「汜水関に篭る董卓軍の将兵たちよ!わが名は北郷一刀!天の御遣いなり!都にて暴虐の限りを尽くすお前達の主を討つために、義を以ってこの地に降り立った!」
汜水関。
その正面で、蒼い鎧姿の三万の兵を背後に、馬上から口上を述べる一刀。陽の光を浴び、その身に着ているポリエステルの制服が、まるでそれ自身が輝いているかのように、まばゆいばかりの光を放つ。
「悪逆の徒に仕える者たちよ!恥あるならばわが前に進み出よ!そしてわが正義の剣を受けて見せよ!」
我ながら、少々芝居がかりすぎたかな、と。一刀はこのときのことを、後にそう反省したとかしないとか。
それはともかく、一刀のその口上に対し、関からはなんの反応もなかった。
(……ま、そういう風にしてくれるように頼んだからなんだけど。……由たち、うまく渡してくれたみたいだな。それなら)
「なれば我が”天意”を受けし兵達よ!彼らに一泡吹かせてやれ!弩兵隊、前へ!」
一刀のその指示で、五千の弩弓兵がその前面へと進み出て、関に対し弩を構える。
「……放てーっ!」
命と同時に、その彼らが一斉に矢を放つ。それは弧を描き、関の上にいた董卓軍の兵達までしっかりと届き、多数の者を倒した。
「どうだ!これでもまだ関に篭り、亀のように首を引っ込めたままなのか!?”いつぞや”我らに見せたあの勇猛さは、すっかり形を潜めたようだな!はーっはっはっは!」
これまた少々大げさに、一刀は関に向かって嘲り笑って見せた。すると―――。
ギギギギギギ、と。
関の門が、その重たい音を立ててゆっくりと開かれだした。そこには、『華』の旗を掲げた五千ほどの軍勢の姿が。
「黙って聞いていればいい気になりおって!北郷とやら!その生意気なそっ首、この華雄が見事に吹き飛ばしてくれる!全軍、かかれーっ!」
華雄の叫びとともに、一斉に動き出す彼ら。それを見た一刀は、
「……なるほど、華雄さんが俺の相手をすることになったか。……蒔さん、予定通り、”次に”出てくる人の相手、よろしく頼みますね」
「承知した。……せいぜい派手に、相手をしておくさ」
に、と。自身に笑みを向けた一刀に、徐晃もまた笑顔で返事を返す。
「輝里と瑠里も、”手はず”通りにね」
『御意』
返事をし、それぞれの部隊へと戻っていく徐庶と司馬懿。
「それじゃ、大芝居の第一幕、その幕上げだ。……全軍抜刀!かかれーっ!」
おーーーっ!!
両軍が激しくぶつかりだした頃、連合軍のその本陣では。
「れいはさまー!先鋒軍が戦いを始めましたー!」
「あら、もうですの?結構せっかちですわね、北郷さんは。……それで、どうなってますの?」
袁紹がみこしに乗ったまま、報告にやってきたその少女――袁家所属の将である文醜に、戦の状況を問いかける。
「今のところ五分五分ってところです。どうします?援軍でも出しますか?」
「その必要はないでしょう。ま、ほんとに危なくなったら、華琳さんか白蓮さんあたりでも、前に出せばいいですわよ」
おーほっほっほっほ、と。そう言いながらなぜか高笑いをする袁紹。それと同刻、右翼に展開してる曹操の陣では。
「そ。始まったのね」
「はい。……暫くは、傍観、ですか?華琳さま」
馬上にて、猫耳のフードのついたパーカーを着た、自身の軍師であるその少女――荀彧に対し、かすかな笑みをその顔に浮かべつつ、
「そうよ。まずは天の御遣いとやらのお手並み、拝見といきましょう」
(あのうわさが本当なら、こんなところで手こずるはずもないでしょうし)
と、以前に聞いた一刀に関するうわさを思いだしつつ、曹操はそう返した。
