No.180215

天使舞い降りぬ日々…(後編)(2004/12/05初出)

6年ほど前に書いたSSです。
一部文章が拙いところがありますが、目をつぶっていただければ幸いです(笑)。
度重なる悲しみと苦痛に耐え切れず、舞はついに死を決意。果たしてその結末は…。
完結編http://www.tinami.com/view/186959

2010-10-24 22:57:51 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:787   閲覧ユーザー数:776

 

 「舞…。気持ちは分からんでもないが、北川は気にするなって言ってくれてるんだし、

  これ以上思い詰めたりしても、体に毒だぞ?ここんとこ毎日じゃないか…」

 

  北川が倒れ、そして佐祐理も出産の為に入院してから1週間後のこと、そこには

 相沢家の食卓で一緒に食事をしている祐一と舞の姿があった。

 

 

  せめて、朝晩の食事だけでも祐一と一緒にしてはどうかと言う佐祐理の提案に

 舞も賛成し、それから祐一と食事をするようになったのだ。

 

 

  ちなみに、この日の夕食は舞の作った特製の牛丼と味噌汁、そしてお新香だ。

 

 「ぽんぽこたぬきさん…。大丈夫だから…」

 

  あまり顔色の優れない様子の舞を見兼ねてか、ご飯をほおばりながら祐一が心配そうに

 話しかけたものの、祐一にもこれ以上は心配かけまいと、舞は元気のない声ながらも笑顔で

 祐一に返した。が、それは祐一の目から見ても無理をしていることは明らかだった。

 

 

 「ごっそさん…。うまかったよ」

 

 「ありがとう…。……。……ごちそうさま…」

 

  祐一が夕食を食べ終え、それに続いて舞も食べ終わった。

 

 「ああ…、後片付けは俺がやっとくよ。舞はくつろいでて…」

 

  食器を流しに持っていこうとした舞を静止して、祐一が後片付けを始めた。

 

 「ありがとう、祐一…。じゃあ、私はお風呂入ってもう寝るから…」

 

 「まだ8時だぜ…?もっとゆっくりしてても良いのに…」

 

 「ぽんぽこたぬきさん…。明日は仕事あるから…」

 

 「そっか…。分かった」

 

 「じゃあ、お休み…、祐一」

 

 「お休み、舞」

 

  お互いに挨拶を済ませ、自室に戻ろうと舞がドアノブに手をかけたとき、

 

 「佐祐理の出産予定日って、5日後だよね…?」

 

 佐祐理のお腹の中の子供のことが気になるのか、振り返って祐一に聞いた。

 

 「ああ、そうだけど…?てか、それ昨日も一昨日も聞いてたよな?」

 

 「はちみつくまさん…。早く生まれて来て欲しいから…」

 

 「そうか…。舞、佐祐理や北川や佐祐理のお腹の子供の為にも、これ以上、思い詰めたらダメだぞ」

 

 「はちみつくまさん…」

 

  祐一の言葉に、舞の表情が少し和らいだ。

 

 「じゃ、お休み」

 

 「お休み、祐一」

 

  今度こそ挨拶を済ませて、舞はドアを開け、そのまま自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 “““お母さんのせいで…。お父さんは…”””

 

 

 「やめてぇ~!」

 

 

  普段と同じ悪夢に、舞はまた目を覚ました…。北川は入院してていないので、

 悪夢に怯えている自分を抱きしめてくれる人間は、この場にはいなかった。

 

 

  その為、たった一人で恐怖と孤独に打ち勝たねばならなかったが、その悪夢を独りで

 繰り返し見ているので、それに打ち勝つことはとても困難だった。

 

 

  そして、いつしか自分はこの世にいてはならない人間に思う様にまでなってしまった…。

 

 

 “私さえ…、私さえいなければ良かったんだ…。私さえいなければ…、潤は…”

 

 

  それから3週間が経った。

 

 

