No.185638

真恋姫無双~天帝の夢想~(董卓包囲網 其の四 虎牢関)

minazukiさん

二ヶ月ぶりの更新です。
そろそろ忘れ去られてそうでドキドキしています。

あとがきでお詫びと二ヶ月間の出来事を大まかに書きましたのでお許しください。

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2010-11-20 21:41:17 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:12663   閲覧ユーザー数:10429

(董卓包囲網 其の四 虎牢関)

 

 一刀の不安はすぐに的中することになった。

 雪蓮を追いかけていった華雄は深追いをし過ぎ連合軍の中で孤立した。

 勢いで戦っていた華雄隊は連合軍の圧倒的な数の前に疲弊し一人、また一人と討ち取られていき、華雄が気づいた時には供廻りの数十人のみとなっていた。

 

「孫策!どこだ!」

 

 それでも雪蓮を探す華雄に連合軍の兵士達は手柄欲しさに槍を激しく突き立ててくる。

 

「ええい、邪魔だ!」

 

 金剛爆斧を力の限り振り回し鮮血の花を咲かせていく華雄だった、次から次へとやってくる新手にその気力が削がれていった。

 その様子を少し離れた場所で馬を引き返した雪蓮が見守っていた。

 

「華雄はまもなく討ち取れるはずだ」

 

 冥琳は雪蓮の隣に馬を並べながら彼女と同じ視線の先を見守っていた。

 

「勝利は近いってことかしら?」

「そうだ」

「じゃあ、せめて最後ぐらいは私の手で決めさせてもらえるかしら?」

「止めても無駄でしょうから行ってきたらどう?」

「あははっ、さすが冥琳♪」

 

 苦笑交じりに答える冥琳に雪蓮は満面の笑みを浮かべて馬を飛ばしていく。

 疲弊した華雄であれば雪蓮の武を持ってすれば何も問題なく討ち取れることは疑いようのないことだった。

 

「華雄を討ち取ればあとは前に進むだけだ。決して臆することなく進め!」

 

 冥琳はこの戦で孫家の力を取り戻す土台を作っておきたかった。

 いつまでも袁術の下でいるつもりなどない雪蓮のために少しでも有利な状況を作っておくのが軍師の役目であることを自覚している冥琳。

 

「それにしても」

 

 今のところ数では連合軍が圧倒しているが、それでも完全に押し切れていないところを見ると孫家の天下取りも容易に感じていた。

 将来の敵となりうるのは未だにその実力を見せていない曹操、少数ながらも善戦している劉備ぐらいなものだった。

 

(袁家など所詮、その名声と数だけだ)

 

 そしてその戦い方も実に単純明快で、数で押しているだけの物量作戦。

 大軍を用いるにはそれなりの準備が必要があるのにも関わらず、ただ前進しているだけでは反撃を受けた時の対処ができなくなる。

 

(連合軍すべてが雪蓮の軍ならば……)

 

 そう思うたびに自分達の数の少なさを恨めしくもあったが、それをいつまでも悩んでいても仕方なかった。

 

「とにかく今は雪蓮のためにもこの戦は勝たなくては」

 

 すべてはそれからだった。

 

「弓隊、孫策を支援するために一斉射撃をせよ」

 

 数の減った華雄隊をさらに窮地に追い込み雪蓮が動きやすいようにするのが今の自分の役目だと冥琳は思い、すぐさま弓隊に攻撃を命令した。

 振る注ぐ矢に華雄隊はさらに数を減らし、華雄自身も肩や膝に矢傷を負っていく。

 

「勝利はもうすぐだ。一気に勝負を決めよ」

 

 冥琳の采配で孫策軍は華雄隊に止めを刺すために前進していく。

 一糸乱れぬ前進と弓隊によって被害を出している華雄隊を怯ませたが、それでも逃げ出す者は一人もおらずその命が尽きるまで戦い続けた。

 だがそれも僅かな時間であり、一刻もしないうちに華雄一人を除いてほぼ壊滅状態となった。

 一人になっても戦うことをやめない華雄は馬を失い全身に傷を負っていき、次第に体力を失っていた。

 

(董卓様のために!)