「……ですが華琳様。もし彼らだけで関を破ったとなれば、我らが名を為す機が無くなるのでは?」
「それならそれで、私達は戦力を損なわずにすむわ。……名声なら、まだ”次”もあるんだし。……でしょ?秋蘭?」
「……御意」
弓を携えた、水色の髪の女性――夏候淵の危惧に対し、心配無用、と曹操は微笑んで見せた。
また同じ頃。中軍を構成している、公孫賛と劉備の陣では、
「……始まったんだ」
「はい。……桃香さま、本当にこのままでよろしいのですか?あの北郷という者は、弱者に対しても情け容赦のない男だということ。……このまま戦いが続けば、”あの”噂のようなことに」
「愛紗、少し落ち着いたらどうだ。……噂は所詮、噂に過ぎん。そりゃ、元の情報がなければ、噂も生まれやしないだろうけどな」
劉備に対し、ある懸念を示すその黒髪の少女――関羽を、諭すようにして公孫賛が語りかける。
「……」
そんな二人の会話が、その耳に届いているのかいないのか。劉備はただ厳しい表情で、その視線を前方の戦場へと向けていた。
(……もし、噂が本当なら、私は、あの人を絶対に認められない。……どんな理由がそこにあったって、けっして)
と、そんなことを考えつつ。
そして、場面は再び戦場へともどる。
「確か、徐晃はんやったな?……なかなかやるやんか。ははっ、おもろうなってきたで!」
自身の偃月刀を構えた張遼が、顔を紅潮させながら、そう笑顔で徐晃に語りかける。先に関を”飛び出した”華雄の後に続き、張遼もまた関から出陣して、徐晃の部隊と戦闘を開始した。……初めの打ち合わせどおりに。
「ふふ。神速の将と名高い張文遠にそう言われるとは、正直光栄だよ。……ま、一刀と修行をしていなかったら、そっちの速さには、ついてすらいけなかったろうがな」
張遼に対し、少々自嘲気味にそう返し、徐晃もその斧を構えなおす。
「……さて、と。あと”どんくらい”、戦っとったらええやろな?」
「……まだ、”合図”が挙がらん。もう少しだけ、付き合ってもらわねばならんだろう。……では、続きといくか。来い!張遼!」
「おうよ!うらあーっ!」
「おおーーっ!」
再び、激しく武器を交える両者。一方、同じ戦場の少し離れた場所では。
「はあ、はあ、はあ」
「……なるほどね。これが、今の華雄さんの実力ですか。……ちょっとだけ、過大評価が過ぎたみたいですね」
史実では孫堅に、演義では関羽に。それぞれ敗れているとはいえ、董卓軍では呂布に次ぐ実力者とも言われた武人、華雄。その実力は確かに”本物”だと、一刀は初めはそう思った。だが、
「……どういう、意味だ」
「そのままの意味ですよ。膂力も、速さも、体力も。すべてがまだまだ足りないんです。……これなら、由のほうがまだ上ですよ」
「何……だと?」
よろよろと。自身の斧を杖代わりに、何とか立ち上がり、一刀を睨み付ける。生粋の武人である自分より、小柄で華奢なあの姜維のほうが上だと。一刀に言われたその一言は、華雄の矜持を傷つけるのに十分だった。
「……ああ、でも一つだけ。その闘気”だけ”は、十分に一流レベルですよ。……とはいえ、”今の”貴女じゃ、時間稼ぎの相手すら、務まらない」
「お前!武人を馬鹿にするにもほどが……!!」
「怒る気概があるなら、もう少し”まともに”、戦って見せてください。……董卓さんを、助けたいなら」
「!……言われず、とも」
敬愛する主の名が出て、華雄は落ち着きを取り戻した。ジャキ、と。金剛爆斧を再び構え、その脚にぐっと力を込める。
「……それでいいです。合図まで、おそらくあと少し。……もうちょっとだけ、気合を入れてかかってきてくださいね」
ゴオッ!