  北川は無事退院し、佐祐理も“祐美乃(ゆみの)”と言う女の子を無事出産を済ませた。

 

 

 「佐祐理。出産無事に終わっておめでとう!」

 

 「ありがとう。舞!」

 

 「祐美乃ちゃんも無事に産まれて来ておめでとう」

 

 「アハハハハ…」

 

 「笑ってるところ…、すごくかわいい…」

 

 「かわいいですね~♪祐美乃ちゃんかあ」

 

 

  病室のベッドにいる佐祐理の腕に抱かれている祐美乃の顔を

 覗き込みながら舞が、続けて北川も微笑んだ。

 

 「はい♪私の自慢の娘ですから♪」

 

 「な~に言ってんだよ?佐祐理、俺似だよ!俺似」

 

 「どうかな~?」

 

 「どうだ北川!俺に似てかわいいだろう」

 

 

 「フギャア~…!」

 

 

  祐一が祐美乃のことを北川に自慢げに話し掛けたところで、祐美乃が泣き出した。

 

 「お~…、よしよし…♪」

 

 「祐美乃ちゃんはきっとお前に似てるって言われたから泣き出したんじゃないのか?」

 

 「何を…?そんなバカな…!」

 

 「アハハハ…」

 

 

  佐祐理にあやされて、祐美乃が再び笑った。

 

 「ほ~らな…」

 

 

 「グハッ!そんな…」

 

 

 「祐美乃ちゃんはママの方が良いんでちゅよね~♪」

 

 「アハハハ…」

 

 

 「グハッ!」

 

 

  佐祐理と北川、そしてとどめとばかりに祐美乃に言われて、あえなく撃沈する祐一だった。

 

 

 

 

 

 「ねえ、佐祐理…」

 

 「何?舞」

 

 「私も祐美乃ちゃんを抱いて良いかな…?」

 

  舞が申し訳なさげに佐祐理に懇願する。

 

 「あはは♪良いよ♪」

 

 「ありがとう…。佐祐理」

 

 

  祐美乃が佐祐理から舞の腕に渡り、祐美乃の温もり、感触、重さを確かめる様に優しくそっと抱いた。

 

 

 「かわいい…。これが…、赤ちゃんなんだ…」

 

  舞の瞳から涙がツーっと頬を伝って、祐美乃の手にポタッと落ちた。

 

 「アハハハ…」

 

 「やだ…。舞ったらそんな…。大げさだよ…」

 

 「ぽんぽこ…、たぬきさん…」

 

 

  流産を3度も経験している舞にとって、赤ん坊にここまで感動することは決して

 大げさなことではなかった。何しろ、生命の誕生を目の当たりにしたことは今までになかったのだから…。

 

 

 「かわいい…」

 

  それから舞は祐美乃を5分ほど抱き、名残惜しそうに佐祐理の腕に渡したのだった。

 その舞の表情はどこか思い詰めていて、寂しげで、そして何かを決意した様に

 夫である北川には見え、何か胸騒ぎの様なものを覚えるのだった。

 

 

 

  やがて、面会終了の時間になり、北川と舞は病室を出ることになった。

 

 

 「お大事に。佐祐理さん」

 

 「お大事にね。佐祐理」

 

 「2人共ありがとう。祐美乃も喜んでますよ」

 

 「ああ…、良かったらいつでも祐美乃を見に来いよ」

 

 「サンキュ、相沢。じゃ…、行こっか…、舞」

 

 「はちみつくまさん」

 

 「それじゃ失礼します」

 

 「バイバイ。3人共」

 

 「あはは…♪バイバイ♪」

 

 「バイバイ…」

 

 

  病室を出る際、舞は祐一と佐祐理、そして祐美乃を名残惜しそうに見つめながら

 10秒ほど手を振り続けた。そして、どことなく思い切った様子で北川と病室を後にしたのだった。

 

 

 