 

 ただその想いが華雄を戦場に立たせていた。

 事実無根の流言に惑わされた連合軍に憤りを感じ、月は何一つ卑しい気持ちがないことを証明するために戦う華雄。

 そんな彼女の前に馬に乗って雪蓮が現れた。

 

「頑張るわね」

 

 全身を赤く染めようとも戦い続けている華雄を見て正直な感想を口にする雪蓮。

 対して華雄は雪蓮を睨みつけた。

 

「孫策……」

「雑兵に討たれては武人の名折れだと思って私が来てあげたわよ」

「ふん、討たれるのは貴様だ」

 

 両手で金剛爆斧を構える華雄に雪蓮は馬から下りて南海覇王を両手で構えた。

 間合いを計るように二人は動かずお互いの様子を伺う。

 

「いくぞ!」

 

 先に動いたのは華雄だった。

 疲労しているとは思えない早さで雪蓮に向って金剛爆斧を大きく振り上げて頭上から叩きつけていく。

 華雄ほどの武人の力をまともに受け止めるのは雪蓮でも危険を感じさせるものがあるようで、雪蓮はさっと後ろへ飛んだ。

 それと同時に華雄の一撃は地面に叩き付けられた。

 

「ちっ」

 

 すぐに金剛爆斧を振り上げた華雄だったが、その僅かな隙を突いて雪蓮は華雄に飛びつくように懐へもぐりこんだ。

 

「くすっ」

 

 笑みを浮かべる雪蓮は南海覇王を華雄の首元へ突き上げていく。

 それを間一髪で避けた華雄だったが、わずかに体勢が崩れそこへ雪蓮は左手で力強く押し飛ばした。

 ほとんど無防備状態だった華雄の身体は地面に転がり、砂埃を巻き上げていく。

 

「惜しかったわね。短剣があれば終わっていたのに」

「なにを……」

 

 脇腹を抱えながら立ち上がる華雄は再び金剛爆斧を両手で握り締めようとしたが、その脇腹が痛みを訴えてきた。

 

「これしきのことで……」

「あら、強がりはよくないわよ。ただでさえ貴女はもう気力だけで戦っているようなものなのだから」

 

 雪蓮の言葉どおり、華雄はすでに満身創痍に等しかった。

 脇腹の打撃だけではなく、肩や膝にある矢傷に加え全身の至るところに切傷があり、そこは鮮血に染まっていた。

 

「強がりかどうか確かめてみるんだな!」

 

 そう言って雪蓮目掛けて突進していく華雄は金剛爆斧を大きく振りかぶっていく。

 

「それもそうね」

 

 今度は雪蓮も南海覇王を振りかぶりながら自分から華雄に突進していく。

 

「はぁあああああ!」

 

 お互いの刃が激しくぶつかり合い火花が生じる。

 何度も打ち合い一歩も引かない雪蓮と華雄。

 まったくの互角のように思われた一騎討ちだったが、一瞬、華雄は全身にこれまでに蓄積されていた疲労と痛みで一瞬動きが止まった。

「終わりね」

 

 短くそう言った雪蓮は華雄の金剛爆斧を天高く弾き飛ばした。

 睨みつける華雄に余裕の笑みを浮かべる雪蓮。

 

「それじゃあね、華雄」

 

 今度こそ討ち取れると確信した雪蓮は身体を回転させてその勢いをもって南海覇王の刃を華雄の首に目掛けて真横に流れていく。

 

(董卓様……)

 

 ここで討たれる自分を許して欲しいと謝罪をする華雄。

 だが、そこへ、

 

「華雄!」

 

 力強い声が諦めかけていた華雄を動かし、間一髪のところで南海覇王の刃から自分の首を避けさせ身体ごと地面に倒れこんだ。

 空を切った一撃に雪蓮は舌打ちをしたが、声のした方を見ると目を大きく開いた。

 そこにいたのは馬に乗って白い服を身に纏っている一刀の姿だった。

 

(あら?)

