No.177689

虚界の叙事詩 Ep#.04「潜入」-1

巨大大国の裏で行われている、陰謀を追い詰める、ある諜報組織の物語です。
妨害組織を摘発しにやってきた太一達ですが、そこで軍の一個中隊と戦わなければならなくなってしまいました。

2010-10-11 22:28:13 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:303   閲覧ユーザー数:267

帝国首都17区 66番通り2704番地

6:04 P.M.

 

 

 

 17区の中を慎重にやって来た『SVO』の3人は、ようやく目的地にまで辿り着く事ができてい

た。すでに、もう日がかなり傾いてきている時刻だった。明け方の頃、空港から出発し、ここま

で、ようやく辿り着いた。

 目標は目の前にある。廃屋のようなアパートだ。周囲に建っている他の建物と同じ。こんな状

況では住所の確認すら疑わしい。

 『SVO』の3人は、周囲が人気が無く、静かなのを確認して接近。今では目の前の建物から死

角になる、捨て去られた白いワゴン車の陰に隠れて、慎重に注意深く様子を伺っていた。

「ねえ、本当にあの建物でいいの?」

 同じような建物ばかりだ。目の前にあるアパートだって、この17区を歩けば幾らでも見つか

るようなアパートだった。

「ナビゲーションシステムではあそこになっているから、間違いないと思う…」

 一博はそのように言ったが、彼の自信の無い声のお陰で、香奈は余計に疑わしくなってしま

った。

 太一は携帯端末で地図を確認している。彼があの場所で正しいと見ているのだから間違い

はないのだろうけれども。

 周囲から少し様子を伺ったが、アジトであるというその建物に人気は無かった。静まり返って

いる。人が住んでいるという気配が無い。

 しかしそれでも、太一は警棒を抜き取り、素早く行動を開始し始めた。白いワゴン車の死角

から抜け出し、アパートの方へと近づいていく。

「アジトであっても無くても、行動しないと始まらないというわけか…」

 そう呟き、一博も太一の後を追った。香奈ももちろん彼の後へとくっついていく。

 敷地の中に入り、廃屋のアパートの壁へと背中を付ける。苔が生していて、ヒビも多く入って

いた。意味の分からない落書きも見受けられるし、何かのポスターを引き剥がしたような跡も

残っている。

 太一、そして一博と香奈はそれぞれ、アパートの玄関の左右双方の脇に構えた。玄関の方

にじりじり近づいていき、その両開き扉の向こうを探る。

 玄関口が板で打ち付けられているような事は無かった。入ろうと思えば誰でも中に入れる。

立ち入り禁止の張り紙こそしてあったが、それはあまり意味を持たないだろう。ここではそこに

住み着けば住人なのだ。

「確かに、この建物は怪しいかもしれない…」

 廃屋をうかがった一博が呟いた。彼はサーフボード入れに入った剣へとゆっくりと手をかけ

る。

「どうしてそう思うの?」

 疑う一博に香奈は尋ねた。

「内部が外から伺えないようになっているからさ…。窓だって擦りガラスに代えられていたり、わ

ざとらしく落書きがしてあったりする。他の建物だったらもっと簡単に中を覗く事ができるのに

…」

 そう彼が言っている間にも、太一は迅速に行動していた。玄関の扉の前までやって来ると、

そのドアノブへと手をかける。

 彼の様子からして、扉には鍵がかかっていないようだ。

 ゆっくりと玄関扉を開いていく太一。今にも嫌な音を立ててしまいそうな扉だったが、その音を

立てないように、慎重に彼は扉を開いていく。

 人が中へと入れるほどの隙間ができると、まるで滑り込むようにして彼は建物内部へと入っ

ていった。

「おれは裏から回ってみるよ」

 一博にそう言われ、香奈は一人で、素早く太一の方へと続いていった。一博は足早にアパー

トの裏手へと回っていく。

 扉から中に入る。香奈は、埃っぽい空気、廃屋の内部を想像していた。しかし実際は違う。

建物の内部には、人が住んでいたという気配を感じられた。

 静かで、まるで中には誰もいないかのようだったが、そうではない。ここには明らかに人が住

んでいた形跡がある。内部が、全く人が住めない状態になっているわけではなかった。埃っぽ

い空気でもない。

 入り口から入ると、そこには廊下が奥の方へと続いていって、突き当たりで裏口へと通じてい

る。そこには絨毯がずっと敷いてあり、天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。

 玄関口にはエレベーターもあったが、それが動いているという形跡は無かった。デジタル表

示が現れていない。スイッチにも埃が乗っていた。その反対側には、上階へ向かう階段があっ

た。

 太一は、建物内部でも静かに、かつ素早く行動していく。彼はすでに三つ先の扉まで行って

いた。香奈も、足音を立てないように進んでいく。

 幾つかの部屋の扉を過ぎていき、太一はもっとも奥にある扉の前で立ち止まった。そこで香

奈も彼に追いつく。

 そこは、管理人室と書かれた札のある扉だった。

 人のいる気配がする。扉の中から、人のいる気配が伝わってくる。間違いなくこの中には人

がいる。それを香奈は感じていた。

 機械のうねるような音も聞えている。中に何らかの機械類があるのは違いない。

 太一は、ゆっくりと警棒を扉へとあてがう。少しの音も立てずに彼はそうして、次の瞬間には、

思い切り警棒を叩きつけていた。

 管理人室と札のかかった扉が、激しい音を立てながら開かれた。木製の扉は半分割れて、

鍵も弾け飛んでしまう。

 太一は素早く中へと滑り込み、香奈もそれに続いた。

「何者だッ!?」

 中から大声で『ユリウス帝国』のタレス語が聞えてくる。

 管理人室と書かれた扉の中は、機械類が棚に並んでいるという部屋だった。アパートの一室

そのものの場所。そこに、棚や機械類が置かれている。ここで誰かが生活するという為にある

のではないようだ、キッチンにまでコンピュータ類が置かれてしまっていて、生活できるという状

態ではない。

 ただ、人が奥に2人いた。その場所だけはベッドが置かれ、何とか人が立つ事のできるスペ

ースがあった。

 太一は、棚と、床に散らばっている、コンピュータのコードに脚を取られないように素早く動

き、その先にいる人物に警棒を向けた。

「お…、お前は…!」

