!」

ケイが叫ぶ。

「あたい、忘れないから!忘れる、って言うのとは違うのかも知れないけど、でも絶対に忘れない!」

「ケイさん・・・」

愛はケイに歩み寄り、その彼女の目には薄れ始めた体を抱き締めた。

「私も・・・忘れないわ。またね。」

ブリッジにいる誰もが互いに別れを告げ始めた。そして、その別れの言葉は全てが「またね」だった。

「またね。」

「またな。」

「また会おう。」

「またね。」

そして恵介が

「皆さん、お元気で。また・・・会いましょう!」

そう言うと同時に、空母の傍らに停泊していたセンチュリオンとともに、ブリッジからセンチュリオンのクルー達はその姿を消した。その直後、残った人間たちも正しい歴史へ帰り始め、世界はその姿を変え始めた。

「キース!」

異変を感じ取ったケイはそれが何を意味するのかを察し、キースの名を呼んだ。

「また・・・また会えるよな?」

ケイの言葉にキースは彼特有の皮肉っぽい笑顔を浮かべ、答えた。

「ああ・・・そうだな。こんなじゃじゃ馬、他の奴には任せられないからな。」

「言ってろ。」

そう言って笑い合う二人。

「またね、だ。」

「ああ、またね、だね・・・」

 

そしてベースの人間、海賊たち、それぞれが正しい歴史へと帰って行った。

 

何も無くなった「そこ」にはただ一人、長老だけが残った。

「恵介、みんな、よくやってくれた。これでわしの役目も終わった・・・」

彼はそう呟くと、虚空に目を向ける。するとそこに銀色に輝く直径3メートルほどの球体が現れ、その外殻の一部が四角く開口した。長老がその中に入ると開口部分は閉じ、球体は消えた。

 

そしてケンタは―――ペンタの中で時間の谷間を滑り降りて行っていた。

(優・・・嘘ついちまったな・・・この、ペンタの中の俺は、もうお前には会えないんだよ。ゲートの衝突は強い方を破壊して、弱い方をどっかに飛ばしちまうんだ・・・分っていた事とは言え、こりゃ厳しいぜ・・・)

(ちぇっ、体を動かす事も出来なくなってきたか・・・精神が消滅するってんなら一気にやって欲しかったぜ。色々考えちまうじゃねえか!)

(さて・・・どこに飛ばされるのかな、俺は・・・最後に・・・優に会いたかったな・・・ちきしょうめ。)

そう呟く彼の耳に、かすかに波の音が聞こえて来た。

 

そして、世界は元の姿を取り戻した。

2028年夏。

強い日差しが降り注ぐ運河の岸の遊歩道を、白いブラウスとロングスカート、そして大きな帽子を被った娘が歩いていた。日差しはじりじりとその白い肌を焼くが、少し強めの風がそれを和らげていた。

彼女は何か急ぎの用でもあるのか、少しばかり早足で歩いていた。と、そこへ急に勢いを増した風が彼女の後ろから吹き、彼女のスカートを持ち上げようとする。

「あっ!やだっ!」

彼女は慌ててスカートを押さえた。しかし、それでかがむ格好になった事で帽子のつばが風を受け、それは前方へと飛ばされて行った。

「ちょっともう、待ってよ!」

帽子は風に乗り、不規則な軌道を描き、前方から歩いて来た青年の顔に覆い被さった。

「やばっ・・・!ごめんなさい!」

彼女は慌てて青年に詫び、駆け足で近づいて行く。

やがて青年はその顔面に被さった帽子をのろのろと両手で外した。その向こうから現れたのは、ドレッドヘアーに無精髭。お世辞にもガラがいいとは言えない容貌だった。

「・・・たく、こんな風の日にこんなもん被りゃ、そら飛ばされるって。」

彼は少し不機嫌そうにそう言った。それを聞いた娘はカチンと来た。

「な・・・なによ!謝ったじゃないの!」

「おっと、俺は別にあんたと喧嘩するつもりは無い。ほら。」

青年はそう言って娘の眼前に帽子を差し出した。ふくれっ面で受け取る娘。手渡しの瞬間、その手と手が触れた。

「あっ・・・」

「・・・!」

二人の脳裏に、何か説明の出来ない、しかし懐かしい情景、感情、あらゆるものが走った。しかしそれは一瞬で過ぎ去ってしまった。

「ふっ・・・」

青年はうつむき加減に、それを振り払うように首をふりつつ笑った。

「じゃあな、お嬢さん。次から気をつけな。」

彼はそう言って娘の前を通り過ぎて行った。娘はその後姿を見送りながら言う。

「なんだろう・・・あの人・・・また、会えるような気がする。」

 

(またね。)

 

