No.182662

残された時の中を…(第4話)(2003/10/19初出)

7年前に書いた初のKanonのSS作品です。
初めての作品なので、一部文章が拙い部分がありますが、目をつぶっていただければ幸いです(笑)。
メイン北川君でカップリングは北川ד?”です。“?”の人物は第1部最後に明かされます。

2010-11-05 01:23:14 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:519   閲覧ユーザー数:514

 

 

 

 「「「「「「「「「退院(おめでとう)(おめでとうございます)(おめでとう…)!

         (北川君)(北川さん)(北川…)」」」」」」」」」

 

 「どうもありがとうございます。皆さん」

 

 

  北川が入院して4ヶ月ほどが経ったこの日、

 めでたく退院を迎えたのだった。

 

 

  あゆはと言うと、リハビリの甲斐もあり、眠りから覚めて

 わずか50日という驚異的な短い期間で退院したのだった。

 

 

  そして真琴に続いて水瀬家の居候として新たな生活を送っていた。

 

 

 

 

 「それにしても随分と髪形が変わったもんだな。お前も」

 

 「放っといてくれ!好きで変えたわけじゃないんだよ!」

 

 「でもお前のアンテナが形無し…。何か残念だ」

 

 「とか言いつつ嬉しそうじゃねえか?相沢」

 

 「そんなことないぞ?お前のトレードマークが無くなってたのは非常に残念だ」

 

 「ウソつけ」

 

 「あゆが髪切り過ぎた時だって俺は残念だった」

 

 「うそ言わないでよ!ボクの髪形見て笑ってたくせに!」

 

 「何せ髪を切ったあゆはまさに男の様に見えたんだからな」

 

 「そこまで言う!?」

 

 「祐一…。いい加減にしないとあゆちゃんから別れ話持ちかけられるよ?」

 

 「うぐぅ…。祐一君。ボクのことは忘れてください」

 

 「ほらね…」

 

 「ったく。分かったよ…」

 

  かつてあゆが祐一に涙を流しながら懇願したセリフをここで言われて

 さすがにまずいと思ったか渋々やめた。

 

 

  本来ならこの世にはいられなかったはずのあゆ。

 もう最も愛すべき人と離れ離れにならずに済んだはずが、

 こういったつまらないことで別れてしまうのはやはり気が引けた様だ。

 

 

 「悪い。さすがにやりすぎた」

 

 「もう!祐一君なんか知らない!」

 

 「タイ焼き3個奢ってやるから…」

 

 「もう…!今回だけだよ!?

  次はタイ焼き3個じゃ済まさないから…」

 

 「分かってるよ」

 

  頬を膨らませていながらも、まんざら本気で怒っていたとは

 いえないあゆの表情に少しホッとする。

 

 

  それは周りから見ても決して切れることのない

 固い絆で結ばれていると確信させてもおかしくはなかった。

 

 

 「せいぜい懐が寒くならない様にな。相沢」

 

 「うるせえよ!」

 

 

 

 

 

 「北川…。これ私と佐祐理から…」

 

 「退院のお祝いに舞と2人で作ったクッキーです。

  今日にでも召し上がってください」

 

 「ありがとうございます」

 

 「私は北川さんの似顔絵を描いてきました。

  この間よりはずっと上手に描けてると思います♪どうですか?」

 

 「うーん…。結構良くなってると思うよ…」

 

 「えへ♪北川さんへのプレゼントの似顔絵を

  祐一さんにからかわれてから一生懸命練習してたんです。

  早速北川さんに認められて嬉しいです♪

 

  さあ祐一さん!これでもまだ下手だと言えますか!?」

 

 「また随分と才能を伸ばしたんだな、栞。

  ピカソが大絶賛してもおかしくない出来だ」

 

 「そんなこと言う人人類の敵です!」

 

 「何言ってんだよ?こう見えて誉めてるんだぜ?

  ピカソの弟子入りしててもこれなら納得出来る」

 

 「ひどいです!祐一さん!

  せっかく一生懸命やってきたのにここまでからかうなんて…」

 

 

  栞の極端にデフォルメされた目から滝の様に涙が流れてきた。

 

 「なーに言ってんだよ!だから誉めてるって…」

 

 「相沢君…」

 

  いつの間にか祐一の真後ろにいた香里がとびきりの笑顔を祐一に向けていた。

 嵐の前の静けさを予感してもそれこそおかしくはなかった…。

 

 

 「か…、香里…」

 

 「相沢君…。栞を泣かせたらどうなるか分かってるわよね…♪(^_^#)」

 

  そう言うなりポケットの中から血染めのメリケンサックを取り出した。

 何故か“栞LOVE”の文字も刻まれていた。

 

 「いや…。それでどうするんだ…?

