No.187793

婚活†無双 ~理想の旦那が見つからない~ その1

ついに100作品目。
ついにお気に入り993人。
どちらも切りが良い?ので、おまけが具現化することに。
どうなるかは分からない。

2010-12-03 22:17:09 投稿 / 全19ページ    総閲覧数:17496   閲覧ユーザー数:12137

 

 

天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御遣いを乗せ、乱世を鎮静す。

 

 

一時期こういう噂が大陸に広まった。

 

 

それは管輅という占い師が流した占いだった。

 

 

力無い人々はこの占いを信じ、天の御遣いに期待を寄せた。

 

 

しかし、天の御遣いは現れなかった。

 

 

黄巾の乱が勃発しても、

 

 

反董卓連合が組まれても、

 

 

孫呉が独立しても、

 

 

公孫さんが滅びても、

 

 

官渡の戦いが終わっても、

 

 

成都攻略戦が終わっても、

 

 

蜀呉同盟が結ばれても、

 

 

五胡が侵攻してきても、

 

 

三国同盟が結ばれても、

 

 

天の御遣いは現れなかった。

 

 

しだいに人々の記憶から薄れていった。

 

 

 

 

仲良く、とはいかないが大きな戦争が起きないくらいに平和になった。

 

 

そんな時、新たな噂が大陸を駆け巡る。

 

 

天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御遣いを乗せ、安寧をもたらす。

 

 

またしても管輅占いだった。

 

 

しかし、人々はその占いをさほど信じなかった。

 

 

「どうせ今回もはずれるんだろ」

「今さら来てなんになるんだってんだ」

「御遣い? それって美味しいの?」

「あずにゃんペロペロ」

「ちょっとだけ期待してるんだからね!?」

「月が赤い」

 

 

人々の反応はこんな感じだった。

 

 

すでに平和になったのに今さら何しに来るんだと言う者が大半だった。

 

 

しかし、人々は知らない。

 

 

いつまた戦争が起きてもおかしくないという状況を。

 

 

そして、天の御遣いがそれを打破することを。

 

 

 

 

 

 

これは後の歴史家に人間界のサンデーサイレンスと言わしめた、名種牡馬北郷一刀の物語である。

 

 

そして同時に、乙女たちの婚活を記録した物語である。

 

 

 

 

森を流れる小川。

 

 

どこかの世界の一刀くん御用達の青森である。

 

 

そのほとりに一人の女性がいた。

 

 

姓は孫、名は策、字は伯符、真名は雪蓮。

 

 

現呉王にして孫家の家長である。

 

 

「母様、ここに来るのは孫呉の独立以来かしら。まあ、あの時はお墓は別のところにあったんだけどね。あれから領土も大きくなったし毎日大変だったわ。そして最近三国同盟っていうのが結ばれたわ。……五胡が攻めてきたおかげでね。同盟と言っても停戦協定みたいなものだけどね。曹操なんかは疲弊国力が回復したらすぐにでも同盟を破棄しかねないけどね……」

 

 

曹操が望んだものは、一国による支配。

孫策が望んだものは、自国の繁栄。

劉備が望んだものは、人々の笑顔。

 

 

それぞれ道は違えど目指す所は似ている。

 

 

ただ、曹操のやり方に巻き込まれる形となる雪蓮は国を守るために戦わなくてはならない。

 

 

「私はただ、呉のみんなとのんびり暮らしたいだけなのにな~。そんなこと冥琳の前で行ったら怒られちゃうけどね」

 

 

自分を支えてくれる親友を思い出しながら尚も墓石に語りかける。

 

 

「それと母様。そろそろ私も旦那を探さなくちゃダメかもしれないわ。孫呉の未来のために後継ぎを作らなくちゃいけないの。蓮華と小蓮でもいいんだけど、せめてあの子たちには自分の好きな人との子を産んでほしいからね。…………ねえ、母様。母様は父様と幸せだった?」

 

 

 

 

「……そんなこと聞くまでもないわね。子供の頃の思い出の中では二人はいつも笑っていたもんね」

 

 

雪蓮は自分の子供の頃を思い出す。

自由奔放で戦好きの母に振り回されていたお人よしの父。

子供の目に映った二人は、いつも幸せそうに笑っていた。

自分たちをいつも愛しそうに見守ってくれていた優しい表情。

 

 