  帰路の途中、北川は病室での舞の行動が頭から離れらず、胸騒ぎは大きくなるばかりだった。

 思い切って舞に聞いてみるものの、

 

 “ぽんぽこたぬきさん。何でもない”

 

 と返されるばかりだった。

 

 

  翌朝もまた、舞の様子はどことなくおかしかった。が、

 

 “何でもないだろう”

 

 と、今日から出勤しなければならないこともあって肝に銘じ、今はそれを口にしなかった。

 

 

 「それじゃ行ってきま~す」

 

 「頑張ってね…、潤」

 

 「ああ…」

 

 「……」

 

 「どうしたんだ?俺の顔に何か…?」

 

  何かを懇願しているのか、舞は北川の顔を見つめていた。やがて、

 

 “キス…、させて欲しい…”

 

 と、せがんできた。

 

 

  北川にとっては舞と結婚してからキスすることは1日も欠かしたことはなかったはずなのに、

 珍しく舞から具体的に懇願してきたことに引っかかりを感じた。が、北川はあえてそれを黙認した。

 

 「ああ…、お願い」

 

  その言葉と同時に舞は首に抱きつき、唇を押し付ける様にキスをした。普段の朝のキスは

 ほんの数秒触れ合うだけのものだったが、今朝は1分ほどキスされた。

 

 

  やがて、舞の唇が北川の唇から離れる。

 

 

 「行ってらっしゃい…、潤…」

 

 「行ってきます。今日は早く帰って来れると思うから…」

 

 「はちみつくまさん…」

 

  名残惜しそうに舞は北川に向かって手を振り続けた。その様子に、

 北川は後ろめたさを感じながらもそれを黙認しながら歩いていった。

 

 

  やがて、北川の姿が見えなくなるなり、舞の唇が歪み、瞳からもボロボロと涙がこぼれ落ちた。

 

 (さようなら…。潤…、祐一…、佐祐理…。それに幼稚園の皆…)

 

 

  部屋に戻った舞は、北川が入院しているうちにあらかじめ書いておいた北川、佐祐理、

 祐一への遺書と、辞表をテーブルの上に置いた。そして、普段服用している睡眠薬、

 それに果物ナイフを持って風呂場へと向かった。

 

 

  浴槽に水を流しながら、舞は睡眠薬を10錠ほど手に取り、それらを乱暴に流し込んだ。

 続けて、果物ナイフの刃を左手首にあてがい、右手に力を入れようとしたところで、

 

 “残された佐祐理と祐一、そして北川は自分がいなくなってどんな悲しい想いをしてしまうだろう…”

 

 と言う考えが舞の頭の中を一瞬よぎり、思わず躊躇った。しかし、

 それを払拭する様に頭を左右に振り、ナイフを握る右手に力を込めた。

 

 “サクッ…”

 

  やがて、舞の左手首の傷口から赤い血がとめどなくあふれ出て、それを浴槽の水に浸した。

 浴槽の透明だった水は見る見るうちに赤く染まり、睡眠薬も手伝って意識も急速に薄れていった。

 

 

 “潤…、皆…。ごめんなさい…。でも…、これ以上苦しみたくはない…。

  それに潤が私のせいで苦しむのももう…、耐えられない…”

 

 

花咲き誇る暖かい春の日も……

 

 

緑生い茂る暑い夏の日も……

 

 

落ち葉散る涼しい秋の日も……

 

 

生き物眠る寒い冬の日も……

 

 

そして、晴れの日も雨の日も風の日も雪の日も…………

 

 

私の思いが祐美乃ちゃんの中に……

 

 

そして……

 

 

私との思い出が佐祐理と祐一、そして潤の中にあります様に…………

 

 

 

  “舞~!舞~!”

 

  意識が朦朧(もうろう)とする中、舞の耳に彼女を呼ぶ叫び声が聞こえ、

 舞にはそれが北川の声に聞こえた。

 

 “潤が…、戻ってきた…?いや…、そんなはずはない…。きっと…、空耳なのかな…?”

