No.195374

真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第二章・終幕 『劇終 変遷』

狭乃 狼さん

さてさて。

北朝伝、第二章の終幕です。

炎上した洛陽。

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2011-01-11 11:53:37 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:25588   閲覧ユーザー数:18992

 木が焦げ、石の焼ける匂い。

 

 周囲にはそれらが充満し、そこかしこに、焼け落ちた建物の残骸が散乱している。その周りには、そういったものを片付けて走り回る、大勢の兵たちの姿が。

 

 「……ここまで、徹底的に燃えるとはね。事故では絶対にありえないわ」

 

 「誰かが意図的に、火をつけた、と?」

 

 「それしかあるまい。……人的被害がなかったのも、それならば納得がいくというものだ」

 

 眉をひそめつつ、灰塵と化した城と、その光景を見つめ続ける三人。賈駆、一刀、そして劉弁。

 

 

 虎牢関を発った後、洛陽に辿り着いた一刀達が目にしたのは、大火に包まれ紅蓮に染まった、後漢の都の姿であった。予想だにしていなかったその事態に、ただ呆然とする諸侯であったが、劉弁の、「何を呆けておる!すぐに消火に当たらぬか!」という、その一言で我に返り、全軍でもっての消火活動を開始した。

 

 三十万近い大集団である。人手には事欠かない上に、火災そのものも、実際に燃えていたのは宮殿とその周囲のみであったため、一日ほどで無事に鎮火する事ができた。

 

 ただ一つ不思議だったのは、民の姿がどこにも見当たらなかった事である。人っ子一人、街中には残っておらず、居たのは犬猫などの動物たちのみ。

 

 ――――誰かが、民たちを逃亡、もしくは移動させた。

 

 そういう結論に落ち着くのは、当然といえた。街のほとんどは火に焼かれておらず、民たちの、生活の場が失われたわけではないのであるから、彼らが自主的に逃げ出す理由がない。 

 

 では、いったい誰が―――?

 

 三人がそんな思考をしていた時、そこに一人の人物が近づいてきた。

 

 「陛下」

 

 「孟徳か。どうじゃった?宮殿のほうには誰ぞ」

 

 「いえ。焼け跡からは、死体らしき物は何も見つかりませんでした。……蔵の中も、全てが”持ち出された”後だったようです」

 

 「……財や糧食、全てか」

 

 「御意」 

 

 消火の済んだ宮殿跡を調べていた曹操が、劉弁にそう報告をした。文字通り、洛陽は完全に、”空き家”になっていたのである。

 

 

 

 「となると、張譲はどこかに逃げたって事になるか。……どうする、白亜?」

 

 「そうじゃな……」

 

 (……北郷って、ずいぶん砕けた話し方を陛下にするわね。……もしかして、とは思うけど……)

 

 口には出さず、曹操はそんなことを考えながら、かなり親しげに話す一刀と劉弁に、その視線を送り続ける。

 

 「細作を周囲に放ち、民や張譲めの行方を捜させるより、今はすべきことはなかろ。……文和よ、頼めるか?」

 

 「御意に」

 

 そんな曹操の視線には気づかず、劉弁が賈駆に、そう指示を出す。賈駆がそれに答えてその場を去ると、今度は曹操の方へと向き直り、

 

 「孟徳よ。連合に参加した諸侯を、焼け残った中で一番広い建物に集めてほしい。朕から話があるとな」

 

 「御意」

 

 拱手して劉弁に答えた後、チラリと一瞬だけ、一刀に視線を送ってから、曹操はその場を離れていく。その曹操の背を見送った後、劉弁は次に一刀へとその視線を移す。

 

 「……時に一刀。”月”はどうしておる?」

 

 「ああ。彼女なら俺たちの天幕に居るよ。張遼さんたちと一緒にさ」

 

 「そうか。……邪魔しても、問題はないかの?」

 

 「そりゃもちろん。……気にしてるのかい?彼女を”殺して”しまったこと」

 

 「まあ、の。……仕方ないとはいえ、やはり良い気分はせぬよ」

 

 一刀の問いに対し、肩をすくめつつ、自嘲気味に笑って答える。

 

 「大丈夫。誰も怒っちゃ居ないさ。……今から行くかい?」

 

 「ああ」

 

