No.19794

2027 The day after 完結編・承

136さん

2027 The day after 三部作、最終章です。

2008-07-17 22:45:24 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:959   閲覧ユーザー数:929

2027 The day after 完結編・承

 

5.既知の未来

 

定刻を過ぎてもベースに定期船は帰って来なかった。連絡も無い。それは、三人の予見が覆らなかった事を意味していた。優は部屋に閉じこもっていた。部屋の前ではケイと愛、それに恵介が心配そうに中の様子を伺っていた。

「なんでこんな・・・ひどい・・・」

愛までもが泣きべそをかいていた。

「父さん・・・」

ケイはどうしたらいいか分からずに、そう口に出していた。しかし恵介とてどうしていいのかなど解る訳も無かった。

「みんな、」

そこへやって来たのは長老だった。

「話がある。ちょっとわしの部屋まで来てくれんかの。優・・・お前さんもじゃ。」

長老は部屋の中に向かって呼びかけた。返事は無い。だがしばらくの後、目を真っ赤に泣き腫らした優が無言で部屋から出てきた。

 

長老の部屋にはケイも含みセンチュリオンのクルー全員が集まっていた。小宮は長老に指示され、ペンタも連れて来ていた。

「まず、最初に謝っておきたい。・・・済まなかった・・・!」

そう言って長老は土下座をした。

「な、なんなんです?長老?顔を上げてください。」

恵介が言うが長老は尚も続ける。

「許してもらおうなどとは思わん。許される訳が無いんじゃ。ただ謝らせてくれ・・・」

「・・・・・・・」

全員が言葉を無くす中、長老は小宮に、

「どれ、ペンタをこちらへ寄越してくれんか?」

そう促した。小宮は長老の下にペンタを寝かせた。そして長老はペンタの背後のメンテナンスハッチを開け、端末からケーブルを繋いだ。そして何かの操作をすると、モニターに映像が現れた。モニターに映ったのは―――東郷艦長だった。

 

「ただ今海賊殲滅作戦前夜・・・センチュリオンのクルー諸君、君たちがこの映像を見る頃には私はもうこの世にいないだろう。」

ざわめく室内。

「マスターを倒した所で何の問題解決にもならない事は知っている。だが私の命はそこで尽きてしまうだろう・・・それは私にとって既知の未来なのだ。そしてそうなる前に、君たちにその後を任せるべくこのメッセージを残そうと思う。」

「まず最初に・・・驚かないで欲しい、と言っても無理な相談だと思うが、私、東郷は鳴海恵介、君なのだよ。」

 

「・・・なんだって?」

思わず言葉を漏らす恵介。

 

「私は三度タイムスリップを経験した。一度目は君、鳴海君も経験している最初のタイムスリップ、二度目はこれから君達が経験する事になるだろうタイムスリップ、三度目は、東郷艦長として諸君と一緒に20年飛ばされたタイムスリップだ。」

艦長の映像は淡々と続ける。

「どういう事なのか、順を追って説明しよう。」

 

「・・・・・・・」

一同は沈黙して映像に見入っていた。

 

「2007年、私は鳴海恵介艦長代理としてセンチュリオンに乗り込み、タイムスリップで20年後に飛ばされた。それからここまでは諸君も承知の通りだと思う。」

「そして海賊殲滅作戦で東郷艦長を失い、艦長として市民防衛軍と対峙する事となった。その最終決戦で私は・・・ペンタもろとも過去に飛ばされた。」

 

「ペンタ?何でペンタが?」

小宮が言ったその言葉を見透かしていたように映像は続いた。

 

「ここで疑問に思った者もいると思う。その時点ではペンタは動かなくなっているはずだからな。私が飛ばされたときに一緒にいたペンタはそこにいるペンタとは別・・・いや、同一のものなんだが、別の時間軸の個体だ。」

「ペンタが作られたのは、今、君たちがいる時代だ。遅かれ早かれ作られているのは間違いないだろう。そしてその作られたばかりのペンタが私の元に最後の切り札として届けられ、私はペンタと一緒に過去に飛ばされる事となった。」

「ペンタは、対クラウス用の切り札だった。諸君は海賊殲滅作戦の時に見たと思う。あの巨大な艦、フォボスを。クラウスはあれの同型艦、ダイモスを隠している。それに対抗する唯一の手段がペンタだったのだ。」

 

「フォボスが?・・・あの艦と同じものがまだあるの・・・?」

不安そうに愛が言う。

 

「ペンタにはふたつ、特殊な機能があった。一つは我々能力者の能力を無効化するちからと、もう一つはダイモスに干渉して暴走させるちからだ。」

「フォボスとダイモスは本来一対で機能する艦だった。実はフォボスは2000年に発見された、誰が何の目的で作ったのか定かではない、未知の文明のものだった。」

「この二隻はゲート、と呼ばれるフィールドを発生させる船だった。このゲートは不可視の円盤状のフィールドが垂直に立っているような物で、これを一定以上の質量を持つ物質が通り抜けると地球のエネルギーを使い、通った物体を未来に送る。」

 

「・・・!それじゃ・・・!」

恵介が呻くように言う。

 

「そう、センチュリオンはそのゲートを通らされた。そしてゲートはエネルギーを得るため膨大な地球の地殻運動を促し、そのエネルギーを使ってセンチュリオンを未来へ飛ばした。引き起こされた地殻運動は大災害として陸地のほとんどを海に沈めた・・・言わばフォボスは潜水艦と言うよりもタイムマシンなのだ。」

「そしてこの事態を引き起こすべくセンチュリオンを未来に飛ばしたのが、当時まだ少年だった、ナンバー12と13・・・それぞれクラウスとマスター、と後に呼ばれる男たちだ。」

「彼らは、私、能力者である鳴海恵介の遺伝子を解析して作られた能力者だ。」

「先ほども言ったが、私はクラウスとの戦いの果てにセンチュリオンごとペンタとともに過去に飛ばされた。約50年前にだ。私はその場でセンチュリオンを自沈させた・・・未来でクラウスを倒す事に失敗した私は、そこで命を絶つつもりで漂流するに任せた。理由は後述するが、私の死がこの忌まわしい時間の繰り返しに終止符を打つ確実な手段だったからだ。しかし、その果ての生死の境で私は記憶を失ない、そこを軍※に保護されてしまった。」