 太一に警棒を向けられた男は、怯み、驚いたような表情をしていた。一緒にいる女性も同様

だ。

 太一が警棒を向けた男、それは今朝、太一と香奈に接触して来た、あの不審な男だった。も

う一方の女の方は知らない。初めて見る顔だった。

「あなた…。やっぱりあたし達を騙すつもりだったの?」

 あの男だと知った香奈は、思わず『NK』の言葉で叫んでいた。

「君達は騙されていたって事かい…?」

 裏口から遅れてやって来た一博が、のっそりと現れて言った。彼の体は大きく、棚を倒しそう

になった。

 一博の言った言葉、しかし本当にそうなのだろうか。香奈は心の中で彼に反論する。騙され

たといっても、仲間である一博は実際にやって来た。空港の警備も、通常の厳戒態勢と同じだ

った。

 だとしたら、この男は、やはり情報を与える為に自分達に接触して来たのだ。

「いや、そうではない。現に一博。君は空港に現れた…。だが、ここで防衛庁のデータを盗まれ

たというのも事実だ」

 太一はそう言った。彼の言葉は、まるで香奈の心の中の声を代弁しているかのようだった。

「あんた達を騙すつもりはなかったさ…」

 ひどく流暢な『NK』の言葉で、彼は言ってきた。その男にとって『NK』の言葉は聞き取る事が

できても、それを話すとなると難しいようだ。

「じゃあ、なぜあたし達に接触して来たの?」

 香奈はコードに脚を取られないように気を付けながら、男の方へと近づいていく。彼女は『N

K』の言葉で彼に話す。

「それは…」

「こ、この人達は一体何なの…?」

 男と一緒にいた女が彼に尋ねた。それは、彼らの母国語だった。

「彼らは…、俺が今朝会いに行った『SVO』という組織の人達さ…」

「じゃあ、あんた付けられていたの…?」

「それにしては来るのが遅すぎる…」

 彼らは話し込んでいる。彼らの姿は、『ユリウス帝国』の人間にしては一般人とたがわぬ服装

をしているし、このような廃屋に軍やら何かの秘密基地があるわけでもないだろう。彼らは『帝

国軍』の人間ではないようだ。

 抵抗して来ないのを知ると、太一は警棒の構えを解き、それを持ったまま、ゆっくりと周囲の

様子を伺う。

 今の所、この建物中で姿が確認できたのは彼らだけだ。しかも、それ以上誰かがいるような

様子もない。

「とにかくだ…。あんたらがここでしていた事を聞かせてもらおうか…?」

 太一が言うと同時に、棚を挟んで反対側から、一博が近付いていった。彼はその体格だけで

あっても、大きな威圧感がある。

 男の方は、答えにくそうに言い出した。

「…、何をしていたか知っているから、あんたらはここに来たんだろう…?」

 流暢な『NK』の言葉だ。

「そうね…。まさにその通り。それで、わざわざ来た理由もご存知?」

 香奈は相手よりも優位の立場に立ち、皮肉を言うかのように、問いただした。二人の人間

を、三人の人間が取り囲むように立ち、しかも武器を持って高圧的に責め立てる。相手にみく

びられないために。

「ああ…、もちろん」

「うちの国の防衛庁から盗み出した情報やら何やらを、すべて返してもらおう。それに、これ以

上あんたらがおれ達の情報を盗み出したり、活動を妨害する事のできないよう、拘束もさせて

もらう」

 太一は冷たい口調で言った。まるで感情の篭っていない機械であるかのように。

「たった3人で捜索しに来たのか? そんな脅しに騙されたりはしない」

 うつむいていたその男は顔を上げ、太一に向かってそう言った。しかしその言葉の意味を聞

き取った一博が、彼の顔のすぐ目の前にまで接近する。

「おれ達の情報を引き出して、洗いざらい『ユリウス帝国』へと流したんだろ? その時に、おれ

達の事も知ったはずだ。脅しなんかじゃあないって」

 太一の代わりに一博は言った。

「じゃあこういう事も知っている。あんたらは目立った行動を取れば、『ユリウス帝国』に捕まる。

俺達を捕らえてどこに連れて行くって言うんだ? 『NK』に連れ帰る事なんてまずできない」

 今度は男は『ユリウス帝国』の言葉で言った。訛りのひどい言葉で言っても、冷静だという事

を相手には伝えられない。

「それに…、俺達にはもうハッキングをするとか、そう言った事はできないのさ」

「なぜ…? 今まではしていたのに…?」

 香奈は『NK』の方の言葉で言う。

「俺達は仲間を救う為に仕方なくやった。しかし、その仲間達も今ではいない。だからやる意味

もないのさ」

 ため息と共に、男はそのように呟いた。

 彼の感情が伝わってくる。言っている事は嘘ではないようだ。彼の話す言葉には後悔と責任

の念が篭っている。

「一体どういう事なの? あたし達には良くわからない」

 香奈は最初、自分達の活動を妨害する組織がいる事を知り、内心腹立たしかった。彼らが

いるせいで、自分達は窮地に陥り、しかも『ユリウス帝国』によって国際指名手配にまでされて

しまっている。えらい迷惑だったし、そのようなことが無ければ今頃、任務を成功させる事がで

きていたはずだ。

 そんな感情を抱きながら、この場所にまでやって来たのだが、目の前にいる彼らを見て、彼

女の感情には変化が現れた。

 ここにいる人達には何か、深い事情がある。そうせざるを得なかった理由が。

 彼女はそう思いつつも、やはり任務や自分達の身の事の方が大切だった。

「どっちにしろ、あなた達を拘束する事に変わりはないの」

 香奈のその一言によって、重い沈黙が流れた。

 太一に警棒を向けられている男は、疲れたような顔でこちらを見ている。女の方は彼の方を

向いたままうつむいていた。

 男の方にも女の方にも動きはない。これ以上待っても埒があかなかった。彼らをこのまま拘

束し、妨害を止めさせるしか方法は無いのだ。

 太一達は、いつもながらの義務的な行動で、彼らを取り押さえようとした。

 しかし、3人が行動に出ようとしたその時。

 突然、辺りから慌しい物音が聞こえてくる。静かだった17区内に、激しい足音が一斉に聞こ

えてきた。

 何事かと、香奈は辺りを見回した。太一や、その場にいた者達も同様だ。

 足音は一気に接近してきた。そして、間髪を置くような間も無く。部屋の扉の外へと『帝国兵』

が銃を向けて現れる。

 更に、部屋の窓ガラスが突然割られ、そこからも兵士が銃を突き出してきた。

「動くなッ! そのままでいろッ!」

 『帝国兵』が一気に部屋を包囲していく。あっという間に、5名の兵士達によって、その場にい

た者達は身動きできなくなってしまった。

 