 

 予想外の人物に驚く雪蓮を他所に一刀は馬から転がり落ちるようにして降り、地面に横たわっている華雄の元へ駆けつけていった。

 

「華雄、大丈夫か?生きているか?」

 

 華雄を起こす一刀。

 

「な、何をしに来た、貴様」

「何って華雄を助けにきたんだよ」

「貴様の助けなどいらん」

 

 一刀の手を振り払い自力で起き上がる華雄だったが、彼の声がなければ討ち取られていたことは間違いなかっただけに悔しさがこみ上げてくる。

 

「よかった、無事だったんだな」

「この姿を見て無事だと言える貴様はどうかしているがな」

「確かにな。でも、生きていてくれてよかった」

 

 一刀の華雄に対する心配は嘘偽りでないと華雄ではなく雪蓮は気づいた。

 

(ふ~ん。これがあの天の御遣いね)

 

 雪蓮からすれば一刀は武芸にも軍略にも精通しているようには見えなかった。

 ただ、戦場のそれも敵の真っ只中に華雄を助けるためだけに突撃をしてきたその勇気は賞賛に値すると同時に、無謀さも感じていた。

 

「悪いけどここは引かせてもらうよ」

「なっ!?」

「あら、人の楽しみを邪魔して帰れると思うの?」

 

 南海覇王を一刀に向ける雪蓮。

 それに臆することなく一刀は真っ直ぐに雪蓮の目を見返す。

 

「帰る」

 

 迷いもなく力強く答える一刀に雪蓮は視線を外さなかった。

 そればかりか、自分よりも弱いはずの相手の視線が身体の自由を奪っているような感覚を覚えた。

 

「あっそう」

 

 雪蓮は息を吐くと自分の身体の感覚を確かめながら南海覇王を鞘に収めていく。

 

「ならさっさと華雄を連れて行きなさい。今回は見逃してあげる」

「それは助かるよ」

 

 雪蓮の言葉を一刀は素直に感謝をした。

「じゃあお言葉に甘えて華雄は連れて行くよ」

「き、貴様、私は引かぬぞ」

「引くんだ、華雄」

「嫌だ」

「華雄!」

 

 一刀の今までにない鋭い視線をまともに受けた華雄は声を失った。

 皇帝のお気に入りであり月とも仲が良く、今回の総大将になっている一刀ではあるが武など足元にも及ばないことで侮っていた華雄は反論を続けようとした。

 

「十分戦ったんだ。ここは大人しく引いてくれ」

「……」

「俺のためではなく月の……董卓のためにもだ」

 

 誰かのために生きて欲しいという願いに華雄は反論できなかった。

 一刀ではなく月のために自分はこんなところで簡単に命を落としてよいのだろうか。

 そう考えると迷いが生じていく。

 

「華雄」

 

 そんな華雄に見かねたのか雪蓮が声をかける。

 

「せっかく拾った命よ。ありがたく思って今は引きなさい」

「なに……?」

「勝負は後日にお預けするって言っているのよ。さっさと彼と一緒に帰りなさい。さもないと本当にここで無駄死にをすることになるわよ?」

 

 生きていれば名誉挽回の時もある。

 ついさっきまで戦っていた相手からも生きるようにと言われ、華雄は驚き、戸惑い、そして恥辱に打ち震えていた。

 

「華雄、引くぞ」

「……わかった」

 

 これ以上ここにいては危険であり、その中で雪蓮が見逃すと言っていることに華雄は言いようのない敗北感に包まれていった。

 

「ありがとう」

「えっ?」

 

 一刀からの感謝の言葉に驚く雪蓮。

 

「いや、見逃してくれることにお礼を言ったんだけど」

「普通、礼なんて言うかしら?」

「普通は言わないだろうね。でも、今は言わせて欲しい」

「そう。じゃあその礼として貴方の名前を教えてもらっていいかしら?」

「名前?いいけど」

 

 一刀は敵である雪蓮に自分の名前を教えた。

 

「それじゃあ、私も名乗っておくわ」

「いいのか?」

「ええ、どうせこれからどこかで再会するかもしれないし。その時に誰って言われるのは嫌なだけよ」

 

 傍から見れば滑稽な会話だったが一刀からすればある意味で命を賭けた戦いをしているような感覚だった。

 