 

(※筆者注:自衛隊ではありません。現実とは世界観を異にしています。)

 

「そして保護された先で私はうかつにも右目を光らせてしまった。ペンタという未来の機械と右目が光る男、軍の科学者の研究対象になるのは時間の問題だった。」

「そして誕生したのが実験の通しナンバーで呼ばれる事になるナンバー12と13だった。これが私が死を選ぼうとした理由だ。私が死ねば、彼らは能力者として生まれる事は無かったのだから・・・」

「ナンバー12は能力者としては平凡な力だった。その代わりに恐ろしく優秀な頭脳を授かった。ナンバー13は非凡な能力を持っていた。遠視能力はもとより、他の能力者に干渉する力も併せ持っていた。」

「そしてナンバー13はその遠視能力でフォボスを発見する。更にはその能力で、それが何であるのかも見抜いてしまった。そして彼はナンバー12と共謀、この悪魔のようなタイムマシンを作動させる事を計画した。当時12歳の少年たちが、だ。」

「彼らは軍の上層部にフォボスの事を伝え、サルベージさせた。この巨大な艦を深海から引き揚げる作業はおよそ五年の歳月が費やされた。彼らは、フォボス発見時に同時にダイモスも見つけていたが、その事は漏らさずにいた。そして2007年、彼らはその後、引き揚げられたフォボスに乗り込み、軍から脱走する事になる。」

「当時記憶を取り戻し、未来の経験からこの事を知っていた私はこの取り返しのつかない事を阻止すべく動いた。しかし、既に軍にとって最重要機密になっていた二人に近づく事は出来なかった。私は藁にもすがる思いで海軍の中将に全てを話した。自分が未来から来た事、これから起こる事、何もかも隠さずに。その中将が、今そこにいるだろう、長老だ。」

「中将は尽力してくれた。二人を止める事は不可能だと知るや、私が教えた未来でのベースの位置に、その下地を作る準備をしてくれた、そして私を東郷の名前でセンチュリオン艦長にしてくれたのだ。私に経歴が無いのはそういう事なのだよ。」

「そして彼らはついに脱走を実行に移した。私は諸君らとともにセンチュリオンのテスト航海中だったが、その足で彼らを追った・・・それが罠だと知っていながら、撃沈出来る可能性に賭けたのだ。そう、それがあのテスト航海だったのだよ。それが大災害を防ぐ最後のチャンスだったのだ・・・」

「だが、結局ゲートを回避する事は不可能だった。フォボスは任意の位置にゲートを開く事ができたのだ。かくしてセンチュリオンはゲートを潜り、大災害は引き起こされた。」

「そして・・・私はその時代を経験した事が無いのでどんないきさつでそうなったのかは知らないが、再び飛ばされた20年後、ナンバー12とナンバー13は、首尾よく大災害後の世界をその掌中に収めていた。そして三度にも及ぶタイムスリップは私の体を蝕んでいた。そして明日、その命も尽きる。」

 

もう、誰も言葉を発することは無かった。

 

「そしてダイモスだが、これはフォボスの発したエネルギーの受け手、タイムマシンの出口側という物だ。このダイモスもやはりゲートを発生させる。このゲートは通過すると、今度は逆に過去に飛ぶ。」

「そしてこのゲートも通過する事によって地殻のエネルギーを使い、再び天変地異が起こる。クラウスの目的はそこにある。そう、鳴海恵介を過去に飛ばすという目的だ。クラウスは私が過去にタイムスリップしなければ、この世に生を受けなかった訳だからな。」

「そして最後の戦いで、私は再びゲート通過を回避しようとした。ダイモスのゲートは基本受け側である事から固定で、これを回避してダイモスに攻撃を加え撃沈する事は可能だと思われた。しかし、ある恫喝によって私はゲートを通過する事を余儀無くされた・・・そしてクルー全員は過去に、それもバラバラの時代に飛ばされ、センチュリオンとともに飛ばされた私だけが生き残ったらしい。」

「私は最後の戦いで、クラウスに対する選択を誤った。鳴海恵介!もう一度言う!クラウスはお前が過去に飛ばされる事で存在出来ている!どんな事があっても過去には戻るな!歴史は、未来は必ず変えられる!」

 

艦長は、急に強い口調で呼びかける。直後、苦しそうに咳き込む。

 

「そして、優・・・」

 

ぴくっと反応する優。

 

「動けるペンタにもう一度会える事があったら、優しくしてやれ。あれは・・・ケンタだ。タイラスの配下の科学者によって、精神をペンギン型ロボットに移植されたケンタだ。」

 

いつの間にか恵介の口調で話している東郷。それを聞いた優は信じられないと言う表情で横たわっているペンタに目をやる。

 

「ペンタはただの機械じゃなかった。それだけでは動けないんだ。人間の精神を移植する事で自律行動出来るロボットになるんだ。」

「だが、移植された人間の自我は眠ったままになる。そして、その自我が目覚める時になったら特殊な能力を使うことが出来るんだ。センチュリオンを救ったあの時がそうだな。」

「そして・・・その能力を使うと精神は消滅し、ペンタは動かなくなる。それは死、と言えるのかもしれない。」

「これで、言い残す事は全て吐き出したと思う・・・後は諸君次第だ。頼んだぞ。何か私が言っている事と諸君が経験している今に、わずかでも食い違いがあればそれは希望だ。確実に未来は変わっているという事だからな。」

「そして・・・一つだけ心残りは、娘に・・・恵に会えなかった事か。バーニーズのリーダーがそうだったらしいが、結局二度の邂逅でも接触する事は出来なかった・・・」

 

恵介とケイははっとした。そして顔を見合わせる。歴史は、未来は変わっている、と。

 

「では諸君、健闘を祈る。」

 

そこで映像は切れた。その映像の内容の、あまりの事に全員が言葉を無くしていた。

 