 

 

 レイは歯軋りをした。

 目の前には『帝国兵』達がいる。しかもここは、自分達が長年、『ユリウス帝国』へと反旗を翻

し続ける行動をしてきたアジト。

 今ある状況は、紛れも無い現実。それがレイ、そしてシェリーに叩きつけられていた。

 最近の事を考えれば、こうなるのも時間の問題だっただろう。しかし、その状況に立たされて

しまうと、現実の事かどうかすら疑わしい。

 だがそれでも、レイ、そして、押し込んできた『SVO』の3人もろとも、アジトは兵士達によって

完全に包囲されてしまうのだった。

 『帝国軍』のおそらく一個小隊。テロ事件発生時さながらの装備をし、彼らは迅速に行動して

いた。

 レイの部屋は、棚やらコンピュータ機器で狭くなっていたが、彼らはそれでも無理に中へと押

し入り、銃を向けてきている。

 やがて、開け放たれた扉の入り口、その扉が壊されて開きっぱなしになった扉の向こうに、

一人の男が現れる。

 レイはその男を、この兵士達の上官かと思っていたが、ただの上官ではなかった。

「やあ、久しぶりだな」

 声を聞いて、レイは思い出した。

 この男は数日前、自分を呼び出し、取り引きをした、あの男だった。

 あの時は、暗闇の中に顔が隠れていて、この男の素顔が見えなかった。だが、今ははっきり

とその顔を見る事ができていた。

「ここにいるのは、君達だけのようだな…? もっといたはずだ。確か、10名かそこらといった

ところだろう」

 余裕の表情をしている。眼鏡をかけた、どこか知的な表情が、レイには挑発的に感じられ

た。

「ああ、そうだ…」

 レイはそんな彼を睨みつけながら言っていた。

「ほう、そうか。じゃあ、他の者達がどこにいるか、答えてもらおうか」

 間髪入れずにレイは答える。

「お前になど答えん」

 レイは相手の表情を伺った。このようにはっきりと拒否をして、どう出てくるのか。だが相手は

余裕の笑みを崩さない。

「君達に選択の余地が無い事はすでに知っているはずだ」

「じゃあ否定したらどうなのよ! あんた達の重要な秘密を、わたし達は握っているのよ! そ

れでもそんな事が言っていられる!?」

 シェリーが激しい口調で言った。

「そうか? だが彼を見れば君達の気も変わる」

 『帝国軍』の男は一歩も譲らない。シェリーに秘密の事を言われても、うろたえるような様子も

無い。

「何の事だ?」

「連れて来い」

 『帝国軍』の男がそう言うと、廊下の方から、一人の兵士が、一人の男を連れて来た。

 その男は、ベルトだった。

 彼は後ろ手に手錠をがっしりとはめられ、『帝国軍』の男、そしてレイの方を睨みつけている。

 ベルトは『フューネラル』を一番先に抜けたが、その後で『帝国兵』に捕らえられてしまったよう

だった。彼には暴力を受けた跡が残っている。

 レイとベルトは、再びにらみ合った。

「ベルト…、まさか、お前が。お前がこの場所を教えたのか…?」

「違げえ!」

「本当の事を言え!」

 レイはベルトの元へ駆け寄りそうになるが、銃を突き付けられてしまう。

「俺が教えたんじゃあねえ!」

 ベルトは必死に訴えた。

「よし、連れて行け、もういいだろう。彼の言う通り、この場所を教えてくれたのは誰でもない、

我々自身で見つけ出したのさ。もう何日も前にな」

 ベルトは再び『帝国兵』に歩かされ、その場から連れられて行った。

「これで君達に選択の余地なんか無い事が分かっただろう?」

 改めて、『帝国軍』の男はレイ達の方を向き直り、そのように言って来た。

「だけど仲間なんてここにはいないのよ。もう!」

 レイの言葉を代弁してシェリーが言った。

「そうか、なるほど。仲間に裏切られたか。この組織も崩壊寸前といったところだろうか…?」

 そう言われると、レイは再び強く歯軋りをした。

「ここに何しに来た!?」

「そうだったな。では本題に入ろうか…」

 『帝国軍』の男はそこで、あえてわざとらしく間を置いた。そうやって場を緊張させる事で、レイ

達を追い込むつもりなのだろう。

「今朝、私の部下5人が死体で発見された」

 今までとは違う口調で彼は言う。レイは黙っていた。彼の言葉が心の中に響いて来る。

「私のところに入って来た情報によると、部下達はどうも誰かを連行している最中に死亡したら

しい。その連行していた者というのは、誰なんだろうな…、うん?」

「もういい!」

 相手の話の中に割り込み、レイは叫んでいた。

「もういい。いいか? 俺達は、仲間を救う為、選択の余地は無いと思い、お前達の取り引きに

加担して来た! しかしだ! そんな取り引きなんか、全て嘘偽りだったんだろう?!」

 レイは吹っ切れたように叫び立てる。周りから銃を向けられていようと、どうされようと構わな

かった。

 もう自分を止められない。止める気も無い。

「ふん。嘘偽りではないさ」

 相手が何を言おうと構わない。

「いや、全て嘘だ! 本当は取り引きなんかする気なんか、初めからないんだろう! ビルを餌

に、俺達の持っている機密情報を取り返すためだ」

「じゃあ、私達は騙されていったって言うの? 最初から?」

 シェリーが、感情を露にしているレイに聞いてくる。

「ああ、そうさ」

「だったら、どうだと言うのだ? お前達が騙されようとどうなろうと、国家の安全から考えれ

ば、当然の報いだ」

 『帝国軍』の男は、あくまでレイとは対照的に、落ち着いた口調で話してくる。更に男は続け

た。

「まあ、私から言わせれば、このような取り引きに乗ってくるお前達の方が、相当愚かだと思う

