No.177887

逃走

北山秋三さん

3話目です。

2010-10-12 22:34:37 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:996   閲覧ユーザー数:939

準備室に戻り、ニヤニヤした奴らを小突きながら作業を続けていると、あっというまに昼になった。

 

俺はいつもの学食定食300円コースを目当てに立ち上がると、リュウジが何か思いついたようにポンと手を打ち、

 

「キリト、学食に行くつもりか?」

 

と聞いてきたので「そのつもりだけど・・・」と答えると、

 

「今日は学食は無理だぞ。さっき学食の前を通ったら、ガスコンロの不調とかで3時まで修理にかかるらしく、

 

休みになってたぞ」

 

との事。

 

「あー・・・マジデ・・・」

 

購買部で買うという方法もあるにはあるが、今日は先に昼を買出ししている連中がいるのでロクなものが

 

残っていない。

 

「どーすっかな・・・」

「おーい、ちょっといいかー?」

 

購買部で残り物でも探そうかと思っていると、ガラッとドアを開けて学年主任の杉崎先生が入ってきた。

 

メガネをかけた弱々しい感じの先生だが、これでも合気道3段というツワモノだ。

 

「色々足りないものを町まで買いにいかなきゃならないんだが、肝心の人手が足りない。誰か買出し手伝え」

 

「あ。ついでに昼飯買ってもいいなら俺行きますけど」

 

渡りに船とはこの事だ。

 

杉崎先生の運転する軽トラックに乗って町に来て、軽トラックに買ったダンボールの束や木のボードを

 

積んだ所で杉崎先生の携帯が鳴った。

 

「はい」

 

「・・・え」

 

「ああーはい、わかりました・・・」

 

・・・嫌な予感がする・・・。

 

「あー・・・神崎・・・」

 

「はい・・・何ですか?何か嫌な予感がするんですが・・・」

 

「昼飯おごるぞぅ」

 

陽気な口調だが、その目は真剣だ。

 

「代価は何ですか・・・」

 

俺はやや諦めのトーンで聞く。

 

「午前中に届くはずだった学食のガスコンロが間に合わないかもしれないから、隣町まで取りに行ってくれ、

 

だそうだ・・・」

 

「え!?あれ、何キロあるんですか!?」

 

「・・・」

 

おお・・・。

結局、隣町まで1時間かけて行ってガスコンロを何とか積んで、また1時間かけて戻った。

 

携帯で時間を確認すれば、現在時刻は4時ですよ・・・。

 

まぁ、コンビニ弁当をご馳走になったから、まぁいいか・・・。

 

 

 

杉崎先生と別れて校舎に入った途端。

 

「きゃーーーっ!!!」

 

という声。

 

・・・ん?

 

何故だか数人の女の子たちがこっちを見て、目を輝かせている。

 

後ろを振り向いてみるが、何もない。

 

?

 

俺はそれに構わず、靴を履き替えて準備室を目指して進む。

 

途中、何人もの連中に見られた。熱い視線・・・。

 

・・・何だ、これ・・・。

 

「ねぇ、神崎・・・君、だよね?」

 

後ろからかけられた声に振り向くと、3人の女子がいた。

 

襟の色からすると2年生の筈だ。

 

「あ、はい、そうですけ────」

 

「うおおおおおおおお!!!ミナギッテキターーーー!!!!」

 

突然一人の女子が奇声を上げたかと思ったら、俺に抱きつこうして来た。

 

こ・・・怖いぞ!ナンダコレ!?

 

慌ててかわしたけど、その時右手をガンッ!と柱にぶつけてしまった。

 

ジンジンと痛む手を抱えるともう一人の女子が

 

「ゲットダゼーーーーー!!!」

 

と走ってきた。

 

それも素早くかわすと、一気に駆け抜けて準備室を目指す。

 

何がどうなってるんだよ────

「おぉ、帰ったか」

 

息を切らせて準備室に入ると、リュウジが一人座っていただけだった。

 

「ハァ、ハァ、・・・あれ?他の連中は?」

 

「いや、それよりお前、大丈夫だったか?」

 

「大丈夫かだって?何だか知らないが、突然女子に襲われたぞ」

 

「ああ・・・どこから話したらいいか・・・」

 

俺が頭に?マークを付けていると、リュウジが一息吐いて話し始める。

 

「昼過ぎに、文芸部で映画の上映が始まったんだ」

 

「・・・それが?」

 

「それを見た女子の一部が発狂してな・・・」

 

・・・・・・・・・・・・ハァ?

 

「キマシタワーーーーとか、リアルトシ様とリアルオキタ君キターーーとか叫んで校内中を走り回ったりと

 

大騒ぎをしたんだ」

 

「何故にそんな事態に・・・」

 

「1時から始まった上映が大評判になって女子が殺到してな、2回目が終わった段階で文芸部の部室に入りきれなかった

 

女子がブチギレて殴り合いのケンカまで始まった」

 

「ええー・・・」

 

「3回目はついに講堂で上映する事になって、今準備している。他の連中もそれに狩り出された」

 

「あの映画にそんなに人気になる要素あったか?確かに映研とパソ研の連中の手も借りて結構本格的だったけど、

 

たかが文化祭用の映画だぜ?」

 

「んー・・・それなんだが・・・お前、『ブローチ』読んだことあるか?」

 