 

 

 “舞~!舞~!”

 

 

 “やっぱり…、空耳だよね…。だって…、潤は今朝は大事な会議があるって言ってたから…。

  でも…、空耳でも…、潤(じゅん)の声(こえ)を聞(き)けて…、よか…、った…”

 

 

  空耳でも、最期に愛しき人の声を聞けて良かった。そう思った瞬間、舞の表情が安らかになり、

 そのまま意識は途絶えたのだった…。

 

 

 「舞…!舞…!」

 

 

 「……」

 

 

 「舞…!」

 

 「ん…」

 

  誰かの自分を呼ぶ声に、舞が反応する。

 

 「舞…!」

 

 

 「ここ…、は…?」

 

 「良かった…。舞…」

 

  目を覚ました舞の目に飛び込んできたのは彼女の無事を確認し、ホッとした様子で

 涙を流している北川の顔、そしてその後方にあるリノリウムで出来た天井だった。

 

 

 「病院だよ…、舞…。手首を切ってたから、北川さんが病院に運んでくれたんだよ」

 

 「フギャ…。フギャ…」

 

 

 「ったく、北川が戻って来なかったらアウトだったんだぜ?舞」

 

  北川だけではなく、佐祐理に祐一、そして祐美乃も舞の病室にいた。

 

 

 「私…、生きてる…」

 

  左手首に巻かれている包帯とその薬品の香り、そして点滴と輸血の針の刺さっている感覚から、

 生きているのだと、舞はようやく実感した。

 

 

 「バカヤロウ…」

 

 

 “パアン…”

 

 

  北川は涙を流しながら、ベッドで横になっている舞に平手打ちをかました。もちろん、

 今しがた意識を取り戻したところなので、かなり手加減をしての平手打ちだ。が、

 舞にはそれが充分に骨身に沁(し)みるほどに痛く感じ、思わず涙してしまうほどだった。

 

 「何で…、何で俺に黙って自殺しようって考えるんだよ…!」

 

 「だって…、私のせいで子供が産まれなかった…。それに、私のせいで潤が苦しんでることが…」

 

 「何で、そう自分独りで抱え込もうとするんだよ…。俺はいつそんなこと頼んだんだよ…?」

 

 「でも…」

 

 

 「北川の言う通りだぜ、舞。俺らはお前にいつ自殺して欲しいなんてこと思ったよ?1回でもあったか?」

 

 「祐一…」

 

 「お前がいなくなったら、俺はどうしたら良いんだよ…!?舞…!」

 

 「それは…。私以外の誰かと…」

 

 

 「いないよ…」

 

 「え…?」

 

 

 「今の俺達には、お前の代わりになる人間なんて考えられないよ…」

 

 「ああ…、俺もだよ。今でも、佐祐理と同じくらいに舞のことが大好きだ。

  10年前に舞とあの校舎で再会したときから、かけがえのない親友として…。

  佐祐理と結婚してから今になっても、その気持ちは変わらない…」

 

 「舞…。もし、舞がいなくなってたら私達はきっと、一生悲しむことになってたと思うよ…」

 

 「舞…。これでも、お前の代わりになる人間なんて、何人でもいると言えるかい…?

  違うだろ…?俺達が必要としている舞はたった一人…、お前しかいないんだよ…」

 

 「フギャ…。フギャ…」

 

 「祐美乃もまだ泣いてるよ…、舞…。きっと、祐美乃も私達と同じ気持ちなんだよ…」

 

 「潤…。祐一…、佐祐理…。祐美乃ちゃん…」

 

 

 “きっと、私以上に潤に、そして皆に相応(ふさわ)しくて

  素敵な女性なんて、いくらでもいるだろう…”

 

  あえてそう強く信じて手首を切った舞にとって、これらの言葉は相当胸に応えた。

 