その時誰かがそう言ったような気がした。彼女は一瞬驚くが、何故かそれを自然に受け入れた。

「そうだよね・・・また会えるよね・・・」

そう呟く彼女。その背後から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「恵ちゃーん!早くー!」

その声に彼女は振り向く。

「あ、ごめーん央!今行くから!」

彼女はそう言って走り出した。

2008年夏。

窓から太平洋を臨む病室。優はこの病院で子供を産み、その後1週間ほどをここで過ごしていた。窓は開け放たれ、風がカーテンをはためかせ、病室内に流れていた。そして今、愛が優の子供を見に来ていた。

「わあ、ちっちゃーい、かわいいー!」

子供を見て目尻を下げる愛。

「ね!ね!抱いてもいい?」

「いいよ、ほら。」

愛は優から手渡しされた子供を抱く。

「わあ、やわらかーい!」

「あら、愛ちゃん、来てたのね。」

「あ、お義姉さん、いらっしゃい。」

その声に二人は声を揃えてそう言った。恵介の妻、遥が様子を見に来たのだ。その腕には娘の恵が抱かれていた。遥は愛に抱かれている子供を見ると、

「はい恵ちゃん、ご挨拶しましょうね。」

そう言いながら腕の中の恵をそのそばに寄せる。

「そう言えば、もう名前決めたのよね。」

子供を抱いたまま愛が優に訊ねた。

「うん。まどか。」

「へえ、どんな字書くの?」

「中央の央!」

「央・・・?それでどうやってまどかって読むのよ。」

「えーとね、央はアルファベットのOだと思って頂戴。で、Oはまる。まるは円。で、円はまどかって読める。」

「それで・・・央・・・なんて回りくどい・・・」

愛は呆れた。

「いいの!私の娘もアルファベットに出来る名前にしたかったんだから!ね!Kちゃん?」

そう言って優は恵に笑いかける。

「いい名前だと思うわよ。私は。」

遥はそう言って笑う。

「ですよね!あれ・・・」

そのとき、愛の腕の中の央がぐずり始めた。

「あ・・・あららら、どうしたの?ほら、本人は不満なんじゃないの?」

愛はそう言ってからかうが、

「そんなんじゃないわよ・・・ほら、ちょっと貸して。」

優は愛から央を受け取るとパジャマの前をたくし上げ、その乳首を央の口に含ませた。

「あ・・・お腹空いてたんだ・・・すごい、分かっちゃうんだ。」

「なんとなく、ね。」

「へえーーーすごいすごい!」

しきりに感心する愛。

「まあ、君も子供を生めば分かる事だよ。ね?お義姉さん?」

優は優越感たっぷりに愛に言う。なにしろ、男性関係で愛に対してアドバンテージを持つのは生涯でこれが初めての事なのだ。

「そうね・・・それより今日は旦那様は?」

「ああ、ケンタ?もう休暇は終わり。今頃はアニキと勤務中よ。」

遥の問いに優はそう答えると、カーテンが風にはためく窓の外の海を見やった。

 

「うちの恵の方が可愛いぞ!」

「何を仰るお義兄さん、うちの央の方が何万倍も可愛いぜ!」

洋上に浮かぶセンチュリオン。そのセイル上では恵介とケンタの、写メの見せ合いによる親バカ大会が繰り広げられていた。

「あああ、なんて可愛いんだ恵!目に入れても痛くないって言葉が実感できる!」

「おれの央だってこんなに可愛くて、絶対に嫁になんか出さないからな!」

二人の親バカ大会はしばらく続いていた。

「おっと、もうこんな時間か。よし、任務に戻るぞ!」

「アイサー!艦長!」

そして二人は持ち場に戻る。センチュリオンは潜航を開始し、しばらくの後とある深海までやって来た。そこには―――直径が数百メートルはあろうかという、巨大な球形の構造物があった。恵介は艦内放送で命令を出した。

「全門魚雷装填!目標!前方の巨大構造物!いいか、この責任は俺が持つ!あれはこの世界に存在していてはいけない物だ!」

「全門魚雷装填!魚雷発射管注水!魚雷発射準備完了!」

水雷長の声が魚雷室に響く。

「よし・・・撃てー!」

魚雷は構造物に向けて突き進んで行く。

「これで・・・全て終わるんですよね、長老・・・」

恵介は無意識にそう呟いていた。

エピローグ

 

輝く太陽、砕ける波飛沫。夏の海水浴場。

ビーチボールが弾み、転がり、波にさらわれそうになる。

「あー!待ってよお!」

波打ち際で小学校高学年ぐらいの少女がボールを捕まえる。

「ふう、あぶないあぶない・・・あれ?これなんだ?ねー!ちょっと来てー!」

「どうしたの?・・・なにそれ?」

「わかんない・・・お兄ちゃんに聞いてみよっか?お兄ちゃーん!」

「どうした?・・・なんだそれ?」

「わかんない。」

「お父さーん!お母さーん!優がね、ピンクのペンギン見つけたよー!」

 

2027 The day after 完


 
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