  まさか俺じゃないよな…?シスコンの香里さん…」

 

 「あなた以外誰がいるかしら?」

 

  異常なほどのオーラを放ちながらゆっくりと

 右手にメリケンサックをはめていく香里。

 逃げ出そうにも恐怖からか逃げ出せない。

 

 「か…、香里…!待て!俺はただ…」

 

 

 「問答無用!!」

 

 バ キ ィ ッ ! !

 

 「どわっ!!?」

 

  無駄な抵抗をする間もなく、

 香里のカイザーナックルの異名を持つパンチに

 祐一あっけなくノックアウト…。

 

 

 「全く…。あたしの許可なしに栞をからかうなんて…。

  行き過ぎもいいところよ…」

 

 「美坂…。お前も人のこと言えるか…?“栞LOVE”って…」

 

 「えうー…。お姉ちゃん怖いです…」

 

 「まあ、それはそれとして…」

 

 

  コホンと咳払いをしながら北川の方を向き、

 

 「クラスを代表して退院祝いの花束を渡すわ。はい」

 

 「ありがとう」

 

 「北川君。ボク達も花束を渡すよ!」

 

 「私とあゆちゃんと真琴の3人で選んできたんだ」

 

 「北川。真琴はこの花がいいと思ったんだけど…。どうかなあ?」

 

 「ありがとう。3人とも。すごくいい見栄えだとい思う」

 

 「あうーっ。よかったぁ…」

 

 「北川さん。私からはNHKの料理番組でやってるレシピ本のセットです。

  これで栄養のバランスの取れた食事を作ってください」

 

 「ありがとう。天野」

 

 「相変わらずおばさんくさい物が好きだな。天野は。

  今度は年寄りくさい料理本か?」

 

 

  いつの間にか復活していた祐一が冷やかし半分に美汐に話しかける。

 

 「失礼なこと言わないで下さい。

  これでも十分北川さんの役には立つはずです!」

 

 「でもNHKはさすがにないぜ…。

  出来ればビストロSMAPみたいなもんがいいと思うぞ?」

 

 「もう…!相沢さんはいつもそう人をからかうのが好きなんですか?」

 

 「俺がいつからかってたんだ?」

 

 

 「祐一さんはさっき北川さんの為に描いた絵を見て

  からかってたじゃないですか!あゆさんにも!」

 

 「うぐぅ!それに祐一君はいつもボクの口癖まねしてるじゃないか!

  ボクがいるところでもいないところでも。ひどいよ!」

 

 「それなんかより、祐一がこの前真琴に見せたビデオ

  エロ本よりひどくて恥ずかしかったんだからぁ!!」

 

 「昨日なんて私が寝ぼけてるのいいことに、

  イチゴジャムの代わりにお母さん特製のジャムを

  トーストに塗って私に食べさせてたよ!あゆちゃんにも真琴にも…。

  だから祐一も今日から紅しょうがご飯とお母さんのジャムだよ!」

 

 

 「何言ってんだよ?からかってるんじゃなくて

  俺は皆の為を思ってしてたことじゃないか。違うか?」

 

 「「「「「何が違う(んだよ)(んですか)(のよー)!?

     (相沢さん)(祐一さん)(祐一)(祐一君)!?」」」」」

 

 「天野についてはもう少しミーハーなものが良さそうだと俺なりに思ったし、

  栞の絵はいつピカソが認めてもおかしくないと思ったんだ。

  それにあゆの口癖を今年の流行語大賞にしたいと思ってたし、

  真琴には裏ビデオで早く大人になる為の勉強をさせたかったし

  名雪には早くあのジャムに慣れてもらいたかったのさ。

  あゆあゆやマコピーにも秋子さんの

  オレンジ色のジャムの素晴らしさってやつを」

 

 

 「「「「「余計なお世話(です)(だおー)(だよ)!!」」」」」

 

 

 「だいたいマコピーって誰なのよ!?」

 

 「うぐぅ!ボクあゆあゆじゃないもん!」

 

 「祐一さんはまさに人類の敵です!」

 

 「そこまで言うなよー…。俺は本当に…」

 

 

 「祐一…」

 

 

 「どわっ!舞!いつの間に…!?」

 

 

  今度は気配を完全に殺していた舞が後ろに立っており、

 一度捨てたはずの西洋刀を無表情のまま手にしていた。

 

 「舞…?今度は何を…?」

 

 「祐一に憑いている魔物を…。斬る…」

 

 「お…、おい…。魔物はもう…」

 