 

 「潤…」

 

 「何だい?舞…」

 

 「起こして…。それから…、抱きしめて…」

 

 「ああ…、分かった…」

 

  瞳を潤ませる舞の頼みを聞き、北川は舞の背中に手を添えて優しく起こしてやり、

 舞の負担にならない様に向きを変え、ベッドに腰掛けている体勢にした。続けて、

 自分も舞の横に腰掛け、点滴台の位置を少し動かして舞の体をそっと自分の方に抱き寄せた。

 舞も北川の肩に点滴の針が刺さっていない右腕を絡ませて、そのまま北川に身を委ねた。

 

 

  そして、お互いの体を優しく抱きしめる。

 

 

 「ごめんなさい…」

 

  北川の胸の中で舞がしゃくりあげながら、必死に呟いた。

 

 

 「ごめんなさい!潤、佐祐理、祐一、祐美乃ちゃん…!私…、また皆のことを…」

 

 

 「舞…。分かったらもう…、独りで苦しみを背負い込むなんてことをしないでくれ…。

  確かに舞に黙って無理して倒れて、その結果、舞を苦しめちまったことは謝るけど…。

  でも…、誰かがお前のことを必要としてくれている限り…、生き続けてくれ…」

 

  子供のように泣きじゃくる舞の背中を、北川はあたかも父親の様に優しく背中をさすってやる。

 

 「でも…、それでまた潤に迷惑をかけて…。皆を苦しめたりなんかしたら…」

 

 「迷惑でも良いさ…。そう言ったことを含めて、最初から舞の全てを

  受け入れてやるつもりだったんだ…。それが夫婦ってもんだろ…?」

 

 「潤…」

 

 「ううん…。私は全然迷惑なんかじゃないよ…、舞…」

 

 「佐祐理…」

 

 「俺もだ。10年前のあの日に魔物の正体が分かって、その後に俺と佐祐理と舞で

  3人暮らししようって持ちかけたときと同じ気持ちだよ。お前が泣いたりしてるときは

  俺達でお前が泣き止むまで慰めてやる。今も、同じじゃないか」

 

 「祐一…」

 

 「アハハハハ…」

 

 「舞…。祐美乃もほら…、さっきまで泣いてたばかりだったのに、今はこんなに

  嬉しそうに笑ってるよ…。祐美乃だって、舞に生きてて欲しいんだよ…」

 

 「祐美乃ちゃん…」

 

  舞にかけられた温かい言葉、そして佐祐理が舞の顔の近くまで持っていった

 祐美乃の屈託のない笑顔と小さい手の温もりが舞の心の中に一層沁みていった。

 

 

 「皆…。こんな…、無力な私でも…、良いの…?」

 

  しゃくりあげながらも、やっとの思いで皆に質問する舞に

 

 「舞…。人間は誰だって無力なんだよ…。17年前のクリスマスの日に女手ひとつで

  俺を育ててくれた母さんが死んで、施設暮らしをしていたときもそうだよ…。

  でも、そのすぐ後に魔女と呼ばれてた頃の舞と義母(おかあ)さんに出会って、

  捨て犬だったホワイトハヤテに出会って、12年前に佐祐理さんと出会って、

  そして10年前に転校して来た相沢と出会って、今の俺がいる。

  きっと、俺独りだったらここまで来れなかった…」

 

 「私もだよ…。私も北川さんと舞と、そして祐一がいなかったら今でも、

  一弥の死を引きずりながら生きていたと思うよ…。私のことを“佐祐理”と

  呼んでた頃の私と決別出来たのは皆がいてくれたから…」

 