「私にもそんな人出来るかなー? ……って考えたところで無駄ね。私にはせいぜいたくさんの候補の中から選ぶことくらいしかできないものね」

 

 

呉の王である自分と結婚ともなれば、それ相応の地位を持った相手でなければ釣り合わないし周りも納得しない。

 

 

「まっ、せめて良い男をたくさん用意するように冥琳に頼んどくわ。……それじゃあ母様、また来るわね」

 

 

雪蓮は墓石に背を向け歩き出した。

 

 

「あー、この後は政務の続くだったかしら。でも今日はそんな気分じゃないから街にでも出かけようっと。…………何の音かしら?」

 

 

常人には聞きとれないほどの小さな音が雪蓮の耳を捉える。

 

 

「近づいてくる!」

 

 

だんだんと大きくなるその音に、雪蓮は警戒し腰に佩いた南海覇王に手をかける。

 

 

「だんだん視界が明るくなっ――――」

 

 

その物体は眩い光を放っている。

 

 

そしてけたたましい音と共に水飛沫をあげた。

 

 

 

 

「な、なんなの今のは!?」

 

 

いきなり起こった事態に頭がついていかない雪蓮。

 

 

「川に何かが落ちたのかしら?」

 

 

雪蓮は水面を見つめる。

 

 

すると川の中から何かが浮いてきた。

 

 

「ぷはっ! ゴホ! な、なにこれ!? み、水の中! な、なんでー! ってか服が重い! 上手く泳げないー! だ、誰か! 助けて! リバー! …………ぶくぶく」

 

 

そして再び沈んだ。

 

 

「…………はっ! な、なんだかよく分からないけど助けなきゃ!」

 

 

唖然とその様子を眺めていた雪蓮だが、再び沈んだところで正気に戻り、その人物を助けることにした。

 

 

剣を置き、靴を脱いで川に飛び込む雪蓮。

 

 

「この辺は、けっ、こう、深いわ、ね」

 

 

小さい頃から泳ぎは得意だった雪蓮。

どんどんと進み、目的の場所まで辿り着いた。

 

 

「この辺かしらっ」

 

 

大きく息を吸って潜る雪蓮は、日の光に反射する物体を見つけたのでそれを引きあげた。

 

 

「あたりね」

 

 

そして元の場所まで泳いだ。

 

 

 

 

「いやー、本当なんてお礼を言ったらいいーっくしょん!」

 

 

雪蓮の前には下着一枚の青年がいた。

 

 

 

 

岸に上がった雪蓮は、濡れた身体を乾かすために焚き火を起こした。

 

 

服も脱ごうか迷ったが、さすがに気絶しているとはいえ見知らぬ青年の前で裸になることは憚られた。

 

 

とりあえず乾かすために青年の服を脱がして下着一枚にした。

その際初めて見る服に手間取ったがなんとか脱がすことができた。

 

 

そしてしばらくして目覚めた青年に事情を説明したところ、このように感謝されたのである。

 

 

「ホントびっくりしたわよー。いきなり川に落ちたと思ったら溺れるし。えっとあなた名前は?」

「あっ、申し遅れました。俺は北郷一刀って言います」

「珍しい名前ね。姓が北、名が郷、そして字が一刀でいいの?」

「字? よく分からないけど姓が北郷で名前が一刀だよ」

 

 

一刀は髪の毛染めたのかなーとか、凄い美人だなーとか、スタイルいいなーとか、思いながら雪蓮の質問に答えた。

 

 

「字を知らないのかしら? まあいいわ。私は孫策よ」

「孫策? …………はい?」

「聞こえなかった? 孫策よ」

「いや、聞こえたんだけどね。それって偽名とかじゃないよね」

「ええ。正真正銘私の名前よ」

 

 

そこで一刀はようやく頭を働かせた。

 

 

「まずは整理しよう。確か昨晩は及川と孫策ファイターをしたんだよな。俺の孫策が及川のザンギエフを倒したんだよな。それから飯食って、風呂入って、歯磨いて、ツイートして寝た。それで気付いたら制服のまま川にダイブしてて、溺れて助けてもらって、それで今目の前にいるのが俺を助けてくれた孫策さん。…………わからん」

 

 

よけいに分からなくなってしまった。

 

 