 「ぽんぽこたぬきさん」

 

 「だからいない…。

  って、いきなり剣振りかざすなー! 」

 

  舞の振りかざした剣先は祐一のわずか1cm目の前をかすめたのだった。

 

 

 「危ねえだろ!いきなり…!」

 

 「ぽんぽこたぬきさん。祐一が動かなかったから大丈夫…。

  それに祐一についてる魔物はもう斬った」

 

 「だから魔物は…」

 

 

 「川澄先輩。ありがとうございました」

 

 「これで少しは祐一さんがましになったと思います」

 

 「おい。俺のこと信用してねえのかよ?」

 

 「だって祐一君はいつもボク達をからかってるじゃない!」

 

 「だから俺は…」

 

 「大体相沢さんは余計なところででしゃばり過ぎです。

  もう少し大人しく出来ないんですか?」

 

 「馬鹿な!?なぜ俺がそこまで言われなきゃならないんだ!?」

 

 「言葉通りよ」

 

  終いには香里にまで突っ込まれ、仕方なく引き下がることにした。

 

 

 「あとは秋子さんがお前の為に作ってくれたジャムだ。

  大瓶の中にこれだけあるから好きなだけパンに塗って食べてくれ」

 

 「サンキュー。相沢」

 

  ジャムのたっぷりと入った大瓶を嬉しそうに受け取る北川。

 

 

  しかし、その肝心の中身はオレンジ色をした

 俗に言う“謎ヂャム”と呼ばれるものが入っていたので、

 このジャムについて知らない笑顔の北川とは反対に

 このジャムをよく知る者達は顔を引きつらせ、冷や汗を垂らしていた。

 

 「「皆さん!今日は兄の退院の為にいらしてくださって

   本当にありがとうございました!」」

 

  北川の妹である姫里と空が元気よく会釈する。

 

 「いえいえ。とんでもないです」

 

 「はちみつくまさん」

 

 「特に栞ちゃんには感謝してるよ。

  ここにいる皆の中でよく見舞いに来てくれてたし…」

 

 「いえ…。とんでもないです。

  あゆさんが退院した後、北川さんにも早く退院してもらいたかったので…。

  4ヶ月も入院してたので本当心配でした」

 

 「ああ…。リハビリとか色々と予想した以上に長引いてね…。

  でも、もう大丈夫だよ」

 

 「本当に良かったです…」

 

 「感謝しなさいよ?栞ったら北川君が助からなかったら

  どうしようとか本気で心配してたんだからね」

 

 「ああ。本当にありがとう栞ちゃん。それに皆」

 

 

 

 

 

 「もし宜しければ佐祐理の家で北川さんの退院祝いをしませんか?

  この前北川さんの誕生日パーティが出来なかったこともありますし」

 

 「いえ…。これだけで十分ですよ。さすがにそこまでは…」

 

 「あははーっ!お気になさらないで下さい。

  佐祐理と舞はいつでも北川さんのことを歓迎しますから。

  あ、もし宜しければ妹さんもご一緒にいかがですか?」

 

 「はちみつくまさん」

 

 「だってさ!ここまで言ってくれてんだから、

  ここは素直に佐祐理さんに甘えちまえよ。

  お前の妹二人も一緒に歓迎してくれてるし」

 

 「お兄ちゃん。せっかくだから行こうよ」

 

 「そうだよ。ここは思い切って…」

 

 「うーん…」

 

 

  少し考えるそぶりは見せたものの、やはり佐祐理の好意に甘えることにした。

 

 「それなら決まりですね。今夜にでもしますか?」

 

 「是非お願いします。姫里達は明日の列車で戻らなきゃならないので…」

 

 「分かりました!佐祐理達は北川さんの為に

  腕によりをかけてごちそうを作らせていただきますね」

 

 「北川さん!私も何か作ってきますね」

 

 「かと言って蜂蜜練乳ワッフルだとかどろり濃厚ピーチだとか

  それにみさき先輩ですら食いきれないほどの量にはするなよ?」

 

 「むーっ!どういう意味ですか!?祐一さん。

  それに何でおねネタをこんなところで出すんですか?」

 

 「AIRもあるぞ」

 

 「そんなこと分かってます!それに私はそこまではしません!」

 

 「まあまあ。とにかく楽しみにいてますよ」

 

 「「期待しててくださいね」」

 

 

 

 

 「今日は本当にありがとうございました」

 

 「いえいえ。とんでもないです」

 

 「兄の為にありがとうございました」

 

 「皆さんと一緒にいられて今日は本当に楽しかったです」

 