 「俺もだ。俺の10年前と言えば、舞や佐祐理の他に、あゆや名雪や秋子さんや

  真琴や栞のこともあったけど、皆が今も幸せに生きてくれてるのは、

  皆が大切な人を何とかしてあげたいと思う俺を心の底から支えてくれて、

  そしてそれが皆の力になってあげられたことにつながったからだと信じてるよ。

  舞。特にお前は、俺のことを親身になって支えてくれたよな…。

  誰か1人が欠けていても、恐らく今の俺達はここになかっただろう」

 

 と、各々が舞がいて初めて大きな壁を乗り越えられたことを

 過去を振り返りながら、自信を持って話すのだった。

 

 

 「皆…。本当に…」

 

 「当たり前だろ…!」

 

 「でも…、私はお腹の中の子供を3人も…、助けてあげられなくて…。これからも…、

  そうなるんじゃないかって心配で…。それで潤達を悲しませたりしたら…」

 

 「舞…。最初に流産して、退院したときにも言ったろ…?子供を産めなかったのは

  仕方ないことだったんだって…。でも、それ以上に大切なのは産まれて来なかった

  子供達の為にも、次はきっと大丈夫だと信じて前向きに生きて、産んであげることだって…」

 

  北川の言葉に彼の中で泣いていた舞はハッとする。

 

 “そう言えば、過去に3度流産したときも潤はそう言って私のことを励ましてくれ、

  それで私は悲しみのどん底から這い上がって、前向きに生きることが出来たんだ…。

  そのことを肝に銘じて今まで生きてきたはずなのに、いつの間にか忘れてた…”

 

 それがさっきまで泣き虫だった舞の心をより強くさせたことには間違いなかった。

 

 「それに、たとえ子供が望めなかったとしても祐美乃ちゃんがいるだろ…?いや、

  祐美乃ちゃんだけじゃない…。お前のことを慕ってくれている子はたくさんいる…」

 

 

 「「「まいせんせ~!」」」

 

 

  北川の言葉とほぼ同時に、廊下の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 「こら、ここは病院なんだからもう少し静かにしなさい!」

 

 「だって、まい先生が…」

 

 「大丈夫かなぁ~?まい先生…」

 

 「舞先生はきっと大丈夫だから…。ね…、美咲…」

 

 「みちるお姉ちゃん…」

 

 

 「皆…、七瀬先生…。みちるちゃんも…」

 

  その声を聞いてすぐ、自分の受け持つ幼稚園のクラスの子供達が来たのだと理解した。

 

 「「「ほら…、な(ね)…」」」

 

  北川達がニカッと舞に笑いかける。

 

 

  舞の同僚の七瀬のノックをキッカケに子供達が次々と病室に入ってきた。

 夏休み中と言うこともあり、来ていない子供もいたが、それでも見舞いに訪れた

 幼稚園の子供は7人に昇り、引率教員の七瀬、中学生のみちるも含めると9人になる。

 

 「まい先生、大丈夫?」

 

 「まい先生…、死んじゃやだよ~…」

 

  ある子供は心配そうに、またある子供は泣きながら舞に次々と話しかけてきた。

 

 

 「うん。舞先生は大丈夫だからね…。だから、もう泣かないの。ね…」

 

  北川の肩に回していた右腕をほどき、北川に体を支えてもらいながら

 子供達を安心させるべく、舞は安らかな笑顔で順々に子供達の頭にそっと手を置いていく。

 

 

  そこには保母として子供達に接している舞の顔があり、泣き虫だった舞はもういなかった。

 

 

 

 

 

 「皆、そろそろ時間だから帰る準備をしなさい。舞先生もまだ休んでなきゃいけないからね」

 

 「「「は~い」」」

 

 

  面会時間も終わりに近づいたので、七瀬が少し声を大きくして子供達に知らせた。

 

 

 「それじゃ、舞先生。早く退院して、元気な姿を子供達に見せてくださいね」

 

 「はい。ありがとうございます、七瀬先生」

 

 「舞先生。もう大丈夫だよね?また、佳乃お姉ちゃんみたいに、何てことないよね…?」

 