「くぅ!」
一刀の放つ”気”に、少しでも気を緩めれば吹き飛ばされそうになるのを、華雄は必死でこらえる。そして、
「……おおおっっ!!」
自身も闘気をまとって、全力で一刀に突っ込む。
「ふぅぅぅぅ……」
静かに息を吐き、それを迎え撃つ一刀。
(……まだか、輝里?はやくしてくれよ。この分じゃ、時間稼ぎもあまり出来ないからさ)
場面は再び、連合軍本陣―――。
「なあ~にをやってますの、北郷さんは?!関一つ落とすのに、一体いつまでかかってるんですの?!」
いらつきながら、みこしの上で怒鳴り散らす袁紹。
「でも麗羽さま?攻撃を開始してから、まだ一刻しか経っていませんよ?いくらなんでも、そんなに早くは」
「もう!一刻も!ですわ!……斗詩さん、左翼の孫堅さんに、前に出て北郷さんに加勢するよう、お伝えなさいな」
「ええっ?「何か文句でも?!」いえ……わかりました」
不承不承といった感じで、袁紹の下を離れていく顔良であった。
そして、その左翼の孫堅軍・本陣。
「……それは、総大将命令、なんだね?」
「は、はい。……すいません」
「わかった。お役目ご苦労さん」
「そ、それでは失礼します」
そそくさと。
ばつの悪そうにその場を去る顔良の背を、孫堅は黙って見送る。
「……それで、どうするの母様?本当に前に出るわけ?」
孫堅と同じ色をした髪の、その褐色の肌の女性が、彼女を母と呼んで問いかける。
「どうもこうもないさ。総大将の命とあれば、否も応もないよ。…・・・ま、五千も動かせば十分事足りるさね。雪蓮、”頼んだよ”?」
「はあ~い。……あんまり気乗りしないんだけどなあ~「ギロ」う。……じゃ、じゃあ、行って来ま~す!」
母親に睨まれ、そそくさと足早に駆け出すその女性――孫堅の長女、孫策・字を伯符であった。
そして、そんなこととは露知らぬ一刀たちは、
「見ろ、張遼!”合図”が挙がったぞ!」
「……なら、ここまでやな。結構楽しかったで、晃ちゃん♪またいつか、続きをしような」
関の上に”それ”が挙がったのを見た徐晃と張遼が、一騎打ちを中断してその距離を開ける。
「ふ。……ああ、その時を楽しみにしてる。それと……”蒔”、だ。今後は、そう呼んでくれていい」
「!!……ウチは”霞”、や。へへ。ほんならな、蒔やん。……全軍退くで!”虎牢関”に撤退や!」
と、汜水関ではなく、その横の”山のほう”へと駆け出す張遼隊。
(うまいこと逃げてくれよ、霞。さて、こっちも一刀と合流して……!?あれは)
その張遼隊を一瞥し、一刀の方へと視線を転じようとした徐晃は、その視界の中に、自分達の方へと向かってくる、一つの部隊をとらえた。
「まずい。……まさか、我らの策が、誰かに勘付かれでもしたのか?……くっ!」
慌てて馬首を返し、一刀の下へと駆け出す。
そして、”それ”には一刀も気づいていた。
「……参ったな。袁紹さんあたりがしびれでも切らしたかな?」
迫りくる『孫』の旗の軍勢を見やりながら、これからの対処を、その頭をフル回転させてまとめていく。
「う、うう……」
「気が付きましたか?華雄さん?」
「私、は……そう、か。負けた、のか」
「ええ。……けど、少々予定外なことが起きたみたいです。……華雄将軍、貴女、董卓さんのために、少々の”恥”をかくこと、出来ますか?」
「何?」
気絶から目を覚まし、倒れた状態のままの華雄に対し、一刀は”ある事”を持ちかけた。そして、孫策率いる軍勢が、一刀の下へと到達した。
「貴方が北郷?私は孫文台が一子、孫伯符。総大将の命令で、援軍に来たわよ」