 「あははーっ!また3人でいらしてくださいね!」

 

 「「「はい。それでは失礼します」」」

 

 「おやすみなさい」

 

 

 

 

 「今日は本当に楽しかったよね」

 

 「ああ…。こんな楽しかったのってあの日以来なかったもんな」

 

  アパートへと戻る道のりをパーティーの余韻に浸りながら、

 3人は横一列になって歩いていた。

 

 「うん…。最後にお兄ちゃんの誕生日パーティーをした

  あの日から色々とあったもんね…。悲しかったことも…。それに…」

 

  姫里が雲のほとんどない星空を仰ぎながら悲しそうに呟く。

 

 

 「今はそんなこと考えんなよ…。

  今日という日は本当いい思い出になったんだからさ」

 

 「そうだよね…。また私達で思い出いっぱい作れるよね…。

  今日の様に心の底から楽しく思えて…。そして…、

  一生忘れられなくなる様な思い出を…」

 

 「おいおい。こんなところで泣くなって…。

  人に見られちまうだろ?2人とも」

 

 「「グスッ…。だって…、だって…」」

 

 「まだ俺は大丈夫だ。だから今は泣くなよ…」

 

 「「でも…」」

 

 「今日は楽しかったんだからそんな悲しいこと考えんなよ。

  今はそういったことは忘れていい夢でも見ようぜ…!」

 

 「「そう…、だよね…。お兄ちゃん」」

 

  2人は寂しそうな表情ながらも無理のない笑顔で答えてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おやすみ。お兄ちゃん」

 

 「おやすみ。姫里。空」

 

 「いい夢…。今日は見られるかな?」

 

 「どうかな?でも今日は楽しかったんだから見てもいいだろ」

 

 「だよね…。今日はどんな夢見られるのかな?」

 

 「楽しければ何でもいいさ」

 

 「そうね…。おやすみ。お兄ちゃん」

 

 「おやすみ」

 

 

 

 

 

 「はぁ…。はぁ…。グズッ…。チキショ…。何で…、何でこんな時に…」

 

  3人が寝床についてから2時間ほどが経ち、

 姫里と空の二人が幸せそうな寝顔を見せる中、

 北川だけがどうしても眠れずにいた。

 

 

  退院した自分の為に開いてくれたパーティーの余韻が

 北川の心を満たし、そして楽にしてくれたはずだった。

 

 

  だが眠りにつけぬままただ枕に顔をうずめ、

 襲い掛かる恐怖と孤独にひたすら耐えるしかなかった。

 

 

 「チキショ…、チキショウ…。頼むから今日くらい…、今日くらいいい夢見させてくれよ…」

 

  藁にもすがる思いでいっぱいだった。

 やがてその気持ちを抑え切ることすら出来ず、

 衝動に駆られて寝巻きのまま自室を飛び出し、

 気が付けば公園で肩で息をしながら泣いていたのだった。

 

 

 「チキショ…!チキショウ!

  何で…、何で俺がこんな思いしなきゃなんねえんだよ!

  何で俺だけが…!?チキショウ!チキショオ…!

 

 チキショがああああァァァァーー……!!!! 」

 

 

  北川の慟哭の叫びはそのまま星空へと吸い込まれていったのだった。

 そして何かを殴りたい衝動にも駆られたがそれは必死にこらえた。

 

 「はあ…。はあ…。今はやめよう…。明日姫里達がいなくなってから…」

 

 

 

 「お姉ちゃん…。お兄ちゃん何処行ったんだろ…?もう3時だよ」

 

 「分からない。でもこんな時間にお兄ちゃんが

  夜遊びするなんて考えられない。きっと今…」

 

 「2人ともどうしたんだ?まだ夜中の3時だぜ」

 

 「「お兄ちゃん!?」」

 

  玄関の寝巻き姿でいる北川を見て驚きを見せつつも、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 

 「どうしたじゃないよ!もう3時だよ!

  2時半に目が覚めたとき兄ちゃんがいなくなってたから…!