 「うん。もう大丈夫…。みちるちゃん、遠野さん。千羽鶴ありがとう。あとね、お母さんにも

  お見舞いの果物のお礼のこと宜しく言ってね。退院したらまたお礼に伺うから」

 

 「「うん、分かった」」

 

 「それじゃ皆。舞先生に挨拶しなさい」

 

 

 「「「はい!まいせんせ~!さよ~なら!早く元気になってね!」」」

 

 

 「はい、さようなら。皆、お見舞いに来てくれてありがとうね」

 

 「それでは、舞先生。失礼します」

 

 「はい、七瀬先生。どうもありがとうございました」

 

 

 「佐祐理、俺らもそろそろ行こうか…」

 

 「そうだね」

 

  子供達がいなくなり、佐祐理がまだ入院中のこともあり、相沢夫妻も病室に戻ることにした。

 

 「じゃあね、舞。早く良くなって、退院してね」

 

 「もう、自殺なんてバカなマネはしないでくれよ」

 

 「はちみつくまさん。もうしないから…」

 

 「良かった…。また明日行くから…」

 

 「サンキュ、相沢。佐祐理さんもありがとうございました」

 

 「あはは♪舞が無事だったんだし良いんですよ。じゃあ、祐美乃ちゃん。2人にバイバイしてね」

 

 「アハハハ…」

 

 「それじゃあな。舞、北川」

 

 「3人共ありがとう」

 

 

 「それにしても、幼稚園での舞って久々に見た気がしたよ。家での舞とは全然違ってたからさ…」

 

 「はちみつくまさん。幼稚園では今までの様に接するのはやっぱり恥ずかしい。

  それに、教職だからむやみに使うのはいけないと思ってたから…」

 

  祐一達がいなくなり、たった2人になった病室の中で北川と舞が肩を寄せ合い、話し合っていた。

 

 「潤。ところで私はどれくらい眠ってたの?」

 

 「丸2日だったかな…?でも、手遅れになる前に家に戻って来て良かったよ」

 

 「何で戻って来たの?確か、あの日は大切な会議が…」

 

 「あったよ。でも、俺が退院してから舞の様子がおかしかったし、特にあの日の朝は

  いつもの舞とは違って、何か思い詰めてた様子だったからさ。だから、

  あえて知らんぷりして会社に良くフリだけして、しばらくして戻って来たってワケさ。

  もし何ともなかったら、忘れ物を取りに来たって言い訳すれば良いし…」

 

 「じゃあ…。お風呂場で聞いた潤の声は…、空耳なんかじゃなくて…」

 

 「ああ、あの時は舞のことを必死で呼んでたからな…。戻って来たときには、

  既に浴槽の水が真っ赤に染まってたからビックリしたよ…。何度も

  舞を呼んでも返事しなかったからさ…。だから、慌てて病院に連れてって

  緊急輸血してもらって、何とか一命を取り留めたときにはもう涙したよ…」

 

 

 「ごめんなさい…。潤…」

 

  北川に心配と迷惑をかけたことに、今にも泣き出しそうな様子で舞が改めて心から謝った。

 

 「もう良いんだ。でも、もうあんなことだけはしないでくれ…」

 

 「はちみつ…、くまさん…。約束する…」

 

 「そうか…。なら…。

 

  ん……?」

 

 「……」

 

 

  不意を突いて、北川が言い終わらぬうちに舞は北川の唇に自分の唇を押し付けてキスした。

 なので、不意を突かれた北川だけが驚き、瞳を閉じていない状態でキスしていることとなった。

 

 

  やがて、2人の唇が離れる。

 

 「舞…?」

 

 「約束のキス…。もう…、どんなに辛いことがあっても自殺しないって…、約束するから…」

 

 「……。そうか…。分かった…」

 

  舞の突然のキスに、最初こそ目を白黒させていた北川だったが、

 しばらくしてそのキスの意味をようやく理解した。

 

 

 「もう1回…。キスしよ…」

 

 「ああ…」

 

  今度は両者共に、心の準備を済ませた様子で瞳を閉じて、ゆっくりとキスした。

 続けて、北川が出来心で舞の豊満な胸に右手を持っていき、優しく触れた。

 その行為に、舞は嫌がる様子はなかった。が、そのとき……。

 

 

 

 

 

 “あ~!お兄さん、まい先生のおっぱい触ってる~!”