 街の外に張ってある、一刀達北郷軍の陣へと歩み出す二人。その、二人が向かった先の天幕では。

 

 

 「いやあ~っはっはっは!あ~、苦しかった。ウチ、笑いを堪えるんに必死やったで?」

 

 腕を頭の後ろで組みつつ、張遼が目に涙を浮かべて笑っていた。

 

 「……恋も」

 

 「ねねもですぞ。……まあ、ねねからすれば、あの位の”お芝居”は、朝飯前なのですが」

 

 呂布と陳宮もまた、そういいながら目の前の一人の少女に、その微笑を向ける。

 

 「……本当にごめんなさい、皆さん。今回は私のせいで、大変な苦労をさせてしまいました」

 

 「何をおっしゃいますか、月さま。この華雄、そして他の者も、月様のためならば例え火の中水の中、というやつです。……お気にする必要はありませんよ」

 

 心底申し訳なさそうに頭を下げるその少女に、華雄は真面目な表情でそう語りかける。その、優しい笑顔とともに。

 

 「華雄はんの言うとおりやで、お嬢。みんなお嬢が好きやから、お嬢のためならなんでも出来んねん。……な?霞?」

 

 「そーゆーこっちゃ。……けど、こんで”董卓仲頴”っちゅう人間が、この世から消えることになってもうたんが、少々悔やまれるんやけどな」

 

 

 

 そう。

 

 北郷軍の天幕内に集まる一同の中で、少々さびしげな表情を浮かべるその少女こそ、さきに張譲の手から劉協とともに救出され、そして劉弁によって”死んだことに”された、元・漢の相国、董卓仲頴その人である。

 

 なぜ、彼女を死んだことにしなければいけなかったか。その答えは至極単純である。

 

 「兄上のご判断は正しかったと、私も思います。例え諸侯が真実を知ったといっても、全ての人々が、それを知ったわけではないですからね」

 

 同じく天幕内に同席するその少女、劉弁の妹である劉協が、彼女らを見渡しながら言葉を紡いだ。―――つまりはそういうことである。

 

 董卓は、悪逆の限りを尽くした暴君―――。

 

 世間一般の認識は、袁紹が飛ばした檄文により、そうなってしまっているからである。その噂を消し、世に真実を広めるまでは、おそらくかなりの時間がかかるであろう。それ故に、劉弁の判断で、彼女を死んだことにして、一時的に世間の目から、彼女を隠すことになったのである。

 

 「……私も、殿下のご意見に賛成ですね。……それより問題は、月さんをこれから、どうするかということですが」

 

 相も変らぬ無表情のまま、司馬懿が今後の彼女の扱いについてを、一同に問いかける。

 

 ―――尚、劉弁から今回のことを聞かされた際、董卓は当分の間その姓名を封印し、真名をもって生きていくことにした。偽名を使ってはどうかという声も上がったが、本人がそれを、かたくなに拒否した。

 

 親からもらった名以外、名乗りたくはない、と。

 

 真名の大切さというものは、よく判ってはいる。だが、だからこそ、それをあえて名乗ることで、皆への謝罪と、自身への”戒め”としたい。

 

 彼女はそう言ったのである。

 

 

 「月っちの扱い、て。んなもの別に、このまま……あ~そか。”董卓”は死んでるんやから、月っちが表舞台に立つと、ややこしくなるか」

 

 「……そうだな。我らの主は、あくまでも、死んだ”董卓”様なのだ。ここで我らが、月様を主として立てるということは」

 

 「そなたらは皆、主をあっさりと替えた不忠者として、世間のそしりを受けることになろうな。……月のことも、ばれてしまうことに、なりかねんしの」

 

 『え?』

 

 突然天幕内に響いたその声。全員がそちらへと視線をやると、入り口に劉弁と一刀がいつの間にか立っていた。

 

 「兄上」

 

 「それに、北郷さんも」

 

 「話の最中にすまんな。……今の件じゃがな、月よ。そなたさえ良ければ、朕の傍で相談役を務めてくれんかの?……これまでのように、な」

 

 「へぅ?……あ、いえ。……ですが」

 

 「それと共に、元・董卓配下の者たちは、禁軍の一員として、朕の下で働いてもらいたいのじゃ。……そうすれば、月の傍に居続けられるであろ?」

 

 戸惑う月の言を流し、周りに居る張遼ら、元・董軍所属の将たちを見渡す劉弁。

 