  本当に心配してたんだよ!」

 

 「はは…。悪い。ちょっと寝付けなくてさ、

  外で涼んでこようと思ってたんだよ。

  そのついでにコンビニで立ち読みもしてて…。

  いや…、寝巻きのままだってこと忘れてたから

  気付いた時は本当に恥ずかしかった。ははは…」

 

 「笑いごとじゃないよ!こんな時間にいなくなってたら

  誰だって心配するよ!」

 

 「悪い悪い…。ははは…」

 

 「もう…」

 

 

  反省の色が見えないであろう北川に妹2人は頬を膨らます。

 だが、目をこすった跡と頬の涙の跡からそれは冗談だとすぐ見抜いた。

 が、それをあえて口にすることはなかった。

 

 

  妹達を心配させまいとする兄の心遣いに

 2人はただ不甲斐なさを感じるしかなかった。

 

 ((もう…。私達だけじゃ支え切れないかもしれない…))

 

 

  だが、希望がついえてしまったわけでもなかった。

 

 (あの人なら少しでも兄の支えになってくれるかもしれない…)

 

 それがわがままなものになってしまうことは承知の上だった。

 が、その願いを受け入れてもらえれば兄は少しでも楽になるだろう…。

 

 

  今はそれに賭ける思いでいっぱいだった。

 

 「お兄ちゃん。今日はどうするの?」

 

  おやつに近い遅目の昼食を済ませ、テレビの前で

 くつろいでいる北川を横目に食器を片しながら空が尋ねた。

 

 

 「バイトの方はクビにならずに済んだけど

  何せ4ヶ月も入院しててさぼってたからな…。

  向こうの方は4時くらいなら都合が付くって聞いたから

  とりあえずその頃にはバイト先に向かって店長に報告してくるよ。

  これからのシフトの相談やら書類の記入やらで色々と

  やんなきゃなんねえことがあると思うから、結構時間かかるけど。

  姫里達は今日はどうするんだ?何時の列車だったっけ?」

 

 「5時くらいには駅に着いてないとだめなんだよね。

  乗り遅れると今日中には帰れないから…」

 

 

 「そうか。今日は見送りには行けないな…」

 

 「仕方ないよ…。お兄ちゃんは一人暮らし始めてから、

  色々と忙しかったからね…。お兄ちゃんが向こうに戻ってきた時も

  私達も忙しくてお兄ちゃんのお見送りに行けなかったこともあったし」

 

 「お互い様だよな。ところで2人はどうするんだ?」

 

 「帰り支度が済んだら商店街の方に行ってみるよ。

  何かまたおいしいものとかあるかもしれないし…」

 

 「百花屋に新作が出来たって聞いたからそこなんてどうだ?」

 

 「そうさせてもらうよ。ところでどんなのが出たか分かる?」

 

 「ダブルクリーム小倉フルーツトッピングメープルとかいうものらしい」

 

 

  「「何それ?」」

 

 「よく分からんが、ワッフル好きの女の子以外完食出来なかったらしい」

 

 「それってもしかして…」

 

 「激甘ってこと…?」

 

 「かもな。チャレンジしてみたらどうだ?」

 

 「うーん…。やめとくよ」

 

 「もったいないな…。せっかく百花屋に行くんだから…」

 

 「お兄ちゃんは食べ切れるの?そんな激甘なの…」

 

 「無理だな…。っと、そろそろ出かけないと遅れちまう…。

  じゃあな、姫里、空。麻宮さんにもよろしく言っといてくれ」

 

 「うん…。お兄ちゃんも元気でね」

 

 「ああ…。あと戸締りはしっかりとしといてくれよ」

 

  「「分かった。ばいばい、お兄ちゃん。冬に…、また会えるよね…?」」

 

 「大丈夫さ…。少なくとも今年中はな…」

 

  「「…だよね…」」

 

 「じゃあな。気を付けて帰れよ」

 

  「「うんっ。お兄ちゃんも気を付けてね。ばいばい」」

 

  「「昨日のパーティーではお世話になりました。栞さん」」

 

 「姫里さんと…、空さん…、でしたっけ?

  昨日お話したいことがあるって言ってましたけど…。

  一体どうしたんですか?」

 

 「立ち話も何ですから百花屋の中でお話いたします」

 

 

 

 

 

 「ごゆっくりどうぞ」

 

 「それで私にお話したいことって…、一体何ですか?」

 

 「実は…」

 

  姫里がコーヒーをすすりながら深刻な面持ちで話を切り出す。

 その横では空がオレンジジュース片手にやはり深刻な面持ちで姉の顔に目をやり、

 向かいの席では栞が2人の面持ちにただならぬ様子を感じながら

 チョコレートパフェを口にしていた。

 

 

 「兄の…、北川 潤のことで栞さんにお話ししたいことがあるんです…」

 

 「北川さんの…、ことですか…?」

 

 「ええ…」

 

 「一体…、北川さんに何が…」

 

 「実は…」

 

 

  そこで悲しみから言葉が途切れてしまいそうになる。が、

 うつむきつつも次の言葉を必死に紡ぎ出した。

 

 

 「実は…。兄には…、残された時間が…、もう少ないんです…」

 

 「え…!?」

 

 

 

 

 


 
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