のだがな…」

「何だと…!」

 男は、微笑しながらレイ達を挑発して来る。それがレイの感情を逆撫でする。

「ああ、仲間を見捨ててでも、信念を実行するというのが、本物のテロ組織というものだ。それ

に比べたら、お前の組織など、話にならん。詰めが甘すぎると言った所か。次からは気をつけ

る事だな。おっと、お前達に次なんてないんだったな」

 『帝国軍』の男は、レイとシェリーの姿を見ながら攻め立てる。

「もうお前達は終わりなんだから教えてやる。実際の所、お前達が盗み出した情報など、たか

が知れたものなのさ。そんなものがマスコミに流れようと、どう記事にされようと、情報操作でど

うにでもなる…」

 そこまで男は言うと、部下達に命じる。

「よし、連れて行け、これでこの組織も終わりだ」

 そして、彼は振り返り、部屋から出て行こうとする。その時だった。

 突然、とてつもない声で、雄叫びのようなものが上がった。そして、『帝国軍』の男へと飛び掛

ってくる一人の影。

 それはレイだった。彼は男に飛び掛っていた。まるで、猛獣のような動きで、彼の体をなぎ倒

す。

 あまりに突然の出来事と、彼の大声に怯んだ、彼らを包囲していた『帝国兵』達の反応も、一

瞬遅れる。

 レイは、男をなぎ倒すと、拳を振り上げ、激しく殴りつけ始めた。

 拳が当たる音が、部屋の中に響き渡る。そしてレイの雄叫び。彼は完全に頭に血が上ってい

た。我を忘れ、とにかく殴りつける。

 部屋に響き渡る声に、周りの者達は驚愕していた。

 だがそんな状態も長くは続かなかった。

 強烈なレイの拳の音、そして彼の雄叫びのような声は、一発の銃声でぴたりと止む。

 レイの体は大きく背後へと仰け反り、そのまま背後へと倒れてしまう。

 硝煙の上がる銃を、『帝国軍』の男は握り締めていた。殴られ続けても、彼は銃を抜き、引き

金を引く事ができていた。

 床に崩れたレイの体。彼の額には黒い穴が開いており、後頭部からはたった今、血が広がり

始める。

 レイの、宙を見つめる、生気が失われていく瞳からは、決して安らかな死を見て取る事はでき

なかった。

 奴らが迫ってくる。

 そう思うと彼は少し緊張し出した。しかし、大した奴らじゃあない。自分ならばどうとにでもな

る。彼はそう自らに言い聞かせ、拳を握る力を強めていた。

 今、ここには自分一人しかいない。どんな事が起きようと、一人で潜り抜けて行かなければな

らなかった。

 今までだってそうだ。いつもだってそうだ。だが、状況が変わってきていた。

 いつもなら人々で賑わう《ユリウス帝国首都》。しかし、今は人気が少なく、静まり返っている。

本当にいつもと同じ場所なのかと疑ってしまうような変わりようだった。どれもこれも、先日に起

きた、一区での事件が原因だ。

 彼は、自分が隠れている、何にも使われていない倉庫から外へと顔を覗かせ、様子を伺っ

た。

 倉庫が面しているのは、裏の通り、そこは非常に狭い道で、車がやっと一台通れるという程

度の道。10階建てくらいの建物が立ち並んでいる。

 裏の道だ。ただでさえ人気が少ないのに、こんな裏の通りにまでやって来る者はほとんどい

ない。

 裏通りの端にまでやって来ると、表の通りを武装した『帝国兵』達が走り抜けていった。つい

でに軍用トラックも通過していく。非常に物々しい様子だ。この辺りで、また事件が起きたらし

い。

 この厳戒体勢を利用し、犯罪を犯すような輩がいるのも愚かしいが、何を考えているのか分

からないような連中もいる。

 テロリストがまだこの街のどこかに隠れている。彼らはそれ故にこれだけの限界体勢を敷い

ている。ささいな犯罪でも、『帝国兵』達は警察を差し置いて一気に駆けつけていくのだ。

 自分が『NK』の人間というだけで、彼は行動がしにくくなっていた。

 『ユリウス帝国』国内には侵入できた。それは奇跡的というよりも、完璧な準備が行われ、完

全に正体が隠蔽されたからできたからだ。国内に侵入はできても、そこからの行動の方が問

題だったのだ。

 兵士達の動きが止むような様子はない。彼らの動きの中に隙を見つけ、行動するのが難し

い。

 このような事ならばいっその事、無理矢理突破してやりたい。彼はそう思って、思わず通りの

外へと飛び出しそうになったが、踏みとどまった。

 目立った行動は取れない。自分がすべき事は、静かに行動する事だった。誰にも気付かれ

ずに、闇に潜みながら行動する。

 それは、彼にとっては苦手な行動だった。

 『ユリウス帝国』の首都に、こんなに厳戒体勢が敷かれるのは、一体いつぶりの事なのだろう

か。テロ警戒態勢が敷かれる事は多かったが、ここまでの厳戒態勢は初めてだった。

 この状況は初めての経験だ。

 少しずつだが、この付近の警備体制が緩んで来たかのように思えた。

 裏通りを飛び出し、表通りを走り抜けて、再び裏の通りへと潜り込めば、上手い具合にこの

場所をやりすごせそうだった。

 彼は素早く行動を開始した。

 『帝国兵』達が、表の通りを巡回して行く。その短い隙を見つけた彼は、素早く表の通りへと

飛び出し、なるだけ目立たないように動きながら、道路をまたぐ。そして反対側の裏通りへと飛

び込んだ。

 背後を振り返り、兵士達が何も気付いていないのを知ると、思わず胸を撫で下ろした。

 そして彼は思う。

 自分も、陰密行動は割と得意だな、と。

 

 

 

ユリウス帝国首都17区 66番通り2704番地

6:04 P.M.