「私は雪蓮よ」

「雪蓮?それって……」

「それじゃあまた会いましょう♪」

 

 あえて孫策と言わずに真名を口にした雪蓮は楽しそうにその場から去っていった。

 残された一刀はそれが真名であることを彼女の行動から見て理解したが、改めて口にしようとはしなかった。

 それよりも今はこの場からすぐに立ち去り、安全圏まで交代する必要があった。

 

「華雄、一旦引くぞ」

「……」

 

 もはや華雄には拒否する力もなかった。

 華雄を救い出した一刀は虎牢関まで何とか引き上げてきた。

 すでに華雄は戦意を喪失しておりただ黙って一刀に続いていた。

 

「一刀」

 

 そこへ応急手当を終えた霞がやって来た。

 

「霞、すまないが今すぐに出撃してくれないか」

「それはかまわんで。ウチも暴れ足りへんかったから丁度今から行こうと思ってたところや」

「すまない」

「ええって。ほな行ってくるわ」

 

 手を振って一刀から離れてく霞はその途中で華雄の方を見たが何も言わずに去っていった。

 程なくして張遼隊が華雄隊の代わりに出撃をして行くと、一刀は伝令に霞と恋を支援するようにと他の将に伝えるように指示をした。

 

「とりあえず華雄は傷の手当てをしてくれ。その間、何とか霞達に頑張ってもらうから」

 

 すぐに手当て出来る場所へ案内するようにと別の兵に声をかける一刀に華雄は何も言わなかった。

 今の彼女は武人として雪蓮に破れ、臣下として一人で主君の汚名を拭いきれなかった悔しさに心が支配されていた。

 

「華雄?」

「……」

「お~い」

「……」

「あ、月」

「と、董卓様!?」

 

 月に反応した華雄は顔を上げたがここにいるはずもなかった。

 嘘をつかれた華雄はキッと一刀を睨みつけた。

 

「そんなに睨み付けないでくれよ。華雄がいくら声をかけても反応しなかったんだからな」

「だからといって董卓様の名を使うな」

「はいはい。まぁそれは置いておいて、傷の手当てをしてきてくれるかな?」

「……してやってもいいがその前に一つ聞きたいことがある」

「何?」

 

 睨み付ける華雄に一刀は内心汗をかきながら視線を逸らさず見返す。

 

「なぜ貴様は私を助けた?」

「はい?」

「だからなぜ私を助けたのだと言っているのだ。貴様は仮にも全軍の総大将だ。そのような者が軽はずみにあのような場所に来るなど考えられん」

 

 華雄の言っていることは正しかっただけに一刀は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「答えろ。さもなければここで貴様を締め上げる」

「物騒だな。はぁ……、助けたかった。それだけさ」

「何?」

「だから助けたかったんだ」

 

 華雄が討ち取られると全軍の士気は落ち、せっかく弄した策も無駄になってしまう。

 それは結果的に月や百花を危険に晒してしまうことになりかねない。

 では回避するためにはどうするべきか。

 それは危険を承知で追いかけていき、華雄をどんなことをしてでも生きて引き戻すしかなかった。

 結果としてそれは間一髪のところで成功したが、あと半歩遅ければ華雄を失い、一刀自身も討ち取られていた可能性があった。

 

「貴様は自分の立場をわかっているのか?」

「それを言われると言い返せないな」

 

 笑ってみせる一刀だが、それが気に入らない華雄は両手で一刀を締め上げた。

 

「か、華雄、ギ、ギブギブ……」

「煩い。貴様のそういうところが私は気に入らないのだ」

 疲弊しきっている華雄だが一刀をこのまま息の根を止めることは簡単だった。

 

「華雄将軍!」

 

 その様子を見ていた董卓軍の兵士達は慌てて止めに入ったため一刀は何とか解放された。

 

「ゲホゲホッ……。華雄、少しは手加減してくれよ」

「知るか」

「でも、本当に助けたかったんだ。華雄にもしものことがあったら月に申し訳ないだろう?」

 