「マンガ本のか?パラパラっと程度はな。俺はあんまりあれ好きじゃないんだよな。引き伸ばし感がありまくりで」

 

『ブローチ』は、少年向けの週刊誌の筈なのにやたらと女子に読まれている本だ。文芸部の本棚にも全巻揃って

 

いるが、スズカの部屋の本棚にも全巻揃っているのを見た事がある。確か5巻を超えていた筈・・・。

 

「あ・・・もしかして、あの映画、『ブローチ』のパクリだって騒いでるのか?まあ、あれだけそっくりに

 

作ってたら誰でもわかるよな。いくら名前と服を変えただけとはいえ・・・」

 

確か『ブローチ』の主人公達は新撰組の生まれ変わりとかで、制服の上から青い羽織を纏っていたが、

 

それだといくら何でもパクリすぎだろうと却下したのでいつもの制服だけだった。

 

でも『ブローチ』の世界の制服もこの学園の制服に似てるんだよな。

 

「いや。そうじゃない。『ブローチ』の登場キャラがお前と水月先輩にそっくりなんだよ。それこそパクリかって

 

くらいに。その二人が揃って『ブローチ』の映画撮ったようなもんだ。反響がすごいぞ。ちなみに水月先輩は

 

他の先輩がすでに逃がした」

 

「そんな事くらいでそんな大事になってるのかよ・・・」

 

「────というか・・・今までお前らが『ブローチ』のキャラにそっくりだというのをあんまり広めないように

 

しているグループがあったようだ。だが、今回の事でその目論見が破綻した・・・」

突然、やたらと真剣な表情で俺を見つめるリュウジに、背筋が寒くなる。

 

「狙われるぞ」

 

「ハ・・・ハハッ・・・ま・・・まさか・・・」

 

リョウジのまったく揺るがない目が、冗談などでは無いと切に語っていた。

 

「とりあえず後1時間で下校できるから、それまでがんばれ」

 

そう言うと、何かをぽんっと俺に放り投げる。受け取ったそれを見れば、ヒーロー物のマスクだった。

 

「今隣のクラスで色んな奴がそれを被って歩いてるから、それをかぶっていれば少しは誤魔化せるだろ」

 

「おお!サンキュー!助かるぜ!」

 

「なぁに、礼にはおよばないさ。俺とお前の仲だろ?」

 

「ホンネは何だ?」

 

「お前を助けると学食2回分の褒美が・・・」

 

「だと思った」

 

俺はリュウジに踵落としを喰らわせながらマスクを被る。ちょっと息苦しいが贅沢は言ってられない。

 

「スズカに頼まれたんだろ?アイツは今どこにいるんだ?」

 

踵落としを喰らっても表情一つ変えないリュウジが俺の後ろを指差す。

 

「部室棟の映研準備室にいる筈だ。かなりの人数が講堂に集まってるから動くなら今しかないぞ」

 

「行ってみる────」

 

振り向いて準備室を出ようとドアノブに手をかけた時、

 

「水月のヤツ、声に元気が無かった」

 

というリュウジの言葉で動きが止まる。

 

「どうのこうのと俺が言えることじゃないが、ケジメだけはつけとけよ」

 

俺は手を軽くあげて、ああ・・・とだけ返事をして準備室を出た。

走って行きたい気持ちを抑えて目立たないように歩いていく。

 

廊下は相変わらず騒々しいが、そこに変な熱気が混ざっている。

 

女子の数人が集まって何か熱心に話し合ったりする姿があるが、目が怖い。

 

ふと言葉の中に「メイキング映像がまた────」とか聞こえる。

 

あれにメイキング映像なんてあったっけか?

 

その後は問題なく部室棟に入れ、俺は二階にある映研の準備室に向かおうと進んだ瞬間────

 

グイッ!と腕を掴まれて暗い部室の一つに連れ込まれた。

 

「な!なんだ・・・!?」

 

倒れこむようにして部室に入ると、ピシャリとドアが閉められ、声を出しかけた俺の口をやわらかい手が塞ぐ。

 

そこにいたのは瀬川だった。

 

何で瀬川が俺を・・・?

 

目の前の瀬川のメガネの奥の瞳が揺れているのを見て、俺は訳も分からず動揺した。

 

その時、

 

「こっちに来た筈ですよ!」「探しなさい!」「イエッサー!!」「神崎くーん!!ちょーっと出てきてくれないかなー?」

 

という女子の声が聞こえて、俺も静かにする。

 

ドタドタという音が遠ざかっていくのをじっと聞いていると、ふわりと石鹸の匂いがした。

 

俺よりずっと小さい瀬川だけど、口を塞ぐ力は以外と強く、息遣いだけが聞こえてくる。

 

しばらくして完全に音がしなくなると、瀬川が俺を離した。

 

「あー・・・ありがとな。でもよく俺だってわかったな」

 

マスクを取り一息をつくと、瀬川が俯いているのが見える。

 

「────────」

 

瀬川が小さく何かを呟く。

 

「ん?ワリイ、聞こえなかった」

 

「・・・御免なさい・・・」

 

「何で瀬川が謝るんだよ?」

 

「私のせいだから・・・」

 

「何が・・・私のせいだって・・・?」

 

「私が『ブローチ』を書いたせいで────」

 

 

 

 

 

・・・・・・は?

 

 

 

 

 

懲りずに3話目です。

 

11/14の学園祭終了までに完結できたらいいなぁ・・・と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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