 

 

 

 一発、銃弾が何の戸惑いも無く放たれる音が聞こえると、訳の分からない、まるで猛獣のよう

に怒り狂っていた男の声は止んだ。電気のヒューズが、突然に飛んだかのような出来事だっ

た。

 自分達の手助けをしてくれた男と、『帝国軍』の上官らしき男のやりとりを横から見ていた香

奈は、その追力ある光景を、はっきりと目の当たりにしていた。

 会話の内容はよく分からない。とはいえ、『SVO』の情報を盗み出した者達が、『ユリウス帝

国』側とどのようなかかわりを持っていたのかは、分かった気がする。

 男が大きく後ろにのけ反って、そのまま床に敷かれた絨毯の上に倒れた時、真っ先の彼の

下に近寄って行ったのは、今までその男の側にいた、眼鏡をかけているブロンドの女性だっ

た。その人は驚いたような顔をし、大急ぎで倒れている彼の元へと駆け寄った。部屋にいた者

達に武器を向けていた『帝国兵』達は、彼女がその場を動くのを止めようとはしなかった。もう

完全に包囲してしまって、逃げ出す心配も無いからだろうか。

 彼女が銃を向けられている事に変わりは無かったが。

「ねえ、どうしたって言うのよ!?」

 倒れた男に駆け寄った彼女は、彼を抱き抱えてまず声をかける。しかし、眉間と後頭部から

血を流し、宙を呆然と見つめる男から、反応が返って来るとはとても思えない。彼の体は、一

発の弾丸で一瞬にして精気が抜けてしまい、死の匂いを漂わせていた。

 死んだ直後、その匂いははっきりと漂っていた。

「ああ…、そんな…」

 ブロンドの女性の、呟くような声が漏れる。彼女は腕の中にいる男の、死という現実を悟った

ようだ。周りから見つめる者達は黙りこくり、香奈はどうしていいか分からなかった。

 『帝国軍』の男が、手に発砲したばかりの銃を握ったまま身を起こした。話している最中は自

信満々の表情だった男の顔も、本気で何回も殴られた後は、できたばかりの痣が現れ、どこと

なく影の濃い、恐ろしげな表情をしていた。殴られた事は彼にとって、相当に不快な出来事だっ

たようだ。

「こ…、これで分かっただろう…。我々に盾を突くとどういう事になるかがな。こいつは身を持っ

て分かったはずだ」

 殴られた左の頬を押さえつつ、嫌悪感に溢れた表情を見せながらも、その男は、部屋にいる

者達に言い放った。

「さて、もう長居は無用だ。全員連れていけ」

 男が、武器を持った部下達に命令をする。彼自身は命令をするだけで、すぐ後ろを向き、破

り開けられた扉から部屋を出ていこうとした。

 彼に命令された兵士達は、すぐさま機械的に上官の命令を遂行しようとした。だが、そんな彼

らをよそに、部屋にはただならぬ雰囲気が漂い始め、香奈もそれを感じた。

 ブロンドの女性が叫び声を上げた。

 悲鳴なのか、何なのか分からない。しかし、その声には、はっきりと、悲しみと怒りが満ちてい

た。

 彼女は拳銃を抜いた。そしてその銃口を、部屋を出ていこうとする男の方へと向けた。

「あんたを殺してやるわッ! この人でなしッ!」

 彼女の手に持たれている銃は、その体と同様、力が入り、震えている。冷静な目で見れば、

このまま発砲しても男に命中するかどうか怪しいものだ。

「それはどうかな? 君にその銃を撃つ事はできないだろう」

 背中に銃口を向けられていても、その男にまるで動じる様子は無かった。そればかりか、武

器を持った彼の部下達が彼女を取り囲み、銃を下ろさないならば容赦しないという素振りを見

せる。

「うるさいわッ!」

 ブロンドの女性は泣き出し、悲しみの声でそう叫ぶ。震えた手で拳銃の引き金を引こうとし

た。

 銃声が讐いた。さらに、人が倒れるような荒々しい物音も同時に聞こえるが、女性の持つ銃

が発射される音ではなかった。『帝国軍』の男は部屋に背を向けたまま、かすかに笑みを浮か

べる。だが、

「ふう…、危ねえ、間一髪だ」

 男は耳を疑った。突然、部屋に聞こえる外国の言葉。『NK』の言葉に、思わず彼は背後を振

り返った。

「しょうがねえな…。このままだと連れて行かれそうだし、こういう時に何もしないわけには、い

かないしなあ」

 ブロンドの女性に覆い被さり、彼女を守るようにして一博が身を伏せていた。『帝国兵』の放

った銃弾は、その的を外して部屋の壁に穴を開けただけだった。

 一博が立ち上がった。彼に守られた女性の方は、突然の出来事でまだ倒れたままだ。一博

の巨体を眼前にした『帝国兵』達は、武器を持っているとはいえ、思わず後退りをする。

「何をしている? さっさと始末してしまえ」

 男は言い放つ。だがその直後、一人の兵士が錐揉みをしながら、彼の側の壁に突っ込ん

だ。男は、飛んできた自分の部下の体を見る。壁に当たり、床に転げて気絶したその体から

は、火花がわずかに飛び散り、白い煙が上がっていた。

「な…!」

 そう口に出すと、彼は一博達の方を見た。一博の前には警棒を持った太一が立ち、その眼

光を男の方に向けている。

 間髪を入れず、問答無用とばかりに、一博が一人の兵士に向かって青い袋に入ったままの

剣を降り下ろし、その兵士を声も発させずに気絶させた。