 臣下に対しても心配をする月の優しさに一刀も胸を打たれていただけに、彼女の願いを出来る限り叶えてあげたいと思っていた。

 同時に彼女の冤罪を証明したかった。

 

「董卓様に申し訳が立たぬ」

「でもこうして生きているんだ。いくらでも名誉挽回はできるさ」

「名誉挽回?ふん、武人とは何なのか知りもしないくせに偉そうなことを言うのだけは一人前だな」

「それを言われると言い返せないな」

 

 華雄は軽く笑ってみせる一刀に今度は何もしなかった。

 

「じゃあ、華雄は武人とは何か知っているんだね」

「当然だ」

「そっか。じゃあ君の無茶な追撃のせいで大勢の兵士を無駄死にさせたのも武人の何とかに入るのかな?」

「なっ……」

 

 一刀の表情から笑顔が消えていた。

 それは華雄に対する怒りではなくどこか哀れんでいるように見えた。

 

「華雄は自分の武人としての力に頼りすぎて周りを見なかった。そのために出さなくていい犠牲が出た。そんな武人が敵に勝てると思っているの?」

 

 理性よりも感情に任せて突撃した結果が華雄隊の壊滅を招いた。

 華雄が自分の武を過信しすぎていることを一刀は指摘していた。

 彼女を助けたい気持ちは本当であるが、彼女にも自分の過ちに気づいて欲しいと思っていた。

 

「華雄、失敗を繰り返さないためにも今回のことは肝に銘じて欲しいんだ。それが月を守ることにも繋がると思う」

「……」

「君にはしばらく俺の傍にいてもらうから。軍を率いることは禁ずる。いいね?」

 

 華雄隊の壊滅によりどっちにしても華雄は率いる軍はない。

 自分の近くにいて武人として、そして一人の将として成長して欲しいという一刀の願いに華雄はもはや何も言わなかった。

 

「とにかく手当をして少し休んでくれ」

「……」

 

 兵士に付き添われて歩き始めた華雄は数歩進んで立ち止まった。

 

「北郷」

「なに?」

「……貸しにしておいてやる」

 

 それだけを言い残して華雄は去っていった。

 

「やれやれ」

 

 一刀からすれば傷ついたとはいえ生きてくれていることに嬉しさを感じていた。

 だがすぐに現実に戻って今の戦況を確認した。

 

「張遼将軍と呂布将軍でなんとか戦線を支えてもらっている間にこちらも編成しなおしていこう。支援隊はそのまま両将軍を後方から助けるように」

 

 華雄隊の壊滅が思った以上に戦況を動かしているのではないかと思うほど、連合軍の攻撃は激しさを増してきていた。

 致命的な敗北に至っていないのは霞と恋、それに董卓軍の勇猛さによるものだった。

 霞達の反撃で連合軍も勢いを緩めていた。

 戦況を見守っていた一刀の元に恋が劉備軍と戦い始めたと聞いてハッとした。

 

(恋が劉備達と戦っている……)

 

 一刀の知っている歴史であれば華雄を討ち取られる以上にまずい結果を生み出すことであり、今回、それを避けなければならない一つだった。

 

「すまない。すぐに出撃をするからここをまた任せてもいいかな?」

「一刀様?」

「どこへ行くというのですか?」

 

 桂蘭と音々音は一刀の言葉に険しい表情をした。

 総大将が何度も動かれては全軍の士気にも影響を与えることも知らないのかと音々音は言いたかったが、それよりも早く一刀が手短に事情を二人に話した。

 

「恋殿が負けるはずがないことぐらい、いくらヘボなお前でもわかっているはずですぞ」

「信じたいさ。それでも心配なんだ」

「心配なのはわかりますけど、やはり総大将はここにいるべきです」

 

 音々音ばかりか桂蘭までもが一刀の出撃に反対を示した。

 二人の軍師の言うことは正しくもあり、一刀も十分に理解をしていたがそれでも一度心配になってしまうと不安を打ち消せなかった。

 

「なら私が護衛としてついていけばよかろう」

 