「何ぶつぶつ言ってるの?」

「ご、ごめん。あの、孫策さん」

「なに?」

「いくつか質問していいかな?」

「うーん…………いいわ。その代わり私の質問にも答えてね」

「うん。俺に答えられることなら」

 

 

雪蓮は頷いて一刀の質問を待つ。

 

 

そして一刀は一番疑問思っていたいることを聞いた。

 

 

「ここってどこ?」

 

 

 

 

「ここは揚州の都、建業の街から出たところにある森よ」

「揚州? 建業?」

「ええ。次は私の質問よ。あなたはどこから来たのかしら?」

「俺は東京の浅草。聖フランチェスカの学生だよ」

「……聞いたことないわね」

 

 

お互いに知らないことが多いと判断したので片方の質問を終わらせることにした。

 

 

「孫策さんの字って伯符だったりする?」

「ええ。知ってたのかしら? まだ名乗ってないけど」

「知っているといえば知ってるかな……。弟か妹がいたりする?」

「弟はいないけど妹は二人いるわ。名前は――――」

「孫権と孫尚香?」

「そうよ。普通に知ってるじゃない」

「あは、あはははは」

「ちょ、どうしたの?」

 

 

いきなり壊れたかのように笑いだす一刀に驚く雪蓮。

 

 

「だ、大丈夫だよ? それじゃあ最後の質問いいかな?」

「いいわよ」

 

 

不気味な一刀に少し引いてしまう雪蓮だった。

 

 

「この国を治めているのは誰かな?」

「全体的に見るなら後漢王朝の献帝ね。でも実質、呉、魏、蜀の三つに分かれていて、それぞれの王が治めているわ。呉が私、魏が曹操、蜀が劉備」

「オーマイガットトゥギャザー!」

 

 

一刀は心の中で呟く。

 

 

――父さん、母さん、妹さん、じいちゃん、腐ったミカンの及川。わたくし北郷一刀は、時を駆けました。

 

 

その心の声は誰にも聞こえない。

 

 

 

 

「それで、あなたはこの国の人間じゃないの?」

 

 

ショックでしばらく放心状態だった一刀を雪蓮が正気に戻し、質問に移った。

 

 

「う、うん。俺が居たところじゃないってことは確かだね」

「じゃあ一刀は天の御遣いなの!?」

 

 

新しい玩具を与えられた子供のように嬉しそうに一刀に問いかける。

 

 

しかし、一刀からすれば「えー、なにそれー。ちょっと聞いてないんですけどー」という感じだ。

 

 

「天の御遣いって何?」

「知らないの? 黄巾の乱が始まった頃にも噂があったんだけどね、その時は何もなかったの。でも最近また噂が流れ始めたのよね。天の御遣いが安寧をもたらすーみたいことをね」

「それが俺?」

「わからないから聞いてるんじゃない。でもこの国の人間じゃないのに私や妹たちのことを知ってるってことは天の御遣いなのかもね。いきなり空から降って来たんだし」

 

 

空から降って来る人間なんて聞いたことないと笑い飛ばす雪蓮。

 

 

「俺って空から降って来たの!?」

「ええ。知らなかったの? いきなり辺りが光ったと思ったら凄い水飛沫があがってあなたが溺れてたのよ。その時の一刀の慌てっぷりたら面白かったわ♪」

「それはできれば墓場まで持って行っていただきたいんですが……」

「無理よ」

「フヒーヒ」

 

 

この短時間で雪蓮がどんな人物なのか分かった気がする一刀だった。

 

 

 

 

「それじゃあ服も乾いたことだし帰るわよ」

「あっ、助けてくれてありがとう! また会えたら恩返しするから!」

 

 

これからどうしようかと考えながら乾いた制服を着ていく一刀。

 

 

雪蓮はそんな一刀を見ながら「はぁ? てめえ何意味不明なことほざいてんだ、あ?」と言いたげな表情で一刀を見ていた。

 

 

「何言ってるのよ一刀? あなたも来るのよ」

「へ?」

 

 

ズボン穿く手が止まる一刀。

 

 

傍から見ればこれから情事を行うかのようにも見える。

 

 

ただし、間抜けな表情をしているのだが。

 

 

 

 

森を抜けて街へとやって来た二人。

 

 

街の人の反応は様々。

 

 