 負けじと、香奈も二人に加わり、手から発せられる『力』で、爆発を起こし一気に3人の兵士を

それに巻き込ませた。その破壊力は、火力も爆発力も、以前より増していた。手榴弾ほどのパ

ワーはないとはいえ、壁を崩落さえ、床下までの大きな穴を開けている。周りにいた者達はそ

の突然の爆発に驚愕し、思わず息を呑んだ。

 爆発の煙が収まってくると、室内で燃える炎の先に、一人残った、兵士達の上官が立ってい

るのが見えた。彼は今までの表情を崩し、その場にいる者達のように、少し驚きの顔をしてい

たが、

「調査では、これほどの『能力』を持つ、しかも『NK』人など、この組織にはいないはずだ。する

ともしやお前達は…、そう言えばその顔、発行されたばかりの手配書で穴が開くほど見ていた

な。ならば…、仕方あるまい。せっかく持ってきていたのだし、丁度いいところだ。あれを使って

みるか…」

 まるで独り言のようにそう喋る。その声は静かで、冷静だった。

 香奈は、残ったその男を睨むように見ると、何も言わずに青色の冷気を彼に向かって放っ

た。それは部屋の床を走り、彼女が起こした爆発の火を消火しながら、男の方へと一気に手を

伸ばしていく。

 だがその男は、あまり動じるような素振りも見せず、さっと身を引くと、あっという間に部屋か

ら廊下に出しまう。流れるように素早い動きだった。彼を追うように伸びた青い冷気も、破れた

ままの扉や床を凍結させ、爆発で起きた炎を消火しただけだった。

「やけにすばしっこい奴だな」

 降り下ろした、袋に入った剣を肩にかつぎながら一博が言った。彼は目の前にいる太一に向

かって、

「もう長居は無用だ、太一。邪魔する奴がいなくなった今、さっさと事を済ませたほうがいい…」

 と彼を促した。

「ああ、そうするさ…。行かせてくれればの話だがな」

 太一は冷静に答えるが、

「でも、今の人を放っては置けないよ!」

 横にいた香奈は強めの口調で反論した。

「『帝国軍』の連中が指名手配犯を見つけて、そう易々と逃がすと思うかい? どうせ一戦は避

けられないさ、君もその気でいた方がいいかも」

 一博は香奈の方を見て言った。彼女は黙ってうなずく。

「早くここを出よう」

 一博に促された太一は足早に、彼自身が破り、さらには香奈によって凍結させられた扉の枠

から外の廊下へと出た。一博自身も袋に入った剣を担いだまま、大股で彼に続いた。

 2人の仲間が行ってしまい、香奈は少しだけ、今までいた部屋を振り返った。

 そこで気が付いた。誰かがすすり泣いている声が聞こえる。とても哀しげなすすり泣きが耳に

伝わってきていた。目を降ろしてみると、ちょうど自分の足元の辺りで、今一博に助けられたば

かりの、ブロンドの女性が小さくうずくまって、とても悲しそうに泣いている。

 床に伏せたまま、そこに這うコンピュータの配線の上に涙をこぼしながら、声を押さえて彼女

が泣いているのが見えていた。

 香奈は少しだけためらい、考えた後、女性の側にしゃがんで、震えている彼女の左肩に手を

載せると、

「今なら逃げられるよ…。つらいだろうけど、気を落とさないで…」

 子供を慰める、母親のような優しい口調で彼女は言った。相手には分かるはずの無い言葉

だったけれども、香奈には相手が小さくうなずいたように見えた。そして彼女は音も無く立ち上

がると、鉄棒でできたロッドを小脇に抱え、速やかに太一と一博の後を追い、狭い部屋を出て

行った。

 太一は荒々しく扉を開け、彼と一博、後から続いてきた香奈は、打ち捨てられたアパートから

裏の空き地へと出た。建物の内部とは違い、外の空気は清々しく、太陽の陽射しは弱くなりつ

つあって涼しかったけれども、今の3人にとってそんな事はどうでもいい。

 一博の予想通り、裏の空き地は『帝国兵』で一杯だった。アパートと裏通りをつないでいる、

周りに建つ開発時代の建物に囲まれ、狭く、ゴミが散乱している汚い空き地に彼らはいた。

 装甲車や軍用トラック、何人もの兵士やその側にいる小型軍用ロボットまでが待機し、これ

から戦争にでも行くような雰囲気と緊張を漂わせている。それを見た3人は、ほとんど反射的

に身構え、彼らに向けて武器を構えた。

「奴らだ。たった3人だと思ってぬかるなよ。戦い方はどこの国の軍隊よりも上手だからな。全

力で始末するのだ」

 さきほど逃げた『帝国軍』の男。機関銃などを構える兵士達に守られながら指示を出してい

る。真剣な様子の部下達や、機械の兵士とは違い、彼らは3人の方に、すでに勝ったかのよう

に自信に溢れたまなざしを送っていた。

「よし、準備はできたな? さあ撃て! やってしまえ」

 男が大きな声で言った。

 すると武器を構えていた兵士達や機械兵器は、一斉に攻撃を開始した。銃弾が飛び、それら

が3人に向かっていく。

 静かだった17区に、激しい音が響き渡った。耳をつんざくような銃撃音と機械音に囲まれな

がらも、自信のまなざしを送る男は冷静だった。彼は兵士達に身を守られ、堂々としている。

 だが、冷静なのは『SVO』の3人も同じだった。飛んでくる弾丸を前にしても、ただ武器を手に