「何よ・・・」

ただ一人、優が口を開いた。彼女はゆっくり、横たわるペンタに向かって歩き出した。そして、動かないままのペンタをそっと抱き上げ、その頭を撫でた。

「ケンタとペンタって・・・駄洒落じゃあるまいし・・・」

優の頬に涙が伝う。

「だから・・・だからいつもパンツ覗いてたんだな?このスケベめ・・・」

優はそう言うとひざまずき、大声を上げて泣き始めた。

「こんな姿になって帰って来てたなんて!・・・気付けなかったなんてえ!」

そして優は長老に向かいまくし立てる。

「知ってたんでしょ!知ってたならなんで定期船を止めてくれなかったのよ!?」

長老はきつく目を閉じ、言う。

「すまなんだ・・・すまなんだ・・・止めなかったのは、ペンタはケンタの精神を移植される事によって完成されたからという事に尽きる・・・」

優は涙もぬぐわず、肩を上下させながら長老の言葉を聴いていた。

「定期船を止めたらケンタは生き残り、ペンタは完成せん・・・そうなれば過去にペンタは存在できず、海賊殲滅作戦の時にセンチュリオンを救う事も無い・・・わしはそれを恐れた。過去が変われば刻まれた歴史が消える・・・その可能性を否定し切れんかった・・・軽蔑してくれて構わんよ。わしはケンタとお前さんらを天秤に掛けるという、人の道に外れるような真似をしたんじゃ。」

長老の言葉は優を絶望させた。どう転んでもケンタが助かる手段は無かったのだ。

優はただ泣き続けるしかなかった。

6.母の慈愛

 

「馬鹿め!」

執務室にクラウスの声が響く。

「例のベースの船を沈めてどうする!奴らまで被害者にしてしまっては、犯人探しで監査を入れる名目が成り立たないじゃないか!」

執務室にはelのコントロール責任者が呼ばれていた。

「は、いやしかし、攻撃の目撃者は例外無く沈めよとの事でしたので・・・」

「優先順位がわからないか!今やっている工作の目的を理解していれば、まず奴等の船は攻撃目標から外れるだろう!そして外れた他の船の中では例外無し、普通はそう考えないか!?」

クラウスは珍しく感情を露にしていた。が、それは無理も無い。リスクを冒して数隻の船を沈めた事が、これで全て無駄になってしまったのだから。

「も、申し訳ございません。」

「ち・・・もう下がっていいよ。・・・まあ、降格はされるものと思っていてくれ。また何か他の手段を考えないとな・・・」

「・・・失礼します。」

責任者はそう言って立ち去ろうとしたが、振り返ってクラウスに告げる。

「一つ、お耳に入れておかなければならない事がありました。」

「なんだ!」

クラウスは苛ついた声で答える。

「タイラス司令なんですが・・・どうもこの工作・・・つまり民間の船を沈めているアイオーンを尾け回しているような節があるんですが・・・」

「・・・何?」

「この工作に使っているアイオーンが出ている時には必ずカスタリアもいない、という報告が上がっています。」

「タイラスめ・・・感づいたか?」

そう、クラウスはタイラスにこの工作の件を一切教えていなかった。タイラスも目的のためには手段を選ばないタイプなのだが、それは軍人としての範囲内の話で、民間人に被害が及ぶこの工作には必ず難色を示す、それを見越しての事だった。彼は良くも悪くも軍人。政治家ではなかった。

「そうか・・・解った。よし、カスタリアのログを調べさせよう。結果いかんによっては彼も処分せざるを得んかも知れないね。よし、下がっていいよ。」

クラウスの言葉に責任者は部屋を出て行った。

「クラウス・・・やはり頭が固いなあ。軍人のプライドなんか邪魔なだけだよ。」

 

そのころ、カスタリア艦内。

「ペンッ!ペンッ!」

そこでは走り回るペンタを科学者が追い回していた。

 

タイラスは最初からクラウスの足元を掬うつもりだった。クラウスの許で市民防衛軍を指揮しているのも実はその目的のためだったのだ。

ペンタは、フォボス/ダイモスの研究をしていた科学者の一人をタイラスが子飼いにし、その技術を応用してカスタリア艦内で極秘の内に作られた。対クラウスとしては能力者封じの機能、対ダイモスとしてはその制御を暴走させる機能がペンタには与えられていた。そしてこの二つの機能を作動させるには、人間の意志が必要だった。それはフォボス/ダイモスの技術を流用した結果の仕様だった。

フォボスとダイモスは、搭乗者の意思で動かせるコントロールシステムを持っていた。ペンタは言わば、この二隻のスケールダウン版と呼べる物だった。カスタリア内で極秘裏に作る以上、サイズはこの程度の物にする他なく、見つかっても兵器である事が解らないようにする必要からこの外観が選ばれた。だがそれでは搭乗者を内部に乗せられない。そこで科学者は精神のみを搭乗者としてその内部に移植するという仕様にたどり着いたのだ。

しかし別に、例えばヘルメット型であるとか、カスタリアそのものにこの機能を与えれば済むような事とも思えるが、その運用上、完全に独立した自律行動が求められる―――人がいないと動かないという事はあってはならない―――ため、ロボットという形を取らざるを得なかった事が、結果としてペンタという形に至らせたのだ。そして、タイラスはこの切り札によってクラウスを打倒、覇権を握るつもりでいた―――のだが、

「ペンッ!ペンッ!」

その肝心のペンタが言う事を聞かない。

精神の移植直後は自我は眠った状態。今のペンタはその状態だった。対クラウス、ダイモスの機能は、自我が目覚めて自分の意志でその機能を発動させようと思わなければならないのだ。科学者は今、その自我を目覚めさせようとあれこれ試しているのだが、結果は芳しくなかった。と、そこへタイラスが現れ、自分の方へ走ってきたペンタを捕まえた。

「ペンタ。いや、ケンタ君。そろそろ起きてはくれないかね。君の仲間に危機が迫っている事は間違いの無い事実なのだよ?」

「ペーーーーーーーーーン」

ペンタはタイラスの腕の中で手足をばたつかせて暴れる。

「・・・まだかかりそうなのか?」

ため息とともにタイラスは科学者に訊ねた。

「は、なにせ初めての事なのでまだなんとも・・・ただ動いているという事は精神移植が成功

した何よりの証ですので。」

「そうか・・・まあ、できる限り急いでくれたまえ。いつ情勢が変わるか・・・」

タイラスがそう言った時だった。部屋の壁のインターホンが鳴った。タイラスは科学者を制して自分で出た。

「なんだ?」

「司令、そこですか?」

タイラスの部下だった。

「ああ、そうだが。」

「非常事態です。クラウスの部屋の盗聴で、この艦のログを調べるという会話がされていました。どうやら気付かれたと思われます。」

その報告にタイラスは表情を曇らせた。

「まあ、いずれはばれると思っていたが、案外早かったな。こちらもなりふり構わない行動だったからそれも致仕方なし、か。よし、基地内の同志全員に非常召集をかけろ!」

 