 

 ““わ~!ほんとだ~””

 

 “おっぱいから牛乳出して、それを飲むのかな~?”

 

 “まい先生、はちみつくまさんて言った~!”

 

 “ぽんぽこたぬきさんは~?”

 

 “まい先生のキョ~レツなチョップは~?”

 

 

 “わ…!バカ…、そんな声出したら聞こえる…”

 

  病室の外から帰ったはずの園児達、そして慌てた様子の祐一の声が聞こえてきた。

 どうやら、扉の隙間から今の行為を祐一達に覗かれてた様で、それに気付いた2人は

 赤面しながら慌てて離れた。が、“時、既に遅し”と言っても過言ではなかった。

 

 

  それ以上に、幼稚園では一言も口にせず、病室でもしていなかったはずの

 舞の言葉や仕草まで知っていると言うことは、どうやら祐一が子供達に教えたのだろう。

 

 

 “子供達の間でどころか、父兄の間でも下手すれば私達の私生活が知れ渡ってしまう…”

 

  そう考えた二人はサーッと血の気が引いていくのを覚えた…。

 

 

 “こら!私がトイレに行ってる間は待ってなさいって言ったでしょ!

  何でそんなところにいるの!?あなたも子供に何させてるんですか!?”

 

 

 “あ…、いや…”

 

 

 “あはは~…。祐一ったら、何してるのかな~?まさか子供達と覗きなんて…”

 

 ““うん。まい先生の秘密が見れるって…””

 

 “わ…、ちが…”

 

  続けて、熱血教師のお手本になる様な七瀬の勢いのある声と

 妙にオーラのある様子の佐祐理の声が聞こえてきた。

 

 “早く帰りましょ!病院でウロウロしてたらいけないわ!”

 

 ““は~い””

 

 “あはは。祐一がすみませんでした。後できつく叱っておきますから…”

 

 “お願いします!今から覗きなんて教育に悪すぎます!”

 

 “いや…、違うって…”

 

 “分かりました。ではこれで失礼します…”

 

 “相沢さんもお大事に…。じゃあ行くわよ”

 

 ““は~い””

 

  七瀬の掛け声と共に、今度こそ子供達は帰っていった。

 

 

 “祐一も行きましょ~♪たっぷりと言い訳聞いてあげるから…”

 

 “いや、ちが…。

 

 アイデデデデ…! 耳引っ張るな…。イデデ…”

 

 

 “あははは~♪”

 

  続けて、妙にドスの利いた佐祐理の笑い声と共に、祐一もいなくなった…。

 

 

 

 

 

 「どうしようか…?」

 

 「それは後で考える…」

 

 「そうか…」

 

  廊下の祐一達がいなくなり、再び静かになった病室の中で北川と舞が

 祐一と子供達に覗かれていたことに対し、どうすべきかを諦め半分に話し合っていた。

 

 

 「今はそれより…」

 

 「何だ?」

 

 「子供が…、欲しい…」

 

  舞が顔を赤くして北川に話し掛けた。

 

 「ああ。まずは退院してからな…」

 

  北川も反対することなく、優しく返した。

 

 「今度こそは…、大丈夫かな…?」

 

 「ああ。今度こそきっと…、大丈夫だ…。いや…、絶対に…」

 

 「はちみつくまさん♪」

 

 

 “今度こそ…”

 

  2人はそう信じて、再び身を寄せ合い、この日3度目のキスをした。

 


 
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