 意外な助け舟を出したのは応急手当を終えた華雄だった。

 手当てをしたとはいえ、傷が完全に癒えていない華雄が一緒に行っても危険は変わらないと思っていた桂蘭だが、一つだけ条件を出した。

 

「もし無事に戻ってこられなかったら降伏しますがよろしいですね?」

 

 総大将を失えばどの道、敗北は免れない。

 それならば少しでも生存率をあげるなら降伏するほうが遥かにマシだと判断した桂欄に一刀は頷いた。

 自分勝手なことは十分承知しているため、それぐらいのことは認めなければここから動くことも出来ない。

 

「わかった。その代わりギリギリまで待ってくれ。必ず戻ってくるから信じてくれ」

「はい」

「ねねは許したくはないですが、恋殿のことを心配しているということを評価して行かせてやるです」

「ありがとう、ねね」

「華雄将軍、どんなことがあっても一刀様を守るように」

「貴様に言われなくともわかっている」

 

 素っ気無く答える華雄は踵を返して出陣の準備に取り掛かっていく。

 

「そういえばまだ連絡は来てないんだよな?」

「はい。そろそろだと思いますが」

 

 起死回生の策を今か今かと待ち望む一刀だが、こればかりはどうすることも出来なかった。

 

「知らせがきたらすぐに教えてくれるかな?」

「承知いたしました」

「それじゃあ行ってくるよ」

 

 二人に後事を託して一刀は出陣の準備に取り掛かっていった。

 残された二人だが、音々音は一刀の行動に不満を漏らし桂蘭は何も言わずにただ一刀が去っていった先を眺めていた。

 

「信じてくれ……か」

「何か言いましたか?」

「何も」

 

 戦乱の中で他人を信じきることがいかに難しいことなのか桂蘭は知っているだけに、一刀を信じきれる自信はなかった。

 ただ彼女が出来ることは二通りの結末になった時の対処をしながら現状を維持することだった。

 一足先に準備を整えた華雄を見て一刀は妙に嬉しい気持ちになった。

 それが表情に出てしまったせいで華雄から睨みつけられた。

 

「なんだ、気持ちの悪い顔をして」

「気持ち悪いって……、失礼だな」

「なら私を見てなぜそんな顔をしている?」

「そりゃあ華雄がいてくれるからだよ」

「はあ?」

 

 意味のわからないことを言うといった感じで今度は呆れ顔になる華雄を他所に一刀は自分の馬に乗っていく。

 

「まったく、董卓様は貴様の何処が良いというのだろうか」

「なに?」

「なんでもない。それよりも呂布の元まで行ってどうするつもりだ?まさか引揚させるなどと考えてはいるのではないだろうな?」

 

 それも一瞬、一刀は考えたが下手に引けば連合軍に勢いをつけさせてしまう危険性がある。

 ではどうするか。

 

「そうだな。どうにもならないときは華雄に頑張ってもらおうかな」

 

 もちろん傷ついている華雄にそんな無茶なことをさせるつもりなど一刀にはなかった。

 だが言われた方は冗談として受け止めていなかった。

 

「ふん、貴様に言われなくとも先刻の失敗を取り返してやる。この命に変えてもな」

「いや、そこまで言ってないんだけど……」

 

 やる気を出している華雄の士気を下げるわけにもいかない一刀はそのまま言葉を飲み込んだ。

 軽く息をつく一刀に華雄は馬を横につけた。

 

「華雄?」

 

 今度は華雄が一刀をじっと見た。

 

「貴様のことはまだ信じきれないが、この命を救ってくれたことは感謝している」

「へっ?」

 

 また何か文句を言われるのかと思っていた一刀は華雄からの感謝の言葉に驚いた。

 それに対して華雄は視線を鋭くしすぐに口調をいつもどおりに戻した。

 

「だが勘違いするな。私は今でも董卓様のために戦っている。断じて貴様の為に戦っているわけではない。付いていくのもさっきの借りを返すためだ。勘違いするな」

 

 それだけを言い残して華雄は一刀から離れていった。

 残された一刀は去っていく華雄の後ろ姿を見送り、また嬉しさがこみ上げてきた。

 

「ありがとう、華雄」

 