一方、あれからベースでは―――

艦長のメッセージを聞いてからというもの、センチュリオンのクルー達は奮い立つどころか塞ぎ込んでいた。それもそうである。過去へ帰る手段はクラウスの更なる野望の手助けとなるばかりか、再び大災害を起こす引き金になるというのだから。しかしさすがに、それでも過去へ帰るなどと言う厚顔無恥な者はいなかった。更には例えダイモスのゲートでタイムスリップしたとしても、2007年に帰れるという保障はどこにもないという事が判明したのもその絶望に追い討ちをかけていた。

 

その後、民間船が沈められる事はぱったりと無くなり、また、ベースの備蓄も心もとなくなり始めた事もあり、一時休航していた定期船は再開していた。そして今、アクロポリスから帰って来た定期船が桟橋に接岸しようとしていた。

 

「あんたもねえ・・・そうならそうとなんで言わなかったのよ・・・って言える訳無いか。」

その後優はまだ立ち直れず、部屋で動かないペンタ相手に実の無い会話をしたりしながら無為に日々を過ごしていた。愛は、彼女を一人にしてやるべくケイの部屋に避難していた。いや、彼女自身落ち込んだ優を見ているのが辛いというのもあったのだが。

優がそうして引き篭もっていると、誰かがドアをノックした。

「誰ー?」

優はけだるそうに言う。

「私・・・愛。優・・・あなたにお客さんなんだけど・・・」

「お客?誰?」

優は聞き返すが愛は歯切れの悪い返事をする。

「えーと、その、驚かないでね?」

「なんなのよ・・・」

優はそう言いながらめんどくさそうにドアへ向かい、開けてみた。

 

そこには鏡があった。彼女は一瞬そんな錯覚を覚えた。自分と瓜二つの人物がそこに立っていたのだ。

 

優は硬直した。そして驚いたのはドアの外の人物も一緒だった。

「驚いた・・・本当にそっくり・・・」

その人物が口を開いた。

「あ、わかった。愛だろ?そんな眼鏡外して化けたつもり・・・ってええっ!?」

彼女が愛だと思った娘の後ろから愛が顔を出した。愛ではなかった。そう、彼女はアクロポリスでケンタが出会ったあの露店の娘だった。

「あなたが優様ですか?よかった!旦那様の忘れ物と、予約品を届けに参りました!えーと、旦那様は?」

彼女はそう言って部屋の中を伺う。

「旦那・・・ケンタの事ね。あいつなら・・・死んじゃったよ・・・」

「・・・・・!そ、そんな・・・あんなに元気そうだったのに・・・!あ!申し訳ありません!私何にも知らなくて・・・」

娘は慌てて謝罪する。

「いいよ、しょうがないよ。それより忘れ物って?」

「あ・・・いいんでしょうか・・・そういう事になると今となっては・・・なんですが。」

娘はそう言いながら包みを出した。

「旦那様が私の所から買って行ったエンゲージリングです。当日買われて行ったのは優様の物だけでしたが、私ったら間違えてサンプルを包んでしまったんです。それと、旦那様は自分の分も予約して後日取りに来る、という話だったんですが、なかなかいらっしゃらないので定期船に便乗して来ちゃいました。」

「どうしてここから来たって解ったの?」

愛が聞く。

「あの日アクロポリスにいた定期貨物船はここから来たのだけだったそうで。旦那様はどう見ても船乗りだったんで、勘で。」

娘は悪戯っぽく言う。愛は優がケンタの事を思い出させられてまた泣き出したりしないものかとはらはらしていたが、優の表情を見るとむしろ逆だった。やさしい笑みをたたえて娘を見ている。

「不思議だな・・・なんかあなたを見てると癒されるって言うか、心が楽になるって言うか・・・不思議な感じ。」

優もそれを裏付けるような事を言った。

「そうですか?うーん、なんでしょうね?えへ。それと、ちょっと言いにくいんですが、旦那様の分、お代がまだなんですよ・・・」

「へ?あの馬鹿、いくら持ってったんだ?」

優はなにか、ケンタがいなくなる前の調子を見せる。

「えーと、これだけになりますが・・・」

優は娘が見せた金額に、

「う・・・結構するのね・・・いいわ。払うからちょっと待ってて。」

そう言って部屋の奥へ戻った。

「あなたって・・・不思議な人ね・・・」

その様子を見ていた愛が娘に言う。

「不思議・・・ですか?」

「ええ、あの娘、彼氏が死んで、ずっと塞ぎ込んでたのよ。それがあなたと話してる内に以前の元気を取り戻しちゃった。」

「はあ・・・そうなんですか。まあ、私もお母さんに会ったみたいで、なんか元気もらえましたけどね。そっくりなんですよ。私のお母さんと優様。そうそう、名前も同じなんです。旦那様も驚いてましたけどねー、親戚じゃないかとか・・・」