 「……けどさ、都はこんな状態だし、一体何処に腰を落ち着けるつもりだい?」

 

 「ふふん。それはじゃな」

 

 と、一刀の疑問に、劉弁がいたずらっぽい表情で、答えようとしたときだった。

 

 「失礼します。……陛下、”長安”より、”叔父上”が参っております。……陛下を、お迎えにあがったと」

 

 『……はい?』

 

 

 

 天幕を突然訪れた王淩の、その艶やかな唇から紡がれた言葉に、一同は思わず呆気に取られた。

 

 王淩にとっての叔父――、つまり、漢の三公の一つである、司徒の位にある人物――王允が、この焼けた都に、西の旧都、長安からやってきた。それも、皇帝である劉弁を”迎えに”。

 

 その意味する所とは――――。

 

 「……間違いなく、本人なのじゃな?」

 

 「はい」

 

 「……無事であったのは、喜ばしいことではあるが……ふむ。……その司徒は、今何処に?」

 

 「諸侯がお集まりの、街の長老屋敷に」

 

 「わかった。……一刀」

 

 「ああ」

 

 月たち董軍諸将に対し、「おぬしらはここに残っておるように」と、劉弁はそう言い残し、一刀とともに天幕を出る。そして、街の外れにある、元・街の長老宅へとその足を向けた。

 

 

 「……では、民たちは無事なのじゃな?」

 

 「……御意。皆、長安にて、穏やかに、過ごしております」

 

 白髪混じりのその頭を下げたまま、劉弁にそう答えるその老人―――王允、字を子師。

 

 「……では王允殿?張譲は一体、どうしたのでしょうか?」

 

 「フ。……”あれ”ならば既に死んでおる。……ここから逃げる途中、”賊”に襲われて、馬車ごと灰になっておったわ。董承より、そう報告を受けておる」

 

 曹操の問いに、彼女の顔を見ながら、王允がにやりと笑みを浮かべて答える。逆臣にはふさわしい末路よ、と。そう付け加えて。

 

 「では司徒よ。都に火を放ったのも、張譲の仕業なのか?」

 

 「おそらくそうでしょう。何のつもりがあってのことかは存じませぬが、まあ、最後の悪あがきでございましょう」

 

 カカカ、と。

 

 そう言って笑う王允を、一刀を始め、諸侯はただじっと見つめていた。……少々険しい顔つきで。

 

 「……それで、王允さん。白……陛下を長安に、迎えに来たというのは?」

 

 「……なんじゃ、おぬしは?」

 

 ギロリ、と。自分に声をかけてきた一刀を、敵意のようなものが含まれた目で、王允はにらみつけた。

 

 「……申し遅れました。北郷一刀。冀州刺史に御座います」

 

 「おお、そなたがか。……不遜にも、天の御遣いとやらを名乗っておるそうだが……ふん、ただの青二才ではないか」

 

 「王允!ちと言葉が過ぎよう!一刀は」

 

 「陛下」

 

 王允の、一刀を見下したその言葉に、劉弁が思わず怒気の篭った声で一刀を擁護しようとするが、その一刀が劉弁に声をかけ、静かにその首を振った。

 

 自分は気にしていない、と。

 

 「……ちと納得いかぬが、まあ、良い。……で?さきのかず、いや、北郷の問いじゃが、司徒よ、朕も改めて問う。長安に、とは、いかな意味か」

 

 「そのままに御座います。……城が炎上した洛陽では、最早都としての体を為しませぬ。それ故、長安に”遷都”をと。臣は具申いたします」

 

 「……なんと」

 

 

 

 遷都。

 

 即ち都を遷(うつ)すということ。後漢の世祖によって定められ、その後約二百年、綿々と受け継がれてきた洛陽から、王允は都を、前漢の都であった長安に遷せと言っている。

 

 (……史実でも、遷都は確かに行われてはいるけれど。……どうするんだ?白亜)

 

 「……遷都そのものについては、朕には特に異論はない。必要であるなら、都が何処であろうがたいした問題にはならんしの」

 

 「それでは」

 

 「……じゃが王允よ。都を長安に遷したとして、その運営はどうするのだ?都にあった財は、全て空になっておったが?」

 