「孫策様の隣にいる方はどなた様かしら?」

「キラキラして綺麗な服ね」

「夜道には気をつけな」

「運命を仕組まれた子供か……」

「廬山昇龍覇!」

「お母さん、ポチョムキン人形買ってー」

 

 

いずれにせよ、呉王である雪蓮の隣を歩く一刀に興味津々だった。

 

 

「な、なあ孫策。俺なんかが城に招かれていいのか?」

 

 

一刀はたんなる一般市民である自分が城に行ってはいけないんじゃないかと心配になる。

 

 

「大丈夫よ。だって私が王様だから♪」

 

 

一刀の心配など雪蓮の前では塵芥に等しい。

 

 

「それに行くところないんでしょ?」

「うっ。それはそうなんだけど……」

 

 

この世界に知り合いなどいるはずもない一刀。

 

 

元の世界に帰る手掛かりを探すにしてもまずはこの世界で生きることを考えなくてはならないのだが、現時点では雪蓮だけが頼りだった。

 

 

「ならしばらく城にいてもいいわよ。天の国の話も聞きたいし」

「それは願ったり叶ったりなんだけど迷惑じゃないかな?」

 

 

そんな不安げな一刀を見て雪蓮は言った。

 

 

「言ったでしょ? 私が王様だって♪」

 

 

今はその言葉と笑顔を信じるだけだった。

 

 

 

 

「ただいまー」

「お邪魔しまーす」

 

 

堂々と城内を歩く雪蓮とは対照的に一刀はビクビクと歩く。

 

 

すれ違う侍女が頭を下げる。

 

 

一刀もそれに釣られて頭を下げる。

 

 

侍女は驚いていたが、これが日本人の美徳である。

 

 

「もう、堂々としなさいよ。一刀は私のお客なんだから」

「こういうの慣れてないんだよ」

「まあいいわ。着いたわよ」

「ここは?」

「私たちの執務室よ」

 

 

一刀が案内されたの執務室。

 

 

雪蓮が言うには国の偉い人たちが集まる執務室らしい。

 

 

そんなことを言われた一刀は緊張度が増す。

 

 

「緊張しなくても大丈夫よ。みんな良い子たちだから」

「ういっす」

「じゃあ入るわよ。ただいまー!」

「ぐはっ!」

 

 

雪蓮が扉を開けた瞬間、竹簡が一刀の額を襲った。

 

 

「狙いが外れたか」

「ちょ、冥琳何してるのよ! 一刀大丈夫!?」

「いててて、痛いけど怪我はないみたい」

「す、すまない。雪蓮を狙ったはずなんだが」

「だ、大丈夫」

 

 

あわてて一刀に駆け寄ったのは、眼鏡をかけた爆乳お姉さん、美乳郎こと周瑜――冥琳だった。

 

 

 

 

「ぶー、なんで私が狙われなくちゃいけないのよ」

「ほう、午後から政務のはずがもう夕刻とはどう説明する?」

「そ、それは色々あったのよ! ねえ一刀!」

 

 

孫権――蓮華に額に濡れた布を当てられている一刀は椅子から立ち上がった。

 

 

「うん。孫策が遅れたのは俺のせいだから起こらないであげてくれ」

 

 

一刀が雪蓮のことを呼び捨てにした瞬間、雪蓮以外の視線が厳しくなる。

 

 

「ほらほらみんな睨まないの。一刀はこの国の人間じゃないんだから私を敬う理由なんてないんだから気にしないの」

「どういうことだ?」

「そ、そうですお姉様! 説明してください」

「北方民族の方でしょうか~?」

 

 

陸遜――穏も加わり雪蓮に問い詰める。

 

 

「一刀は天の御遣いなのよ」

『ええ!?』

 

 

執務室は驚愕に包まれた。

 

 

「で、でもあれは管路の虚言だったのでは?」

「私もそう思ってたんだけどね、実際に空から降って来るところをみたら信じちゃったのよね」

「空からですか?」

「うん。空から」

 

 

今日はいい天気です。

 

 

 

 

「とりあえず一刀、自己紹介しなさい」

「わかった。俺の名前は北郷一刀。姓が北郷で名前が一刀。俺の国では字が存在しないからどちらかで呼んでくれ」

 

 

覚悟を決めたのか、意外にも堂々とした自己紹介だった。

 

 

「周瑜、字は公瑾だ。よろしく頼む北郷。それから先程は済まなかった」

「よろしく周瑜。さっきのは気にしてないからいいよ」

 