「ちょっと待って!」

「はい?」

「あなた、苗字は?」

「あれ、旦那様と同じ事聞くんですね。母方の姓を名乗ってまして鳴海です。」

彼女は笑いながら言った。

「そんな・・・まさか!・・・優!」

愛は部屋の中の優を呼んだ。

「はいはい、せかさなくても今ちゃんと持ってきましたよー・・・ってどうしたの?」

優は血相を変えた愛の顔を見て不思議そうな顔をする。

「あなた・・・ケンタさんと・・・その・・・子供ができるような事した?」

「ちょっ・・・と!何をこんな時にそんな事・・・」

「大事な事なの!したの!?しなかったの!?」

「ごめんなさい!しました!」

優は愛の剣幕に、まるで悪さを咎められた子供のように思わず白状した。

「やっぱり・・・優、この娘はあなたの娘よ。」

「はあ?」

優は間抜けな声を上げた。

「は?」

娘もまた、ほぼ同時に同じような声を上げた。

しまった、と愛は思った。優だけならともかく、この娘にまで知らせる必要はなかったのだ。

「あの・・・どういう事で・・・」

娘はそう言い掛けたが、優の顔を見て言葉を引っ込めた。涙を流していたのだ。

「ははっ・・・そうか・・・そういう事か・・・こりゃ妙な形で受胎告知されちゃったな・・・

ケンタ、どうする?大当たりだってさ。」

優はそう言ってお腹の辺りを撫でた。そして娘に訊ねる。

「あなた、歳は?何年生まれ?」

訊かれた娘は

「歳・・・ですか?2008年生まれの19歳ですけど。」

そう素直に答えた。

「まったく、年上の姪の次は年上の娘って、一体どんだけ数奇な運命なんだか。」

優は可笑しそうな笑顔を見せると、娘の頬に手を添えて言った。

「そっか・・・あなたと話してると優しい気持ちになるのはそういう事だったんだね・・・」

「あの、ですからどういう・・・」

娘は事態が理解できない。優は娘の手を自分のお腹に導きながら、

「今、ここにあなたがいるの。うん、私がこれから20年ぐらい前にタイムスリップして産むのがあなた・・・」

慈愛に満ちた目でそう言った。娘は顔全体を?にしていた。

「なんだ、絶望なんかしてらんないじゃない!」

そう言って優は顔を上げた。

「私はこの世界を守る!クラウスを倒して、この娘が生きてるこの時代を守る!ケンタ見てて!また大災害なんか起こさせてたまるもんですかっての!」

彼女は完全復活した。だが、この世界を守るという事がこの娘にどういう影響を及ぼすかという事にはまだ気付けずにいた。

7.偽りの漂流者

 

「名前ですか?まどかです。中央の央と書いてまどか。ひどい当て字ですけど私は気に入ってます!なんでも母が、私も妹もアルファベットにできる名前なんだから、とつけたんだそうです。実際、おーちゃん、おーちゃんって呼ばれてますけどね。」

「あ、確かに優なら言いそうだわ。」

「ほっとけ。」

 

よくしゃべる娘だった。優が母親である事は、感情を溢れさせた彼女によって漏らされてしまったので今更隠しても、と真相を伝えたのだが、彼女も優には何か特別なものを感じていたようでタイムスリップという荒唐無稽な話もさほど抵抗無く受け入れた。それどころか、それなら納得がいく、という風ですらあった。それには彼女の楽天的な性格も手伝っているのかも知れない。

むしろ問題は優が口走った”クラウスを倒す”の方だった。この世界、ことにアクロポリスにおいてはクラウスは英雄視されている。そのクラウスを倒す、などという事は彼女のような一般市民にとってはテロリストの思想以外の何物でもないのだ。事実、彼女はその点について疑念を持った。そこの誤解を解くためにも真相を全て話す事が必要だったのだ。

 

「あ、お話に夢中で忘れてました。信じられないような事ばかりでしたからつい引き込まれちゃいました。」

そして央は改めてエンゲージリングの包みを差し出す。

「どうぞ。お代は結構です。お母さん相手に商売はできません。えーとそうですね・・・ご懐妊のお祝いって事で。でも自分が妊娠した・・・違う。された?もう!本来有り得ない事だから表現できる日本語がありませんね。まあ、その事に対して自分でお祝いするってのもおかしな話ですけどね。」

「央ちゃん・・・」

優は胸に来るものがあった。

「自分に対する誕生日プレゼント、かな?んー、それもまた違いますね。まだ生まれてないんだから。」

央は笑いながら言う。

「とにかく―――私を丈夫に産んでくださいね、お母さん。」

そう言って央は優の手に包みを手渡した。

「ア・・・」

優は胸からこみ上げて来るものに喉元を圧迫され、言いかけた言葉が出て来ずにいたが、

一呼吸置いて言い直した。

「アニキの気持ちが今分かったよ。私、この娘のためなら何でも出来る!」

優はそう言って彼女を抱きしめた。

 

しばしの抱擁の後、優は包みを開けた。シンプルなデザインのシルバーのリングが一つのケースの中に仲良く並んでいた。央が気を利かせて一つにまとめたのだ。

「そうか・・・あのお母さんのリングはこのリングだったんだ・・・なんか不思議。」

央がそう言うそばで、優は自分の左薬指にリングをはめた。そしてもう一つの、ケンタの物は小物入れから一本のチェーンを取り出し、リングに通してその首に掛けた。

「これで・・・いつもいっしょだから・・・央ちゃん?」

「はい?」

「次の定期船は三日後だから、それまでは私の所にいなよ。いっぱいお話しよう!」

「はい!私もたくさん話したい事があるんです!」

「それじゃ、愛、悪いけどもう少しケイの所で・・・あれ。」

愛はしばらく静かだったが、それは二人のその様子に一人涙していたからだった。

 

その日の夕刻。一艘の非常用ゴムボートがベース付近に漂流しているのが発見された。遭難者だ。ベーススタッフが救助に向かい生存者一名を確認、救助してきた。その人物は、紫外線防護服を着て長い漂流に耐えていたらしい。ベース内の救護室まで搬送されたその人物、防護服の下から現れたのは―――亜麻色のロングヘアだった。

 

それはクラウスの側近の片方の女性だった。

 

時間を少々遡ったクラウスの執務室。

「さて、監査という手段は使えなくなった。そこでだ。ナンバー14?」

「はい。」

髪の長い方の側近が答えた。クラウスは側近二人に名前を与えず自分たちに続く実験ナンバーのまま呼んでいた。14と15である。そう、彼女たちも作られた能力者だった。彼女たちは能力者としては平凡だった。それどころか感情というものが欠落していた。それは遺伝子操作で生まれた事の副作用なのだろう。