 これ以上、疲弊したから民から搾り取っては、張譲と同じことにしかならんぞ。と、劉弁が王允に問いかける。

 

 「それは問題ありませぬ。都の財は、長安に全て揃っておりますゆえ」

 

 『は?』

 

 「……まさか、それすら見込んでいたとでも?」

 

 「いえいえ。もとは張譲めがやらせていたことで御座いますよ。そうして、集めた財を使って何をしようとしていたのかは知れませぬが、まあ、不幸中の幸いにはなったかと」

 

 平然と。財を長安に運ばせたのは、亡き張譲であると言い切る王允。

 

 (……死人に口なし。……真相は闇の中、か)

 

 

 とにもかくにも、劉弁はその後、長安への遷都を受け入れ、そちらへ遷ることとなった。護衛として、元・董軍の将兵を引き連れて、である。

 

 連合軍もこの地で解散と相成った。

 

 多少なりとも、それぞれに名声を為すことは出来たのである。不満がまったくないとは言わないが、曹操と孫堅は”きっかけ”はこれで十分と納得し、それぞれの領地へと戻っていった。

 

 袁術はというと、結局自分たちは何をしに来たのやらと、肩を落として先の二人と同様に、その帰路についた。

 

 公孫賛は、十分世に大儀を示せたと、満足げな笑顔で劉備と共に洛陽を発った。その劉備は、終始何かを考えているような、難しい表情をしたまま、二人の義姉妹に引っ張られるようにして、平原の地へと戻っていった。

 

 母・馬騰に替わりに、西涼から参加していた馬超もまた、かの地へと戻っていった。その去り際、一刀に対して彼女は一言こういった。

 

 「……いろいろと誤解していて、すまなかった」

 

 と。恥ずかしそうにその顔を真っ赤に染め、一刀の反応を確認するのもそこそこに、彼女は慌てて馬を駆けさせ、その場を去った。

 

 そして、

 

 

 

 

 「それじゃあ、白亜。元気でな」

 

 「うむ。一刀も元気でやるがよい。……月たちのことは、朕に任せておけ。けして、悪いようにはせぬゆえな」

 

 「ああ。……何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれよ?そのときは、すぐにでも駆けつけるからさ」

 

 「はっはっは。……期待しておるぞ?……我が”友”よ」

 

 笑顔で別れの挨拶を交わす、劉弁と一刀。それを微笑ましく見つめる、周囲の視線に包まれて。

 

 「兄上、そろそろ」

 

 「わかっておる。……ではな、一刀。……また、な」

 

 「うん」

 

 最後にがっしりと握手をし、劉弁は馬車へと乗り込む。そしてその馬車がゆっくりと進みだす。元・董卓軍所属の将兵を伴い、新都となった古の都、長安へ。

 

 それをしばらく見送った後、一刀は徐庶ら自分の仲間たちへと視線を転じ、

 

 「それじゃ、俺たちも帰ろっか。……俺たちの”家”に、さ」

 

 「はい」「はいよ」「おうさ」「……はいです」

 

 

 劉弁と一刀。

 

 

 互いが思い描く未来(あす)を、現実として紡いでいくために。

 

 二人の”天”は、それぞれの居場所へと歩みだす。

 

 

 こうして、大陸に再びの平穏が訪れた。

 

 

 ―――だがそれは、嵐の前の、静けさだった―――

 

 

 この後の一年を、後世、とある史家が、自身の書にそう記した。

 

 

 だが、この時点では、誰もそれを知る由など、あるべくもなく、時はただ、静かに、その流れを進めていくのであった―――。

 

 

                               ~第二章・了~

 

                              ~第三章に、続く~

 

 

 

 という感じで二章終了に御座います。

 

 

 輝「次回からは、また拠点ですか?」

 

 はい。何回続くかは今のところ未定ですが。

 

 由「誰の話かは決まっとんの?」

 

 とりあえず、瑠里と白亜の話は書きます。順番も、どっちが先になるかはわかりません。

 

 瑠「気長に待っててください、ってことですね」

 

 そーゆーことです。

 

 

 ではみなさま、また次回にて、お会いいたしましょう。

 

 輝「コメント、たくさんお待ちしてますね」

 

 由「支援もよろしゅうな。おとはん、それが一番うれしいらしいんで」

 

 瑠「ではそーゆーことで」

 

 

 『再見~!!』

 

 


 
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