 何に対しての感謝なのか一刀は口にする必要もなかった。

 ただこうして生きていてくれることが嬉しかった。

 そして空を見上げるとそこにはさっきと変わらない青空が広がっていた。

 

(無事に帰るから心配しないで)

 

 洛陽で待っている大切な人達を思い浮かべる一刀。

 

(俺達が頑張れば百花に無茶なことをさせなくて済むし、もうしばらく頑張ってみようかな)

 

 黄巾の乱以上に危険性が高いだけに強く願ってしまう。

 一刀は自分がどこかで弱気になっているのではないかとふと思って苦笑いを浮かべた。

 死んでしまえばそこまでだが生きていればいくらでも挽回の好機は訪れる。

 

「それじゃあいこうか」

 

 戦うのは好きでなくとも戦わなければならない。

 自分の大切な人達を守るために。

 一刀は華雄と共に開かれた門を一気に駆け出した。

 その頃、洛陽では百花が月達と共に不安な日々を送っていた。

 早馬などですでに虎牢関まで連合軍が押し寄せてきていると知らされ、いてもたってもいられないといった感じだった。

 

「みなさん、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫よ」

 

 自分のせいで危険な目にあっていると思うだけで胸が押しつぶされそうになる月を必死になって励ます詠。

 本来であれば軍師である詠も戦場にいるべきだったが、月の傍にいて欲しいと一刀からの願いを受けて留まっていた。

 

「そうです。一刀達が負けるはずはありません」

「でも、百花様にも害が及んでしまっては……」

「大丈夫です。私は皇帝ですから」

 

 優しく微笑んでている百花だが、その胸のうちは穏やかではなかった。

 それでも皇帝である以上、弱気でいるわけにはいかなかった。

 

「ところで詠、西の方はどうなっていますか?」

 

 東に目が向いて西からの襲撃がないわけではなかった。

 連合軍との戦闘が開始されてすぐに涼州の馬騰軍が軍を進めているという情報が入ってきていた。

 ただ、積極的に動いているわけではなく、まるで様子を伺っているかのようにある一定まで進んでは止まるのを繰り返していた。

 

「正直なところ、まったく読めなくて困っているところです。まぁ前回のことがあるから敵意をむき出しで襲ってくるとは考えられないけど」

 

 それにと詠は思った。

 董卓軍と馬騰軍は同じ涼州の生まれであり、通じるものもあるため今回は必要以上に気にすることはないかった。

 

「そうですね。今は余計なことを考えても仕方ありません。それよりも朝廷軍は準備できていますか?」

「できています。ただ、これを動かすということは……」

 

 一刀達が敗北する時。

 そうならないために初めから出しておけば事態はもっと簡単に動くと思えたが、いくつかの問題がありすぐに動かせなかった。

 一つは軍を率いる将軍の不足。

 これは先の宦官の一掃と黄巾の乱中に『病死』したこと、また新しい朝廷の枠組みを作るために再編成にあたり董卓軍の将軍を配置していた。

 今回、董卓軍の主だった将軍はすべて出払っており、軍を任せられる将軍が皇帝付き徐栄しかいなかった。

 もう一つは皇帝が董卓を庇い諸侯を蔑ろにするという外聞を作ってしまい、漢王朝に対して忠誠を誓う者がいなくなり、朝廷の権威が失墜する恐れがあった。

 

「とにかく私達は最悪の事態にも備えておく必要はあるので準備だけは整えておいてください」

「わかりました」

「それと月。少し自室で休んでください。あまり眠っていないのでしょう?」

「はい……」

 

 月は今にでも泣き崩れそうだった。

 だがここで泣いてしまえば百花達に余計な心配をかけさせてしまうと思い、必死になって涙を堪えているが、その姿の方が百花達に心配をさせていた。

 

「とにかく少し横なってください。これは命令です」

 

 命令でもしなければ休まない月を百花は優しく諭していく。

 

「はい……」

「詠、頼みましたよ」

 

 百花は詠に月を休ませるように頼み、詠は頷いて月を励ましながら部屋を出て行った。

 それを見送った百花は一人になると胸元からハンカチを取り出した。

 これがあるかぎり一刀は戻ってきてくれる。

 そう信じるしかなかった。

 