「君には彼らのベースへ、潜入してもらいたい。遭難した民間人としてね。彼らは遭難者なら簡単にベースに通してくれるだろうからね。」

「かしこまりました。」

相変わらず抑揚の無い声で返事するナンバー14。

「そして、君は記憶を失った振りをするといい。君に普通の演技なんか出来ないだろうけど、記憶喪失ならその調子でも不自然じゃない。」

「そして、ベース内でセンチュリオンを見つけたら証拠写真でも撮って戻ってくれればいい。どうだい?簡単だろう?」

「はい。」

ナンバー14は一言だけ答えた。

「その上で脱走艦と、そのクルーの引渡しの要求をすれば彼らも動かざるを得ないだろうね・・・私の、彼らを未来に送ったフォボスが無くなれば彼らも過去へ戻る・・・という見通しは甘かったようだからね。今度はダイモスのゲートで確実に過去へ帰ってもらわないとね。」

クラウスは薄笑いを浮かべて言った。

「そういえば、タイラスはどうした?」

「カスタリアで出航してから、いまだ行方が知れません。」

クラウスの問いにナンバー15が答える。タイラスはカスタリアのログを調べられる前にアクロポリスから脱走していた。それはクラウスへの反逆を自ら認める行為だった。

「そうか・・・カスタリアとともに、ダイモスの技術者が一人消えているという事だが、これはカスタリアに対ダイモス用の何かを装備したと考えて間違いないだろう。そうなれば今現在、これが私にとって唯一の脅威となる・・・カスタリアは沈めないとね。」

クラウスはそう言うと、くくく、と声を出して笑った。

「追撃は・・・そうだな、15、君に任せる。艦隊の指揮を執りカスタリアを捜索、確実に沈めてくれたまえ。」

「かしこまりました。」

「では、早速行ってくれ。」

クラウスの言葉に二人は回れ右をし、部屋を出て行った。

 

そして再び元の時間。

救助されたナンバー14の漂流は計算ずくのものではあったが実際にかなり体力を消耗し、救助された時には彼女は失神していた。そしてその看護には愛と優が当たっていた。島の医療施設はもともと少ない島の人口に対応出来ればよく、スタッフも最小限の人員だったが、ここへ来て逃げ込んでくる海賊が一気に増え、負傷や急病で担ぎ込まれて来る事も多くなり人手は慢性的に不足していた。そこで陸上勤務に回っていた彼女たちに声が掛かったのだ。そして今では二人の主な仕事は看護婦になっていた。

「それにしても綺麗な人ね・・・」

ベッドで横になっているナンバー14を見て思わず愛が呟く。

「なんで漂流なんかしてたんだろうね。最近貨物船は襲われなくなったって話しだし、防衛軍に襲われた海賊、って感じでもないし・・・」

「貨物船と言えば、優。今まで言い辛くて黙ってたけど、あの時見えた映像・・・」

「分かってる。艦は間違いなくアイオーンだった。防衛軍だよね、あれは。」

彼女たちには見えていた。貨物船を撃沈していた黒幕が。

「許さない・・・絶対に許さない!」

思わず大きな声を上げる優。

「しっ・・・患者さんの前よ。」

「おっと、ごめんごめん。」

だがナンバー14はその声で意識を取り戻した。

「あ・・・患者さんが・・・大丈夫ですか?どこか痛んだり苦しい所はありませんか?」

「・・・ここは?」

ナンバー14は演技ではなく、実際に今自分が置かれている状況を把握できずにいた。

「ここは私たちの中立ベース。安心していいよ。安全な所だからさ。」

優はそう言うと、思ったより重症ではないその様子に成り行きを訊いてみる事にした。

「あなた、どうして漂流してたの?誰かに襲われたとか?」

ナンバー14はしばらくの沈黙を置き、

「・・・・・・わからない。」

ただ一言だけそう言った。

「え・・・そ、それじゃ名前は?」

ナンバー14はその問いにも

「・・・・・・わからない。」

そう返すのみだった。

「ひょっとして記憶が?私先生呼んでくる!」

愛はそう言うと、部屋を出て医師の元に向かった。

 

そして医師に診られる事になったナンバー14だが、何を聞いてもわからないの繰り返しで、結局ショックによる一時的な記憶の欠落だろうと診断が下された。事実、記憶喪失と言っても医学的に判定する事は出来ず、問診に頼る他は無いのだが専門家でもない限りそれは難しい。結果ナンバー14はまんまと記憶喪失のお墨付きを医師から手にした。

 

「可愛そうに・・・」

ベッドの上で虚空を見つめるナンバー14。彼女にとってはこれが自然体なのだが、その様子を愛は記憶喪失による状態だと解釈していた。そこに、暇を持て余した央がやって来た。

「あれ、央ちゃん。どうしたの?」

部屋に入ってきた央に優が声をかける。

「えーと、いいですか?退屈なんで、手伝う事があればと・・・」

そう言い掛けた央はベッドの上のナンバー14を見つけ、思わずその目を奪われた。

「綺麗な人・・・あの、漂流してきた人ってこの人なんですか?」

央は看護している二人に訊ねた。

「そうなんだ。その上、可哀相に記憶も無くしちゃってるんだよ。お医者さんの話だと一時的なものだろうって事なんだけどね・・・」

「そんな・・・」

央はそう言うとベッドの近くまで歩み寄り、ナンバー14の手を取った。

「初めまして、私は央。中央の央って書いてまどか、って読みます。あなたは?」

反応の無いナンバー14。央は優の方を見ると、彼女は黙って首を振った。

「そうか・・・名前も判らないんだ・・・それじゃ私が名前考えてあげる!名前がないとお話もしにくいしね!」

本当に物怖じという事を知らない娘である。客商売をしていたという事もあるのだろうが、恐らく優の性格も多分に影響しているのだろう。そして央は少しの間彼女を観察した。すると、その瞳の色が目に留まった。紫がかった深い、透き通るような青。

「そうですね、青、ってどうかな?」

「青って、そんな、馬じゃあるまいし・・・」

そこへ横で聞いていた優が突っ込みを入れる。

「えー、そうかな?綺麗な響きでいいと思うんだけど。」

「私は素敵だと思うわ。青さん、いいんじゃないかしら?」

その愛の言葉を聞いた央は顔をほころばせ、

「そうですか?そうですよね!じゃあ決まり!あなたは取り合えず青ちゃん!よろしくね!青ちゃん!」

嬉しそうに言った。それを無言で聞いていたナンバー14だったが、そこでようやく口を開いた。

「青・・・私の・・・名前・・・?」

ナンバー14はたどたどしく、無表情でそう言った。

8.未来の選択

 