したまま不動だった。飛んでくる弾丸は全て、彼らの前に出来上がった電流のバリアによって

受け止められ、また軌道をそらされたり、弾かれる。内部まで突き破って来るものは一つとして

無い。

「お2人さん、息ぴったりだな。やっぱり仲良しだけはあるのか…」

 まるで皮肉を言うかのように一博は呟いた。それに対抗するかのように、太一と香奈は.バリ

アに集中していた。

 今3人を取り囲んでいるのは、太一と香奈が共同し、太一がエネルギーを発して、香奈がそ

れを飴細工のように引き伸ばした、一人で作り出すバリアのものよりも大型で、しかも強力な

バリアだった。それが3人をすっぽりと覆って彼らを守っている。これは、太一と香奈の息があ

ったコンビネーションがあってこそ、可能な芸当だった。

「なるほど、空港を警備していた一個中隊が出し抜かれ、本部が最重要指名手配をするだけ

の事はある。だがしかし…」

 何かを企むように、『帝国軍』の男は独り言を大きな声で言った。香奈はバリアに集中しなが

らも、その男の様子が気にかかっていた。何か嫌な予感がする。

 彼の背後に停む、うなりを上げるトラックほどの大きさの装甲車。その上部には重厚な機関

砲が取り付けられていた。

 やがて機械のうなりの音は、兵士達の銃撃音の中で最高潮に達し、機尉砲から押し出される

ように幾つもの弾丸が飛び出す。

 そのスピードは、兵士達の放っている弾丸よりも圧倒的に速く、しかも電流バリアを次々と突

き破り、香奈の脇をかすめ、彼女の背後にあった建物の扉を、激しい物音と共に吹き飛ばし

た。

 香奈は思わずその場に身を伏せ、バリアを突き破る弾丸から身を守ろうとした。しかし太一

は、警棒を使い、装甲車の機関砲から放たれる弾丸を弾こうとする。

 だが、電流バリアさえも突き破る弾丸を防御するのは、彼にとっても難しいものがあった。そ

の弾丸を警棒で弾く度に彼は後退し、武器の周囲を覆っていた彼の能力は空気中に飛び散っ

て行く。あくまで太一はいつもと変わらない表情をしていたものの、限界は見えていた。

「下がってな、あんたじゃあ無理っぼいぜ」

 一博が太一の前に歩み出る。堂々とした面持ちと態度で太一と香奈の前に立ち塞がる彼は

すでに、巨大で重厚な剣を袋から取り出し、その刃を『帝国兵』達ではなく、彼らの背後にいる

装甲車へと向けていた。

 絶え間ない、一定のぺースで飛んで来る機関砲の弾丸、一博はそれらを剣で振るう事で難な

く弾き、また軌道をそらす。太一に比べると、彼の剣を降り下ろすスピードはかなりゆっくりとし

た感じだったが、大振りな剣は一度に数発の弾をガードし、結果的には防御率は太一と変わら

ず、しかも彼は易々とそれを行った。

 兵士達や他の機械兵器からやってくる攻撃はというと、再び体勢を元に戻した太一と香奈

が、電流のバリアで完全に防御する。彼らを危険にさらす攻撃は一つも無かった。

「ちイッ、面倒な奴が出てきたものだ。この兵器に搭載された機関砲を防御するなど信じられ

ん。しかし、できるのは防御だけだ。固めてしまえばこちらのもの…!」

 力を込めて『帝国軍』の男が独り言を漏らす。彼の声はだんだんと嫌悪感が現れて来てい

た。それに追い討ちをかけるように、彼にとってさらに不利な事態が起こる。

 男のすぐ前にいた、機関砲を持つ兵士が、うめき声を上げて大きくのけ反ったのだ。

「何!?」

 彼は倒れた自分の部下の体を見てみる。その兵士は銃で撃たれたかのように仰向けに倒

れ、体を真っ赤に染めていた。気絶している。

 続いて他の兵士が倒れた。その兵士も同じように、銃で撃たれたかのようにして倒れる。

 そしてまた一人、一人と次々に兵士達が倒れていく。『帝国軍』の男は一博の方に目をやっ

た。

一博は剣で銃弾を弾き返している。

「奴め…! 銃弾をただ防御しているだけではなく、それをあの馬鹿でかい剣で、こちらに弾き

返しているのか…! 何て奴だ!」

 嫌悪感を口にした男の顔の側を、裂くような空気の流れが通り抜ける。すると彼のすぐ後ろ

にいた兵士が、うめく声をあげてその場に倒れた。男は自分の左頬を手で触れてみる。する

と、頬に鋭い痛みが走ってくる。手には血がついていた。彼の表情に恐怖の色が現れてくる。

「下がれ! 下がるのだッ!」

 慌て始める男。彼は周囲の部下達に対してそう叫んだ。しかし、次々と跳ね返される銃弾に

は、兵士達もほとんどなす術が無い。一博の跳ね返す銃弾は、その威力が、機関砲から放た

れた時よりも、更に倍増しており、防弾スーツが役に立っていない。ただ倒れるしかなく、男の

周りを護るように取り囲んでいた兵士は、皆その場に崩れ去った。

「機関砲を止めろ! 早く止めろッ!」

 装甲車に向かって男が叫ぶ。するとその機械音は段々と音を緩めて行き、停止した。同時に

一博も剣の構えを緩める。

「糞がッ!」

 自信を持った顔が、嫌悪感に満ち溢れた顔へと変わった男。彼は3人に向かってそう吐き捨

てた。

 だが彼はすぐに、倒れた兵士達の間を縫うように動き、装甲車の陰へと姿を消した。

 

 

 