 

そう言って一刀は手を差し出す。

 

 

「なんだこれは?」

「握手だけど……?」

 

 

普段の挨拶で握手をすることが滅多にない冥琳は一刀が差し出したの手の意味が分からなかったが、握手だと分かるとしっかりとその手を握った。

 

 

「姓は孫、名は権、字は仲謀だ。雪蓮姉様の妹だ。まだお前が天の御遣いなのか分からないので見極めさせてもらう」

「まあ自分でも天の御遣いって何だかよく分からないけどよろしく」

 

 

差し出された手を蓮華は少し戸惑いつつも握った。

 

 

「穏は陸遜と言いますぅ。天の国の事を色々と教えていただければ嬉しですぅ~」

「俺が知っていることなら答えるよ。よろしく」

 

 

穏は喜んで一刀の手を握った。

 

 

「うん。これで終わったわね。他にも何人か紹介したい子がいるけどそれはまた宴の時ににしましょう」

「はぁ。北郷の歓迎会に託けて酒を飲みたいだけだろう」

「そ、そんなことはないわよ?」

 

 

ブツブツと冥琳に説教される雪蓮。

 

 

それを横目で見つつ、一刀は隣にいる蓮華に疑問をぶつけた。

 

 

「ねえ孫権?」

「なんだ?」

「みんなが呼んでるのって名前と違うんだけど愛称か何か?」

「真名を知らないのか?」

 

 

蓮華は「どこの常識知らずのボンボンだよ」と言いたげな表情で一刀を見るのだった。

 

 

 

 

「お前は真名を知らないのか?」

「マナ? マナカナ?」

「何の事を言っているか分からないが、真名とは許可されていない者が呼べば頸をはねられても文句が言えない。家族や信頼した者にしか教えない大切なものだ。……お前には真名がないのか?」

 

 

初見殺しの設定に、真名を呼ばなくてよかったと思う一刀。

 

 

「俺がいたところでは真名というのはなかったな。家族や信頼した人は名前で呼ぶし。ここで言うと"一刀"が真名になるのかな?」

 

 

それを聞いた周りの者は驚きを隠せない。

 

 

「お前は初めて会った者に真名を許したというのか?」

「いやいや言ったでしょ? 真名はなかったって。そりゃ親からもらった大切な名前だけど、それを誰かに呼ばれたからって怒ることなんかしないし、むしろ呼んでくれた方が嬉しいよ」

 

 

仲良くなるにはまず名前を呼ぶことからと言うのが一刀の考え。

 

 

「そ、そうなのか? ……なら一刀と呼ばせてもらおう」

「私は最初から一刀よ!」

「お前の場合は馴れ馴れしいだけだ」

「ぶーぶー」

 

 

胸を張る雪蓮を冥琳が突っ込む。

これがいつもの呉の日常。

 

 

それを見た一刀から笑いが零れる。

 

 

「どうしたんだ?」

「いや、なんか良い人たちだなって思ってさ」

 

 

一刀は目の前にいる女性たちが、三国志の有名人だとは思えなかった。

 

 

「みんなどこにでもいる女の子じゃないか」

「お、女の子だと!? そ、そんな軟弱な――――」

「ふふふ。照れないの蓮華。一刀、あなたくらいのものよ」

「何が?」

「私たちの事を女の子って言ってくれるのは。私たちはどこまでいっても将であって女ではないの。武人として褒められるのも嬉しいけど、女として見てくれることは違った喜びがあるのよ」

 

 

武人としての喜びとは別に、女に生まれたからこそ感じることのできる喜びがあるんだと雪蓮は言う。

 

 

その言葉の意味を、一刀は「この時代の人は美的感覚が違うのかなー」と履き違えていた。

 

 

 

 

「えー、それでは天の御遣いである北郷一刀との出会いを祝して、乾杯!」

『乾杯!』

 

 

盛大に歓迎された一刀は恥ずかしさと共に嬉しさを感じていた。

 

 

「ほれ北郷、さっさと酒を注がんか」

「は、はい!」

 

 

一刀は盃をプラプラさせている女性のもとに向かう。

 

 

「はい、どうぞ」

「うむ」

 

 

姓は黄、名は蓋、字は公覆、真名は祭。

 

 

赤壁の戦いで苦肉の策を演じた呉の宿将である。

 