ベース内、ミーティングルーム。

その後、艦長のメッセージを見たセンチュリオンのクルー達のショックもある程度落ち着きを見せ、そのタイミングを見計らった長老がクルー達を招集、善後策を話し合っていた。ただ、その場に青ことナンバー14を看護中の愛と優はいなかった。

「で、結局どうなっちまうんですか?」

そう言ったのは水雷長だった。これからクラウスを打倒するとして、その後自分達は、世界はどうなるのか、今現在のクルー達の関心はそこにあった。

「そうじゃの・・・推測の範囲を出ないという前提でなら答えられる。まず選択肢は三つじゃ。ひとつはダイモスを破壊する事。一つはクラウスを暗殺する事、そしてもう一つは・・・これだけは絶対に選択されてはならない事じゃが・・・恵介が死ぬ事じゃ。」

三つ目の選択肢を聞いたクルー達からざわめきの声が上がる。

「・・・まあ、それぞれを選択した場合、結果がどうなるか、説明しようかの。まずダイモスを破壊した場合は、恵介が過去に飛ばされる事が無くなり、クラウスはその存在を消滅させるじゃろうな。そしてその影響はタイムスリップが引き起こした全ての事象に及ぶじゃろう。全てが大災害が無かった世界に戻る・・・と推測しとる。」

「次にクラウスを暗殺した場合は・・・過去は変わらん。ダイモスと恵介が存在している限りクラウスが生まれる可能性は消えない訳じゃ。世界もそのままじゃろう。しかし大災害だけは防げる。」

「そして三つ目の・・・恵介が死んだ場合じゃが、これはダイモスを破壊した場合と結果は変わらんじゃろう。だが、これだけは絶対に避けなければいかん・・・恵介?」

長老はそう言って恵介の方を見る。

「自分が死ねば、などとは間違っても考えんでくれ。わしはそんな事でクラウスを倒しても喜べん。きっとここにいる全員も同じ意見じゃ。」

その言葉にクルー達は恵介の方を見る。そしてそれぞれが無言で頷いて見せた。

「でも・・・どの道過去に帰れない事は変わり無いのね・・・」

通信士が漏らす。確かに時間を遡って過去に帰る、という結果はどうやっても得られないのだ。クラウスの思惑通りセンチュリオンでゲートをくぐる以外には。その一言に場の空気は沈んだ。

「あ、ごめんなさい、私つい・・・」

通信士は慌てて言った。

それを見た長老は

「ダイモスを破壊した場合、過去に戻ると言うよりタイムスリップが引き起こした事象が無かった事になる、つまりは過去をやり直しする、という事になり、今のお前さんたちからの連続性は消えてしまう訳じゃが、これは過去に戻るのと同等と見なしていいと思うんじゃ。」

そう言ったが場の空気というものはそうそう変わるものではない。

「戦わない、という選択肢は無いんですか?」

機関士が言う。

「艦長さえタイムスリップしなければ大災害は起きない訳ですよね?なら、いっその事逃げ続けたら・・・」

「クラウスがそれを許すと思うかの?」

機関士の提案を長老はやんわりと否定する。

「艦長は言っておったろう、ある恫喝によってゲート通過を余儀なくされた、と。彼の時にはセンチュリオンでなく、別の艦をゲートに通して大災害を起こす、という恫喝によってゲート通過を迫られたそうじゃ。そして再びの大災害はクラウスのもう一つの目的でもある。」

「もう一つ?」

恵介が訊ねる。

「この世界のどこかに誰も知らない大陸が残されている、という噂は聞いた事があると思う。それは、単なる噂ではなく実在するんじゃ。無補給で地球一周出来るような航続距離の長い航空機もGPSも無い今、まだ発見されていない陸地は世界の至る所にある。今現在、最も人口が集しとるのはアクロポリスじゃが、その丁度地球の反対側にその大陸はあるそうじゃ。」

「クラウスはそこに自ら選んだ人間を引き連れていき、そして大災害を起こすつもりなんじゃ。フォボスが起こした大災害は、実はコントロールされた物じゃ。世界のほとんどを海に沈め、その大陸を作り出すという、そういう物だったんじゃよ。」

「そして20年経った今、大陸の環境が落ち着いた所で移住、今度はダイモスによる、大陸には被害が及ばないようコントロールされた大災害で世界を一掃、その上で市民達を大陸に移住させ、大災害から民衆を守った英雄として支配者としての地位を完全な物にしようとしとるんじゃ。」

「そりゃ・・・逃げても駄目だ。」

機関士は落胆の声を上げた。

「そして大災害を起こすトリガーが恵介の乗ったセンチュリオンであれば、奴にとっては一石二鳥。だからわしらはなんとしてもクラウスを倒さねばならんのじゃ。」

「だが・・・その艦、ダイモスに俺達の歯が立つのか?フォボスと同じって事は、やっぱりアイオーン製造工場みたいな艦なんだろ?アイオーン数隻相手に苦戦した俺達が、どうやって戦うんだ?」

機関長が疑問を口にする。

「そのための拡張工事じゃな。受け入れた海賊達に協力してもらう。そして、切り札も完成しているはずじゃ。」

「ペンタ・・・ですか。」

恵介が言う。

「そうじゃ。ペンタが完成する・・・つまりはケンタが死ぬ、いや死という表現は適切では無いがの、それを待つというのはわしとしても辛い事じゃった・・・しかしペンタは完成した。今頃はまだタイラスの手にあるはずじゃが、時が来れば我々の下に来る。それまで何とかしのげば勝機はあるんじゃ。」

「でも!」

声を上げたのは小宮だった。

「艦長はペンタがいたのにクラウスに勝てなかったんでしょ?それでなんで勝機があるって言えるんですか?」

「それはじゃ・・・わしらが知っている東郷艦長の歴史ではペンタの、いや、ケンタの自我が目覚めるのが間に合わなかったからじゃ。・・・今日は何日じゃ?」

いきなり日付を聞いてきた長老に、小宮は戸惑いながら答える。

「8月2日です。」

そう、この日2028年8月2日。タイムスリップしてから既に一年以上の時が経っていた。

「前回、艦長・・・恵介が過去に飛ばされた日付は今年の2月23日だったそうじゃ・・・ほれ、もう未来は変わり始めておる。そして、出来る限り決戦の時を先延ばしにすれば、ケンタが覚醒する可能性は上がって行くんじゃよ。」