「一刀、どうか無事に戻ってきてください」

 

 祈ることしか出来ない自分の代わりに戦場に立っている一刀が無事でいてくれることだけが百花の支えであった。

 同時に、自分が頼ってばかりではどうすることもできないなら、それから変わらなければならない。

 

「陛下」

 

 ノックと同時に部屋の外から徐栄の声が聞こえてきた。

 百花は入るよう言うと徐栄は入ってきて礼をとった。

 

「百花様も少しはお休みになってください」

「私は大丈夫です」

「一刀様が出陣なさってからほとんど眠っていらっしゃらないはずですが?」

 

 常に百花の近くにいるだけに彼女の嘘を見抜いている徐栄。

 そんな徐栄に対して百花は苦笑いを浮かべた。

 

「本当に大丈夫です。それよりも一刀の方が心配ですから」

「大丈夫です。必ず一刀様達は戻ってきます」

 

 苦しくてもそう信じなければいけない。

 百花を守れなかった自分を許してくれ、再び百花達と生きていける喜びを与えてくれた一刀を徐栄は信じていた。

 

「無事に戻られたら一刀様とゆっくりお休みになってください」

「徐栄……。ありがとうございます」

「いえ、出すぎたことを言って申し訳ございません」

 

 それだけを言うと徐栄は部屋を出て行った。

 

「皆に心配をかけてしまっていますね。一刀、私はまだまだですね」

 

 皇帝として人としての百花はまだまだ未熟なところがあったが、それは仕方ないことだった。

 椅子から立ち上がって窓の傍に行き空を眺めると百花の心境とは正反対に青空が広がっていた。

 そして同じ空の下で一刀は命がけで戦っている。

 今すぐにでも駆けつけて彼の為に何かをしてあげたい。

 霞や恋のよいに武芸に優れていればどこまでも一緒にいられる。

 詠達のように戦う術を知っていれば彼が楽に戦えるように献策できる。

 だが現実の百花はその二つが備わっていない。

 

(一刀がもし皇帝だったら今の私とは違ったものを作り出しているでしょうね)

 

 天の御遣いと称されてもどこにでもいる普通の人なのだと、百花は彼を初めて受け入れた日に感じた。

 それでもその名に恥じないように一刀は先頭に立って戦っている。

 そんな彼が皇帝になりこの国を治めていれば無用な争いなど起こらないのではないのか。

 

(もしそうであれば私は一刀に全てを差し出し、傍で支えてあげた)

 

 皇帝の位を一刀に譲れば天の御遣いと皇帝が一つとなり天帝になれる。

 そうすれば自分は彼を支え、人生の全てを彼だけのために捧げることが出来る。

 

(でもそんなことを望んでも一刀からすれば迷惑ですね)

 

 いずれ天に帰ってしまうかもしれない。

 だからこそこの世界に一刀を繋ぎとめていたい。

 皇帝としてではなく一人の愛する女として。

 

(私は一刀のことになると我侭になってしまいますね)

 

 今がどういう状況なのかを考えると不謹慎だと言われかねないことを振り払って再び空を見上げた。

 

「早く戻ってきてくださいね」

 

 それが今の百花にとって精一杯の言葉だった。

(あとがき)

 

 え~そろそろ忘れられたかなって思ってしまうほど長い間更新できませんでしたことをここで深くお詫びいたします。

 とりあえず大まかな言い訳といたしまして、

 

1.引越しによるネット環境がない

2.十月に母逝去。

3.それにともなっての葬儀や49日などでバタバタしていて観覧に来ても更新する気力が出なかった。

4.実家にとんぼ返り。

 

 です。

 とりあえず今は落ち着いているのでそろそろ更新再開しようと思い、二ヶ月ぶりにようやく戻ってこられました。

 随分と長い間放置していたので久しぶりの更新にホッとしています。

 年末までにはある程度、完成を目指していますので生温かく見守っていただければ幸いです。

 

 それでは次回は来週中に更新できればいいかなって思いながら、またよろしくお願いいたします。

 


 
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