 

「飲み過ぎないでくださいよ黄蓋さん」

「なに、このくらい飲んだうちには入らぬ。ほれ、空になってしまったぞ」

「はやっ!」

 

 

さっき注いだばかりの酒がすでに空になっていた。

 

 

マジックでも使ったのかと思いつつ一刀は酒を注いでいく。

 

 

「お主はなかなか肝が据わっておるな。気に入ったぞ」

「は、はあ」

 

 

自分のどこが肝が据わっているのか分からない一刀は適当に相槌を打つ。

 

 

「そこらの男では我々を前にしては萎縮してしまうからの」

「まあ確かに女性ばっかりってのは気になるかもしれないけど……」

「はっはっはっは! ますます面白い奴じゃな! ほれお主も飲め!」

「いただきます」

 

 

祭としては我々のような将の前ではという意味だったのだが、一刀は女性しかいないことと勘違いしていた。

 

 

 

 

「えっと、呂蒙と周泰だよね?」

「はひっ!」

「はいっ! 亜莎は人見知りなので気にしないであげてください」

 

 

祭から逃れた一刀が来たのは呂蒙――亜莎と周泰――明命のところ。

 

 

「さっきも紹介したけど俺は北郷一刀。よろしくね二人とも」

 

 

宴の前に簡単に自己紹介を済ませただけなので改めて自己紹介をする一刀。

 

 

「はい! よろしくお願いします一刀様!」

「お、お願いします一刀様」

 

 

元気よく挨拶する明命と少しおどおどしながらも挨拶をする亜莎。

 

 

「か、一刀様? なんで様なの?」

 

 

そこが気になる一刀。

 

 

「はい、一刀様は天の御遣い様ですから!」

「そ、そうです。大陸に安寧を与えてくれるお方ですから」

 

 

天の御遣いの名は絶大なんだと思うと同時に、本当に自分が天の御遣いだと信じきれない一刀だった。

 

 

「どうしたんですか一刀様?」

「何かありましたか?」

「いや、なんでもないよ。ありがとね二人とも」

 

 

自分の存在について考え過ぎて、険しい顔になっていた一刀を二人は心配していた。

 

 

一刀はそれに気付いて二人の頭を撫でることで誤魔化した。

 

 

二人は恥ずかしがりながらも振り払うことはなかった。

 

 

 

 

「一刀」

 

 

名前を呼ばれた一刀は明命と亜莎に断りを入れて、声の主のもとに向かった。

 

 

「どうしたの孫権?」

「貴様っ!」

「やめなさい思春。一刀はこの国の者ではないのだからいいのだ。それは姉様も仰っていた」

「……御意」

「あはは」

 

 

いきなり甘寧――思春に殺気をぶつけられた一刀は、乾いた笑いと共に初見の者の前では敬語を使おうと心に決めた。

 

 

「甘寧だ」

「甘寧さんね。俺は北郷一刀だ。よろしくね」

「甘寧で良い。蓮華様が呼び捨てを許したのだ。部下である私も呼び捨てで良い」

「わかった」

 

 

そして他の者にしたように握手するために手を差し出す一刀。

 

 

「なんだこれは?」

「握手よ思春。してあげなさい」

「フン」

「あはは」

 

 

蓮華の命令には逆らえない思春は一瞬だけ握ってすぐに離した。

 

 

やはり乾いた笑いの一刀だった。

 

 

「すまない一刀。いつもはあのような感じではないのだが」

「気にしてないよ。それにちゃんと握手してくれたしね」

 

 

ちっちゃいことは気にしないワカチコ一刀。

 

 

「思春は私の護衛をしている者だ」

「へぇ。それは心強いね」

「ああ。公私ともに私を支えてくれている」

「もったいないお言葉です」

 

 

ある程度心許した蓮華は一刀と積極的に言葉を交わした。

やはり誰しも天の国に興味があるのか、内容はほとんどが天の国関連だった。

 

 

 

 

「ドーン!」

「おわっ! な、なんだ!?」

 

 

いきなり感じた背中への衝撃に戸惑う一刀。

 

 

「こら小蓮! 何をしているのだ!」

「お姉ちゃんばっかり一刀と話してずるい!」

 

 

その衝撃の正体は孫尚香――小蓮だった。

 

 