長老はそう言うが、クルー達の士気は上がらない。希望はあっても彼我戦力差が大きすぎるのだ。

「ちょっとみんな、何いじけてるのよ!」

それはいつの間にかそこに来ていた優の声だった。傍らには愛と央がいる。

「勝てそうに無いからって何?指を咥えて見てるって言うの?それとも何?過去に帰れないなら戦いたくないとでも言いたいの?」

優は言いにくい事をズバズバ言う。

「帰れないくらいの事がなによ!この世界だって、そりゃまあちょっとは住みにくいかも知れないけどさ、でも私は大好きなんだから!私は大好きなベースの人達や、憎み切れない海賊の人達を守りたい!それに・・・」

優は央に視線をやる。

「何よりこの娘を守りたい。私の・・・娘を。」

「あ、言っちゃった。」

優のその言葉に愛が思わず言葉を漏らす。

「・・・娘?」

各人は口々にその単語を復唱し、室内はどよめく。

「紹介するわ。この娘は央。私が過去にタイムスリップした後に生んだ・・・私の子供よ。」

「・・・って事は・・・ケンタの子か!?」

優の発言に恵介は驚きを隠せなかった。

「えっと、付き合い始めてからそんなに経ってなかったはず・・・なのに・・・早っ!」

小宮はいらん事に突っ込みを入れる。

「そんなのどうでもいいでしょ!とにかく、みんながやらないなら私一人でも戦うんだからね!」

「まあ待てよ。」

魚雷長が優を諌める。

「みんな事の重大さに面食らってるだけさ。なに、これで尻尾を巻くような奴はセンチュリオンに乗っちゃいないさ。なあ!みんな!」

優の言葉は長老の言葉以上にクルー達を鼓舞していた。

「ちぇ、今一番傷ついてるはずの優にこれだけの事を言われて動かなかったら、俺人でなしだよ。」

機関士も同調する。

そして、賛同の言葉が各々の口から次々と発せられた。

そんな中―――ケイ一人だけが終始無言だった。

(あたいだけは違う時間の人間・・・クラウスを倒したら、そしたらその後、あたいの場合はどうなるんだろう・・・)

恵介はそんなケイの不安を感じ取ったのか、その肩をそっと抱き寄せた。

長老はようやくモチベーションを取り戻したクルー達を眺めながら、優の娘、央を見ていた。

(タイムスリップ後に生んでこの世界に生きておるのなら、それはクラウスに勝てなかった世界で生まれた子供、という事なんじゃぞ・・・気づいておるのか?優よ・・・)

長老は強い悲しみを感じたが、それを今の優に告げる事は出来なかった。そして長老は一人静かに部屋を後にした。それを見た恵介もその後を追い部屋を出て行った。

 

「長老!」

恵介は前を歩く長老を呼び止めた。

「ん?なんじゃ恵介。まだ何かあるのか?」

振り向いて言う長老。恵介には東郷のメッセージを見て以来、どうしても拭えない疑問があった。

「長老、俺にはどうも解せない事があります。」

「なんじゃ?言うてみい。」

恵介は一呼吸置き、話し出した。

「東郷艦長の話では、マスターやクラウスは俺の遺伝子情報から作られた、って事ですが、俺は目が光るだけで特に何も能力がある訳じゃない。なのに何故そんな強力な能力を持った人間が作られたのか、俺にはそれがわかりません。」

その恵介の問い掛けを長老は笑い飛ばした。

「ほっほっほ、何を言うか。能力者の中でも最強の能力を持つ男が。」

思いもしない返答に恵介は困惑する。

「最強・・・?そんな、俺は何も・・・」

「よいか、恵介。」

長老は恵介の言葉を遮って語り始めた。

「お前さんの能力、その正体は洞察力、じゃ。」

「洞察・・・力?」

「そうじゃ、それも予知と言ってもいいほどの洞察力じゃ。例えば、じゃ。お前さんが何か戦闘である判断をしたとする。その判断は常に最良の手段を選んだ結果なのじゃよ。お前さんが撤退を選択した場合、撤退しなければ深刻な被害が待っているという事であり、進撃を選択したならそれは間違いなく成果を上げられる、そういう事じゃ。」

「よく・・・わかりません。」

「それはそうじゃろう。お前さんはその能力を無意識の内に使っている訳じゃからな。要するにお前さんの戦闘には運という要素は一切無いのじゃ。この世界に飛んでから単騎であらゆる戦闘を潜り抜けて来たのは、その能力による所が大きい・・・いや、殆どを占めているじゃろう。」

「・・・・・・」

恵介は考えていた。いや、今まで失敗だって何度もしている、と。長老はその恵介の考えを見透かしたように言った。

「失敗だと思った事ですらそれは最良の手段だったんじゃよ。もしそれ以外の選択肢を選んでいたら、もっとひどい事になっていたじゃろうて。そして・・・」

長老は一息ついて、そして続けた。

「そうじゃ。最後の選択は恵介、お前さん自身の意思で選べる事を祈っておるぞ。恫喝に屈する事無くな。」

そう言い残して長老は再び歩いて行った。恵介はその背中を見送りながら自問していた。

「俺の判断は常に正しい?予知にも等しい・・・?ならどうしてケンタを止められなかった!?それが最良の手段だったと言うのか!?最強の能力だと?友人の一人も救えない能力の、一体何が最強だ・・・!?」

恵介は一人自分を責め、唇を噛み締めた。

 

そのころドックには、病床を抜け出したナンバー14がやって来ていた。ドックは人でごった返していて、特に彼女に気を留める者はいなかった。そして、特に隠していた訳ではないセンチュリオンは簡単に彼女に発見された。そして彼女はポケットから小型カメラを取り出しその映像を納め、別に持ってきた長さ30センチほどの流線型のカプセルにそれを納めるとそのまま水面に落とした。カプセルはある程度の深さまで沈んだ時点でその後部から推進装置のギミックを展開させ、魚雷のように沖へと向かって進んで行った。

そしてそれだけの事を誰にも気取られずにやってのけた彼女は、何事も無かったかのように病室へと戻って行った。

 

完結編・転に続く


 
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