「また逃げた!」

「ふん、手応えも無い奴らだったな」

 香奈と太一は電流バリアを解き、一博は剣を持つ力を抜いた。だが、3人の警戒は怠られる

事が無い。

「あいつを追おうよ」

 香奈は男二人を促した。一博はうなずき、太一はまず行動に出る。弾き返った銃弾で、空き

地の地面に力なく倒れた兵士達の間を縫いながら歩き、太一を先頭として3人は男の跡を追っ

た。

 終始、機関砲がこちらに向いていた事に香奈はとても落ち着かなかったが、彼女ら3人は装

甲車の脇を通り、空き地の裏通り側に抜け出て来る。

 裏の通りは建物に囲まれた、舗装のされていない狭い道だった。車が一台通れるほどの道

で、よく装甲車がここまでやってこれたものだと香奈は疑問に思う。建物の塀には新旧の落書

きがされている上、そこら中にゴミや訳の分からないものが散乱していて汚いのは

 17区のどことも変わらなかった。

 裏通りにはすでに、『帝国軍』のトラックが待機していた。さらに3人の行く手を塞ぐように、反

対側には、銀色の、まるで護送車のように頑丈そうな大型のトラックが駐車しており、その様子

が香奈には何となく異様な気がした。

 その時、装甲車のハッチが開き、3人に向かって銃を向ける『帝国兵』の姿。

 だが、香奈はそちらの方向にさっと向ぎ、太一などが行動するのよりも早く、その兵士に向か

って電気のエネルギーを送った。

 香奈には、兵士を殺すつもりはない。だから電気はスタンガンで痒らせる程度のもので、兵

士を気絶させるだけもの。しかし、パワーが弱い分、とっさに放つ事ができた。

「君も、結構、やるようになったな…」

 一博が呟く。香奈は、少し得意な顔をしてみせた。

「放せ! この野郎、放しやがれッ!」

 トラックの方から聞こえて来る男の声。一人の男が騒いでいた。聞き覚えの無い声だった。さ

っき見た、あの『帝国兵』達に連れられていた、褐色の肌をした男が、一人の『帝国兵』にその

体を拘束され、逃れようと必死にもがいている。他にも2人の『帝国兵』がそこにはいた。

「お前達は本部にこいつを連れて行け、私はあれを使い、応援がやって来るまで持ちこたえ

る」

 もがいている男の前には、さっきの男がいた。再び冷静さを取り戻している様子の彼は、落

ち着いた声で部下に指示を出していた。

「待ちやがれッ! なぜ連れて行く!? てめえは、協力すれば俺を解放すると言ったはずだ

ッ!」

 大声で騒ぐ、連行されている男。

「テロリストなどを解放したら、我が国を危機に陥れる事になる」

「てめえッ!」

 その時、『帝国軍』の男は3人の姿に気が付いたようだ。

「しつこい奴らめ…。まあいいさ、どうせ始末するつもりだったのだからな」

 連行さ机ている男は、こちらを向いていた。彼の必死の抵抗空しく、兵士達に連れられて行

く。

 静寂する三人と、『帝国軍』の男。

 だが、静寂はすぐに破られた。『帝国軍』のトラックが止まっている辺りから、知らぬ男の叫び

声が聞こえて来る。何かに恐怖したような叫びだった。

 そして、さらにもう一つの叫び声。全く同じ、トラックの方向からのものだった。

「もう心配ねえぜ。さっさと逃げな」

 続いて、3人と『帝国軍』の男に聞こえてきたのは、『NK』の言葉だった。図太い男の声。誰か

に話しかけているらしく、その声のした直後には、一つの足音がどこかに向かって駆けていくの

が聞こえた。

「何事だ!?」

『帝国軍』の男は背後を振り返った。すると、建物の塀とトラックの間、その狭い隙間から、一

人の大柄な男がのっそりと現れる。

 彼は一博と同じぐらい頑丈な体つきをしており、軽く上半身に羽織った上着からは、とてもたく

ましい筋肉が見え、丸太のような両腕が伸びている。顔は大きく、やけにニヤニヤしたような表

情をしており、頭は短い髪の毛を金髪に染め上げた上に、それを逆立てていた。

「よォ、お久しぶりだなァ、相変わらず仲良しなのか? お2人さんはよ」

 ノリのよい声で金髪の男は三人に向かって言葉を投げた。その男を見た一博は驚いた様子

で、

「浩!? 何でこんな所に!?」

 と言うのだった。

「ヤボ用だぜ」

 浩と呼ばれた男は、『帝国軍』の男を無視して、一博の方に目を向けて続けた。

「元気だったか、井原よお。昨日の昼に別れてっきりだからな、心配しちゃったぜ。まあ、無事

だったから良かったってか」

「何であなたが来るの?」

 浩の方を見た香奈が、あっけにとられたように言った。

「まるで来ちゃあいけなかったような声で言わないでくれよ、香奈ちゃん。おれは心配だったか

ら来てやったんだぜ」

「待て! 貴様は何者だ!? 部下達に一体何をしたのだ!?」

 その存在を忘れかけられていた『帝国軍』の男は、浩を加えた『NK』人4人の男女に向かっ

て叫んだ。彼の声は再び慌て始めていたが、言葉は、諦りはひどいが聞き取れる程度の『NK』

の言葉になっていた。

「あんた誰だ?」

 ニヤニヤしたまま浩が言った。

「ふざけるなよ! 何をしたかと聞いているのだ!?」

『帝国軍』の男は声を荒立てた。彼の表情には苛立ちと焦りの色が混じり始め、その変わり様

に、先程と同一人物かと疑ってしまうほどだ。

「困っている人を助けて、それを解放してやるのは正しい行いの一つだろう、違うか?」

 浩は表情を変えない。

「何だと! 何を言いたいのだ!?」

「よく分からんが、そこのトラックの脇んとこで捕まっていたお兄ちゃんを、あんたの仲間から助

けてやっただけさ。とても困っているようだったからなあ。多少手荒になっちまったけど、いいよ

な?」

 まるでからかうように話す浩に向かって、男は睨むようなまなざしを送る。浩はそれに気付い

てもいないようなふりをしている。

 だが、その時、

「少佐、準備が整いました」

 男の肩の所についている無線機から、声が聞こえてきた。

「できたか…、よし、私が離れたらやれ! いいな!」

「了解…!」

 と、男は浩を睨みつけるのをやめ、ゆっくりと香奈や一博、太一の方を振り返った。その表情

には不気味な笑みが戻りかかっていた。今までの顔が嘘のように変わっている。

「貴様らがそういい気になっていられるのも、今のうちだぞ。フフフ…、その自信に溢れた顔

を、情けないまでの恐怖面に変えてやろう…。言っておくが、私がこんな事をしているのが本部

にバレたら、クビどころか逮捕されるだろう。だが、貴様らをここから逃がすのよりかはまし

だ!」

「…自分の置かれている状況が、分かってるのか?」

 太一が男の方に迫る。男は不気味な笑みをたたえたままだ。

 すかさず太一は男に攻撃を加えようとする。しかし、彼が攻撃した先には、すでに男はいなか

った。

「どこ行きやがった?」

 辺りを見回す浩、彼の目線は裏通り沿いに立つ廃壇の建物の屋上で止まった。香奈もその

方向に目をやる。四階建ての古い建物の屋上、そこに今まで自分達の側にいた男が堂々と立

っていた。

「フフフ、まさかこんな所まで逃げるとは思わなかったか? 君達も、まだまだ肝心な所が甘い

ようだ…。機会があればまた会おう。もしその時まで、そちらが生きていられればの話だがね」

『帝国軍』の男の言い残した言葉は、捨て台詞のような響きを持ってはいなかった。彼は堂々

と4人を見下ろしながら喋ると、彼らの視界から消えた。

「逃げ足の速い奴だあ」

 屋上を見上げたまま浩が言った。

「いつも逃げてばっかりで…、嫌な人! それに急に怒ったりケロッとしたりして、何て気持ち悪

いの!」

「君、やけに気合いが入っているな…」

 一博が香奈に言った。

「そんな事…、無いよ。それにしても…」

 香奈は話の矛先を変えようとした。

「何だ?」

 と尋ねるのは浩で。

「今の人…、誰と連絡をとっていたんだろ…? それに、最後に残していったあの人の表情とい

ったら、やけに勝ち誇っていた…」

「弱い犬ほど良く吠えるって言ってな…、そりゃあ考え過ぎだろ」

 当然の事のように浩は言った。

「いいや、考え過ぎじゃあない…!」

 しかし、太一は突然に声を上げて動き出した。警棒を構え、自分の背後を警戒した様子で振

り返る。

「おい、何だってんだ? どうした?」

 浩が訳も分からない様子で言った。しかし、次の瞬間には彼の顔は血相を変えたようになっ

た。同時に香奈も同じ気分になった。

 2人がそうなったのは、音が聞こえてきたからだ。それはただの音ではない、何かが物にぶ

つかる激しい音、地震でも起こったかのような、鈍い音が地響きと共にやって来たのだ。

「その中、何かいる…!」

 わずかに震える指で一博は、浩の背後を指差す。そこには、とても重厚で、金庫を思わせる

トラックの荷台が、4人にその扉の方を向けて停まっていた。さらに、再び響いた低い音と共

に、その荷台は大きく揺れる。

「嫌な予感がするよ…」

「ああ、同感だぜ」

 香奈と浩はお互いに会話を交わすと、荷台から離れるように、浩のやってきた軍用トラックの

方に後退する。いつの間にか武器を取り出した太一と、一博も同じように警戒し、行動を同じく

した。

 そして、緊張の糸が切れたかのように、荷台のロックが、荷台を揺るがす音とは不釣合なほ

どに高く軽い音の電子音と共に解除される。

 扉は勢い良く開かれた。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択