「何を言うか! 私は天の国の話を聞いていただけだ!」

「そんなこと言って仲良くなる気だったんでしょー!」

「小れ――――」

「ほら一刀、あっち行こう!」

「え、あ、ちょっと!」

「小蓮! 待ちなさい!」

「蓮華様、もう少しお静かにされた方がいいかと」

「もうっ」

 

 

ずるずる引き摺られていく一刀を見ながら蓮華はやるせない思いになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、一刀ア~ン」

「ちょ、ちょっと尚香ちゃん?」

 

 

料理を目の前に突きつけられ、たじろぐ一刀。

 

 

「ほらほら、据え膳食わぬは男の恥だよ」

「いや、据えられてないし」

「気にしちゃ負けだよ」

「ああもうっ、わかったよ。あ~ん」

「あむ。美味しい♪」

 

 

意を決して口を開いた一刀だが、料理は小蓮の口に入った。

 

 

「フェイントか~い!」

 

 

思わず突っ込んでしまった一刀。

 

 

「ふふ、残念だった?」

「ぐっ、そんなことないぞ?」

「嘘だー! 今一刀、残念そうな顔したもーん!」

 

 

しばらくピンクの悪魔に振り回される一刀だった。

 

 

 

 

「はぁ……。なんか疲れた一日だったな」

 

 

宛がわれた部屋の寝台に腰かけ呟く一刀。

 

 

「そんなに疲れたの?」

「うん。…………ってなんでいるの!?」

「もう、普通に入って来たのに一刀ってば気付かないんだから」

 

 

そこにはピンクの悪魔の姉がいた。

 

 

「こんな時間にどうしたの? 夜這いにでも来たの?」

 

 

笑いながら一刀は言った。

 

 

もちろん冗談なのだが。

 

 

「…………そうよ」

「えっ?」

「身体が火照って苦しいの……。ねえ一刀、この火照りを鎮めてくれるかしら?」

 

 

いきなりのことに頭がついてこない一刀。

目と鼻の先には美人のお姉さん。

何だか良い匂いもしてくる。

 

 

――もはや前進あるのみ!

 

 

一刀は覚悟を決めた。

 

 

「な~んてね。あれ? どうしたの一刀?」

 

 

肩透かしを食らった一刀は寝台にずっこけた。

 

 

「またしてもこのパターンか。孫姉妹侮りがたし」

 

 

雪蓮もまた、ピンクの悪魔だった。

 

 

 

 

「それで、元気出たかしら?」

「えっ?」

「元気出たかって聞いてるのよ。なんかずっと元気なさそうだったじゃない?」

 

 

そんなことない、とは言えなかった。

 

 

「不安なのよね?」

「……そうかもしれない。いや、多分そうだ」

 

 

表面上は平静を装っていた一刀だが、心に巣食う不安は雪蓮には隠せていないようだった。

 

 

「そりゃそうよね。誰も自分の事を知らない世界にいきなり連れて来られて、天の御遣いなんて言われたら誰だってそうなるわよね」

「孫策はそうならない気がするけど……」

「ひっど~い! 私だって不安になるわよ?」

「そこは俺に聞くなよ」

 

 

そこで二人は静かに笑いあった。

 

 

「思ったより元気そうじゃない」

「孫策やみんなのおかげだよ。確かに不安だし天の御遣いが何をするために存在するか分からないけど、孫策たちがいたからここまで何とかなってるよ」

「……一刀、天の御遣いが何をすればいいのか分からないなら気にしなくていいんじゃないかしら」

「……それってどうなの?」

「だって分からないなら考えたって仕方ないじゃない? 今は乱世の時と違って私たちには天の御遣いの存在はさほど重要じゃないの。まあ乱世の時なら一刀の事を政治的に利用してたかもしれないけど」

「じゃあ俺は何をすればいいのかな?」

「差し当たり何もしなくていいんじゃない?」

 

 

ガクッと力が抜ける一刀。

 

 

「いいのかよそれで」

「いいのよ。だって私が――」

『王様だもん』

「言うと思ったよ」

「分かってるじゃない♪」

 

 

なんとなく心が軽くなった気がした一刀。

 

 

 

 

 

「それじゃあ一刀、おやすみなさい」

「ありがとう孫策。おやすみ」

 

 

明日何するのかは明日になってから決めよう。そう考えた一刀は眠りに就くのだった。

 

 

 


 
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