「……それはわざわざどうも。でも、一足遅かったですよ。残念ながら、ね」
「?どういう事……って、そこに”縛られて”いるのは?」
「董卓軍の将、華雄さ。ついさっき、”捕縛”したばかりだよ。……ま、配下の兵達には、逃げられちゃったけどね」
後ろ手に縛られ、さらに猿轡をかまされた状態で地に座る華雄のその頭を、一刀はぐしゃぐしゃとかき乱しながら、孫策に状況を説明する。
「なーんだ、つまんないの。……なら、後は関を抜けば」
「そっちも済んでるよ。……ほら」
「え?」
くい、と。関に背を向けたまま、親指だけを立てて背後を指し示す一刀。そこには、関の上に揚々と翻る、黒地に十字の旗が。
「…………うそ」
戦闘開始から、わずか一刻半。しかも、見る限り北郷軍の被害は、負傷者こそ多数いるものの、死者はどう見ても出ていなかった。
(そんな状態で関を落として、敵将まで捕らえたってわけ?……へ~え)
チラ、と。一刀の顔を、好奇心いっぱいの目で見る孫策。
「……何ですか?」
「ん~?べつに。……ちょっとだけ、貴方が気に入った、ってだけよ♪」
「へ?」
クスクス、と。
孫策はポカンとする一刀の、その呆気にとられた顔を見ながら、不敵に笑うのであった。
とにもかくにも、わずかなハプニングこそありはしたものの、ほぼ一刀の思惑通りに、汜水関は陥落した。
唯一の予定外となった、”捕虜”の華雄を伴い、別行動をしていた徐庶たちと、一刀は合流をした。”最初の予定通り”、兵がすべて撤退して”空になった”関を、無傷で占拠した彼女達と。
汜水関への一番乗りを果たした一刀たちは、合流した袁紹たち本隊の、その呆気にとられた顔を迎えつつ、心の中でほくそえんでいた。
すべては、ほぼ、予定通り、と。
そしてそのころ。
洛陽へと向かった姜維と王淩もまた、それぞれの戦いを始めようとしていた……。
~続く~
といったかんじで、汜水関戦、決着です。
「いかがだったでしょうか?・・・あ、輝里です。ども」
「・・・由さん代理、司馬懿仲達こと、瑠里です。・・・よろしく」
「ほえ?るりちゃん?・・・由は?」
次の仕事で忙しいんで、今回は緊急に代理を頼みました。
「ふ~ん。・・・出番なくならないといいけど」
「・・・わたしはべつに、どっちでもいいですけど」
さて、あらためて今回のお話はどうだったでしょうか?
「どうもなにも、私とるりちゃんの出番、少なすぎない?」
「・・・仕方ないと思います。あくまで、今回はバトルメインですから」
瑠里の言うとおりです。うんうん。
「・・・このろり野郎は・・・。おほん!で、華雄さんが捕虜になりましたが、お仲間フラグですか?」
それは秘密。
「伏線はりもほどほどにしないと、またこんがらがるわよ?」
・・・きをつけます。はい。
「・・・・・・馬鹿」
さて、それでは次回予告。
「洛陽に潜入した由と王淩さん。はたして、無事劉協さんと董卓さんを助け出せるのか?」
「・・・そして、張譲が語る、その目的の一端とは?」
次回、真説・恋姫演義 ~北朝伝~、第二章・第四幕。
「『洛陽 策動(仮)』」
「・・・ご期待ください」
それではみなさま、コメント等、お待ちいたしておりますね!
「ツッコミでもいいですけど、誹謗中傷は勘弁してやってくださいね」
「気が向いたら、支援ボタンもポチッとしてやって下さい。・・・じゃ、また次回で」
『再見~!!』
Tweet |
|
|
169
|
20
|
追加するフォルダを選択
汜水関の戦い、後編です。
ついに激突する一刀たち北郷軍と、霞達董卓軍。
その行方は果たして?
続きを表示